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2005年4月

2005年4月30日 (土)

聖ペテロの涙~名画と名曲・11

20050430ElGrecoJPエル・グレコの「聖ペテロの涙」です。
「鶏が鳴く前に3度私を知らないと言うであろう」とイエスに言われたペテロはそれを否定しますが、実際にそのようになったので、悔悟して涙を流す。というさまを描いたものです、が・・・

なんというか、そうした聖書の挿話の絵解きとしてではなく、もっと物語絵などというものを超絶したところでの「天国への憧憬」のようなものが感じられる作品です。
エル・グレコが比較的若い頃に描いたもので、ワシントンDCのフィリップス・コレクションにあります。

で、「聖ペテロの涙」といえば、当然オルランド・ディ・ラッソ(オルランドゥス・ラッスス)の宗教的マドリガーレ集「聖ペテロの涙」ということになります。
ラッソのこの曲の録音は、私が高校か大学時代に、初めての国内盤が発売されました。
ラファエル・パサケ・ヴォーカル・アンサンブル(※)によって歌われたそのLPを、何故私が買うことになったのか、まったく覚えていないのですが、一聴そのあまりの美しさに我を忘れました。
それまではラッソのレコードは1枚も持っていなかったのですが、その後次々とラッソを買い求めました。でもこの曲ほどの感動には、結局めぐり合えなかったような気がします。
それもそのはず、この曲はラッソの最後の作品、白鳥の歌だったんですね。――まあ、白鳥の歌だからって、必ずしも名曲とは限りませんけども。
(※アンサンブル・ヴォカール・ラファエル・パサケとフランス語で言うのが正式名称みたいです。)

いま手元にLPがないので確認出来ないのですが、ラファエル・パサケのレコード、たしかこのエル・グレコの絵がジャケットに使われていたと記憶しています。
CD時代になってから発売されたこの曲の録音としては、SONYから出ているウェルガス・アンサンブルのものが良く知られていますが、こちらのCDジャケットは確実にグレコです。
それにこの記事を書こうとして調べたら仏ハルモニア・ムンディからはヘレヴェッヘ指揮による録音も出ていたんですね。これはもしかすると凄くいいかもしれませんね。ヘレヴェッヘですから少なくとも合唱の精度は抜群のはず。見つけ次第入手したいなと思ってます。

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2005年4月29日 (金)

愛すれど心さびしく・2 The heart is a lonely hunter

ご注意ください!

はじめにタイトルとはなんの関係もありませんが、いま Googleとよく似たアドレスのサイトが問題になっています。クリックするとトロイの木馬をはじめとするウィルスにPCが乗っ取られるということです。2ちゃんねるなどに貼り付けられてるみたいなので、絶対にクリックしないようにご注意を。詳しくは↓をご覧ください。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050428-00000017-zdn_ep-sci


20050429RockJP(一昨日の続き)サンドラ・ロック演ずるミックは高校生。音楽が好きなのですが、家が貧しくて演奏会も聞きにいけず、もちろん憧れのピアノも習えません。
ある日ジェファーソンの街でオーケストラのコンサートがありました。チケットが買えず会場に入れないミックは、こっそり非常階段のところで、漏れ聞こえてくる音に耳を傾けます。うっとりと陶酔するミック。

偶然通りかかって、ミックをみかけるシンガー。彼はすぐに事情を察します。
コンサートのポスターを見るシンガー。そこには「モーツァルト 交響曲第41番ハ長調K551 ジュピター」の文字が。

ミックに恨まれていることを知っているシンガーは、2人の関係を改善しようと策を練ります。(あるいは策ではなく純粋にミックを喜ばせたかったのかもしれません。)

「ジュピター」のレコードとレコード・プレイヤーを買ってきて、ミックに聞こえるようにかけるのです。聾唖ですから自分には聞こえないのですが・・・
部屋を奪ったシンガーへの反発と、シンガーの部屋で音楽を聴きたいという相反する気持ちにゆれるミック。ついにモーツァルトの音楽への思いが、子供じみた反発に打ち勝ちます。
ここから2人の関係はほぐれていきます。シンガーの寂しさを理解していくミック。ミックにほのかな恋心を抱くシンガー。

ミックもシンガーのことが大好きになりますが、しかしそれは恋愛感情ではありません。ミックは同級生の友人の兄と付き合い始め、ある日初めて彼に身体をゆだねます。
にっちもさっちもいかない自分を取りまく環境。何かをやりとげたい、何かになりたいと熱望するのに、ディープ・サウスの田舎で朽ち果てていく以外の未来はありえない人生への焦燥感。さほど好きでもない男と初体験をすませても、それで何か突破口が見つかるわけでもなく、そんなことは十分に分かっているのに・・・

そんな複雑な少女の感情を、サンドラ・ロックは実に見事にあらわしていて、とても新人の演技とは思えません。しかも痩身で美しく、18歳にしてすでに大物のオーラが出ています。
クリント・イーストウッドに見初められなければ、いずれアン・バンクロフトのような大女優に成長したであろうものを。イーストウッド許すまじ!

この初体験シーンは、実はマッカラーズの原作にはなく、映画が独自にいれたものです。小説の方は、ミックは中学生程度のもっと小さな女の子に設定してあり、マッカラーズ自身の少女時代が投影されていると言われています。

映画ではあえて原作より5歳程度、ミックの年齢をあげ、オリジナルのシーンを挿入したわけですが、サンドラ・ロックを確保したことで、この改変は見事に成功したと思います。(続く)

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2005年4月28日 (木)

口内炎の妙薬・・・かどうか分かりませんが

20050428SendaiekihigashiJP以下の記事は私の体験を書いたものであって、決しておすすめするという意味ではありませんので、お間違いなく。

※2007年6月8日に、<これは間違い。チョコラBBは化学物質であり、蓄積する。寝違えたり足がつる副作用がある>というような内容のコメントを、いただいております。一方で< 水溶性のビタミンは「過剰症」は出ませんので,多少多く摂っても大丈夫です>というコメントもいただいていますが、私にはどちらが正しいのか、あるいはどちらも正しいのか、判断できませんので、そのへんをじゅうぶんに留意の上お読みください。

口内炎の苦しみは、なったことのある人じゃないとわからないと思いますが、それはそれは・・・

実は私は大の蕎麦好き。なのに蕎麦アレルギーなのです。
といっても検査してないので、正しくそうなのかどうか確信もてないのですが、多分その筈なのです。

この蕎麦なんですが、若い頃はじつは嫌いでした。ところが年齢取ったせいもあってか、蕎麦好きの人に何度か美味しい蕎麦屋さんに連れて行ってもらっているうちに、どんどん好きになっていきました。

ちょうど蕎麦好き歴、半年ぐらいの時です。口内炎が出るようになりました。
最初まったく原因がわからずに、いろいろ金属アレルギーとか検査をしてもらったのですが、まるで特定できません。
とてもしつこい口内炎で、治っても治ってもすぐに口の中の別の場所に出てくるのです。旅番組のロケハンの時に口内炎になんかなった日には、もう・・・(旅番組と言うことは、ほとんどグルメ番組と一緒なので。土地の名物はちゃんと食べてみないと、台本書けないし。)

しかもお医者さんに薬をもらっても、自分で薬局でビタミン剤を買って飲んでも、なんかフィルム(※)を貼っても全然ダメで、何をやっても治らないんじゃないかと絶望的に。
(※ 口内炎用のフィルムというのがあるんです。上に貼って食べ物・飲み物が触れないようにするものです。)

で、原因がわかってからは、気をつけてるので口内炎とは無縁にすごせているのですが、苦闘の時代に発見したことを一つお伝えしたいと思います。

ということで、やっとここから本題です。
そんな何をやっても治らない、しつこい口内炎時代にたった一つだけ、私の口内炎を治してくれた方法がありました。

それはチョコラBBを規定量の3倍飲むこと。朝夕の食後、1錠づつ飲むことになっているのですが、それを3錠づつ飲んでみたのです。あら不思議。3日後ぐらいにはあの痛みが奇麗に消えてるではありませんか!

知り合いの内科の先生に聞いたら、「ビタミン剤は余計に飲んでも排出されるだけだから、無駄ですよ」とのこと。――でもそれって逆に言えば、「用法・用量を守らなくても副作用の危険はないってことだよね?」と解釈。

その後も原因が判明するまで、しばしば口内炎に悩まされたのですが、そのたびにBB×3倍を飲み続けて乗り切っていたのでした(というか、口内炎になると嫌だから、そのうち毎日飲むようになってしまった。)

このやり方を見つけたのは、実は ”2ちゃんねる” の健康版の口内炎スレッドだったのです。そこに書いてあることを色々と試してみたんですが、まるでダメ。3倍飲むというのはほんとにスレッドの真ん中辺になにげに書いてあったことで、特に他の人からの反応もなくスルーされてるような感じの発言でした。まさに藁をもすがる思いでやってみたわけです。(というほど大げさなことではないが。)

なお、ビタミンですから副作用はないとは思われますが、一応用法・用量を守らない行為なので、決して皆様におすすめするものではありません。

さて話を蕎麦に戻すと、ある時じっくりと考えてみました。生活習慣で何か変化したことがないか。最初何もないように思えました。が、たったひとつ、蕎麦好きに変身したというのがあったのです。そう、その頃の私は1日おきくらいに食べていました。
そして食べるの止めてみたら、なんと起きなくなったのです、あのしつこお~い口内炎が。BB3倍にもさようなら。

とはいえ実は今でも私は蕎麦を時々食べています。というのは、蕎麦には降圧作用があるためで、忙しかったりすると血圧が不安定になる体質の私は、安定させるために蕎麦はかかせないのです。(もっともその効果は、精神的なもののような気もしないでもないのですが・・・)

写真:仙台市内で発見した北海道(風)

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2005年4月27日 (水)

愛すれど心さびしく・1 The heart is a lonely hunter

20050427ArkinJPカーソン・マッカラーズの小説「心は孤独の狩人」の映画化。1968年のアカデミー賞でアラン・アーキンが主演男優賞候補、そして当時18歳の新人だったサンドラ・ロックがデビュー作で助演女優賞候補になり話題をまきました。アーキンはNY映画批評家協会賞の主演男優賞を受賞しています。

