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2006年5月 5日 (金)

龍泉院の六地蔵

20060505ryusenin2jp六地蔵といえば京都の六地蔵巡りが有名ですし、江戸の六地蔵巡りというのもあります。

六地蔵信仰というのは「六体の地蔵を六道にまつり、衆生の救済を願う」というもの。(六道というのは天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄。)江戸時代には素朴な庶民信仰の一つとして、六地蔵巡りは大流行したようです。

こうした地蔵信仰をうけて、京都や江戸だけでなく、各地それぞれで六地蔵巡りが行われたり、あるいは六道にあわせて六体の地蔵菩薩がセットで作られたりしました。

20060505ryusenin3jp_1仙台市の新寺小路にある龍泉院の六地蔵もまた、そうした庶民の信仰を支えてきたお地蔵さんです。作られたのがいつか正確なところはわからないんですが、江戸時代より古いことは確かなようです。

龍泉院はもともとは青葉山のふもとにあって(当時の名前は龍川院)、藤原秀衡が開いたという歴史のあるお寺です。しかし伊達政宗が青葉山にお城をたてることにしたため、現在の場所に引っ越しました。

20060505ryusenin4jpで、理由はよく判らないんですが、この時に六地蔵だけはお寺と一緒に移らないで、そのまま青葉山のふもとに残っていたようです。それが幕末に北目町と東六番町の交わる交差点に移されました。

これもどうしてかはちょっと判らないんですが、その辺りは北目町と東六番町、東五番町、清水小路などの通りが交差する「六道の辻」になっていたので、その六と六を掛けたんでしょうか?

20060505ryusenin5jpで、この六地蔵さんはしばらくの間、この場所で人々の行き来を見てきたわけですが、その後この一帯に鉄道が通ることになったため、再び龍泉院のもとに戻ってきました。現在はお寺の山門の前に3体ずつ並んで置かれています。

龍泉院には本堂の前に大きな布袋さんの像が立っていて、なんとなくユーモラスな趣を添えています。

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コメント

久しぶりにプロフィールをクリックしました^^!

投稿: edc | 2006年5月 5日 (金) 08:49

あわわ・・・

投稿: TARO | 2006年5月 5日 (金) 09:51

六地蔵というと、近所の武蔵野の野道でも一つの石に3体ずつ刻んだ小さな素朴なものとかよくありましたね。あと鎌倉に「六地蔵」というバス停があって、ほんとに大きな石仏6体が並んでたのを思い出します。鎌倉時代まで遡るものではなさそうでしたが。あちこちに一体ずつあるのを探訪する習慣もあったんですね。
数年前帰国した時「深川七福神巡り」というのを正月にやりましたが、やはり楽しかったですね。当時はブームということで、どこの地区でも探して、見つからない場合は1・2神はデッチあげて探訪コース作ってるとかいう話でしたけど。

投稿: 助六 | 2006年5月 7日 (日) 11:28

助六さん

武蔵野の道にある素朴なお地蔵さんとかは、風情がありそうですねえ。小さなものだとレリーフ状に6体彫ってあるのなんかもありますね。
七福神巡りのブームなんかもあったんですか。

>見つからない場合は1・2神はデッチあげて探訪コース作ってる

えー!?(笑

投稿: TARO | 2006年5月 7日 (日) 17:08

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