« プロメテウス~名画と名曲・9 | トップページ | 壱弐参横丁~横町シリーズ・7 »

2005年4月17日 (日)

モーツァルト・オペラの声

20050417hirosegawaJPeuridiceさんのサイトkeyakiさんのサイトで、モーツァルト・オペラの歌手の声域について取り上げられていますので、私も便乗してみようと思います。

モーツァルトのオペラについて解説された本や雑誌の記事には、しばしば書かれていることですが、モーツァルト・オペラに使われる歌手の声域については、ある程度の法則のようなものがあります。セリアの場合はモーツァルト独自のというよりは、おそらく当時の習慣のようなものに縛られていたでしょうから、主にこれはブッファについてということになりますが(ジングシュピールについてもまあまあ)、以下のようになります。カッコ内は、今現在、一般的に配役されている状態を私が勝手に書き加えたものです。

若い貴族・王子  テノール(リリック・テノール)
貴族 バリトン(バリトン、ハイ・バリトン、カヴァリア・バリトン)
平民 バス(バス・バリトン、あるいはバッソ・ブッフォ、バッソ・カンタンテ)
この世のものとは思えない人 バス(バッソ・プロフォンド)

ドイツ風の言い方とイタリア風の言い方と英語の言い方がごっちゃになってるのは、お許しください。

これが完全に実行されてるのは「ドン・ジョヴァンニ」でオッターヴィオ、ドン・ジョヴァンニ、レポレッロとマゼット、騎士長の順で奇麗に揃っています。

ヘルマン・プライは「だからドン・ジョヴァンニは、ハイ・バリトンが歌うべきだ」と語っています。
で、「フィガロの結婚」についても本来のレパートリーはバスのフィガロではなく、当然バリトンの伯爵だったのですが、フィッシャー=ディースカウとの共演ということで、初めてフィガロを歌ってみたところ、キャラクターが自分にぴったりだったので、以後はフィガロをレパートリーにするようになったのだそうです。

まあ実際には指揮者や演出家がそれぞれの役に何を求めるかで、相当変わってきます。
特にドン・ジョヴァンニ役などは、指揮者によってずいぶん違いますね。
録音から推察する限り、ベームはバリトンがふさわしいと考えていたようですが(フィッシャー=ディースカウとミルンズ)、カラヤンは正反対でギャウロフやレイミーを起用していることを考えると、バスの深みのある声が望ましいと思っていたのでしょう。バリトンでノーブルな人間像を作るよりも、ドン・ジョヴァンニのデモーニッシュな側面を重視したのだろうと思います。もしかするとマゼール盤のライモンディ-ヴァン・ダムの組み合わせが、カラヤンにとっても理想だったかもしれません。
(もっともフルトヴェングラーのようにドン・ジョヴァンニ-レポレッロの関係を、ある年はシェピ-エーデルマンというバス-バスの関係にしたのに、ある年はゴッビ-クンツとバリトン-バリトンの関係にする指揮者もいるので一概には語れません。)

ところで男声がわりと法則通りに揃っているのに対して、女声はどうもよく分かりません。
貴族-平民と言う関係では声は規定されていないのですね。さすがモーツァルト。彼にとって女性は身分ではなかったということでしょうか?

「フィガロ」ではケルビーノを含めた女声3人のうち一番高いパートを受け持つのはスザンナで、アンサンブルをリードするのは彼女の役目です。
これに対してドン・ジョヴァンニではそれは貴族のドンナ・アンナの役目になります。もっともこの作品の場合、ドンナ・エルヴィーラというわけわかんない人物が出てきて音域的にもわけわかんないことになってるのですが。
「ドン・ジョヴァンニ」のソプラノ3人は基本的に上からアンナ、エルヴィーラ、ツェルリーナの順になっていますが、エルヴィーラはアンサンブルでツェルリーナより下に回ることもあれば、アンナとユニゾンで歌う部分もあり、この「風変わりな人」の風変わりさが強調されることになっています。

そういえば学生時代に海老沢敏先生に「エルヴィーラはどんな(<駄洒落じゃないですから!)声で歌われるのがふさわしいんですか?」ときいたことがあるんですが、「エルヴィーラねえ・・・。そうですねえ」とおっしゃったきり、明確な回答をいただけませんでした。

写真:夕闇の広瀬川

|

« プロメテウス~名画と名曲・9 | トップページ | 壱弐参横丁~横町シリーズ・7 »

コメント

とても参考になります。ありがとうございます。
「フィガロの結婚」追記しました。そこにこの記事をリンクさせて頂きました。
録画をいっぱいリンクしましたので、お時間があればご覧になって下さい。
ライモンディのフィガロはめずらしいとおもいます。
身分の高い方が高い声なんですか。なんとなく反対に考えてました。