監督はロバート・エリス・ミラー。あまりきかない名前ですが、この作品のほかはせいぜい「きんぽうげ」が知られているくらいでしょうか。
カット割がまずいんじゃないかと思わせるところと、非常によく演出されているところが共に見受けられ、監督の技量がちょっとはかれない感じがします。
それにこれはたぶん脚本と演出、両方の問題だろうと思いますが、原作をとてもよくダイジェストしてあるのですが、ダイジェスト以上のものになりえてない感じもして、もどかしさを感じます。

たとえばこれが同じ南部ものの名作、HPで取り上げた「アラバマ物語」のロバート・マリガンや「ドライビング・ミス・デイジー」のブルース・ベレスフォードだったらどうだったかと考えると、いくぶんか惜しい感じがしなくもありません。

にもかかわらずストーリーが良いと、ここまで感動を与えるものなのか、という作品に仕上がってるのが映画というものの不思議。

で、なぜこの作品を取り上げたかというと、作中でモーツァルトの「ジュピター」が重要な役目を果たすからなのです。それは後で述べることにして簡単にストーリーをご紹介します。原作がマッカラーズなので、当然アメリカ南部の物語ということになります。

*  *  *  *  *  *  *  *  *

舞台はジョージア州ジェファーソン。
主人公のアラン・アーキン演ずるジョン・シンガーは聾唖の青年。聞くことも喋ることも出来ませんが、人の口の動きを読むことは出来ます。

このシンガーのまわりに次々と色々な人が登場するのですが、重要なのは4人。
シンガーと同じ聾唖の青年、アントノポロス。シンガーが知的で心優しい人物であるのに対して、こちらは知的障害もかかえています。彼は世話をしていた親族ももてあまし、映画の冒頭で施設に収容されることになります。

シンガーが部屋を借りた家の娘、ミック(サンドラ・ロック)。父親が病気で働けなくなったため、家の2階を貸すことになり、自分の部屋を奪われたことを恨んでいます。

ホームレスの流れ者、酔っ払ってシンガーに絡んだことが2人の最初の出会いです。

そして黒人医師、これも偶然からシンガーと知り合うことになります。

4人はそれぞれシンガーに心の悩みをうちあけ、それによって癒されていきます。

黒人差別、貧乏白人、ホームレス、障害者。人々の係わり合い・絡み合いの中で、マッカラーズ(も映画も)は南部の抱える問題点をていねいにあぶりだしていますが、真のテーマは社会問題ではありません。もっと根源的な人間の孤独というところが中心主題のようです。(続く)

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2005年4月26日 (火)

最新の車体

20050426raintreeJP昨日のJR福知山線の事故、死者50人を超え、想像を絶する大惨事になってしまいました。なんといってもマンションに激突して、グニャッと折れたあの車両の姿がショッキングでした。
すでにニュース番組などでも言われているとおり、電車の車体というのは横の力に弱く、そこにもこのような大惨事となった遠因があるように思います。

また現代の電車は、いかに車体を軽く作るかが重要なテーマの一つでもあります。軽ければランニング・コストは向上するわけですから。

ちょっと事故からは離れますけれども、数年前に電車の車体製造工場を取材したことがありますが、その時の最新の製造技術は実に驚くべきものでした。

たとえば車両の中心となるボディの部分は、最新のものはアルミで出来ています。鉄より軽いからですが、もちろんアルミの1枚板では強度が不足しますから、2枚をあわせて間に空間を作る形にします。そしてその2枚をジグザグに柱を入れて(弦楽器の魂柱を長い板にして何枚も入れたみたいな感じをイメージしてください)つなぎ合わせ、強度を確保するのです。
これによって軽さと共に何がもたらされるかというと、間に空気が入っているために、断熱性・静音性・耐震性などというものが向上するわけです。

また組み立てる時には、最初にこうしたアルミのパネルを何枚も横に張り合わせて車両の長さにするわけですが、その接着方法も最新のものでは溶加剤などは使いません。
摩擦攪拌というのですが、熱による塑性の変化を利用してくっつけます。いわば機械的に接合するのですが、接合部分が母材に近いので、強度(とくに熱による歪に対する)は抜群に向上するという話です。

このように作られた最新の電車は一見、強度・快適さ・ランニングコストのいずれにおいても過去の電車よりも優位にたっているように思えます。たしかに優秀でなければ技術開発する必要などないわけですから。

事故のあったJR福知山線に、どんな車両が使われていたかは知りません。いずれTV番組で車体の問題も大きく取り上げられることになるでしょう。
しかし最新でないにしても、現在使われている電車はおおむね上記のような方向性に向かっているというのは、間違いないだろうと思います。

(※この記事を書いたあと、調べたらすでにネットニュースに出てました。今回事故を起こしたのは、1991年から製造されている、207系と呼ばれるステンレス製車両だそうです。)

しかし今回の写真・映像を見ていると、圧倒的な強度をもつものに、凄いスピードでぶつかった時に、このような最新技術など、全く無力なのだと言うことを痛感せずにはいられません。なんというか原始的なものの怖さを感じます。

写真:枝としずく

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2005年4月25日 (月)

JR西日本の脱線事故

20050425SendaiJP今日は徹夜だったので、午前中寝て昼ニュースの頃に起きたら、ショキングな映像が流れていました。兵庫県尼崎市でのJR福知山線の脱線事故。詳細はこちら。昼ニュースの段階で死者25人に増えているもようです。けが人は214人、うち20人が重傷。
(※12:57 さきほど死者37人に増えたそうです。)
(※19:20 夕ニュースの段階で死者50人、けが人も300人以上に増えました。)
(※26日11:59 死者73人になりました。けが人は400人を超えました。)
(※27日01:48 死者78人、けが人456人に。)

昼のTVで専門家が語っていることによれば、脱線するには車両が3センチは浮き上がる必要があり、車がぶつかったぐらいでは脱線はしないとのこと。

乗客の話では、この快速電車はまず伊丹駅に止まるはずが通り過ぎてしまい(オーバーラン)、いったんバックして伊丹駅に戻ったそう。乗客を乗せた後、あわてて走り出したそうです・・・
事故がおきる直前の駅(快速停車駅ではないので通過)では、かなりのスピードをだしていたもよう。

しかしこれもTVの専門家によれば、たとえ100キロでカーヴを走ったとしても、はたして浮き上がるものかどうかという。また仮に運転手のスピードの出しすぎが原因だったとしても、何らかの制御装置が働かなかったのかと言う疑問もあるという。

いずれ原因は発表されると思いますが、最近は何がなんだか分からない事件・事故が多すぎて・・・

写真:仙台市遠景

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2005年4月24日 (日)

桜の森の満開の下

20050424Sakura1JP本日はみちのく仙台から、桜便りです。今日の仙台は快晴に近い晴れ。日中の予想最高気温も16度と、絶好の花見日和となりました。20日ごろが満開と発表されていましたが、開花してから寒い日が続いたため、ほぼ満開状態で持ちこたえたようです。

20050424Sakura3JP当然、昨日・今日は花見のピーク。左の写真は西公園という仙台市中心部からすぐの桜の名所です。桜の名所というか、上野公園と同じで花見の名所というか。桜の森の満開の下。土を掘ると何があるのかは知りませんが、
2005042Sakura4JP少なくとも地面の上には酔っ払いが転がってるのは、間違いないようです。午前中なのに、公園はもう大賑わいでした。

この西公園ですが仙台市中心部から徒歩数分、広瀬川を見下ろす絶好のロケーションなのに、どうもうまく活用されてないような気がします。面積も広いし緑もあるし周囲の景色もいいのに、なぜかセントラルパークになりきれてません。多分当初の公園のデザインに問題があって、修正しきれてないんだと思いますが。

20050424Sakura2JP右は西公園と広瀬川を挟んで向かいあう、仙台二高の脇の桜並木。この高校がある場所は青葉城址のある青葉山のふところ、周囲はみどり豊かな公園と山々で、すぐそばを広瀬川が流れるという素晴らしい立地条件。それでいて市中心部の繁華街まで自転車なら数分。仙台市民はあまり気にしないようですが、都内だったら絶対に求められない環境のはず。現役高校生は、実はものすごく恵まれた環境なんだということに感謝して、ちゃんと勉強するように!

20050424Sakura5JP最後の写真は、やはり花見の名所、榴ヶ岡公園。名前はツツジなのに桜で有名です。仙台駅東にあり球場までも歩いてすぐ。公園の向かいに気象台があって、開花宣言の時の日記に書いたソメイヨシノの標本木があります。

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2005年4月23日 (土)

愛撫/マクロプロス事件~名画と名曲・10

20050423KnopfJPベルギー象徴派の画家、フェルナン・クノップフの謎めいた作品「愛撫」です。
象徴派というくらいですから、象徴してるんだと思いますが、ナニがナニをどう象徴してるのかはよくわかりません。

ブリュッセル王立美術館にありますが、十数年前に渋谷BUNKAMURAのザ・ミュージアムで開かれたクノップフ展にもきました。意外にも小さな作品で、実際に見るとちょっと拍子抜けのところがなくもないです。

右のスフィンクスというかキメラというか顔は人間、身体は動物の人(?)の動物部分、画家自身によればこれはチータだそうです。だからといってモデルが水前寺清子だったわけではありません(われながらツマンネ~)。
左の若者は画家自身の解説によれば、権力か快楽かの選択を迫られているんだそう。

何の知識もなくこれを見たとき、私はスフィンクスとオイディプスの挿話を描いたのかと思いました(ギュスターヴ・モローに有名な作品があります)。それは間違ってたみたいです。

しかしスフィンクスと言って後は何をイメージすればいんでしょう。スフィンクスの出す謎は決して解けないということと、謎が解かれたために身を投げて死んじゃったということ、あとはエジプトのスフィンクスはピラミッドより長く生きているということとかでしょうか。

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ま、それはともかく、なぜにこれがヤナーチェクの歌劇「マクロプロス事件」と関係するのかというと、この作品を装置として利用した舞台があるんですね。ベルリン・ドイツ・オペラのギュンター・クレーマー演出のプロダクションが、まずこの絵から始まります。

舞台全面に張られた巨大な縦ブラインドにこの「愛撫」の絵が描いてあって、(ブラインドですから間から人の出入りも出来、)非常に効果的に使われます。
337歳のエミリア・マルティを象徴してるんだろうと思うんですが、でも彼女の何を?となると困るし、とりあえず絵も舞台も謎めいていてよくわかりません。ただなにやら凄い演出で、しかもこの絵が鍵だということだけは伝わってくるのですが。

