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2005年10月

2005年10月30日 (日)

ご挨拶

20051030Dainohara3JP都合で、明日から数日間、更新できません。またもしコメントを頂きましても、レスは遅れがちになると思います。ご容赦ください。
今週の終わりぐらいには再開したいと思っています。よろしくお願いいたします。

写真:昨日と同じ台原森林公園

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2005年10月29日 (土)

紅葉情報

20051029DainoharaShinrinJP宮城県の紅葉情報です。

現在最盛期なのは、奥新川(おくにっかわ)、蔵王、七ヶ宿。
半分ぐらい色づいているのが鳴子。
紅葉が始まっているのが作並温泉(半分という情報もあり)、県立自然公園旭山、大六展望台などなど。

鳴子は1週間ぐらい、例年より遅れてるそうです。

写真は一昨日の記事の台原森林公園ですが、どうも今年は紅葉があまり美しくないような気がします。なんとなく輝きを欠いていて、くすんでいるような・・・

本当は紅葉のメカニズムを書こうとしたんですが、今日も時間がないので、ちょっと紅葉情報でごまかすことにしました。

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2005年10月28日 (金)

徹子さんには誰もかなわない

20051028kuroyanagiJP芸能界最強の女性といえば、黒柳徹子さんをおいて他にないでしょう。
特に最近は絶好調です。(もっとも絶好調でなかった時期なんかあるのか?とも・・・)

先日の「徹子の部屋」は、いまやお笑いだけでなく、画家としても高い評価を得ている片岡鶴太郎さんがゲスト。
番組中では、彼がまだ絵を描き始めた時期に収録した昔のVTRなども流されました。
『あらまあ、よくねぇ。こんな作品でも買ってくださる人がいるのねえ』
この通りの表現だったかどうか自信ありませんが、まあ内容的にはこんな発言を。
鶴太郎さんもVTRを見終わった後、さすがに、「いやあ、結構失礼なこと言ってますよね」と苦笑い。

そしたら徹子さん、もう笑いが抑えられない様子で、「あら、だって、よくああいうのでも、ああいうのって言ったら失礼なんですが」。
ってホントに失礼!
鶴太郎氏、もうあきらめてました。

昨日の「徹子の部屋」は、ビートたけしのお兄さんで大学教授の北野大さんがゲスト。北野先生は以前クイズ番組でご一緒したことがありますが、楽屋でもTVでの印象と全く変わらない優しい方です。
環境問題が専門なので、話も当然そういう方面にいきました。

徹子さんは車はプリウスに乗ってるんだそう。
プリウスといえばご存知のように、トヨタのハイブリッド・カー。ガソリンをつかったエンジンと、バッテリーに蓄電した電気をつかったモーターを、コンピュータ制御で使い分け、ガソリンの消費を極力抑えるというエネルギー問題に配慮した車です。
徹子さんの場合は、それまでに比べて、ガソリンが4倍ぐらい長持ちしてるそうです。

中でも減速時には『エンジン停止のまま、タイヤと直結させて発電機を回して蓄電(エネルギー回収)するのが、そのままブレーキになります』。(あるサイトの説明を引用しました。)
つまり坂道を下る場合などは、エネルギー消費極少で、どんどん蓄電されるということになります。

「それでね、私は出来るだけ下り坂を通るようにしてるんです」
は?
「どこかに行って帰ってくるときでも、できるだけ下り坂を選んで帰ってくるの」
で、でも、、、上った分だけ下るんじゃないとつじつまが合わなくなるけど?

「タモリさんはね、それおかしいって言うんです。でも、そうじゃないの!」

北野先生、最初は一瞬困ったようでしたが、さすがです。泰然自若、すこしもあわてず。
「そうですね。急な上り坂よりも、緩やかな上り坂を行った方が、ガソリンの消費が少ないとか、ありますからね」

そっか。こういう風に受ければいいんだ。勉強になりました。

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2005年10月27日 (木)

印象派風のランドスケープ・1

20051027DainoharaJP今日はなにか書いている時間がないので、写真でごまかしたいと思います。
これは仙台市青葉区にある台原森林公園の池。





20051027MonetJPこんな景色をモネが描くとこうなります。
(モネ「睡蓮の池」、1899年、部分)
タイトルに「1」と書きましたが、2はいつになるかわかりません・・・

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2005年10月26日 (水)

海外のニュース×3 ~ニュースの落穂拾い・4 Watch What Happens

20051026airportJP
その1 ローマでは金魚鉢の使用が禁止されたそうです。

理由は不明ですが、このニュースによると、きっと丸い金魚鉢にいれると金魚が失明するからみたいです。ふ~ん、そうなんだ・・・

その2 ドバイに人工のスキー場

ドバイに何ゆえに?と思いますが、あと実物大のエッフェル塔やピラミッドも作ってるとか。アラブ首長国連邦は、いったい何を目指してるんでしょうか?
イスラム圏の戒律のきびしい国では、お酒が飲めないんですよね。それじゃ第2のラスベガスにするのは無理だとおもうんだけど・・・

その3 イラク戦争でアメリカの死者2000人

「ブッシュ大統領は、米軍撤退までにさらなる犠牲を要する、と警告している。」と書いてありますが、誰にどういう目的で警告したんでしょう?なんだかよく意味がわかりませんね。次の段落は分かるので、単なる翻訳の問題でしょうか?

写真:ドバイ空港

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2005年10月25日 (火)

オキシトシンの秘密~ニュースの落穂拾い・3 Watch What Happens

20051025NyuutouonsenJP少し前に、安田大サーカスのクロちゃんが、あのスキンヘッドに蜂蜜を塗られて、牛にペロペロなめられると言うのを、番組でやっていました。
アシスタントの女性アナによれば「ちなみにクロちゃんが、舐められて一番感じるのは乳首だそうです」とかなんとか。

それはともかく、ニュースです。

「出産にかかわるホルモンの一種「オキシトシン」の働きを抑制すると、マウスの行動に様々な異常が起き、雄は攻撃性が高まることが、東北大を中心とする日米共同チームの実験で明らかになった。」
というんですが、ネットニュースはこちらです。

さらに、

研究チームは「オキシトシンは、哺乳(ほにゅう)動物が相互関係を築くのに重要な役割を果たしている」と分析している。
さらに研究者らは「遺伝子操作などでオキシトシンの働きを強めれば、ライオンのような猛獣でも性格を変えて、ペット動物に改良できるかも」と話している。

――とのこと。

ライオンのペット化なんて絶対に止めて欲しいですが、これはまあ簡単に働きを説明するためのリップサービスと思いましょう。

ジャック・ニコルソンの「カッコーの巣の上で」を見た時は、私はロボトミー手術については全く無知で、本当にそんな手術が可能なんだろうか?ぐらいに思っていました。
可能どころか、実際に実施されてて、「カッコー」は決して絵空事でも、近未来SFでもないのだというのは、映画を見た後で知ったことです。

この手の研究が発表されると、いつもあの映画を思い出さずにはいられません。といっても、このニュースを読んだだけでは、全然中身が分からないのですが、このオキシトシンって、何だか聞き覚えがあるような?

そうです、ご記憶の方も多いんじゃないでしょうか。「嗅ぐとお金を貸したくなる匂い」を出すホルモンというの、あれです。

どうなの?って気もしますが、興味のある方はこちらを。下のリンクは英語です。
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20050603302.html
http://www.newscientist.com/article.ns?id=dn7451

で、これって出産に関係するホルモンみたいだけど、じゃあ男には関係ないんでしょうか?
ということで、あらためて「オキシトシンとはなんぞや」勉強してみましょう。ググッたら22,700件も出てきました。


オキシトシンとは女性ホルモンの1種で乳頭を刺激すると分泌が高まり、乳汁を排出させる働きをします。なぜかというとこのホルモンは平滑筋を収縮させる働きを持つらしくて、それが乳汁を出す作用を促すらしいんですね。(ちなみに乳房を成長させたり、乳汁を生産したりするのは、ちがうホルモンの働き。)
で、女性だけでなく、男性も分泌するようです。

またニュースにもあった出産の際ですが、分娩の時にも分泌が高まり、平滑筋を収縮させ、胎児を産道に下降させたりするのだそうです。しかも刺激されることで、さらに分泌が促され、それがまた産道を刺激することになり、というような正のフィードバックが発生するのだそうです。
人間の身体って(人間だけじゃないと思いますが)、なんて上手く出来てるんでしょうか。

ニュースには働きを抑制すると、オスの攻撃性が高まると書いてありますが、このオキシトシンが親和物質、つまり恋愛とか、親子の愛情とか、人々の融和性とか、その手のものに関わっていると言うことは、これまでの研究ですでに分かっていました。最初の授乳で分泌されるため、母子の結びつきにも関係してると見られてるようです。

また、このオキシトシンは脳内でも産出されるのですが、なんとオキシトシンの分泌にはドーパミンが関わっているのだそうです。
人間が快感をおぼえてドーパミンが放出されると、それが刺激となって脳内のオキシトシンが分泌されるということのようです。


それでですね冒頭の安田大サーカスに戻るんですが、凶暴な男性は乳頭を刺激して、攻撃性を弱めると言うのはどうかと、真面目に思うわけです。

写真:乳頭温泉

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2005年10月24日 (月)

