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2006年4月

2006年4月30日 (日)

間違うコンピュータ?? ~ニュースの落穂拾い・5 Watch What Happens

20060430amdjp一昨日のニュースだったみたいですが、ちょっと見逃してました。さっきこんな記事を見つけました。

「AMDは動作クロックが2.6GHzと2.8GHzのシングルコアOpteronの初期出荷分の一部で演算結果に問題が発生する可能性があることを明らかにした。」

AMDはメーカー製PCを使ってる方はそんなでもないかもしれませんが、自作マニアにはおなじみのCPUメーカーです。Intelのペンティアムに相当するのがアスロンで、オプテロンというのはその上のクラスというか、サーバーなどに使われるタイプのCPU。
ですから個人のPCで使ってる人はそんなにいないと思いますが、企業でサーバーを組んでいるところなど、オプテロンを使ってるところは、かなりあるんでしょうね。
(記事によれば「上記モデルナンバーに適合するOpteronは現在までに数百万ユニットが出荷されているが」とあるので。)

もちろんCPUだってバグがあってもおかしくはないわけですが、一定の特殊な条件のもとでということではあっても、「一貫性のない演算結果」が出るというのには驚き。世の中いろんなことがあるんですねえ・・・

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2006年4月29日 (土)

ミドル

20060429middlejpきょうは国民の祝日「ミドルの日」。

このミドルという言葉、最近の日本ではすでにミドル単独だけでミドル・エイジ「中年」という意味で使われることが多いようです。こどもの日、敬老の日はあるのに、中年のための日がないのはおかしいということで設定されたのでしょうか。

そういえばナイス・ミドルなんてのもありましたが、最近はあまり使われなくなったような(死語に近い?)気がします。それに代わってチョイワルオヤジとかいう言葉が大流行で、わたしはもう虫唾が走るんですが、いったいああいう変な傾向の中年を誰が持ち上げたんでしょうか?

そりゃ勿論ジローラモさんがやればカッコイイのかもしれませんよ。でも細身のジーンズにシャツをひらいて胸毛を出して、なんだか気持ち悪いアクセサリーをいっぱいつけて。日本人がやっても様になりませんって。

「笑っていいとも」にチョイワルオヤジ・コンテストというコーナーがありましたが、10人中9人までは、変身前の方が100倍ぐらいまし。チョイワルになっちゃうと例外なく胡散臭くなるのは何故?
佐々木健介がゲストで出てたときがあったけど、もう完全に悪徳不動産屋にしか見えなかったような。(でも本当の悪徳不動産は、ごく普通のサラリーマン風のいでたちで、決して悪徳にはみえないというのは、ここ数ヶ月のTVで十分わかりましたが。)

ところで大辞林によれば中年とは
「青年と老年の間の年頃。四〇歳前後から五〇歳代後半あたりまで。壮年。」

え、そ、そうなの?三十代から中年だと思ってた。。。。。でもって50歳代ならもう中年はとっくに過ぎてるかと・・・。で、同じ意味の言葉として「壮年」が載ってるというのも、なんか違和感。まあ、最近は中年の設定が昔とは変わってるんでしょうね。

江戸時代は平均寿命が45歳ぐらいだったとか、読んだことがあります。それだと私なんてもう中年どころか、棺おけに片足ということになってしまうんですねえ・・・.それでこのミドルの日ですが、

え?きょうはミドルの日ではない?「みどりの日」だって!?
こりゃまた失礼いたしました!

※なお2007年からは4月29日は昭和の日になり、みどりの日は5月4日に移ります。

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2006年4月28日 (金)

サムワン・トゥー・ウォッチ・オーヴァー・ミー ~ニュースの落穂拾い・4 Watch What Happens

20060428convoyjp霞ケ関駅で監視カメラ実験

「国土交通省外郭団体の運輸政策研究機構は28日、監視カメラで撮影した画像を解析し要注意人物と照合する顔認証システムの実証実験を、5月から東京メトロの霞ケ関駅で行うと発表した。」
ニュース全文はこちら

SFのような(と言っても最近はSF=Science Fictionだけじゃなくて、その他いろいろあるようなのですが、もちろんここではサイエンス・フィクションのことで)事態は次々と出てくるものです。

見てないんですが「エネミー・オブ・アメリカ」という映画は、たしかすべての街角に監視カメラがついてて、どこに行っても監視カメラが追尾してくるみたいな話じゃなかったでしょうか。現実にそういうことになるんですね。日本は。たぶんアメリカよりもどこよりも一足お先に。

ある種の思想的傾向の人物が皇居付近に近づかないようにといった、特定の国民を監視するには有力な手段といえますが、例えばこの手の監視システムで不特定多数を対象にしたテロを未然に防げるかということを考えた時、やはりアナだらけのような気がします。

アナ1 お尋ね者は変装するに決まってる。別にお尋ね者というわけじゃなくても、姉歯氏でさえあらかじめスキンヘッドにして、カツラ疑惑を確定させない作戦に出るわけですから、ましてや国際指名手配されてるようなテロリストが東京に潜入しても、顔認証システムで判明するようなことはないんじゃないかと思われます。

アナ2 誰が要注意人物かが問題。ウサマ・ビンラーディンがその辺をうろうろしてるのならともかく、要注意人物を確定できるのかということ。たとえばあの地下鉄サリン事件の時にこのシステムがあったら、実行犯を未然に捕まえられたかといえば無理でしょう。それだけの情報を警察がつかんでいたのなら、あんな悲劇は起きなかったわけで。
どんな凄いSF的システムが現実化しても、事前情報が抜けていたのでは役立たないわけです。その事前情報の収集と、得た情報をどう位置づけるかという判断の部分は人間の仕事です。そしてその人間の仕事という部分の信頼性で、今の日本人はまったく能力を失っていますから、凄い役立たずシステムに終わる可能性を含んでいる実験と言えそうです。

(なぜこんなにテロのことばかり書いているのかと言うと、この実験には当然のようにプライヴァシーの観点から反対意見があるわけですが、その反対意見に対抗する弁明としてテロを持ち出すであろうことが見えているからです。)

まあ、日本全国に監視カメラが張りめぐらされ、すべての国民がGPSで現在地が把握されるような事態になるまでには、幸い私の寿命は尽きてると思うのですが。
車移動では監視カメラにひっかからないとか、駅を対象にした大規模テロは防止(抑止)に役立ちそうだとか、ほかにももし実験結果をちゃんと公表してくれるんなら、近未来を舞台にしたポリティカル・サスペンスのネタは、沢山提供してくれそうな実験ではあります。

写真:戒厳令下の夜の東京--みたいな。

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2006年4月27日 (木)

山形由美さんのフルート発見か?

20060427coinlocksjp山形由美さんが東京駅のコインロッカーに入れた1200万円相当のフルートがなくなった事件で、どうやらそのフルートとおぼしきものが川崎駅のコインロッカーから出てきました。
詳しくはこちらのネットニュースをどうぞ。

前にヨーヨー・マがタクシーのなかにチェロを忘れるという事件がありましたが、演奏家ってわりと自分の楽器に無頓着なんでしょうか?1200万円相当のものをコインロッカーに入れるってのも驚きでしたが、鍵を掛け忘れたかもというのも、なんだか・・・

実は山形さんの勘違いで、入れたのが東京駅じゃなくて、川崎駅のコインロッカーだったなんてことだったら、笑えるんですが。

※やはり山形さんのフルートだったようです。午後に本人が川崎警察署を訪れて確認したとのこと。

写真:駅のコイン・ロッカーが殺風景なので少しカラフルにしてみました。

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2006年4月26日 (水)

ダンス・シーンBest3

20060426picnicjpミュージカル映画やダンス・バレエ映画で、踊りのシーンが良いのはあたりまえ。普通の劇映画に登場するダンス・シーン。私のベスト3はこれです。

第3位 「バレンチノ」

ヴァレンティノ役のヌレエフと、ニジンスキー役に特別出演したアンソニー・ダウエルのタンゴ。
この、舞台でなら絶対にありえないような組み合わせを実現したのは、ケン・ラッセル。1977年の映画ですが、この時代にはまだケンの威光はじゅうぶんにあったということでしょうか。
男同士のタンゴという普通なら際物でしかないシーンになりそうなところですが、ヌレエフと組むのが、コヴェントガーデンのプリンスと呼ばれ、そのあまりの美しさに女性バレリーナたちが共演を嫌がったという逸話すらあるダウエルなら話は別。
オペラだったらドミンゴのイドメネオとパヴァロッティのイダマンテでモーツァルトをやるようなものという例えは、ちょっと違うか・・・?
バレエ好きではない私でも、唖然とするばかりの夢のコンビだったのでした。

第2位 「暗殺の森」

それに続いてはステファニア・サンドレリとドミニク・サンダの女同士のダンス。あまりにも美しく官能的。でもってアヤシイ。なんというか『陶然』という言葉がぴったりのシーン。
オペラだったらさしずめモンセラット・カバリエのカルメンにピラール・ローレンガーのミカエラで「カルメン」やるみたいな。っていうのもちょっと違うか・・・

このダンス・シーンがあるのとないのとでは「暗殺の森」という映画の印象は相当にちがったと思うのですが、これは考えるに値する結構なテーマかもしれません。いずれにせよこのシーンの成功が、続く「ラスト・タンゴ・イン・パリ」につながったんでしょう、たぶん。
幸いにも私は「ラスト・タンゴ」の前に「暗殺の森」の方を見ていたんですが、もし最初に見たベルトルッチが「ラスト・タンゴ」だったら、この監督にたいするイメージは多少違っていたのかなと思います。