この装置を作ったのは名手アンドレアス・ラインハルト。(ちなみに私は全てのオペラの舞台美術家の中でラインハルトが一番好きです。)

この「マクロプロス」では他にも、エミリア・マルティの乗る車に男たちが蛆虫みたいにたかってみたり、上まで続く螺旋階段が途中で切れていたり(これが衝撃的!)、なにやら非常に象徴的な動作や装置が次々と現れます。しかもラインハルトですから幾何学的でありながら、とても美しく。

クレーマーの舞台は概して非常に知的刺激が多く、全部理解しようと思ったらとんでもない知性と教養を必要とするものが多いのですが、DOBの「マクロプロス」はそうした傾向の頂点といってもいいかもしれません。

私が見たときは残念ながらあまりちゃんと予習をしていかなかったので、まるでぼんやりとしかつかめませんでした。これだったらもっとテキストをしっかり読み込んでいくんだったと思ったのですが、後の祭り。もっともテキストの読み込みと言ってもドイツ語やフランス語ならなんとか頑張るけど、スラヴ系の言語は一つも出来ないのですね、悲しいかな。
というわけでこういうのこそ映像で発売して欲しいなあと思います。
イルジー・コウトの指揮、カラン・アームストロング(歌う女優の面目躍如、白塗りでド迫力でした)の主演でした。

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2005年4月22日 (金)

「キャッツキルの夏の恋」テリー・ケイ

20050422GalliCurciJPSP時代の名歌手の録音はLP時代にはそれなりに出ていたものの、CD時代に入っていきなり求めにくくなりました。しかしここ十年ぐらいでしょうか。そうしたヒストリカルの歌手たちのCDもようやくカタログを賑わせるようになりました。

カルーソーは録音の集大成がほぼカタログから切れることはありませんし、ジーリもナクソスの集成がだいぶたまってきました。ワグナー歌手は巨匠指揮者の録音のからみもあって、全曲盤が次第に揃ってきつつあります。

しかしこの、そうですね20年ぐらいの間で往年の名歌手でもっとも日本人に聞かれた人といえば、それは疑いもなくアメリータ・ガリ=クルチでしょう。映画「火垂るの墓」のラストに彼女が歌う「埴生の宿」が使われたからです。

戦前のメトロポリタン歌劇場を中心に活躍したガリ=クルチはコロラトゥーラの大プリマドンナでした。カラス以後の力強いコロラトゥーラ歌唱になれた私たちの耳には、あまりにも繊細に紡がれていくその歌は、壊れやすいガラス細工、いやむしろはかない蜻蛉をすら思わせます。

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アメリカの作家テリー・ケイの5作目の小説「キャッツキルの夏の恋」には、ガリ=クルチをこよなく愛した一人の老人が登場します。主人公は中年の画家ボーボー。文庫本の裏表紙に載っているシノプシスが完璧なので引用しましょう。

「1955年、17歳のわたしはその後の人生を変える人たちと出会った。憧れの女性に一生をささげた不思議な老人と親友になり、あるユダヤ人の少女と激しい恋に落ちた。ひと夏の恋は結局実らなかったが、今、38年ぶりに、老人の死がわたしと彼女を再びキャッツキルに引き戻した。2人に与えられた時間はたった3日――」

この不思議な老人エイブラム・フェルドマンは、アメリータ・ガリ=クルチを天使のようにあがめ彼女に一生を捧げ、そして死んでいきました。もっとも捧げたとはいっても老人がガリ=クルチに本当に会ったことがあるのかさえ、定かではないのですが。
しかしここには音楽に心奪われた人間の、最も美しく最も純粋な姿が描かれています。

私がこの小説を読んだのはずいぶん前で、今回読み返してみるまで、主人公ボーボーの人物像もその恋物語もすっかり忘れていたことに気づきました。そして小説全体の中で、老人が実際に登場するページ数が驚くほど少ないことも。

それほどこの老人フェルドマンは強烈だったのです。オペラ・ファン以外はたぶん違う読み方をするだろうなと思いますが。パチェットの「ベルカント」に登場するのが架空のプリマドンナなのに対して、この作品の場合は実在した大スターです。好きな歌手を当てはめることが出来ないと言う意味では、こちらの想像力は限定されますが、ガリ=クルチという選択の見事さが、読み手のファンタジーの飛翔を助けます。

20050422CatskillmountainsJP舞台となるキャッツキルはニューヨーク州にある山脈の名前で、保養地として知られているようです。地図で調べたら有名なウッドストックから割りと近い所のようでした。まあ近いといってもアメリカなので、日本感覚ではきっと遠いんじゃないかと思いますが。

なお「キャッツキルの夏の恋」というタイトルですが、実は小説の原題は Shadow Song (影の歌)。ガリ=クルチが最も得意にしたマイアベーアの「ディノーラ」のアリアの名前であることは言うまでもありません。

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2005年4月21日 (木)

続・病欠

20050421yoheinumaJPどうも昨日も今日も、寝てる時はいいんですが、起きて仕事を始めようとすると鼻づまりが酷くなるようです。ということはこれは精神的なものでしょうか?

今日は予想通り低体温も重なって、昼間は頭痛ガンガン状態でしたが、夜になっておさまってきました。あ~、なんだかネットしてたらようやく調子が戻ってきたような。

で、中国問題についてでも書こうかとも思ったのですが、さすがにそこまでの元気はないみたい・・・

写真:我が家の近所の与平沼

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ミュンヘンのDG(DGとレポレッロ)

keyakiさんのブログに関連した写真(2~3日限定公開)

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2005年4月20日 (水)

病欠です

20050420nijuuninmachiJP昨日の午後から突然、鼻がつまって苦しい・・・
まさか今頃いきなり花粉症が始まったわけではないと思うので、風邪でしょうか。
一応風邪薬は飲んでみたのですが、そういうの飲むと今度は低体温になるので不安も・・・

ちょっと日記を書く気力がないので、写真でごまかしです。
写真は仙台の二十人町あたり(--もしかして住所は違うかも)にある瀬戸物屋さんです。

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2005年4月19日 (火)

自己紹介

20050419MokurenJPこのサイトを読んでくださってる方のうち、4分の1ぐらいの方は私の仕事の関係者や個人的な友人・知人だと思うので、性格も何もかもすっかり知られていて、いまさら自己紹介の必要なんかないわけですが、残り4分の3の方に、あらためてご挨拶したいと思います。

というのは嘘で――ポカーン――、おさかな♪さんのブログヴァランシエンヌさんのブログに載っていた性格診断が楽しそうだったので、やってみました。
私のタイプは「ピュア/インスペクター/フィーリング/クール」だそうです。
最初の3つ(ピュア/インスペクター/フィーリング)はウラゲノムといって『発想のクセ』。何か発想したり物を考えたりする時に、この3要素で考察するらしいです。
最後の(クール)はオモテゲノムといって『しゃべり方、人との向き合い方のクセ』だそうです。で、詳細ですが、私はこんな性格らしいです。(以下延々、サイトに書いてあった説明の引用です。)

ピュア
「ピュア」は「皆と楽しめること」が大好物。「常に皆で話し合って決めたほうがいい」という発想です。

誰の話にも広く興味を持ち、様々な意見を交換することを好みます。一人で考え込むよりも皆とわいわい話し合ったほうが良いアイデアがでるし、楽しいじゃないか!という心の持ち主です。協調性、協力性をフルに発揮しいいカンジの友好関係を築きます。
どこか子供っぽいところもあります。利己的、打算的といったいわゆるズルい発想を嫌い、そうしたおとなチックの現実世界に少々ため息をつくことがあります。
しかしそういった無邪気さがこのキャラの持ち味。ときに駄々をこねたり、わがままを言ったりも気持ちよい関係づくりに使っちゃうセンスの人です。

行動特性
「遠足が楽しみで前の日寝れないタイプです」・物事を柔軟に捕らえるのが得意です。・感じたままのびのび発想し、仲間と一緒に行動します。・目立ちたがり屋で、わがままなとこもありますが輪を乱すヤツは嫌いです。・時にあまえたり、子供じみたわがままを言ったりします。・気分がヘコむと突然ムクれたり、反抗したりします。

インスペクター
「インスペクター」は常に考える人です。慣例や伝統、モラルといったものすら、まず疑う。「あーでもないこーでもない」という発想をします。

例えばなにか決め事をするときにでも「みんな、そうしてるからー」などとありがちな結論で納得することはありません。問題や仮説を思いつき次第投げかけ自分なりに納得できる究極の意見をまとめるべく、じっくりと悩みます。
様々な意見や考えに柔軟な興味を持ち、いろいろトライしてみたりします。時に「やったもん勝ち」的な大胆な選択で意外なチャンスを得ることもありますが、ふってわいたような謎の言動や行動で周囲をはらはらさせることも。
いつでも真剣に考えているのですが、比較的ころころと意見が変わったり、考えながらしゃべったりすることもあるので周囲がそのスピードについていくのは容易ではありません。
「あんた、ただ文句言ってるだけじゃん」などと言われるとかなりつらいなあ。泣こう。

行動特性
「基本的に『文句言い』です」・常識はずれのアイデアで皆を驚かせる天才肌・定番、とかヒトと一緒に価値を感じません。・こうしなければ!とか、こうするべき!とか 押しつけがましい意見をいうヒトを嫌います。・意外に押しが弱い一面も。自信がないとあきらめたり、 意見をすぐ引っ込めたりします

フィーリング
「フィーリング」はいわゆる「カンのいい人」です。事実だけでなく、いまの気持ちや直感を考慮して物事を決めます。

「気持ち」とか「勢い」とか「根性」とか「みんなの元気をオラにわけてくれ」とか、そういうもので気持ちを左右されます。
がちがちのお役所的発想とはまったく逆。ユルユルです。かたいこといいっこなしの柔軟さ。ときには「いいよいいよ」のお目こぼしもアリ!という寅さん気質です。
しかし、仕事やチームワークの場面では当たるも八卦。当たらぬも八卦。話に一貫性がない、約束したことを守らない、といった風まかせの一面もままあります。「えへへ」ですまされるか、どうかはその人の愛嬌にかかっています。

