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2006年11月

2006年11月30日 (木)

20061130女優の長澤まさみが星泉の名前で、薬師丸ひろ子の名曲「セーラー服と機関銃」をカヴァーしていますが、そのPVをご覧になった方はいらっしゃるでしょうか?

かなり変わった作りで、最初ずっとセーラー服の高校生が(素人かモデルかは不明)何十人も出てきて、最後になってようやく歌ってる本人が登場します。

でその高校生たちなんですが、まあ不っ細工なのは許すとして、なぜか皆同じ雰囲気。ごく普通のお嬢様風もいれば、渋谷の街で遊んでる風とか、少し前に流行ったガングロの子とか。色々とり揃えてるのに、なんか同じ。ヘアースタイルが似ているというのもあるんですが、他にも。

どこが一緒なんだろうと考えたら、なんか皆一様に生気がないんですね。生きているのかも死んでいるのかもわからないほどに。どうしてなんでしょう。(わざわざそういう子を集めたのかもしれませんが、だったらなおさら、何故?)

とはいえ私は男はシブガキ隊、女はWINKから、全くメンバーの区別がつかなくなったので、こちらのせいかもしれませんが。

(ちなみに「セーラー服」のPVは、you tubeにあがってました。
http://www.youtube.com/watch?v=TwuHL-dyfGg   )


それはともかく。本屋で店頭にならんでる雑誌を見ていたら、不思議なことに気づきました。
こちらは素人の女の子じゃなくて、プロのモデルや女優が表紙を飾ってるわけですが、これがまた皆、同じ顔なのです。

こっちは雰囲気や生気の問題ではなく、パーツの形が皆同じ。特に眉、目、鼻、顎。

眉は流行の形に描けば否応なく似てくるのかもしれませんし、鼻は正面からの写真だと、なかなか区別がつかないかもしれません。
目と顎はきっとプチ整形ですね。同じようにパッチリしててほんの少しだけ吊りあがった目、これも決して外人風にはならないようにほんの少しだけ尖った顎。

ところが唇の形だけは、皆違うのです。これもまたどうしたことでしょう?

A) 唇の整形は嫌がる。メグ・ライアンの失敗の例もあるし。
B) 唇にだけは決まった流行がない。
C) 唇の形に難のある人は最初からスカウトされない。

あるいは唇の形は美醜の判断に、あまり関わりがないというのもありかも。

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2006年11月29日 (水)

休み

20061129dainoharajp 今日はちょっと心配事があって、気持ちの余裕が持てないので、休みます。もしかすると明日も。

画像のバックは台原森林公園。昨日の写真もです。

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2006年11月27日 (月)

ダウンロードも違法に? ~ニュースの落穂拾い Watch What Happens

20061127koutoudaijp政府の「知的財産戦略本部」(本部長は安倍首相)は、きょう「コンテンツ専門調査会 企画ワーキンググループ」の第3回目の会合を開きました。

クリックするとHPに載っている概要のpdf が出ます。

いろいろあるんですが、このなかでちょっと気になるのは、2ページ目の真ん中ぐらいに書いてある「違法複製されたコンテンツの個人による複製」を著作権侵害とすべきではないかという提案です。

これはどういうことかというと、きょうの会合に先立つ24日に asahi.com が記事にしてますので、そこから引用します。

「現行の著作権法では、著作権者の承諾なしに複製したコンテンツをネット上に流すことは違法だが、違法コピーをダウンロードしても、個人で利用する限りは著作権の侵害とはならない。このため、ネット上で違法コピーを入手する行為が横行しても、規制するのは極めて困難だ。」

ということで、
「現状を放置すれば正規のコンテンツの買い手が減り、正当な利益を得られない制作者が創作意欲を失いかねないと判断。海賊版のダウンロードが違法であることを明確にすることでその流通を減らし、コンテンツ産業を成長分野に育てたい考えだ。」

ということのようです。

日本公開前の映画の海賊版DVDが出回ったり、それをネットに流したりというのは、明白な違法行為ですし、取り締まるべきだと思います。ここまでは異存ないし、提案もそのようなケースを前提としているようです。

しかし――

心配なのは、TV番組の一部を YOU TUBE のような場所に流した場合です。

アメリカでは YOU TUBE 自らが(google による買収に先立って)、テレビ局各局と調整を図り、TV番組の一部アップを可能にしています。

しかし日本ではテレビ局は、そのような方向性は一切みせず、TV番組のアップは著作権違反として削除を要請することに終始しています。

(つまり今現在は、日本のテレビ番組をYOU TUBE にアップするのは、著作権法違反の疑いが強い。ただしダウンロードするのは別に法律違反ではない。)

知的財産戦略本部の案では、このようなケースでも、ダウンロードしたら著作権法違反として「逮捕」(!)される可能性があるということになります。
先日のハーモニカ爺さんの件に見られるような、昨今の「みせしめ」主義から行くと、いずれそうなるかもしれません。

ビデオの普及で、テレビ放送というのはタイムシフトが可能になり、むしろそれによって私たちの社会生活も変わってきました。
地上波デジタルのコピーについて検討された時には、それすらわきまえずに、録画自体を不可能にしようという、時代錯誤な案すら放送局側から出たわけです。
そして今や、重要なニュースやスポーツ場面のハイライトは、家庭でビデオ録画するのではなく、誰かがアップしてくれたのをネットで見るという時代に、かなりの部分なりかけています。

それを敏感に察したアメリカのメディアは、そうした流れをいかした上で、それを自分たちの利益にどう結び付けていくかということを考えています。

特に民放の場合、CMを見てもらえるかどうかというのは、経営の生命線ですから、保守的になるのは判らないでもありません。しかしそこで取締りを強化したり、法律でさらにきつく縛ったりというような後ろ向きの方向では、ますます取り残されていくだけではないのかと思います。
局だけでなくJASRACなどの権利者団体も、既存の権利を守ることだけに汲々として、まったく進歩・変化についていけてません。

この「知的財産戦略本部」の提案する「コンテンツ産業の充実」もいいけれど、このあたりでおよそ時代から取り残されたことばかりやってるんでは、とても無理なんじゃないかと思います。結局のところ美味しいところは、全部アメリカに持っていかれるという、これまでの繰り返し。

個人的希望としてとりあえず早急にやってほしいのは、TV番組は画質をダウンした上で、時間制限すれば、ネットにアップが可能になるように、著作権法の改正をすること。まあないでしょうけれど。

写真:県庁前の銀杏並木

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2006年11月26日 (日)

「魔笛」 ミヒャエル・ゾーヴァ(画)

20061126zowajp 私はあまり詳しいジャンルではないんですが、前回に続いて絵本シリーズ第2弾。

ドイツの画家・イラストレイター・絵本作家のミヒャエル・ゾーヴァは、大変に人気のある人で、日本でもしばしば原画展などが開かれています。昨年京都で開かれた原画展の際には来日もしました。
映画ファンにとっては「アメリ」に作品が使われたことでおなじみですし、2005年度のアカデミー賞アニメ部門の受賞作「ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ」にも関係しています。

そのゾーヴァの絵によるモーツァルトの歌劇「魔笛」の絵本です。

1998年に、フランクフルト歌劇場はアルフレート・キルヒナーの新演出で、モーツァルトの「魔笛」の新しいプロダクションを出しました。
その公演で舞台装置と衣裳を委ねられたのが、ゾーヴァでした。
この「魔笛」はその時にゾーヴァが描いた原画をつかって、絵本にしたものです。

文章は作家の那須田淳さんが担当しています。おおむねオペラのストーリー通りですが、演出によって変化を与えられた部分は、モーツァルト=シカネーダーから離れて、演出の方に沿っているようです。

たとえば冒頭のシーン。部屋のベッドで眠っていたタミーノ少年が、大蛇に襲われた夢を見て目を覚ますと、暖炉の中からもくもくと黒い煙が出てきてパパゲーノが現れるということになっています。

ゾーヴァの原画は、特に人物の絵が、なかなか可愛いらしくて、楽しく出来上がっています。

ただ舞台背景となる景色や部屋をメインに描いたものに関しては、他のゾーヴァ作品に比べて、少々ラフに感じられます。

綺麗だし味わいはあるのですが、言ってみればいつものゾーヴァ作品がレンブラントなら、この「魔笛」はフランス・ハルスみたいな。これはあくまでも舞台美術の原画という性格から、やむをえないのでしょう。

