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2007年3月

2007年3月29日 (木)

思い出の名盤・10 ~ブーレーズとクリーヴランド管の「春の祭典」

20070329boulezjpこのレコード録音史上に輝く名盤について、私が何を言っても誰かの二番煎じになることは確実なわけですが・・・。(レコード録音って馬から落馬してるでしょうか?)

それにしてもまあ驚きました。この録音を初めて聞いたときには。それまで「春の祭典」という曲は、あまり好きではなかったので、バーンスタイン(旧盤)とカラヤンぐらいしか意識して聞いたことはありませんでした。あとモントゥーとLSOのも聞いてたかもしれません。

ブーレーズにはこのクリーヴランド管とのCBS盤以前に、フランス国立放送管と録音した知る人ぞ知るのレコードもあったわけですが、当然それは聞いてませんでした。そっちを先に聞いてれば、まだ印象は違ったんでしょうけれど。

聞いたのはまずFMの音楽番組で、なんだかやたら評判になってるので、聞いてみた(レコードを買うのは厳選してたが、放送はタダだし)といったところでした。これが、なんか出だしからいまだかつて耳にしたことのないような新鮮な音。愕然。

なんですが・・・

でも、今思い出してみると、いったい何がショックだったんでしょう?
当時はスコアが透けて見えるような、などという批評がなされていたと思いますが、あの頃「春の祭典」のスコアなんか見たこともなかったし。

たぶん野性的で熱いエネルギーがほとばしる曲などと思っていたのに、先鋭さ、透明さ、デリカシー、整然とした表現などが前面に出ていることの意外さ。しかもそれらの要素が、極限まで徹底されていること――それらが驚きの要素の第一だったと思われます。

しかし想像を超えていたのは、全体がそうしたクールな要素で貫かれていながら、表現のヴォルテージはとてつもなく高く、出てくるエネルギーはすさまじいものだったということでした。

70年代のブーレーズはBBC響との来日で聞くことが出来ましたが、そのときの「ダフニス」第二組曲や「ペトルーシュカ」も、この系列の名演でした。

ご存知のようにブーレーズはニューヨーク・フィルの常任指揮者をつとめた後、パリのIRCAMの所長となり、この期間はアンサンブル・アンテルコンタンポランで現代音楽を振る以外は、ほとんど指揮をしなくなります。
そしてウィーン・フィルやベルリン・フィルとの録音計画を携えて、指揮者としてDGに登場した時には、もう別人になっていました。
「春の祭典」も再々録音しましたが、あえて聞いていません。

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2007年3月28日 (水)

延命措置 

20070328wwhjp亡くなられた植木等さんは、「昨年11月、妻や担当マネジャーに、自分に何かあったら延命措置など行わ」ないようにとの遺言を残していたそうです。(夕刊フジ

この夕刊フジの記事によれば、植木さんは10年前肺気腫を患い、
「今年1月16日、食欲不振を訴えて都内病院に検査のため入院すると、点滴など治療も行った後も体調が回復せず、そのまま入院生活を送ることになった。
 今月8日には自宅に一時帰宅したが、9日に再入院。2週間前から病状が悪化して意識混濁状態に陥っていた」とのこと。

自分自身のことを考えてみると、私は時折体調を崩して、頭痛や低体温に悩まされたりはするものの、死ぬような病気を(怪我も)したことは一度も無いのです。

現時点では特に健康で、課題はメタボリックの解消ぐらい。まあ、この1ヶ月ぐらい鼻水や涙が出たり、鼻づまりが続いてたりして、なんて長いこと風邪が治らないんだろうと思っているというのはあるんですが。そういえば去年もこの時期似たような症状が・・・。でも断じて風邪ですが。

ま、そんなことで、なかなか自分の「死」というものをリアリティを持って考えることができないのですが、その時はたしてどう思うでしょう?
今現在の気持ちだと、延命措置はして欲しくないと思うのですが、いざその時(もう長くはないと自覚が出来て、かつ意識はまだはっきりして、遺言を残せるという状態)になったら、「延命措置」を拒否できるでしょうか?