行動特性
「ふやーっとモノを考えるのが好きです」・じっくり考えるより、直感的に行動します。・楽観的で悩みがなさそうに見られがちです。・数字、データ、メモ、など。実は好きじゃないです。・前に言ったことを忘れてることがあります。

COOL

私は私、ヒトはヒト。自分だけの世界観を持つ人です。「みんなと同じ」であることに価値を感じず、自分の個性/信念に基づいて行動します。ある意味、オトナ。

自分だけの世界観とか言うと頑固に聞こえますが意外にそうでもありません。
よくしゃべる相手には聞き役、社交が必要なときは当たり障りのない話と相手に応じたコミュニケーションをすんなりと操ることができます。こうしたスムーズなコミュニケーションも「ヒトと自分は別なモノ」とわりきれているからこそ。
周りのヒトが反論や批判など強い意見を言っても、心の中ではそれほど動じません。
もめ事も少なく、さらりと会話をこなすタイプです。


う~ん、どうなんでしょう。凄くあってるような気もするけど。まあ自分で自分のことはわからないので、はたしてどんなものか・・・

写真:夕陽の木蓮

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2005年4月18日 (月)

壱弐参横丁~横町シリーズ・7

20050418irohaJP壱弐参と書いて「いろは」と読ませます。東一番町の旧丸善と金港堂の間、一番町から南光院丁(東二番町小学校の裏)に抜けるアーケードの通り道。飲食店・喫茶店・いろんな商店などなどがごっちゃに並んでいます。昔は中央市場と言いましたが、5年ほど前にこの名称になりました。

一見、大きなビルの1階部分が通路になっていて、裏通りに抜けられるのかと思ってしまいそうな造りですが、実は全然違います。この中央市場、実態はそれぞれ数件の店が入った小さな建物の集合体。それがくっついていて、道路にアーケードがかかっているだけなのですね。アーケードがあまりにも低いので、天井っぽく感じられますが。つまりれっきとした(?)横町なのです。
(ちなみに三越の近くにも同じようなアーケード横町がありますが、こちらの方は東一市場といいます。)

壱弐参という名称をつけたのは、ご想像通り住所が一番町2-3だから。平成12年にこの名称になりました。それまでの中央市場という名前は、戦後ここに中央公設市場というのが設けられて以来の、歴史ある呼称だったようです。中央市場というよりも○○横丁の方が商売になるからなんでしょうけれど、いろいろと考えさせられます。

中央公設市場が出来た戦後すぐは、この地域はすごい賑わいだったということですから、「市場」という名称はとても集客力があったのだろうと思います。それが今はかなり異なるイメージの「横丁」に変わる。20050418iroha2JPこれは「横丁・横町」の方がポピュラーになったからということではなく、逆に「横町」というもの自体が、もう日常のものではなくなり、一種の歴史的建造物保存区域みたいなものになってしまっているからじゃないかという気がします。単なる時代の流れであって、別に良いことでも悪いことでもありませんが。(上の写真は東側の入り口です。)

しかし名前は変わっても、たしかにここには戦後の香りがそのまま保存されています。終戦直後からずっと続いてるんだろうなと思わせる老舗はもちろんですが、新たに出来た店舗もまた、不思議な懐かしさを感じさせるのはなぜでしょうか?

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2005年4月17日 (日)

モーツァルト・オペラの声

20050417hirosegawaJPeuridiceさんのサイトkeyakiさんのサイトで、モーツァルト・オペラの歌手の声域について取り上げられていますので、私も便乗してみようと思います。

モーツァルトのオペラについて解説された本や雑誌の記事には、しばしば書かれていることですが、モーツァルト・オペラに使われる歌手の声域については、ある程度の法則のようなものがあります。セリアの場合はモーツァルト独自のというよりは、おそらく当時の習慣のようなものに縛られていたでしょうから、主にこれはブッファについてということになりますが(ジングシュピールについてもまあまあ)、以下のようになります。カッコ内は、今現在、一般的に配役されている状態を私が勝手に書き加えたものです。

若い貴族・王子  テノール(リリック・テノール)
貴族 バリトン(バリトン、ハイ・バリトン、カヴァリア・バリトン)
平民 バス(バス・バリトン、あるいはバッソ・ブッフォ、バッソ・カンタンテ)
この世のものとは思えない人 バス(バッソ・プロフォンド)

ドイツ風の言い方とイタリア風の言い方と英語の言い方がごっちゃになってるのは、お許しください。

これが完全に実行されてるのは「ドン・ジョヴァンニ」でオッターヴィオ、ドン・ジョヴァンニ、レポレッロとマゼット、騎士長の順で奇麗に揃っています。

ヘルマン・プライは「だからドン・ジョヴァンニは、ハイ・バリトンが歌うべきだ」と語っています。
で、「フィガロの結婚」についても本来のレパートリーはバスのフィガロではなく、当然バリトンの伯爵だったのですが、フィッシャー=ディースカウとの共演ということで、初めてフィガロを歌ってみたところ、キャラクターが自分にぴったりだったので、以後はフィガロをレパートリーにするようになったのだそうです。

まあ実際には指揮者や演出家がそれぞれの役に何を求めるかで、相当変わってきます。
特にドン・ジョヴァンニ役などは、指揮者によってずいぶん違いますね。
録音から推察する限り、ベームはバリトンがふさわしいと考えていたようですが(フィッシャー=ディースカウとミルンズ)、カラヤンは正反対でギャウロフやレイミーを起用していることを考えると、バスの深みのある声が望ましいと思っていたのでしょう。バリトンでノーブルな人間像を作るよりも、ドン・ジョヴァンニのデモーニッシュな側面を重視したのだろうと思います。もしかするとマゼール盤のライモンディ-ヴァン・ダムの組み合わせが、カラヤンにとっても理想だったかもしれません。
(もっともフルトヴェングラーのようにドン・ジョヴァンニ-レポレッロの関係を、ある年はシェピ-エーデルマンというバス-バスの関係にしたのに、ある年はゴッビ-クンツとバリトン-バリトンの関係にする指揮者もいるので一概には語れません。)

ところで男声がわりと法則通りに揃っているのに対して、女声はどうもよく分かりません。
貴族-平民と言う関係では声は規定されていないのですね。さすがモーツァルト。彼にとって女性は身分ではなかったということでしょうか?

「フィガロ」ではケルビーノを含めた女声3人のうち一番高いパートを受け持つのはスザンナで、アンサンブルをリードするのは彼女の役目です。
これに対してドン・ジョヴァンニではそれは貴族のドンナ・アンナの役目になります。もっともこの作品の場合、ドンナ・エルヴィーラというわけわかんない人物が出てきて音域的にもわけわかんないことになってるのですが。
「ドン・ジョヴァンニ」のソプラノ3人は基本的に上からアンナ、エルヴィーラ、ツェルリーナの順になっていますが、エルヴィーラはアンサンブルでツェルリーナより下に回ることもあれば、アンナとユニゾンで歌う部分もあり、この「風変わりな人」の風変わりさが強調されることになっています。

そういえば学生時代に海老沢敏先生に「エルヴィーラはどんな(<駄洒落じゃないですから!)声で歌われるのがふさわしいんですか?」ときいたことがあるんですが、「エルヴィーラねえ・・・。そうですねえ」とおっしゃったきり、明確な回答をいただけませんでした。

写真:夕闇の広瀬川

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2005年4月16日 (土)

プロメテウス~名画と名曲・9

20050416PrometeusJP
古代ギリシャ繋がりということで、メディアに続いてルーベンスの「縛られしプロメテウス」。ルーベンス30代半ばの作品で、現在はフィラデルフィア美術館にあります。

変な話ですが、ルーベンス作として世間に出回ってる作品の数は、普通に一人の画家が全生涯に作成可能な点数を遥かに上回ってるんだそうです。これは理由が二つあって、一つはいわずとしれた贋作のせい。もう一つのより大きな理由は、ルーベンスは売れっ子画家だったので、工房を持っていて、工房の画家たちとの共作の作品が多かったというところにあります。
樹木専門の画家とか鳥専門の画家とかいろいろ専門分野を持っていて、大作はそれぞれ分担して描いていたようです。(と言ってもさすがに「フランダースの犬」で有名なアントワープの「十字架降架」など名作とされるものは、すべてルーベンス一人の手になるものですが。)

この「プロメテウス」も大変に強い印象を残す作品でありながら、あまり画集などでもみかけないのは、これが工房作品で他の画家たちの手が入ってることによります。
プロメテウス本体はルーベンス自らが描いていますが、身体をついばむ鷲は鳥専門の画家が描いているそうです。こころなしかプロメテウスの肉体が生々しさ・迫真性を持っているのに対して、鷲のほうはなんとなくお金持ちの家にありがちな剥製っぽさを感じさせないでしょうか?

アイスキュロス作のギリシャ悲劇「縛られしプロメテウス」は、1979年にギリシャ国立劇場が来日公演を行った際に上演されました。このときはコヴェントガーデン王立歌劇場も来日していて、私も昼間にNHKホールで「プロメテウス」を見て、夜は東京文化会館で「魔笛」を聞くというダブルヘッダーをやったことがあります。今ならとても出来ないし、出来ても絶対にやりませんが。

さてプロメテウスといえばクラウディオ・アバドです。アバドはベルリン・フィルの音楽監督になって最初の何年間か、テーマを設けたコンサート・シリーズというのを行っていましたが、プロメテウスもコンサート・テーマとして取り上げられたことがあります。

「プロメテウス神話の変容」と題され、アルゲリッチが参加したコンサートは、ライヴがCD化されています(SONY)。収録曲目はベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」、リストの交響詩第5番「プロメテウス」、スクリャービンの交響曲第5番「プロメテウス(火の詩)」、そしてノーノの「プロメテウス組曲」。ベートーヴェンとノーノは抜粋。

ここに含まれていないプロメテウス関係の重要作品といえばフォーレの「プロメテ」がありますが、アバドはフォーレをレパートリーにしていないのでやむをえないでしょう。(プロメテはプロメテウスのフランス語形。)

フォーレの抒情悲劇「プロメテ」Op.82は初録音がLP時代の末期で、フォーレ好きの私もさっそく買いました。歌っていたのはガブリエル・フォーレ合唱団で、オケはモンテカルロのオペラのオーケストラ。指揮は全然名前を聞いたことの無い人でした。
よもやこの指揮者が、やがてピリオド楽器によるベートーヴェン交響曲全集の録音で一躍音楽ジャーナリズムの寵児となり、時代を代表する巨匠指揮者に成長しようとは。そうです、その名はロジャー・ノリントン。