もしあまりゾーヴァになじみのない人が、モーツァルトから離れて、ゾーヴァの絵そのものを楽しみたいというのであれば、ファースト・チョイスとしては、この「魔笛」よりもむしろ絵本「ゾーヴァの箱舟」をお薦めします。これはゾーヴァお得意の動物たちを描いた作品を集めたもので(「魔笛」のように一貫したストーリーがあるものではありません)、ディテイルをじっくり眺めていくと、とても面白くかつ新鮮です。

なおゾーヴァの作品は版権処理が必要で、ここには出せませんので、
http://www.hikumano.co.jp/card.html
ちょっと画像が小さいんですが、こちらでご覧ください。
音楽好きには(8)なんか面白いかと。

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2006年11月24日 (金)

またもや訃報、フィリップ・ノワレも

20061124noiretjp(22:45 経歴その他、追記してます )

フランスの名優フィリップ・ノワレが、癌で亡くなったそうです。76歳でした。

ネットニュースにもあるように、映画「ニュー・シネマ・パラダイス」で、シチリアの小さな村の映画館の映写技師アルフレードを演じたあの人です。
映画を観てない人でも、トト少年を自転車に乗せたあのポスターはご覧になったことがあると思います。

「エスピオナージ」、ロミー・シュナイダーとの「追想」、「フェラーラ物語/「金縁の眼鏡」より」、「イル・ポスティーノ」・・・思い出してたら涙が出てきました。とてもこれ以上書けそうにありません。

  *  *  *  *  *

(22:45)

とっとっと・・・第一報ではつい取り乱してしまいましたが、冷静になってノワレの経歴を振り返ってみましょう。

allcinema ONLINE によれば、フィリップ・ノワレは1931年10月の生まれ。「父は洋服会社の重役で幼い頃はブローニュやモロッコなどで育つ」ということなんですが、ブローニュとモロッコを並列というのが、なんとなく変かも。

当初は舞台が中心だったようですが、55年ごろから本格的に映画に進出。ルイ・マルの「地下鉄のザジ」(1960)、ジャン=ポール・ラプノー監督、ドヌーヴ主演の「城の生活」(66)、アナトール・リトヴァーグ監督でオトゥール主演の「将軍たちの夜」(66)、ヒッチコックの「トパーズ」(69)など、60年代にもいくつか目立つ作品があります。

わたしが初めてこの俳優を意識したのは「エスピオナージ」(73)の時でした。
アンリ・ヴェルヌイユ監督のこの映画は題名通りの作品で、KGBの高官がパリで亡命、各国のスパイ網が動き出し、密かに、しかし激しい情報戦が繰り広げられます。

この冷酷で裏切りに満ちたエスピオナージュの世界を描くのに、ヴェルヌイユ監督は各国のスター俳優を集め、演技合戦をさせました。
KBG高官にユル・ブリンナーを配し、アメリカからヘンリー・フォンダ、イギリスからダーク・ボガード、そしてフランスからはフィリップ・ノワレ。

ブリンナー、フォンダという西部劇・アクション映画にも強い二人のハリウッド俳優に対して、イギリスからはダーク・ボガードという実に繊細な演技を得意とする人を迎えて、そしてフランスからは。――それまでは喜劇でとぼけた味わいを出すのがうまいと思われていたノワレですが、ここではボガードに匹敵する心理表現で、3人の世界的スターに一歩も譲らない演技を見せています。

しかしこの段階ではフィリップ・ノワレはまだ「華はないけど、演技力のある人」だったかもしれません。

それが「花も実もある」にかわったのは、75年の「追想」でした。

「冒険者たち」のロベール・アンリコ監督によるこの作品で、ノワレはドイツ占領下のフランスで、ドイツ軍によって愛する妻と子供を惨殺され、たった一人でドイツ軍に復讐する男を演じます。

ただのお人好し風の容貌の、そして実際決してランボーのようなスーパーヒーローではない平凡な男が、恐怖におびえつつも復讐の鬼と化していく姿を、ノワレは完璧に演じきりました。

妻役ロミー・シュナイダーの美貌も圧倒的で、この「追想」はフランス・セザール賞の作品賞を受賞。ノワレも主演男優賞に輝きました。(さらに音楽のフランソワ・ド・ルーベが作曲賞。)

この後のノワレは完全にスター俳優として遇されてきたように思います。

テッド・コチェフ監督、ジャクリーン・ビセット主演の「料理長(シェフ)殿ご用心」(78)のような軽やかなコメディから、ジュリアーノ・モンタルド監督「フェラーラ物語/「金縁の眼鏡」より」(87)のように傷つきやすい心のデリケートな表現が求められたシリアスな作品まで、幅広い役柄をこなしてきました。

そして1989年、あのジュゼッペ・トルナトーレ監督「ニュー・シネマ・パラダイス」が来ます。
誰もが観てるような作品ですから、詳述はしませんが、この年のノワレはタヴェルニエ監督の「素顔の貴婦人」での演技も絶賛され、この2つの作品で英国アカデミー賞、ヨーロッパ映画賞、セザール賞の主演男優賞を独占しています。

このあとのノワレはご存知のとおりで、トルナトーレをはじめ、フランチェスコ・ロージ、パトリス・ルコントらの作品に出演。

マイケル・ラドフォード監督、マッシモ・トロイージ主演の「イル・ポスティーノ」(94)では、亡命詩人パブロ・ネルーダ役を魅力的に演じました。「ニュー・シネマ・パラダイス」同様に、ノワレでなければ出来ない役と行ってもいいんじゃないでしょうか。

「ニュー・シネマ・パラダイス」も「イル・ポスティーノ」も、子供・若者の成長をささえ、単に影響を与えるというにとどまらず、ある高みに上らせてくれる、そんな役だったことは、決して偶然ではないでしょう。

私は演技のことはあまりよく知りませんが、そういった役というのは、おそらく演技力だけでこなせるものではないんだろうと思います。画面に登場しただけで、その存在だけで、そうした役柄を納得させてくれる、そんな無二の俳優だったと言えるように思います。

10年近く出演作の日本での公開はありませんでしたが、癌だったということですから、あるいは病気で実質的に引退していたのでしょうか?

どうぞ安らかにお眠りください。

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2006年11月23日 (木)

駅前温泉 ~風変りな人々・13

20061123triojp 昔は銭湯が町中にあって、でも自宅に風呂を持ついわゆる内風呂が増えるにつれ、銭湯はどんどん閉店していきました。しかし70年代ぐらいを中心に銭湯の数と反比例して、サウナが増えていきました。

これはいったいどうしたことなのでしょうか?
仙台市ぐらいの規模の町ですら、市中心部に十数軒はサウナがあったように思います。

今考えてみると不思議な気がします。たかが高級風呂屋がなんだって、あんなに沢山あったんでしょう?

でもって私もかつては結構サウナに行ってたのでした。飲んでからサウナでアルコールを抜いて帰宅なんて、決してやっちゃいけないことを、よくもまあ、若さにまかせてというか、愚かにもというか、やっちゃってたもんです。

街中にあるサウナの店舗数がガクンと減ったのは、バブルがはじけてから。

原因は3つぐらい考えられると思います。

1)郊外の安いスーパー銭湯が人気を集めて客をとられた。500円ぐらいですから、2000円はとるサウナでは太刀打ちできません。しかも駐車場完備。

2)長期の不況と価格破壊で、たかが風呂に2000円も払いたくないという気持ちが広がった。

3)環境に対する行政の意識が変わり、排水の水質規準が厳しくなって、営業を続けるには新たな設備投資を必要とした。

といったあたり。3に関しては市町村によって違うと思いますが。
そんなこんなで私自身も、もう5年ぐらいサウナになんか行ったことがありません。
これは以前に、わりとよく行ってた頃の話。

サウナで痩せるというのは迷信で、水分が出るだけで、そのあとビール一杯飲んだら、逆にカロリー摂取して逆効果。というのは良く知られてると思います。

そうは言っても簡単に痩せられそうな気分に誘われるのか、基本的にサウナというのは太目の方々が多いような気がします。

しかしそのサウナには、とても痩せた人が3人来てました。
とてもというのは正しくありません。正しくは「極限的に」痩せた人が。

誤解されると困るので、念のため断っておくと、私は痩せた男性の裸をウォッチする趣味など、これっぽちも持っていないのですが、というかどちらかといえば目を背けたいのですが、その3人はあまりにも(痩せ具合が)凄いので、ついつい観察してしまうのです。
私はこの3人をひそかに「激ヤセ3人組」と名付けました。
(グループで来てるわけじゃなくてバラバラですが。)