難しい。
自分自身のことならまだしも、家族のこととなると、決断はさらに難しい。

植木さんの場合、2週間前から意識混濁ということなので、実際には延命措置が行われていたのかもしれません。
ケースによっては延命措置を望んだ方が、家族に対して心の負担をかけないで済むのかもしれないなどとも思ったりするのですが、今度は長期間になると心の負担の代わりに物理的な負担が出てくるし・・・。

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2007年3月27日 (火)

菅総務相が「検閲ではない」などと捏造発言 ~ニュースの落穂拾い

20070327sendaijp昨日の続きです。

捏造があった場合にテレビ局に対して、国が行政処分を行えるようにした「放送法改正案」に関して、菅総務相は昨日、国会で「ドラマでも対象になる」という見解を述べていましたが、今日さらに閣議後の記者会見で「処分対象は番組のジャンルを問わず、ニュースやバラエティー、再現ドラマなどすべての番組に適用する方針を示した」そうです。

「処分の適用の条件として、菅総務相は『検閲などする気は全く無い。捏造が明らかで、国民に多大な影響を与えること』と述べた上で、捏造にあたるかどうかの判断は、放送事業者自身に任せる考えを示した。
 一方で、菅総務相は『(放送局の)自浄能力に任せるというのは国民の理解を得られない。再発防止を約束してもらうことが必要だ』とし、新し行政処分導入に理解を求めた。」
YOMIURI ONLINE)

捏造かどうかの判断は放送事業者自身にまかせると言いつつ、自浄能力に任せるというのは国民の理解を得られないなどと、こういうのを衣の下の鎧というんでしょうか。

アメリカの話ですが、捏造というとすぐに思い出されるのは、イラク戦争の時の、イラクの核兵器保有疑惑という国家による捏造。国家というかブッシュ政権がと言うべきですが、事実を歪曲して、ありもしない「核保有」の疑惑を捏造していたわけです。

仮にこうしたケースが日本で起きた場合を考えて見ましょう。「いやイラクは核兵器は保有していない」と報道した局に対して、菅総務相はどんな判断を下すでしょうか?
おそらく国の方針に沿って報道をした局が良しとされ、真実を報道した方は捏造と見なされるのではないかと思います。

何が真実で何が嘘かの判断は、いかようにでも恣意的になりえます。
この改正案の成立は、すなわち国家による検閲に道を開くことに他なりません。
「検閲などする気は全く無い」という菅総務相の発言こそ、まさに捏造といえると思います。

写真は仙台駅

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2007年3月26日 (月)

TV関連の話題2つ ~ニュースの落穂拾い

20070326tvjp(1)初の地震発生前予測

現時点でも1200人以上が避難を続けている能登地震ですが、今回気象庁は初めて地震発生前に予測、発生と同時に緊急地震速報を出しました。

「こうした予測を可能にしたのは、『ナウキャスト地震計』と呼ばれる新たなシステムだ。地震が発生するとP波(秒速約7キロ)と呼ばれる初期微動が届き、その後、大きな揺れをもたらすS波(同約4キロ)が到達する。震源に近い地震計でP波をとらえ、地震の規模や到達時間を予測できるようにした。

 その結果、気象庁は地震発生から約1分40秒後に津波注意報を出した。これまでは最も早くても4分。新システムで2分以上縮めた。 」(asahi.com

震源に近い輪島市では地震到来の後だったそうですが、少し離れた能登町では地震がくる5秒前だったそうです。

5秒で何が出来るかですが、決定的に重要なことが出来ます。それは火を消すこと。
津波も同じことで、2分の違いは想像以上に大きいはず。湘南辺りの海水浴場をイメージしてもらえばいいかと思いますが、2分あったら砂浜から道路や堤防の上に上がれるかもしれないのです。特に住民ではない海水浴客や釣り人など、『海岸にいるけれども、土地勘が無い』というような人にとっては、2分の差が生死をわかつことになる可能性も大きいかもしれません。

この新システムを使った緊急地震速報は、すでに去年から、鉄道や病院など一部機関にたいしては情報提供が行われていますが、今回は初めて地震発生前の予測に成功したということのようです。

緊急地震速報は、この9月からはマスメディアを通じて、一般にも情報提供が行われることになっています。

この一般への緊急地震速報に関して、民放連は2月に、
「放送を通じて不特定多数の人々に速報を伝えた場合、どのような減災効果が、どの程度もたらされるかの十分な検証がおこなわれていない点を指摘。さらに、集客施設などで緊急地震速報が伝えられた場合、パニックが生じ、かえって被害を拡大する恐れもあるとして」気象庁に意見書を提出しています。(

特に緊急地震速報を聞いた車が急ブレーキをかけ、後続車が衝突などの事故を起こすことが懸念されていて、実施される秋までにマニュアルこみの周知徹底が必要でしょう。

(2)ドラマで捏造も行政処分

「菅義偉総務相は26日、今国会に提出する放送法改正案で、事実をねつ造した番組を流した放送局に再発防止計画の提出を求める行政処分を新設することに関し、『ドラマでも事実を事実として伝える場面であれば対象になる。再現ドラマも対象だ』と述べた。ただ、『社会的影響力が大きいものに限定し、悪影響が及んだ地域の広さや健康被害などを総合的に判断する』とも述べた。」(ネットニュース

