« ルル事件の背景・2(新国立劇場とは?) | トップページ | ルル事件の背景・4(しのぶしのばず) »

2005年1月26日 (水)

ルル事件の背景・3(ノヴォ氏って誰?)

20050126shinkokuiriguchiJP畑中初代暫定政権の後を受け継いで、テノール歌手(就任時はすでに引退していた)の五十嵐喜芳さんが2代目のオペラ芸術監督に就任しました。

五十嵐さんの手法はドイツ・オペラを二期会、イタリア・オペラは藤原歌劇団のメンバーをベースに主役クラスの歌手には海外から招聘した有名歌手を使うというものでした。(二期会と藤原歌劇団というのはいずれも日本を代表するオペラ団で、戦後ずっと日本のオペラ界をリードし続けてきた団体。)五十嵐さんの人脈をいかし、かなりのスター歌手を揃えることが出来たため、この時期舞台はずいぶんと華やかなものになりました。このやり方をメトロポリタン・オペラ(MET)の縮小再生産と呼んだ人もいます。(個人的な意見を述べさせていただくなら--と自分の日記で言うのも変ですが--、私自身はこういうマイナーMET的行き方には批判的です。興奮や興趣を呼び起こすことは出来るでしょうが、オペラの真の感動には到達できないと考えます。)

五十嵐時代は歌手の面では一定の成果を挙げたにせよ、演出面では相変わらずでした。海外のハウスからの借り物が多かったのです。その中で唯一高く評価されたのが、今人気のイギリス人演出家、キース・ウォーナーを迎えた「ニーベルングの指輪」(通称リング)4部作でした。これはワグナーが作曲したオペラで全部上演するのに、4晩かかるという長大なものです。新国でも他の多くの劇場と同じように、一年に1作ずつ出していって4年がかりで4部作を完成させるというやりかたをとりました。歌手も適材適所を揃えることが出来たこの上演は、トーキョー・リングの愛称で呼ばれて、新国最大の――というより世界に誇れる唯一の――成果となりました。(最後の4年目か、あるいは5年目に4部作の一括上演をする例が多いようです。)

五十嵐さんに続いて2003年秋から第3代目のオペラ部門の監督になったのがトーマス・ノヴォラツスキーという人でした。発表があったときには日本中のオペラ・ファンが『ノヴォ・フー?状態』になったと思われます。それもそのはず、この人はウィーン国立歌劇場の単なる制作部長だったのです。新国にはまず調査員(なんじゃ、そりゃ?)、ついで芸術参与として関係していました。私は新国の裏事情には通じてないので、この人がなぜ新国のオペラ芸術監督になれたのか分かりません。

ただ若手でもやり手の人はいるし、過去のポジションとこれからの仕事ぶりは別です。不安・期待半々でとりあえず様子見にはいったというあたりが、音楽ファンの一般的態度じゃないかと推測します。ノヴォ氏はこれまで外人組と日本人組のダブルキャストだったものをシングルキャストにすると宣言しました。日本人歌手の活躍の場が奪われるということで、国内オペラ関係者の中には、かなり不満を持つ人もいたと聞きます。一方ファンの中にはシングルが筋だとして歓迎する人もいました。

ノヴォ氏の息がかかった最初のシーズンの予定が発表された時に、一般のオペラ・ファンの間にも静かな不満が漂いました。五十嵐時代の華やかさとはうってかわって、イタリア・オペラにもドイツ系の歌手を重用した地味きわまりないキャスティングだったからです。しかしここでも大勢は様子見だったと思います。オペラというのはスター歌手を集めれば成立するものではなく、しっかりとしたアンサンブルで音楽面を充実させると言うのもひとつの方法だからです。

