指揮者のサヴァリッシュは、言うまでもなく世界の巨匠のなかでは、最も日本人におなじみの指揮者と言えるでしょう。同じ独墺系の指揮者でもベームやヨッフムなら曲のクライマックスに向けて白熱した演奏になることが多いのに、サヴァリッシュの場合そういうことはあまりないので、中には「常に水準以上の演奏を聞かせるというだけ」と酷評する人もいます。
確かにモーツァルトやベートーヴェンだと、そんな感じもなきにしもあらずですが、そんなサヴァリッシュの演奏の中で、絶対的な価値を持つのがブラームスとR・シュトラウス。
ブラームスという作曲家の管弦楽作品は、あの分厚いオーケストラを一塊にしてドライヴするやり方では、まったく魅力は出てこないのではないでしょうか。スコアを精密に分析してすべての要素をあまねく取り出し、最適のバランスで配置してこそ、あの複雑に織り成されたテクスチュアの隙間からブラームス特有の霧に煙るような叙情と憂愁が浮かび上がってくるように思われます。
そこがサヴァリッシュで聞くと完璧で、特に70年代のライブはいずれも最上級の名演奏で溢れています(ただし後にロンドンでスタジオ録音した交響曲全集などは、なぜかスカスカで魅力に乏しいものでしたが)。
私が中でも好きなのは、これもFMで放送されたものなんですが、スイス・ロマンド時代に演奏したシェリングとのヴァイオリン協奏曲。シェリングの気品あるヴァイオリンとともに、同曲中最高の録音ではないかと思っています。市販されてないのが残念ですが。
そしてそのサヴァリッシュがN響の定期でブラームスのヴァイオリン協奏曲を取り上げるとなったら、たとえヴァイオリニストが全然知らない人だったとしても、多大な期待を抱いてしまうというものではないでしょうか。
それはたしか1980年前後じゃなかったかと記憶してますが、ヴァイオリニストはイタリア出身のウト・ウギという青年。残念なことに私は生で聞くことは出来なかったのですが、FMで聞いたその演奏は予感がぴったり当たって、大変な名演奏となりました。
特に惹かれたのはウギの艶やかな音色。そして「さすがイタリア人!」と言いたいほどに、豊かに歌われる旋律。それでいながら決して野放図に歌いすぎない節度と落ち着き。
サヴァリッシュとの相性もよほどよかったのか、二人はその後ブラームスとベートーヴェンの協奏曲に加え、サヴァリッシュがピアノを弾いて「春」と「クロイツェル」なども録音しています。
イタリア人ヴァイオリニストの中でもより鋭くきびきびした演奏を行うアッカルドがコリン・デイヴィスと組み、よりリリカルなウギがサヴァリッシュと組むというのは、なんとなくうなずけるような気がしないでしょうか。

さてそれから約30年、そのウト・ウギが来日して円熟の境地で再びブラームスの協奏曲を弾くとなったら、これはもう期待せずにいられません。ちょうどうまい具合に土・日は東京に出張だったので、聞いてきました。オーケストラは大友直人指揮東京交響楽団(会場は東京芸術劇場)。もっとも実を言うとかすかに不安要素はありました。30年といえばかなりの時、もしかして、、、いや、まさかとは思うものの、もしかしてギトリス化してるんじゃないかという…
コンサート前半はイギリスの作品で、威風堂々第5番とマクミランの「イゾベル・ゴーディの告白」。イゾベル・ゴーディというのは魔女狩りの犠牲になった女性の名前で、曲は大変にわかりやすい面白いもの。オーケストラはこの曲に全力を傾けたようで、弦は透明感と力強さを兼ね備え、管・打楽器も素晴らしい表現力で応え、期待以上の名演になりました。
そして後半のブラームス。まずオーケストラが奏でる第1主題からして、前半のマクミランとはうって変わった濁った音色。やはりイゾベル・ゴーディーで力尽きたのでしょうか?大友さんの音楽作りも、上で私が否定した「オーケストラを一塊にしてドライヴする」やり方。なんだか厭な予感・・・
でもそこまでは序の口でした。ウギのヴァイオリンが入ってきた瞬間、衝撃が・・・
ショボイのです、音色が。音量も弱くオケにかき消される時もあって。いったいあの艶やかなウギの音色はどこにいったんでしょうか。
そして最も問題なのは、高音域になると音程がおかしくなり、全部の音がぶら下がってしまうことで、ちょうど年取った歌手が高音域だけ音程が取れずに、音痴状態になるのに似ています。そんなことがヴァイオリンでも起きるんでしょうか???
カデンツァになると大分持ち直してきましたが、やはり高い方の音程が駄目。第二楽章はまあまあ。終楽章は大変に情熱的な演奏で、それはそれで聞くべき部分も随分あったように思いますが、どうしても潤いを欠いた音色と音程が気になって、とても楽しめませんでした。
ウギは1944年生まれなので、まだ64歳。ギトリス化するにはいくらなんでも早いんじゃないかと思うんですが…。会場はブラヴォーも出て、万雷の拍手。私はあまりのショックで、全曲が終わってもちょっと立ち直れないほどでしたが、聞き巧者の聴衆の方々は個性を楽しんだということなんでしょうか。
東京芸術劇場の写真は東京発フリー写真素材集さまから
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