投稿: keyaki | 2005年4月17日 (日) 03:14

私などは観たり聴いたりしたとき、役のイメージに合っていれば、どの声域に分類される歌手が担当しているかなどということは、あまり興味もないし、気にしたこともないのですが、このように、丁寧な説明を読むと、なるほどねという感じです。私も最初にさんざん観て聴いたフィガロは、ベームの映画版ですから、プライのフィガロ、フィッシャー・ディースカウの伯爵でまずイメージが作られただろうと思います。後に、アバド指揮、ウィーンの舞台映像を観たときはなんだかとっても新鮮な感じがしてああこういうフィガロと伯爵もいいなと思いました。女声陣のイメージもどちらもそれぞれいいですね。

TBありがとうございます。とても参考になる記事ですから、私のほうからもさせていただきました。

投稿: edc | 2005年4月17日 (日) 08:09

>まあ実際には指揮者や演出家がそれぞれの役に何を求めるかで、相当変わってきます。

最近の傾向として、指揮者にも演出家にもそれにこだわるというか、こだわれる人がいないような気がします。カラヤンとかアバドくらいまでのような・・・
カラヤンは自分で演出やっちゃいましたが、アバドは自分の納得できる演出家にしていたようですし。
それでも、実演では、歌手を揃えるのは難しいですね。ですからキャラクターズレのない舞台は貴重ですね。

投稿: keyaki | 2005年4月17日 (日) 10:04

>keyakiさん

リンクありがとうございます。
セリアでも「イドメネオ」や「皇帝ティトゥスの慈悲」では王・皇帝がテノールになってますし、昔は低声歌手というのは、高貴な人には用いられなかったような感じがありますね。
王様はバスというのは19世紀以降の感覚なんでしょうね。

>それでも、実演では、歌手を揃えるのは難しいですね。ですからキャラクターズレのない舞台は貴重ですね。

そうですね。常設のハウス、特にMETなんかは常にスター歌手の組み合わせでないとダメな劇場ですし、レヴァインはまだ自由度がありそうですが、それでもアバドほどにはこだわれないという部分はありそうですね。

投稿: TARO | 2005年4月17日 (日) 14:35

>euridiceさん

TBありがとうございます。
私の場合はソプラノ好きということもあって、逆に役のイメージよりも、美しい声のからみあいとか、そっちの方向につい興味がむいてしまいます。
(そういう意味でモーツァルトのオペラは必然的に大好物になるわけです。)
エルヴィーラをメゾに割り振るか、ツェルリーナをメゾに割り振るか、3人ともソプラノにするかで全く違う雰囲気になるのもまた面白かったりして。

ベームの「フィガロ」は生でも聞いてるので(日本公演のヤノヴィッツ、ポップ、バルツァ、プライ、ヴァイクル)、私にとっても永遠の規範です。

投稿: TARO | 2005年4月17日 (日) 14:45

TAROさん、興味深いだけでなく、勉強になります。
>「だからドン・ジョヴァンニは、ハイ・バリトンが歌うべきだ」
そういえばプライさん、そんなこと言っていましたね。思い出しました。

私の初めての『フィガロ』の録音はライモンディの伯爵にファン・ダムのフィガロでした。どちらもバス(あるいはバス・バリトン)ですね。そのせいか伯爵もフィガロも、私が最初に抱いたイメージは壮年から中年くらいの男性、いわばおじさまでした。

TAROさんがごらんになったベーム最後の来日公演での『フィガロ』は、外盤のライヴ録音を持っております。ただただ、あの舞台を実際に体験されたTAROさんがうらやましいばかりです。

投稿: ユルシュール | 2005年4月18日 (月) 22:03

TAROさん、興味深い記事、ありがとうございます^^
今週は本家サイト(←ブログにかまけていた為、最近ほったらかし状態でしたーー;)のほうで『フィガロ』のディスクリストをまとめる予定ですが、その中でこちらの記事をリンクさせて頂いても宜しいでしょうか?

投稿: ヴァランシエンヌ | 2005年4月18日 (月) 22:29

>ユルシュールさん

えと、それはポップとヘンドリックスが歌ってるマリナー盤ですね?ポップが伯爵夫人というのですごく驚いて、そっちにばかり気を取られ、実はあまり男声陣の記憶が・・・

ベームの「フィガロ」はNHKがTVでも放送したので、ぜひこれも再放送かビデオで出して欲しいところですね。

投稿: TARO | 2005年4月18日 (月) 23:56

>ヴァランシエンヌさん

>こちらの記事をリンクさせて頂いても宜しいでしょうか?