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2005年4月15日 (金)

冬の嵐は過ぎ去り、君こそは春

20050415kaikaJPといっても「ワルキューレ」の話ではなくて。地域ネタです。

昨日ようやく仙台でも桜の開花宣言が出されました。
今年の冬は寒さが尋常でなく、もう永久に春は来ないんじゃないかと思いましたが、人生とは違って、やはり今年も春は巡ってきました。去年より7日遅く平年より2日遅いそうです。

仙台の桜の開花は、榴ヶ岡にある仙台管区気象台の敷地内のソメイヨシノが、規準になります(標本木と言います)。ソメイヨシノは2本あって1本は1952年に植えられたもの、もう1本は1977年に植えられたもので、この2本のうちいずれかが5~6輪花開くと、開花宣言ということになります。観察は1953年から続けられているそうです。

20050415Kaika2JP上の写真はその標本木。遠くに写っている白いのが気象台(が入っている建物の一部)です。
右の写真は開いたばかりの1輪。歩道から撮れる場所だと、こんな変なアングルにしかなりませんでした、すいません。

開花宣言は午前9時に出されたものですが、今日は比較的暖かかったので、午後にはすでに相当咲いてました。でも隣の榴ヶ岡公園はまだまだと言う感じ。地元紙の河北新報によれば見ごろは20日ぐらいになりそうだとのことです。

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2005年4月14日 (木)

遠視で近視で乱視の私の悩みを聞いてください

20050414TomizawaJP私は目が悪くて、特に最近はちょっと細かい文字は眼鏡をかけないと読めません。まあ、それはかければいいんですが、困るのは乱視が入っていて、遠くのものが二重にみえることです。あと近視も少し入ってるので、離れたものは見えづらく、そのふたつが一緒になるととても具合が悪いのです。

たとえば遠くの看板に書いてある文字、小さな文字は最初から読めないとあきらめてるので、問題ありません。少し大きめの文字が変に見えるのです。二重に見えることと、特に明朝体の字は活字の太い部分だけが見えるので、違う文字に映ってしまいます。

こういう時に固有名詞を出すのもどうかとは思いますが、仙台市内に標本クリニックという所があります。私はいつも仙台市図書館に行く途中、ここの看板を通りの向かいから見ていました。疑問なのは標本クリニックの標本というのがいわゆる学校なんかにおいてある標本のことなのか、それともそういうお名前なのか、でした。普通名詞だったらかなり珍しい商売だと思います。標本を奇麗にクリーニングしたり、標本が壊れた時に修理したりするんでしょう、きっと。固有名詞だったら「ひょうほん」さんという苗字は考えられないので、なんと読むのかが興味の焦点でした。しべもとさんとか。北海道のご出身なのかもしれません。
で、あるとき好奇心を押さえられなかった私は、横断歩道を渡って標本クリニックさんに確認に行こうとしたのです。でもガッカリでした。道路を横切っている最中に標本の文字が、(どんどん近づくにつれ)橋本という文字に変化していったからです。橋本クリニックだったのか・・・

ある時私は例によってドトールで仕事をしていました。最近増えている180円や160円コーヒーの店はよく学生が長時間席を占拠して、勉強したりしています。そこの店にもそれを注意する貼り紙がありました。
「長時間のご利用は大物のお客様のご迷惑になりますので、ご遠慮ください」
私は怒りました。大物のお客様とはなんだ!小物ならどうでもいいのか!
しかしいきりたってその貼り紙に近づいた私の目に映ったのは「大勢のお客様」という文字。アララ・・・

話は変わって。音楽雑誌のなかでも「音楽現代」誌は校正ミスが多いことで有名ですが、それに対して音楽之友社の雑誌はかつては誤植はほとんどありませんでした。しかしここ数年相当水準は低下しているように思います。執筆者がデータで入稿するのを校正なしで紙面にしてるのではないでしょうか?

特に今月号の「ステレオ」の藤岡誠さんの記事はちょっと酷すぎました。
「男の道具を意識させるどいつのコンポーネントツとはまったく異なる。応酬に負いて近隣国であるにも関わらず、である。」これはほんの一例です。
もともとの原因は著者のワープロ変換ミスだと思いますが、もしかすると十分な校正ができるほど編集者の数がいないのかもしれません。

写真:仙台市郊外の田園風景、夕暮れ。

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2005年4月13日 (水)

ダイエットの巨匠

20050413Tomizawa何を隠そう、実は私はダイエットの巨匠なのです。
などというと例の「禁煙なんて簡単だ。私は何十回となくやっている」式の――これってサマセット・モームでしたっけ?――おでぶちゃんの反語言い訳レトリックのようですが、違います。
私は太っても痩せてもいませんが、健康診断の結果が良くなかったり、服がきつく感じたりすると、発作的にダイエットをします。もう何度もやっていて必ず成功しています。太りやすくて痩せやすい体質なのかもしれません。体型は自由自在、仙台のデ・ニーロと呼んでください(ニック・ノルティでも可)。

一昨年の秋に健康診断で種々の数値が、(危険というわけではないのですが)あまり思わしくない結果になりました。
しかも友人が人の腹を指で押して言うのです。「うわっ、内臓脂肪がたまってるよ!」
腹部を押してプニャっとへこむのは皮下脂肪だから心配しなくてもいいが、堅いと内臓脂肪なのでヤバイんだとか。(その人の話による。医学的なことは知りません。)

そこで1年かけてダイエットを続けました。といってもそんなにキツい事をするほどのこともなく、適当に5~6キロやせればいいかなという感じ。急激に痩せると反動がくるし、決して健康にも良くないので、本当に月0.5キロメドでじわじわやった方がいいんですね。
私のいつものやり方は、3度3度の食事はきっちり取る。それも野菜中心。肉は豚・牛はやめて鶏肉だけにする。徹夜の友、チョコレートとポテトチップスを食べない。飲み物はコーヒー中心。お酒は極力減らす(もともとそんなに飲みませんが)。

これだけです。これで1年に8キロ痩せることができました。お腹スッキリ。内臓脂肪も取れちゃったかも。
でもちょっと痩せすぎたような気もするんです。なんだか最近足元ふらふらしてるような感じもあるし・・・

そこで今度は逆にあと半年ぐらいかけて、3キロ程度増量してもいいかもと思い、食生活を元に戻したのですが、あれえ・・・?わずか1ヶ月で2キロ増えてるって、なんじゃこりゃ!?
リバウンドじゃないよね?

写真:富沢の地下鉄車両基地。記事とは何の関係もありませんが。

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2005年4月12日 (火)

五番が七番に!?

20050412VeloceJP
ほとんど私の仕事場と化している、仙台市内の某喫茶店で本日ちらっと聞こえてきた会話。
サラリーマン風A「で、どうだったよ昨日のメインは」
同B「それが5番が7番になってさあ」
A「お、残念だったなあ」
(5番が7番?マーラーやブルックナーじゃないよね。5番が急遽7番に変更になるなんて、どっちもありえないし。シューベルトならありだけど、メインにはならないから、やはりベートーヴェンか?でも、残念かなあ。5番が7番ならむしろラッキーじゃないの?)
A「で、いくらだった?」
B「9000円ぐらい」
(どこのオーケストラの話だろ。仙台に今、外来のオケ来てたっけ。仙台フィルにしちゃ高過ぎるし。それにしても「ぐらい」って・・・?)
A「9000円いったか」
B「あ、いや、8870円」
(8870円??ずいぶん半端な入場料金だこと。)
A「そうか。惜しいことしたな」
(え?惜しい?・・・惜しい??
  あ・・・競馬かなんかの話だったのか・・・)

ああ、勘違い。シリーズ・1ということで・・・

****************************

ついでに。
ニフティのココログを使っている人にしか関係ありませんが、だいぶ使いやすくなりましたね。特に写真を挿入する時に、カスタマイズしたのをデフォルト設定出来るようになったのが便利。これまではサムネイルを作るのがデフォルトになっていて、しかしそれだと容量圧迫するから、クレームが多かったのでしょうね。

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2005年4月11日 (月)

細横町~横町シリーズ・6

20050411HosoyokochoJPこの写真が細横町(ほそよこちょう)です。仙台市の一番町や国分町などと並行に通っている大通りの一つで、国分町と広瀬川の間ぐらいにある道路と言えばいいんでしょうか。裁判所から大学病院のほうまで続く大通りです。

おそらく誰もがそう思うことでしょうが、ハイ、その通りです。戦前はすごく細かったのでこんな名前がついてたのですが、戦後道路が拡張されて広くなりました。
どのぐらい細かったのかと言うと、なんと家の窓から手をだすと、道路を横切って、向かいの家の窓に手が突っ込むぐらい細かったんだとか。それって道路なのか?(まあそれは大げさで、実際は1間半だから2.7メートルぐらいあったそう。)

道路が広くなってからもずっと細横町の名称は生きていましたが、あまりにも実態と違うと言うことで、20年ほど前に、晩翠通りという名前に変わりました(1983年)。別に実態と違う名前でも、悪くないと思うんですけど。もっとも名称変更に関しては、この通りは昔は遊郭が並んでいて、細横町と言う名前がそれをひきずってて、嫌だからという説もあります。

それはともかくこの通りに面して昔、東北劇場という大きな映画館がありました。仙台では唯一70mmフィルムを上映できる映画館だったのですが、ずいぶん前に閉館して現在はありません。
学生時代のとある夏休み、私はこの映画館で客整理と売店のアルバイトをしました。
整理が必要なほど客が来たのか?来たのです。

公開初日から場内は超満員。次回の上映を待つ客は劇場を二重三重に取り囲み、それが途切れることなく毎日続くのです。
しかも満員の熱気で冷房も効かなそうな場内では、大の男が次々と失神(!)する始末。私たちアルバイトはそんな失神客を、売店の長椅子に寝かせて、冷蔵庫に用意していたお絞りや、気付け薬で介抱します。

40代後半以上の方なら、もう見当がおつきでしょう。そうです。その映画の題名は「エクソシスト」。あ~、あのアルバイト、面白かった!

