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2007年4月

2007年4月30日 (月)

「ローレライの呼び声」 ポール・アルテ

20070430halterjpライン川にすみ、その美しい声で舟人たちを惑わして、破滅に導くというローレライのお話。日本人にとっては「なじかは知らねど心わびて・・・」という近藤朔風の訳がおなじみの、ハイネの詩、ジルヒャーの作曲による有名な歌曲でも知られています。

アルテの「ローレライの呼び声」は、そのローレライ伝説をモティーフにした短編。邦訳でわずか12ページの短い作品です。
本格ミステリとしては、特に斬新なトリックが使われているわけでもなく、傑作とまでは言えないように思いますが、大変に美しい視覚イメージを呼び起こす作品です。
もっともローレライに関しては、私はフンメルさんのサイトを拝読して思わずググって見てしまった、黄色いペンキを塗りたくられた超・悪趣味像が、すっかり目に焼きついちゃってるんですが。(いま探したらペンキのは見つかりませんでした――って、明らかに見ないほうがいいですけど。トラウマになるから。)

作者のポール・アルテはフランス、アルザス=ロレーヌ地方のミステリー作家。ディクスン・カーのギデオン・フェル博士をモデルにしたツイスト博士が主人公のシリーズで知られ、この「ローレライの呼び声」もツイスト博士が謎解きに挑みます。

アルザス=ロレーヌ地方がフランス領になったりドイツ領になったりした地域であるというのは、学校の歴史の時間にも習いますから、どなたもご存知と思います。しかし実際にそこに住んでいる人は何を考え、どんな思いで日々の暮らしを送っていたのか。アルテの作品は推理小説というエンターテインメントの形を借りながら、この地方の人々の苦難の歴史や屈折した思いを描いていて、興味をひかれます。

この「ローレライの呼び声」は日本版では、「赤髯王の呪い」という中篇と一緒に収められていて、「赤髯王・・・」が本のタイトルになっています。この「赤髯王・・・」は出版では後になりましたが実質的なアルテの処女作で、こちらの方は掛け値なしの傑作。これもツイスト博士のシリーズではあるのですが、ある料理人の一人称で書かれているため、どうしても文体の点で文学的興趣を呼び起こすというものにはならないなあ・・・などと思っていると、あとでうっちゃりをくうことになります。

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2007年4月28日 (土)

ロストロポーヴィチの思い出

20070428rostopovitchjp決まり文句ではありますが、まさに「巨星墜つ」という感じではないでしょうか。すでに相当具合が悪そうだというのは伝えられていましたが、ついにその時がきてしまいました。20世紀最大のチェリストの一人で、指揮者としても活躍した、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチが27日、亡くなりました。享年80歳。肝臓ガンだったそうです。

ロストロポーヴィチの経歴についてはkeyakiさんのサイトに詳しいので、そちらをご参照ください。

私が初めてロストロポーヴィチの演奏を聞いたのはなんだったでしょうか?はっきりとは思い出せないのですが、ドヴォルザークのチェロ協奏曲か、リヒテルとのベートーヴェンのチェロ・ソナタではないかと思います。

しかし意識して聞いたのはカラヤンとのR・シュトラウスの「ドン・キホーテ」が最初。朗々と鳴り響くチェロの音に魅了されました。それと前後してかの三重協奏曲。そしてオイストラフとのブラームス二重協奏曲などを相次いで聴きました。

もっとも当時の私自身の好みはむしろフルニエ、トルトゥリエ、ナヴァラといったチェリストたちに向かっていたので、次々と積極的に聞いていくという程ではなかったのですが。

ご承知のようにロストロポーヴィチはソルジェニツィンをかばって当時のソ連政府ににらまれ、ソ連国外への出国を余儀なくされます。追い討ちをかけるようにソ連政府からの国籍の剥奪。

ロシア人の故郷を思う気持ちというのは特別なものがあるようで、ロストロさんもさぞやロシアに戻りたかったことでしょう。やがてソ連が崩壊し、ほとんど国賓待遇のような形で故国に戻れるなどとは、夢にも思っていなかったことと思います。

ベルリンの壁が壊れた時に、チェロをもってかけつけバッハの無伴奏を弾いた演奏は映像でも知られていますが、思いは想像するにあまりあります。

少々皮肉なことですが、ソ連国外で活動せざるを得なくなって、逆に音楽ファンにはインターナショナルに活躍するロストロポーヴィチの姿に頻繁に接することができるようになりました。

バーンスタインやジュリーニとの録音、そしてついにバッハの無伴奏チェロ組曲全曲も出てきて、狂喜したのがつい昨日のことのように思い出されます。

私がロストロポーヴィチを実際にコンサートで聞いたのは、あまり多くなく、しかも最初はチェリストとしてではなくて指揮者としてでした。
ワシントンのナショナル響の音楽監督をしていた時代で、トルトゥリエの独奏でシューマンの協奏曲、それにシューベルトのザ・グレートでした。シューベルトは骨太のグイグイ押していく演奏で、ベームやセルのようにカッチリとした構成感と端正な表情の演奏が好きな私の趣味からは少し外れていましたが。

チェロのコンサートでは東京文化会館で聞いたバッハ/無伴奏の6番が強く印象に残っています。コンサートを聞いた直後というのはプロコフィエフなんかに圧倒されるんですが、不思議と時がたっても印象が薄れずに残っていくのはバッハなんですね。これはもう演奏の問題じゃなくて、曲の問題かもしれませんが。

バーンスタインとは親友で、バーンスタインは「スラヴァ!」(ロストロ氏の愛称)という曲を彼に捧げています。
バーンスタインの誕生日だったかのガラ・コンサートの映像での、ロシア人独特のおおげさな抱擁が懐かしく思い出されます。
コーガン、オイストラフ、ギレリス、リヒテル、そして今度はロストロポーヴィチ。旧ソ連時代のスーパースターたち・・・みんな亡くなってしまいました。

どうぞ安らかにお眠りください。

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2007年4月27日 (金)

アラン・ドロンとやしきたかじんのNews ~芸能ニュースの落穂拾い

20070427delonjp(1)演劇「マディソン郡の橋」に出演していたアラン・ドロンが心臓疾患で体調を崩し、1週間舞台が中断されることになったそうです。
ネットニュース

