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2006年5月29日 (月)

フリードリヒ大王のフルート・コンサート ~名画と名曲・50

20060527menzel1jpこのシリーズもハッと気がついたらもう50回。――というのは嘘で、ハッとどころか50回目には、この「フリードリヒ大王のフルート・コンサート」を取り上げようと、ずっと前から決めていました。

以前に取り上げたフランスはロココの華、ポンパドゥール侯爵夫人が、大っ嫌いだった男。それが今回の主人公のフリードリヒ大王ことプロイセン王フリードリヒ二世(1712-1786)です。
ポンパドゥール夫人が嫌ったのは、自分の魅力が通じない実直なプロイセン人だったから。それに加えて、後には当時の複雑なヨーロッパ情勢の中で(といっても古代ローマこのかた、ヨーロッパ情勢が単純になったことなどあるのか?という感じですが)、外交音痴のポンパドゥール夫人が手玉に取られることにもなりました。

しかし芸術の愛好家であったポンパドゥール夫人と同様、フリードリヒ大王もまた音楽芸術の守護者でした。自らもフルート奏者であり、作曲もしたフリードリヒ大王は、サンスーシ宮殿の広間で、高名な音楽家と共に、アンサンブルを楽しんでいたのです。

この有名な絵は、ドイツ・リアリズムの画家、アドルフ・フォン・メンツェルによっておよそ100年後に描かれたものです。フルートを演奏するフリードリヒ大王を中心にカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(以下C・Ph・E・バッハ)やクヴァンツなどの当時フリードリヒ大王に仕えていた音楽家たちが一堂に会したこの絵は、もちろん画家の想像の産物ではありますが、寸分たがわず――はおおげさにしても――このとおりのコンサートが、サンスーシ宮殿では開かれていたはずです。

DAS FLOETENKONZERT

20060527menzel3jpC・Ph・E・バッハ(1714‐89)は、鍵盤楽器を弾いているこの人(→)。
彼とフリードリヒ大王とのエピソードで有名なのは、なんといっても父親のJ・S・バッハをフリードリヒ大王に引き合わせたことで、もしもC・Ph・Eが親孝行な息子でなかったら、「音楽の捧げもの」という音楽史上の最高傑作のひとつは誕生しなかったかもしれません。

日本語では多感様式とか感情過多様式などと言われるC・Ph・E・バッハの音楽は、父バッハともハイドンとも異なる独自の魅力を持っていて、熱烈な愛好家も多いようです。

C・Ph・E・バッハがフリードリヒ大王に仕えていたのは、1740年から1767年までといいますから、結構長いですね。彼は作曲家としてだけでなく、チェンバロ、フォルテピアノの奏者としても有名で、当然鍵盤楽器のための作品は数多く、有名なプロイセン・ソナタなどはフリードリヒ大王に献呈した作品です。もちろんフルートのための室内楽もあります。
ただこの絵で弾いているのがチェンバロなのか、フォルテピアノなのかちょっと分かりません。少し調べてみたのですが、明記してあるサイトは見つけられませんでした。

20060527menzel5jp画面、右端に控えめに立っているのが、作曲家のヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ(1697-1773)です。
(←)クヴァンツはフルートの名手でフリードリヒ大王のフルートの師匠でもありました。またフルート教本を書き表したことでも有名です。
クヴァンツはアマチュアのフルート演奏家であるフリードリヒ大王のために、数多くの作品を作りましたが、テクニック的には易しく、でも作品内容は充実したものをということで、なかなか苦労したようです。

フルート教師としてフリードリヒ大王に仕えたのは1728年ですから31歳の時。
大王の即位は1740年ですから、まだ皇太子時代からということになります。
しかしフリードリヒ大王の父親のフリードリヒ・ヴィルヘルム1世はやたら質実剛健の軍人タイプ。洗練された文化人だった母親の影響を受けたフリードリヒが音楽を習って、内輪のコンサートなどを開いたと聞くと、怒って彼を杖で打ちすえたと言います。

クヴァンツとは関係ありませんが、フリードリヒが牢獄のような生活に耐え切れずに父親の元を逃亡しようと図った時には、事前に計画が漏れ、逃亡の手引きをした近衛騎兵少尉の一人がフリードリヒの目の前で処刑されるという、陰惨な事件も起きています。
父親が亡くなって、晴れてフリードリヒが国王に即位した後は、クヴァンツは専属宮廷音楽家となり、その後もずっと大王に仕えています。

クヴァンツが作曲したフルート協奏曲は300曲を超え、フルートを含む室内楽曲も200曲以上というんですが、フルート協奏曲300曲って、いったいそんなに作曲できるもんでしょうか。テーマを変えて、あとは同一パターンと言う感じで処理するのなら、出来るものなんでしょうか?