もちろんです。ありがとうございます。
ディスク・リストのまとめ、期待してお待ちしております。

それにしてもほんと、ブログをやってると本家HPはおろそかになりますね。(汗

投稿: TARO | 2005年4月19日 (火) 00:00

リンク許可、ありがとうございます。
あまり期待しないで下さいね(^^; 
例によって、君はヒスヲタかね?と言われかねないような録音もチラホラありますし・・^^;

この一年はすっかり『コジ』モード全開&ひょんなことから『魔笛』まで参戦してきたので(^^;フィガロを丁寧に見聞きするのは、本当に久しぶりです・・

投稿: ヴァランシエンヌ | 2005年4月19日 (火) 06:50

>例によって、君はヒスヲタかね?と言われかねないような

では、そのコメントを準備して(!)お待ちしております。
そういえば私も、もうずいぶん「フィガロ」は聞いてないかも。ヤーコプスのを買おう買おうと思ってる間に、いつか店頭から消えてたりして。

投稿: TARO | 2005年4月19日 (火) 14:01

TAROさん、そうです。私が初めて聴いた『フィガロ』はマリナー盤です。
ですから私の最初に聴いたポップはスザンナではなくて、伯爵夫人だったのです。

ベームの『フィガロ』、本当に再放送か商品化かしてほしいと思います。

ヴァランシエンヌさん、『フィガロ』ディスコグラフィ、私も楽しみにしております!

投稿: ユルシュール | 2005年4月19日 (火) 17:45

もう25年もたってるのですから、驚くことでもないのかもしれませんが、ベームもプライもポップももうこの世の人ではないんですねぇ。ヤノヴィッツもコンサートには出てるみたいですが、めったに名前聞きませんし。
当時は期待の新人だったバルツァとヴァイクルがいまや大ヴェテランで・・・

投稿: TARO | 2005年4月19日 (火) 22:32

「フィガロの結婚」と「ドン・ジョヴァンニ」の配役表をつくってみましので、TBさせていただきました。

投稿: keyaki | 2005年4月20日 (水) 16:56

>keyakiさん

TBありがとうございます。後ほどおじゃまします。

投稿: TARO | 2005年4月21日 (木) 21:59

以前拝読した時、このエントリに啓発され「モーツァルトの声」について考えてみようと思ったのですが、その後「怪談シリーズ」とかが面白かったりしてサボッてました。今回SardanapalusさんとKeyakiさんのTB経由で舞い戻りましたので、「ドン・ジョヴァンニ」と「フィガロ」の女声役に付いて初演歌手から考えてみようと思います。

まず皆が一番気になるエルヴィーラ(シュヴァルツコプフは仏インタヴューで-仏語上手いのです!-モーツァルト諸役の中で一番難しいものはと訊かれ、感情のレンジが広いエルヴィーラと答えていました)ですが、87年プラハ初演で歌ったカテリーナ・ミチェッリ(生没年不明、伊人)は、コロラトゥーラに長け93年以降はスブレット役を主に歌いケルビーノを歌った可能性さえあると言いますから、「コロラトゥーラ・レジェロ」に近い声質だったのではないでしょうか。より示唆的なのは、モーツァルトが彼女のために「Mi tradi」を書き加えた88年ヴィーン初演で歌ったカタリーナ・カヴァリエーリ(1760年生まれの墺人、当時28歳)の声質でしょう。彼女はA.ランゲ、N.ストラーチェと並ぶモーツァルトのミューズの一人(3人とも伊人でないのは偶然でしょうか)で、彼自身「独が誇り得る歌手」と言っていて「魔笛」の客席にも招待しています。彼女の声は、音域が広く(2オクターヴ以上)、力強く、高音、ブラヴーラに秀でていたと言われ、どれもさもありなんと思える形容ばかりですが、彼女の持ち役履歴は中々面白いと思います。82年に「後宮」のコンスタンツェを創唱し、モーツァルトはコンスタンツェ役について「彼女のアジリタに秀でた声に譲歩して伊風ブラヴーラのパッセージを書いた」という意味の事を言っており、86年に「劇場支配人」のジルバークラング(高音はニ3に達する)を創唱しているところを見ると、少なくとも当初は高音を能くするコロラトゥーラ・レジェロに近い声質だったのではないかと思われます。88年ヴィーンの「Mi tradi」で、モーツァルトは彼女の高音の衰えを考慮して変ホ長調からニ長調に移調したそうで、それは、より中声域中心の力強い声に成熟しつつあったと考えることも出来るかも知れません。興味を引かれるのは89年ヴィーンの「フィガロ」再演時に伯爵夫人を歌い、モーツァルトが彼女のために「Dove sono」にフィオリートを書き足していることです。声の成熟に伴ってもコロラトゥーラ技術は衰えていなかったようです。コンスタンツェ-伯爵夫人-エルヴィーラと進んだシュヴァルツコプフの履歴と共通性がありますね。