太陽の熱も光も電気に~ニュースの落穂拾い・2 Watch What Happens

20051024CatsJPいつもため息が出るような暗いニュースばかりでは、あんまりなので。

太陽の光も熱(赤外線)も電気にするハイブリッド発電装置を、宇宙航空研究開発機構(JAXA)など日本と中国の機関が共同開発したということです。
宮城県利府町の役場で実験が開始されました。

ネットニュースはこちら

といってもソーラーシステムは日本の普通の家庭にも既に入り込んでいますし、ビルなどでも屋上や南側の窓にソーラーシステムを貼り付けてるところも増えています。
(仙台だとNTTドコモのビルなど。)
これはこの記事だけではよく分かりませんが、たぶん光と熱の「ハイブリッド」というところに新しさがあるんでしょう。利府町は仙台の隣町なので、そのうちに行って見てみたいと思います。

太陽の熱と光は、おそらく人類が生存してるであろう期間に限れば、無尽蔵にあると言ってもいいので、期待されますね。特に見落としがちですが、「遠く離れた集落に電線を引くコストもかからない」というのが、中国のような広大な国では重要なポイントなのかもしれません。

そういえば宇宙空間で発電して、それを地上に送るという研究はどうなったんでしょう(太陽エネルギーは大気圏に入ると大きく減衰するんだそう)。決してSF的な話ではないとか聞いてたんですが。

写真:夜の路地裏(仙台市宮城野区)

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2005年10月23日 (日)

小太りの男に監視されていた~ニュースの落穂拾い Watch What Happens

20051023Sendai2JPこれは21日のニュースで、すでに昨日の朝刊にも載っていますから、お読みになった方も多いと思います。
ネットニュースはこちら

これだけでは何がなんだか分からないので、新聞記事からも補足してかいつまんで書いておくと、


事件は銀行やコンビニのATMに、監視用の小型カメラを設置した37歳の無職の男が逮捕されたというもの。調べに対しこの男は、インターネットの掲示板で知り合った人物に依頼され、コインロッカーでプリペイド携帯と小型カメラの入った箱などを渡され、それを指示通りに設置してまわったとい話しているそうです。

この掲示板というのは「裏仕事」のサイトというものなのだそうで、逮捕された男は日当1万円で、盗撮・盗聴の仕事と告げられ、ひきうけたようです。

また男は「小太りでサングラスをかけた男に監視されていたようだ」などと話しているということです。


自殺サイトなどに比べると、たいした話ではないようにも思えますが、実はこっちの方が私たちの生活に結びつく重要なことのようにも思います。

この監視用のカメラは、ATMに預金を下ろしに来た人の口座番号と暗証番号を把握するために設置されたと思われます。
ちょっとうかうかしてはいられないんじゃないでしょうか。
それも窓口が空いてる時間帯の銀行とか、店員がいる時のコンビニとかならまだしも、街角にあるボックス型のATMなどは誰が何やってるかなんて、まったくわかりません。
そのへんのATM、いたるところに盗撮カメラがついてるのかと思ったら・・・

もしかすると、そろそろ口座番号と4桁の暗証番号で預金が簡単におろせるというシステムに、限界が見え始めてるのかもしれません。

この事件のもう一つの心配な要素は、もちろん「インターネットで」という部分です。
たしかに無職の人にとって日当1万円は魅力でしょうし、もしかするとそんなむしのいい話なんてある訳がない。犯罪がらみにきまってるだろう。というような判断力が働かなくなってたのかもしれません。

しかしそれにしても何故にこうも簡単に、ネットの掲示板で知り合った人を信用してしまうのでしょう。
今回逮捕された人は、1万円にひかれたものと思われますが、それにしてもという気がします。
昔だったら、もちは餅屋じゃなくて、犯罪は犯罪者の専門分野、使い走りでもいずれは犯罪者予備軍ということになってたはず。

昔のミステリ・刑事小説なんかを読んでいると、この手の実働部隊は新聞広告で募集するというのがあったようですが、それだって新聞を見て応募するという積極性が必要です。ネットの普及によって、簡単に犯罪に手を染めてしまえる環境になっているのだとしたら、いずれ社会全体が何か凄くまずいことになるかもしれません。


ま、とりあえず私は何かあっても「小太りの男」呼ばわりされないように、ダイエットに励みます。

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2005年10月22日 (土)

揚げひばり/雲雀の歌声~名画と名曲・34

20051022BurtonJP「もう行ってしまうの?朝はまだこないのに。あれはヒバリではないわ、夜の鳥ナイチンゲールよ」(「ロミオとジュリエット」より)

ヒバリと言えば日本では美しい空に歌う鳥と相場が決まってますが、ヨーロッパでは朝に鳴く鳥なんですね。このシェイクスピアの台詞から察するに。

ヴォーン=ウィリアムズのヴァイオリンと管弦楽のための美しい曲「揚げひばり(The Lark Ascending)」も、すがすがしい晴れ渡った朝の空に、ヒバリが舞い上がっていくようなヴァイオリンの音型で始まります。

イギリスの穏やかな夏の田園風景の中を、はばたき歌いながら、最後は彼方へと消え去っていくヒバリの様子が、叙情的に写し取られている佳曲ですが、これは描写音楽というわけでもありません。
実際の風景を描写したのではなくて、ジョージ・メレディスの詩にインスパイアされて作曲されたものなんですね。
(ヴォーン=ウィリアムズはスコアにこのメレディスの詩の一部を引用しているそうです。--と、CDの解説書には書いてある。)
この曲って二胡で演奏してもぴったりじゃないかと思うんですが、どうでしょうか。

さて、それはそれとして、、、

上の絵は19世紀後半に活躍したフランスの画家、ジュール・ブルトンの「雲雀の歌声」という作品です。シカゴ美術館にあります。
これって、どうみても夕陽ですよね。
そろそろ日が地平線の向こうに沈みそうな頃、まもなく農作業を終えて家に帰ろうかという時間、空の向こうから聞こえるヒバリのさえずりに、ふと草を刈る手を休めて・・・。という絵だと思うんですが、、、
カラスが鳴くから帰ろとか、夕焼け空にはトンビがくるりと輪を描くとかいうのに慣らされた日本人には少々違和感でしょうか。でもよく考えてみたら、朝の青空でだけ鳴けと言われるなんて、ヒバリにはいい迷惑なんですけども。

ブルトン(1827-1906)はミレーなどと同時期に活躍した人で、ミレー同様にフランスの農民の姿を描き続けました。
ミレーが1857年のサロンに有名な「落穂拾い」を出品、ブルトンはその2年後の59年に、サロンに「落穂ひろいの招集」という作品を出して、1等賞をとっています。

作風は当時の新しい潮流だったリアリズム・ナチュラリズムの要素と、アカデミックというのか古典主義的というのか、古い世代の要素と両方を持った人で、折衷派というのが適切なんでしょう。
ぱっと見の印象では、この「雲雀の歌声」は、最もミレー寄りな感じがします。でもあまり沢山ブルトンの作品を知ってるわけじゃないので、違うかもしれないんですが。

この人は生前はミレーより高く評価されていて、ブルトンは正統派の画家、ミレーはプロレタリアの姿を描く危険人物として攻撃されていたと言うのは、今となってはなんとも面白いところです。

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2005年10月21日 (金)

無理矢理に標題音楽にする

20051021KoelnJPブラームスのセレナード第1番は良い曲なのに、地味でいまいち人気がないので、標題をつけてみました。

ブラームス作曲 セレナード第1番ニ長調Op.16「川の情景」

第1楽章 モルダウ川の春
第2楽章 ヴォルガ河の夏
第3楽章 間奏曲・1~夜のセーヌ川の船下り
第4楽章 ドナウ河の秋
第5楽章 間奏曲・2~ルビコン川、賽は投げられた
第6楽章 エルベ川の冬、ハンブルクから海へ110キロを下る

トータル・コンセプトは「リヴァー・ランズ・スルー・イット」で。

写真:ケルン市内を流れるライン川と大聖堂

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2005年10月20日 (木)

図書館にて

20051020WantedJPメディアテーク内にある仙台市図書館に行きました。
図書館から手続きをせずに本を持ち出したり、もともとの場所じゃなく違う書架に返したりという、社会人としての常識に欠ける人が、後をたちません。

本日も図書館には、こんな貼り紙が。

「日本原色カメムシ図鑑」を見かけた方はカウンターまでご連絡ください。

まあ、それはともかく驚いたのは「日本原色カメムシ図鑑」なんて本があるんですねえ。
と思ってさっそくググってみたら、なんだか凄いんです。
出版は農村教育協会。

>カメムシ類の353種の陸生種が原色の生態写真で紹介されている

とのこと。
これって凄くないですか。カメムシってあのちっちゃいヤツですよね。あれの種類が日本には353種もあって、しかもそれを全部撮影してるんですねえ・・・
おまけに第2巻も出てるとか。

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2005年10月19日 (水)

デスクトップ検索

20051019AobakuJPなんだかまるで Google の回し者みたいですが、一昨日のサイト内検索に続いて、今度はGoogle の「デスクトップ検索」を入れてみました。