「広報担当は、入院の必要はなく、状態が悪化する恐れもないと語った。ドロンさんはここ数年来、心臓血管疾患を患っている。この2月にも悪性の風邪をひき、1週間、公演を中断していた」とのこと。

71歳のドロンの「マディソン郡の橋」ねえ。イメージわかないけど、ちょっと見たい気もしますね。
早い回復をお祈りします。

(2)『「毎日放送」(大阪市)が一昨年10月に放送したバラエティー番組「たかじんONE MAN」で、司会のやしきたかじんさんが女性タレントの元夫の名誉を傷つける発言をした問題で、総務省近畿総合通信局は「事実を曲げないで報道することなどを定めた放送法に抵触する」として27日、同社に厳重注意し、再発防止を求めた。』
ネットニュース

早速始まりましたねえ。

この問題は、一昨年10月、やしきたかじんが番組内で堀ちえみの離婚問題を取り上げ、「別れるときは大変やった。最高裁まで行った」「男が絶対別れへんゆうた」などと発言したというもの。

元夫は名誉毀損で損害賠償請求をおこして、昨年12月に大阪地裁で原告勝訴の判決が出されました。たかじんさんは賠償金として総額330万円の支払いを命じられました。
このさい裁判長は「被告の発言は堀の言い分のみを聞いており客観性に欠け、名誉棄損に当たる」との判断を示していました。

バラエティー番組での発言がどこまで許されるかという点で、この裁判は注目されていたわけですが、それはそれとして、2005年10月放送の番組で、2006年に民事訴訟の裁判も終わっているのに、今いきなり総務省が出てきたことに嫌な感じを覚えます。

これからどんどん官僚が嵩にきて、放送に口を出してくる前触れということなのでしょうか。

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2007年4月26日 (木)

思い出の名盤・12 ~ロス・アンヘレスの「愛と海の詩」

20070426chaussonjpクリュイタンスのフォーレ/レクイエムと、スゼーのフォーレ歌曲集で、すっかりフランス音楽の虜になってしまった私としては、次に向かうのがショーソン、それもクリュイタンス盤(レクイエム)の独唱者であるロス・アンヘレスを選択するのは必然のようなものでした。

ただ最初に好きになったのはむしろB面(LPの)に収められた「オーヴェルニュの歌」の方でした。やはりなんといっても「バイレロ」とかは旋律が美しい上に親しみやすいですから。

でも何度も繰り返して聴いている間に、次第にショーソンの方に惹かれていきました。
ロス・アンヘレス盤は当時からこの曲の定番のようなもので、歌唱は実にチャーミング。これも何度繰り返して聞いたものやら。

ただどうも歌詞を読むと、これは男性の歌ではないかと思われました。男声、それも渋いバリトンが歌った方が似合うのかも。――などと思うようになった頃にタイミングよく発売になったのが、スゼー盤です。

当然、わくわくしながら購入、聞いてみたのですが・・・。これが凄い違和感。この頃には私は「愛と海の詩」はソプラノじゃないと受け付けない身体になってたみたいです。。。

CD時代になってから発売されたフランソワ・ル・ルーとデュトワの録音は、さほどの違和感を感じずに聞きとおせました。
これは(イ)さまざまな演奏スタイルに対するこちらの許容度がアップした。(ロ)曲そのものに対する思い入れが昔ほど強くなくなって、どうでもよくなった。(ハ)指揮のデュトワが絶妙。
――のいずれかと思われますが、(ハ)の可能性が大きいかも。

同曲の他の録音ではロス・アンヘレスとは全く異なるアプローチのノーマン盤が気に入っています。ショーソンがワグネリアンだったことを考えれば、このスケールの大きな表現は十分首肯できるものじゃないでしょうか。ジョルダンのバックもノーマンの歌唱にあっているように思います。

意外とガッカリしたのがカバリエ盤(レーベルはCollins)。これはさぞ良いだろうと期待して聞いたんですが、何がなのか判りませんが、何かがしっくり来てない感じがします。フィルアップのドビュッシーは十分に魅力的なので曲の向き不向きということだと思いますが。そういえばカバリエはDGのフランス・オペラ・アリア集も、曲によって向き不向きが大きく出てきてました。
このカバリエの録音は指揮がウィン・モリスなんですが、面白いことにオケ部分が心なしかマーラー風に響くのです。モリスだからというこちらの先入観でそう聞こえるのかもしれませんけど。

まるで受け入れられなかったのがワルトラウト・マイアー。R・シュトラウスにしか聞こえませんでした。

ただ今となってはロス・アンヘレスにもノーマンにも、もう一つだけ望みたいものはあります。それは退廃的な味わい。
というのもこの詩にはなにか非常に人工的なものを感じるのです。フランス語の詩のことはよくわかりませんけれども、もしかするとプリミティヴで機械的な韻のふみかたのせいとかでしょうか?
海の詩といっても実際にはパリで想像する海であり、リラといってもライラックの並木などではなく、夜のカフェに飾られている花であったり。

ロス・アンヘレスのチャームにプラスして、世紀末のパリの退廃までを持ち込んでくれたら、私にとっての理想的な「愛と海の詩」が生まれるのですが。マリア・バーヨだったらあるいはそうした退廃感までをも表現できるかもしれません。

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2007年4月25日 (水)

ここ2、3日のニュースから~ニュースの落穂拾い

20070425stargifjp(1)地球に最も似た惑星を発見

『太陽系の外でこれまでに見つかった惑星の中で最も地球に似た惑星を発見したと、フランスなどの研究チームが24日、発表。表面は、生命をはぐくむのに不可欠な液体の水が存在し得る温度とみられ、チームは「地球外生命を探査する重要な候補地になる」としている。直径は地球の約1・5倍、質量は約5倍と、これまでに発見された太陽系外惑星の中で最も小さいとみられる。』(ネットニュース

う~む、これはワクワクするニュースですねえ。
でもこの記事いくらなんでも情報が少なすぎますよね。
恒星の名前と、地球から何光年離れたところにあるのかぐらい入れてくれないと。

ということで別ソースを調べてみたら、恒星はred dwarfという名前で、地球からなんと!わずか20.5光年のところにあるんだそうです。光の速さで動く宇宙船が出来たら20年半で、光の半分の速さの乗り物でも41年あればいけるんじゃないですか。ちなみにこの惑星は「581c」という名前が付けられてるそうです。

で「地球の5倍の重量を有し、重力は地球の1.6倍であるという。表面温度は摂氏0度~40度(華氏32度~104度)の間であると予測されている」そうです。(INTimes)

(2)詐欺の意図が無かったと言えば無罪?