アンナをプラハ初演で創唱したテレーザ・サポリーティ(1763年生まれの伊人、当時25歳)については、95年にサンクト・ペテルブルクでprima donna assolutaとして活躍し、100歳以上まで生き延びたと言う以上に面白い情報はなく、ヴィーン初演で歌ったアロイジア・ランゲ(1761年生まれの独人、当時27歳、モーツァルトの義姉)についての方が興味深い話題が多いです。彼女の声は、高音(モーツァルトは彼女のためのコンサート・アリア「Popoli di Tessaglia」でト5まで書いている)、フィオリート技巧で有名だったと言い、ここまではエルヴィーラを歌ったカヴァリエーリと大差ありませんが、面白いのは彼女の声量については、「小さ過ぎる」と「非常に大きい」と2つの証言が交錯している点です。モーツァルトの父レオポルドはこの点を取り上げ「表現性の高い音符は力強く、高音・装飾歌唱は繊細」と言っています。モーツァルトはこの声質を考慮し高声域伴奏でオケを軽くしていると言います。履歴は、85年に「後宮」再演のコンスタンツェを歌い(モーツァルトがかなり加筆)、86年「劇場支配人」のヘルツを創唱、88年ヴィーンの「ドン・ジョヴァンニ」でアンナを歌っていますが、特に95年に「ティト」のセスト(初演時カストラート、現在メッツォ)を歌っているのが眼を引きます。つまり彼女の声は、超高音も出るが細く、声の中心は寧ろ中声域にあり暗みを帯びていたと考えうるのではないでしょうか。
こう見てくると、エルヴィーラとアンナの声は共通点も多いけれど、エルヴィーラは「Mi tradi」が書き足され、感情の幅が大きいことから、コロラトゥーラ・レジェロとリリコ・スピント2種の声を接木したような感があり、アンナは、暗みのある力強い中声域に細い高音を乗せた感じとでも言ったら良いでしょうか。両役共、アジリタと力強さを兼ね備えていたのでしょうが、TAROさんの仰るようにエルヴィーラの声質には、そのキャラクターを反映してか歪な部分もある様に思います。

ツェルリーナを87年プラハで創唱したカテリーナ・ボンディーニ(生没年不明、アンナを創唱したサポリーティの実妹)は、それに先立つ86年12月の「フィガロ」プラハ初演でスザンナを歌っているのはちょっと意外な気もします。バルトリは、逆にツェルリーナからスザンナに進んでいますし、ゼーフリートやシュトライヒも両役を歌っていますが。さらに興味深いのは、伯爵夫人をヴィーンで創唱したルイーザ・ラスキ(1760年生まれの伊人、ジョヴァンニ・ヴィーン初演時28歳)が88年「ドン・ジョヴァンニ」ヴィーン初演ではツェルリーナを歌っていることです。つまり各々以前にスザンナと伯爵夫人を歌った歌手がツェルリーナを歌っている訳で、モーツァルトはツェルリーナに「可愛らしいスブレット」以上の声を求めていたと言えるかも知れません。唯、88年ヴィーンの「ドン・ジョヴァンニ」のツェルリーナには後半を歌った第2配役があり、テレーゼ・タイバー(1760年生まれの墺人、当時28歳)が担当しています。彼女は82年「後宮」のブロントヒェンを創唱し、その声は軽いスブレットだったと言いますから、現代の役イメージに近いですよね。

「フィガロ」の女声でまず目に付くのは、TAROさんの仰るようにスザンナに伯爵夫人と同レヴェルかそれを上回りさえする声が要求されていることだと思います。スザンナから伯爵夫人に進んだ例はポップ初め幾つかあるし、ケルビーノから始めたバルトリもスザンナを経て将来伯爵夫人まで進むかも知れませんよね。これには1)モーツァルトは当初お気に入りのストラーチェを想定して伯爵夫人を書いたが、彼女は結局スザンナを歌い、彼女の声に応じて彼は、全般として伯爵夫人よりスザンナを低めに一部パッセージを書き換えたこと 2)スザンナは類型的スブレットではなく新時代を象徴する人物像というモーツァルトの「社会意識」を反映 3)16歳で伯爵と結婚したという設定からすれば、伯爵夫人はスザンナより年上とは限らない という事情が関係していると思われます。

