ウィックスとオイストラフのシベリウス協奏曲 ~思い出の名盤・56
シベリウスは短波ラジオを持っていて、世界中の放送局で自分の作品が流れるのを聞くのが好きだったそうです。当然自作を弾くさまざまなヴァイオリニストの演奏を知ってたものと思われ、何人もの演奏家に対して賞賛の言葉を述べています。
シベリウスがヴァイオリン協奏曲ニ短調の演奏を高く評したヴァイオリニストには、イグナティウス、ウィックス、オイストラフなどがよく知られています。ヌヴーやイダ・ヘンデルなども誉めていたという話もネットで読んだことがあります。なんとなく単に女性ヴァイオリニストが好きだったんじゃないかという気がしないでもありません。
それだけにこの中に男性ヴァイオリニストであるオイストラフが含まれていることは、やはり注目すべきなんじゃないかと思います。というかいまさら注目しなくてもオイストラフのシベリウスは非常に高く評価されてきましたし、映像も含めるといまや録音が何種類出まわってるのかよく分からないくらいでもありますが。
LP時代に出ていたオイストラフが弾くシベリウスのヴァイオリン協奏曲は、代表的なものが3種類ありました。
一つはシクステン・エールリンク指揮ストックホルム祝祭管弦楽団と共演したもので1954年録音のもの。オイストラフ45歳ぐらいの演奏です。極めてヴォルテージの高い演奏というべきでしょうか。後の60~70年代の録音で私達がよく知っているオイストラフに比べると、幾分か線は細いかも知れませんが、非常に集中した演奏で、しかも多くの女性ヴァイオリニストたちと違って、個人的な情念のようなものを感じさせないのが素晴らしい。もちろんエールリンクの指揮も最高です。
第3楽章も快速演奏ですが「ぶっ飛ばしてる」感は皆無で、細部も完璧。それでいて音楽が燃え上がってるさまが感じられます。オイストラフは作曲者本人と会ったことがあるのですが、その時に第3楽章の演奏について「速すぎませんでしたか?」と聞いたところ、シベリウスからは「いや、あれで良い」という答えが返ってきたのだそうです。つまり作曲家にとってもこの演奏のテンポで良いのだろうと思います。
このCDはこれまで何故か複数のレーベルで出ていて、かつては輸入盤のCBSレーベルでよく見かけましたが、最近では東芝から発売されているようです。この録音の唯一の欠点は音質で、特に第二楽章には明らかな瑕疵があります。もうちょっと聴きやすい音質なら良かったのですが、演奏だけ取り上げれば私にとっては後述するウィックス盤とともにこの曲の最も好きな演奏です。
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オイストラフの2枚目は1959年に行われたアメリカ演奏旅行の合間に、オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団と行われたもの。これはソロイストもオーケストラも完璧としかいいようのない演奏。特にオーマンディ&フィラデルフィアのバックがさすがで、「北欧的」だの「冷たさ」だの「自然」だのというシベリウスについてまわる形容詞とは無縁であっても、この美麗な響きには抵抗できないような気がします。
ただ完璧+完璧の演奏で、どこにも文句のつけようがないのに、でもなんとなく意気上がらないものも感じます。50年代のオイストラフのアメリカ・ツァーは鳴り物入りで行われ、大成功だったのですが、同時に冷戦時代とあって、彼の訪米をソ連の宣伝と考える保守派の激しい反対運動もあったと伝えられています。そんな中でハードな異国のツアーをこなし疲れていたのか、あるいはそんな緊張感から解き放たれてお気に入りの指揮者・オーケストラとスタジオにこもってり、リラックスしてしまったのか?
そこにエールリンク盤のひたむさはありませんが、それでもこの完璧な美しさ――特に第一楽章冒頭の――が魅力でないわけはなく、名盤のひとつであろうかと思います。
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LP時代に発売になった3枚目のオイストラフはロジェストヴェンスキー指揮のものでした。私が最初に買ったのはこれです。この演奏は気合という意味では一番で、とにかく最初から最後までオイストラフの演奏は凄い気合が入りまくりで、いったいなにが起きてるんでしょうか?
ロジェストヴェンスキーもオケを鳴らしまくり、オイストラフの熱演に応えています。でもこれは明らかにチャイコフスキーではないでしょうか?面白い演奏ですが、いつも聞きたいとは思いません。
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そしてカミラ・ウィックス。このシベリウスの女神の演奏を私がはじめて聞いたのは、もう大学を卒業し就職してからでした。ウィックス盤がずっと欲しくてたまらなかったのですが、当時ウィックス演奏のLPは廃盤になっていて、どうしても手に入れることができなかったのです。
入手したのはちょうどLP時代の終りぐらいだったでしょうか。新聞社に勤める先輩の記者の方が持っていて、カセットにダビングしてもらいました。
もしかするとシベリウス自身が「私の曲の理想的な解釈者」と呼んだということに影響されてるのかもしれませんが、この演奏は私にも理想的に聞こえました。情熱も集中力もあるのですが、それが後のチョン・キョンファの盤のように息が詰まるものにならず、伸びやかで音楽のバランスが失われてはいません。むしろ端正とすら言ってよいでしょう。冒頭は本当に人間は誰もいない雪に覆われたフィンランドの森と湖を、ウィックスによって奏でられた歌だけがスッと流れていくような、そんな想像すら。シベリウス好きならそれだけでノックアウトされるような演奏です。
この演奏の素晴らしさは指揮者が作りだした部分も大きく、エールリンク指揮ストックホルム放送響のバックは理想的なシベリウス世界を描いています(1952年録音)。
ウィックスはニューヨーク生まれですがノルウェー系で、ヴァイオリニストとしての活躍の場も北欧中心だったようです。そのせいと、あと30代で結婚してコンサートの場からは退いたということが影響したようで、その令名に比して録音は多くありません。有名なものとしてはワルターと共演したベートーヴェンの協奏曲(ライヴ)がありますが、私は聞いたことがないです。
このウィックス盤、昔東芝EMIから発売されたCDは廃盤になってしまい、ようやく再発されたと思ったら大部のBox品だったり、今にいたってもなかなか入手が難しかったのですが、ようやく6月にEMIから廉価盤で発売されるようです。
私はこの協奏曲が大好きなのですが、もし無人島だか座敷牢だかに3枚持っていくことを許されたとしたら、やはり上記のオイストラフ&エールリンクとウィックス、それにペッカ・クーシストのヴァイオリンにセーゲルスタム指揮のOndine盤ということになるでしょうか。もっとも神尾がしかるべき指揮者・オーケストラと録音したら、どれかと入れ替えるかもしれませんが。
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