20060527menzel4jpそれからヴァイオリンを持っている人が二人。よく分からないんですが、どっちかがヴァイオリニストのフランツ・ベンダ(1709‐1786)のはずです。もう一人はヨハン・ゴットリープ・グラウンでしょうか?そこまで書いてある解説が見つけられなかったので、ちょっと分かりません。

ちなみにベンダ家もバッハ家と同じく有名な音楽一家で、フランツの弟には作曲家のゲオルグ・ベンダ(1722-1795)がいます。彼も一時フリードリヒ大王の宮廷オーケストラの一員でしたので、もしかするともう一人のヴァイオリニストは弟ベンダという可能性も。

私は室内楽しか聞いたことないんですが、このゲオルグ・ベンダは本来はジングシュピールやメロドラマなどの劇音楽で有名な作曲家で、モーツァルトのオペラにも影響を与えたといわれています。
フランツはヴァイオリンの名手で、クヴァンツに認められてフリードリヒ大王の宮廷オーケストラに加わった人で、後にコンサートマスターをつとめるようになりました。

ADOLF VON MENZEL

前回取り上げたムソルグスキーの肖像を描いたレーピンが、ロシア・リアリズムの代表なら、この「フルート・コンサート」を描いたメンツェルは、ドイツ・リアリズムを代表する画家です。

アドルフ・フォン・メンツェル(1815-1905)は、現在はポーランドになっているブレスラウ(ポーランド語でヴロツラフ)に生まれました。ミレーの一つ下でクールベより4つ年上ということになりますから、まさにフランスのリアリズム全盛の時代と同時期に活躍した人ということになります。

メンツェルの一家は、ベルリンに移って石版画の工房を開き、メンツェルも稼業を手伝うことになります。しかし17歳のときに父親が死亡、メンツェルはその若さで石版画の仕事で一家を支えることになりました。

メンツェルは成人してからも子供の体格だったのだそうで、そのような劣等感を梃子に彼の旺盛な創作力が生まれたとする解釈も読んだことがありますが、それはどんなもんでしょうか。個人的にはそういうのは、あまり好きじゃない解釈なんですが・・・

版画工房時代の彼の作品の中にはクーグラーという歴史家の「フリードリヒ大王伝」という書物のための400点にのぼる挿絵もあり、これは後に「フルート・コンサート」を描くときにに大いに役に立つことになります。

「フルート・コンサート」は1852年の作品で、リアリズムの画家メンツェルのことですから、フリードリヒ大王を描く際には、先人の作品を研究し尽くしたと言われています。
そして上にも書いたように登場人物は全員、フリードリヒ大王の宮廷にいた音楽人であり、実際にこのような光景がサンスーシ宮殿で見られたであろうことは確実です。
勿論会場となっている広間は、サンスーシ宮殿にあり、現在もサンスーシに見学に行くと見れるようです。

この絵で注目すべきところはもう一つあって、それはシャンデリアです。というかシャンデリアと演奏者のそばに置かれた蝋燭による光の効果の追求。メンツェル自身この作品について「シャンデリアのために描いた」と語っているそうですが、メンツェルにはこのほかに外光が窓から入り込んでくる効果を描いた作品もあり、明らかに印象派を予告する特徴が伺えます。

もっとも1905年まで生きたメンツェルの活動時期と、印象派の時代とは重なっているわけですが、メンツェル自身はあまり印象派の作品に対して、良い印象は持ってなかったようです。

MUSIK IN SANSSOUCI

20060527menzel2jpさてこのコンサートでどんな曲が演奏されていたんでしょうか?
実はまさにこの絵をもとに企画されたんじゃないかというCD(初出はアナログ・レコードです)があります。

それがハルモニア・ムンディから出ていた「サンスーシ宮殿の音楽」。
ハンス・マーティン・リンデのフラウトトラヴェルソ(バロック時代のフルート)に、フーゴ・ルフのチェンバロ、ヨハンネス・コッホのヴィオラ・ダ・ガンバによって演奏される曲目は、まず