第1位 「ピクニック」

映画のハイライトとなるピクニックのシーンで踊られる、キム・ノヴァクとウィリアム・ホールデンのダンス。
というよりもまずはダンスの前、有名な『ムーングロウ』の音楽にのって、キム・ノヴァクが階段をポン、ポンと手を叩きながら下りてくるシーンの美しさ。
でも美しさといっても、ここにあるのは「暗殺の森」や「バレンチノ」のような、ヨーロッパ文化の厚みを感じさせる爛熟した官能の反映ではありません。
むしろ最初は互いのもっと即物的な性欲が浮き出ていて、しかもノヴァク、ホールデンというフェロモン系俳優(当時は)の組み合わせ。それなのに踊りが進むにつれてどんどん成就してはならない恋のせつなさだけが感じられて。舞台出身ジョシュア・ローガン監督のうまさなのか、それとも二人の俳優のうまさなのでしょうか。
「南太平洋」「キャメロット」という二つのミュージカル大作では、舞台にとらわれてしまったのか、映画監督としての手腕は発揮できなかったローガンですが、この「ピクニック」は文句なしの秀作。この映画の17年前、三十歳の時に撮った日本未公開作品があるらしいんですが、それを別にすればこれが実質的映画デビュー作なんですよね。

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2006年4月25日 (火)

宮城野貨物駅

20060425miyaginojp宮城野原の野球場のすぐそばにあるJRの駅ですが、正式名称は宮城野駅。ただしこれはあくまでも貨物輸送のための駅で、旅客のための駅は近くにある仙石線の宮城野原駅。まぎらわしいので普通は宮城野貨物駅と呼ばれています。

もともとは仙台駅が旅客だけでなく貨物も引き受けていたのですが、旧・国鉄時代の1960年に仙台駅は旅客専用とし、新たに貨物輸送専用の駅としてこの宮城野駅が設けられました。
従って現在は、(上に「JRの」とぼかした書き方をしましたが、)JR東日本ではなくてJR貨物の駅ということになります。

ウィキペディアによれば「2003年度の1日あたり貨物発着は2284トンで、このうちコンテナが2248トン」とのことですが、この数字が凄いのか凄くないのかはよくわかりません。
でも、たしかに駅というかターミナルの広い敷地はコンテナで埋め尽くされていて、98%がコンテナというのはうなずけます。

現在この貨物駅を移転させて、その跡地にドーム球場を作ろうという構想が出てるんですが、はたしてどうなりますことか。

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2006年4月24日 (月)

フレデリック・ショパン ~名画と名曲・48

20060424delacroix1jpショパンがジョルジュ・サンドと初めて出会ったのは、1936年の10月のこと。パリに滞在していたリストのもとを訪問した時でした。しかしショパンのサンドに対する第一印象は、かなり悪かったみたいで「その表情には共感できないものがあります。近寄りがたい人です」などと書いています。
でも根っから嫌ったわけではないらしくて、1ヵ月後にはショパンはリストと共にサンドも自宅に招いています。この時サンドは友人だった詩人のハイネを連れて行っています。

ショパンとリストとハイネとサンド。なんかくらくらするような組み合わせです。天才は自然と一箇所に集まってくるものなんでしょうか。
二十世紀に入ってからも、ディアギレフとニジンスキーとストラヴィンスキーと指揮者のモントゥーが集合した1910年代のシャンゼリゼ劇場、ヘミングウェイやフィッツジェラルドが集った1920年代のパリのカフェ、フルトヴェングラー、ワルター、クレンペラーとエーリヒ・クライバーにベルリンを訪問したトスカニーニが一堂に会した集合写真が残されている1930年代のベルリン(写真撮影は29年)、バーンスタインとマリア・カラスが出席した1950年代のヴィスコンティ家の夜会。
でもこのショパンの家の集いには、どこもかなわなさそうです。

そしてそんなショパンの友人関係に、ドラクロワが加わりました。
ドラクロワとショパンが知り合ったのは、1938年のこと。二人を引き合わせたのはサンドでした。(1938年の春にはショパンとサンドは急接近、恋愛関係に陥ったのでした。)
この時、ショパンは28歳、ドラクロワは40歳でしたが、ドラクロワはショパンの音楽を深く愛し、二人はよく夜更けまで語り合ったといわれています。

このドラクロワによるショパンの肖像画は、その1938年に描かれました。この年の10月にショパンとサンドはマヨルカ島に出かけることになりますので、その前に描かれたということになります。

繊細さ、激しい情熱、病弱さ、美しさ、ほのぐらい情感、ショパンとショパンの音楽のすべてが描きつくされてると言っても過言ではない、肖像画の名作です。

20060424delacroix2jpショパンだけでなく、ジョルジュ・サンドの親友でもあったドラクロワには、サンドの肖像画もあります。
右の絵がそれなんですが、ドラクロワほどの大画家の作品にしてはずいぶんぼんやりした絵だなあという感じを受けないでしょうか。
実はこの作品はもともとはショパンと彼女の二人を描いた作品で、彼女はいわば脇役の人物でした。ショパンがピアノを弾いているのを、サンドが聴いているというシーンだったのです。(単にモデルとしてピアノに向かってるというだけでなく、ドラクロワは実際にショパンが弾く演奏を聴きながら絵を描いていたそうです。)

なぜかその作品はドラクロワの死後、ショパンの部分とサンドの部分の二つに分割されてしまったのでした。
そしてそのショパンのパートこそが、名作として知られる、上に掲載した作品なのです。

まるでショパンとサンドの運命のように、引き裂かれた絵画は、それぞれ別々の所有者の手に渡りました。ショパンのパートはルーヴルが買い上げましたが、サンドのパートはデンマークの実業家の手に渡り、現在もコペンハーゲンの美術館にあります。

ドラクロワにはこの二人の絵を描くためのデッサンがあります。これをもとに元々はどんな風だったかを再現してみました。

↓こんな感じ。
20060425最初とあるデッサンをもとに作ったんですが、それはサンドが右側。ところが実はサンドはショパンの左側だったと、助六さんに教えていただきました。
ということで、左に置いて作り直しました。
ああ、だいぶ落ち着いてきましたね。なんかおかしいとは思ってたんです。

※右に置いたのは外しました。

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2006年4月23日 (日)

ようやく桜です

20060423yakusido1jpようやく桜が満開となりました。
仙台市で有名なお花見の名所というと榴ヶ岡公園と西公園なんですが、去年の日記で写真をアップしちゃったので、今年は全く別のところへ行ってきました。
若林区にある陸奥国分寺です。
(陸奥国分寺そのものについてはこちらをご参照ください。)

20060423yakushido2jp木の本数も多くないし、仙台市中心部からは離れてるんですが、そのぶん桜より人の方が多いという例の状態になんかはなりません。お花見の人たちは、近所の会社のOLさんのグループだったり、やはりご近所に住んでるんでしょう、家族連れだったり。ゆったりしたスペースに三々五々、シートを広げてお弁当を食べていたりして、とてもいい雰囲気です。(もちろんあっちでもこっちでもカラオケをガンガン鳴らして、などということはありません。)

20060423yakushido3jpところでこの「桜」という漢字。どうしてこんな漢字なんでしょう。「女」がつくのはなんとなくわかるような気もします。では上の「ツ」は?

これはご承知のように簡略化された字で、もともとは櫻でした。つまり女の上に貝が二つ。
貝が二つで、これは装身具を意味します。貝で作った首飾りとかそんな感じです。(何かいやらしい想像をした人は十分反省するように。)

アクセサリーで飾った女の人のような美しい木という意味なんですね。くれぐれも「あっという間に散ってしまうから」ではありませんので。念のため。

20060423yakushido4jp_1宮城県地方は今日も晴れ、気温はやや低いものの、あさっての月曜日になると、晴れのち雨か晴れ時々雨になりそうなので、お花見は明日までということになりそうです。

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2006年4月22日 (土)

「ハーメルンの笛吹きを追え!」 ビル・リチャードソン

20060421afterhamelinjp_1ヤング・アダルトというんですから、中学生ぐらいでしょうか。児童向けというよりは、もう少し上の年代に向けてかかれたファンタジー。
ハメルンの笛吹きの後日談と言ってしまうと、身もふたもないんですが、でもまあそうなんですね。

語り手は101歳のおばあちゃん、ペネロピー。話は90年前、彼女が11歳の誕生日を迎える前の日に始まります。
ペネロピーのお父さんは当代一のハープ作りの名人で、ハープ奏者。少女のペネロピーは自分もハープを作ってみたくてたまりません。でもその頃は女の子が楽器職人になるなんて、考えることさえ出来ませんでした。そんな時代のお話。

ちなみにハーメルンの笛吹きの話は実話をもとにしていて――といってもネズミ退治の笛吹きが連れて行ったという話は、もちろん創作ですが――、実際に1284年6月に、ハーメルンの町から130人もの子供たちが失踪したということは、史実として残っているんだそうです。

ペネロピーはハーメルンの町でただ一人、笛吹きについていかなかった子供だったのでした。でもそれはなぜ?

