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2007年2月

2007年2月28日 (水)

いわき湯本温泉

20070228yumoto1jp この辺りでは普通に湯本温泉とだけ呼ばれていますが、ご存知箱根をはじめ栃木県や山口県、岩手県、その他数多くの『湯本温泉』があるので、全国区の話の時には区別するために、それぞれ上に「いわき」「箱根」「那須」「長門」 etc. と付けているようです。

いわきの湯本温泉は、もちろんいわき市(福島県)にあります。いわきで温泉というと、映画「フラガール」で再び脚光を浴びた「スパリゾート ハワイアンズ」(昔の名前は常磐ハワイアンセンター)を思い起こす人が多いでしょうが、こちらの湯本温泉は、その東側に位置し、千数百年の伝統を誇る老舗温泉です。

源泉は一緒で、昔ながらの湯治場的性格をもつ古い温泉街と、戦後に作られた大規模温泉リゾートとが、隣り合って共存しているというのは、かなり珍しいんじゃないでしょうか。

温泉街はJR常磐線の湯本駅(特急が停まります)から徒歩で行けます。というか降りるとすぐに温泉街という感じ。

ところが不思議なことに、この湯本という所、見事なほどに『湯の町情緒』が無いのです。ところどころから蒸気が湧いてるということもなければ、古く風格を感じされる建物が軒を連ねるということもなければ、硫黄泉なのに街が硫黄の匂いで満たされるということもなく。

もっとも硫黄泉とは言っても、ここのは<含硫黄-ナトリウム-塩化物・硫酸塩温泉>というのだそうで、全国的にも珍しいのだそうです。無色透明で無味、臭いはしますが町中に流れるほどには強くなく、浴室の戸を開けるとようやく匂いが鼻をつくかな?という感じ(ただし最近、鼻が悪いので自信なし)。

20070228yumoto2jp 珍しいといえばここは非火山性の温泉で、これも日本ではわりと珍しいものかと思います。なお『美人の湯』などと言われてて、入ると美人になれるらしいです。

温泉街に1ヶ所、由緒のありそうな立派な建物がありました(右の写真)。「さはこの湯」というんですが、共同浴場でした。去年が開設10周年だったみたいです。江戸時代の建物を模して建てたとのことで、由緒はないみたい。

20070228yumoto3jp 入浴料が220円なので、地元の人たちが沢山来てるっぽくて、中に入ったら狭い場所に人がうじゃうじゃ。ほとんど銭湯のりで、残念ながらゆっくり温泉を楽しむという感じにはなりませんでした。

露天のある温泉旅館とかにいけば良かったのかもしれませんが、仙台に戻る特急待ちのほんの1~2時間の間に行ったので、そうもいかず。

あとJR駅前など何箇所かに無料の足湯もあります。

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2007年2月27日 (火)

宇宙に真珠の首飾り

20070227nasa1jp 「大マゼラン雲の中で輝く「宇宙の真珠」を、米ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた。数十の光の粒がリング状に連なって、まるで真珠の首飾りのように見える。米航空宇宙局(NASA)などが22日に公開した。」(asahi.com)

以下、朝日の記事をかいつまんでまとめると、この光の環があるのは、地球から約16万3000光年離れたところ。
今から20年前の1987年に、ちょうどこのリングの中心にあたる部分で超新星爆発が観測され、大変に話題をよびましたが、その爆発にともなって発生した衝撃波が、20年後の今もともと超新星の周囲にあったガスを光らせ、「宇宙の真珠」を浮かび上がらせているのだそうです。

この超新星爆発で放出されたニュートリノを、世界で初めて観測した小柴東大名誉教授がノーベル賞を受けたのも記憶に新しいところです。

で、より詳しくはasahi.comをお読みください。

衝撃波がガスにぶつかって光るといわれても、なんのことやらですが、とりあえず写真が素敵なので取り上げてみました。

大きい写真はこちらをクリック  

ついでながらNASAが一般に提供する写真は、他の団体と共同で行った研究の場合を除き、原則パブリック・ドメインとなっています。
日本の省庁や公の研究機関、国立・公立系大学研究機関で、研究結果を示す写真をパブリック・ドメインにしているというのは、寡聞にして存じません。それどころかいずれは例のJASRACなどが作ろうとしている「全ての著作物管理」サイトによって管理され、あらゆる引用にいちいちお金を取られる(実際には年間契約で巨額のお金を)ということにもなりかねない勢い。不安です。

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2007年2月26日 (月)