そのうちの一人は身長が190cm以上、もしかすると2m近いんじゃないでしょうか。
凄く細くて、当然あばら骨なんかもくっきりと浮き出ています。

彼は手足も長く、骨っぽいので、なんだか四肢を動かすたびにガチャン、ガチャンと音が聞こえてきそうでした。
風呂ということは裸ですから、その骨格標本みたいな巨大なオブジェが、ガチャン、ガチャンと音をたてて(それは嘘ですが)、ザッブ~ンと水風呂から上がったりすると、思わず恐怖に打ち震えるのでした。
ちょっと北方ルネサンスの版画に出てくる死神とか黙示録の騎士とかみたいな感じだったので、私は彼をひそかに「死神くん」と呼ぶことにしました。

もう一人は、3人の中ではまだすこし脂肪がついていたかもしれません。でもとっても細くて、ただ顔が平安時代の絵巻物か(ヘアースタイルが何故か正面から見るとおすべらかしみたいだった)、歌麿の版画にでもでてくるようなだったので、私は心ひそかに彼を「浮世絵くん」と呼んでみました。

しかし3人目の人ほど凄い人を見たことがありません。
その人は筋肉も脂肪もなく、骨の上を皮膚が覆っているだけなのです。いや、そんな人はいませんから筋肉はあるんでしょうけれど、無いとしかみえないのです。内臓も無さそうに見えます。
もうウエストなんて横から見ると厚さは5cmも無いくらい。当時ウエストサイズに若干の問題を抱えていた私は、見るだけでくらくらしてきました。

私は最初この人はきっと、物凄い難病で何ヶ月も入院してたに違いない、そしてすっかりやせ細ったけれど、これからサウナで新陳代謝を良くして太るんだろう。そんな風に考えて自分を納得させました。

そしてちょうど半年後、またその人とサウナで会ったのです。彼は1kgたりとも太っていませんでした。
そもそもが極限的に痩せた人だったのです。
彼はおそらく日本で一番痩せてると思いますが、そんなひとに仙台で出会うとは!

私は彼に「激ヤセくん」という愛称をつけ、観察することにしましたが、残念ながらそのあと、2、3回しか見れませんでした。

ちなみにユニット名に「激ヤセ」とついてるのに、一人だけ「激ヤセくん」は変じゃないかと思う人がいるかもしれませんが、これは激ヤセ中の激ヤセという気持ちを込めてるのですね。キング・オブ・キングスみたいな。

で、その後私もサウナには行かなくなったし(そもそも血圧高いからお酒を飲んだ後、サウナになんか入ったら死んでしまう)、その3人とも出会うことは無くなり何年も経ちました。

この夏です!再会したのです。激ヤセくんと。
それは仙台市内の喫茶店でしたが、そう、たしかに彼に間違いありません。
ヘアスタイルも昔と変わりなく、少し長めのウェーブのかかった髪をなびかせ、ちょうどジークフリート・イェルザレムみたいな感じ。
服を着てたのではっきりとは分かりませんが、まったく太ってはいないようでした。ポロシャツを着てましたが、ソコから出ている腕も昔の細さをしっかりキープしてるようです。

激ヤセくん、元気だったんだねえ・・・

激ヤセ君はやけに太った男性とお茶してました。両極は惹き合うのかもしれません。

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2006年11月22日 (水)

ロバート・アルトマン監督が死去

20061122altmanjp アメリカの映画監督ロバート・アルトマンが20日、ロスの病院で亡くなられたそうです。81歳でした。

謹んでご冥福をお祈りいたします――などというしおらしい決まり文句は、あるいはもっとも不似合いなひとだったかもしれません。

ロバート・アルトマンは1925年生まれ。習作をヒッチコックに認められ、まずTVで「コンバット」などのシリーズを手がけます。

1967年には映画界に進出。
1969年サンディ・デニス主演「雨に濡れた舗道」で評価を決定的にします。日本でも興行的にはともかく、批評の面ではこの作品はかなり好意的に迎えられたように記憶しています。

アルトマンが一躍世界的に有名になったのは、その翌年の「M★A★S★H マッシュ」。
ブラック・ユーモアにあふれたこの珍妙な戦争映画を、私は高校生の頃に観ましたが、「わー、なんじゃ、こりゃ?」というのが感想でしたね。今見たらもっと良く見れるでしょうか。それとも衝撃力・破壊力はかなり薄まってるのでしょうか。

「マッシュ」はカンヌ映画祭を制したほか、全米批評家協会賞とゴールデン・グローヴ賞も受賞。アカデミー賞では5部門の候補に上がりました(受賞は脚色賞のみ)。

一躍スター監督となったアルトマンは、このあとも「BIRD★SHT バードシット」、ジュリー・クリスティーの「ギャンブラー」、エリオット・グールドがフィリップ・マーロウを演じた「ロング・グッドバイ」、群像劇「ナッシュビル」など話題作を矢継ぎ早に発表して行きます。

アルトマンが70年代に撮った作品はあわせて16本、ハリウッドとは思えない凄いペースです。

ALLCINEMA Onlineによれば、80年の「ポパイ」は興行的に失敗し、92年の「ザ・プレイヤー」で復活するまで、一時的に干されていたということになっていますが、そうでもありません。

この間のアルトマン監督作の中には、一つ大変に重要な作品があります。それはサム・シェパード原作・主演の「フール・フォア・ラヴ」(1985)。

なぜにシェパードの戯曲をアルトマンが?と思ったものですが、果たして二人は撮影中かなり険悪な仲だったそうです。
しかしそれは逆に良い方向に作用したとしか思えません。

サム・シェパードはもともと演技の上手い人ではありませんが、ここでは宿命を背負った苦悩する男そのものになりきっています。(苦悩という単語はちょっと違うかもしれませんが。)
そして近親相姦の愛に揺れる女を演じる、キム・ベイシンガーの凄さは言うまでもありません。

一見、非アルトマン世界とも思えるような物語ですが、アルトマンの演出力と、独自の映像世界を作る力量をまざまざと感じさせる、非常に印象的な作品となっています。

「ザ・プレイヤー」以後、アルトマンは再び軽やかな撮影ペースを取り戻し、次々と新作を発表、なかでも「プレタポルテ」や「ゴスフォードパーク」などは特に高く評価されました。

アルトマンは5回、アカデミー監督賞にノミネートされていますが、結局1回も受賞できませんでした。ただ今年(2006年)名誉賞を受賞しています。

この授賞式の席上、スピーチでアルトマン監督は10年前に心臓移植手術を受けたことを告白。ドナーは30代の女性だったのだそうで、「だから私はまだ若い」と言ってたんですが・・・

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2006年11月20日 (月)

三菱東京UFJ銀がコンビニATM無料に ~ニュースの落穂拾い Watch What Happens

20061120higashisendaijp 「三菱東京UFJ銀行は20日、同行に口座を持つすべての預金者を対象に、ほとんどのコンビニエンスストアの現金自動預け払い機(ATM)の利用手数料を来年3月から、早朝・夜間などを除いて無料化すると発表した。」(ネットニュース全文

 対象となるコンビニは、同行と提携するセブン―イレブン、ローソン、ファミリーマート、ミニストップなどで、無料の時間帯は同銀行のATM利用と同様に、朝8時45分から夕方の6時まで。平日の早朝・夜間、土日祝日は現行の210円を105円に引き下げるとのことです。

理由が書いてないので分かりませんが、例の未曾有の利益を消費者に還元ってやつの一環なんでしょうか???

消費者にとってはたいへんに望ましいことではあるのですが、これで気になるのは東京スター銀行の件。

東京三菱UFJ銀行は今年7月、東京スター銀行とサークルKサンクスによるATM手数料無料の「ゼロバンク」サービスに対して、『手数料ゼロを止めないならば、提携を打ち切る』と申し入れていたはず。この話はいったいどうなっちゃったんでしょう?やることに整合性がないような・・・?