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2005年4月10日 (日)

風変わりな人々・4~耳に残るは君の歌声

20050410NinomoriJPそれは数年前のクリスマス・イヴの夜のことでした。とあるパーティに顔をだしたものの、かなり体調が悪くて早々に引き上げた後、私は仙台駅にむかって青葉通りを歩いていました。すると遠くから「ホワイト・クリスマス」の歌がきこえてきます。素晴らしく朗々としたテノールの声。さすがイヴ。でもこれ誰の声だろう?オペラ歌手っぽい歌い方だけど。
でもすぐに私は不思議なことに気づきました。こちらが音源にむかって歩いているわけですから、音量が徐々に大きくなるのは当然ですが、その大きくなり方が異常なのです。すごく速くてこちらが立ち止まっても、どんどん近づいてる感。しかもうねりもあって、なんというかドップラー効果のダイナミック・レンジ版みたいな。

さらに私は歌に全然伴奏がついてないことにも気づきました。そうなんです。向かいから歩いてくる人が、青葉通りの歩道で大声でホワイトクリスマスを歌いながら、歩き去っていったのです。
40代ぐらいのサラリーマン風。後で顔を思い出せと言われても思い出せないような、まるで普通の人でした。「酔っ払いにしては実に立派な歌だ」と感心して、私は彼を見送りました。

しかし。酔っ払いではなかったのです、多分。
それから半年ぐらい過ぎたある初夏の夕暮れ、私は西公園という仙台市の広瀬川沿いにある大きな公園の中を歩いていました。するとまた聞こえてきました。
「あっ!あの声だ!」
そう。あのクリスマス・イヴの人がまた今度はオペラ・アリアを歌いながら(例によって朗々としたテノールで)、歩いていたのです。

えー、でもこの曲なんだっけ。とっても有名な曲なのですが、どうしても思い出せない。私でも歌えといわれれば歌えそうな、超・有名曲なのに思い出せないのです。
彼が通り過ぎた後、自分でこっそり口ずさんでみて、すぐにわかりました。その人は「私のお父さん」を歌っていたのでした。
いやあ、ソプラノの曲をテノールに歌われると、とっさに何の曲だか分からなくなるものです。(そういえばヴィスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」の中で男性がイゾルデの愛の死を歌うシーンがありましたが。)

で、いったいその人はなんなんでしょうか?何故に街の真ん中を大声で歌いながら歩いているのでしょう?しかも「ホワイト・クリスマス」はまだしも、女声用のアリアを。
以後、一度も会えなくて、実はちょっと残念にすら思っているのです。お心当たりの方はご一報ください。

写真:思わずスタンド・バイ・ユア・マンを口ずさみたくなるファイヴ・イージー・ピーセスな朝焼け

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2005年4月 9日 (土)

メディア~名画と名曲・8

20050409MediaJP名画と音楽と言うテーマならドラクロワはまさに宝庫。なんといってもあの有名なショパンの肖像画がありますし、他にも種々のオペラと共通のテーマがいくらでも見つかります。この「憤怒するメディア」は中でも、もっとも有名なものの一つ。 ルーヴルにあります。

ぱっと見、お前は本当にメディアを描きたかったのか、オッパイ描きたかっただけとちゃうかと、ここだけ関西弁でドラクロワさんに突っ込みたくなるような感じですが、でも左手を良く見るともっているのは刃物。いままさに2人の子供を殺そうとするシーンなのでした。1838年ですからドラクロワ40歳、まさに脂の乗り切った時期の作品です。

そしてメディアといえばカラス。まあ、それはそれでいいんですが、いい加減このへんで新しい録音が出てきてもいいんじゃないでしょうか。グィネス・ジョーンズのデッカ(だったと思う)盤も、脇がコッソットとローレンガーという豪華な布陣にもかかわらず、あっというまに忘れ去られてしまいました。タイトルロールがカバリエか、せめてスリオティスだったら生き残ったと思うのですが。

私が期待していたのはムーティがスカラ座でオリジナル・フランス語版で上演してくれることだったのですが、ムーティやめちゃうし無理っぽいですね。ケルビーニはベートーヴェンと同時代の人ですから、ピリオド楽器でとかアーノンクールがとか想像が働かないこともないのですが、結局のところメディアを誰が歌えるのか、というより誰がカラスの亡霊を追い払えるのかというところで、つまずいちゃうんでしょうねぇ・・・

ところでメディアは夫の婚約者を殺して自殺するだけであきたらずに、何故子供まで殺してしまうんでしょうか?イアソンに復讐するためというのが普通な解釈なのですが、このドラクロワの絵をみていると、私は自分がこの世に生きて人を愛した痕跡を何一つ残さず、人々の思い出のなかに残ることすら拒否して消え去ってしまいたいと言うような、深い絶望を感じてなりません。

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2005年4月 8日 (金)

アラベラ・5 Arabella

どうもこのブログを読んでくれている友人達からは、前回の「性同一性障害読み替え案」は大変に不評で、「カルーセル麻紀ぐらいしか思いつかない」とか言われる始末。
女性から男性になって活躍している競艇の選手もいるし、もうちょっと想像力を働かせてほしいもんだと思いつつも、第2案として『ではどんなシチュエイションだったら、女の子を男として育てても納得できるのか』を考えてみました。
20050408WienJP
「アラベラ」の本来の設定は1860年代、ハプスブルグ帝国末期のウィーン。帝国だけでなく爛熟したヨーロッパ文化そのものが、まもなく黄昏をむかえます。(そういえば肉は腐乱する直前が一番美味いんだとか。果物も一番甘くなるし。)
この手の設定は日本人が演じるには一番不得手とされるところです。そこで思い切って時代も舞台も変えましょう。

時代は太平洋戦争末期。舞台は東京・吉原。アラベラは昔は一番の売れっ子娼妓、いまは三人の旦那衆がパトロンでそれ以外はいっさい客を取る必要はありません。
アラベラの両親、ヴァルトナー伯爵夫妻はおちぶれた元華族、いまは子供のころに売りに出したアラベラの世話になっている身。
でもってツデンカは世話になっている娼館の主人に目を付けられることをおそれて、男の子の格好をさせているという設定。となるとアラベラに恋焦がれる軍人マッテオは当然のように特攻隊員。明日、まさに出撃なのですが、しかしそれはツデンカしか知りません。
――という設定で後はオペラの通り。フィナーレにかぶせて零戦の映像と東京大空襲の映像とかが流れたりするんでしょうか。少なくともツデンカとマッテオに関してはアンハッピーエンドになりますがやむをえません。

読み替え案についてはこのぐらいにして、さてこの「アラベラ」という作品に関しては、私たちの世代だと、サヴァリッシュとバイエルン国立歌劇場来日公演による日本初演の思い出話を抜きにして、稿をまとめるわけにはいきません。
このときはポップとヴァイクル、トモワ=シントウとトマス・アレンというダブルキャストで、私は後者を見ましたが、どうも前者の方が良かったようです。そのポップ&ヴァイクル組はNHK BSが放送し、私も放送の方は見ました。

ポップは丸々と太っているのですが、だんだん絶世の美女に見えてくるのが不思議。あの愛くるしい表情が効いているんですね、きっと。ヴァイクルはショルティ、ヤノヴィッツとの録画時よりもずっといいと思います。太って貫禄がついてるし、顔中髭だらけなので「えー?」と思う人もいるかも知れませんが、熊と戦ったりしてるわけですから、そのぐらいでリアリティというものでしょう。なによりも人間的な奥の深さのようなものが感じられるのがいいと思います。ショルティとの映像版ではもみ上げや髭が変な上に軽薄な感じすらあって、ちょっとどうかと思うのですが。

そのほかはシングル・キャストでしたが、これがまた完全に揃っていて、ジュリー・カウフマンのツデンカはまさに少年のように見え、ペーター・ザイフェルトもマッテオにぴったり。ヴァルトナー伯爵役のアルフレート・クーンの見事な喜劇役者ぶり、プレミエではマッテオを歌ったホプファーヴィーザーのエレメール、まだ全くの新人だったシンディア・シーデンのフィアカーミリなどなど脇のキャストも完璧でした。
ということでこのまれに見る名演、ぜひ再放送かできればパッケージ・ソフトで出して欲しいと思います。

写真:ウィーン、ベルヴェデーレ宮殿の庭園

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2005年4月 7日 (木)

「ベルカント」アン・パチェット

20050407UmedagawaJPeuridiceさんEsclarmondeさんのブログでドヴォルザークの歌劇「ルサルカ」が取り上げられていましたので協賛してみようと思います。

アメリカの女流作家アン・パチェット(Ann Patchett)の小説「ベルカント」は、その題名からも想像される通り、オペラ歌手が登場する小説です。日本では早川書房から2年ほど前に出版されました。実は最初何も知らないで、タイトルだけでベルカント・オペラがらみの小説かななんて思って読んでみたら・・・

舞台は南米のとある国、パーティが開かれていた副大統領官邸を反政府ゲリラが占拠。そのパーティの客たちが人質となります。
話はパーティの主賓だった日本のエレクトロニクス企業の社長と、招かれていた世界的ソプラノ歌手とを中心に進んでいきます。社長は、この世のものとは思えない歌声を持つそのソプラノ歌手の熱烈なファン、いや信奉者で、本来は出たくなかったこのパーティに出席したのも彼女が来ることになったからなのでした。

ゲリラと外の世界との交渉はこう着状態のまま、ソプラノ歌手の歌がゲリラ・人質双方の心に微妙な変化を与えていきます。その彼女が歌うのが「ルサルカ」のアリア。絶妙な選曲ではないでしょうか?

