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2005年12月11日 (日)

ポンパドゥール侯爵夫人 ~名画と名曲・36

20051211BoucherJP権力者として歴史に名を残した女性というのは、クレオパトラからサッチャー元首相まで、少なからず烈女という一面を持つものですが・・・

ルイ15世の寵姫で、当時のフランスの政治をも支配したポンパドゥール侯爵夫人に限っては、猛々しい性質はまったく持ち合わせなかった人のようです。
この絵はロココの華、フランソワ・ブーシェによる「ポンパドゥール侯爵夫人」の肖像画ですが(ルーヴル美術館)、夫人はまさに絵そのもののような、美しくたおやかで愛情に満ち溢れた、魅力的な人だったのでした。

彼女の侯爵夫人という称号は、後に国王から与えられたもので、もともとは貴族ではなくパリのブルジョアの出身でした。つまり本来なら宮殿に上がる資格はなかったのですが、少女時代にはやくも占い師から「将来、王様の心を支配することになるだろう」と予言されていたと言います。

もともとの名前はジャンヌ・アントワネット・ポワソン。後にエティオールという人と結婚してエティオール夫人となります。
すでにパリ時代から彼女は、単に容姿端麗なだけでなく、知性と審美眼を持ち合わせ、ヴォルテールや百科全書派など、当時の先端を行く知識人たちとのつきあいがあったようです。

ヴォルテールは若い頃にはジャンヌ・アントワネット(以下面倒なので全部ポンパドゥール侯爵夫人と書きますが)を熱烈に褒め称えていて、侯爵夫人も彼の才能を認め、ルイ15世に見初められて宮殿に上がったのちにも、なにくれとなくヴォルテールを引き立てるのでした。

そんなわけで一時はヴォルテールもヴェルサイユ宮殿に出入りしたりするのですが、彼のひねくれたとでもいうのか、厄介な性格が邪魔して、わざと侯爵夫人が大嫌いなフリードリヒ大王の下に走ったりします。(フリードリヒ大王は当時の自由主義者にとってのアイドルだったらしい。)

その後再びヴォルテールは夫人側に戻ってきたりするのですが、その間ポンパドゥール侯爵夫人は、ヴォルテールがプロイセン側にいっている時期も含めて終始一貫、彼に年金を与え続けています。

知識人だけでなく芸術の擁護者でもあったようで、ポンパドゥール侯爵夫人は幾多の芸術家に援助を与えています。中でも陶磁器に目がなかった彼女は、マイセンにも匹敵する陶磁器を製作しようと計画し、セーヴルに磁器製造所を作ります。それが有力な産業に成長したのはご存知のとおりです。

彼女は絵画にも目利きで、多くの優れた画家がポンパドゥール侯爵夫人の庇護によって、才能を羽ばたかせることが出来ました。
中でもブーシェは最も彼女の恩恵を受けた一人です。彼は若い頃から才能を認められ、活躍していましたが、40歳の時に侯爵夫人お付きの画家として、取り立てられました。

当然国王付きの画家にくらべれば、世間的な地位は一歩下になるわけですが、ブーシェ自身『国王付きの画家よりもこっちの方がいい』と言ったとか。

ブーシェの絵は一つ前の世代のヴァトーとも、次の世代のフラゴナールとも異なり、繊細で可憐、ひとつも人を不快にさせるところの無い柔らかな装飾性に満ちたものですが、侯爵夫人の美意識にぴったりとあったんだろうなあと思います。

しかし美術以上にポンパドゥール侯爵夫人の気持ちをひきつけたのは、建築でした。というよりお城。豪壮華麗、めくるめく装飾と木々や花々に満ち溢れた城館を、ポンパドゥール侯爵夫人は次々と建てていきました。
国庫が窮乏し、人民が重税に苦しむのもものかわ、贅をつくした館が一つ、またひとつと建てられていったのです。

18世紀の半ば、つまりフランス革命までもうすぐという時期にそんなことをやったらどうなるか。人々の不満は国王よりポンパドゥール侯爵夫人に集中しました。

人妻の身でありながら国王の愛人になるという姦婦として、宗教心や道徳心にこだわる人々の非難を浴び、平民のくせにヴェルサイユに上がったとして貴族たちの反感をかい、加えて人民からの圧倒的不人気と、四面楚歌の二乗ぐらいの状況にポンパドゥール侯爵夫人はおかれます。
いったいどんな女性なら、そんな状況に耐えられるのでしょうか?
続く

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コメント

続きが楽しみ・・・

投稿: edc | 2005年12月12日 (月) 08:56

髪型の名前でしか知りませんでした。
私も続きが楽しみ・・・

投稿: keyaki | 2005年12月12日 (月) 09:20

オチは「あれ」ですか?(笑)

投稿: 助六 | 2005年12月12日 (月) 11:40

euridiceさん

ありがとうございます。
本当は2回に分けるほどの分量でもなかったんですが、仕事が押していて、ここまでしか書けなかったんです。
今日は「仙台の光のページェント始まる」のニュースになる筈なので、続きはたぶん明日にでも。

投稿: TARO | 2005年12月12日 (月) 14:57

keyakiさん

髪型の他には、横浜のパン屋さん「ポンパドウル」ですか。
それにしても何故にパン屋さんの名前に、ルイ15世の愛人の名が取り入れられてるの?と思って、ポンパドウルのHPをひらいてみたら、由来書いてありませんでした。(ちなみにポンパドウルの支店は、仙台にも2店あります。)

仙台にはたしかBarでサロン・ド・ポンパドールという店もあったはず。

投稿: TARO | 2005年12月12日 (月) 15:07

助六さん

>オチは「あれ」ですか?(笑)

はい。アレです。
今回はすっかり見透かされてしまいましたね。(笑
からめ手でヴォルテールつながりでバーンスタインへという誘惑にも、ちらっとかられましたが、やはりここはオーソドックスにあれでいきたいと思います。

投稿: TARO | 2005年12月12日 (月) 15:23

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