実は私は東京三菱UFJ銀行に口座は持っていないので、無料になろうがなんだろうが、直接的にはあまり関係ないのですが、地元の七十七銀行が一緒にこの「ゼロバンク」サービスに中止を申し入れてるので、ちょっと気になっているのです。

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2006年11月17日 (金)

「ペンギンの音楽会」 エルケ・ハイデンライヒ

20061117皆さんは、どうして南極に住むペンギン達がいつも燕尾服を着て正装してるのか、ご存知ですか?

実はこれはほんの少数の関係者と、ペンギン達以外は誰も知らないことなんですが、南極には3、4年に一度。ウィーンからオペラ船がやってくるんです。もちろんウィーン国立歌劇場で活躍する素晴らしい歌手たちを連れて。

ペンギンたちはその日に備えて、いつもエンビで正装してるというワケ。
今年もやってきました。演目はヴェルディの名作「椿姫」。アルフレードを歌うのは、なんとあの三大テノールの一人、ホセ・カレーラス!
そしてヴィオレッタとジェルモンは――読んでのお楽しみとしておきましょう。


この「ペンギンの音楽会」は、『大人の絵本』として大評判を呼んだ「黒猫ネロの帰郷」(1995)のハイデンライヒとブーフホルツ(絵)のコンビが放った第2弾。ドイツでは1998年、日本ではその翌年に出版されました。

わずか59ページ、ほとんど全ページに挿絵が入っていて、しかも活字が大きいのであっという間に読み終わります。

絵はすごく素敵ですが、多少疑問なのは、オペラ好きの人じゃないと、あまり面白くないんじゃないかなということ。
「黒猫ネロの帰郷」の方はかなり感動的というか、誰が読んでもちょっとホロっとなると思うんですが。

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2006年11月16日 (木)

NBS ~音楽ニュースの落穂拾い Watch What Happens

20061116battlejp音楽界の話題を2つ

1.キャスリーン・バトル来日中止

だそうです。理由は不明。カジモトのHPには「本人の都合により来日が不可能になった」としか書いてません。

METをクビになって以降、オペラの舞台はもちろん録音でもバトルの声を聞くチャンスはあまりなくなってしまったわけですが、今回4年ぶりの来日のはずだったんでしょうか。もし1月に東京に行ければ、聞いてみてもいいかなと思ってました。といっても特に彼女の歌声が好きというわけではないのですが。
都合って、どうしたんでしょうね?

2.NBSが寄付を募集

NBS、日本舞台芸術新興会から寄付を呼びかけるDMがきました。

なんでも2005年にNBSが特定公益増進法人に認可されたため、寄付に対して税制上の優遇措置が講じられるんだそうです。(一般の財団法人とはそこが違う)。

特定公益増進法人はたとえば赤十字社とか宇宙開発事業団とか日本盲導犬協会などがそれにあたりますが、そうか、NBSも公益を増進させる法人だったんだ。ううむ、知らなんだ・・・

ということで「特定公益増進法人に対する寄付」について調べてみました。

特定公益増進法人に対する寄付といえども、全額経費として認められるわけではありません。

個人の場合は所得金額(収入から経費をひいたもの)の30%から5000円を引いた額になります(平成18年度から適用。17年度までは1万円を引いた額)。
私たちのようなしがない自営業者のばあいはそうでもありませんが、サラリーマンの場合は所得金額はかなり多くなるはずで、相当な金額まで寄付しても所得控除されそうです。

次に企業からの寄付の場合ですが、一般に寄付(一般の財団法人や宗教法人などに対しての)には税法上で損金として認められる限度額というのがあります。

特定公益増進法人への寄付はこれとは別枠で認められています。ただしこれも上記の限度額と同じ金額が上限になっていて、全額が控除できるわけではありません。

この限度額というのは、
(資本金×0.25%+所得金額×2.5%)の1/2 として計算します。

例:資本金1億円、所得金額(収入から経費を引いたもの)5000万円だった場合は、
1億円×0.25%=25万円 5000万円×2.5%=125万円 で、
(25万+125万=150万)÷2=75万円
これが控除できる上限ということになります。

この上限額もしくは特定公益増進法人への寄付金額のうち小さい方が、まず損金として控除できます。

例えば一般の寄付金50万円、特定公益法人への寄付が200万円だとしましょう。
まず200万円のうち上限額の75万円が特定公益増進法人への寄付として、損金に計上できます。

そうすると125万円残りますが、これは一般の枠に回せます。125万円に一般の寄付金50万円を足して175万円。このトータル金額のうち75万円が一般寄付金分として損金に繰り入れることが出来るわけです。

つまりNBSに200万、どっかの財団法人に50万寄付して、もしNBSが特定公益増進法人でなければ、合計250万円の寄付のうち、損金になるのは75万だけですが、特定公益増進法人になったために、トータル150万円を控除できるというわけです。

NBSのDMによれば「皆様からのご寄付」によって何が出来るかというと、
1)チケット料金の引き下げ
2)公演の質的な向上
3)日本全国における公演回数の増加
4)一流の芸術団体・アーティストの積極的な招聘
ということになるそうです。ただしこれらは「展望」ということで、それを可能にすると言う公約ではありません。私はいずれの項目もほぼ不可能に近いのではないかと思います。

例えば質的な向上だったら、NHKホールではなく新国立劇場を使うのが、目覚しい向上を可能にする最も簡単な手段だと思いますが、佐々忠氏にとっては決してありえないことなのでしょう。
もしどこかの企業が、新国での公演を前提に巨額の寄付を行った場合、NBSは受けるでしょうか?断るでしょうか?私がお金持ちならやってみるんですが。

日本全国における公演なんて、少なくともオペラに関しては絶対ムリでしょう。まあコンサートもやってますから、それでお茶をにごせば展望実現ということになるのでしょうか。

1のチケット料金の引き下げですが、これはNBSこそが日本における来日スター歌手のギャラ高騰の元凶だったわけで、いまさらしおらしいふりして引き下げって(笑)。

日本におけるオペラ公演の歴史を考える時に、NBSの果たした役割はきわめて大きいと思います。
なかでも1979年から81年にかけてのC・デイヴィス指揮のコヴェントガーデン、ベーム率いるウィーン国立歌劇場、アバドとクライバーによるスカラ座と続いた一連の来日公演は、(建物以外丸ごと持ってくるという意味での真の引越し公演が初めて実現されたという意義も含めて)日本のオペラ上演史のハイライトといっても良いでしょう。

これらを実現させた、当時の佐々木氏の実力というか実行力は凄い物があるし、それらに接することが出来たという意味で感謝もしてますが、最近はどうなんでしょうか?
劇薬は副作用も強くて、チケット代の高騰、新国への異常な粘着ぶり、デヴィーアのギャラ問題などなど、どうも反作用の方が目立つことがしばしばです・・・。

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2006年11月15日 (水)

フラ・アンジェリコ発見!~海外ニュースの落穂拾い Watch What Happens

20061115fraangelico1jpナポレオン戦争の時にフィレンツェの教会から持ち去られ、行方が分からなくなっていたフラ・アンジェリコの絵(2点?)が、200年ぶりに英国の民家から発見されたそうです。(ネットニュース全文

フラ・アンジェリコは1400年頃に生まれ(生年は不明)、フィレンツェなどで活躍して、1455年に亡くなったイタリアの大画家。
レオナルド・ダ・ヴィンチが1452年生まれですから、ちょうど半世紀前の人ということになります。

フラ・アンジェリコのフラというのは修道士を意味する呼称です。つまり彼は画家であると同時に(むしろ以上にと言うべきか)修道士でもありました。アンジェリコというのは『天使のような』という意味のいわばあだ名で、本名はグイド・ディ・ピエトロ・ディ・ジーノ。僧籍に入ってからはフラ・ジョヴァンニ・ダ・フィエーゾレと呼ばれていたようです(フィエーゾレの修道院にいたので)。

フラ・アンジェリコは大変に敬虔で聖人のような人だったと伝えられていて、一度描いた絵は「それが神の思し召しだ」として決して変更を加えなかったとか、絵筆をとる前には必ず祈りを捧げたとか、キリストの磔刑を描くときには涙で頬をぬらしていたとか、さまざまな伝説に彩られた人でもあります。

その作品はただ一つの例外もなく、静謐で、穏やかで、しかし深い感動を内に秘めています。たとえキリスト教に敵意を持っている人であっても、心打たれずにはいられない、そんな感じすら受けます。