作品賞は「ディパーテッド」 助演男優賞はアラン・アーキンが!ミレン、ハドソン、ウィッテカー、スコセッシ

20070226oscarjp_3「アメリカ上陸作戦」、「愛すれど心さびしく」でアカデミー主演男優賞にノミネート、他にも「暗くなるまで待って」や「シャーロックホームズの素敵な挑戦」など、60~70年代の作品の数々で名演を見せたアラン・アーキンが助演男優賞を受賞。助演賞とはいえ最初に「アメリカ上陸作戦」で候補になってから40年目にしての初受賞。

主演女優賞、助演女優賞は下馬評通りヘレン・ミレンとジェニファー・ハドソンが獲得。菊地凛子は惜しくも受賞を逃しました。
本命フォレスト・ウィッテカーと対抗ピーター・オトゥールの対決が注目された主演男優賞は、ウィッテカーに。「バード」でカンヌの主演男優賞を受賞している名優ですが、意外にもアカデミー賞はこれが初候補・初受賞。
監督賞も下馬評通りスコセッシに。スコセッシは今回を含めて監督賞6回の候補、脚色賞2回候補。で、一度も受賞していないというのは、アカデミー賞7不思議の一つといっても良いほどでしたが。
作品賞も「ディパーテッド」で、前評判の高かった「バベル」、イーストウッドの「硫黄島からの手紙」は受賞できませんでした。

あけてみれば主要な賞はすべて下馬評通りでしたね。スコセッシ、ミレン、ウィッテカー、ハドソンはガチだったし。

美術賞 「パンズ・ラビリンス」
メイクアップ賞 「パンズ・ラビリンス」
短編アニメ賞 「The Danish Poet」
短編映画(実写)賞 「West Bank Story」
音響効果賞 「硫黄島からの手紙」
録音賞 「ドリーム・ガールス」
助演男優賞 アラン・アーキン「リトル・ミス・サンシャイン」
長編アニメ賞 「ハッピーフィート」
脚色賞 ウィリアム・モナハン「ディパーテッド」
衣裳デザイン賞 ミレーナ・カノネロ「マリー・アントワネット」
撮影賞 ギレルモ・ナバロ「パンズ・ラビリンス」
視覚効果賞 「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」
外国語映画賞 「善き人のためのソナタ」(ドイツ) 旧東ドイツのシュタージの人間を主人公にしたドラマ。現在東京はシネマライズで上映中。
助演女優賞 ジェニファー・ハドソン「ドリームガールズ」
短編ドキュメンタリー賞 「The Blood of Yingzhou District」
長編ドキュメンタリー賞 「不都合な真実」 これってグラミー賞に続いて、ブッシュに対するブーイングということなんでしょうか。
作曲賞 グスタボ・サンタオラヤ「バベル」 これはびっくり、サンタオラヤは2年連続ですか。
オリジナル脚本賞 マイケル・アーント「リトル・ミス・サンシャイン」
歌曲賞 I Need To Wake Up「不都合な真実」これもビックリかも。「ドリームガールズ」の曲が3曲も候補になってたのに。でもメリッサ・エスリッジ、良かったですね。
編集賞 「ディパーテッド」
主演女優賞 ヘレン・ミレン「クィーン」
主演男優賞 フォレスト・ウィッテカー「ラスト・キング・オブ・スコットランド」
監督賞 マーティン・スコセッシ「ディパーテッド」
作品賞 「ディパーテッド」

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2007年2月25日 (日)

栄光の最低主演女優賞はシャロン・ストーン!

20070225razzijp2、3日更新を休むなどと書きましたが、うわ。5日も休んでしまいました。

さて、アメリカ映画界この1年の最低・最悪の映画を決めるラジー賞、決まりました。

栄えある最悪作品賞は「氷の微笑2」。

最低主演女優賞も、もちろん「氷の微笑2」のシャロン・ストーン。

最低主演男優賞は「Little Man」のマーロン・ウェイアンズとショーン・ウェイアンズ。

最低助演女優賞は「Date Movie」のカーメン・エレクトラ。

最低助演男優賞は「レディ・イン・ザ・ウォーター」のM・ナイト・シャマラン。おやまあ(笑)。

でもって最低監督賞も「レディ・イン・ザ・ウォーター」のM・ナイト・シャマランに。

最低スクリーン・カップル賞はショーン・ウェイアンズとケリー・ワシントンもしくはマーロン・ウェイアンズ。
(『シャロン・ストーンと彼女の両側に垂れ下がった胸』もノミネートされていましたが、惜しくも受賞を逸しました。)