へえー、これは驚きましたね。
国家がドラマの内容が真実かどうかを判断して、行政処分を下すとは。しかも妙な限定の条件がついてるのにも、こりゃまたビックリ。「あるある」の納豆の件は悪影響が及んだとか、健康被害があったなどという事実はないと思うけれど・・・。国際問題になってるような歴史上の事柄は、いったいどうその真偽を判断するつもりなんでしょうねぇ。そうそう、やんごとなき方の病状なんかもあるし・・・。

「『報道内容の真偽をもとに行政処分を下す法律は世界に例がない』」(同・沢議員の発言より)

確かにこれはなかなか珍しい。まあ真実を言ったことで逮捕・投獄される国なら沢山ありますけど。

画像のうち総務省の写真はいつものように「東京発フリー写真素材集」さまから。

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2007年3月25日 (日)

シバの女王(中)~名画と名曲・58

20070325piero1絵のスタイルや技法ではなく、単純に生活基盤ということでは、ピエロの人生は大きく二つにわけることが出来そうです。

イタリア各地を遍歴し修行した後、各地の宮廷・教会などから注文を受け、数々の壁画や祭壇画などを描いていった前半生と、サン・セポルクロにおちついて、地元の名士として過ごし作品を仕上げていった後半生です。

前半生の特筆すべきことはなんといっても、教皇の招きでヴァチカンにフレスコ画を描いたことなんですが(1458-59年?異説もあり)、残念なことにこの壁画はユリウス二世によって壊されてしまい、現存していません。

前半と後半をわけるのが、何歳なのかというのは(なにしろ生年がはっきりしないので)よく分からないんですが、1460年――かりに1413年生まれとすると四十代の終わりぐらい――あたりだろうと見られています。
その前年(59年)にはローマに行っていますし、60年にはサン・セポルクロの評議員の一員になったという資料が残っていることが根拠のようです。

で、名誉という点では当然ヴァチカンの仕事が頂点なわけですが、作品の素晴らしさという点では、この「シバの女王」を含む一連の壁画は、疑いも無く前半生のハイライトの一つとです。

この作品はサン・セポルクロに程近いアレッツォのサン・フランチェスコ聖堂のために描かれた「聖十字架物語」という連作の壁画の一つなんですが、その全体の姿は私は写真を持っていませんので、以下にリンクしておきます。
http://gallery.euroweb.hu/art/p/piero/francesc/croce/cappella.jpg

(ちなみに某様のサイトによれば、エヴァ・メイがアレッツォ育ちだそうです。)

その「聖十字架物語」とは何かなんですが、これはヤコポ・デ・ヴォラギネの「黄金伝説」の中に登場する、歴史と宗教が渾然一体となったような中世の物語で、壁画もほぼこの「黄金伝説」の中のストーリーに基づいて描かれているようです。

ヤコポ・デ・ヴォラギネは13世紀後半に生きた人で、1290年代にはジェノヴァの大司教をつとめました。この「黄金伝説」は、日本語では「黄金諸聖伝」などとも訳されますが、『諸』がつくことでもわかるように、中世のさまざまな宗教的物語を集めた書物のようです。私は読んだことがないので、中身はよく知りませんが、この「聖十字架」に関する話でも、さまざまな書物を参照し異説・異聞も収録してるようです。

で、これはなかなか変わった話で、キリストが磔になった際の十字架は、聖なる木で作られたというのが軸になっています。
その聖なる木とは何かというと、もともとはエデンの園で、アダムとイヴが食べた知恵の木の実がなっていた木で、その枝をアダムの息子が大天使ミカエルから受け取って挿し木したら、やがて大木に成長。その後ぐだぐだと色んな話が続きます。

「聖十字架物語」を題材にした壁画は、このアレッツォのピエロの作品以前に、既に例があります。フィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂のものがそれで、1380年代後半にアニョロ・ガッディによって描かれたもの。

ピエロのアレッツォの壁画は、このサンタ・クローチェのものを手本にしたのであろうと考えられています。
もちろん手本といっても時代が80年違うわけですから、作風などはまったく違っています。
20070325gaddijp
冒頭の写真はピエロの描いたもので「聖十字架の発見と検証」という場面。同じ場面のアニョロ・ガッディによるフィレンツェのものが右の写真です。(クリックで大きく)

ピエロの壁画については制作年代は確定していません。種々の資料から1452年から1466年までの間のどこかという点だけは確実なんですが、1458-59年のローマ行きの前なのか、それとも後なのか、あるいはローマ行きをはさんだ長期間にわたる仕事だったのかについては、研究者によって諸説あるようです。
(来週あたりに続く)