南米、ゲリラの占拠、日本といえば、当然連想されるように、この小説はペルーの日本大使公邸占拠事件にインスパイアされたものです。日本企業の社長はSONYの大賀さんを彷彿とさせ、歌手もたぶん作者には具体的なモデルがいたと思われます。

作者のパチェットはアメリカ人だし、「ルサルカ」となるとフレミングあたりかなとも思いますが、私は勝手にマリア・バーヨをイメージして読んでいました。無論バーヨのレパートリーにルサルカは入っていませんが。
この小説はいくつかの賞を受賞していますが、いっぽうで糞味噌に貶す人もいます。音楽に関する難しい話も細かな知識も一切出てきませんが、にもかかわらずオペラ・ファンでなければ、おそらく主人公の社長の気持ちは理解できないし、そこが判らないとこの小説は読み方を誤るのではないかと思います。さらに敢えて言えば、一人の歌手に魂を奪われた経験のある人じゃないと、この作品の真価は到底理解できないでしょう。

写真:春のうららの梅田川。今日の仙台は最高気温が20度を超えました。

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2005年4月 6日 (水)

ローマの休日・追加 Roman Holiday

20050406RomaJP2月19日に書いた「ローマの休日」をHPに移すことにしました。あれだけではなんなので、ちょっと追加してみようと思います。以下追加分です。

ダルトン・トランボによるこの作品の脚本の上手さについては、前回書きましたが、ではワイラーの演出についてはどうなのでしょうか?
スロースターターとして知られるウィリアム・ワイラーですが、この「ローマの休日」においても、王女が街に出るまで40分もかけています。じっくりと王女の置かれた状況と彼女の人間像を描いているのですが、この中で一番印象に残るのは、レセプションでの靴のシーンです。なぜでしょう。

このシーンは各国の大使らがアン王女に延々と挨拶を続ける時に挿入されるエピソードなのですが、きつかったのか王女はドレスの中でこっそり右の靴を脱ぎますが、ふたたび履こうとしても履けなくなってしまいます。ドレスの中、足で探っている間に靴はスカートの外へ。
そばに控えた侍従たちが気づいて、なにげに靴は彼女のもとに戻るのですが・・・

このシーンは3つの意味を持っています。ひとつは前にも書いたように、彼女がまだ子供だということを示しています。こっそり靴を脱いでみたり、それを自分の力ではもとに戻せなくなったり。

二つ目は靴というものの意味です。白人女性のヌードは、非常に多くの写真が靴を履いています。よく言われることですが、靴というものに日本人と欧米人は全く違う意識を持っているらしく、たとえ娼婦であっても靴は脱がないとか、全裸になっても靴は脱がないとか、普通家の中では靴を脱いだ生活をする私たちにはうかがい知れないものがどうやらあるようです。私たちの感覚からすると、何一つ身に付けない全裸というのはナチュラルで健康的な感じ、それに対して全裸に靴だけ履いてたら逆にとっても隠微だと思うのですが、外人感覚というのはホントわかりません。
したがって靴を脱ぐと言うのは大変象徴的な意味があるわけです。スカートの中でこっそり靴を脱ぐと言うのは子供っぽいしぐさであると同時に、実は彼女が肉体的にはもうすっかり大人なのだということの暗喩なのです。

そして3つ目。「靴」が『きゅうくつ』ということは「生活」が窮屈ということの象徴です。それはスカートのなかから、ちょっとだけはみ出ますが、結局もとの鞘に(足に)おさまります。窮屈な生活を抜け出た王女がもとの場所に戻ってくるという、ストーリーを実は象徴的に暗示しているのです。(よく足=王女なのか靴=王女なのかと迫りたがる人がいますが、実はこういう時はどちらでもいいのです。映像の流れが観客にそれとは分からないほどのボンヤリとした暗示を与えればいいので)

このようにこのシーンはトリプル・ミーニングなわけですが、ここをワイラーは細かなカットを積み重ねながら、2分もかけて編集しています。シナリオ・ライターが脚本にこめた意味を、正しく監督が理解して演出するとこうなると言う、最良の例といえると思います。

同じく時間を掛けていながら、カットバックでつないだこのシーンとは逆に、ほぼワンカットで処理したのが、ラストのアン王女が記者たちに挨拶するシーンです。王女が「記者の皆さんに挨拶を」と言い出してから、グレゴリー・ペックの順番になるまで、1分45秒もかかります。(正確には若干アップのインサートがあります。)
カットを分けると言うことは時間の省略ですが、ここは決して省略してはいけない所です。私たちはアン王女とペックの記者との時間を完全に共有しなければならず、それによって初めて観客も完璧に2人の気持ちと自分の気持ちをシンクロさせることが出来るからです。(だから時間を乱さないカットの挿入は許されるわけです。)

この作品でのワイラーの緩急巧みな演出は、詳述しませんがあらゆるシーンに現れています。「ローマの休日」は赤狩りのハリウッドを逃れたワイラーが、ひさしぶりにリラックスして撮ったという説と、この年のローマは異常な猛暑で、役者はバテ気味、ワイラーも終始イライラしっぱなしだったという説の二説あるのですが、仮に後者だったとしても、そんなことは微塵も感じさせない作品に仕上がっていることこそ、まさに映画のマジックといえるのかもしれません。

写真:コロッセウム

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2005年4月 5日 (火)

今こそアダモにしかるべき評価を

20050405ParisJPサルヴァトーレ・アダモ Salvatore Adamo、60年代から70年代前半にかけて、シャンソン界の寵児だった歌手です。ビッグ・ヒットを数々ものしていながら、もうずいぶん前に忘れ去られてしまったように思います。もちろん彼はいまも活躍していて、ヨーロッパでは多くのミュージシャン、ファンの尊敬を集めていると聞きます。しかし日本では・・・

でも本当に忘れ去ってしまって、よいのでしょうか?自作自演歌手だった彼の曲は、きわめて優れたものが多く、いいかげん日本でも再評価の時がきても良いのではないかと思います。

アダモの曲の特徴は、なによりもまずその美しいメロディーでしょう。名前からもわかるようにイタリア系の彼は、シチリアで生まれました。ものごころがつく前にベルギーのフランス語圏に移ったため、フランス語の曲を書いていますが、シャンソンよりもカンツォーネに近いクリアな旋律線をもっているように私には聞こえます。

そうしたメロディーの美しさが完璧といいたい域に達してる曲と言えば、なんと言っても「愛は君のよう」でしょうか。また同じく完成度の高い旋律美を持つ「明日は月の上で」は、今も仙台のTV局の天気予報のバックに使われているほどです。

一方「思い出の小川」「過ぎし夏のワルツ」は、むしろシューベルトの有節歌曲をすら思わせる素直でシンプルな美しさに満ちています。

アダモは1960年代の前半に「ブルージーンと皮ジャンパー」「サントワ・マミー」というヒット曲で衝撃的な登場をしたわけですが、こうした初期のヒット曲もユニークで新鮮なメロディー・ラインを持っています。しかしその後の曲と並べて聞くと、これらの曲はあるいは伝統的なシャンソンの流れの中に位置づけてもよいのかもしれません。(ただし私はシャンソンのことはほとんど知らないので、かもしれないとしか言えません。)

こうした初期のビッグ・ヒットによって、いわばシャンソン界を革新する若い音楽ととらえられた彼の曲も、やがてアメリカから来たロックの波に飲まれることになります。当時の若者たちからは、センチメンタルな曲調で愛を詩う古臭い音楽とされてしまったのです。何時の時代も文化をダメにするのは無思慮な人間という、普遍の法則がここにも見られます。

日本においては事情はまたちょっとフランスと違いました。最初のうちこそフランスに並行して、日本でもヒットが続いていましたが、やがてくる「雪が降る」日本語版の大ヒット。果たしてこれが、アダモにとって本当に良いことだったのかどうか。
この初期の曲が70年代に入ってヒットしたという逆転現象があったために、アダモが新曲を発表しても、それは日本人の一般音楽好きが期待するものとは、かなり乖離したものになってしまいました。そんなわけで日本においてはそれ以上のヒット曲を出せなかったのですね。それ以前の名曲の数々は忘れられ、「雪が降る」の人というイメージが固まってしまったような気がします。(勿論私がいってるのは、シナトラと言ったら「マイ・ウェイ」というような一般の人々の間でということです。)
それに「ろくでなし」など、日本のシャンソン歌手を自称する人々とそのエピゴーネンによって、あまりにも過剰な感情移入の施された不気味な歌い方で歌い続けられた結果、ほとんどコミック・ソングと化してしまったのも不幸でした。

しかしそろそろちゃんとこの優れた芸術家を、しかるべき位置におさめてもいいんじゃないかと思います。(まあ同じく時代を代表する優れたアーティストでも、ジャック・ブレルやイタリアのドメニコ・モドゥーニョに比べれば、日本における知名度は断然上ですが。)

カンツォーネを思わせるクリアで美しい旋律線を持つ曲。シンプルで素直な魅力を持つ有節歌曲。伝統的なシャンソンの流れに近寄った曲。と、私はアダモの曲を3つに分けてみましたが、もう一つ、4つ目のジャンルがあります。

「インシャラー」や「アンサンブル」など、非常に強い表現力を持つ曲です。きわめて強い表出力を持つこれらの曲を、ヒット・シンガー時代のアダモの最高傑作とすることに異論のある人はいないでしょう。

1967年の衝撃的なヒット曲「インシャラー」は『アラーの神の御心のままに』という意味だそうですが、アダモが前年イスラエルで公演したのをきっかけに作られました。このため反イスラエル陣営からは激しい反発を招いたそうですが、アダモの意図はただ平和を願うと言う純粋なもの。この曲の強い訴えかけは、当時はもちろん今もその意味を失っていません。

写真:パリ

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2005年4月 4日 (月)

アラベラ・4 Arabella

20050404arabellaJP前回はツデンカ/ツデンコを、「性同一性障害の少年」として読み替えてみてはどうかという提案をしたのでした。

ということで、読み替えてみましょう。
彼/彼女は男の子の格好をし、男の子として育てられてきましたが、その内面は女そのものです。彼は女になりたいのですが、家族も世間もそれを許すはずがありません。

このような読み替えを施すと、当然ストーリー上つじつまの合わない歌詞が出てくることになりますが、それは無視します。キッパリ!
しかしその一方で『女なのに経済的事情で男として育てられた』という劇本来の設定からは、想像もつかなかったほどの、切実さが出てくる歌詞もあるのです。

それでは皆さんも性同一性障害の、でもそれを誰にも言えずに苦しむ十代の男の子になったつもりで、歌詞を読んでみてください。一幕から。

ツデンカのモノローグ「姉さんがマッテオを好きになりますよう。そのためなら私は一生男の格好でいい。あきらめるわ、人生の総てを」
マッテオに向かって。――姉のことを語っているようですが、実は自分のことを語っています。「男の人に心を寄せていても、冷たいフリをする。(姉さんは)内気なんだ」
独白「助けてくれだって。誰も私を助けてくれないのに」
「占い師が言ってた。姉さんは陽の当たる場所に生き、私は暗闇に落ちていくと」