伯爵夫人を86年に創唱したラスキ(当時26歳)は、既に述べたように2年後の「ドン・ジョヴァンニ」ヴィーン初演でツェルリーナを歌っているのが面白いです。モーツァルトはどうもスザンナに比べて、上記の3つの理由から伯爵夫人には醒めた眼差しを向けているフシもあることと関係している可能性もあるけど、89年ヴィーンの「フィガロ」再演の際には、モーツァルトお気に入りで「ジョヴァンニ」ヴィーン初演でエルヴィーラを歌ったカヴァリエーリが伯爵夫人を歌い、モーツァルトも彼女のために補筆しているところを見ると、やはり彼も伯爵夫人には豊かな声を欲していた面もあるということでしょう。

スザンナは、モーツァルトのミューズの一人、ナンシー・ストラーチェ(1765年生まれの英人、父は伊人、当時21才)が創唱しています。彼女のためにモーツァルトは例のコンサート・アリア「Ch’io mi scordi te」や未完オペラ「Lo sposo deluso 騙された花婿」のためのアリアを書いており、これらの曲からして彼女の声は、アジリタは少なく、低音が備わり(84年にハイドンのオラトリオ「トビアの帰還」でアンナ(アルト)を歌っている)腰の強いものだったと思われます。「コジ」のフィオルディリージの創唱者であるアドリアーナ・フェッラレージ=デル=ベーネ(1760生まれの伊人、コジ初演時30歳)が、「フィガロ」の89年ヴィーン再演でスザンナを歌っている(モーツァルトは彼女のためアリア2曲を書き足し)事からも、スザンナには低音もある堅固な声が想定されていると考えられます。既に述べたようにモーツァルトはストラーチェの声に合わせて、スザンナのパートを伯爵夫人より低めに設定していますが、2幕の3重唱「Susanna, orvia sortite」はスザンナの方が高くなる様に書き直しています。20世紀に伯爵夫人に重めの声を充てる伝統が定着すると、同曲45小節目以降「brutissima…」のパッセージでは、スザンナと伯爵夫人のパートの逆転が習慣化するという現象まであり、この点からもスザンナをアンサンブルの牽引役にするモーツァルトの意図が覗われると思います。

ケルビーノの創唱者は、ドロテア・ブッサーニ(1763年生まれの伊人、当時23歳)で、ダ・ポンテはその回想録で「才能はないが、演劇的機知で大受け」みたいなことを言っています。彼女は、90年にデスピーナも創唱していますが、両役とも今でもその評言が当てはまる歌い手さんは多いかもしれませんね!

付け加えておきたいのはバルバリーナを創唱したアンナ・ゴットリープ(1774年生まれの墺人)で、「フィガロ」初演時12歳! 91年「魔笛」のパミーナ創唱時17歳!! 残念ながらパミーナがキャリアの頂点になり、その後はジングシュピールの喜劇的・性格的役に集中したようです。

パミーナの名が出た序にやはり気になる「夜の女王」役について考えておくと、コロラトゥーラ・レジェロを配する現在の習慣に反し、歌詞内容を考えるともっとドラマティックな声が相応しい気もします。創唱歌手ヨーゼファ・ホーファー(1759年生まれの独人、当時32歳、A.ランゲの実姉、モーツァルトの義姉)については「高音のスタッカートに長けていた」という証言に加え「表現性に富み、力強い」という89年の証言もありますから。グレギナがそうした意味で夜の女王を歌ってみたいと語っていたことがあります。「力強い」の実態については当時の小屋の小ささ、オケの薄さ(「後宮」初演時39名、「フィガロ」初演時35名、「ジョヴァンニ」初演時27名!)等を鑑みて慎重に考える必要があるでしょうけれど。

モーツァルト歌手達の役履歴を整理すると;
カヴァリエーリ: コンスタンツェ-ジルバークラング-エルヴィーラ-伯爵夫人
ランゲ: ヘルツ-コンスタンツェ-アンナ
ラスキ: 伯爵夫人-ツェルリーナ
フェッラレーゼ: スザンナ-フィオルディリージ
ボンディーニ: スザンナ-ツェルリーナ
タイバー: ブロントヒェン-ツェルリーナ
ブッサーニ: ケルビーノ-デスピーナ
ミチェッリ: エルヴィーラ-ケルビーノ?