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2007年3月22日 (木)

違うよ 全然違うよ ~芸能ニュースの落穂拾い

20070322globejpタイトルの言葉はこのところネットでちょっと流行してたフレーズ。
いったいなんだってこんな言い方が流行ってるんだろうと思ったら、出所はマルチ商法とおぼしき会社の副社長をやってると、週刊誌にも取り上げられ話題の、globeのマーク・パンサーの会社のHPでした。
10日ほど前にネットで火がついたみたいで、やたら色んなところで見かけるように。

あ、その前に――globeはご存知小室哲也が全盛期に結成したグループで、マーク・パンサーはラップ担当だった(というかラップというよりむしろ囁き?)外人風の人。globeはビッグ・ヒットを何曲も持ってますが、なぜか小室ブームも去った頃に、あまりヒットしなかった曲でレコード大賞を受賞してたかと。
マーク本人にも小室さんにも何の興味もないけれど、「デパーチャーズ」は私のカラオケレパートリーでもあるので、少し気にならないこともなく、遅ればせながら調べて見ました。

この会社(社名はmc-2というみたいです)どうやら飲料水とか売ってるんですが、アンデスのジュースでアントシアニンを多く含むのが売りのよう。
もっとも2ちゃんねる情報によれば、この会社で1000mlを8000円で売ってるのそのジュース、似たような成分のものは普通に買えるみたいです。290mlが210円ぐらいで。

以下はその会社のHPのマークが答える「Why MLM」というページから一部引用。
『Q:MLMって危ないんじゃないの?
A:なんで?危なくないよ
Q:だって合法なの?
A:もちろん合法だよ
Q:なんで?だってマルチレベルマーケティングということはマルチ商法なんでしょ?
A:違うよ。全然違うよ。
Q:でも、ねずみ講なんでしょ?
A:全然違うよ。全く関係ないよ。(以下略)』

ちょっと感動しちゃいました。これでFAQになってると考えたんですねえ・・・。こりゃ流行するわ・・・。

一昨日にはマークのブログに反省と決意の弁が。さすがに「違うよ、全然違うよ」のフレーズは使わなかったみたい。

 * * *

宮崎駿監督が来年夏公開予定の新作で、監督復帰するみたいで、息子の吾郎氏が監督した「ゲド戦記」に失望した向きからは大方歓迎ムードのようです。でも、ちょっとよく判らないことも。
ネットニュース

なぜ息子が監督デビューしたことが親への反抗になるんでしょう?しかもその息子たるやもう40歳。
結局こういうのって才能があるかないかだけの問題であって、再教育とかなんとかいうのは、明らかに間違ってるのではないかと。まあ、この短いコメントだけでは宮崎監督の真意が伝わってないかもしれませんが。
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2007年3月21日 (水)

ヘフリガー逝去

20070321haefligerjpちょっと遅くなりましたが、テノール歌手のエルンスト・ヘフリガーが、3月17日に亡くなられていたことを、ユルシュールさんとeuridiceさんのサイトで知りました。新聞に記事が載っていたとのことですが、ずっと忙しくて一面の見出しぐらいしか読まず、ネットも政治ニュース以外はほとんどノーチェックだったので。

「マタイ」をはじめとするバッハの数々、もちろんシューベルトの歌曲、ワルターとのステレオの「大地の歌」など名盤が数限りなくありますが、一つを選ぶとすればもちろんリヒターとの1959年の「マタイ受難曲」。そしてもう一つ、ヨッフム指揮コンセルトヘボウ管とのベートーヴェン「荘厳ミサ曲」を上げたいと思います(フィリップス)。前にも書いたかもしれませんが、アグネス・ギーベル、マルガ・ヘフゲン、エルンスト・ヘフリガー、カール・リッダーブッシュという4人の独唱者は、まさに「心から心へ」という言葉そのものの歌を聞かせてくれます。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

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2007年3月19日 (月)

ザ・ジョン・ルイス・ピアノ ~思い出の名盤・9

20070319johnlewisjp以前名曲喫茶のことを書きましたが、ジャズ喫茶というのも随分少なくなりました。
ジャズ喫茶というのがまた雰囲気が独特で、名曲喫茶にまさるとも劣らない修行僧みたいな人ばかり。かと思えば妙にノリノリの動作をしてるものの、何故か必死感が漂ってる人とか。