ここから先は何を話してもネタバレになってしまうので、ストーリーは書きませんが、前回取り上げたロビンスンが太陽系をまたにかけた壮大なスペース・トラベルだったのに対して、こちらは人の夢の奥深くに入り込んでいく、いわばドリーム・トラベルともいうべき素敵なファンタジーです。ちょっと哲学的なところもあって、大人が読んでも楽しめる作品にしあがっています。

作者のビル・リチャードソンはカナダでラジオ番組の司会などもつとめる人気キャスターなんだそうで、初めての子供向けの小説であるこの作品でいくつかの賞にノミネート、あるいは受賞してるそうです。

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2006年4月21日 (金)

バイカルアザラシの赤ちゃん誕生 ~ニュースの落穂拾い・3 Watch What Happens

20060421kamisugijp新潟県にある水族館「マリンピア日本海」で、国内では初めてバイカルアザラシの赤ちゃんが生まれたそうです。
ネット・ニュース

これまでにも同館のバイカルアザラシが妊娠したことはあったそうですが、残念ながら流産とか死産とかで、自然分娩に成功したのは初めてだとのこと。
で、アザラシの赤ちゃんと言ったら「カワイイ~」の代表みたいなもの。これもさぞや可愛いんだろうと思いさっそくマリンピア日本海のHPに行って見ました。で、写真も載ってたんですが・・・
ん??いったいこれはなんだ?>クリック

よくみると前の方に目が。。。あ、やっぱり顔は可愛いのかも。。アザラシの赤ちゃんというと白くてふわふわしたのを連想したこちらがいけなかったんですね。これで体長62.5センチ。体重は3.8キロ。
でもどっちかっていうと同じページにあったフンボルトペンギン搬出という写真がもっと可愛いかも。

ちなみにマリンピア日本海のHPはこちら。壁紙のフリー・ダウンロードなんかもできるみたいです。
http://www.marinepia.or.jp/index.html

写真:せっかく桜咲いたのに、このところの低温・雨・強風のトリプルパンチでお花見どころじゃないうちに、葉桜になってしまうかも。

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2006年4月20日 (木)

クルーズとシールズに女の子 ~芸能ニュースの落穂拾い

20060420nijinookajpということです。
関心のあるかたは、こちらのネット・ニュースをどうぞ。

ブルック・シールズの娘は名前が、グリアー・ハモンド・ヘンチーと名付けられました(ヘンチーが夫の苗字)。
トム・クルーズの娘はスリ。ペルシャ語で「赤い薔薇」、ヘブライ語でプリンセスを意味するのだそうです。日本語では・・・スリって・・・

スリとかヘンチーとか、なんだか日本語だと変ちーな名前が好まれてるのでしょうか。

▼ △ ▼ △ ▼ △

アメリカからの芸能ニュースをもう一つ。
最もセクシーでない男性ベスト(?)100が発表されました。ネットニュースです

「この不名誉なランキング1位に選ばれたのは、米生命保険大手アフラックのアメリカ版テレビCMでアヒルの声を担当していることで知られるコメディアンのギルバート・ゴットフリードさん。
 2位には、ニューヨーク・ヤンキースのランディ・ジョンソン投手が続いたほか、ボストン・レッドソックスの宿敵である同チームのオーナー、ジョージ・スタインブレナーさんもランキングに名を連ねた。
 また珍しいところでは、ブラッド・ピットさんもランクインしているほか、国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者がトップ10入りを果たしている。」

ボストン・レッドソックス云々というのは、このランキングがボストン・フェニックスというボストンの情報紙によるものだからです。

輝ける第一位のギルバート・ゴットフリードは、最近はもっぱらアニメの吹き替えなんかが多いようですが、もともと俳優でラジー賞の最悪助演男優賞にノミネートされたことなんかもあります(惜しくも?受賞は逸しましたが)。
最もセクシーでない男性の顔を見たいという物好きな方は、果たしていらっしゃるでしょうか?一応写真はこちら

それにしてもこんなところにまで、ビンラーディンの名前を出さずにはいられないアメリカ人って・・・

写真:なんか道端に咲いてました

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2006年4月19日 (水)

架空請求

20060419tohsyogujp変な業者からの電話はよくかかってくるんですが、今度は架空請求の詐欺葉書が舞い込みました。

消費料金未納分最終通告書

この度、通知しましたのは、貴方の未納されました民法指定消費料金について契約会社、ないしは運営会社から民事訴訟として訴訟の提出されました事をご通知します。(以下略)

万が一身に覚えのない場合、早急にご連絡下さい
03-××××-××××

この「訴訟の取り下げの相談を受ける」と謳う架空請求は、今年の2月ごろから登場した、比較的新しい手口で、電話をした段階であらためて具体的な「料金」が請求されたり、新たな個人情報を聞き出されたりするというもののようです。

このブログを見てくださってる方で、だまされて電話してしまうような方はいらっしゃらないと思いますが、問い合わせの電話なんかしたら向こうのおもうつぼ。決して電話はしないでください。

国民生活センターのHPによれば
「最近では、実在する公的機関によく似た名称の使用、支払督促やデジタル放送などの広く周知していない制度の悪用、購入していないアダルト関係商品に関連した会費の請求などが発生しています。」
ということです。

この『デジタル放送などの広く周知していない制度の悪用』というのは、

「地上アナログ放送から地上デジタル放送へ移行されることにより、UHFアンテナ受信端末切り替え工事が始まり、その工事代金の一部を日本に居住する全ての 方を対象に負担してもらうとして、『地上デジタル放送に関わるUHFアンテナ受信端末切り替え工事』費用を請求するというもの。
一定の金額を指定の口座に振り込むよう指示が書いてあるみたいです。

また地上デジタルがらみでは不要になったアンテナの点検や撤去ということで、屋根のチェックをして、屋根工事を勧誘するなどという手口も流行っているようです。

これほどTVや新聞で注意を促してれば、ひっかかる人はいなさそうですが、実はそうでもないんですね。この葉書を出すだけで50円かかるわけで、名簿で手当たりしだい出してるんでしょうから、郵便代だけで相当の金額でしょう。それでもやってるということは、だまされる人が多いということなんでしょうねぇ。というか一人ひっかかれば葉書代なんて十分ペイするということなんでしょうけど。

それにしてもこういうのは明らかに詐欺という犯罪をたくらんでるわけで、でもこれだけでは罪にはならないのでしょうか?警察は被害が続発するまでは動いてくれないんでしょうし、こんな風にネットで注意を促しても、実際に被害にあう人はインターネットなんかやってないんでしょうから、なんか歯がゆいですね。

また葉書には「最近架空請求業者の新しい手口として~云々」などという文句も添えられています。おもわず架空請求業者はお前だろ!と突っ込みたくなるわけですが、電話して突っ込むわけにいかないのが残念です。

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2006年4月18日 (火)

エクトール・ベルリオーズ ~名画と名曲・47

1803 フランス南部、ラ・コート=サンタンドレに生まれる。
1830 幻想交響曲Op.14a
1937 歌劇「ベンベヌート・チェッリーニ」
1839 劇的交響曲「ロミオとジュリエット」Op.17
1840 交響曲「イタリアのハロルド」Op.16
1846 劇的物語「ファウストの劫罰」Op.24
1848 クールベが肖像画を描く。
1849 テ・デウムOp.22
1850 クールベの肖像画、官展に入選。
1854 オラトリオ「キリストの幼時」
1858 歌劇「トロイ人」
1869 没。モンマルトル墓地に眠る

20060418courbetjp作品の前に書いてある数字は、出版ではなく初演の年なので、若干作品番号に前後がありますが、こうしてみると43歳で作品24ですから、わりと少ないですね。大作が多いというのもありますが。

このクールベによる有名な肖像画は1850年に発表され、官展に入選しているんですが、実際に描かれたのは、1848年ごろと考えられているようです。1846年の「ファウストの劫罰」のパリ初演が不成功に終わったので、その失意の表情が出ているんじゃないかという説もあります。
非常に優れた肖像画だと思いますが、ベルリオーズ自身は作品に不満で受け取りませんでした。

ベルリオーズの肖像画では他にドーミエによるものもありますが、私は写真を持っていないので、リンクだけ貼っておきます。
http://culture.radiosfrancophones.org/dossiers/img/berliozdaumier.jpg

20060418utrollojp前回取り上げたシュザンヌ・ヴァラドンの息子、ユトリロには「モンマルトル、ベルリオーズの家」という作品があります。
んー、でもどこがベルリオーズの家なんだかわからない・・・
この絵の解説によればモン・スニ通りとサン・ヴァンサン通りの交わった角、画面中央の家というんですが、中央ってどこよ、って感じ。

この縦の通りがモン・スニ通りらしくて、ユトリロはこのあたりの風景を好んで描いているようです。(他にもこの「ベルリオーズの家」とほとんど同様の構図の作品があります。でもこちらの作品の方が、色づかいなど、私たちがユトリロに抱くイメージにぴったりの作品だと思い、こちらを選びました。)ユトリロ自らがまさにこの絵に描かれた、というか隠れているため描かれてないんですが、石段を登ってくる写真なんかもあります。

ラモーやシャルパンティエなどのバロック、そしてサンサーンス以後のフランス音楽は大好きな私ですが、どうもベルリオーズだけはぴんとこなくて、聞いても「ハァー・・・(ため息)」という反応になってしまいます。「夏の夜」とかは好きなんですが。

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2006年4月17日 (月)

「永遠なる天空の調」 キム・スタンリー・ロビンスン

20060417memoryofwjp千年後、西暦3000年代の音楽は、果たしてどのようなものに変化しているでしょうか?