これは一昨日のニュースなので、新聞等でお読みになった方も多いと思いますが、驚きの判決でした。

『商品がないのにインターネットオークションに出し、落札者から計約600万円をだまし取ったとして、詐欺罪に問われた神戸市中央区古湊通2丁目、自営業川内久美子被告(37)の判決公判が23日、神戸地裁であった。佐野哲生裁判官は「落札後に商品を仕入れて発送できると考えていた可能性がある」などとして、無罪(求刑懲役5年)を言い渡した。
 川内被告は04年11~12月、商品がないのにデジタルカメラなどをネットオークションに出して落札者に現金を振り込ませ、だまし取ったとして神戸地検に起訴された。
 判決は、オークションの収支が赤字続きだった川内被告が、新たな落札代金を以前の落札者に発送する商品の仕入れに充てていたと指摘、同年11月中旬以降、手元にない商品も含めて出品数を増やしたことについて「商品の仕入れ資金を得ようとしたものと認められる」と判断した。』(ネットニュース

このネットニュースではここまでしか書いてありませんが、別ソースでは検察側は「被害は900人以上、計5000万円以上に及ぶとみられる」と指摘していたとのことですから、どう考えても意図的な詐欺のように見えますが。
この判決でお墨付きを貰ったということで、この女性、これからは大手を振って詐欺まがいをやることことになるのでしょうか・・・。

(3)江口ともみさんがケガ

「25日午後、栃木県那須町のレジャー施設で、番組収録のためバギー車を運転していたタレント江口ともみさん(39)が、カーブを曲がりきれず柵に衝突、転落した。TBSが25日発表した。江口さんは意識はあるものの右の腎臓などを損傷し絶対安静の状態。」(ネットニュース

えー、びっくり。当初「腰を打って2週間のケガ」という情報だったんですが、かなり重傷ですね。
江口さんとはこの2月に番組でご一緒したばかり。
TVタックルとかでみると、クールビューティと言う感じですが、実際はすごく気さくでいい人です。
はやく回復してくださいね。

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2007年4月21日 (土)

「ヘンダーソン夫人の贈り物」に、

20070421hendersonjpトーマス・アレンが出てたんですね。
といっても特別出演のような形ですが、後半で歌をうたっています。

東京では昨年暮れの公開でしたし、仙台ももう終わってしまうので、いまさら紹介めいたことを書いてもしょうがないんですが、ヘンダーソン夫人役のジュディ・デンチが素晴らしい。

後半で彼女のせいで悲劇的な事件が起きた後の表情など、絶品。相手役の名優ボブ・ホスキンスでさえ、デンチの前では「演技してる」と感じられるほどでした。

映画は一昨日書いたように、梯子で観たので十分な集中力をもって接することが出来なかったのですが、「ブラックブック」が細部の処理で、いくぶんご都合主義というか、「そんなに調子よくは運ばないだろう」と思わせる部分がなきにしもあらずだったのに対して、まったく遺漏が無く、非常に高い完成度と見ました。
重さと軽さのバランスも絶妙。「プリック・アップ」の頃の尖がったフリアーズからは想像できない、巧みな職人芸で酔わせる佳品でした。

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2007年4月20日 (金)

「ブラックブック」(後)

20070420blackbookjp_1映画はまったく意外なことに、1956年10月のイスラエルから始まります。冒頭の時点では気づきませんでしたが、この日付けに大きな意味があります。
最初に戦後10年以上経っての主人公の姿をだすことで、主人公が死ぬのかそれとも生き残るのかというサスペンスは失われるわけですが、ヴァーホーヴェンはハラハラ・ドキドキ感を犠牲にしても、56年10月を観客に印象付けたかったのだろうと思います。

その短いプロローグに続いて、話は戦時中のオランダへ。
ユダヤ人の女性ラヘルは川を渡って解放区へ逃げる途中、ナチスによって家族を皆殺しにされ、たった一人生き残ります。

監督によると1944年から45年にかけてのオランダは、北部がドイツ軍によって占領され、川を挟んで南は英米軍による解放区となっていたようで、この境の川というのが、身の危険を感じたユダヤ人にとって文字通りの生命線だったようです。

ラヘルを演じるのは「ヴァーホーヴェンの新たな女神」とされるカリス・ファン・ハウテン。実に魅力的で、しかも渾身の演技で完全に映画を支えきっています。「メリル・ストリープが演技が上手い」というような意味では、必ずしも演技派というわけではないのですが、何かこうスクリーンの中で燃え尽きてしまうんじゃないかとすら思わせる強烈さがあります。

で、そのカリス・ファン・ハウテンが演じるラヘルは、レジスタンスに身を投じ、エリスと名前を変えてオランダを占領したドイツ軍の将校に近づきます。

その将校ムンツェ大尉役が、「善き人のためのソナタ」で劇作家役を演じたセバスティアン・コッホ。
演技が上手いのはいうまでもありませんが、この2作で一躍ヨーロッパのトップ俳優にのし上がっただけのオーラがあります。
(なおこの作品に登場する主な俳優は、皆揃いも揃って素晴らしい演技力の持ち主で、特にエリスの友人ロニー役のハリナ・ラインは強烈に印象に残ります。)

エリスことラヘルはやがて本気でムンツェを愛するようになります。「この愛は裏切りから始まる」というのが日本の配給会社がつけた宣伝文句。確かに映画の内容を端的に言い表していて、なかなか上手いんじゃないでしょうか。

ここから先のストーリーはネタバレになるので書きませんが、脚本の伏線の張り方は上手いし、監督の現場の作り方も異常なほど気合が入ってるし、緩急の付け方も適切で、2時間を越す大作を一瞬も飽きさせずに引っ張って行きます。