フラ・アンジェリコは、これもはっきりとは分からないんですが1417年から1421年あたりのどこかの時点で、フィエーゾレのドメニコ修道会に入会したものとみられています。

フィエーゾレでは院長代理という職にありましたが、1440年前後にはフィレンツェのサン・マルコ修道院に移ります。
ここでフラ・アンジェリコは修道院の僧房や廊下、回廊に素晴らしいフレスコ画を描いていて、いまやフィレンツェの観光名所のひとつになっています。

20061115fraangelico3jp1450年には再びフィエーゾレに戻り、今度はサン・ドメニコ修道院の院長に就任します。さらに彼はローマ教皇によって2度にわたってローマに招聘され(1445-49、1453-55)、ヴァチカンで仕事をしています。

ということでアンジェリコの作品はフィエーゾレ(フィレンツェ郊外)、フィレンツェとローマを中心に、主に教会や修道院にあります。ナポレオンのイタリア遠征の時には、教会などからも多くの美術品が略奪されたわけで、その中に今回イギリスで発見された作品も入っていたのでしょう。何故にイギリスで見つかったのかは謎ですが。

なおフランス軍によって持ち去られたフラ・アンジェリコ作品としては、ルーヴル所蔵の「聖母戴冠」がよく知られています。(上右)

20061115fraangelico2jp今回、発見された作品は200年もの間紛失していたということで、勿論写真もないわけですが、1439年の作品ということですから、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークにあるテンペラ画「キリストの埋葬」(左、1440)などと同時期のものでしょう。いったいどんな作品なのか、わくわくしますね。

共同通信の記事では、2億円なんて書いてありますが、どう考えてもフラ・アンジェリコの作品だったら2億ではすまないと思いますが。

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2006年11月14日 (火)

ああ、示談になってれば・・・(×2) ~海外ニュースの落穂拾い Watch What Happens

20061114yoheinumajpその1

「米連邦最高裁判所は13日、米作家ダン・ブラウン氏のベストセラー小説『ダ・ヴィンチ・コード』によって自著『Daughter of God』の著作権が侵害されたとする作家ルイス・パーデュー氏の上訴を棄却した。2冊に大きな共通点はなく、著作権を侵害していないとしたニューヨーク連邦控訴裁の判決を支持したもの。」
ロイター

バーデューさんは1億5000万ドル、約176億円の賠償金を要求しており、お気の毒にフイになりました。
これは私の想像ですが、きっと17億円ぐらいで示談にと目論んでいたのではないかと、思うのですね。残念!

その2

「米ポップスターのマイケル・ジャクソンさん(47)を昨年、性的虐待で告訴した10代少年の母親(38)が13日、福祉援助に絡む詐欺で有罪判決を受け、8600ドル(約100万円)以上の支払いを命じられた。」
ロイター

おやまあ。うさんくさい親だとは思ってたんですよね。マイケルは前に訴えられた時は、映画制作の資金提供を申し出られて、断ったらいきなり少年虐待で告訴。この時は結局示談で相当な額を払ってるわけで、それを知らないアメリカ人はいないでしょう。

今回のこの親も、金のためなら息子を人身御供に出すこともいとわなかったくせに、柳の下の泥鰌を狙ったに違いないとは思ってたのですが。――いったいなんなんでしょう。この福祉援助に絡む詐欺って?

それで、確かこの母親ってジャネット・ジャクソンっていう名前なんですよね。

写真:与兵衛沼

タイトルバナーのうち蔦の葉だけSozaiRoom様からお借りしました。
http://www.sozairoom.com/index.html

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2006年11月13日 (月)

あまりの寒さに

20061113tsurugayajp今日は更新意欲がゼロです。
指がかじかんで(?)ミスタイプばっかりしてるし・・・

でもまだ今日あたりは良いほうで、今週の木曜日から土曜日にかけては最低気温が2度から3度と真冬のような寒さが予想されています。
どうしてこんなに寒いんでしょうか。
首都圏から西は、暖かくて紅葉が遅れてるというのに。

先週金曜日の夜、近くの与兵衛沼で、この秋初めての白鳥を3羽見かけました。例年に比べ随分早いような気がします。――と思って去年の日記を見たら、11月の下旬に飛来と書いてありました。やはり半月ぐらい早いようですね。もっとも今日の日中はいませんでしたが。単なる中継地点でどこかもっと南に行ってしまったのか、餌をとりに行って、留守にしてただけなのか。

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2006年11月12日 (日)

生まれかわり

20061112hayashijp昨日フジテレビで放送していた「たけしの日本教育白書」。番組自体はちゃんと見ていなかったのですが、チラッと見た部分で、たしか中学生の女の子だったでしょうか。
いじめによる自殺についてのディベートで「(自殺しても)生まれかわるからいいじゃん」と、ごく普通に答えていました。

なにか面白いことを言おうとか、変わったことを言って目立とうとかではなくて、発言が全く自然なので驚いたし、周囲の中学生たちも、特にびっくりした様子でもなく、反論をするでもなく・・・。(「でも虫とかに生まれ変わるかもしれないし」というような別種の反論はありましたが。)

子供たちは敏感だから、自分が異端の発言をして(ましてやTVで)『変なヤツ』と思われるのは避けるでしょう。この少女が普通に「生まれかわるから」と言っているというのは、「死んだら生まれかわる」という考えがこの世代の子供たちの中で、一つのコンセンサスになりかけているのではないかと危惧せざるをえません。

そして「生まれ変わり」があると本当に信じているのなら、自殺という行為に対するハードルは思い切り低くなるでしょう。

あらためてこんなことを書くのも我ながら奇妙な感じですが、勿論人は誰かの生まれ変わりではないし、死んでも誰かに生まれ変わるわけでもありません。(もしそうだったら人口の増減はおきないはず。)

オカルト映画などでよく描かれるリ・インカーネーションは、あくまでも特殊な出来事として描いているのであって、「人が死んだら必ず誰かに生まれかわる」という思想に基づいているわけではありません。
それに特にハリウッド映画でリ・インカーネーションを題材にするというのは、千数百年にわたって西欧社会を支配してきたキリスト教に対する異議申し立てでもあって、今の日本の少年・少女たちが持ってるらしい(持ってるかもしれない)素朴な生まれかわり信仰(?)とは、まったく異なる意義を持っています。

本当に不安です。もし危惧にとどまらず、普通に信じられてるとしたら、なぜ子供たちの世代が、こんなにも非科学的になったのでしょう。

本来は教育がなんとかすべきなのですが、学校にはおよそ期待できそうもありません。
特攻隊にしてもイスラム過激派の自爆テロにしても、為政者にはかなり都合の良い来世思想に裏付けられてるわけで、今の日本の状態では国にも期待できそうにもない。

となるとマスコミしかないわけですが、『生まれかわり』を売り物にして稼いでいる美輪さんや江原さんはどう思ってるんでしょう?

写真:県庁前の林子平像に鳩型のチョンマゲが!

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2006年11月10日 (金)

仙台ハリストス正教会の聖堂

20061110seikyoukaijpいわゆるギリシャ正教が日本に伝道されたのは、かなり古くて明治元年のことでした。
当時外国に開港されていた函館には帝政ロシアの総領事館がありましたが、ここの付属礼拝堂付きの修道司祭ニコライのもとに、3人の日本人がやってきたのが布教の第一歩だったといわれています。ニコライ司祭は後に聖ニコライ大主教として、日本のハリストス正教会の初代の大主教になります。

そんなわけで当然布教の第一歩を記した函館のハリストス正教会と、首都東京のニコライ堂(東京復活大聖堂)の二箇所が、日本の正教関係では二大名所となっています。

仙台にも函館や東京のような観光名所にはなってませんが、小規模ながら美しい教会があります。それが写真の仙台ハリストス正教会<生神女福音聖堂>。

生神女は「しょうしんじょ」と読んで、文字通り神(イエス)を生んだ女性という意味です。

なにしろ明治元年に日本で始めての信者が生まれたのに、その翌年の明治2年には、もう仙台でも伝道が始まっていたんだそうです。

その後、一時明治政府から邪教として迫害を受けたりもしましたが、明治25年には聖堂が完成します。

建てられたのは二番町通りに面した現在と同じ場所。江戸時代は国分町が、明治時代は一番町が目抜き通りでしたから、仙台の中心部とはいえ今よりははるかに安い金額で土地が買えたと思われます。