最悪リメイク・盗作賞が「Little Man」に。

最低脚本賞と、ワースト前編・後編賞も「氷の微笑2」が獲得。

最低ファミリー映画賞は「RV」が。バリー・ソネンフェルド監督、ロビン・ウィリアムス主演のファミリー・コメディらしいです。

シャロンは意外にもこれが初受賞。過去、助演も含めると6回7作品で候補にあがっていましたが、これでついに「無冠の女王」返上です。
「氷の微笑2」の受賞理由ですが、共同通信によれば「せりふ、物語、登場人物らのどれを取っても漫画のようだ」とのこと。

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2007年2月19日 (月)

たぶん

20070219shibarakujp2、3日更新できないと思います。

明日からまた遠出。いつもはノートPCを持参で出かけるんですが、なんだか調子がわるくて、ホテルのLANに接続しないみたいなので。

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2007年2月18日 (日)

思い出の名盤・6 ~スティーヴン・ビショップ(コヴァセヴィッチ)のモーツァルト21番

20070218mozartjpある種のピアニストの演奏を聴いて感じる「さわやかさ」って、いったいどこから来るんでしょうか?

まず音色。やわらかくふっくらとした感じでは暖かみは出ても清涼感は出ませんから、たぶん少し硬質で細身の透明感のある音色でしょうか。ケンプとか最近のピリスとかだと前者になってしまって、さわやかさとは違いますよね。

あまり情熱的だったり、ダイナミックレンジが広くて、激しいフォルテ、フォルティッシモを叩きつけるような演奏も違います。アルゲリッチやリヒテルは音色は十分に綺麗ですけど、さわやかとは言われません。

過度に瞑想的・思索的だったり、独特な解釈を前面に出したりというのも違うような気がします。ブレンデルや内田光子、アファナシエフやウゴルスキはさわやか系とは見られませんよね。

勿論技巧を売り物にするのも違います。

そうするとさわやか系ピアニストというのは、少し細身の透明な美音、素直な解釈による、適度にまとまった演奏というあたりになるんでしょうか?

でもちょっとそれだけでもちょっと足りない感じが。独特のリリシズム。それも過度な叙情性や後のエッシェンバッハのような暗さに流れない、少し明るめの節度のあるリリシズムあたりが加わって、初めて「さわやか」な感じがかもし出されるのかもしれません。

あ、もちろん容姿は重要です。初期のエッシェンバッハや若い頃のラーンキ、シフあたりが、もしレヴァインみたいなおデブちゃんだったら、どんなに音楽がさわやかだったとしても、さわやか系には見られないに違いありません。

そこへ行くとスティーヴン(・ビショップ)・コヴァセヴィッチの青年時代は、まさに「さわやか」の言葉がピッタリだったんじゃないでしょうか。

容姿は明るく端正なアメリカン・ボーイ(カリフォルニア生まれ)、穏健で妥当な解釈、技巧は十分ながらワイセンベルクのようにそれが前面に出てくることは無く、つねにリリカルな表情をたたえた演奏。
単にフィリップスの専属同士だったからというだけでなく、コリン・デイヴィスが気に入って共演してたのも分かるような気がします。

その若くてさわやかだったころのスティーヴンの代表作がこれ、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番ハ長調K467(1972年録音)。デイヴィス指揮ロンドン交響楽団で、フィルアップは25番です。

21番はゲザ・アンダやグルダとアバドのものなんかが有名ですし、最近ではポリーニ盤も話題になりましたが、私にとってはこのフィリップス盤が最も忘れがたい録音です(初出はもちろんLP)。

ただし同じピアニストと指揮者による同曲では、この録音に前後して演奏されたウィーン・フィルとの演奏のライヴ録音が素晴らしく(FMで放送)、それに比べると実はこのロンドン響とのLPは微妙にガッカリではあったのですが。
(それがオーケストラの違いによるものなのか、ライヴとスタジオ録音の違いによるものなのか、そのほかの要因なのかはちょっと判りません。)

スティーヴンはデビュー当時はスティーヴン・ビショップという名前でした。本当はスティーヴンの父親はコヴァセヴィッチさんという人だったのですが、離婚してスティーヴン少年は母親と一緒に暮らすことになります。その母親が再婚した相手がビショップさんという人で、当初スティーヴン・ビショップを名乗っていた彼は、ユーゴ系(クロアチア系)という自分の出自をはっきりさせたいとして、名前の後に実父の苗字のコヴァセヴィッチをつけてスティーヴン・ビショップ・コヴァセヴィッチと名乗ります。そしていつ頃だったか、ビショップを完全に外して、スティーヴン・コヴァセヴィッチだけにしてしまいました。