ヴァーホーヴェンはこの作品をハリウッドではなく、祖国オランダに帰って撮りました。それは勿論オランダの話でオランダが舞台だということが第一の理由ですが、他にも種々の理由がありそうです。

▽政治的な問題

「私はアメリカ人のことが、特に最近の政治情勢の下では、理解しにくくなったよ。ハリウッドの人たちのことじゃなくて、ほとんどは中西部の人たちだがね。ゆくゆくは私はオランダに戻ることになるだろう。アメリカの大ファンにはなれなかったから、残る人生はオランダで過ごしたいと思っているよ」

「個人的にも経済的にも色々な意味で助けられたのは、ここ5~6年、アメリカ政府が世界に対していかに嘘をつき続けているかということに、皆さんが自覚し始めたことが大きいのではないかなと思います。」

▽アーティストとしての問題

「(ハリウッドで失われた)自分のパーソナルな何か、魂をもう一度手にするために何かしなければという思いがあって、個人への回帰という意味があるのです。特に題材である戦争を体験しているということで、自分に刻まれた時代、この作品を今自分が作ることによって、失われた自分自身をもう一度取り戻せるのではという気持ちが非常に強かったです。」


いずれにせよ、この作品はハリウッド資本とは無関係な作品として、オランダで撮られたわけですが、結果的に非常に良い影響を与えました。

まず映像が、アメリカ映画では出せない非常に艶やかなものになっているということ。

そしてもう一つは人物像の作り方です。
この映画には完全な悪人とか完全な善人とかいうものは出てきません。
ドイツ軍のフランケン中尉はほぼ完全な悪人として描かれていますが、まあそれぐらい。
勧善懲悪好みのハリウッドでは、(イーストウッド級の巨匠は例外ですが)脚本自体が認められなかった可能性が大きかったと思われます。

レジスタンスの人間も皆、利己的な動機を隠していたり、必ずしも祖国を救おうと理想に燃える人々として描かれてはいません。
逆に普通は悪人として描かれるはずのドイツ側のムンツェ大尉は、繊細で知的、状況判断にも長けた優秀な人物として描かれます。
主人公にしてからが、家族を殺した敵であるはずのナチの将校を愛してしまいます。

そして最も重要なのは、戦争が終わった後のオランダの一般市民です。

「映画の後半で主人公のラヘルがオランダ人の手によって収容所に入れられ、辱められるシーンがあります。それは、バクダットのアブグレイブ刑務所でアメリカ人たちが行ったことと重なると思います。でも先ほども言ったように、あのシーンが書かれたのは10年も前で、しかも基になっているのは史実でオランダで実際にあったことなのですが、今見るとまさにアメリカがバクダットでやっていることと被るのです。」

これは私だけの感じ方かもしれませんが、「監督はこのシーンを描きたくて、映画を作ったんじゃないか」とすら思えるほど、強く心に刻まれたシーンでした。昨日のブログには「卑の民族」などと書きましたが、知性や理性が悪意をコントロールしなくなったとき、人の心性というものがどこまで下劣になれるものなのか。本当に他人事ではないと思わされます。

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2007年4月19日 (木)

「ブラックブック」(前)

20070419blackbookjp忙しかったり、ちょっと心配事があったりして、5日ほど更新できませんでした。この期間1日だけ何か書けそうな時間が取れたんですが、あの内外で想像を絶する恐ろしい事件があった日。ヴァージニア工科大学の銃乱射事件の衝撃もさめぬまの、長崎市長の銃撃事件で、とても音楽や美術の話を書く気にもなれず、更新を見送ってしまいました。

ただあの夜はTVのニュースを見ながら、『2ちゃんねる』のニュース速報板もウォッチしていたんですが、犯人が韓国人と判ってからの2ちゃんのスレッドの流れには、本当に吐き気をもよおしてしまいました。
いったい30人以上も殺された悲惨な事件だというのに、嫌韓厨とか言われる連中のあの浮かれ具合、お祭り騒ぎはなんなんでしょう。百歩譲って日本人しか読まないであろう2ちゃんねるはまだ我慢するとして、YOU TUBEにまで書き込むなんて。彼らにはアメリカ人の気持ちが考えられないのでしょうか。

阪神・淡路大震災の時、韓国の若者が日本で多くの死者が出たことを喜んでお祭り騒ぎをし、在韓の欧米人の顰蹙をかったという話が伝わって、多くの日本人を憤慨させたわけですが、2ちゃんの連中もこれじゃ彼らと同じ穴の狢だということに、なぜ気づかないのでしょう。

思想は自由だし、まして好き嫌いは勝手、それを表明するのも自由ですが、震災を喜んだ輩と同じレベルまで自分を落としていることに気づかない愚かさ。それとも気づいているけれど、悪意を垂れ流す快感に浸ってるということなのか。本当にげんなりします。

どうやら日本人の中に「恥の民族」とは異なる人々が誕生してるのではないでしょうか。といっても勿論「恨の民族」でもなさそうだから、とりあえずは「卑の民族」とでも呼んでおきましょうか。

目だって見えるのは『2ちゃんねる』という特殊なBBS内だからで、日本人全体の中で多数派というわけではないけれど、善意は浸透しにくく、悪意はたやすく伝染するということを考えれば、放って置くといつかとんでもないことになるんじゃないかという嫌な予感がします。


映画「ブラックブック」の中にも、一般のオランダ人の市民という形をとって「卑の民族」が登場します。善人とか悪人とか言う区別ではなく、本人は『至極まっとう』と思い込んでいる一般市民たち。それが何かのきっかけで、自らも気づかないうちに品性下劣な悪意の集団と化している・・・。

ということで「ブラックブック」です。

第二次世界大戦中のオランダのレジスタンスの内幕を描いた話題作。主人公のユダヤ人女性エリスは架空の人物ですが、描かれた事件は実話をもとにしているそうです。(エリスは何人かのモデルを一つにまとめて新たな人物像を創ったとのこと。)