デスクトップ検索とは、ようするに自分のPCのハードディスクの中身を検索するシステムですが、それが素早く出来るというのがメリットです。
ウィンドウズにももちろん検索のシステムはついてますが、単語を入れて検索をスタートさせたら、最初っからチェックしだすので、目当てのものが見つかるのに、とんでもない時間がかかります。それなら適当にあてをつけて手動で探した方が速いくらいで、かなり役立たずに感じることがしばしば。

このデスクトップ検索は、あらかじめコンピュータのアイドル時にキャッシュを作っておくので、単語を入れてエンターを押すと瞬時に結果が出てくるのが魅力です(実際には瞬時じゃなくて、1~2秒後)。

導入の仕方は簡単で、Google のHPのトップを開き、
http://www.google.co.jp/

「Googleについて」というところをクリック。右側のサイドバーに「デスクトップ検索」というのがあるので、これをクリック。新しく開いたページからダウンロードします。
これをたとえばCドライヴの Program Filesのフォルダーに保管。あらためてフォルダーをあけるとセットアップのアイコンが出来てますので、それをクリック。あとはキャッシュの作成まで自動でやってくれます。

キャッシュ作成には数時間かかるということですが、私はスタートして外出、数時間後に帰ってきたら終わってましたので、何時間かかったのか分かりません。。。。

出来上がると画面にはGoogleのロゴが入ったサイドバーが出来てます。ちょっと便利っぽいですが、ウザい人は消しましょう。ロゴの横の▼マークをクリックすると、色々隠したり出来ます。

ツールバーにデスクトップ検索のマークが出ますので、そこをクリックするとブラウザが開き、インターネットの検索と全く同じような画面が出ます。単語を入れてやって「デスクトップ検索」をクリックすると、wwwの検索と全く同じように結果が表示されます。


さて、気になるのはキャッシュの作成で、HDの容量を圧迫しないかということですが、私の場合、全部合わせてHDは190G程度埋まってるのですが、それに対しては0.4G程度使用しています。ですから余程HDのCドライヴがギチギチという人以外は、それほど心配することはないでしょう。

インストールの途中で、拡張機能がどうのという画面が出てきたんですが、面倒臭かったので、無視しました。

このGoogleデスクトップ検索は、まだ開発途中のベータ版なんですが、パソコン雑誌によれば、いくつか問題はあるようです。

まず必ずしも全てを網羅してないらしいこと。そのアイテムを含んでいても検索から漏れちゃうものが、あるみたいです。

ついでウィルスやスパイウェアの問題。普通ならウィルスなりスパイウェアなりが侵入したばあい、そのウィルスがHDの中を検索して回るわけですが、それがキャッシュが出来てるために、瞬間的に出来てしまうんだそうです。
それでどこが問題で、瞬時でなければどう違うのかが分からないので、私にはこれ以上説明できないのですが。

今日インストールしたばかりなので、使い勝手については、またいずれ。

写真:宮城県庁前の花時計

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2005年10月18日 (火)

ザンジバル Salvatore Adamo

20051018ZanzibarJPインド洋、タンザニアの沖合いに浮かぶ大きな島があります。そこの港ザンジバルは、19世紀まで、奴隷貿易の基地として栄えました。ヨーロッパの奴隷商人たちはケニアやタンザニアで捕まえたアフリカ黒人たちを、この港からアメリカ大陸へと送りだしました。
誇り高き部族の長も、勇猛な戦士も、黒真珠のような肌の美しい少女も、みな獣のように裸にされ、鎖につながれて。

ザンジバル。どんな吹き溜まりのような港町でも、船出にはかすかな希望があるものなのに、ザンジバルからの船出は、いつも絶望と恐怖だけに見送られました。


サルヴァトーレ・アダモの新譜「ザンジバル」はフランスでは一昨年の秋発表、日本では今月国内盤が発売されました。
アダモの最高傑作という評価に対しては、なにしろ過去の作品をフォローしてないので正しいかどうか分かりませんが、少なくとも歴史に残る作品であることは間違いないでしょう。

期待はしていましたが、まさかここまでの高みに達してるとは思いませんでした。

冒頭に置かれた「ザンジバル」で、アダモは『ザンジバル』という名前のバーに集う人々のことを歌います。それはすべてを失った人々。愛を失い、誇りを失い、希望を失った人々。彼は人権を抑圧する人々を、声高に告発したりはしません。その代わりに穏やかに、絶望の中に生きる人の哀しみを語ります。
伴奏はシンプルで、流麗さと推進力を兼ね備え、渋いアダモの歌声を引き立てます。

そして14曲目の「ぼくの痛ましいオリエント」まで、アルバム全体が充実した曲と歌唱によって綴られていきます。かつての新鮮な美しさに満ちたメロディーとは異なり、ずいぶんシャンソンの定型に近くなっているような印象はうけますが、にもかかわらず陳腐さは皆無。特に歌唱の深みが、さりげないメロディーを引き立てているように感じられます。

最後の「ぼくの痛ましいオリエント」は「インシャラー」を書いたアダモにして初めて作り得る曲であり、なしうる歌唱といえるのでしょう。
『引き裂かれたオリエント、痛ましいオリエント』という歌詞が、アダモの静かな歌声で繰り返されるたびに、聞き手の胸に痛切に突き刺さります。

(なお、お聞きになる場合、歌詞が非常に重要なので、フランス語が得意な方以外は対訳のある国内盤でお聞きになることをお薦めします。ただ国内盤は最後にボーナス・トラックとして「雪が降る」の未発表ライヴというのが入っています。
どう考えてもこのCDは「ザンジバル」で始まって、「ぼくの痛ましいオリエント」で終わるべきで、こんなことはすべきではありません。こういうのはサービスとは言わず、台無しと言うのではないでしょうか。)

CDのライナーで知りましたが、アダモはこの「ザンジバル」を発表した後(04年の春)、脳脊髄膜出血になったのだそうです。一時は生死を彷徨いましたが、無事回復。今年5月、ベルギーで復活コンサートを行ったそうです。

4月5日の記事に対するコメントで、この素晴らしいアルバムの存在を教えてくれたM.Dさんに感謝します。


上が輸入版、下が国内盤へのリンクです。

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2005年10月17日 (月)

ココログで不便なところ

20051017SendaiJPココログはわりと良いと思いますが、他のブログ・サービスに比べて、明らかに劣っているところが一つあります。それはサイト内検索が用意されていないこと。ソネットなどは標準でついてると思うのですが。

(1)初心者のためのサイト内検索

ということで、自分でもどこに何を書いたか、だんだん覚えていられなくなったので、Googleの「サイト内検索」を設置しました。

以下はココログ使用者で「HTMLって何?」という人のための、サイト内検索設置方法です。

まずGoogleのページに行きます。他にもサイト内検索のソフトを提供しているサイトはあるようですが、シェア・ウェアだったり、検索期間が最近の記事に限られていたりと、不便なものが目に付きました。
無料で便利というと、どうやら衆目の一致するところGoogleみたいです。

http://www.google.co.jp/intl/ja/searchcode.html

こちらのサイトの「Google フリー検索 (ベーシック版) : ウェブ検索 + サイト検索」というところに行って、枠に囲まれたHTMLをコピーします。

ココログにログインしたら、
1. マイリストを開く
2. リストの新規作成をする

1) リストのタイプは「リンク」を選択
2) リストの名前はなんでもいいのですが、例えば「サイト内検索」
3) リストの新規作成をクリック
4) そうすると「最新の項目」:サイト内検索 という画面があらたに開きます。
5) URL欄には何もいれずに、追加をクリック
6) 新たな画面が開きます。このメモ欄に先にコピーしたHTMLを貼り付けます。

3. リストを自分用に変更する

1) まず YOURSITE.CO.JP という文字が、全部で3箇所出てきます。このうち最初の2箇所を、ブログのトップページのURLに変えます(httpから)。
2) 3つ目のYOURSITE.CO.JP を、サイト名にまたは任意の言葉に変えます。(私の場合はサイト名はTARO’S CAFÉだが、「サイト内」とした。
3) もし「WWWを検索」という部分も変えたければ、かえましょう。私は単に「WWW」だけにしました。「Web全体を検索」とか「検索します」とか、好きなように変えられますが、あまり長いと2行になってみっともないので要注意です。
4) つぎにGoogleのロゴです。これが大問題で、大きすぎてサイドバーからはみ出るのです。上から6行目をいじると色々変わるんですが、どうすればベストなのか、決めかねて私は一時的にカットしてしまいました。カットしちゃ駄目だとは書いてなかったので。でももしかしてクレームくるかもしれません。
5) そのほか背景色をブログのベースの色に合わせたいときには、#FFFFFFの部分を変えます。
ベースの色のコードは ブログ>デザインの編集>スタイル>ページ全般の設定 と進んで、「全般の設定」の「背景」部分をみると分かります。アルファベットと数字で6文字です。これを置き換えてやればOKです。

 ※テンプレを使用している方は色のコードがこのやり方では、わからないようです。
  そんな場合はTBしていただいてる Aerial's Scribble さんのサイトに詳しく載ってますので、参照なさってください。このほかにもカスタマイズのやり方が載ってますので、テンプレじゃない方もぜひどうぞ。

6) 全体が長すぎてサイドバーの幅におさまらない場合は、maxlength=255 の部分を適当な数字に変えてやりましょう。
7) あとは「保存して反映」をクリックすれば反映されます。

  ※なお、マイリスト>サイト内検索>設定の変更 と進むと一番下の行に、メモ欄を表示させるかどうかのチェックボックスがあります。デフォルトで表示になってるとは思いますが、もしなってなかったらテキスト表示にチェックを入れます。(ツールチップでは駄目ですので、ご注意下さい。)

4. 再び「ブログ>デザインの編集>コンテンツ」と進み、マイリストの「サイト内検索」(等2-(2)でつけた名前)のチェックボックスにチェックをいれます。その後「並べ方」に進んで、どの位置におくかを決めます。

以上ですが、文字の大きさその他、うまくサイドバーにフィットしない場合は、適当に色んなところの数字を変えてやりましょう。間違っても元に戻せばすむことです。


さて、サイト内検索はGoogleのものを使うことで解決したとして、もう一つ不便なのはアフィリエイトです。

(2)サムネイルが大きいアフィリエイトを使いたい!