コヴァセヴィッチはアルゲリッチと付き合って、共演の録音なども発表しましたが、その後一時あまり名前を聞かなくなりました。しかし90年代からはEMI専属となってスターダムに返り咲きます。90年代になっての彼を、N響定期などで聞きましたが、かつてのさわやか青年ではなくて、音も音楽も巨匠風のものになっていました。――巨匠風の定義はなんだと言われると困るんですけども。

フィリップス時代とEMI時代の間、スティーヴン・コヴァセヴィッチはハイペリオンにシューベルトのソナタなどの録音をしています。
このうちの1枚(シューベルト)は私も聞きましたが、なんとも掴まえ所のない茫洋とした演奏で、よく理解できませんでした。

私に聞きこむ能力が無いだけかもしれないし、ちょうどその頃ブレンデルのシューベルトに入れあげてたせいもあるかも知れませんが、もしかするとコヴァセヴィッチが一種の低迷期だったんじゃないか、あるいは精神的に迷いのようなものが出てきてた時期なんじゃないか、という気もしないではありません。まあたった1枚のCDでそこまで言うのは、間違ってるかもしれませんが。

※ Kovacevichのカタカナ表記はNHKはコワセヴィッチ、EMIはコヴァセヴィッチを使ってるようです。とりあえずEMIに従ってみましたが、本人がどっちを望んでるのかはわかりません。

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2007年2月17日 (土)

かまくらの由来

20070215kamakura1ところで「かまくら」というのは、何故に「かまくら」というのでしょうか?

横手市観光協会によると、これにはいくつかの説があるそうです。

1. 「かまど」から来たというもの。形が似ているし、この中で正月用の注連飾りを焼いたりもしたことが、その根拠です。

2. 鎌倉大明神の「鎌倉」を語源とするという説。古い書物に鎌倉大明神の旗が立てられている絵があり、鎌倉大明神を祀ったとも書かれているのだそうで、それが根拠となっています。

3. 神様の御座所、すなわち神座(かみくら)が「かまくら」に変化したという説。

4. 鎌倉景政を祀ったことから「かまくら」となったという説。

5. 鳥追い歌に「鎌倉殿」という歌詞があることから「かまくら」になったという説。

なんだか後の3つは、いまいち説得力がないように思われます。

「かみくら」が「かまくら」になったというのは、一見ありそうな気がしますが、こういう寒い地域で、「み」という発音が、より大きく口を開ける必要のある「ま」に変化するというのは、どうなのかなという気が。

日本の田舎のお祭りというのは、基本的に性的なものがからんでいたり、祭りの後が無礼講になったりすることが多く、これほど清らかなメルヘンの世界というのは珍しいのではないかと思います。

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2007年2月16日 (金)

横手のかまくら

20070215kamakura0jp未曾有の雪不足で祭りの情緒だいなしになるのではと、心配された秋田県横手市の「かまくら」。

本番当日の昨日になって、ご存知のように北日本はどこも大荒れの天気。横手も例外ではなく、激しい風と雪にみまわれました。

20070215kamakura3おかげでなんとか、アスファルトの上にボコッと白い「かまくら」が――というあんまりな風景は逃れられました。

しかし時折物凄いブリザードで、ほんの少し先も見えなくなるようなこともあり(一寸先とまではいきませんが)、観光客にも結構ハードだったのではないかと。

20070215kamakura2
写真は武家屋敷通りという場所で撮ったものです。メイン・ストリートであるかまくら通りにも行きたかったのですが、他の仕事の途中だった上に、暴風雪で秋田新幹線が運休。最終とその前がどうやら動くらしいということで、かまくら見物どころではなく、バーコードも捜せませんでした。残念。

追記:私たちが乗ったのは最後から一つ前の新幹線だったんですが、最終は結局運休になったんだとか。ラッキー!