と思いつつもなんとなく十代の頃には、よくジャズ喫茶に行っていたものでした。
初めてジャズ喫茶に入ったのは高校1年生の時。仙台市の二番町と一番町の間の、現在はタワービルですが、むかしは市立病院があった場所の裏手に、「カウント」という店がありそこでした。高校時代は週1ぐらいのペースで行ってたでしょうか。

二、三回目に「カウント」に行った時、このレコード(60年代の終わりか70年代ですから当然LP)に出会いました。

なにこれは?それまで漠然と思っていたJAZZという種類の音楽とは、まるで違っていて、これはバッハ?ドビュッシー?
シンプルで切りつめられた音の数々が、しかし決して暖かみを失わずに響いてくる。静謐で、格調高く、そしてもちろん美しい・・・。

飾られていたLPジャケットには The John Lewis Piano の文字。

ジョン・ルイスがあの有名なMJQ(その名前はジャズ初心者の私でも知ってた)のピアニストで、バッハを尊敬し「ブルース・オン・バッハ」なんていうレコードまで作っていたというのは、後で知った話。

この「ジョン・ルイス・ピアノ」は56年から57年にかけて録音されたもので、ギターのジム・ホールとバリー・ガルブレイスをむかえ、さらにMJQのメンバーからパーシー・ヒース(b)とコニー・ケイ(ds)が加わったもの。
全員が参加してのセッションというのはなく、室内楽のコンサートのようにトリオだったりデュオだったりと、曲によって編成を変えるのも、クラシックっぽさを強調しているかも。

20070319countjpその後MJQも含めてジョン・ルイスは、入手可能なほとんど全部のアルバムを集めましたが、やはりこの「ジョン・ルイス・ピアノ」が一番でしょうか。クォリティではなく好きさ加減の話ですが。

ルイスは幸い来日公演もしばしばありましたから、サントリーホールでのゴールドベルクと平均律のコンサート(ジャズとクラシックを融合させたもの)も含め、生でも何度か聞くことが出来ました。

2001年3月29日に逝去。まもなく7回忌なんですねえ・・・

ちなみにジャズ喫茶「カウント」の方は、いまも健在で、昔と同じ場所で営業しています。

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2007年3月18日 (日)

シバの女王(前) ~名画と名曲・58

20070318piero1jp印象派絵画にドビュッシーとか、表現主義絵画に新ウィーン楽派とかいった、時代様式をベースにしたアナロジーではなく、レオナルドやラファエロにモーツァルトを聞くとかミケランジェロにベートーヴェンを聞くとかいった、より感覚的な(あるいはいい加減な)比較が許されるのなら、J・S・バッハにはどんな画家が相応しいでしょうか?

もし投票をしたら、時代も国も違いますが、おそらくピエロ・デッラ・フランチェスカはトップ3には食い込むんじゃないでしょうか。

実際バッハとピエロには大変に共通点が多いように思います。
まずピエロは当時、絵画の基本になろうとしていた遠近法の大家であり、バッハは音楽の基本である対位法の大家でした。
2人ともそれらにもとづく厳格で緻密な世界を構築しながら、その息苦しいほどに精緻で秩序だった世界から、無類のファンタジーが生み出されるところも一緒です。
ピエロは数学の大家でもありましたが、音楽がかつては数学の一分野であったことは言うまでもありません。
ふたりは決して生前から無名ということもなく、フェルメールのように、死後は忘れ去られたということもありませんでした。いずれも生前から「そこそこの大作曲家」であり「それなりの大画家」ではありましたが、歴史上最も偉大な巨匠の一人とみなされるのは、それぞれ19世紀と20世紀における再評価を待たねばならなかったという点も共通しています。
そういえばシュッツなどに見られる禁欲的な受難曲のスタイルの中に、華麗で甘美なアリアを挿入したバッハの音楽は、厳密に構築された遠近法の背景に、なにやら背景に溶け込もうとしない人物たちを配置したピエロの絵画と同様に、コラージュ的と言えるかもしれません。


20070318piero2jpピエロ・デッラ・フランチェスカは15世紀の初め頃にイタリア中部の町、サン・セポルクロ(ボルゴ・サン・セポルクロ)に生まれました。生年ははっきりしていなくて、諸説あるのですが、近年発見された資料からの推測では、どうやら1413年かその前後ではないかというのが有力なようです。
亡くなったのは1492年。(この時点ではピエロはすでに大画家になっていて、町の名士でもありましたから、没年ははっきりしています。)