ココログで提供されているアフィリエイトは、@niftyのとAmazon のの2つなんですが、なんと昨日の記事に載せたように小さいのです。
本やCD,DVDのジャケット写真代わりに使いたかったのに・・・。
ショックです。

近日中にアダモの新譜「ザンジバル」の感想を書きたいと思っているのですが、これが予想を遥かに上回る傑作。ぜひジャケット写真を使いたかったのに。写真のサイズがこんな小さいんでは。
勝手にサイズ・デザイン変更してはいけないことになってるし・・・

写真:仙台駅前のタクシープール

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2005年10月16日 (日)

「マンハッタンの怪人」 フレデリック・フォーサイス

20051016NYJP今でこそアメリカを代表するオペラハウスと言えば、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場ですが、19世紀には違いました。
そのころのニューヨークにはアカデミー・オブ・ミュージックというカンパニーがあり、夜毎に華麗なオペラが上演されるとともに、当時の上流社会の人々の社交場ともなっていたのです。すでにヨーロッパをしのぐ豊かさを持ち始めていたアメリカが、世界の一流歌手たちを集めたことは言うまでもありません。

このアカデミー・オブ・ミュージックの桟敷席は、アメリカの最初の富裕層によって独占され、その後石油や鉄鋼をはじめとする産業によって、莫大な富を手にすることになった新興の成金たちは、どんなに望んでも桟敷席の権利を譲り渡されることがありませんでした。
こうした新興成金グループの中には、今も私たちが名前を知っているヴァンダービルト、モルガン、ルーズヴェルトなどという名前が見られます。

面白いことに上り坂にあったアメリカの成金たちは、オペラハウスの桟敷席が手に入らないなら、自分たちで歌劇場を作ってしまえと、新たなオペラハウスを建設します。それがメトロポリタン・オペラ。1883年のことでした。

当時はヨーロッパとアメリカ間は船旅でしたから、まだまだアメリカでの公演には出演したくないというオペラ歌手たちは大勢いました。しかしMETは金の力でこうした歌手たちをも征服。メトロポリタンはすぐにNYを代表するオペラ・カンパニーとなり、結局アカデミー・オブ・ミュージックは破産してしまいます。

ところが二十世紀に入って、そんなMETに危機を告げるライバルが登場します。
有名なオスカー・ハマースタインが、新たにニューヨークにオペラハウスを建設することにしたのです。ハマースタインは劇場建築家であると同時にタバコ王で、巨万の富を持っていました。その子息のオスカー・ハマースタイン二世は後にミュージカル「南太平洋」や「サウンド・オブ・ミュージック」などで、歴史上二番目に有名な作詞家になったことはご存知の通りです。

ここまでは事実。以下はフィクション。

ハマースタインは突然、予定していたメルバ主演の「清教徒」に代わって、全く知られていないアメリカの作曲家による新作で、劇場をオープンすることを決めました。
主演にはメルバと並ぶ、ヨーロッパ最高のプリマドンナで、まだ一度も大西洋を渡ったことのないクリスティーヌ・ド・シャニー子爵夫人。

クリスティーヌ・・・。そう、あの「オペラ座の怪人」のヒロイン、クリスティーヌがド・シャニー子爵と結婚して、今は当代最高のソプラノ歌手になっていたのでした。

ということでフォーサイスの「マンハッタンの怪人」は、ガストン・ルルーの「オペラ座の怪人」の後日談として書かれたもの。
フォーサイスと言えば、「ジャッカルの日」で鮮烈に登場して以来、常に近未来を予言するような作品の数々で、その洞察力の凄さを私たちに示してくれていたわけですが、こんな仕事もするんですね。彼の作品の中では異色の1作です。

フォーサイスですから当然、面白く読めることは間違いないのですが、オペラ座の怪人がその後こんな風になって、話がこんな風に展開するの?えー、なんか違和感・・・という感じもしなくもありません。

ただしこれからお読みになる方のために、これ以上のストーリーは内緒ということで。

写真:マンハッタン。何かのパレードの時。

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2005年10月15日 (土)

紅葉はじまる

20051015WakabayashiJPきょうは何か書いている余裕がないので、季節の話題のふりをしてみましょう。

仙台市若林区役所の敷地内を通過したら、1本の木が半分ぐらいでしょうか、紅葉していました。
仙台は駅前から北に続く横の通りが銀杏並木、縦の通りが欅並木になっていて、秋は紅葉が見ものです。
驚くほど観光名所が少ない仙台で、他所から来た人をもてなすのは街路樹ということで。

本格的な紅葉はもう少し待たないといけません。宮城県北部の鳴子は色づきはじめたところ、蔵王などの標高の高いところは色づきが進んでいるようですが。仙台市内は今月末から紅葉が本格的にはじまり、11月に入ってから見ごろということになると思います。

全国の紅葉情報はこちらのサイトが参考になるかも。

なお来週、再来週ですが、更新出来ない日が、かなり出てくるかもしれません。

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2005年10月14日 (金)

パック

20051014BowieJP男の化粧が認知されるようになったのは、いつからだろうか?
欧米だとデヴィッド・ボウイ、日本だと沢田研二あたり?

私は政治とオペラ演出以外のことには、全て保守的なのでちょっと考えられない。もちろんオシャレが似合わない顔立ちというのもあるけれど、日本男児たるもの(?)チャラチャラするんじゃない!という感じ。
化粧はもちろんだが、ピアスとか茶髪・金髪とか、ヤクザの人たちと野球選手がよく首にやってたりするゴールドのチェーンとか、ブレスレットとか。もちろんそんなの人の勝手で、人様のオシャレにケチをつける気もないのだが、街中で見かけると、なんてみっともないんだろうという気持ちは抑えられない。

最近は若い男の子でズボンの外にスカートみたいなのをはいてる(巻いてる?)子が出てきた。完全に女性のファッションをそのまま取り入れてるのだが、さすがに初めて見たときは唖然とした。
今日はある喫茶店で、その手のスカート風ファッションの男の子(20歳ぐらい?)が、なんと!
足に ア ン ク レ ッ ト をしているのを見てしまった・・・
これはちょっと凄いんじゃないだろうか。若い男性のファッション、ここまできてるとは・・・

もしかすると、アクセサリーは一切なし、時計とベルトは極力シンプル、ネクタイピンはしない、カフス・ボタンはタキシード用のオニキスだけという私の方が、もはや絶滅危惧種なのか?(まだ海外に行く時に、ワシントン条約にひっかかったことは無いけれど。)

そんな超保守的な私ですが、ひとつだけやってみたいことがある。
それはパック。

あれって私の理解だと、絨毯掃除のコロコロみたいに、引っぺがす時に皺の間とか、毛穴の内部の汚れを、一緒に持っていってくれるものだと思うのだが、違うでしょうか?
はがしたパックに汚れがイボイボのようにくっついて取れてくる感じ?イメージ図としてはザルから麺類がはみ出てるみたいな。

なんだか50年分の汚れがズルズルと出て行きそうな気がして。

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2005年10月13日 (木)

薄運の男

20051013TicketJP今日の「徹子の部屋」は作家の林真理子さん。番組の中身はちゃんと聞いてなかったのですが、そういえば林さんの昔のエッセイで、「私は強運な女と言われている」とか書いてたのがあったなあと、思い出しました。

実は私は運とかツキとかいうものに、全く縁がないのです。
なにしろ今までに、懸賞とかクジとかで当たったことって、人生で2回しかないんです。
しかもその2回たるや、宝くじとかならまだしも、学生時代に映画の招待券1枚と、つい1、2年前にコンビニのクジでキシリトール・ガム1個。
50年に2回ですから、次に何かあたるとしたら、それはあと25年後ぐらい。それまで生きてるかどうか・・・

あ、そうそう。さすがにお年玉付き年賀状はありますが、それも切手シートしか当たったことありません。空クジなしのは勿論最低の賞ばかり。
もう絶対当たらないので、宝くじも買うのをやめました。

いったい運というのはなんなんでしょうか?