しかしオケもコーラスもない世界にもまれな特殊オペラハウス「新国」で、そんなことが望めるわけはないのでした。(私は今の新国主催公演には全く行ってないので、自分の感想としては言えませんが、最近の公演水準は五十嵐時代よりむしろ低くなったとみなされているようです。)そうこうしてるうちに音楽ファンの不満が一気に高まる事態が起きました。
せっかく4年間にわたって上演を重ねて、4部作最後の「神々の黄昏」までたどりついたトーキョー・リングの上演なのに、4部作の一括上演をしないということが分かったからです。(演出家のキース・ウォーナーはそれに抗議し、「神々の黄昏」のカーテンコールに登場するのを拒否。)実はオペラハウスというのは昔から権謀術策うずまく場所として知られ、総監督や音楽総監督が変わると、前任者の仕事は一気に過去のものとして放り出してしまうということもままあるのです。

しかしそのような悪習を、新しい東京の歌劇場に持ち込むとは!ろくな成果も挙げてないくせに、そんなことばかり大物気取りか?と、それはあるいは悪意ある誤解かもしれないのですが、ノヴォ氏に対する敵意が――控えめに言っても一部の――音楽ファンに芽生え始めたのです。(一括上演できない理由は装置が巨大すぎて、連続上演が不可能ということでした。ところが「装置が大きすぎて」と言う理由で前任者の仕事を破棄するのこそ、正にウィーンのお家芸なので誰も信用しないのでした。)

さて、そうした状況の中で、ノヴォ氏就任2年目のスケジュールが発表されました。演出面ではいま欧米の第一線で活躍する演出家の名前も見られ、かなりの改善が期待されそうでした。(皮肉なことに中でも期待は「ルル」のパウントニーでした。)しかし歌手陣については「コジ・ファン・トゥッテ」にヴェロニク・ジャンスを招くなど、期待を持たせる顔ぶれも若干はありましたが、全体に地味なキャスティングは相変わらずでした。

ところがその中にたった一つだけ、オペラ・ファンの目をテンにする驚愕のキャスティングがありました。佐藤しのぶが「ルル」の主役に配されていたのです。
歌えるわけないじゃん!(明日に続く)

写真は新国立劇場の入り口、昨日と同じフリー素材を使わせていただきました。

|

« ルル事件の背景・2(新国立劇場とは?) | トップページ | ルル事件の背景・4(しのぶしのばず) »

コメント

今までの公演で一番嬉しかったのは、もちろん「ドン・キショット」です。
まさか、東京で見られるなんて思ってもいませんでした。
この上演は、五十嵐さんの人脈ですよね。
その後、ワシントンでも上演してますが、これはドミンゴつながりでしょうね。

投稿: keyaki | 2005年1月26日 (水) 01:11

keyakiさんなら、それはもう他にありえないでしょう!五十嵐さん人脈ですねぇ。
次のヴァドゥヴァとサッバティーニの「マノン」も良かったですね。ヴァドゥヴァ、高音域は破綻してましたけども。

投稿: TARO | 2005年1月26日 (水) 02:12

「ドン・キショット」は資料室のビデオも見ましたが、これもよく出来てますね。テレビ放送して、売り出して欲しい!!!
山賊たち(親分、池田直樹さん)が日本語でしゃべったのも気に入ってます(^。^

投稿: edc | 2005年1月26日 (水) 10:29

そうですよね。TDKとかどこかで出せばいいのに。

この「ドン・キショット」は、ライモンディと演出のファッジョーニがヨーロッパで上演して大好評だったプロダクションを、そのまま輸入したものですよね。新国公演というよりはむしろ引越し公演に近い形態なのかなと思っていますが。

投稿: TARO | 2005年1月26日 (水) 22:04

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71167/2696215

この記事へのトラックバック一覧です: ルル事件の背景・3(ノヴォ氏って誰?):

» 本当に新国はなってないぞ!怒! [谷中オペラ日記]
 帰宅すると、新国立劇場から「ルル」上演版および出演者変更のお知らせのはがきが届いていた。よく読むと、ホームページでは出番がないとされた、木下周子、与田朝子、背... [続きを読む]

受信: 2005年1月26日 (水) 01:12

« ルル事件の背景・2(新国立劇場とは?) | トップページ | ルル事件の背景・4(しのぶしのばず) »