監督のポール・ヴァーホーヴェンはオランダ出身で、70年代に本国で作った作品が高く評価され、気鋭の映画作家としてハリウッドに招聘。「ロボコップ」や「氷の微笑」などのヒット作を出し、ハリウッドでも確固たる地位を築いたといって良いのでしょう。
そのヴァーホーヴェンが久々に祖国へ戻って監督した作品が、この「ブラックブック」です。

このヴァーホーヴェンと似たような軌跡をたどってる監督がもう一人います。イギリスのスティーヴン・フリアーズ。彼も80年代に本国での作品が高く評価され、ハリウッドに進出しました。「グリフターズ」などで成功をおさめた後、再びイギリスに帰って、話題作を発表しています。
そのフリアーズの「ヘンダーソン夫人の贈り物」が、仙台ではただいま公開中。(この週末からは「クィーン」が始まるということで、もっか当地はささやかなフリアーズ月間。)

そこで私、最近は週に1本映画を観るのも辛かったりするし、まして2本立てなんて体力的に絶対無理なんですが、なんと「ブラックブック」と「ヘンダーソン夫人の贈り物」を、同日に梯子して見比べるなんていう暴挙に出てみました。

結果は大失敗。もともとフリアーズは好きだし「ヘンダーソン夫人」もタイトルバックからエンドまで、完全に私好みの作りなんですが、先に見た「ブラックブック」に圧倒されてしまって、後から観た「ヘンダーソン夫人」の方はなんとも集中力が保てず。やはりせめて2、3日は間をおいてから観れば良かった・・・。
(続く)

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2007年4月13日 (金)

鳥 ~ニュースの落穂拾い

20070413birdgifアメリカからのニュースといえば、「米大統領、イラク議会での自爆テロを激しく非難」なんていうのがあって、原因を作ったお前が言うんじゃない!としか言いようが無いですが、本当にイラクはどうなってしまうのでしょうか。

身近でつまらない話に引き寄せると、この22日にはIntel製品の値下げと新製品の発売が予定されているというのに、アメリカ製品の不買を続けている私には購入できないという悲しい事態。これもブッシュのせいだ・・・。まああまりガチガチにやると長続きしないので、ごく例外的な買い物と、招待券で見るアメリカ映画は自分に許してるんですが。

と、怒っててもしょうがないので、楽しい話題に。そのアメリカから。

「米ノースカロライナ州立大学などの研究チームは、6800万年前の恐竜ティラノザウルスの骨からタンパク質を抽出して分析した結果、遺伝的にティラノザウルスがニワトリの『血族』に当たる証拠を得たと明らかにした。研究論文は13日付の米科学誌サイエンスに掲載される。ロイター通信などが伝えた。」
時事通信

鳥が恐竜、それも肉食恐竜から進化したというのは、骨格の比較などから確実と見られていましたが、分子レベルで確認されたのは初めてということのようです。
「ニワトリの『血族』」という言い方が、ちょっと気になります。ティラノは近いと言っても系統樹だと結構遠いと思うんですが。しかもよりによってニワトリって。変な誤解を招きそうな・・・。

いずれにせよ鳥って怖いですよね。公園に鳩の群れなんかがいると、いつも恐竜に見えてきて困ります。

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2007年4月12日 (木)

モスバーガーが10年前の味に戻る? ~ニュースの落穂拾い

20070412mbjp昨日に続いて宣伝になるのも嫌なんですが、モスバーガーの味が変わるそうです。
日経

上にリンクした日経のサイトの記事は長すぎるので、かいつまんでまとめると、モスバーガーでは創業以来、10年前までずっと豚と牛の合い挽き肉を使用していました。ところが1997年に肉の安全性の問題などから牛100%に変更。しかしここにきて成長ホルモンを使わず、トレースが可能な豚肉の調達が出来るようになったため、もとのように牛と豚の合い挽きに戻すことにしたそうです。
モスのプレスリリースによれば「新パティは、日本の家庭的なハンバーグの良さを持つ、懐かしくも新鮮な味となっています」とのこと。

で、私が注目したいのは、これにあわせてバンズも変更するという話。
確かに10年前ぐらいじゃないかと思いますが、それまではちょっと硬めで美味しかったのに、モスがバンズをまるっきり変えてしまい、柔らかく&まずくなってしまいました。それまでは結構モスバーガーには行ってたんですが、それ以来こんなバンズだったら大差無しと、美味くないけど安いマックや、同じく近場にあるロッテリアに走ったことも数多く。きっと同じような人――つまりバンズのせいで、モスから足が遠のいたという人は大勢いるんじゃないでしょうか。

バンズについてはどう変わるのか書いてないので判りませんが、前に戻るんだったら、また少し遠回りしてもモスにいくことになるかも。

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2007年4月11日 (水)

バルザックの珈琲 ~ニュースの落穂拾い

20070411balzacjp今日はJASRACがらみのつまらない話題もあったのですが、なんだかイヤ~な気分になるような話なので、もっと面白そうなのが無いかと思っていたら、みつけました。

18世紀から19世紀のフランスで、国王ルイ15世や文豪バルザックが愛飲したと語り継がれるコーヒーが、復活したんだそうです。
発売するのはUCC上島珈琲で、「UCCブルボンポワントゥ」という名前。

 この「ブルボンポワントゥ」という品種は、ブルボン島(現レユニオン島)で生産されていたもので、コーヒーの原種に限りなく近いんだそうです。

しかし、『干ばつなどで1940年代に栽培が途絶え、「幻のコーヒー」と呼ばれる。フルーティーな甘い香りが特徴で、カフェインは他の品種の半分という。
 UCCは復活を目指し、1999年に現地調査を開始し、約30本の原木を発見した。フランス政府などの開発援助を受け、再生に取り組んできた』とのこと。(ネットニュース

20070411reunionjpふむふむ。
で、レユニオン島というのはどこにあるかというと、なんとマダガスカルの沖合いインド洋に浮かぶ島なんですね。フランスの海外県になるんだとか。

なんでブルボン島なのかというと、Wikiによれば1640年にフランス領になり、42年にブルボン王家のルイ13世が命名したからで、その後フランス革命でレユニオン島と改名。ナポレオンの時代にはボナパルト島、英国領になったときは再びブルボン島、さらにまたレユニオン島とコロコロ名前が変わってるそうです。