でも不思議なのは、私は良い運もないけれど、 悪い運もつかないのですね。
「ラッキー!」と大喜びすることもない代わりに、特に「ああ、なんて運が悪いんだろう」とガッカリするようなことも起きません。自分が乗ったときに限って、電車やバスが事故るとか、悪天候で飛行機運休なんていうのもありません。
懸賞に当たらない代わりに、車に当たるような事もなく、いまだかつて入院経験はありません。

これまでの人生で唯一にして超特大のアンラッキーは、スカラ座の2回目の来日の時でしょうか。
ナブッコ、イ・カプレーティ(以上ムーティ)、ボエーム(クライバー)、トゥーランドット(マゼール)の4演目、すべてチケットを買っていたにもかかわらず、ボエームの前日、昭和天皇が下血、一気に緊急事態になったのです。

その頃ローカル局のニュース・デスクをやっていた私は、どうしても抜け出して東京に行くことは出来ず、ボエームとトゥーランドットは見ることが出来ませんでした。クライバーのボエームは81年の来日で見たのでまだいいとして、マゼールの指揮するオペラは、それ以降もチャンスに恵まれず、まだ一度も聴いたことがありません。
(ちなみにそのときのボエームは、現在の皇太子である当時の浩宮も観劇の予定でしたが、キャンセルしたそうです。)

それを除けば、ラッキーもアンラッキーもない、凡な人生を歩む私ですが、でもそういうのってどうなんでしょう。結構恵まれた人生なのかなという気もしないでもないような気もしなくもなくもなく。

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2005年10月12日 (水)

奇妙な果実~風変わりな人々・11

20051012MilanoJPミラノのスカラ座の近くにあるマクドナルドに入った時のことです。
そんな、何も食の天国イタリアまで来て、わざわざマックに入らなくてもという感じですが、時間がなかったり疲れたりした時には、やはり便利なのです。
全世界一緒のメニューというのが、海外旅行でつい失われがちな平常心を保つのにも役立つんですよね。

店内はとても混んでいました。
私はようやく空席をみつけて座りました。ちょうど隣は日本人の女性3人組。(なぜ日本人と判ったかというと、日本語で喋っているのが聞こえたからです。)

たしかビッグマックとコーラを食べ始めようとしたその時です。隣の席の日本人女性が「ねえねえ、あの人見て・・・」と他の二人に言いました。
それが聞こえて、私もついつられてそちらの方向を見るとそこには、今まさに店に入ってきた一人の男性。年齢は多分50ぐらい(?)。

その人は全身に果物をつけていたのでした。

帽子には沢山のりんごやバナナ。
服にもどんなのを着てるのか分からないくらいに、全身すきまなくパイナップルやらオレンジやら葡萄やら、あとは私の知らない果実やらなにやらかにやらを飾っているのです。

唖然。この人は何?だいたいあんなに果物をくっつけて、重くないの???
とりあえず私はそれが本物の果物なのか、プラスティックや布でできた偽物(?)なのか、とても気になりました。とはいえ、「少しおかしい人」だったら困るので(イタリア語で因縁つけられても判らないし)、その人に注目するのは止め、目をそらして見ないようにしました。
隣の女性たちも、また自分たちの会話に戻ったようでした。

しかし。ほんの1~2分後、なにげにチラッとそちらを見た私は、ヤバい!と気づきました。

その人は品物の乗ったトレイを手にして、座る席を探しているのです。
だけど空いていないのです。私も座る席を探すのにとても手間取ったぐらいですから。

その果物おじさんは、私の席の方を見ると、キラッと眼を輝かせたようでした。
そう、私は二人席に一人で座っていたので、向かいの椅子が空いていたのです。

彼はおもむろに私のテーブルにきて、ニッコリ笑って向かいの席に座りました。

呆然とする私&隣の日本人女性たち。

ご承知のようにマックの二人席用のテーブルはあの狭さです。日本もイタリアも似たようなサイズ。そこに果物おじさんと向かい合って座る私・・・

凍りつく私の前で、全身に果物をぶらさげながら、真剣にハンバーガーに喰らいつくイタリア人の変なおじさん。

あんぐり口をあけたまま見守る、隣の女性3人組み。

やがてその人は食べ終わると、私に向かって「チャオ」と言って、去っていきました。
眼を見合わせる私と女性3人組み。
・・・。でもその後、その3人組みと仲良くなり、話がはずんだことは言うまでもありません。
(なお果物は本物・偽物、取り混ぜてあったように見えましたが、、、)

写真:ミラノのドゥオモ(部分)

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2005年10月11日 (火)

糸を紡ぐ女たち(後)~名画と名曲・33

20051011VerazquezJPタピスリーの話から、キャロル・キングの「タピストリー/つづれ織り」に流れたい気持ちを抑えて、絵の続きを・・・

このタピスリーに描かれたのは「エウローパの略奪」。ゼウスが牛に姿を変え、エウローパを奪ったテーマは、アラクネが織った最初の一枚でした。ベラスケスの画面ではまだ切り裂かれてはいませんが、アテネはこれを切り裂き、アラクネを蜘蛛にかえます。
このタピスリーが「エウローパ」だということが、アラクネの寓意を描いたものだという説を決定的に裏付けることになります。

しかしなにやら青空にキューピッドのようなものが飛んでいる絵のどこが「エウローパの略奪」なのでしょうか?

20051011TizianoJP答えは――これは16世紀イタリア・ルネサンスの画家、ティツィアーノの「エウローパの略奪」をそのまま引用しているのです。
右がティツィアーノ。ボストンのイザベラ・ステュアート・ガードナー美術館にあります。なお書き忘れてましたが、「織女たち」はマドリードのプラド美術館にあります。
(ちなみにこのティツィアーノの「エウローパの略奪」はスペイン王フェリペ二世、つまりオペラだとフィリッポ二世のために描かれたものです。ちなみにベラスケスの時代の国王はフェリペ四世になります。)

ところでここで不思議なことに気づきます。先に時間が画面の奥に向かって流れてるといいましたが、このタピスリーのせいで時間の流れが変わってるのです。

1) 奥のタピスリー(ティツィアーノの「エウローパの略奪」による)
2) 真ん中のアラクネを蜘蛛に変えようとする怒れるアテナ
3) 手前のアテナとアラクネの競争(工場の織女たち)

つまり物語の流れから行くと、競走>完成したタピスリー>アテナの怒りですから、時間は手前>奥>真ん中の順に流れます。
しかし実際に歴史的に起きた事態はどの順番だったかと言えば、エウローパ>競争>怒りの順ですから、時間は奥>手前>中の順で流れます。

しかし寓意がどうであろうと、実際に見かけ上描かれているものは、中を除いてアラクネのエピソードではありません。
見た目上はマドリードの綴織工場であったり
ティツィアーノの絵によるタピスリーであったりするわけです。

見た目上の内容で見てみると、ティツィアーノによるタピスリー、古代ギリシャ、工場の織女たちですから、時間の流れは、中>奥>手前になります。

ところが私たちの視線は、もちろん手前>中>奥と進みます。

真ん中の古代ギリシャの部分は、しかしベラスケス当時の服装をしているわけですから、必ずしも古代ギリシャの様子を描いたともいえないでしょう。
まるで舞台のように一段上がったところにいることを考え合わせると、これは大変に演劇的な状況とも言えます。
これをかつて上演された舞台と解釈すると、時間は奥>中>手前の順に流れることになります。(視線のちょうど逆です。視線は過去にさかのぼることになります。)

時間軸に支配されない絵画の世界では、時の流れは可逆的です。

さて、時間以外にも錯綜しているものがあります。
寓話のストーリーではなく、実際に描かれているものを見た場合、これらは手前から順に、「リアルな生活」>「演劇的状況」>「神話による絵画」、とも解釈できます。
つまり一見まとまりのある一つの絵が、実は全く異なる3つの次元で成立しているのです。

中の部分が手前の糸を紡ぐ女性より上の段に位置していることに注目してください。そしてタピスリーはさらにそれより上にかかっています。
リアルな生活よりも演劇の方が価値としてより上位にあり、さらに絵画が一番上位にくるとも解釈できそうです。

いずれにせよ、たった1つのタブローの中に、3つの時間と3つの状況が多層的に織り込まれているのです。
しかもそれらは日本の絵巻物のように、あらかじめ流れが決められているのではなく、何をどの順番でどう見ようと、それは私たちの意識にゆだねられています。

シュトラウスとホーフマンスタールが、一つの舞台に悲劇と喜劇を同居させ、1つの作品に舞台と舞台裏を同居させた約300年も前に、ベラスケスは一つの画面に3つの異なる状況と、可逆的な時間軸を取り込みました。そしてそれらが分裂しないように、一つのまとまりを与えているのが、遠近法というわけです。
(ちょっとフリードリヒのトンネル・リングを連想しなくもありません。)

* * * * * * * * * * * * *

さてエウローパです。彼女を主人公にしたオペラで、誰も知らない作品のはずだったのに、一夜にして世界中の人が知ることになった作品があります。
サリエリの「見出されたエウローパ」。