しかし戦後区画整理で二番町がメインストリートになり、さらに七十七銀行本店が隣に引っ越してきてからは、周り中ビルに囲まれた一等地になっちゃいました。民家とかだとまずいですが、宗教法人は固定資産税がかからないからいいですか。
上の写真は見やすいように、周囲をボケさせたので、ちょっと回りの建物が後退して感じられるかもしれませんが、じつはかなり近くに迫っています。

仙台ハリストス正教会のHPを見てみますと、「大正、昭和の初期の教会はペテルブルグ帝室音楽学院に留学しリムスキーコルサコフに師事した金須嘉之進氏により聖歌隊は充実」などという記述も。

この最初の聖堂は昭和20年の大空襲で焼けてしまったんですが、大十字架は防空壕に避難してて無事だったのだそう。

二代目の聖堂は昭和34年に完成。しかしそれも老朽化したので、平成12年(1998年)に3代目となる現在の聖堂が建てられました。「初代の聖堂の面影を保持」してるということです。

勝手に写真を撮るわけにもいかないので、内部をご覧になりたい方は、こちらのページ(仙台正教会のHP)からどうぞ。
http://www8.ocn.ne.jp/~sendai/page005.html
なおこのHPの写真、屋根が赤いですが、いま現在は私の画像みたいな色になっています。なお「仙台正教会の沿革」というページを見ると、初代聖堂の絵と、二代聖堂の写真も見れます。

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2006年11月 9日 (木)

「運命交響曲殺人事件」 由良三郎

200611091984年の第2回サントリーミステリー大賞の大賞受賞作。なんといっても作者が東大の医学部教授というのが話題になりました。(正しくはその2年前に定年で退官した東大医科学研究所の教授。)

当時を思い出すと、最初はやはり「う、運命?こともあろうに?ちょっとしたクラシック通ならもうすこし凝った曲目を選ぶんじゃないの?」といった反応だったでしょうか。

ま、そんなこんな少々<?>な気分で読み出すと。――なんと主人公の県警捜査一課長はエアチェックマニア。FM放送から録音した膨大なカセットテープをコレクションしているという設定。かなり嬉しくなっちゃいました。
タイトルこそ「運命交響曲」などと初心者っぽいんですが、実際には作者は相当なクラシックファンであることが、読み始めるとすぐにわかります。

で、そのベートーヴェンの交響曲もトリックに有機的に結び付けられていて、<クラシック好き&ミステリ好き>としては、かなり満足させられます。もっとも本当にこのトリックが可能なのかどうかは、多少疑問に感じなくもないし、もうひとつゲネプロがらみの重大な問題もあるんですが。


これはその後もミステリー作家として活躍した、由良さんのデビュー作ということになる訳ですが、おそらくかなりのミステリー好きでもあったのでしょう。医科学研究所ウイルス研究部の教授だったにもかかわらず、処女作でペダンティックに専門分野の知識を披露するような目くらましに頼らず、直球で勝負してきたところが立派だったと感じました。

ただ今回20年ぶりに読み返して見ましたが、さすがに文章と単語の選択の両方で、古さを感じさせるところがあります。
登場人物はクラシックのことを『洋楽』というんですが、84年ぐらいの段階で、そういう言葉遣いだったでしょうか?ちょっと覚えていないんですが。(今だと『洋楽』は非クラシックの外国曲全般という意味で使われるでしょうか。)
この作品に続く「殺人協奏曲ホ短調」では、登場人物がショスタコーヴィッチの音楽を『超近代音楽は難しくて』などと言っていて、笑っちゃいます。なるほど。近代音楽を超えてるから、超近代音楽。

主人公の家庭でビデオを買うかどうかを悩んでいたり(今なら安いものだと1万円ちょっとで買えますが、当時はビデオは10万円以上したと思う)、クロームテープなんていう懐かしい単語が出てきたり、ニヤニヤするところが随所にあって、作者の意図とは全く無関係に楽しめます。
(トルコ風呂という単語も出てきますが、こういうのは時代の証言なんだから、絶対にソープランドに変えたりしないでほしいところです。)

由良さんは大正10年生まれ。おそらくこの世代のクラシック好きだと、SPで繰り返し繰り返しベートーヴェンの交響曲第5番を聞くというのが、王道だったのかもしれません。処女作を「運命交響曲」にしたのは、単に世間で一番知られてるクラシック曲だというだけでなく、私たちには分からない強い思い入れがあったのかも。(85年には「葬送行進曲殺人事件」という作品を発表。当然エロイカだと思って読んでみたら、現場が葬儀場だというだけで、音楽とは何の関係もない小説でした。)

日本の本格推理小説の世界は、赤川次郎さんの登場で全く違う段階に入りましたが、由良さんはデビューこそ遅かったものの、スタイルはそれ以前の横溝正史風の趣を残した、ちょっと古いタイプのミステリー作家に分類できるのかもしれません。惜しいことに一昨年亡くなられました。

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2006年11月 8日 (水)

アメリカ・アメリカ ~ニュースの落穂拾い Watch What Happens

20061108katsuyamajpその1

アメリカの中間選挙がなんといっても話題ですが、民主党が上院でも逆転するのでしょうか?

ヴァージニア州が接戦らしいんですが、この州では票差が投票総数の1%以内のときは、負けた方が再集計を求めることが出来るんだそうで、その場合は確定が12月にずれこむんだとか。なんだってそんなにかかるんでしょう?
ブッシュが最初に当選した時の大統領選もですが、どうもアメリカの選挙制度ってよくわかんないですね。

ところで、この日は37の州で同時に「住民が提案した州法案の是非などを問う住民投票」も行われたようです。

「民主党の躍進を背景に、宗教的な価値観が絡む注目の法案で、保守派が敗北するケースが目立った。
 パーキンソン病の俳優マイケル・J・フォックスさんがCMに出演し支持を訴えていたミズーリ州の胚(はい)性幹細胞(ES細胞)の研究に関する住民投票は、推進派が小差で勝利した。
 ES細胞は受精卵を壊してつくるため、宗教右派が反発し、ブッシュ大統領も『生命の破壊』と批判している。
 人工妊娠中絶をほぼ全面的に禁止する厳格な州法が全米の注目を集めていたサウスダコタ州では、同法の取り消しを求めた住民の提案が可決された。」
読売新聞

ES細胞については私は無知ですし、どういうことなのかもよく分からないんですが、ただこれだけは言いたいのです。

>ブッシュ大統領も『生命の破壊』と批判している。

さんざんイラク人の生命を破壊したお前が言うな!――と。

その2

「ラムズフェルド国防長官が辞任、後任にゲーツ氏」(読売新聞)

う!一瞬ビル・ゲイツかと思ったじゃないですか。

写真:仙台市上杉の勝山公園

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2006年11月 7日 (火)

「サラバンド」(後)

20061107sarabandjp映画を見終わったあと、本屋さんでチラッと、映画雑誌を立ち読みしたら、えーーーーーー!!!

この「サラバンド」という作品は、実はTV用に制作されたものだったのでした。しかもフィルムではなくデジタル・ハイヴィジョン(※)での撮影とのこと。家に帰ってネットで調べたら、スウェーデン本国では2003年の12月1日にスウェーデンテレビから放送されたのだそうです。またあくまでもテレビドラマという意識なのか、ベルイマン側はこれをフィルムに焼くことを厳禁しているということです。
http://www.shinjuku-shobo.co.jp/new5-15/koramu/NordicCinema/Nordic_47.html

そうだったのか・・・。なんか画質も変だと思いました。

最初から予備知識を持ってみればよかったのですが、最近は映画雑誌も(時間がないのと、面倒なのとで)読んでないし、「ぴあ」も買ってないしで、詳しい映画情報に接するチャンスをすっかり逃していたのです。

TV用の作品だったとすると、疑問がすべて氷解します。

特に音の問題。緻密なサウンド設計がなされているアメリカ映画などに比べて、ずいぶんプリミティヴな音響だなとは、見てる間から思っていました。

しかし劇場の中で、完全な沈黙を作り出せる(無論厳密には完全な無音などありえませんが)映画と違って、テレビの場合は『お茶の間』の喧騒の中で見られることを前提としますから、ダイナミックレンジを広く取ることが出来ません。また沈黙が一定時間続くと事故と見なされますから、ある程度のノイズやBGMを入れる必要も出てきます。