現代の歌手で似た履歴の人に思い当たられましたら、ご教示お願いします。
コンスタンツェからアンナやエルヴィーラに進んだケースは、モーツァルトはコンスタンツェに通念より力強い声を望んだとも、歌手の声の成熟(衰退?)を反映しているだけ(現代でもシュヴァルツコプフの他、ポップ、モーザー、ニールセン、シリヤとかコロラトゥーラから初め重めの役に移った例は多いですよね、シェーファーもそうなるのかな)とも言えると思います。

彼のミューズ3人の声質からして、モーツァルトは、中低域に重点のある強く豊かな声を好んだと言えるかも知れません。確かに身分に関係なく、自分の愛に意志的な女性達(アンナ、エルヴィーラ、スザンナ、ツェルリーナ)に豊かな声を要求しているとも言えるも知れないですね。

やたら長くなり申し訳ありません。部分的にでも、ご参考になる情報があれば幸いです。

投稿: 助六 | 2005年9月 7日 (水) 06:09

助六さん

素晴らしい、これはコメントというより論文というべきでしょう、ありがとうございます。

>カヴァリエーリ: コンスタンツェ-ジルバークラング-エルヴィーラ-伯爵夫人

意外にもキリ・テ=カナワがこの路線でレパートリーにしてると思います。(もしかするとアーリーン・オージェも。伯爵夫人を歌ったかどうか分かりませんが。)
「音域が広く/力強く/高音/ブラヴーラ」という要素をキリが兼ね備えているかどうかは、微妙ですけど。

>ランゲ: ヘルツ-コンスタンツェ-アンナ

アロイジアは「小さすぎる」と「非常に大きい」という相反する評価の歌手だったのですね。しかもカント・フィオリートに優れていたと。
声が小さいと大きいの両評価がある歌手といえばカバリエですが(「非常に大きく」はないと思いますが)、
「超高音も出るが、中音域中心で暗み」という特徴とはちょっと離れてしまうでしょうか。
コンスタツェからアンナへといえば、すぐにマーガレット・プライス、グルベローヴァ、デヴィーアなどが思い浮かびますが、3人ともセストは歌ってませんね。
でもこれは現代はメゾ・ソプラノという声種が確立しちゃったためで、ソプラノで一括されてたら、M・プライスがセストを歌うなどということはありえなくはないかも。
この3人の中でマダム・ヘルツを歌ってる人は、グルベローヴァだけですから、あるいはグルベローヴァが現代のアロイジアということに?

>フェッラレーゼ: スザンナ-フィオルディリージ

バルトリ。あとはドロテア・レッシュマンあたり両方歌っててもおかしくなさそうな。

>ボンディーニ: スザンナ-ツェルリーナ

これはいわゆるスーブレットの歌手でいっぱいいそうですね。

>タイバー: ブロントヒェン-ツェルリーナ

レリ・グリストでしょうか。

>ブッサーニ: ケルビーノ-デスピーナ

エディット・マティスは両方歌いましたが、彼女はフィガロは4役、コジも2役歌ってるので、ちょっと別かもしれませんね。
そういえばバルツァも最近デスピーナ歌ったんでしたね。

>ミチェッリ: エルヴィーラ-ケルビーノ?

メゾ・ソプラノには両役をレパートリーにしているひとは沢山いそうですが、「コロラトゥーラ・レッジェーロ」に近い声質の人となると、思いつかないですねぇ。

ヨゼファー・ホーファーは高音のスタッカートにたけていてだけでなくて、「表現性に富み、力強い」という特徴も持っていたんですか。アロイジアより、やはりこっちがグルベローヴァかも。

個人的にはモーツァルトの曲をアーロヨやL・プライスのような豊かなビロードの声で聞くのは、すばらしく快感なんですが、もし

>彼のミューズ3人の声質からして、モーツァルトは、中低域に重点のある強く豊かな声を好んだと言えるかも知れません。

であるのなら、私の個人的趣味もお墨付きがもらえるかもしれません。

投稿: TARO | 2005年9月 7日 (水) 15:27

助六さんの
>今回SardanapalusさんとKeyakiさんのTB経由で舞い戻りましたので

…で、自分ちの宿題も思い出しました(^^; いやーん、フィガロ最近聴いてないよぉ(><;

それはさておき、例によって詳しいお話は読んでみて「へ~~」としか言えないのですけど、

>>フェッラレーゼ: スザンナ-フィオルディリージ

バルトリ。あとはドロテア・レッシュマンあたり両方歌っててもおかしくなさそうな。

はい。レッシュマンは仰る通り、両方歌ってますし、両方ともリンデンでのライブ映像があります。
彼女、最近は「フィガロ」では伯爵夫人に出世?しました。
来年3月のリンデンでの「ドン・ジョヴァンニ」では、エルヴィーラを歌いますよ。映像にならないかしらと、楽しみにしているんですけど…