つまり生まれたのは、ドナテッロが活躍していた時代で、亡くなったときにはすでにミケランジェロが活動を始めていた時代ということになります。
ただピエロはレオナルドやミケランジェロのような、デビュー当時から死ぬまでスーパースターだった人とは違って、作品の中には現存しないものも多く、活動の様子を伝える一次資料も多くはありません。
このため現存する二十数作品ですら、いつ描かれたのか(あるいはいつ完成されたのか)もわからず、絵の意味もわからないというのが多いのです。ピエロ再評価が行われた20世紀という時代は、美術史学の世界ではイコノロジー(図像解釈学)の世紀でもありましたから、これらピエロ作品はイコノロジストたちの格好の獲物となりました。

ところで、ヨーロッパ人の画家の名前で、ファーストネームの後に前置詞+固有名詞、または前置詞+定冠詞+固有名詞が続く場合は、おおむね出身地を表すのが普通です。
ピエロ・デッラ・フランチェスカの場合は、すでに書いたようにサン・セポルクロの生まれで、このフランチェスカは場所をしめす名前ではありません。これは女性の名前なのですが、では誰のかということになると、これも不明なのです。
ピエロのお祖母さんと、その母親、つまりピエロの曾祖母にあたる人がどちらもフランチェスカなので、そのいずれか(もしくは両方)に由来するのでしょう。きっと町で有名な女傑だったに違いありません。

当時は職人階級は普通は苗字をもっていなくて、これもはっきり判らないのですが、どこかの段階(1468年以降という説が有力らしい)で、デッラ・フランチェスカ家はこの苗字をつかうことが認められたようです。
(来週あたりに続く)

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2007年3月14日 (水)

アンチョビ

20070314iwakijpこの写真は何かというと、水族館で撮ったなんかの魚の群れ。たぶんイワシです。

イワシは魚偏に弱いと書くわけですが、
1)陸に上げるとすぐに弱ってしまうからという説。(ヨワシ>イワシ)
2)身分の卑しい人が食べる魚だったので、イヤシ>イワシになったという説。

両方あって、どちらなのでしょうか。別にどっちでもいいんですけど。
ちなみに語源由来事典によれば「第一音節の『ヨ』から『イ』への音韻交替は他に例がない」そうです。

イワシの水揚げは伝統的に千葉県と茨城県がつよく、漁港別の水揚げ高ベスト5はこの2県で独占しています。
九十九里にはイワシ博物館があり、死傷者を出す爆発事故があったことは、ご記憶の方も多いかと思います。調べたらいまだ再建できず休館状態なんですね。

ところでイワシといえばアンチョビですが、アンチョビって英語だったんですね。
ていうか驚いてる方が変で、もしかしてこれって常識なんでしょうか。
私ずっとイタリア語かなんかだと思ってました。。。。

イタリア語ではアッチューゲ acciughe、これがフランス語だとアンショワ anchoisになって、英語ではアンチョビ anchovy。こう並べると自然な変遷ですが。ビって書くから非英語的な響きだと思ってしまいますが、ちゃんとヴィーって書いてくれれば。まあ、私がトホホなんですけど。

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2007年3月13日 (火)

思い出の名盤・8~プライの「美しき水車屋の娘」

20070313preyjp私たちの年代も含めて昭和世代(?)の声楽好きは、ドイツ系のバリトン歌手というと、どうしてもディートリヒ・フィッシャー=ディースカウとヘルマン・プライの名前を最初に思い浮かべずにはいられません。

もちろん私も――ご多分に漏れずというべきか――この2人の大ファンなんですが、F=Dの素晴らしさがわかってきたのは、少し後のことで、最初に好きになったのはプライの方。

そのきっかけは実はAMラジオで、当時放送されていた新日鉄コンサートでした。これは日本で行われたコンサートのライヴ録音を民放ラジオで放送していたもので、番組名の通り新日鉄の提供。最近TDKコアから番組で放送されたものがいくつかCD化されていますので、番組を聴いたことが無くても、名前はご存知の方が多いと思います。

1970年前後だったと思いますが、その新日鉄コンサートで、プライの来日コンサート「冬の旅」が放送されたのです。記憶の中で美化されていなければ、すぐ後にフィリップスに入れたサヴァリッシュとの録音では聞けない、暖かみのある感動的な歌だったように覚えています。昔のエンゲルとのEMI盤に、わりと近くて、さらに円熟の香りも出てきたというような。

当然ファンになった私としては、「冬の旅」のLPを買いたかったわけですが、確か店頭には無かったのでした。EMI盤が廉価盤におりてきて1200円ぐらいで発売されたのはそれからしばらくしてのこと。サヴァリッシュ盤もまだ発売されていず。

ということで、プライで最初に買ったレコードは、「冬の旅」ではなくて、この「美しき水車屋の娘」ということになってしまいました。ピアノはカール・エンゲル。

この曲集をこの録音で覚えてしまったので、これが良い演奏なのかそうじゃないのかというようなことは、私にはちゃんと判断できないんですが、たぶん名演なんじゃないかと思います。