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2007年2月13日 (火)

日記

20070213docomojp近所のスーパーで買ったものを袋に入れてたら、隣でやはり品物を袋に移してた女の人が突然、何の脈絡も無く「もう、やめなさいっ!」と大声を。ゲッ、少し変な人?と思ってその人を見たら、子供がお母さんのズボンを下に引っ張ってズリ下げようとしていたのでした。

kodomoといえば、結局auの一人勝ちとなった番号ポータビリティ制度ですが(それはdocomo)、IT Mediaニュースによれば、auが勝った理由は「端末のラインナップが魅力的」、「通話エリアが広い」「料金が安い」というあたりだったようです。

面白いことに、

「移行ユーザーを1日あたりの通話時間で分析すると、」
▼「NTTドコモは3分未満のライトユーザーが流出し、3~5分未満のミディアムユーザーが流入」
▼「auは5 分以上のヘビーユーザーが流出し、ライトユーザーが流入」
▼「ソフトバンクはライトユーザーが流出し、ヘビーユーザーが流入している」
という傾向があったそうです。

また新規の加入者の比率は、
docomo 43%
au 33%
softbank 24%
とちょうど10ポイント程度の差をつけて並んでいます。Jフォンだったころの強引な勧誘で作られてしまったイメージの悪さ、Vodafoneだった頃の名前の浸透度の悪さに比べると、softbank はそれでもまだ健闘してるということなのでしょうか。

写真は東京発フリー写真素材集さまから。加工しました。

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2007年2月12日 (月)

グラミー賞

20070212mttjpグラミー賞が発表されました。ディクシー・チックスが5部門独占で話題をよんでいますが、クラシック部門はと言いますと・・・

ベスト・クラシカル・アルバムの栄誉に輝いたのは、マイケル・ティルソン・トーマス指揮サンフランシスコ交響楽団の「マーラー/交響曲第7番」。布施明さんに似てますよね。

オーケストラ曲部門も当然同上の録音。

オペラ部門はオズワルド・ゴリジョフの歌劇「アイナダマール/涙の泉」、ロバート・スパノ指揮アトランタ交響楽団、ケリー・オコナー、ジェシカ・リベラ、ドーン・アプショウ他。(Osvaldo Golijovってアルゼンチンの人なんだけど、本当にオズワルド・ゴリジョフでいいんでしょうか?たぶん全然違うんじゃないかと思うんですが、一応タワーレコードの表記で。)

合唱曲部門はペルトの「ダ・パーチェム」ヒリヤー指揮エストニアン・フィルハーモニック室内合唱団。

協奏曲部門はメシアンの「異国の鳥」、アンジェリン・チャン(Pf) とジョン・マクローリン・ウィリアムズ指揮クリーヴランド・チェインバー・シンフォニー。

器楽曲部門はポリーニのショパン/夜想曲集。ちょっと意外かも。

室内楽曲部門は「親愛なる声」、エマーソン四重奏団。グリーグ、ニールセン。シベリウスの弦楽四重奏曲を集めたアルバム。

小編成アンサンブルの部門はホアン・グティエレス・デ・パディージャの「サン・オブ・ジャスティス」、ピーター・ルーテンバーグ指揮ロサンゼルス・チェインバー・シンガーズ・カペラ。

声楽曲はロレイン・ハント・リーバーソン(合掌)のリルケ歌曲集。

現代曲部門はオペラ部門と同じ。

クラシカル・クロスオーヴァー部門はブリン・ターフェルの「シンプル・ギフツ」でした。

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2007年2月10日 (土)

思い出の名盤・5~カラヤンのモーツァルト後期交響曲集

200702010mozartjpカラヤンはご承知のように戦後に公の活動が禁じられていた時代、EMIのウォルター・レッグに助けられてフィルハーモニア管弦楽団と次々と録音を行いました。当然レーベルはEMI。

その後ベルリン・フィル(BPO)を獲得してからは、フィルハーモニアと並行してBPOとの録音もEMIに行っていますが、1960年を最後にカラヤン&BPOは完全にドイツ・グラモフォンの専属になります。

ウィーン・フィルがデッカ専属だったため、テバルディを迎えた「アイーダ」やデルモナコとの「オテロ」などのイタリア・オペラ、そして大ヒットした「惑星」などウィーン・フィルを指揮した録音はデッカから発売されましたが、あとはほとんどがDGGから出ることになりました。

ところが1969年になって、カラヤンはなぜかEMIに復帰することになります。その第1弾はかの有名な三重協奏曲(リヒテル、オイストラフ、ロストロポーヴィチ)。
その後パリ管との録音もEMIより発売されましたが、この時点まではなんとなく散発的なレーベル選択という印象はぬぐえませんでした。

旧ソ連の代表的なアーティストを集めた三重協奏曲を、仮に西ドイツの代表的レーベルであるドイツ・グラモフォンで録音したときの政治的意味とか、パリ管がEMI専属であったことなどのやむをえない条件による選択かと思っていたのです。

そんなカラヤンのEMI復帰を、単なる気まぐれではない本格的なものとして印象付けたのが、いずれも3枚組みという物理的にも重量級の交響曲のレコード。1970年に録音されたこのモーツァルト/後期交響曲集と、ブルックナーの交響曲4、7番でした。

