« 三居沢の滝 | トップページ | 風変わりな人々・2~「デリカテッセン」 »

2005年2月16日 (水)

ワジム・レーピン

20050211steet4JPFMを留守録しても、なかなか聞く時間が取れないのが悩み。かつては天才少年ヴァイオリニストとして知られ、すっかり大人になったレーピンの東京公演のライヴも、先週だか先々週だかに放送されたのを、ようやく今日聞くことができた。素晴らしい。

実は私はつい一昨年まで、レーピンが大嫌いだった。ずっと以前にN響の定期で何かのコンチェルトを聴いたのだが、その印象が悪かった。美しい音で朗々とした音楽を奏でる、ただそれだけ。それはそれは素晴らしい音だし、優れたテクニックだし。しかし、なんという能天気な音楽!と思い、以後この人の名前は私の頭から消え去った。もちろんCDなども買ったことはない。

ところが去年だったろうか、やはりFMでシベリウスのヴァイオリン協奏曲のライヴが放送された時である。どうせレーピンだから、つまらない演奏だろうと何の期待もしなかったが、とりあえずこれも一応録音して聞いてみた(シベリウスの協奏曲は集めてるので)。――すぐに消すつもりだった。
ところが、私の記憶のなかにあるレーピンの音楽と、まったく違う!
音楽が引き締まっていて、しかも切り込みも鋭い。何よりも曲に対して真剣に取り組んでいる様子が、音だけからでも伝わってくるようなのである。

そのときは過去のコンサート体験で出来上がった先入観が強すぎて、なんか腑に落ちないなと思っただけだったが、昨年の冬だったか、今度は教育TVで東京でのコンサートの様子が放送された。半分しか見なかったが、やはり違う。私の記憶の中にあったお気楽レーピン君とは、完全に別人だ。
ということで、(TVでは画面がつく分だけ見た目の印象に左右されやすいし、)音だけのFMでの放送を心待ちにしていたのである。

声楽好きの私は、器楽のことはあまりよく判らないので、分析的に述べることは出来ないが、フランク、シェーンベルク、シューベルトそれぞれの魅力を十分に出し切り、しかも全体にある真剣さ――音楽の深みに到達しようとする真摯な姿勢のようなもの――が感じられる――ような気がする。
クレメルやヴェンゲロフが何を弾いても、まず彼らそれぞれの個性が最初に出てくるのに対して、レーピンの場合は曲の美しさが第一に出てくるというのも、好ましい。(おそらくその陰にはものすごいハイレベルな技術が隠されてるはずだが、技巧ではなく曲の美しさとか様式感とかが前面に出てくるあたりが、私好み。)

次の来日の時には、万難を排しても行かなくては。

写真:仙台市内

|

« 三居沢の滝 | トップページ | 風変わりな人々・2~「デリカテッセン」 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71167/2947606

この記事へのトラックバック一覧です: ワジム・レーピン:

« 三居沢の滝 | トップページ | 風変わりな人々・2~「デリカテッセン」 »