まず声が美しいことは言うまでもありません。プライは調子の悪い時は、高音がぶらさがって、音程の悪さが指摘されることがありますが、この録音ではそんなこともなく、調子が良さそうです。
前半のはつらつとした若々しい情感と、後半の曲にこめられた深い感情。

プライはこのあとホカンソンとフィリップスに再録音、90年代にはDENONにもビアンコーニと再々録音していますが、どちらもなんとなく買いそびれてしまいました。
このエンゲル盤の前にはブレンデルと録音してるらしいんですが、これはプライが気に入らずにお蔵入りになっているそうです。

この「水車屋」と前後して、フォーレのレクイエムとか、ヴィンシャーマン&アメリンクと共演したバッハのカンタータとか、コンラッド・リヒターとのヴォルフ、サヴァリッシュとの「冬の旅」などなど、プライのLPは出るたびにかたっぱしから買い求めました。オペラだけは何枚組みかになってしまって高価だったので、なかなかそうも行きませんでしたが。

プライは幸い何度も来日してますから、コンサートもオペラも、それぞれ数回聴くことが出来ました。亡くなった時は本当にショックでした・・・。

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2007年3月12日 (月)

美しい国作りはSEXの奨励から? ~ニュースの落穂拾い Watch What Happens

20070312dainoharajp仙台は今日も雪でした。
一日中チラホラ降っていましたが、夜になってから気温が下がったのか、道路に積もってきました。路面が白くなっています。明日の朝の交通事情がちょっと心配かも。

ところでこんなニュースが。

「10代後半から40代の既婚者のうち、1カ月以上性交渉がないセックスレスの人は34.6%で、2年前の前回調査に比べ2.7ポイント増加したことが」厚生労働省研究班の調査で分かったそうです。

この数字がどういう意味を持つのかはよく知りませんが、まず驚いたのは、厚生労働省って、こんな調査までやってたんですねえ。

第2の驚きは「1カ月以上性交渉がない」とセックスレスとみなされるという線引き。まあ、10代後半の夫婦はわかるにしても、40代まで含めたらどんなもんなんでしょ。

それでこの研究班に参加してる日本家族計画協会の北村邦夫常務理事(産婦人科医)は、
「セックスレスは少子化問題と深くかかわっている。国は、労働時間の短縮など、夫婦がもっとうまく意思疎通できるような環境整備に早急に取り組むべきだ」などと。(ネットニュース

過去の、日本人がとてつもなく労働していた時代、――深夜残業当たり前、仕事が終われば接待また接待、週休二日制なんて外資企業の夢物語、みたいな時代に比べて、今は相当労働時間は減ってるんじゃないでしょうか?

セックスレスと労働時間は関係が無いんじゃないかと思いますね。それにセックスレスと、意思疎通や愛情の問題も、必ずしも関係あるとは言えないような。別に「夫婦がうまく意思疎通できるような環境」作りには反対しませんけども。まさか子供のいない夫婦が肩身の狭い思いをするような、社会を目指すということでもないでしょうし。

なおこの項目にかんしてのみTBは受け付けない設定にさせていただきました。(タイトルにSEXなんて使っちゃったので、エロサイトのTBがどっとくることが予想されるため。)

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2007年3月11日 (日)

今頃になって雪

20070311snowjp今年はほとんど雪が降らず、仙台ではたしか積もったのは1回だけだったと思います。なのに、今夜になって雪が・・・。1センチぐらいですが積もっています。まあ、3月に降ったこと自体が珍しいわけではなく(東北は3月は冬なので、春の雪にはならない)、むしろ例年3月に1回はドカ雪が降るので、これで終わりだとすると、そっちの方が珍しいんですが。

どうも色々と余裕がなくて、更新が滞りがちです。どうぞ皆様、お見捨てになりませんよう。

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2007年3月 4日 (日)

盗まれたロックウェルの絵画が、スピルバーグの手元にあったとか

20030304rockwelljp30年以上前に盗まれ行方がわからなくなっていたノーマン・ロックウェルの絵画が、スティーヴン・スピルバーグの所蔵品の中から見つかったのだそうです。スピルバーグは「1989年に正規のディーラーから同絵画を購入しており、FBIが先週ウェブサイト上で同作品を写真入りで紹介したのを見て、初めてそれが盗品であると知った」のだそう。
ネットニュース

作品は「Russian Schoolroom(ロシアの学校の教室)」というタイトルのもので、「現在の価格で70万ドル(約8200万円)」。

で、これがどんな作品かというと、こんな作品

そう言われてみると確かにスピルバーグが好きそうな。
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2007年3月 3日 (土)

ジャポニズム

20070303diorjp「ジャポニズム」。開催中のパリコレ(2007-08 秋冬プレタポルテ)での、ジョン・ガリアーノがデザインするディオールのテーマはこれだそうです。

まあそれはいいですよ。日本の美術や風俗は19世紀以降、常にヨーロッパに刺激を与えてきたわけだし。

でも、これって>クリック!
農村でかぶってたわらの帽子でしょうか?