(さらにカラヤンは続いてEMIにドレスデンでワグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を録音します。当時はまだ冷戦時代でしたから、東西の名歌手を集め、カラヤンが東側に乗り込んで名門ドレスデン国立管弦楽団を指揮したこのレコードは大評判になりました。)

当時レギュラー・プライスで3枚組みというのは、私にとって買うのにかなりの決心がいりましたが、これに関してだけは何故だかやけに思い切ったんですねえ。

FM放送でどの曲か忘れましたが、この中の1曲を聴いて、異様にひきつけられたのです。

ある程度は聞かなくても想像がつくかもしれませんが、当時のカラヤンの表現は美しく充実した響きによる耽美的なもの。ベルリン・フィルを磨きに磨きぬくことだけで実現した究極の演奏のように私には思えました。

デッカにウィーン・フィルと40、41番を録音してはいたものの、カラヤンにとってモーツァルトの交響曲をまとめて録音するのは初めてのことで、これはDGGがベームで全集を作ってしまったことにもよるのでしょう。

その後、ホグウッドによる衝撃的な交響曲全曲録音をはじめとして、つぎつぎとピリオド楽器による演奏が登場し、さらにはモダンのオーケストラでも編成をきりつめ、ピリオドの奏法を取り入れる指揮者なども現れたりして、モーツァルトの交響曲演奏の世界はすっかり変わってしまいました。
でも最近なぜかまた、このカラヤン盤を聞き直してみたいなと思っている今日この頃。

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2007年2月 9日 (金)

雪の降る街を! ~SF的な風景・2

来週15、16日は、秋田県横手市のかまくら祭りです。
酷寒の雪国の夜を彩るこのファンタスティックなお祭りは、もともとは地元の小正月の行事でしたが、いまでは冬の東北のもっとも重要な観光行事の一つともなっています。

粉雪の舞い散る冬の夜、雪でつくったかまくらの中にろうそくの明かりが灯される幻想的なメルヘンの世界。東北の中では唯一雪の少ない宮城に育った私は、子供時代とても憧れをもっていました。

横手市観光協会のHPに載っている昔のかまくらの写真を見ると、最近のものとくらべて扁平というか、ずんぐりした形になっています。

これは最近の日本人の身長にあわせた・・・わけではなくて、昭和30年代になって、車の交通量が多くなったため、通行の邪魔にならないようにという配慮から、段々縦長になっていったんだそうです。

でまあ、それはいいんですが・・・

かまくらは最初にがっちりと雪を固めた塊を作っておいて、その中をくり抜いていくというやり方で作ります。すでにもう作り始めていて、横手市内の道路にはいくつも塊ができています。

ところが今年はまれにみる暖冬の上に、横手といえども降雪量が極端に少ないのです。かまくら用の雪は、地元で調達できずに、わざわざ山間部から運んできているそうです。

20070208kamakura1で、昨日まで横手出張だったんですが、道路に雪が無く白い塊だけが、アスファルトむきだしの路上にボコッ、ボコッと出来ています。

それはもう実になんと言うか・・・

私は思わず地球を侵略した異星人が、廃墟になった地球の町に自分たちの住居を建設してるといったSF的な光景を連想してしまいました。

そもそも秋田新幹線で盛岡から、秋田方面に入った時点でイヤな予感はしていました。

20070208kamakura2jp普通の冬なら小岩井あたりから徐々に積雪量が増え始めて、県境付近では、もう2メートルぐらいの雪の壁が出来ているんです。ところが今年はそれがさっぱり。

来週のかまくらまでに横手地区に雪が積もってくれるでしょうか。祭りの情緒という意味ではかなり危機的。
でもまれにみる風変りなかまくらを見れるという意味では、何十年に1回というチャンスかも。

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2007年2月 6日 (火)

水泥棒?

20070206waterjp地元紙の河北新報の夕刊にとても奇妙なニュースが載ってました。

仙台市青葉区の琵琶首(びわくび)にある公衆便所の水道代が、それまでは月3700円程度だったのに、ある時期をきっかけに増えだし、一時は2ヶ月合計で31万1000円にも達したということです。(仙台市の水道料金の請求は2ヶ月単位のため)

月15万円!?