そして台詞。無音のまま映像に語らせるということはかなり難しく、喋りが過剰になることは宿命です。視聴者が過去のベルイマン作品を見ているなどという前提で作るのも難しいですから、どうしても台詞で説明しなければなりません。

映像もロングを抑えて、アップやミディアム・ショットを中心にしなければなりません。特に日本のように40~50型クラスのディスプレイが普及しつつある国と違って、ヨーロッパはまだまだ小さな画面で見てる家庭が多いと思いますから、なおさらです。

ところでこの作品は、
1)デジタル・ハイヴィジョンによる撮影・編集
2)フィルムを使わず、デジタル方式のまま上映

というシステムをとっています。
このため
3)ハイヴィジョンTV用の映像を映画館の巨大なスクリーンに拡大
することになってしまっています。さらに
4)私が見た劇場ではDLPシステムで上映

1、2、3、4のいずれかに問題があるのか、それとも私が見た映画館に他の問題でもあるのか、それらの複合なのか、そのへんは分かりませんが、画質には大変に問題があります。
映画の宣伝や一部の映画評論家が、その鮮明な画質について絶賛していますが、うなずけません。(まあ配給会社の宣伝文句はしょうがないとしても。)

特に問題なのは、
1)黒が沈まない
2)光と影の強いコントラストのところで、エッジがにじむ
という2点です。

黒が沈まないというのはベルイマン映画では致命的と思いますが、映画評論家はいったいこういうことを、どう考えているんでしょう?
たまたま私がみたのは地方の劇場だったのでDLP方式だったわけですが、渋谷のユーロスペースではもっと違う画質なんでしょうか?

※ 『ハイヴィジョン』という言葉はもともとは、HDTV(ハイ・ディフィニションTV=高品位テレビ)のうち、NHKが開発したアナログ圧縮のMUSE方式のものに冠せられた名称でした。このため本来ならデジタル方式のHDTVはハイヴィジョンとは呼ばないのですが、日本ではあまりにこの言葉が普及してしまったので、デジタルでもハイヴィジョンという言葉を使うことにしています。

結局こちらの予習不足もあって、作品の内容的な部分については、どうもちゃんと見きれなかったような気がします。
この「サラバンド」は是非とももう一度見てみたいと思っていますが、今度は映画館ではなく敢えて家庭のテレビで見ようと考えています。

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2006年11月 6日 (月)

「サラバンド」(中―2)

20061106sarabandjpいわゆる「ネタバレ」はしないように書いたつもりですが、それでも先入観を与えてしまう恐れがあるので、これから「サラバンド」を観ようと言う方は、申し訳ありませんが、この先は読まないで頂いた方が良いかもしれません。すでにご覧になった方と、最初から全然観るつもりがないという方にお読みいただけるとありがたいです。

  S A R A B A N D

冒頭、いつものように黒地に白のスーパーでシンプルなタイトルが出た後、リヴ・ウルマン演じるマリアンが登場し、私たちに語りかけます。
ナレーションに画がつくのではなくて、まるでTV番組の司会者のように、私たちに正対して画面から語りかけるのです。

ここでおかしなことに気づきます。普通のナレーションや独白だったら、絵にたいしてナレーションがつきます。つまり画面を説明するコメントとして私たちはその声を聞くのです。映像が主、音が従になります。ところがこのような形で出演者が語りかけると、とたんに私たちの注意は(女優が顔を出しているにもかかわらず)声に集中し、語りかける内容を聞き逃すまいとします。音声が主、映像が従になるのです。それはちょうどニュースキャスターがニュースを読むときと似ています。主体となるのはニュースの内容であって、滝川クリステルのアンニュイな美貌ではありません。

ドラマが始まってからも同じようなことが起こります。登場人物たちは常に喋りまくり、自身の感情を説明しまくるのです。それはまるで文学としての脚本に、映像をつけたようにすら感じられます。

マリアンは30年前に分かれた夫ヨハン(エルランド・ヨセフソン)が住む山荘を訪れます。彼は親の莫大な遺産を相続して、いまは大学教授の職を退き悠々自適の日々です。山荘はモノクロの写真1枚で説明され、すぐにスタジオセットの室内へと移ります。ベルイマンだから誰も何もいいませんが、明らかに手抜きかと思われます。
マリアンが山荘の周囲の景色を褒め称えるところでは、静止画が3カット、ディゾルヴでつながれます。それは確かに美しい風景なのですが、こんな単なる台詞の絵解きにすぎない映像がベルイマン映画で出てくるとは!

「サラバンド」で私たちは映画を体験するのではなく、まるで橋田ドラマのような映像のついた台詞劇を見せられるのです。映像は美しく、俳優の演技はもちろん完璧です。しかしそれでも違和感はぬぐえません。こんなのベルイマンじゃない、と何度叫びたかったことか。

その様相がいくぶんか変化するのは、ヨハンの息子ヘンリック(ボリエ・アールステット)が登場してからです。ヘンリックはマリアンの子供ではなく前妻の子供。彼は妻アンナが死んで以来、娘のカーリン(ユーリア・ダフヴェニウス)を溺愛しています。
カーリンはチェロの才能があり、演奏家であるヘンリックは娘とともに山荘近くのコテージに泊まって、彼女を厳しく指導しています。

近親相姦的で非常に微妙な関係なのですが、この二人のシーンは映画でなければ描き得なかったといえるかもしれません。

音楽においてもいつものベルイマンとはちがって饒舌です。この作品はシークエンスごとに分かれていて、章ごとにタイトルが入るのですが、そこに必ずバッハの無伴奏チェロ組曲5番のサラバンドが流れるのです。
ヘンリックが教会でオルガンを弾くシーンにもバッハが、ヨハンがCDを聞いている場面ではブルックナーの9番のスケルツォが大音量で流されます。

ヘンリックとカーリンの関係がある意味でのクライマックスを迎える場面では、カーリンによって5番のサラバンドが弾かれます。朗々とした若々しい音色で、明らかにフルニエの出番ではないようです。

エピローグは再び冒頭と同じシーンになります。マリアンが私たちに向かって再度語りかけ、これで終わるのだろうかと、釈然としない気持ちに駆られたその時、驚きのラストシーンがやってきます。
2日前の日記に、私は神々しいと書きましたが、そう、他の形容は出てきません。このラストシーンこそ映画でなければ決して表現できないもの。文学でも音楽でも演劇でもオペラでもなく、これこそが映画。これこそがベルイマン。
(続く)

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2006年11月 5日 (日)

「サラバンド」(中―1)

20061105sarabandjp「叫びとささやき」の後、ベルイマンは2本のTV用の作品を作ります。一つはあの有名なオペラ映画「魔笛」。そしてもう一つが夫婦関係の崩壊を描いたミニ・シリーズ、「ある結婚の風景」でした。

幸福な結婚生活を送っていたと思われたエルランド・ヨセフソン演じる大学教授と、リヴ・ウルマンの女性弁護士の夫婦。それが、新聞社からのインタビューに応じて模範的結婚生活について語るうちに、その関係に亀裂が入り、やがて離婚。時が経って再び顔を合わせた二人は、一時の関係をもっては見るものの・・・

このドラマは放映時間があわせて5時間に及び、日本でもNHKから放送されました。スウェーデンでは社会現象にまでなったそうです。

ベルイマンはこれを、2時間50分の劇場用映画としてまとめて公開(1974年)。映画版もニューヨーク批評家協会賞の作品賞やゴールデングローブの外国語映画賞などを受賞、高い評価を得ます。

ベルイマンは続いて、初めてスウェーデン出身の大女優イングリッド・バーグマンと組んだ「秋のソナタ」などを発表した後、自伝的大作「ファニーとアレクサンデル」を監督します(1982)。

この作品は既に公開前から、ベルイマンは最後の監督作と明言していて、実際この後はわずかなTV用の作品を発表しただけで、あとはビレ・アウグストなど他の監督のための脚本執筆に専念するようになります。

そして2003年、ベルイマンは20年ぶりの劇場用作品を発表します。それはなんと「ある結婚の風景」の続編、離婚した二人の元夫婦の30年後の姿を描いたものでした。配役も同じヨセフソンとウルマン。そしてタイトルは「サラバンド」。

つまりこの「サラバンド」は、「ある結婚の風景」の続編であると同時に、最後と称した映画の20年後の新作という意味で「ファニーとアレクサンデル」を、サラバンドというそのタイトルから「叫びとささやき」を、それぞれ否応なく連想せざるをえない作品だったのでした。