1 フリードリヒ大王作曲のフルートと通奏低音のためのソナタ ホ短調
2 C・Ph・E・バッハのフルートとチェンバロのためのソナタ ニ長調
3 弟の方のゲオルグ・ベンダのフルートとチェンバロのためのソナタ ト長調
4 そしてクヴァンツのフルートと通奏低音のためのソナタ イ短調

この絵だとヴァイオリン奏者は演奏してませんが、
a)フルートと通奏低音のための室内楽作品なのか
b)コンチェルトのカデンツァ部分なのか、どっちでしょう?
a だったら、まさにこのCDにおさめられた曲のいずれかであった可能性もあります。
と言っても、大王は自作かクヴァンツの曲以外は決して演奏しなかったんだそうで、C・Ph・E・バッハとベンダの曲は除かれるんですが。

せっかくエマヌエル・バッハのような大作曲家をかかえていたのにもったいないと思いますが、バロック音楽のスタイルを越えて、多感様式にむかったエマヌエル・バッハの曲を、どうやら大王はあまり好んでいなかったらしいのです。C・Ph・Eは結局フリードリヒ大王のもとを離れ、テレマンの後任としてハンブルクの教会のカントールと音楽監督に就任することになります。

リンデにはもひとつアウグスト・ヴェンツィンガー指揮バーゼル・スコラ・カントルムと共演したフルート協奏曲集(フリードリヒ大王、C・Ph・E・バッハ、クヴァンツの作品)もありましたが、いまは国内盤は出てないみたいです。上記の室内楽集も国内盤はAmazonにはないみたいで、廃盤なんでしょうか?

なおC・Ph・E・バッハ、クヴァンツ、ベンダらの作曲したフルート協奏曲は、たしかブリリアントから出ているフルート協奏曲集5枚組みには、揃って入っていたと思います。私は聞いてないんですが。

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コメント

名画と名曲の連載50!出版できそうですね。
絵画にも音楽にも疎い私には、とても興味深く勉強になります。
こういう絵は、その当時のおかかえの画家が書いたものかと思っていましたが、後の画家が、研究して描いているんですか。なるほど!

投稿: keyaki | 2006年5月29日 (月) 14:11

シリーズ50回おめでとうございます!
改めて、過去のエントリー読み返してみましたが、とても充実していて勉強になります。本当に出版して欲しいくらいです。
このメンツェル作品はベルリンの旧国立博物館で何度か見ましたが、背景の人物像を見てゆくと面白いですね。次回はしっかりと眺めてみます。

投稿: フンメル | 2006年5月29日 (月) 17:36

keyakiさん、ありがとうございます。

音楽に「疎い」だなんてとんでもない、少なくともある特定の歌手に関しては日本で一番詳しいのはほぼ確実。もしかしたら本人周辺と伝記作者を除けば世界で一番かも。

>後の画家が、研究して描いているんですか。

人物を描いたものなら肖像画、演奏シーンなどを描いたものなら風俗画などと、絵の分類はいろいろありますが、この作品は後世に描かれたために「歴史画」に分類されたりするんですね。なんだか奇妙な感じもしますけど。

投稿: TARO | 2006年5月29日 (月) 22:06

フンメルさん、ありがとうございます。

こちらこそいつもフンメルさんのサイトでは勉強させていただいています。特に北方ルネサンスやドイツ表現主義は、私はかなり不得手なジャンルなので。
(私の場合取り上げる作品が、バロックと19世紀フランスに偏ってるかもしれません。)

メンツェルの絵は、すべてを正確に描き尽くそうという意志みたいなのが凄いですね。
この作品の場合はそれだけでなくて、絶妙な光の効果からかもし出される雰囲気と美しさとが、否応なく音楽的なものを感じさせ、さすがに彼の代表作と言われるだけのことはあると思います。

投稿: TARO | 2006年5月29日 (月) 22:18

連載50回!おめでとうございます。
このシリーズは本当に勉強になります。音楽も特定のオペラに偏りがちで、なかなかレパートリーが広がらず、増して絵画はなかなか覚えられなくて、困っているんですけど、たま~に知っている題材とか出てくると、嬉しいですし(^^!
これからも勉強させて頂きます