投稿: ヴァランシエンヌ | 2005年9月 7日 (水) 23:03

ヴァランシエンヌさん

あ、スザンナも映像化されてるんですか。コジのほうは知ってたんですが。
でもはやくも伯爵夫人、そしてドンナ・エルヴィーラなんですね。レパートリーの拡大が急速ですね。

レッシュマンの名前が最初に気になったのは、ヤコプスとバロック物をやった時だったので、なんとなくいつまでも軽い声のソプラノという印象がぬけません。

投稿: TARO | 2005年9月 7日 (水) 23:41

小生は考えもしなかったので、カバリエ/
ランゲ、カナワ/カヴァリエーリ、レッシュマン/
フェッラレーゼの対照には膝を打ちました。カバリエの声を低く暗めにしてみるとある種のイメージが浮かぶ気がします。3人共「大きな声」なのか「小さな声」なのか判然としない不思議さを含んでいる点が示唆的ですね。
アーロヨ、L.プライスも小生はモーツァルトで直ぐに思いつく名前ではなかったので、なるほどと思いました。「暗めのソプラノ」の具体的イメージを与えてくれますね。
ウーン、何となく感触が得られてきました。


投稿: 助六 | 2005年9月 8日 (木) 09:22

助六さん

>3人共「大きな声」なのか「小さな声」なのか判然としない不思議さを含んでいる

レッシュマンはまだ生で聞いたことがないのですが、カバリエとキリは、たしかに判然としないですね。

カバリエは60年代には本当に小さな声だったらしいですね。その後声量を獲得したようですが、70年代後半でも、実に小さな声の、しかし会場のすみずみまで染み渡っていくようなピアニシモを聞いてしまうと、声の大きい、小さいってなんなんだろうという気になってきます。

アーロヨはベームがエルヴィーラにC・デイヴィスがアンナに選んだ人ですから、モーツァルト歌いとしても並みの評価ではなかったんだろうなと思います。

アーロヨ、L・プライス、ジャネット・ベイカーの3人を生で聞けなかったのが、私にとってのオペラ歌手3大痛恨事です。
カラスやテバルディはそもそも間に合わなかったので、諦めがつくんですが、この3人は間に合ったはずなので・・・

投稿: TARO | 2005年9月 8日 (木) 14:18

>声の大きい、小さいってなんなんだろう
物理的「音圧」とは別に「音の投射力projection」の問題がありますよね。「大きな声」と「通る声」の違いと言いますか。projectionの歌手による違いは、劇場で休憩を挟んで、舞台に近い席から上階席に移ってみると瞭然と判ります。倍音を多く出す技術で、声楽レッスンでは「声を細くしろ」みたいなことを言われます。projectionの違いの印象までが騒音測定器によるデシベル表示に反映されうるのかどうかは知りませんが。

>アーロヨ、L・プライス、ジャネット・ベイカーの3人を生で聞けなかった
ベイカーだけは、86年のパリのリサイタルに間に合いました。リート・オペラとも率直で端整な歌唱でした。
プライスは85-86年辺りに日本でリサイタルがあったと記憶しますが、結構高いし年だし、日本では高崎さんの評価が芳しくなかったこともあって、考えた挙句パスしてしまいました。畑中さんの演奏会評が誉めていたのを憶えていますが、私が、彼女が超第1級のヴェルディ歌手であることに気が付いたのは暫く後の事でした。
アーロヨがデイヴィス盤でも歌っていたのは知りませんでした。パリでヴェルディのレクイエムのソリストとかでは聴くチャンスはあったのですが、不覚で逃しました。
私が「頑張れば、もう少し運と見識があれば間に合ったのに」と悔やまれるのは、L.ジェンツェル、L.プライス、M.オリヴェロ、ヨッフム、テンシュテット、ヴァント、ゼルキン、ホロヴィッツ、アマデウス四重奏団です。

投稿: 助六 | 2005年9月 9日 (金) 08:37

助六さん

あ、そうでしたね。上のコメントで私が言ったのは「よく通る声」の話でしたね。
それはそれでカバリエはやはり大きい声なのか小さい声なのか、やはりよくわからないですね。

>倍音を多く出す技術で、声楽レッスンでは「声を細くしろ」みたいなことを言われます。

テクニカルなことは分かりませんが、なんとなく気分的には「なるほど」という気がします。

ベイカーお聞きになれたんですね。なんてうらやましいんでしょうか。日本にはたしか大阪万博の時に来日したぐらいでしょうか。(<不確か)