千年前の音楽なら、あるいはそれ以上前の音楽ですら、私たちも数多いとは言えないにせよ、それなりの数のCDによってその形を知ることが出来ます。千年前にもそのように演奏されていたという保証はないにせよ。

日本の場合ですと、雅楽はおそらく昔と同じ響きをそのまま保持していると考えていいのでしょうか。比較すると、千年前の音楽と今の音楽は――雅楽の楽器が使用されたいわゆる現代音楽でも、ポピュラー音楽でも――全く似ても似つかないものになっているのでしょう、おそらく。

欧米の場合は、ちょっとどう考えればいいのかわからない部分があります。
もちろん単旋律の聖歌と、マーラーの交響曲とでは音響的にはまるで違いますが、構造の音楽であるというその本質においては、なんら変ってはいないと考えることも可能なのかもしれません。

90年代にヒューゴー賞とネビュラ賞というSF界の二大文学賞を相次いで受賞したK・S・ロビンスンの「永遠なる天空の調」(原題 The Memory of Whiteness)は3229年の世界を舞台に、一人のカリスマ的オーケストラ演奏家(とは何ぞや?)の太陽系グランド・ツァーの様子が描かれます。

その時代にはすでにホワイトラインと呼ばれるシステムによって、太陽エネルギーを各惑星へ送り届けることが可能になっていました。もちろんとてつもないエネルギーをリニアに送り出すことなど出来ませんから(いくらなんでも減衰してしまうでしょうし)、特異点を通じてホワイトラインは各惑星や衛星に、ミニ太陽ホワイトサンを作り上げていたのでした。それによって人々は地球を飛び出し、惑星にあるいは衛星に、移住することが可能になっていたのです。
冥王星からはじまって、天王星、木星、火星、地球、そして水星へ。太陽系をまたにかけたグランド・ツァー。このスケールの大きな太陽系縦断旅行で演奏される音楽は・・・

それは天才物理学者ホリウェルキンが編み出した、オーケストラと呼ばれる機械による音楽でした。あらゆる楽器をくっつけてそれらがマスターと呼ばれるたった一人の奏者によってコントロールされる、宇宙空間に咲く水中花。

楽器はガラスのアームで固定され、コンピューターの指示やマスターのコンソールでの演奏によって音を奏でます。録音されたテープ音響も使われ、――

と、ここまで書けばこの作品が書かれた年代を推測される方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。

ロビンソンがこの「永遠なる天空の調」を発表したのは、1985年。つまりコンピュータは楽器に搭載されるに十分なほど小型化されていたものの、録音はまだテープによっていた時代ということになります。

この音楽機械「オーケストラ」で演奏されてきた曲は、ムソルグスキー作曲、ラヴェル編曲の「展覧会の絵」だったりして、ちょっと意表をつかれます(あまりの素朴な選曲に)。
が、第9代のオーケストラ・マスター、ヨハネス・ライトは宇宙そのものを描こうとします。

宇宙の生成から、その未来まで。宇宙のすべてが記された方程式を音楽にしようというのです。

と、ここまで書くとどうしてもクラシック音楽の始まりに、思いをいたさざるをえなくなります。

ご承知のように中世の神学の世界では音楽、ムジカとは3つに分類されていました。
ムジカ・ムンダナ MUSICA MUNDANA
ムジカ・インストゥルメンタリス MUSICA INSTRUMENTALIS
ムジカ・フマナ MUSICA HUMANA
これはもともとは古代ギリシャに端を発する考え方らしいのですが、ムジカ・ムンダナとは宇宙の調和をつかさどる秩序、すなわちマクロコスモス。ムジカ・インストゥルメンタリスとは声楽や器楽によって演奏される、いわゆる「音楽」。そしてムジカ・フマナとは私たち人間の体の内部の宇宙の秩序である、すなわちミクロ・コスモス。

ムジカ・インストゥルメンタリス「音楽」とは、音の秩序によって構成される神の宇宙(コスモス)であり、クラシック音楽とは断じてカオスではなく、構造を持つコスモスでなければなりませんでした。少なくとも19世紀後半に神が死ぬまでは。

第9代オーケストラ・マスター、ヨハネス・ライトが目指した音楽は、じつはその本質において種々のカトリックの聖歌やら、ノートルダム楽派やら、ジョスカンやら、パレストリーナやらバッハやらベートーヴェンやら、etc.etc.によって実現されていたものだったのかもしれません。

この作品では各惑星はさまざまな宗教・思想に支配されていたりします。それはミトラ教だったりゾロアスター教だったり社会主義だったりします。(ロシアからの移住者が多い星では社会主義が信奉されていたりするあたりは、この作品が壁崩壊前に書かれたことを示しています。)

キリスト教は信仰としては3200年まで持たなかったのか、キリスト教社会というのは出てこないのですが、そのかわり調性音楽という姿を借りて、生き延びているようです。

この作品の終わり、それはこのグランド・ツァーのフィナーレでもあるのですが、あまりにも美しいイメージでちょっと感動します。

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2006年4月14日 (金)

魅せられて ~風変わりな人々・13

20060414ipjp実はきょうは全く違うことを書くつもりでした。それであることを調べようと、いろいろとネットをさまよっていたら、あまりに素敵なブログを見つけたので、ついそこに長居してしまって、時間がなくなってしまいました。

といってもそのブログを紹介する気はありませんし、ましてやTBなんかもする気はありません。
でも文章だけはぜひとも紹介したいんです。
素敵なのはブログの内容じゃなくて、文章なんです。「風変わりな人々」シリーズにいれるのは失礼かもしれないんですが、でも本人が私のブログにたどりつくことはありえないだろうし、(勝手に)許していただくことにして。

そのブログの執筆者は女系天皇に反対の方のようで、なんだか凄く怒っています。
本人には無断ですけど、文章を一部引用。

「思い上がった国民を輩出する平成という不気味な代は、日本の歴史上、空前絶後の青天の霹靂、前代未聞であろうだろう。
(中略)
そろそろこの国は終わりのようだ。
二十一世紀のカルタゴということか!?」

ね。素敵でしょ。『空前絶後の青天の霹靂』、この文句を見た瞬間、ちょっとこの人に惚れこんじゃったかも。
日本の歴史上、青天の霹靂は数々あれど、こんな青天の霹靂はこれまでにもなく今後もないだろう、そんな青天の霹靂ということですよね。
それになんだか決まり文句とか四文字熟語とかが凄く好きらしいんです。空前絶後の青天の霹靂だけでは気持ちがおさまらなかったらしく「前代未聞」まで続けて、、、、

最後の「二十一世紀のカルタゴ」ってのも、どんな意図なんでしょうか?
単に滅亡した国なら、それこそ世界の歴史上くさるほどあるのに、何故にカルタゴ???
カルタゴは地中海世界で繁栄した経済大国でしたから、それにひっかけてるんでしょうか?なんにせよ魅せられました。

写真は東京発フリー素材写真集さまから

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2006年4月13日 (木)

マイケル破産回避など ~ニュースの落穂拾い・2

20060413micheljp落穂の1 マイケル、ビートルズの版権で破産回避へ

一部引用しますが、全文はこちら

「13日付のニューヨーク・タイムズ紙は、米歌手マイケル・ジャクソンさんについて、自己破産の回避につながる、ローンの借り換え契約が締結間近だと伝えた。
 ジャクソンさんはビートルズの楽曲などの版権を管理するソニー/ATVミュージック・パブリッシングの株式をソニーと共同保有しているが、同紙が関係筋 の話として伝えたところによれば、現在進んでいる借り換え交渉では、ジャクソンさんはソニー側に、自身が保有する株式の半分、または楽曲の版権の約25% を指定価格で取得できるオプションを提供することに合意するもようだという。」

当時、第三者が持っていたビートルズの曲の版権が売りに出された際、マイケルがそれを取得したことについては、ポール・マッカートニーが不快の意を示し、デュエットしたこともあった二人の仲がこじれる原因にもなりました。
ポール側はマイケルが一部の曲をCM許諾したのが、いたく気にいらなかったようです。
マイケルによれば、ポールは版権が売りに出されたのを知っていたのに、買おうとしなかったので自分が取得したということですが。

落穂の2 夜のカクテル用?銀座産ハチミツ 

「東京・銀座3丁目の「紙パルプ会館」(11階建て)屋上で、「銀座産ハチミツ」の収穫が行われている。
 収穫しているのは銀座の食や歴史文化を考える市民団体メンバーでつくる「銀座ミツバチプロジェクト」。3つの巣箱には、沖縄から買い付けた3万匹のミツバチが入っている。今月初めから約13キロのハチミツが収穫された。」

全文はこちらを

ビルの屋上でミツバチの飼育が出来るというのがまず驚き!アンゲロプロス映画のマストロヤンニみたいに、ミツバチの飼育業者は必ず旅して歩くのかとおもってました。
でもって東京ほど果樹の少ない地域でも、ミツバチが蜜を作るのに必要な程度の植物に恵まれてるというのが第2の驚き。東京の中心部で広大な緑の地帯を確保してる皇居の存在が大きいんでしょうか。

ただこのニュースの見出しはどんなもんでしょうか?
「夜のカクテル用?銀座産ハチミツ」って、なんかいやらしそうですよね。

落穂の3 不在2億年?の雄はいた

「滋賀県立琵琶湖博物館は13日、2億年前に雄だけがいなくなり、雌が雌を生む無性生殖を続けてい たとみられていた甲殻類の一種、カイミジンコの『ダーウィニュラ科』の生きた雄を、鹿児島県・屋久島で見つけたと発表した。」

全文はこちら

面白そうだからのっけてみましたが、生物が大嫌いだった私は、こういうニュース読んでも、どう考えればいいのかよくわかりません・・・

...

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2006年4月12日 (水)

理系と文系

20060412ekihigashijpああっ、もう!なんだって理科系の人ってのは、ものごとを論理的に考えると言うことができないんでしょうかっ!!