>サンスーシ宮殿の広間

一昨年の夏に見ているはず…です。あの椅子に見覚えがあります。

投稿: ヴァランシエンヌ | 2006年5月29日 (月) 23:01

ヴァランシエンヌさん、ありがとうございます。

音楽のレパートリーはでも、すごく広がって来たのでは?ルイザ・ミラーとショスタコーヴィチの歌曲の両方を聞き込んでる人って、そう多くはいないような。
絵画については本当はシャガールとかホックニーとか、オペラに関係付けられそうなネタをいっぱい持ってる画家もいるんですが、彼らは版権の関係で出せないのが残念。

>一昨年の夏に見ているはず

エマヌエル・バッハと同じ広間に立たれたんですね。J・S・バッハもきっとあの広間には行ったはず。

投稿: TARO | 2006年5月30日 (火) 01:20

そうか、もう50回近くTAROさんと一緒に楽しませて、かつ考えさせて頂いたわけですねぇ。

50回目がメンツェルとはまた渋いTARO流といいますか。10年前にベルリン・ワシントンと共催でオルセーがなぜかメンツェル展をやりましたが、正直退屈、何で今メンツェル展なのかはやっぱり分かりませんでした。
小生クールベも苦手でこの辺の絵にはニブいみたい。

>チェンバロなのか、フォルテピアノなのか

完成画では半音鍵盤が白だけど、全く同構図(但し楽器は鍵盤より後ろは描かれておらず、C・Ph・E・バッハはヒゲつき!)のデッサンでは半音鍵盤が黒ですからホントにどっちか分かりませんねぇ。某画集には「am Cembalo」(因みにデッサンの方は「Ph・E・Bach am Klavier」と題されてました)と明記されてたけど、80年代初めの東独の美術史家がそこまで音楽知ってて意識して書いたかは失礼ながら疑問。

>正確に描き尽くそうという意志

ウン、この絵の準備デッサンで、フルートの各部分まで設計図みたいに描いてあるのがありましたよ!これには脱帽。

フリードリヒ大王はヴォルテールと交流があったとか「サン・スーシ」の名通りフランス趣味のイメージがあるけれど、仏器楽曲は演奏させてたんでしょうかね?
昔「イタリア・オペラ一色だった18世紀ヨーロッパ宮廷中で、フリードリヒ大王のベルリン宮廷はパルマやシュトゥットガルトと並んでフランス外でフランス・オペラを上演してた珍しい例」と習いましたけど。確かに当時のベルリン宮廷は仏オペラ・コミックを上演してるけど、中心はやはりイタリアのオペラ・セリアだったようですね。宮廷劇場は貴族・軍人ら宮廷関係者専用で入場無料だったそうです。
ヴェルサイユで演奏会形式ですが、ヤコープス指揮でグラウンの「モンテズマ」を聴いたことがあります。美しく効果的な音楽でした。

投稿: 助六 | 2006年5月30日 (火) 08:24

助六さん、いつも充実したコメントありがとうございます。
本記事よりも、助六さんの該博な知識と豊富な音楽体験に基づくコメントのファンの方も多いはず。今後ともよろしくお願いします。

クールベをはじめリアリズムの作品というのは、私はわりと好きなんですが、この種の絵画に興味がもてない人の気持ちもなんとなく分かるような気はします。

はっきりした台詞は覚えていないんですが、たしかメンツェルは「正確に描くのはとても良い、すべてを描くのはもっと良い」みたいなことを言ってたんじゃなかったでしょうか。
良いかどうかはともかく、不思議な情熱ではありますね。

>グラウンの「モンテズマ」

それは珍しいですね。というかヤコプスってどこから見つけてくるんでしょうね、そういうレアな曲を。
2、3年前にヴィヴァルディの録音が話題になりましたけど、結構アステカもののオペラってあるんですね。スポンティーににもあるとか。
グラウンの作品はムジカ・アンティクァ・ケルンの協奏曲とか持ってたと思うんですが、どんな曲だったか忘れちゃいました。

フリードリヒ大王の宮廷には一時ヴォルテールもいたわけですし、クヴァンツやC・Ph・E・バッハの新作の合間に、ラモーが演奏されていたとしても、とてもしっくりくるような気はしますね。変化もつくし。まあ、実際どうだったかは、ちょっとわかりませんが。

投稿: TARO | 2006年5月30日 (火) 14:05

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