その公衆便所のある場所なんですが、広瀬川の大橋から下流の川が大きく蛇行する河岸段丘のあたり。琵琶首丁というのが昔の町名で、今は住所は青葉区花壇(※)になっています。
 ※ 追記:MOURIさんから住所は花壇ではなくて大手町というご指摘をいただきました。

たしかに街中の人通りの多いところと違って、水泥棒がいたとしてもあまり人目につかない所とは言えそうです。

仙台市が一時閉鎖して調査したところ、漏水などもメーターの故障などもないとのこと。となるとやはり盗水を考えてしまうわけですが・・・

でも15万ですよ、15万。
いったいどこの誰が月に15万円も水を使うのでしょうか?

仙台市水道局の料金は、給水管の口径によってきまる基本料金と、水の使用料によってきまる従量料金の2本立てになっています。

公共施設は割引になってると思いますが、仮に企業の水道料金として置き換えると、(たかだか公衆便所用の給水管がそれほど太いとは考えられないので、仮に30mmだとすると)基本料金は2800円。

15万5500円-2800円の残りを、従量料金表にあてはめて計算すると(面倒なので計算式は省略)、ぬ、ぬわ~んと1ヶ月に500㎥以上も使っていることになるのです。(※)

実際には下水道使用料が加わって15万円ですし、これほどまでにはいかないと思いますが。

500㎥といったら、幅8mの25mプールに深さ1mの水を入れたもので、2.5個分。

あるいは1日に約17㎥の水をもっていったということ。
天井の高さ2mの6畳の部屋ですら20㎥をちょっと欠くくらいなので、もう少しで6畳の部屋一杯分ということになります。

※河北新報の記事だと1日6トン弱ぐらいの計算になるようで、たぶん私の計算が間違ってるんだと思います。
たぶんというか私の計算では、前述の下水道料金とか、管径による基本料金とそれに基づく算出方法の違いとか、種々の要素を考慮しない乱暴なものなので。

いずれにせよ仮に水泥棒だったとしても、絶対にバケツで運ぶなんて無理で、水道からホースをつないでタンクローリーみたいので、運搬するしかないんじゃないでしょうか?

しかしそんな変なことを毎日してたら、いくらなんでも目立ってしまって、誰かがおかしいと気づくはず。

いったいこの謎は・・・???

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2007年2月 5日 (月)

「無伴奏組曲」 アラン・ジョミ

20070205jomyjp装丁が美しく、クリーム色のベースに文字だけというシンプルな表紙は、まるでかつてのDGGのアルヒーフ・レーベルか、数は少なかったもののグラモフォン・レーベルで出ていたバロックのLPジャケットのよう。しかもその文字も思わずニヤリとする工夫が凝らされて。
(ま、人によっては白水社あたりから出ていそうな外国語の教科書みたいと思うかもしれませんが。)

著者のアラン・ジョミは映画音楽の作曲家。クロード・ミレール監督の「なまいきシャルロット」や「伴奏者」、それにトリュフォーの原作をミレール監督が映画化した「小さな泥棒」などの音楽で知られています。
また同時にドキュメンタリーなどの監督もやっている多才な人で、この「無伴奏組曲」は小説としては、ジョミの処女作ということになるようです。(カテゴリーを増やしたくないので、ミステリー&音楽に入れましたが、ミステリーではなくて普通の小説です。)

主人公のレコード・プロデューサーは録音契約のために訪れたカリフォルニア州モントレイで、一人の年老いたユダヤ人と出会います。
記憶の底からかすかに浮かび上がる面影。少年時代の主人公を肩車してくれた人、偉大な音楽家だった祖父のチェロを譲り受けた人・・・

その老人はかつての祖父の弟子カールで、テレジンの収容所を生き延びたチェリストでした。
テレジン。――ドイツ語ではテレージエンシュタット。デッカの退廃音楽シリーズなどで、その存在があらためてクローズアップされたナチのユダヤ人強制収容所。そこはアウシュヴィッツなどへ送られる前の中継地点であると同時に、外国からの批判をかわすためにユダヤ人の町という名目で作られたモデルケースの収容所です。そこではユダヤ人音楽家によるオーケストラが組織され、演奏会も行われていました。

しかしカールはテレジンで、妻カミーラと離れ離れになってしまいます。カミーラはアウシュヴィッツの収容所に移送されてしまったのでした。

終戦後、カールは必死でカミーラを捜しますが、見つけることもできず、しかし死者の名簿にもその名を捜すことは出来ませんでした。カミーラは生き延びたのか、それともアウシュヴィッツで死んでしまったのか。