とまあ、怒りの理由は(ちょっとわけあって書けないので)ともかくとして、よく考えてみれば確かに論理学と言うのは文科系の学問。

つらつらおもんみるに、どうも文科系人間と理科系人間のちがいは、論理の扱い方にあるような気がしてきました。
文科系人間は論理と現実との間に矛盾が出てきたときには、現実の方に問題があると考え、理科系人間は理論とデータや観察結果との間に矛盾が出てきたときには、理論の方に問題があると考えがちなような気がします。

もちろん超一流の活動をしている人たち――科学者にしても哲学者その他にしても――は、もっとも良い形でその両方を兼ね備えてるのかもしれません。
ここで言ってる文型人間・理系人間というのは、大学で理科系の学部に入ったとか文科系の学部に入ったとか言う程度の話です。

上の説明はわざと「論理」ということばと「理論」と言う言葉をごちゃまぜにして使ってるんですが、もちろんその二つは意味するところが違います。なにかの理論というのはおおむね最初は単なる仮説だったりするわけで、実験でデータを集めて検証していったりする作業というのは、大学の研究室なんかではとても大切なことなんだろうと思います。そして理論(仮説)は修正されていったり、より強固なものになっていったりするんでしょう(たぶん――私は文科系なので)。

一見「理論とデータや観察結果との間に矛盾が出てきたときには、理論の方に問題」というのは正しいような気がしますが、実は必ずしも正しくないんですね。理系の人たちが陥りがちな罠は、

(イ) 観察結果や採集したデータがかならずしも正しいとは限らないのに、絶対だと思い込んでしまう。
(ロ) 科学の分野ではそれでよくても、現実生活ではそうは動かず(とくに人間の感情がからむと)、文系的思考の方が適応力にすぐれていたりすることが多い。

論理というのは三段論法の例をみてもわかるように矛盾のないものですから、なにか矛盾する例が出てきたらそれは例のほうに問題があると考えられるわけです。逆に明らかにおかしいものを論理に適用させてると、それは論理のどこかに詭弁のようなものを盛り込んでいるなと推察できるわけです。

しかし文型人間が陥りがちな罠は、

(ハ) 現実生活は論理的には進まないということを、忘れがち。
(ニ) しかもデータを無視して、理屈に突っ走りがち。

という点があげられそうです。

文型人間が理系の悪いところを取り入れたり、理系人間が文系的に理屈に固執したりすると、そうとうに具合の悪いことになりそうです。

デジタル録音の初期には、人間の耳には20kHz以上は聞こえないのだからという理由で、サンプリング周波数は44.1kHzと決められました(サンプリング周波数の半分が再生周波数の上限になる)。
たしかに実験で単音の20kHzが聞こえるひとはいないわけですが、でも20k以上の音が入っているかどうかは、あきらかに音質に変化をあたえます。
でも音質の良し悪しを数字で示すことはできないので(多数の被実験者を集めて変るか変らないかのデータをとることは出来るが、そういう意味ではなく)、それは無視され20k上限でPCM録音はスタートしたわけです。
(ちなみに当初の民生用PCM録音のサンプリング周波数は44.056kHzで、これは録音機として使われていたVTRとの兼ね合いによるもの。後に44.1kHzに変更された。私はPCMプロセッサーを2台持っていますが、1台は44.056でもう1台は44.1というデジタルの歴史みたいな・・・)

これなどはデータでは出てこない部分が無視された悪い例のように思います。

一方CDが発売された初期には、デジタルは音が変わらない。もし変るとすればそれはあくまでもアナログ部分の回路のせいだという説明がよくなされていました。
しかしセパレートタイプのCDプレーヤーが発売されることで、DAコンバータ以降を固定して、トランスポートを変えて音質が変化するかどうかの実験ができるようになったときに、はたして誰の耳にも明らかなように音質は変化したわけです。

デジタル部分で音が変化する要因として、つぎに持ち出されたのはエラー訂正でした。これについては私は音を聞き比べたことがないのですが、たしかにエラー訂正によって音質の変化は感じ取れるのだそうです。
しかし高価なトランスポートだったら、そうそうエラー訂正なんか起きるはずもなく、結局デジタル部分で最も音質の変化に影響を与えてるのはジッターの存在だということがわかり、現在高級オーディオメーカーが発売するCDプレーヤーは、ジッター対策に最も力が入れられています。(ジッターについての説明は難しいので省略。興味ある方はググってみてください。)

この初期段階でのデジタルでは音は変らないというのは、理屈に固執した悪い例と言えるでしょう。

私自身は典型的な文科系人間なので、どうも論理に縛られる傾向が強く、意識して改めなくてはと思ってます。でもこの年齢になるとちょっと無理かも。

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2006年4月11日 (火)

たまにはスポニチでも ~ニュースの落穂拾い Watch What Happens

20060411nibanchojp「いったいこのニュースは誰が読むことを前提に書かれてるんだろうか?」というような、不思議にわけわかんないニュースを見つけましたので、ご紹介します。
ネット・ニュースはこちらですが、このニュースの不思議さは全文を引用しないとわかってもらえないとおもうので、全文引用します。

インパクト クラシックでテーマ曲(スポニチ)

 第3コーナーから第4コーナーにかけて後方から一気に先頭集団に躍り出し、直線でぶっちぎる。そんなインパクトの持ち味が、そのまま曲に仕立てられた。

  林氏は「野球では選手が打席に入る時にテーマ曲があり、プロ格闘技も選手それぞれの入場曲がある。スターホースにだって必要だと思った」と説明。きっかけ は昨年暮れの有馬記念。中山競馬場で観覧した際、「インパクトが2着に敗れた時に若い女の子たちが抱き合って泣いていた。ただの人気馬ではないことを痛感 した」

 林氏は今年1月末にインパクトの金子真人オーナーに直訴。快諾を受け、作曲家の猿谷紀郎氏(45)に製作を依頼。30日に行われる天皇賞・春(京都競馬場)に間に合わせるため、急ピッチで製作した。クラシックにした理由は「昨今のクラシックブームを意識した」という。

 幻想的で静かな調べから、激しく躍動感のある音楽で締められる“交響曲”。指揮も担当した猿谷さんは「強さだけではないその気高さ、気品の良さ、存在感をひきたてることができるようなイメージに仕上げた」と語る。

 イメージ曲が作られたのは過去に、ハイセイコーやオグリキャップなど社会現象的な人気を博した名馬ばかり。しかも現役で作られたのは、100連敗で記憶に新しいハルウララ、古くはテンポイントなど数少ない。

 CDはレコード店のほか、競馬場内でも発売され、音楽配信も行われる。

 これまでイメージ曲が競馬場で流されたことはないが、歴史的大名馬のインパクトなら、それも可能にしてしまうかもしれない。

実は私、競馬は全くやらないので、競馬に関する部分の内容もあまりよくわかりません。でもまあニュースですし、競馬好きだけが読むとは勿論限らないわけで・・・

なによりもまず4行目にいきなり登場する林氏とはいったい何者なのか?
少なくとも本文を読む限りでは全くわからず。
最初オーナーかと思いました。でも三つ目の段落で「インパクトの金子真人オーナーに直訴」ときて、「ええ!?違うの? 」とあせる。本文の最後まで、林氏が何者かはわからず。んーーーーー・・・。
実は最後に林氏の略歴が載っています。

「林 ゆたか(はやし・ゆたか)本名林温(ゆたか)。1947年(昭22)2月24日、長野県生まれの59歳。65年にヴィレッジシンガーズを結成し、翌年 「バラ色の雲」でデビュー。71年にグループを解散し、翌年、俳優に転向。現在は音楽製作会社「ビジネス・エイト・クリエーション」の社長を務める。」

これを読んでもやっぱりわからず。

それにそもそもクラシックでテーマ曲、、、、、どういう意味?普通に読めば、クラシックの有名曲をテーマ曲にしたみたいだけど、ところがどうやらオリジナル曲のような。
作曲されてすぐにクラシック(古典)と化したのか?
でもって交響曲らしい。
もっとも作曲家に「作曲を依頼」ではなくて「製作を依頼」と書いてあるから、編曲したってこと?う~~~、わからん。

とりあえず推測すると、新聞記事のほうにはリードがあってそこで林氏のことなどは紹介されてるのに、ネット・ニュースではリードを省略しちゃったというあたりなんでしょうけれど。
音楽製作会社の社長がインパクト人気に便乗して、CDを出し儲けてやろうという考えで企画、クラシック風の曲を作ったというあたりでしょうか。

写真:仙台は霧にぬれて

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2006年4月10日 (月)

エリック・サティ ~名画と名曲・46

20060410satiejp音楽好きにはそうでもないと思いますが、一般にはサティといえばオシャレな作曲家として知られてるんじゃないでしょうか。「好きな作曲家は?」と問われて、「ワーグナー」とか「ブラームス」とか言うと、なんかダッサ・・・と思われそうだけど、「好きな作曲家?クラシックも最近はあきてきたけど、しいて言えばサティ」(<半疑問形)なんて言うと、おしゃれっぽくていいですよねえ。再生装置もB&Oのシステムなんか備えてそう。

でもサティの曲って、ホントに聞かれてませんよね。「ジムノペディ」と「グノシエンヌ」、あとはノーマンやアメリンクがよく歌う「ジュ・トゥ・ヴ」ぐらいでしょうか。
ディザイナーズ・マンションの1室でオシャレなオーディオ・システムでサティを聞いてる人って、「ソクラテス」とか「干からびた胎児」とか「梨の形をした3つの小品」とか、かけることあるんでしょうかねえ。――って、勝手に聞き手のイメージつくって話を進めるのも変なことですけど。

これはシュザンヌ・ヴァラドンが1892~3年に描いた、エリックサティの肖像画なんですが、92~3年というと、サティは26~7歳の頃。ジムノペディが88年なので、その4年後ということになります。やはりちょっと変わった人ですよね。この絵を見ても。

サティは1866年にノルマンディー地方の港町オンフルールに生まれました。英国教会で洗礼を受けたんですが、6歳の頃に母親が死んで、祖父母のもとにあずけられ、カトリックで洗礼を受けなおしたそうです。
しかしさらにその6年後、祖母がオンフルールの浜辺で溺死体で発見されるという事件があり、サティは当時父親が仕事をしていたパリに移住します。

と、ここまででもすでに波乱万丈っぽい人生ですが、パリに移ったおかげで13歳の時、パリ音楽院に入学します。
もっともサティはアカデミックな教育になじめなかったようで、中退して軍隊に入って見たり、その後は酒場でシャンソンのピアノ伴奏をしたりして生計をたてていました。その間も、神秘主義に感化され「薔薇十字団」に入ってみたり、と思えば薔薇十字団に絶縁状を叩きつけてみたり、やっぱり波乱の人生を送ります。