プライスは80年代でしたら、もう声が昔の録音から想像できるものとは違ってしまって、あるいは別人という感じだったかもしれませんね。でも畑中さんが誉めてたんでしたら、きっと声の衰え(というよりハスキーな響きが混じるようになった)なんかを超える魅力はちゃんと残っていたんでしょうね。

ヨッフム、テンシュテットは幸い聞くことが出来ました。テンシュテットは癌から復活した直後の来日の時で、すごく感動的でしたよ。みんな泣いていました。

投稿: TARO | 2005年9月 9日 (金) 19:51

男声の割り振りについて書きたいことができたので、参考にさせてもらいました。ついでにTB&リンクもさせて頂きました。

投稿: ヴァランシエンヌ | 2006年6月27日 (火) 16:14

ヴァランシエンヌさん

TBありがとうございます。
後ほどおじゃましますね。

投稿: TARO | 2006年6月27日 (火) 23:55

また、ドン・ジョヴァンニとレポレッロを取り上げて、この記事をリンクさせていただきました。
バキエは、バリトンなのに、ライモンディとの組み合わせでは、レポレッロを歌っているんですが、そのへんのお話です。
TBもしておきます。

投稿: keyaki | 2007年1月14日 (日) 14:28

keyakiさん、TBありがとうございました。
レスは後ほど、そちらで。

投稿: TARO | 2007年1月14日 (日) 17:01

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: モーツァルト・オペラの声:

» フィガロの結婚@新国立劇場 [雑記帳]
昨シーズンの新演出にも行ったので、およそ一年数ヶ月ぶりの再会です。同じ演出だとたいてい倹約してしまうのですが、伯爵夫妻(ヴォルフガング・ブレンデル&エミリー・マギー)にひかれて出かけました。演出が印象的だったことも理由のひとつです。結婚式の場面の扱いが独特だったこと、バルバリーナがピンをさがす場面の強烈な印象。 彼女のアリアが、あんなに怖く悲しく、印象的にきこえたのは初めてでした。 さて今回の「フィガロの結婚」、言葉ではうまく説明できないんですが、なんというかなんとなく欲求不満って感じでした。... [続きを読む]

受信: 2005年4月17日 (日) 08:01

» <フィガロ X 伯爵> <ドン・ジョヴァンニ X レポレッロ> [keyakiのメモ、メモ.........]
モーツアルトの「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」は、バス、バス・バリトン、バリトン等の低音が主要キャストのオペラです。バリトンが歌うか、バス・バリトンが歌うか、声域的にはどちらでも歌えるハイブリットの役といわれています。好みが分かれるところかもしれません(私は、総合的に役柄に合っていればこだわりません)が、ライモンディが歌った場合の共演者の一覧表を作ってみました。 「フィガロの結婚」主な公演の配役 フィガロ伯爵スザンナ 伯爵夫人 ケルビーノ指揮演出 ライモンディ アレンモリスバトル ヴァネス... [続きを読む]

受信: 2005年4月20日 (水) 16:28

» 出世魚?!マゼット→レポレッロ→ドン・ジョヴァンニ [Valenciennes Traeumereien]
《ドン・ジョヴァンニ》は、表題の3役以外に騎士長を含めると、4つの男声低音歌手を必要とする作品ですが、騎士長はさておき、これら3つの役柄全てをレパートリーにする歌手さんも多いようですね。 特にジョヴァンニとレポレッロは、キャラクターが全く違うのに、歌い分けしちゃう歌手さんたち、器用だわーと感心しちゃいます(^^; 声域と身分?!の割り振りについては、ちょっと古い記事ですが、詳しい解説がTAROさんのお宅にあったのを思い出して、引っ張ってきました。 ⇒ こちらからGo! 身分が高いほうが声域も高い…と... [続きを読む]

受信: 2006年6月27日 (火) 15:57

» ドン・ジョヴァンニとレポレッロ(バキエとライモンディの場合) [keyakiのメモ、メモ...]
 昨年の11月4日のガブリエル・バキエとルッジェーロ・ライモンディの対談の《ドン・ジョヴァンニ》に関する部分を紹介します。 TAROさんのブログの『モーツァルト・オペラの声』に、ドン・ジョヴァンニとレポレッロの『声』に関して、とても分かり易く書かれていて、参考になりますのでリンクさせてもらいました。 簡単に言えば、基本的にドン・ジョヴァンニ=貴族=バリトン、レポレッロ=平民=バスということなのですが、実際には、指揮者や演出家によって、また歌手自身によっても変わってきます。 ルッジェーロ・ライモンデ... [続きを読む]

受信: 2007年1月14日 (日) 14:52

« プロメテウス~名画と名曲・9 | トップページ | 壱弐参横丁~横町シリーズ・7 »