そしてある日・・・

バッハの無伴奏チェロ組曲第4番が、重要な役割を果たし、読者のイメージの中である感動を作り上げます。ただもしかすると、この曲を聴いたことの無い人には、まったく何が起きてるのか理解できないかもしれないという恐れも、なきにしもあらず。

美文が連なるわずらわしさも無く、かといって無味乾燥な文章でもなく、この小説(の日本語訳)はかなり私好みの文章というか表現になっていて、読んでいて心地よさを感じました。原作者によるものなのか、翻訳者によるものなのか、たぶんその両方だろうと思いますが。

深みや重みはありませんが、哀しくも美しい物語は、読後もちょっと心から離れないものがあります。

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2007年2月 4日 (日)

いまごろ冬将軍の到来です、みたいな

20070204jouzenjidorijp仙台は先週金曜日に、ようやく積もるような雪が降り――といってもその日のうちに溶けてしまいましたが――、今シーズン初めて冬らしい景色が見られました。

東北全体が降雪量が少なく、まもなく「かまくら」祭りを迎える秋田県横手市などは、他所から雪を運ばなくてはならず、大変なようです。もっとも雪国の人たちはもう雪にはうんざりなので、喜んでいる人が多いと思いますが。

ちょっと心配なのは春から夏にかけての水不足。もしかすると深刻なものになるかもしれません。

私の家は仙台市郊外の山の上の住宅団地にあるんですが、といっても頂上にあるわけじゃなくて(頂上は森と林)、そこから少し下がったところにあります。
仙台駅方向から行くと、急な坂を上って頂上から少し下るので、一山越えたという感じ。

昔はこの坂が急で、雪が降るとバスが登れなくなり、よく運休していました。

このためか坂の頂上部分を削り、傾斜を緩やかにして何とかチェーンをつければ雪でも車が登れるようにしたのが二十年以上は前のことでしょうか。それでも急な積雪の時には、夏タイヤの乗用車がのぼれずに坂道の途中でストップしていたりする光景は、しばしば見られます。今年はなにしろ雪が降らないし、工事で通行止めになってるので、当然一度もお目にかかっていませんが。

20070204anyouji1jpいまこの坂をさらにもっと削って、傾斜を極限までゆるくする大規模な工事が行われています。

いままではアップ&ダウンだったのが、アップだけになりダウンの部分がなくなる勘定。
すでに舗道部分のみ開通していますが、相当に違う感じ。以前は登るだけでフウフウ。降りるときには凍結してたりすると、滑らないように歩くだけで一苦労でしたが。

20070204anyouji2jpこのぐらいのゆるい坂なら、雪がふっても乗用車を道の途中に放棄するような事態は起きずに済みそうです。もっともまだまだ完成までは程遠く、それまで車は通行止めで回り道なんですが。

左の写真は同じ場所を上から見たもの。撮影は去年の6月。(上の写真の撮影は今日です。)

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2007年2月 1日 (木)

思い出の名盤・4 ~ランパル、スターンのモーツァルト/フルート四重奏曲

20070201mozartjpランパルとスターンの組み合わせによる同曲の録音は2種類ありますが、最初の方です。
フルートをジャン=ピエール・ランパル、ヴァイオリンをアイザック・スターン、ヴィオラをアレクサンダー・シュナイダー、チェロをレナード・ローズ。名手4人による豪華なアンサンブルということで、発売当時はたいそうな評判になりました。

このLPを買ったのはあまりにも音楽雑誌の評判がよかったからという、ただそれだけのことで、モーツァルトのフルート四重奏曲がはたしてどんな曲なのかも、良く知りませんでした。

で、演奏がどうとか言う前に、明るくさわやかな曲の素晴らしさ、美しさにまずやられました。
モーツァルトのフルート四重奏は4曲あって、ちょうどLP1枚を作るのにぴったりなわけですが、最初におさめられた第1番がまた聞きばえのある魅力的な曲。

随分長いこと聞きなおしてはいませんが、4人の演奏は、第1楽章は軽やかで華やかな雰囲気をいっぱいにまき散らし、第2楽章は憂いにみちた旋律を、しっとりとした情感で歌い上げる。とても素晴らしいものだったように記憶してます。

このあとニコレと藤原真理さんらが共演したものや、クイケンのアンサンブルによるものなど買いましたが、いまいち物足りなかったような気がしたのは、多分このLPの演奏ですっかり刷り込みが出来ちゃってたからに違いありません。。

ベートーヴェンの室内楽のように、がっちりとしたアンサンブルで内容を掘り下げていくような演奏よりも、こうしたオールスター・キャトによる華やかな演奏の方が向いてる曲なのかなと思います。

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