しかし実際に見てみると、私の記憶にあるベルイマン作品とは、随分とちがった作風のものであるように感じました。

ちょっと話がずれますが、「映画」とはなんでしょうか。
人それぞれの定義があると思いますが、私は映画とは「体験」であると考えています。
映像は見るもの、音声は聞くものであり、映画はそれらの総体なのですが、だからといって単純に2つの要素をあわせたものでもなく(だったらTVでも、演劇でも、オペラでも、舞踊でも、紙芝居でも一緒)、総合で一つの「映画」という世界を形作っています。
暗闇でスクリーンと対峙する行為は「見る+聞く」ではなく、「体験する」という言葉がふさわしいのではないかと。

映像は見るもの、映画は体験するもの。そこに映画館で見るという行為の重要な意味があり、かつまた「サラバンド」という作品の問題点もあるように思います。
(続く)

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2006年11月 3日 (金)

「サラバンド」(前)

20061103sarabandjpイングマル・ベルイマン監督の20年ぶりの新作「サラバンド」は、映画というよりも文学に近づいたような趣があります。

この映画を私は20年ぶりの新作であるということと、「ある結婚の風景」(1974)の続編として作られたということ、したがってエルランド・ヨセフソンとリヴ・ウルマンが再び出演していること。それだけであとは全く予備知識無しで見ました。

人の精神の光と影をえぐりとっていく脚本家/監督ベルイマンの思索の深さ、厳しさ。衰えを見せない圧倒的な力量、神々しいまでのラスト・シーンの衝撃。

にもかかわらず(特に映像に関して)釈然としないものが残ったのは、この作品の成立過程を知らなかったからだったのでした。
しかし、ひとまずそれは後にまわして――

イングマル・ベルイマンは1918年、スウェーデンの古都ウプサラに生まれました。ベルイマン家は16世紀までたどれる名家なのだそうで、祖先には牧師が多く、イングマルの父も牧師でした。母親カーリンをはじめ祖母アンナなどイングマル家に嫁いだ女性も知的で芯の強い人が多かったと言われています。

ベルイマンは1945年に監督デビュー。残念なことに私は彼の初期作品を見ていないのですが、一般的には50年ごろから作風が確立したと言われてるようです。
50年代の後半には「第七の封印」「野いちご」「処女の泉」と、今も世界の映画史に残る傑作を相次いで発表。カンヌ映画祭審査員特別賞(第七の封印)、ベルリン映画祭金熊賞とゴールデングローヴ外国語映画賞(野いちご)、アカデミー賞の外国語映画賞とカンヌ映画祭国際批評家賞と特別賞(処女の泉)を受賞し、一躍世界の映画界を代表する巨匠となります。

これがベルイマンが40歳になるかならずかという時期。黒澤の「羅生門」とアンゲロプロスの「旅芸人の記録」が40歳。フェリーニの「カビリアの夜」「甘い生活」「8 1/2」と、侯孝賢の「童年往事」「恋恋風塵」「悲情城市」がいずれも40歳をはさんだ数年間ですから、傑作を矢継ぎ早に生み出せる年齢というのがあるのかもしれません。

この後もベルイマンは次々と秀作・問題作を作り上げますが、60年代までの彼の問題意識の中心には、常に「神」の問題がありました。
神の沈黙あるいは神の不在がベルイマン映画にとっては最大のテーマであり、それゆえにキリスト教文化圏にない日本の映画ファンにとっては、ベルイマンの映画は哲学的、難解にすぎると言われ続けてきました。

ところが1972年の「叫びとささやき」ではベルイマンの思索は、神の問題から人間の問題へと中心主題を変えています。神との葛藤から、人間同士の心の葛藤へ。人の精神の奥底を凝視するベルイマンの情け容赦ない視線、スヴェン・ニクヴィストの驚くべき美しい映像、なにか戦慄と陶酔とを同時に味わうといった気持ちにさせられます。
私自身もですが、この「叫びとささやき」こそベルイマンの最高傑作とする人は、多いのではないでしょうか。

そしてその「叫びとささやき」の中でクライマックスに使われた音楽こそ、バッハの無伴奏チェロ組曲第5番のサラバンドでした。ベルイマンが選んだ音源は、ピエール・フルニエが弾くアルヒーフ盤。

ベルイマンの映画はおおむね音楽は極端に抑制され、BGM的に垂れ流しなどということは決して起こりません。そのぶんだけ音楽が前面に出てくるときには、非常に雄弁なものになります。
「叫びとささやき」でも、ショパンの曲がバックグラウンド・ノイズ的に使われるだけで、あとはほとんど音楽はなく、そのかわりに5番のサラバンドが出てくるときの効果は、目覚しいものがありました。人と人とが心の深いところで触れ合うこのシーンで使われる演奏は、高貴で格調高いフルニエのチェロ以外には、とても考えられなかったことでしょう。
(続く)

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2006年11月 2日 (木)

気になる服飾(?)の話題2つ ~おしゃれニュースの落穂拾い Watch What Happens

20061102ichibanchojpその1
東大本郷キャンパスで、宇宙服のコンテストが行われたそうです。(共同通信

宇宙でもおしゃれを楽しめるようにというコンセプトのデザインを集めたらしいんですが、今日はその最終審査会をかねた公開ショーだったようです。

なんと応募が882点もあったそう。披露されたのはその中から11点みたいです。なお最終審査に残ったのは10点という情報が主催者のページに書いてあるんですが、誰の分が1点増えたのかよくわかりません。

で、最優秀作品の写真を探したんですが、みつかりませんでした。主催者のHPもまだ更新されてないし・・・ (とりあえず候補作10点のデザイン画はこちらで見ることが出来ます。)

ところで私が気になったのは、ニュースの中の以下の文言。

無重力状態で上半身がむくんでもやせてみえる配色をしたスーツなどが次々に登場した。

むくんでもやせて見える配色!知りたい!!

その2

2つ目の話題は記事を全文読んでいただかなくてはなりません。(ロイター

オーストラリアで「大きく見せる」男性用下着が発売され、大ヒットとなっている。この下着は、オージーバム社が発売した「ワンダージョック」。7日前に発売したばかりにもかかわらず、インターネットなどを中心に、5万枚が売れているという。  

同社はすでに「大きく見せる」をうたったブラジャー「ワンダーブラ」を発売している。男性用「ワンダージョック」は、オンラインで集まった顧客の声を取り入れて生まれた製品。同社のデザイナーは「大きいことがよいとは、これまで気がつかなかった」と話している。

このニュースの原稿を書いた記者には、問題があります。
何が大きく見えるのかが書いてないから。
読者に推測させるのは文学であって、報道ではありません。よって失格。
おまけに最後のデザイナーの言葉は、なんとなく嘘くさい。

写真:仙台市一番町

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2006年11月 1日 (水)

仙台市中心部に熊が! ~地元ニュースの落穂拾い Watch What Happens

20061101bearjpもうなんつうか、吃驚!
このところ人里にクマが出たというニュース、頻繁に目にしますが、ついに仙台市中心部にまでコグマが現れたそう!

コグマが見つかったのは仙台市中心部の青葉区米ケ袋(こめがふくろ)で、昨夜NTT東日本の社宅の木に登っているところを、通行人に発見されたそうです。

この米ケ袋という場所は住宅地ではあるんですが、仙台市中心部の繁華街やオフィス街に隣接した位置。すぐ近くには仙台高裁や東北大学の本部などもあるところ。

よもやこんな街中にまで熊が出没するとは・・・

どうやら親グマとはぐれた子グマが迷って、広瀬川を渡り市街地に来てしまったんじゃないかという話です。

地元紙の河北新報の記事によると、昨年はブナやクルミなどの木の実が豊作で、子グマが沢山生まれたのに、今年は長雨の影響でクリ以外は不作。
親がなかなか子グマの餌を見つけられずに、人里に下りてきてるんじゃないかということです。

20061101ichibanchojp_1
子グマは捕獲されて、仙台と山形の県境に近い山林に放されたということですが、ちゃんと親グマに会えるといいんですが。

 * * * * * *

きょうから11月。仙台市一番町にははやくもクリスマスのイルミネーションが。

いくら照明好きの仙台の商店街といっても、ちょっと早すぎやしませんか?

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