しかし下町の酒場に出入りしていたことで、サティは彼の生涯に重要な影響を及ぼす2人の人物に出会うことができます。
一人はいわずと知れたドビュッシー。そしてもう一人が、サティの生涯ただ一人の恋人といわれるシュザンヌ・ヴァラドン、この肖像画を描いた女流画家でした。

父なし子として生まれたヴァラドンは、お針子、子守り、ウェイトレスなどの仕事を転々とし、一時はサーカス団にも入ったことがあったそうです。

20060410renoirjp15歳ぐらいの時から画家たちとの交流がはじまり、当初はその美貌から画家のモデルになったりします。彼女がモデルになった作品のうち一番有名なのは、おそらくルノワールの「都会の踊り」でしょうか。(右)

ところがヴァラドンはモデルをつとめるだけでなく、やがて自らも絵の才能を発揮し始めます。彼女の才能をいちはやく見抜いたのはロートレックだったと言われています。
このサティの肖像画は彼女の作品としては初期のものということになりますが、その後さまざまな影響を吸収し確固たる作風を築きあげていきます。
ヴァラドンは自画像も描いています。写真を見ると確かに美女だと思うし、このルノワールの絵もとても美しい感じですが、本人が描いた自画像は必ずしも美しくは描いてはいず、内面の複雑さを反映しているようです。

ヴァラドンは1883年に男の子モーリスを産みますが、父親が誰かを明らかにしていません。しかし彼女の画才は確実に息子に受け継がれます。父が誰かは判らなかったものの、サティの友人でもあったミゲル・ユトリロがシュザンヌに対する好意から、彼の籍にいれその姓を与えます。こうして後に日本でも最も人気のある画家の一人となる、モーリス・ユトリロが誕生するのでした。

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2006年4月 9日 (日)

51位から101位まで

(昨日の続き)
51 ブロードキャスト・ニュース ジェイムズ・L・ブルックス 1987
52 レディ・イヴ プレストン・スタージェス 1941
53 大統領の陰謀 ウィリアム・ゴールドマン 1976
54 マンハッタン ウディ・アレン、マーシャル・ブリックマン 1979
55 地獄の黙示録 ジョン・ミリアス、フランシス・コッポラ、マイケル・ハー(ナレーション) 1979
56 バック・トゥー・ザ・フューチャー ロバート・ゼメキス、ボブ・ゲイル 1985
57 ウディ・アレンの重罪と軽罪 ウディ・アレン 1989
58 普通の人々 アルヴィン・サージェント 1980
59 或る夜の出来事 ロバート・リスキン 1934
60 L.A.コンフィデンシャル ブライアン・ヘルゲランド、カーティス・ハンソン 1997
61 羊たちの沈黙 テッド・タリー 1990
62 月の輝く夜に ジョン・パトリック・シャンレー 1987
63 JAWS/ジョーズ ピーター・ベンチリー、カール・ゴットリープ 1975
64 愛と追憶の日々 ジェームズ・L・ブルックス 1983
65 雨に唄えば ベッティ・コムデン、アドルフ・グリーン 1952
66 ザ・エージェント キャメロン・クロウ 1996
67 E.T. メリッサ・マシスン 1982
68 スター・ウォーズ ジョージ・ルーカス 1977
69 狼たちの午後 フランク・ピアソン 1975
70 アフリカの女王 ジェイムズ・アギー、ジョン・ヒューストン 1951
71 冬のライオン ジェイムズ・ゴールドマン 1968
72 テルマ&ルイーズ カーリー・クーリー 1991
73 アマデウス ピーター・シェーファー 1984
74 マルコヴィッチの穴 チャーリー・カウフマン 1999
75 真昼の決闘 カール・フォアマン 1952
76 レイジング・ブル ポール・シュレーダー、マーディク・マーティン 1980
77 アダプテーション チャーリー・カウフマン、ドナルド・カウフマン 2002
78 ロッキー シルヴェスター・スタローン 1976
79 プロデューサーズ メル・ブルックス 1968
80 刑事ジョン・ブック/目撃者 アール・W・ウォレス、ウィリアム・ケリー 1985
81 チャンス イェルジ・コジンスキー 1979
82 暴力脱獄 ドン・ピアース、フランク・ピアソン 1967
83 裏窓 ジョン・マイケル・ヘイズ 1954
84 プリンセス・ブライド・ストーリー ウィリアム・ゴールドマン 1987
85 大いなる幻影 ジャン・ルノワール、シャルル・スパーク 1937
86 ハロルドとモード/少年は虹を渡る コリン・ヒギンズ 1971
87 8 1/2  フェデリコ・フェリーニ、トゥリオ・ピネッリ、エンニオ・フライアノ、ブルネッロ・ロンディ 1963
88 フィールド・オブ・ドリームス フィル・アルデン・ロビンソン 1989
89 フォレスト・ガンプ<一期一会> エリック・ロス 1994
90 サイドウェイ アレクサンダー・ペイン、ジム・テイラー 2004
91 評決 デイヴィッド・マメット 1982
92 サイコ ジョゼフ・ステファノ 1960
93 ドゥ・ザ・ライト・シング スパイク・リー 1989
94 パットン大戦車軍団 フォランシス・フォード・コッポラ、エドムンド・H・ノース 1970
95 ハンナとその姉妹 ウディ・アレン 1986
96 ハスラー シドニー・キャロル、ロバート・ロッセン 1961
97 捜索者 フランク・S・ニュージェント 1956
98 怒りの葡萄 ナナリー・ジョンソン 1940
99 ワイルド・バンチ ウォロン・グリーン、サム・ペキンパー 1969
100 メメント クリストファー・ノーラン 2000
101 汚名 ベン・ヘクト 1946

基本的にシェイクスピア物をはじめとする有名戯曲の映画化、ブロードウェイ・ミュージカルの映画化は選ばれてないようですが、他にも色々と特色がありますね。
日本人が選んだら絶対にこうはならないと思わせる選択です。

まず驚くべきことは、チャップリンが無い!
日本でアメリカ映画の脚本ベスト101を選んだら、まず「チャップリンの黄金狂時代」「街の灯」「モダン・タイムス」「チャップリンの独裁者」「ライムライト」の5本は固いと思われますが、なぜにチャップリンがゼロ???(これでアッテンボローの「チャーリー」が入ってたりしたら笑えますが、そんなことはなかった・・・)
チャップリン映画の価値は、脚本とかよりも彼の喜劇役者としての力量にあるということなんでしょうか。

そういえばこの手の映画ベストテンをやると必ず上位に入る「2001年宇宙の旅」が入ってないのは、これも脚本の良さではなく映像と音楽のコラボレーションに価値があると言うことなんでしょうか。あるいは哲学的な側面は原作に拠っているということなのか。

フォード映画も少ないような気がします。「駅馬車」「わが谷は緑なりき」「荒野の決闘」「静かなる男」が入ってないと言うのも驚き。これも日本なら入るでしょう。
ワイラー映画にいたっては「我等の生涯の最良の年」1本だけとは。

ヨーロッパ映画では「大いなる幻影」と「8 1/2」だけ選ばれています。少なすぎ。それだったら最初からアメリカ映画のと限定にした方が良かったような気がします。どうせアメリカ映画とヨーロッパ映画じゃまるで世界が違うわけですし。同一基準では選べないと言うか。

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2006年4月 8日 (土)

全米脚本家組合が選ぶ映画史上のベストワン脚本は

20060408casablancajp
ネットニュースはこちら

でベストワンは、「カサブランカ」。ふうん、そうなんだ。そりゃ良い映画だとは思うけど・・・。
へぇー、カサブランカ・・・
脚本家が選ぶだけあって、なんかこうカッコイイ台詞がちりばめられてるのに弱いんでしょうか。

全米脚本家組合The Writers Guilde of America(略してWGA)は、その名の通りの組織で、ウエストとイーストに別れてるんですが、この「101グレーテスト・スクリーンプレイズ」というのは西・東あわせた会員の投票によって決まった、文字通りアメリカ映画界を支える脚本家たちによる選択のようです。