3幕で彼は、姉のふりをして暗闇の中、声も出さずにマッテオと愛し合います。しかしその直後マッテオがアラベラと出会ってしまったために、てんやわんやの騒ぎになり、彼は自分が姉のふりをして、マッテオに身体を与えたことを告白しなければなりません。

「太陽が昇る前に、川に身を投げるの。そしたら皆、許してくれるわ。パパも」
死んではじめて許される、それしかないと思っているのです。もちろん性志向と性自認をです。
「私は女よ、今までもずっと!」

ところで切実さはいいとして、その結果何が起きるのでしょうか。少なくともマッテオとツデンカが結ばれるという結末はあきらめなければなりません。
しかし仮にこの作品のテーマが、前に述べたように、縦糸が人々の成長の物語で、横糸が許すということの意味であるとしたら、この読み替えによってツデンカは初めて許されることになるのです。

マッテオはアラベラに許され、アラベラとマンドリカはお互いに許しあい許されあいます。そしてそれによって彼らは新たな人格の高みに上ります。
しかしこのオペラの中で最も重要な役とすら言ってもいい、ツデンカだけが許すことも許されることもありません。なぜなら彼女は許されるような悪いことをしていないのですから。そして実際に誰も彼女に許しを与えようとはしません。感謝はしても。

しかしこの読み替えによって初めてツデンカも許される人々、許しの意味を知る人々の仲間に入ります。私たち日本人は性の転換に対して非常に寛容ですが、キリスト教の世界ではそうではないでしょう。ツデンカ/ツデンコは言うまでもなく、人々に許されるのではありません。神に許されるのです。

――という解釈なんですが、どうでしょうか。ちょっと、無理があるとは自分でも思いますが、でも上記のツデンカの歌詞を、涙なくしては読めない人もいらっしゃるのではないでしょうか?(まだまだ続く)

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2005年4月 3日 (日)

アーケード街をトラック暴走、6人を次々はね3人死亡

20050403chuodoriJP昨日、仙台市民にとっては、ちょっと考えられないほどに衝撃的な事件が起きました。
宮城県外の方でも、すでにニュース等でお聞き及びと思いますが、表題のような事件です。

仙台においでになったことのある方はご存知と思いますが、仙台駅前からずっと東一番町まで続くアーケード街があります。中央通りと呼ばれる仙台を代表する繁華街の一つで、七夕のメインストリートになるところです。大理石で舗装された部分などもあり、何十年間も車進入禁止だった通りです。

ここに昨日午前9時ごろ、東二番町側からものすごいスピードで4tトラックが進入。歩行者を次々とはねて駅方面に向かって暴走しました。目撃者の話では時速50キロぐらい出ていたと言うことです。
トラックはさらに東五番町を突っ切って、名掛町に進入しさらに爆走。裏五番町(仙台駅のすぐ前の通り)に達したところで、道路に止まっていた他のトラックの荷台部分に激突。ようやく止まりました。トラックの助手席から火が出て、運転していた男は火だるまになって出てきたそうです。

はねられた6人のうち2人が死亡、1人が意識不明の重体、2日夜に重体の方もなくなりました。もしこれが商店街の店があくもっと遅い時間だったら、これ以上の惨事になっていたことは間違いありません。

男(38歳・住所不定無職)は「前日に灯油をかぶって火をつけ死のうとしたが、熱くて死に切れなかった。自分も死ぬ気だった」というようなことを話しているそうです。男は二、三日前に千葉県からやってきて、トラックはレンタカーだったそうです。この男の出身地は仙台市だということなので、故郷に帰って死のうと思ったのでしょうか?

この通りは自転車も降りて、押して歩くことになっていて、歩行者にとってはほんとうに気を緩めて安心して歩ける通りでした。まさか車が後ろから迫ってくるなどと誰も思うわけはありません。亡くなったのは24歳の男性、44歳の女性と、42歳の女性。亡くなられた方のご遺族には、心からお悔やみ申し上げます。

※先にアップした段階で2人死亡と書きましたが、重体の方が亡くなられましたのでタイトルおよび記事を訂正しました。そのほか若干間違いがあったので訂正しました。

写真:事件の衝撃を伝える夕刊の記事

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2005年4月 2日 (土)

レポレロ/スガナレル~名画と名曲・7

20050402KleeJP「アラベラ」の続きを書く時間的余裕がなく、きょうは困った時の絵画頼みを。

昨日のドン・ジョヴァンニつながり、&このシリーズのクレーつながりということで、これを。

パウル・クレーの作品でタイトルは「スガナレル」。モリエールの戯曲「ドン・ジュアン」に登場する主人公の従者です。――と、さっと流したいところですが、実はモリエールにはドン・ジュアンとは全然関係の無い「スガナレル」という作品があり、そっちの主人公です。(もっともモリエールの作品には他にもスガナレルという人物が登場するものが複数あり、絶対にこれが「スガナレル」の主人公、とまでは言い切れないのですが。調べたけどよく分かりませんでした。)――1920年代の前半に描かれたもので、これもデュッセルドルフのノルトライン・ヴェストファーレン美術館にあります。

でもこの際(どの際?)、戯曲「スガナレル」は無視して、無理やり「ドン・ジュアン」に関連付けて話をすすめましょう。言うまでもなくスガナレルはモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」になると、レポレロに変わるわけですが、モリエールのスガナレルとモーツァルト=ダ・ポンテのレポレロではずいぶん違いますね。モリエールのは、気の小さい哀れな従者という感じで、レポレロの愛すべき性格はありません。

そのモーツァルトですが、レポレロは超・有名なアリアに恵まれてるし、従者とは言え、歌いがい、演じがいのある役なのでしょう。昔から名歌手たちが歌ってきました。
でも私はあまり崩した歌い方が好きではありません。歌手の芸を聞くよりも、音楽的に清潔な歌い方で、モーツァルトの美しさを味わいたいなと思います。
そんな私のベストのレポレロはマゼール盤のジョゼ・ヴァン・ダム。清潔でいて、演劇的にも過不足の無い素晴らしいレポレロではないかと思います。

ちなみにこの人はベルギーのフランス語圏の出身なので、ホセ・ファン・ダムではなく、ジョゼ・ヴァン・ダムですのでよろしく。本人曰く「ホセというのはカルメンの悪しき影響です」。

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2005年4月 1日 (金)

今日から4月

20050401kleibersdgjp4月1日、今日から新年度ですね。学校は新学年。新たな気持ちで、新たな年度を迎えましょう。
特に今年の4月1日は例年以上に色々な変化の大きい新年度初日になります。

まず個人情報保護法が施行されます。
今後この法律に関連してどんな問題が出てくるのか、始まってみないとちょっと予想がつかないですね。まあ私たち個人情報データベースを取り扱わないサイト管理者は、神経質になる必要はないと思いますが。
首相官邸や内閣府のサイトを見てみましたが、なんだかあまり読みたくないようなサイトでした。内閣府は一般向けに分かりやすいパンフレットを出していますが、これがPDF化されてて見ることが出来ます。でも数ページのパンフレットが1ページごとに別個のPDF文書になっていて、そのたびにアドビ・リーダーを起動しなくてはなりません。まずこのへんからあらためないと、このIT時代についていけないんじゃないでしょうか。

それからペイオフが解禁となります。預金の払い戻し保証額を1000万円とその利息までとする措置ですね。
詳しく言うとペイオフの制度自体は1971年に導入されたのですが、相次ぐ金融機関の破綻により(あえて破綻を目論んだ国の方針によりという見方もあるようです)、1996年にペイオフを凍結して、預金全額保護の異例の措置をとってきました。これが今日からなくなりますので、1000万円以上の預金を一箇所にしている人はご用心ということで。まあそういう人はみんな既に対策を講じているはずなので、ここに「ご用心」なんて書く必要などないですよね。

新聞によれば金融庁幹部は「ようやく国際的に一人前の金融システムになる」と語っているそうですが、そうなんでしょうか?
ペイオフの件だけということではなくて、経済政策全般ただ単にアメリカに踊らされ、日本にとって不利な方法を無批判に受け入れているだけということは無いでしょうか?私は経済に詳しいわけではありませんが、バブルの招来もバブル後の措置も、完全にミスったのは大蔵省(当時)と政治家たちだったわけで、なんだか国の経済政策はすべて疑いを持ってみてしまいます。アメリカの世界戦略は二流のアメリカを全世界に作ると言うことだと思いますが(成功すれば一流国はUSAただ一国)、前述の金融庁幹部の言葉を皮肉な目で眺めれば、一流の日本を捨てた二流のアメリカ化が、経済的には今日で完成の域ということなのかもしれません。

それから市町村合併による新しい市と町が、今後1年間で次々と誕生します。
宮城県ではきょう(新・)石巻市、登米市、栗原市、東松島市の4市が発足します。
備忘のためにHPの方に後ほど、旧市町村と新市町村の対照表をまとめておこうと思います。

4月1日というと思い出すのは、昔流れたある噂。エディンバラ音楽祭か何かでフィッシャー=ディースカウの指揮(そのころはまだ指揮に手をそめてなかった)にシュヴァルツコップの演出でモーツァルトの歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」が上演されるというもの。
これは後でイギリスの新聞社が書いたエイプリル・フールの冗談とわかったのですが、いかにもありそうな実に微妙なところを狙っていて、みんな信じちゃったのも無理ありません。
それにしてもどうして欧米人は、エイプリル・フールなどというものが好きなんでしょう?エイプリル・フールの面白さというのがどこにあるのか、私にはさっぱり分かりません。

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4月1日宮城県の市町村合併

jp2005年4月1日に発足した新しい市と旧市町村対照表です。クリックすると画像が大きくなります。

石巻市
(石巻・河北・雄勝・河南・桃生・北上・牡鹿)

東松島市
(矢本・鳴瀬)

栗原市
(築館・若柳・栗駒・高清水・一迫・瀬峰・鶯沢・金成・志波姫・花山)

登米市
(迫・登米・東和・中田・豊里・米山・石越・南方・津山)

グレーの部分は、今年度合併予定の市町村です。
10月1日予定 
南三陸市(志津川・歌津)

来年3月1日予定 
大崎市(古川・松山・三本木・鹿島台・岩出山・鳴子・田尻)

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