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2005年1月25日 (火)

ルル事件の背景・2(新国立劇場とは?)

20050125shinkokuJP新国立劇場は平成9年、日本で始めての(国立の)オペラ・バレエ専門の劇場として華やかにオープンしました。場所は新宿駅から頑張れば歩いても行ける初台。
(この劇場に関しては役人の天下り問題と、予算のほとんどがオペラ制作ではなく職員の人件費と施設の管理・清掃にあてられているという問題がしばしば指摘されていますが、ここでは主題がぼけるし、調査している時間的余裕もないので、それらについてはふれないことにします。)

通常○○オペラ、○○歌劇場などと言った場合(メトロポリタン・オペラとかウィーン国立歌劇場とかスカラ座とか)、それは建物のことのみをさすのではなく、オペラを興行するカンパニーとしての組織をさします。新国立劇場(以下新国と略)も単なる貸し小屋として建てられたのではなくて、オペラを上演する国立の組織として設立されました。ですから毎年何作ものオペラが新国の主催公演として上演され続けているわけです。
このほかに他のオペラ団体(国内の団体の他、海外からの引越し公演も含む)が新国を会場にオペラを上演することもあり、この場合は貸し小屋として機能しているわけです。

欧米のオペラハウスには普通その劇場の最高責任者というものがいます。呼び方はさまざまですが、日本では総監督とか総支配人とか翻訳されるのが普通です。英語のGeneral Managerのように、マネージャーに類する言葉が使われる場合は総支配人、その他は総監督と訳されることが多いみたいです。なおドイツ語ではインテンダントという言葉がつかわれ、日本語でもこれをカタカナ表記するケースも多いです。

総監督にはいろいろな立場の人がなり、劇場によっても時期によっても違い、とくにどういう人がなるという法則はありません。しかし大きく分ければ(1)主に劇場のマネージメントを専門にやってきた、いうならば事務方の人が総監督になるケース、(2)演出家がなるケース、(3)指揮者など音楽家がなるケースの3つが最も多いようです。
音楽家の場合は指揮者についでは歌手がなるケースが多いですが、まれに作曲家が総監督になることなんかもあります。

たとえばウィーン国立歌劇場の場合、1982年からはまず指揮者のロリン・マゼールが総監督をつとめた後、演出家のクラウス・ヘルムート・ドレーゼ(チューリヒ歌劇場の総監督の経験がある)、歌手のエバーハルト・ヴェヒター、ヴェヒターの急逝に伴い事務方から昇進したイオアン・ホーレンダーと替わってきています。音楽家以外が総監督を勤める場合は他に音楽(総)監督というポジションを設置することが多く、ウィーンの場合ドレーゼの時代は指揮者のクラウディオ・アバドが、現在は小澤征爾が音楽監督をつとめているのはご存知の通りです。

新国はなぜか総監督はいず、オペラ部門なりバレエ部門なりの芸術監督という形をとっているようです。オープン時は音楽評論家の畑中良輔さんがオペラの芸術監督をつとめました。畑中さんはとりあえず立ち上げのための暫定的な就任で、畑中さんの方針が新国の運営に生かされたとはとても思えません(重要なことはすでに方針が決まっていたから)。従って新国立ち上げ時の不手際を彼の責任にすることはかなり気の毒なのですが、それにしてもこの時代の負の遺産はあまりにも大きかったといえます。

新国は貸し小屋ではなく、オペラ公演を行うカンパニーとしてスタートしたにもかかわらず、オーケストラもコーラスも、なんと舞台を支える裏方さえいないという状態でスタートしました。これ自体異常なことなのですが、開場記念公演とそれに続く最初のシーズンのラインナップが、オペラ・ファンの期待を裏切るがっかりものだったのです。

上演演目は「カルメン」や「魔笛」など誰もが知っているようなポピュラー作品、そんなもの東京ではこれまでにも飽きるほど上演されてきたし、映像ソフトでだって山ほど手に入ります。舞台を作る演出家はゼッフィレッリ、W・ワーグナー、ハンペとネーム・ヴァリューはあるもののとうにピークを過ぎた人たち。ヨーロッパの第一線で活躍中の気鋭の演出家たちの名前など、どこにも見えなかったのです。

現在のオペラ界は演出主導であり、いかに優れた演出家を集め得るかが、劇場の評価の分かれ目となります。東京に国立のオペラハウスが出来るというのは、当然世界の音楽ジャーナリズムの注目の的でした。ここで新国は一気に世界のオペラ界の最前線に躍り出ることも可能だったのです。そうなれば歌手たちが東京のオペラに出演すると言うことをステイタスと考えると言う状況を作り出すこともできました。無知ゆえかやる気のなさか老害か、なんだか分かりませんが新国設立時に関与した音楽関係者とお役人たちはそれを拒否しました。オープン前にしてすでに世界の音楽ジャーナリズムの興味・関心は雲散霧消してしまったのです。

考えてみれば東京国立歌劇場ではなく新国立劇場などというネーミングにしたこと自体、すでに目は内にだけ向いて、世界を向いていないということを如実にしめしていたわけですが。(明日に続く)

新国立劇場の写真はフリー素材のものを使わせていただきました。

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