なんかUCCの宣伝をするつもりはサラサラないんですが、このコーヒーについて詳しいことを知りたい方はHPへどうぞ。

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2007年4月10日 (火)

思い出の名盤・11~スゼーのフォーレ歌曲集

20070410faurejpレクイエムでフォーレに興味を持って、つぎに買ったLPがこのEMIのフォーレ歌曲集でした。スぜーを選んだのは、FM放送でこの中の何曲かを聴いて気に入ったのと、選択肢が他になかったことの2つでした。

当時、というのは1970年代の前半のことですが、SP時代の名盤はたまにLPになってもすぐに廃盤か製造中止。仙台ではまして店頭になど出ていませんでしたから、パンゼラやクロワザ、マギー・テイトのものなど求めることは不可能だったのです。ジャック・ジャンセンももちろん無理。かろうじてカミーユ・モラーヌのLPが廉価盤で再発されたかどうか、そんな時期でした。

それはそれとしてスゼーのこの録音を選んだ、あるいは選ばざるをえなかったのは、結果的には大正解。
まず声が私好みでした。フランスのメロディはバリトン・マルタンと呼ばれるテノーラルな響きのバリトンによって歌われる伝統があったようで、パンゼラもモラーヌも後にカリオペから次々とフランス歌曲の録音を出すブルーノ・ラプラントも、皆その種の声といっていいように思います。

スゼーの声は彼らとは違って純粋なバリトンといった趣で、当時プライの歌うドイツ歌曲のファンだった私にとっては、とてもとっつき易い声だったといえます。
またそういうことは私にはあまりよく判らないのですが、批評によれば表現もそれまでのフランス歌曲の歌い手たちに比べて、スゼーの場合はよりインターナショナルになったといわれています。

80年にジェラール・スゼーは来日して、私も幸いリサイタルを聞くことが出来ました。
この時スゼーは61歳で、キャリアも終盤に入りつつあったわけですが、驚くべきことは「ビロードの声」と呼ばれたその声の美しさが十分に保たれていたこと。とにかく本当にビロードのように艶々としたメロウな響きで、しかも煮詰まった感じや、不透明な感じがなくさわやかなのです。その微妙な感触は録音では感じ取ることは出来ないものでした。
六十歳でこれですから、いったい全盛期はどんな声だったのか?こういう時だけは、もっと早く生まれていればと思わなくもありません。

ご存知のようにこのLPをベースにしてスゼーとピアノのダルトン・ボールドウィンは、フォーレ歌曲全集の録音を行います。女声用の歌曲にエリー・アメリンクを迎えたこの全集は、フォーレ好きにとってはまさに干天の慈雨とでもいったところで、私もいったい何度繰り返し聞いたことやら。

現在この全集の中からピックアップして、1枚ものCDが東芝の1300円シリーズで出ています。スゼー自身の選曲によるということなんですが、初期のロマンティックな佳曲「漁師の歌」が含まれてないのが致命的。この1点でフォーレ歌曲入門には、お薦めできないはめになってるのが、歯がゆいのですねぇ。(でもまあ一応リンクだけしておきます。)

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2007年4月 9日 (月)

シバの女王(後) ~名画と名曲・58

20070403piero1jpピエロ・デッラ・フランチェスカの「聖十字架物語」の元ネタとなった「黄金伝説」の中では、シバの女王のエピソードは次のようなものになってるみたいです。

シバの女王がソロモン王のもとに知恵試しにやってきた時のこと。
宮殿の前にかけてあったある小橋を渡ろうとしたとき、シバの女王は世界の救い主がいつかこの木にかけられるという霊感を得て、ひざまずいてうやうやしく祈ります。

この部分が上の画像です。(クリックで大きく)

20070403piero2jp実はこの木というのはアダムの子が大天使ミカエルから受け取った枝が大木となり、それをソロモン王が建物に使おうと切らせたものだったのでした。しかし木はいくら測っても何故か長すぎたり、逆に切りすぎたりして、ちゃんとした大きさになりません。そこでソロモン王は建物に使うのをあきらめ、橋にしておいたのでした。

右側の部分はシバの女王がソロモン王に霊感の話をしているところと見られます。

ただし異説もあって、シバの女王はこの木に吊るされる人がユダヤを滅ぼすというお告げを得て、ソロモンに伝えたのだそうです。そこでソロモン王はこの木を地中深く埋めてしまいます。

どっちにしてもなんだか無理矢理感のただよう話ですが、とりあえずピエロの有名なこの壁画はそんなシーンなわけです。

20070403piero5jpそれにしても魅力的な作品です。
もちろん美しいだけでなく、技術の確かさも半端ではありません。左はソロモン王とシバの女王、それにお付きの者たちの衣裳の部分のみをトリミングしたものですが(クリックで大きく)、これだけで一幅の絵といえるんじゃないでしょうか。――っていうか絵なんですけど。

ところでピエロの作品の魅力の一つである、この超然とした雰囲気はどこからくるんでしょうか。色々あるんでしょうけれど、筆頭に挙げるべきは彫像のような人物の神々しさではないかと思われます。

レオナルドやミケランジェロが描く人物は、聖人や聖母子、いや神そのものですら、いやおうなく『人間』であるのに対し、ピエロの手にかかると悪人ですら、神々しさを失うことはありません。

ピエロの作品では光と影が非常に重要で、人物の立体感は光と影とそれに伴う微妙な色彩の変化によって、表されます。不思議なことに同じ再評価組の巨匠であるフェルメールやラトゥールも、やはり光と影の巨匠なのですが、まわりを包んでいるものが全く違います。

フェルメールの空気感はやはり北海を渡ってくる霧なのでしょうか?わずかな湿り気と淡い北国の陽の光を含んでいます。

ラトゥールは湿ってもいず、乾いてもいない、しかし周りを包むのは光ではなく闇。

20070403piero3jpピエロは澄んだ地中海の空のように湿り気一つありません。しかしピエロの人物の周りを囲んでいるのは、空気ではなく『光』です。ピエロの作品中の人物は、みな一人一人が独立して、光を浴びているように見えます。右はシバの女王の侍女たちですが(クリックで大きく)、光に囲まれているというよりも、むしろ自ら微光を放っているとすらいっても、大袈裟ではないのではないでしょうか。