スカラ座の再開記念公演でリッカルド・ムーティが取り上げたからで、この上演の模様はNHKのFMでも放送されました。

私はその放送を聞いただけですが、作品の価値とかについては分かりませんけれども、演奏は実に素晴らしいものでした。
ダニエラ・バルチェッローナとジュゼッペ・サッバティーニという名歌手を軸に、ソプラノ2役(どちらも超高音が頻出)にはディアーナ・ダムラウとデジレ・ランカトーレという、今最も勢いのあるニュー・スター2人を配した陣容は完璧の一言でした。
ぜひDVDで出して欲しいものです。

ということでようやくキャロル・キングの「タピストリー」の話に行ける余裕ができたでしょうか。でももうイッツ・トゥー・レイトみたいな・・・

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2005年10月10日 (月)

糸を紡ぐ女たち(中)~名画と名曲・33

20051010Verazquez1JPこの「織女たち」で最も強い光が当たってるのは、後ろ向きの女性です。
ということはこの女性がこの絵の主人公なのでしょうか?しかし老婆のような女性も気になります。とくにスラッとした足などはなかなか目立つのではないでしょうか。

実はこの作品には「織女たち(糸を紡ぐ女たち)」のほかにもう一つ「アラクネの寓意」というタイトルもあります。

20051010Verazquez2JPこの絵は長いこと、マドリッドにあるサンタ・イサベルという綴織工場で働く女性たちを描いたものと思われてきました。確かにリアリズムの元祖であるベラスケスですから、実際に工場を訪れて織女たちの姿を見たこと自体は当然あっただろうと思います。
しかし17世紀に、単に「働く女性たち」(風俗画に分類されます)を、こんな大画面で表すという習慣はなかったので、それはちょっとした謎でした。

織物工場の光景を描いたものにしては、工場なのに紡いでるのは二人だけで、あとは手伝ってるだけ・・・。なによりも手前の糸紡ぎ風景はいいとして、奥の貴婦人風の人々が何者かわかりません。兜をかぶった人もいて、何が起きてるの?という感じ。

この問題に結論を出したのは、美術史家のイニーゲスでした。

1948年、イニーゲスはこの作品が、ギリシャ神話の女神アテナとアラクネの話を表したものだと喝破したのです。

アラクネは織物の名手、神々よりも上手いと自惚れるアラクネをいさめようと女神アテナは、老婆に姿を変え、彼女と織物で勝負します。
ところが神々が人間に仕掛けた悪さを織物として表したアラクネの作品は、完璧な出来栄え。怒ったアテナはアラクネが作った織物を剣で引き裂き、彼女を蜘蛛に変えてしまいます。

まず画面の最前面、老婆と後ろ向きの若い女性が糸を紡いでいますが、もちろん左の老婆が変装したアテナ。右の女性がアラクネです。

20051010Verazquez3JPそして2段ほど上がった奥の間では、アテナは兜をつけてアラクネの作った織物の前で、彼女を蜘蛛に変えようとしています。その前で取り乱すアラクネ。

つまりこの作品では一つの画面に、異なる二つの時間が同時に描かれています。これは一般に「異時同図法」などと言われ、必ずしも珍しいものではありませんが、この「織女たち」の場合は、単に二つの時間が共存してるのではなくて、時間の流れを感じさせる点がユニークです。

それを実現しているのは遠近法です。この作品は画面中央に焦点があうように奥行きをもって描かれていますが、手前から奥の空間に向かって視線の流れに沿うように時間が流れています。つまりここでは空間が時間に変わっています。

ところで話が前後しますが、これだけでは果たしてこの作品が確かにアラクネの寓意であるのかどうか、--他の可能性はないのでしょうか。なんとなく上に述べただけでは画竜点睛を欠くという感じもしなくもありません。

実はこのアラクネ説の決定的証拠となるのは、画面の一番奥。壁に掛けられた大きなタピスリーなのです。(続く)

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2005年10月 9日 (日)

糸を紡ぐ女たち(前)~名画と名曲・33

20051009Verazquez1JPベラスケス(1599-1660)は言うまでもなくスペイン・バロックの巨匠ですが、その姿勢についてはリアリズムの祖、その技法については印象派の先駆けと言われています。私の最も好きな画家の一人でもあります。

宗教画から歴史画まで、国王の肖像から小人の道化師の肖像画まで、ベラスケスの作品は多岐にわたりますが、なかでもお見合い写真代わりと言われるマルガリータ王女の肖像画の数々や、「ラス・メニーナス(宮廷の官女たち)」などは見たことのない人がいないほど有名でしょう。

この作品のタイトルはスペイン語では Las Hilanderas、英語だと The Spinnersとなりますが、日本では「織女たち」あるいは「糸を紡ぐ女たち」と訳されています。ラス・メニーナスと並んでベラスケス後期を代表する大作ですが、実に面白い構造を持っています。しかしそれは後に回して――

日本では織物をするのは鶴の仕事ですが、西洋では女性の仕事になります。もっと織女たちの絵があっても良さそうですが、あまり見かけないのは労働者階級の姿を絵画として残すという習慣が、近代まではなかったことによるものでしょう。

音楽ではいくつか思いつきます。まず歌曲では「糸を紡ぐ」と来ると当然「グレートヒェン」。そしてオペラだと、思い浮かべるのはやはり「さまよえるオランダ人」でしょうか。

そして糸ということに関してなら、より強い結びつきをもつのは勿論アリアドネでしょう。
R・シュトラウスのオペラ「ナクソス島のアリアドネ」は、糸によってテセウスを救った後日談であって、オペラに糸は出てきませんが、ちょっとこの作品を取り上げてみましょう。

「ナクソス島のアリアドネ」は、ご承知のようにオペラを上演するための舞台裏(1幕)と、そのオペラ自体(2幕)から出来ていて、2幕全体がいわば劇中劇になっています。
同じ歌手が2幕ではギリシャ神話の登場人物を演じ、1幕では「その役を演ずる歌手を演ずる」という二重構造になっています。さらに2幕の悲劇にはコンメディア・デッラルテを演じるツェルビネッタらが絡むことで、三重構造というか二重半構造というか、とにかく不思議なつくり。
これにもし演出によって観客もからめることが出来たとしたら、さらにもう一層多い多層構造になるわけで、なんだってシュトラウスとホーフマンスタールはこんな面倒くさいことを考えたんでしょうか。

単純に作品とそれを演じる側との同時並行的な進行を一つの作品に収めるというのは、映画でみかける手段です。メリル・ストリープの「フランス軍中尉の女」や、薬師丸ひろ子の「Wの悲劇」がありますね。

映画の場合は、二つの層を交互に交替して描いていくことが出来ますが、舞台作品の場合はそうはいかないので、「ナクソス島のアリアドネ」のように無理気味の構成にならざるを得ません。
言うまでもなく、これは不可逆的な時間軸に沿って進行しなければならないという、舞台作品に課せられた制限によるものです(映画の場合は編集という作業によって、時間の流れを変更できる)。

では絵画のように全く時間軸にとらわれない芸術の場合はどうでしょうか。
実はこのベラスケスの「織女たち(糸を紡ぐ女たち)」は、複雑な多重構造を持っています。
(何もなければ明日に続く)

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2005年10月 8日 (土)

せっかく痩身のための食餌療法をしたのに揺り戻しが来てしまって衝撃です。

せっかくダイエットしたのにリバウンドしちゃってショック!

20051009kabukityouJP7日の朝刊に載っていた記事ですので、ちょっと古いんですが、昨日は宮城県知事選の続きを書いてしまったため、今日に回しました。

国立国語研究所の外来語委員会は、35の外来語について言い換え提案の中間報告を公表しました。一般の意見を聞いたうえで、来年1月に最終報告がまとめられるそうです。

私は基本的に伝統文化を大事にしたいと考える方なので、漢字やひらがなで書けるものは、それで書く。つまりカタカナや欧米語の文字を濫用しないというのには賛成です。ただ、この35例を見てみると、単純な置き換えではとても処理しきれないものが多いんだなあということにあらためて気づかされました。(国立国語研究所の目論見とは正反対の感想で、ちょっとなんなんですが・・・)

その35例ですが、以下のとおりです。

アクセシビリティー 利用しやすさ、利便性
アミューズメント 娯楽、娯楽施設
オーガナイザー まとめ役
オーナーシップ 所有権、主体性
オフサイトセンター 原子力防災センター
オペレーション 操作
カスタムメード 受注生産、特注品
クライアント 顧客、依頼者
コージェネレーション 熱電供給
コンポスト たい肥、生ごみたい肥化装置
サプリメント 栄養補助食品
サムターン 内鍵つまみ
センサス 大規模調査
ソフトランディング 軟着陸
デポジット 預かり金
ドナー 臓器提供者、資金提供国
トラウマ 心の傷、心的外傷
ナノテクノロジー 超微細技術
ネグレクト 育児放棄、無視、世話の放棄
バイオテクノロジー 生命工学、生命技術
バイオマス 生物由来資源
ハイブリッド 複合型
ヒートアイランド 都市高温化
ビオトープ 生物生息空間
フリーランス 自由契約
メディカルチェック 医学的検査、身体検査
リードタイム 所要時間
リターナブル 回収再使用、再使用できる
リデュース ごみ発生抑制~ごみの減量
リバウンド 揺り戻し、反発
リユース 再使用
リリース 発表
レシピエント 移植患者
ワークシェアリング 仕事の分かち合い
ワンストップ 一カ所