で、アメリカ映画史上のとかいうんだろうと思ってたら、ほんのちょっとだけヨーロッパ映画も入ってます。入れない方が良かったような。

1 カサブランカ ジュリアス&フィリップ・エプスタイン、ハワード・コッチ 1942
2 ゴッドファーザー マリオ・プーゾ、フランシス・フォード・コッポラ 1972
3 チャイナタウン ロバート・タウン 1974
4 市民ケーン ハーマン・J・マンキェウィッツ、オーソン・ウェルズ 1941
5 イヴの総て ジョセフ・L・マンキェウィッツ 1950
6 アニー・ホール ウディ・アレン、マーシャル・ブリックマン 1977
7 サンセット大通り チャールズ・ブラケット、ビリー・ワイルダー、D・M・マーシュマンJr. 1950
8 ネットワーク パディ・チャイエフスキー 1976
9 お熱いのがお好き ビリー・ワイルダー、I・A・L・ダイアモンド 1959
10 ゴッドファーザーPARTⅡ フランシス・フォード・コッポラ、マリオ・プーゾ 1974
11 明日に向かって撃て! ウィリアム・ゴールドマン 1969
12 博士の異常な愛情 スタンリー・キューブリック、ピーター・ジョージ、テリー・サザーン 1964
13 卒業 カルダー・ウィリンガム、バック・ヘンリー 1967
14 アラビアのロレンス ロバート・ボルト、マイケル・ウィルソン 1962
15 アパートの鍵貸します ビリー・ワイルダー、I・A・L・ダイアモンド 1960
16 パルプ・フィクション クエンティン・タランティーノ 1994
17 トッツィー ラリー・ゲルバート、マレイ・シスガル 1982
18 波止場 バド・シュールバーグ 1954
19 アラバマ物語 ホートン・フート 1962
20 素晴らしき哉、人生! フランセス・グッドリッチ、アルバート・ハケット、フランク・キャプラ 1946
21 北北西に進路を取れ アーネスト・リーマン 1959
22 ショーシャンクの空に フランク・ダラボン 1994
23 風と共に去りぬ シドニー・ハワード 1939
24 エターナル・サンシャイン チャーリー・カウフマン 2004
25 オズの魔法使い ノエル・ラングレ、フローレンス・ライアソン、エドガー・アラン・ウルフ 1939
26 深夜の告白 ビリー・ワイルダー、レイモンド・チャンドラー 1944
27 恋はデジャ・ブ ダニー・ルービン、ハロルド・ライミス 1993
28 恋におちたシェイクスピア マーク・ノーマン、トム・ストッパード 1998
29 サリヴァンの旅 プレストン・スタージェス 1941
30 許されざる者(イーストウッドの方) デイヴィッド・ウェブ・ピープルズ 1992
31 ヒズ・ガール・フライデー チャールズ・レデラー 1940
32 ファーゴ ジョエル&イーサン・コーエン 1996
33 第3の男 グレアム・グリーン 1949
34 成功の甘い香り クリフォード・オデッツ、アーネスト・リーマン 1957
35 ユージュアル・サスペクツ クリストファー・マッカリー 1995
36 真夜中のカウボーイ ウォルド・ソルト 1969
37 フィラデルフィア物語 ドナルド・オグデン・ステュワート 1940
38 アメリカン・ビューティ アラン・ボール 1999
39 スティング デイヴィッド・S・ウォード 1973
40 恋人たちの予感 ノーラ・エフロン 1989
41 グッドフェローズ ニコラス・ピレッジ、マーティン・スコセッシ 1990
42 レイダース 失われたアーク<聖櫃> ローレンス・カスダン 1981
43 タクシー・ドライバー ポール・シュレイダー 1976
44 我等の生涯の最良の年 ロバート・E・シャーウッド 1946
45 カッコーの巣の上で ローレンス・ホーベン、ボ・ゴールドマン 1975
46 黄金 ジョン・ヒューストン 1948
47 マルタの鷹 ジョン・ヒューストン 1941
48 戦場にかける橋 カール・フォアマン、マイケル・ウィルソン 1957
49 シンドラーのリスト スティーヴン・ザイリアン 1993
50 シックス・センス M・ナイト・シャマラン 1999
(続く)

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2006年4月 7日 (金)

映画館で見る・6 ~等身大

20060407ncpjpすでに退官されましたが東京芸大の小町谷朝生(元)教授が、「地の眼・宙の眼 視覚の人類史」と言う著書で、映画館のスクリーンを見ることと、家庭でTVを見ることとの違いについて取り上げています。
この中で小町谷教授は、映画館の暗闇を裂いて、映像がスクリーンに映し出される状態を、人間の目になぞらえています。つまり真っ暗な中に、網膜に投影される部分だけ見える人間の目の役割と同じだというわけです。

「眼は、、暗闇をつくって、連続して入ってくる光を待ち受け、動きをもつ外界像を認める。映画を観るときも同じである。暗い空間のなかで、息を凝らして光が描き出す軌跡に見入る。闇の空間に、光の強弱分布を重ねた光の軌跡が、映画的映像である。」

この本はとても面白くかつ示唆にとんでいるので、いくらでも引用したい場所があるんですが、長くなるので勝手にまとめさせてもらうと、必然的な展開として小町谷教授はスクリーンは網膜であり、映画館の中では観客自身が脳の役割を果たしていると述べています。

これは大変ユニークにして優れた考察ではないかと思いますが、現実に私たちの網膜に映る外界の景色と、スクリーンに映し出される映像との間に、一つ大きな違いがあるのは距離感とそれにともなう無意識のうちに行われる大きさの把握ではないかと思います。

私たちの眼のなかに映る現実の風景がどんなに「眼のなか」という限定されたサイズであろうと、何キロも続く砂浜の景色を私たちは「何キロも続いてるんだな」ととらえます。また人間のサイズも実物より大きく観るということは基本的にはありません。私たちはレンズを使わない限り、実物より大きく観ることは出来ないわけです。

つまり私たちは人間を見るときに「等身大」以上には見えません。離れれば離れるほど小さくなってはいっても、大きくは絶対にならないわけです。
ところが映画館のスクリーンでは、人間は基本的に等身大以上に映し出されるのが普通です。なにしろミニシアターですら高さ3mメートル近くあるわけですから。

私たちの視界に入るものというのは、遠ざかれば小さくなり、近寄れば大きくなって、どんどん近寄ると私たちの視界全部をふさいでしまいます。
その意味では現実の人間であろうと、拡大された写真だろうと、映画館のスクリーンに映る映像であろうと、視界に占めるパーセンテージという部分では一緒なのですが、ここで前回とりあげた、水晶体の働きとそれに伴う脳の距離感の把握が問題になるわけです。

フレディ・ヤングが撮影する雄大なアラビアの砂漠を(あるいはビリー・ウィリアムスが撮影する北アフリカの砂漠を)大劇場の大画面で見るのは、実にスケールの大きさを実感できて気分の良いものですが、実際には数十キロの砂漠を20メートル以下の幅に縮小しているわけで、それを私たちは知っています。どんなに臨場感があっても、その意識は私たちの脳から消えることはないでしょう。これはTVでみても同じですし、旅行雑誌のグラビアの写真でも同じことです。

縮小しているということは、本質的に現実の風景が私たちの網膜に映るときと同じスケールダウンがなされていると言えると思います。

しかし、人間が等身大以上に拡大されているというのは、現実ではありえないことなのですから(私たちの視界の範囲内におさまっているという点では、現実と同じであったとしても、前回見たように眼の生理的機能が自動的に脳に距離感を送っているので、脳内ではそれが等身大以上であると把握されている筈)、これは大スクリーンに映写される映画独特のものと言えると思います。

では人間が等身大以上に表現された時に、私たちはどのような心理的反応をするものなのでしょうか。
実はこれについて調べようとしてるんですが、そんな研究結果を載せた本は、まだ見つけ出せていません。
(続く)

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2006年4月 6日 (木)

時間が

20060406hirosegawa4jp「ホテル・ルワンダ」のことばかり考えていたら、あっという間に時が経って・・・なんだか時間がなくなりました。今日は更新のために何か書いてる余裕なく。

しかも足の骨が振動してるし。三半規管の異常でしょうか?

写真:広瀬河畔

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2006年4月 5日 (水)

ホテル・ルワンダ

20060405rwandajp今日の宮城県地方は雨。気温も低く日中でも5度ぐらいまでしかあがらなかったのですが、そのわりには冷たい雨という感じがしなかったのは、やはりみちのくにも春がそこまで来たのでしょうか。家々の庭に咲く椿や梅(東京の方は「え?」って感じでしょうけど、仙台は今が梅の季節!)も美しく、春を告げる雨だったのかもしれません。明日はまだ気温が低いようですが、明後日あたりからようやく春になるのかも。

今日が上映最終日だったので、あわてて映画「ホテル・ルワンダ」を見にいきました。
もう事実の重さみたいのが圧倒的で、一瞬たりとも画面から眼を離せませんでした。(事実と言ってもドキュメンタリーではなく、事実をもとにした劇映画です。主役のドン・チードルはこの演技で2004年のアカデミー主演男優賞に、その妻役のソフィー・オコネドーはアカデミー助演女優賞にノミネートされました。ニック・ノルティ、ホアキン・フェニックス、ジャン・レノらが非常に重要な役で脇を固めています。なおアカデミー賞では脚本賞にもノミネートされました。)
館内はウィークデイとは思えないほど混んでいて、やはり皆関心があるんですね。
インターネットでの署名がなければ、この映画があやうく上映されずに終わりそうだったなんて信じられません。

ストーリーその他は公式サイトがありますので、こちらをご覧ください。
Rwanda


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家に帰ってきたら、こんなニュースが。

日米英豪がイラク撤退で協議へ(共同通信)
「イラク駐留部隊を派遣している日本、米国、英国、オーストラリア4カ国の外務、防衛当局者が、撤退時期の判断などを協議するため来週ロンドンで会合を開く方向で調整に入った。自民党本部で5日開かれたイラク問題に関するプロジェクトチーム会合で、政府側が明らかにした。イラクの治安情勢、新政府発足へ向けた政治プロセスの進展状況などについて分析、撤退問題について意見交換する方向。」

イラク戦争に反対している私としては、撤退の調整に入ったという事自体は歓迎ではあるんですが、いまのイラクは内戦状態なわけで、ルワンダのようになる恐れは、ゼロではないように思います。欧米の列強がアジア・アフリカ支配のためにもたらした歪が次々と悲劇を呼ぶ。それを解決するためにはもはや欧米諸国の力を借りずにはにっちもさっちもいかない。この状況はイラクもまったく同じになっているわけで、(安全な場所でディナーのテーブルに座っている)自分自身の立場も含めて複雑です。

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2006年4月 4日 (火)

映画館で見る・5 ~距離感と臨場感

20060404ncpjpこのブログにいつもコメントを付けてくださる方の、きっと半分ぐらいはそうじゃないかとにらんでいるのですが――

老眼になると遠くのものが見えるのに、近くのものは見えにくくなります。遠くのものにせよ近くのものにせよ、私たちは光が目の中に入ってきたら、様々な眼の機能を総動員して適切に焦点を結ばせようとするわけです。その中でも重要な働きをするのが水晶体です。
水晶体は形を変えて屈折率を調整しているのですが、老眼と言うのはこの水晶体が老化して硬くなり、焦点をあわせるために、形を変えることが出来なくなってくることをいいます。

若い人ならなんら意識をしなくても、必要な屈折率の変化は、近くのもの、遠くのものそれぞれに合わせて、眼が勝手に調整してくれるわけですが(もちろん眼がというよりは脳がというのが正しいのですが)、老化するとそれが上手くいかなくなるわけです。

たとえばパソコンで作ったword文書(一太郎文書でもOASYS文書でも結構ですが)を、PCのディスプレイでは、老眼鏡なしで見れないのに、同じ物を大きなプラズマディスプレイに映すと、どんなに離れてても眼鏡なしでちゃんと読めるというのは、離れたものにたいしてはちゃんと焦点を結ぶのに、近くのものに合わせる機能は自動的には働かなくなったことを意味しています。

このことは距離感と臨場感の関係を考える時に、非常に大きな意味を持つんじゃないかと思っています。

一般的に臨場感は大きなスクリーンのほうがより感じられ、小さなTV画面では感じにくいということになっています。実際そうなんですが、でもどうしてでしょう?
例えば大きなスクリーンのときは十分に離れて、小さなディスプレイの場合は十分に近寄って見るならば、眼の中に映像が占める割合は同じになり、臨場感に違いは出てこなくなるのではないでしょうか?