このため光と影の対照は決してきついものになることがなく、コントラストは極力押さえられ、それがまた作品に穏やかさを与えているようです。

さらに自ら光を放ってる(あるいは囲まれてる)わけですから、太陽の光によってできる影は重視されることはなく、それが一層のコラージュっぽさをかもしだしているようです。

極端なコントラストを重視したバロックやロマン派の時代ではなく、それらを経過した後の二十世紀に初めて、ピエロが美術史上の巨人として認められたというのも、判るように思います。

ついでながら、この侍女たちのトリミングは、現在の私のデスクトップの壁紙です。

  * * * *

さて「シバの女王」と音楽といえば、何といってもレイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラによるフレンチ・ポップスの大ヒットがあります。
クラシックではヘンデルのオラトリオ「ソロモン」の中の『シバの女王の入城』が、独立して演奏されることも多く、一番有名でしょうか。

しかし今日はレスピーギの組曲「シバの女王、ベルキス」を取り上げたいと思います。
この曲はブラスバンド用に編曲されたものがありますので、吹奏楽をやってる方でしたらご存知の方も多いかと思います。
でもまあ一般には全く有名じゃないと言ってもいいでしょう。「ローマ三部作」に比べたら、CDの数も比較になりません。

ところが2006年には、この「シバの女王ベルキス」は、疑いも無く世界中で最も聞かれたレスピーギの曲になりました。
というのもトリノ五輪の女子フィギュア6位入賞で、続く世界選手権では優勝したアメリカのキミー・マイズナーがフリーにこの曲を使ったからなんですが。

曲はレスピーギらしく色彩感豊かで、ゴージャス派手派手、旋律はオリエント風。というわけで、どう考えても「ベン・ハー」や「十戒」のようなハリウッド映画の音楽そのものという感じ。というのもレスピーギには失礼でハリウッドが真似したんでしょうが。

親しみやすいし盛り上がるので、もっともっと聞かれてもいいかと思うんですが。
CDは長いことサイモン指揮フィルハーモニアのCHANDOS盤の独占状態でしたが(輸入盤)、去年だったかアシュケナージ指揮オランダ放送フィルのEXTON盤が国内盤で発売されました。
輸入盤では大植英次指揮ミネソタ管のもあって、これは原曲通りテノール独唱と男性合唱が入ってるとのことです。大植がミネソタを離れる前の年に録音したもののようで、きっと優れた演奏じゃないかという気がしますが、Amazonでユーズド価格7440円って、なんだこの値段は!?
(あと飯森さんも録音してるという話ですが、よく知りません。)
昨年関西フィルにオーボエのシェレンベルガーが指揮者として客演した際にもこの曲を取り上げ、2月ごろでしたかライヴがNHK-FMで放送されてました。
リンクしたのはアシュケナージ盤。

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2007年4月 7日 (土)

ココログのアクセス制限、解決は道のり遠い?

20070407cocologjpkeyakiさんのブログのコメント欄で、助六さんに教えていただいたんですが、ココログは海外からのアクセス制限が行われています。
海外のプロバイダー全部なのか、地域によるのかよくわからないんですが、3月の上旬からコメントとTBが出来なくなっているようです。

@niftyにクレームのメールを送ったところ、返事がかえってきました。
残念ながら、

「現段階では、解除時期等の具体的な内容を
ご案内できる状況に至っておりません。
 しかしながら、弊社といたしましても状況を監視し、随時対処に関する検討を行っております。
 (中略)より一層のトラックバックスパムやコメントスパムの対策機能の向上を行い、早急な解決をめざし対応しておりますため、今しばらくお時間をいただきますようお願い申し上げます。」

とのこと。
ありゃりゃですねえ。結局いつ解除になるかわかんないんですね。

さしつかえなければ、コメントはメールでいただければコメント欄にそのまま貼り付けますので、遠慮なくお送りください。

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2007年4月 6日 (金)

仙台で桜の開花

20070406sakura1jp仙台でも桜の開花宣言が出されました。

今日の仙台は最高気温が11度と、まだ冬。陽のあたる場所はまあまあでしたが、日陰はまだまだ寒くて、全然桜なんていう気分じゃありません。

でも暖冬だったのが効いたんでしょうか。去年より7日、平年より6日早いんだそうです。

20070406sakura2jp
とりあえず午後から時間が空いたので、気象台に行って見ました。
右の写真が開花宣言を出す時の指標となる基準木なんですが、ご覧のとおり「どこが開花じゃ!」状態。

20070406sakura3jp
五、六輪咲けば開花宣言を出すんだそうですが、本当に五、六輪しか咲いてませんでした。左の写真がそのようやく見つけた貴重な五、六輪。

そのまま道路を挟んで気象台の向かいの「榴ヶ岡公園」に行って見ました。ここは仙台市内のお花見の名所として知られています。

ゲッ!

20070406sakura4jp桜も咲いてないのに、しかもこのクソ寒いのに、おまけにウィークデイの午後だっつうに、なんか数十人がお花見を。いったい何が悲しくて・・・

なお明日は天気は曇りで、予想最高気温は11度。あさっての日曜日はもう少し暖かくなりそうです。
でもお花見日和というには程遠くて、やはり来週の週末でしょうか。

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2007年4月 5日 (木)

「善き人のためのソナタ」(ネタバレ編)

20070405dldajpこの作品を恋愛映画として読み解いて見たいと思います。ネタバレがあることと、変な偏見を与えることになったら申し訳ないので、まだ映画をご覧になってない方は、この先は読まないで下さい。


この映画の監督フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクはわずか33歳で、しかも初監督作品。ちょっとびっくりですが、よく考えてみると、フェリーニが「道」を撮ったのが34歳。ベルトルッチの「ラスト・タンゴ・イン・パリ」が32歳。ビクトル・エリセの「ミツバチのささやき」が33歳ですから、年齢についてはそう驚くこともないのかもしれません。

非常に完成度の高い作品ですが、瑕疵というべきか描写上の問題点が二つあります。

一つは監視を続けるヴィースラー大尉の心境の変化の描写が、かならずしも説得力があるとはいえないこと。
もう一つは劇場でドライマンを見た大尉が、自ら監視を行うと決める理由が、説明されていないことです。