言い換えが正確に外来語の内容を表しきれてないものがあるのがまず第一。
例えば「リバウンド=揺り戻し」とか、「コージェネレーション=熱電供給」とかですね。
第二は表現力の問題です。
たしかに「ヒートアイランド」とは、「都市高温化」のことですが、前者から連想される超高層ビル街に照りつける太陽、夜の空撮に浮かび上がる西新宿の灯り、舗装道路から立ち昇る蜃気楼のような熱気といったものは、「都市高温化」ではすっぽり抜け落ちてしまいます。固ゆで卵な感覚は漢字とひらがなの文章からは、どうしても出すことが出来ないのかもしれません。

(イメージとかイルミネーションとかアスファルトとかハードボイルドとかフィーリングとか、使わないで書いてみました。)

写真:歌舞伎町。素材は例によって「東京発フリー素材写真集」様から。ちょっと加工させていただきました。

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2005年10月 7日 (金)

宮城県知事選告示・続き

20051007MiyagiprefJP写真は宮城県庁(手前の建物は県警本部)。なんとなく暗雲たちこめという感じなのは、たまたま今日の天気がそうだっただけで、意図したものではありません。

さて愛知氏が知事選出馬を断念したことで、一種の真空状態が生まれたわけですが、ここで県民の有志がある人を担ぎ出しました。
それは宮城県中新田(なかにいだ)町の町長、本間俊太郎氏。

クラシック好きの方でしたらバッハ・ホールの名前を聞いたことがあると思います。田んぼの真ん中に出現したクラシック音楽専用ホールとして大変話題になりました。
このホール、単に田んぼの中にあるからというだけでなく、サントリーホールに5年も先駆けて建設されたクラシック用のホールというところに意味があります。今は普通ですが、本格的なパイプオルガンを備えたホールというのは、当時は実に斬新なことでした。

このホールを鶴の一声で建てたのが、当時の本間町長でした。
それまでは仙台集中だったクラシックのコンサートが、かなりの割合で中新田町で開かれることにもなり、私も結構、仙台から中新田に通ったものでした。

クラシックということ(しかもバッハ)、中央を上回るクオリティの文化を地方から発信するということ。この二つの画期的な要素がバッハ・ホールにはありました。
本間さん自身は自民党に近い人であるにもかかわらず(父親の俊一氏は自由民主党になる前の自由党の代議士)、どちらの要素も革新寄りのインテリの心をつかむに十分でした。

かくして本間町長は、いわば県民党的にかつぎあげられることになりました。
自民党はしぶる津軽副知事(当時)を説得、なんとか出馬させることに成功しましたが、始まる前から負け戦だったといえます。

こうして本間知事が誕生はしたのですが、ここでまたまた衝撃的な事件が起きます。

1993年6月 石井仙台市長がゼネコンからの収賄の容疑で逮捕

と思ったら、そのショックも癒えないうちに

1993年9月 本間宮城県知事がゼネコンからの収賄の容疑で逮捕

宮城県民は夏の始まりと終わりに県庁所在地の首長と県知事を逮捕されると言う、あんまりな事態にさらされました。
私はその頃宮城県には住んではいませんでしたが、それにしてもあまりにもショッキングなひと夏の経験ではありました。

当時は遷都とか首都機能移転とかの議論が盛んで、仙台はもちろん有力候補だったのですが、これで仙台の目はなくなったなあという感じでした。

衝撃の出直し県知事選挙では、政党の公認をうけず、政党から独立した県政を行うことをポリシーにした、浅野史郎氏が当選。以後3期12年にわたって、県民党を掲げた県政運営を行ってきました。

浅野知事自身は厚生省の出身なので、山本知事と同じく中央省庁から来た人という見方も可能ですが、仙台出身、小中高と仙台なので(大学だけ東大)、Uターンという見方のほうが良さそうです。

なぜ4期目に出馬しないことにしたのかですが、宮城県のHPに知事会見の内容が載っていますので、興味のある方は、そちらをご参照ください。

 ● ☆ ○ ★ ● ☆ ○ ★

ということで新人3人による知事選が、今月23日に行われるわけです。
立候補したのは自民党推薦の前宮城県議、浅野知事の支援をうける前宮城県総務部長、共産党推薦の前宮城県高教組委員長。

どんな結果になるのでしょうか。

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2005年10月 6日 (木)

宮城県知事選挙告示

20051006MiyaginokuJPたかがローカルの知事選だろうと言うなかれ。宮城県知事の選挙というのは、なぜかなかなかにドラマ含みなのです。

私の記憶にある一番古い知事選といえば、昭和44年、その後5期20年のあいだ知事をつとめ上げることになる故・山本壮一郎元知事が初出馬した時でした。
山本氏は当時宮城県の副知事をつとめていて、前知事の後継という感じで立候補したのですが、もともとは自治省の出身。

当時はいまと違って革新系政党の力が非常に強く、(特に宮城県の場合、仙台市の島野さんが革新系市長だったこともあって、)自民党が推す山本さんと革新系候補はデッドヒートを演じました。
革新陣営としては、反自民+反中央で盛り上がったと思われます。

当選した山本知事は結局その後、5期知事をつとめることになるのですが、最後の方は県民党的なかつぎあげられ方(共産党を除く)をするようになりました。これは多分、革新系政党のパワーが弱くなってきたこと、勝ち馬に乗りたがる傾向、実際に県政運営をしてみたら山本知事は非常に優れた知事だったことなどの、複合的な要因によるものと思われます。

共産党の場合は根本的に考え方が違うので、色々な場面で山本知事の姿勢に共感することは出来なかったと思いますが、それを別にすれば大変にバランスのとれた県政運営をする人だったと思います。それに自民党の政治家というイメージが薄く、清廉な印象を与えたのも県民党的に支持された理由の一つでしょう。

しかしそれだけ長く続ければ、本人が望むと望まないとにかかわらず、県庁内のみならず県政界でも、もうほとんど絶対権威とでも言うべき状態になります。そんな山本知事が引退を表明し、89年の知事選には出馬しないことを明らかにしたので、県の政界は後継探しに大騒ぎとなりました。

というのも本来、山本知事に最も近い場所にいたのは、やはり自治省から来た石井副知事だったのですが、石井氏は84年に副知事を退任、仙台市長の座におさまっていたのです。
そもそも明らかに後継と考えていい石井氏を、いくら仙台市長選に出るからといって、なぜ山本知事が手離したのか。後継と思っていたら、引退まで副知事に引き止めておいたはず。当時いろいろと噂と言うか憶測は囁かれましたが、裏をとってないのでここでは書きません。しかしとにかく市長選に立候補させることで、知事は石井氏を後継の座から外したのでした。

いったい誰が新しい知事になるのか。ここで突然、青天の霹靂的にエースが登場します。それは愛知和男衆議院議員(当時)。先代の愛知揆一氏から受け継いだ強固な地盤があって、代議士としても安定した支持を得ていただけに、知事選への出馬表明は県民を驚かせました。
山本知事が内心でどう思っていたかわかりませんが、愛知さんが出るといった以上、支持しないわけにはいきません。とりあえず次の知事は、これで「決まり」と誰もが思ったわけです。

89年2月 愛知和男氏 知事選出馬断念

激震が走りました。愛知氏がリクルートから献金を受けていたことが発覚したのです。宮城県発のニュースが新聞の一面トップを飾るのなんて、めったにないのですが、この時は新聞もTVも凄かったです。

今考えてみると、愛知さんの場合は贈収賄事件に関与したわけではなく、普通の形の政治献金だったのですが、でも当時はリクルートから献金を受けてると分かったら即スキャンダルでした。

ちなみに当時リクルートから未公開株を譲渡された人の中には、中曽根、竹下、宮沢、森の各元首相がいて、献金を受けていた人の中には橋本元首相や、小沢一郎、鈴木宗男氏の名前なども見られます。
(続く)

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2005年10月 5日 (水)

ガリアーノ

20051005ParisJP地中海から大西洋に出る出口、ジブラルタル海峡を見下ろすイベリア半島最南端の街、ジブラルタル。
ここはスペイン領ではなく、イギリスの保護領になっています。
たしか独立とかスペインとイギリスの共同統治とか、いろいろもめてたんじゃなかったかと思いますが。

で、いま世界で最も知られているここ英国領ジブラルタル出身の有名人といえば、疑うことなくデザイナーのジョン・ガリアーノでしょう。

96年、ジヴァンシーの勇退に伴って後継に抜擢されたのもつかの間、翌97年にはクリスチャン・ディオールの主任デザイナーに華麗なる転進(ジヴァンシーの座はアレキサンダー・マックイーンに)。

TVで見ただけですが、ディオールに移った最初のシーズンの演劇的な衣裳と、ドラマティックな演出は忘れられません。

さて現地で10月2日から始まったパリ・コレ(プレタポルテ)も、彼は話題の中心にならざるをえません。ガリアーノが創り出した2006年春夏シーズンのコレクションとは・・・

ここをクリック

な ん じ ゃ 、 こ り ゃ あ ・ ・ ・ !