20060404ncp2jp右の画像のような距離で、スクリーンなりTV画面なりに接した場合、眼の中に映像が占める割合は同じになりますから、十分な臨場感がどちらでも確保できるんじゃないかとも考えたくなります。

(もちろん画質の問題があり、たとえばTV画面にあまり近寄ったのでは走査線が感じられるとかいう、別の問題点が出てきますが、とりあえずここでは無視しましょう。)

ところがそうはならないのは、私たちの脳が勝手に対象との距離をつかんでいるからではないかと思います。
眼が対象との距離によって自動的に焦点を結ぶように水晶体の形その他を変化させてるとしたら、当然私たちの脳はそのことを知っているはずです。
というか本来的な言い方をするなら、脳がそのような生理的な反応を眼に指令しているとしたら、それは当然生理的の問題だけでなく、認識という部分にもその距離感は伝わってるだろうと思うのです。
つまり(何らかの錯覚が起きない限り)距離感を失うことはない。私たちは何かを見たときに、意識せずとも対象との距離感をつかんでいるであろうと言うことです。

私たちはどんなに近寄ってTV映像を見ても、それは幅1m20cmの画面に映ったアラビアの砂漠であり、どんなに離れて見ても幅12mのスクリーンに映ったアラビアの砂漠であるということを、無意識のうちに把握してるはずだと思われるのです。

このことは砂漠の景色とかよりもむしろ、人物の場合に大きな問題になるように感じます。
つまり人物が等身大で映っているか、それとも等身大より小さく映っているか、あるいは等身大より大きく映っているのかという問題です。
(続く)

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2006年4月 3日 (月)

スパイボット

20060403hirosegawajpどこかのHPを閲覧した時に拾ってしまったんだと思いますが、スパイウェアが見つかって、あせりました。私の場合、悪質なものは対策ソフトで遮断されることになっていて、特に実害があるものではなかったですが。

よもやネット・バンキングやネット・トレーディングと Winny を同じコンピュータでやってるような無謀な人はいないでしょうが、ウィルス対策ソフトでも予防できないスパイウェアもあるそうなので、注意が必要です。
私自身は Winny もネット・バンキングもやってませんが、Winnyをやってる人は、コンピュータをわけて Winny 専用を作るのが望ましいかもしれません。あるいはハードディスクをリムーバブルにしてる人でしたら、いまや一家に一台は余ってると言われているHDのいらないのを、Winny 時は入れ替えて使うというのも良さそうです。(RAIDを組んでいる場合は無理ですが。)

スパイウェア対策としては私は、市販のセキュリティソフトの他に、フリーソフトのスパイボット Spybot も併用しています。これはかなり有名なのでお使いの方が多いと思いますが、もしご存じない方、あるいはこれから使ってみようという方がいらっしゃいましたら、このサイトなどは、ダウンロード・インストールの仕方をはじめ、使い方がかなり判りやすく書いてあるので、参照されるとよろしいかと思います。
http://enchanting.cside.com/security/spyware.html

スパイボットでも発見されないスパイウェアについての対処法なんかも載っています。

写真:広瀬川

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2006年4月 2日 (日)

いくらなんでも、それじゃ隠れないと思う

20060402hotatejpフンメルさんのブログにマーラー指揮者占いと言うのが紹介されてました。生年月日を規準に占うんですが、パターンを世界のマーラー指揮者になぞらえてるのがユニーク。占ってみたい方はフンメルさんの「ドイツ音楽紀行」にGO!

で、占いの内容はともかくとして、私がちょっと別の意味で驚いたのは、リストされたマーラー指揮者の顔ぶれ。
バーンスタインをはじめとして、アバドやインバル、ベルティーニ、ラトルなどなど、マーラーを主要なレパートリーにしている指揮者たちがリストアップされてるんですが・・・

ワルターがいないんです!
私たちの世代なら、といっても当然ワルターを生で聞いたことなんかないわけですが、それでもステレオ録音のマーラー交響曲はありますし、マーラー指揮者といったらワルターとバーンスタインというのが最初に出てくる名前。
たぶんこのマーラー指揮者占いを作った人は若い世代なんだろうと思いますが、そうかぁ・・・。マーラー指揮者といってワルターが浮かんでこない時代になっちゃったんだ・・・。
メンゲルベルクまでさかのぼる必要はないし、ホーレンシュタインやウィン・モリスでは知名度に劣るので、無いのはしょうがないにしてもですね。
ちょっと感慨・・・。

占い自体は「どうなの?」という感じなんですが。
ちなみに私はラトルでした。私はどう考えてもラトルとはまるで違うタイプ。性格判断じゃなくて、生年月日で決める「占い」なんだから当たらないのはまあ当然なんですね。それに、そもそも、

「サイモン・ラトルさんは、気品高く、高い理想の持ち主。自主自立という言葉がぴったりな人です。頭の切れるタイプで、新しいものを取り入れていく意欲も旺盛でしょう。自分には厳しい人ですが、周囲の人々には温かい思いやりを示すので、誰からも好かれているようです。ただし、やる気のない人やズボラな人には、なかなか手厳しい一面も。誰もがあなたのように完璧にできるわけではないので、時には批判精神を抑えて、サポートに回ってあげることも大切です。親身に接するうちに相手の良さがわかり、あなたの人間の幅も広がるはず。恋愛面でも、理想主義者な面が見られます。お互いに高め合う関係も大事ですが、相手はあなたに安らぎを求めていることも忘れないで。」

これって確かにラトルにもあてはまるけど(恋愛面とかについては知りませんが)、アバドあたりにもピッタリ当てはまりそうと思いませんか?
他にラッキー・アイテムというのもあって青鉛筆でした。ただしこれはその時によってラッキー・アイテムが出てくる時と、「開運下着」というのが出てくる時とあるみたいです。
で、昨日は青鉛筆でしたが、今日やりなおしたら「開運下着は貝殻(アサリ)」に変りました。

えっ、アサリ??
アサリって・・・小さすぎはしないでしょうか?せめてホタテに・・・

今日の運勢はラトルの人は「新しい恋が次々と」。昨日が「新しい恋の予感」なので整合性はあるかも。シノポリの人の今日の運勢は「生き別れの兄弟と再会」だそうです。すっげえー!

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2006年4月 1日 (土)

今日から4月

20060401aprilfooljpあれえ???昨日の記事が消えちゃいました。
昨夜、投稿した段階で、またサーバーがなんとかいうエラーメッセージが出たので、そのうち時間がたてば反映されるだろうと思っていたんですが・・・

ココログのメンテ後の不具合、まだ治ってないんでしょうか。いくらなんでも時間かかりすぎかと。

つい先日のことです。私は例によって仙台市内の180円喫茶店で、チンタラしながら仕事の資料を読んでいました。なぜチンタラだったかというと、締め切りがずっと先なので、全然必死になる気分じゃなかったからなんですが。

私の隣の席に40代ぐらいの男性+30代後半ぐらいの男性の、二人組みが座りました。堅いサラリーマンではなさそうですが、かといってカタギじゃないってほどでもなくて、職業不明です。

40代男性が席に座るなり、いきなりでかい声で「いやあ、昨日バイヤグラ飲んだら、今日も心臓ドキドキしてんだよ。やっべえなあ」
--やばいのは、そんなこと喫茶店で大声で喋るあんたの神経だよ!

それはそうと(以下は昨日の消え失せた投稿の内容なんですが)、一昨年、老人性痴呆の番組を作りました。その番組は再放送が予定されていて、どうも本放送と再放送の間の時期に、厚生労働省が「痴呆」の呼び方を変えそうだったのです。審議会で候補の言葉を色々検討中の時期。担当者に尋ねたら決定するまでは候補の言葉は使わないで、痴呆を使ってくれとのこと。結局、「認知症」となったのは、みなさんご存知の通りですが、再放送ではナレーションの言葉を全部入れ替えて録りなおしということになりました。

でも呆け(ボケ)という言葉は、なくすのは惜しいような気がします。軽い呆けの初期に「認知」とかって大袈裟すぎるような気がするんですよね。そりゃ確かに認知の問題なのかもしれないけれど。

でですね。ダイエットの巨匠である私は、炭水化物の摂取には結構気をつけています。夕食のご飯は茶碗にものすごく軽くというかあっさり、二膳と決めています。(でも二膳あわせても普通の人の一膳分にもならない程度。)

昨日なんですけど、一膳しかたべてないんだか二膳たべたのか、忘れちゃいました。おかわりしようとしたときに、一瞬忘れたとかじゃなくって、どうしても思い出せない・・・自分が何膳食べたのか・・・。
認知症の人って、食事したかどうか忘れて、一日に7回も8回も食べちゃったりするんですよね。
ボケの初期症状??ああ、、、、バイヤグラのおっさんなんかより、遥かにやばいかも・・・

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