そういえばこれも>クリックして出てくる動画の最初の人
それとも三度笠?
おまけにモデルの眉毛が笑えるのは何故?

そう、そういえばガリアーノさんって、オートクチュールでも、やってたし、>クリック

メンズでも>クリック
・・・ただのアニメヲタのコスプレのような気がしないでもない。

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2007年3月 2日 (金)

思い出の名盤・7 ~ゲンネンヴァインのモーツァルト/ハ短調ミサ

20070302mozartjpいまやモーツァルト演奏は、すっかりピリオド楽器によるものがスタンダードとなってしまいました。モダンのオケでもピリオドの奏法を取り入れたり、極端に表現主義的解釈を施したりでないと見向きもされないという傾向も、――コアな音楽ファンの間では――定着してるような感じが。

過去の録音でもカラヤンやバーンスタインのような、あるいはバッハだとカール・リヒターのようなスーパースター級なら、いまだに語る人は多いと思いますが、ゲンネンヴァインとなると、もうすっかり忘れられた人になっているような気がします。

でもカラヤンが高級フランス料理だとしたら、もっと慎ましやかな、それでいて噛めば噛むほど味の出る家庭料理にも相当するような演奏家たちを、忘れてよいのでしょうか?たとえばこのゲンネンヴァインのような。

まあ過去のものを切り捨てて、最先端だけを追い求めていくのも、それはそれで一つの行き方/生き方でしょうから、他人がどうこういう筋合いのものでもないのですが。

さて、仮に全てが忘れられたとしても、これだけは残っていくであろうと思われるゲンネンヴァインの録音が、この「モーツァルト/ミサ曲ハ短調K427」(EMI)です。

そしてその理由は、一にも二にも2人のソプラノのあまりにも気高く美しい歌声にあります。声自体の美しさや自ずとにじみ出る品格といったものは、当然解釈だとか様式だとかとは無関係のところから出てくるわけですから、そういう意味ではどんなに演奏のスタイルが変わろうとも、この録音を凌駕するのは並大抵のことではないと思えます。

 第一ソプラノ エディット・マティス
 第二ソプラノ ヘレン・ドナート
 テノール テオ・アルトマイアー
 バス フランツ・クラス
 ヴルフガング・ゲンネンヴァイン指揮
 南ドイツマドリガル合唱団
 南西ドイツ室内管弦楽団
 録音は1963年

ゲンネンヴァインは70年代だったか80年代だったか、上記の南ドイツ・マドリガル・コアを引き連れて来日しました。私はバッハのロ短調ミサを聞きましたが、ソリストが素晴らしかったこともあって、感動的な名演となりました。カリ・レファース、マルガ・シムル、ブレイク直前のハンス・ペーター・ブロホヴィッツ、フィリップ・フッテンロッハー。

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2007年3月 1日 (木)

ラビリンス

20070301yumotojp スパムTBには本当に困ってしまいます。とにかく見つけ次第問答無用で削ってるのですが、次から次へとやってくるし。

一時預かりにして、あとでTBを受け付けるかどうか決めるというやり方もあるんですが、私のように2~3日留守にして、自分のサイトにアクセス出来ないということが、頻繁にあると、それもちょっと難しくなってきます。3日もTBが反映されなかったら、ちゃんとしたTBをしてくれた方に申し訳ないですし。

ということで昨日の記事にいただいた「デトックスフットバス(足湯)」というTBも、完全に宣伝サイトのスパムTBの類なので、普通なら速攻削除の運命になるはずでした。

ところが念のためそちらのサイトに行ってみて、記事を読んでみたのです。

私は最初自分の頭が悪くなったのかと思いました。
とにかく「え?」と思い、何度も何度も読み直したのです。

なぜか唐突に「ラビリンス」とか「ミニマル」とかいう言葉も思い浮かびました。

しばらく削除しないで残しておきますので、すごく暇で暇でしょうがないという方は、左サイドバーの<最近のトラックバック>から飛んで、ご一読されることをお薦めします。ただしマジで『暇で暇でしょうがない』という方のみです、お薦めするのは。

写真:いわき湯本温泉の足湯

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