ネットニュースはこちら。テーマはヌードなんだそうです。う~む。びっくらすますた。

誰も着れない服といえばかつてのパコ・ラバンヌが有名ですが、これもいったい誰が着るんでしょう。でもどんな唖然とするような服でも、売り出されてしばらくすると、結構NHKホールのオペラなんかで着てる人いるんですよね、凄いよねぇ。

写真:パリ、アンヴァリッド

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2005年10月 4日 (火)

孝勝寺の釈迦堂

20051004koushojiJP孝勝寺の住所は仙台市宮城野区榴ヶ岡になりますが、新寺小路にあると言った方が分かりやすいかもしれません。
日蓮宗の東北本山で、弘安年間に開山された歴史のあるお寺です。特に江戸時代には二代藩主伊達忠宗の帰依などもあって、ことさらに有名になりました。

そのぐらいですから、お寺中「由緒だらけ」なのですが、特に目をひくのは、本堂のすぐ脇、五重塔の側にある釈迦堂です。

これは四代藩主綱村公が、生母の三沢初子の霊を慰めるために建立したもの。
もともとはいまの榴ヶ岡公園のところにありましたが、後に初子のお墓のある孝勝寺に移されました。

三沢初子といえば「伽羅先代萩」の政岡のモデルと言われ、お家騒動の時には身をもって幼い亀千代(後の綱村公、歌舞伎では鶴千代)を守り抜いたことで知られています。

20051004koushoji-2JPさて、綱村公の夫人は千姫というんですが(もちろんかの千姫とは何の関係もありません)、姑にあたる初子の13回忌に鐘を鋳造し、寄進しました。
ところがこれ、太平洋戦争中に徴用されたのだそうです。しかし幸い溶かして弾にされたりすることはなく、戦後の昭和23年、無傷のまま戻ってきたのだそうです。

この鐘は現在も孝勝寺境内の鐘楼に納められ、毎年大晦日の除夜の鐘は、この鐘をついているそうです。なんだか写真が変で鐘がよく見えず、すみません。

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2005年10月 3日 (月)

アムステルダム~またはおさかな♪さんのブログへGO!

20051003AmsterdamJPハーグと共にもうひとつのオランダの首都で、文化・経済の中心地でもあるのがアムステルダム。

(ところでこの Amsterdam。私はオランダ語は出来ないので、原音に近いカタカナ表記がどうなのか分からないのですが、英語圏の人だとアンスターダンみたいに発音しますね。少なくとも Amusuterudamu ではない筈ですが、とりあえず一般的な表記にならってアムステルダムと。)

クラシック・ファンにとってはコンセルトヘボウのある場所ということになりますが、ここを舞台にした音楽と言えば、いわずとしれたジャック・ブレルの名曲「アムステルダム」があります。日本ではブレル本人よりも、スコット・ウォーカーの歌でヒットしました。

では、ここを舞台にした映画はと言えば、もちろん「アンネの日記」が一番有名だと思いますが、誰も知らないような作品で「アムステルダム無情」というのがあります。

20051003Amsterdam2JP1988年のオランダ映画で、アムステルダムの運河でおきた殺人事件と、それを捜査する刑事の話。運河でのボート・チェイスが迫力があり、アムスの観光ガイドとしてもわりといい感じでした。
で、これ最低の邦題がつけられていますが、原題は Amsterdamned アムステルダムンドと、とりあえずカタカナ表記しておきますが、アムステルダムとダムンド(堕ちた人)をくっつけたんだと思います。なかなかじゃないでしょうか。

ちなみにThe damned といえばヴィスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」の英語題名(イタリア語題名は『神々の黄昏』)。この手の映画(アムステルダム無情)はめったに見ないのですが、この原題に惹かれて、昔ついみちゃったのでした。もちろんヴィスコンティみたいな映画では全然ありません。

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おさかな♪さんが、これまでに私が作った画像をまとめて、美術館をひらいてくれました。
さあ、みなさんおさかな♪さんのサイトにGO!

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2005年10月 2日 (日)

ハーグ ~またはお色直ししちゃいました・・・ポッ

20051002Haag1JPブログ・デザインの衣替えをしました。まだ途中なんですが、というのも時間がなくてバナー部分のサイズがちょっと変。しかもカレンダーはなぜか土曜日が切れてるし・・・。あとで直します。

で、ここで使用した写真なんですが、オランダのハーグの街並み。変な構図で撮れちゃった写真なので、アルバムに整理せず『その他大勢袋』に入ってたんですが、えい!真ん中だけトリミングして、横長サイズにしてみました。

20051002Haag2JPオランダの首都はと聞かれたら、アムステルダムとハーグの二つを答えなければなりませんが、法律上の首都はアムステルダム。王宮、国会議事堂などがあって事実上の政治の中心地になってるのが、このハーグ。

この街の名前はよくハーグとだけ書いてあったり、デン・ハーグと書いてあったり、2種類の呼び方を見かけますが、 Wikipedia によれば、デン・ハーグというのはオランダ語の言い方なのだそうです。

20051002Haag3JPこのハーグにあって、世界で最も美しい美術館と呼ばれているのが、「マウリッツハイス王立美術館」(右上の写真)。オランダ提督マウリッツさんの邸宅だった所なのだそうで、宮殿だったルーヴルなどに比べると、こじんまりした建物ですが、周辺の景色も含めてチャーミングな建物・環境で、世界で最もという形容もうなずけます。

ここにある作品の中で最も有名なのは、おそらくフェルメールの「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」(左上)でしょう。『世界で最も美しい』のは、外観だけの話ではなく、展示物もかもしれません。
このほかこれも大変に有名な「デルフトの眺望」とかレンブラントの作品の数々とか、オランダ絵画の至宝が並べられています。

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2005年10月 1日 (土)

ジプシー女~名画と名曲・32

20051001CorotJPカミーユ・コローの「マンドリンを弾くジプシー女」という作品です。コロー(1796-1875)はクールベやミレーらと同時代のフランスの画家ですが、年齢的には1819年生まれのクールベや1814年生まれのミレーより、20歳前後上ということになります。

ここでは肖像画をあげましたが、コローの得意分野は風景画で、「見たままを描く」という意味で、彼もリアリズムの画家の一人とされるとともに、印象派の先駆けでもあります。特に初期のシスレーは大きな影響を受けています。
(パリの裕福な商人の家庭に生まれたものの、家業を継がずに画家になったという点でも、ふたりは似ています。)

この「マンドリンを弾くジプシー女」は、晩年の1874年の作品。さすがに上手いですね。
鋭い目つきは明らかに音楽を演奏してるときの眼ではなく、ほとばしる情熱とどんな欺瞞をも見通す聡明さをうかがわせます。さらに分厚い色遣いは、この娘が情念のままに生きる民族の一人であることを感じさせ、ただの肖像画には終わらせていません。

ブラジルのサンパウロ美術館にありますが、日本でも公開されたことがあります(でも、いつごろだったか忘れました。随分昔だったような・・・)。

いま日本ではジプシーという単語は使わなくなっているので、この作品のタイトルも最近の画集では「マンドリンを弾くロマの女」とかになってるかもしれません。でも私は機械的にロマに置き換えるのには疑問を持っているので、ここでは基本的にジプシーを使おうと思います。

このジプシー=ロマという民族は、良く知られているように、もともとはインド北部のカシミール地方から移動を始めて、どこにも定住することなくヨーロッパ大陸に流れてきた人たちです。つまりそもそもインド・ヨーロッパ語族なので、その血統も文化的なものも、アジア人は勿論のこと、ウラル語族であるハンガリー、フィンランド人や、セム族のユダヤ人、ヨーロッパの先住民族とも考えられているバスク人などよりも、遥かにヨーロッパに定住したインド・ヨーロピアン(ドイツ人やらフランス人やらイタリア人やらイギリス人やらロシア人やら)に近いということになります。

ジプシー音楽がクラシックに大きな影響を与えたのも、その親和性という点を考えれば当然といえるのかもしれません。
ブラームスなどロマン派の作曲家たちが、ジプシー音楽を取り入れたというのは、20世紀に入って、クラシック音楽が行き詰った時に、アジアやアフリカの音楽を導入することで打開を図ろうとしたのとは、根本的に違うような気がします。(気がするだけですから、突っ込まないでね。)

ということでトロヴァトーレやカルメンからサラサーテやヤナーチェク経由でラカトシュまで、どうにでも話を繋げられそうな気もしますが、このコローの描いた女性を見てるとちょっとどれも違うような気が・・・。

そのものズバリ『ジプシー女』というタイトルの曲があるので、そちらを取り上げましょう。
これは日本語題名「涙のさだめ」で、原題がイタリア語で「ジンガラ Zingara 」。ジンガロの女性形で『ジプシー女』という意味です。

1969年のサンレモ音楽祭で、ボビー・ソロとイヴァ・ザニッキが歌って優勝したカンツォーネの名曲。ボビー・ソロは65年の「君に涙とほほえみを」に続いて、ザニッキは67年の「愛の別れ」に続いて、ふたりとも二度目の優勝を飾りました。
作曲はジャンニ・モランディで、もちろんモランディが歌った録音もあります。

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