後者についてですが、大尉は劇場の桟敷席から双眼鏡でドライマンを観察し、いつも大きく見開いている目を、さらに一層大きくしてこの劇作家に対する関心をあらわにします。

常に寡黙で必要最小限の言葉しか発せず、ほとんど感情も示さないヴィースラー。その内面が現れるのは、文化部部長グルビッツの権力志向と策士振りを見たときだけです。しかもそれらは、わずかに表情に硬いものが現れるかどうかという程度なので、それだけにこの劇場でのほとんど「嬉しそう」とすらいえる、かすかな昂揚のしるしは強く印象に残ります。

しかしなぜヴィースラーは自ら監視役にあたることにしたのでしょうか?
ドライマンはそれまでは体制にたてつかない優等生でした。大尉という地位にある人物が、わざわざ自分で張り込む必要はないはずです。
映画ではドライマンが客席で友人と出会い、それがヴィースラーの関心を引いたかの如く描かれています。このインサートに私もすっかり騙されていました。

しかしこの友人は小物で(それはすぐ後のパーティのシーンでそれとなく示される)、たまたまドライマンと交友関係にあったとしても、さほど重要ではない、少なくともそのために大尉が自ら屋根裏部屋に出向くほどのことではないんじゃないかと思われます。
それによく考えてみればドライマンは高名な人気劇作家なのですから、たとえ監視は行われていなかったとしても、交友関係などは全部把握されていたはずです。

このシーンのすべての描写は、ドライマンを女性に置き換えると解決します。それもニコール・キッドマンのような女優が演じたと仮定しましょう。ヴィースラーが自ら監視に当たると決めたのは何故でしょうか。

そう、ヴィースラー大尉には潜在的にホモセクシュアルの傾向があったのです。そう考えれば娼婦を住まいに呼んだときも、ズボンをずらしただけで服も脱がないセックスになった理由も解明します。

「もっといてくれ」という台詞から、私たちはついこれを機械的な性欲の処理ではなく、人間的な触れ合いを求めたがるように変化した心の現われとだけとらえがちですが、「服も脱がない」という部分を見逃してはいけません。(まあ、あのオバサンの脂肪に埋もれるのが、嫌だっただけかもしれませんが。)

こうして考えてみると、監視に入ってからの心境の変化についても、すんなりと理解できます。
普通ならどんな会話が交わされていたとしても、ガチガチの体制守護役であるヴィースラー大尉の心を溶かすことなど考えられないはずです。なぜなら彼はこれまでにも同じような会話も、セックスの音も、数え切れないほど聞いてきたはずだからです。

しかし今回は本人も気づいていないものの、潜在的に惚れている相手の言葉なのです。
一つ一つが心に突き刺さります。

ヴィースラーはドライマンの部屋からブレヒトを拝借して、自宅で読みふけります。これはかなり危険なことで、映画では紛失に気づいてもあまり問題にならずに、さっと通り過ぎてしまいましたが、場合によっては誰かが部屋に入り込んだと気づかせる羽目にもなったかもしれません。
西側の小説とかだったら問題でしょうけれど、ブレヒトなのですから、読みたければどこからでも入手できたはずです。でも彼にとってはドライマンの本でなければならなかったのです。

このような視点で見ると、一見描写不足と思われたシーンが、おそらく異様な説得力をもって迫ってくるんじゃないか――というのは私の想像で、DVDが発売されたらこの路線でもう一度見直してみたいなと思うのです。
ラストシーンはヴィースラーにとって、報われぬ愛の成就でもあったのではないかと思われます。

なお素人の解釈などというのは所詮お遊びなのですから、ガチガチ生真面目派の方の反論は、ご遠慮ください。

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2007年4月 4日 (水)

「善き人のためのソナタ」

20070404daslebenjpココログは昨日15時から今日の15時までメンテナンス。すっかり忘れていて、ヴァランシエンヌさんのサイトを見て、アーーーッ!
この間、コメント、TBが出来ず皆様にはご迷惑をおかけしたかもしれません。失礼いたしました。


さて、話題の「善き人のためのソナタ」を見てきました。
この映画、最初に広告の写真を見たときから気になっていました。
ヘッドフォンをしたリヒテルと、ピアノを弾くスティーヴン・セガールって、どういう組み合わせ?

そしたら2月発表のアカデミー賞で外国語映画賞受賞。さらにヴァランシエンヌさんのブログにも、熱い賛辞が。
もっと早く見たかったんですが、仙台はようやく先月下旬からだったので。

結論を先に書いてしまうと、何年に1本というような大傑作。
良い意味で2つの裏切りがあります。
一つはヨーロッパ映画というと芸術的な代わりに、綺麗だけど眠たい映像が延々と続いてさっぱり話が進まないという先入観をお持ちの方もいるでしょうが、これは映画が始まったら、もう一瞬たりとも目が離せません。
監督のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクという人はわずか33歳だとか。
もう一つは体制告発映画だと苦い後味になるのが普通ですが、そしてこの作品の場合も悲劇的な展開も用意されているのですが、それだけでは終わらないところ。観客の感情を煽るような品の無い真似は何一つしていないのに、ラストのたった一つのさりげない台詞で、涙がドッ。

ところでこのブログをお読みくださってる方で、昔ドイツが東西に分かれていたことを知らないというような若い方はいらっしゃるでしょうか?
ほとんどの皆さんは壁崩壊の映像をはっきり記憶してるだろうと思いますし、東ドイツがシュタージによる監視・密告社会だったというのも、知識としてはご存知の方が多いかと思います。

その2つさえ知ってれば、あとは何の予備知識もなしにご覧になったほうが良いかもしれません。

ただ二つだけ。

(1)一つは主演のシュタージの大尉を演じるウルリヒ・ミューエについて。彼は自分自身もシュタージに監視された過去を持つ人。しかもなんと劇団時代の友人と妻(!)が自分を監視して、シュタージに彼の行動を密告していたのだそうです。
東ドイツが崩壊した後、こうしたことが暴かれて心の傷を負い、人間不信になった人が多かったそうですが、無理もないですよね。
ミューエは映画の前半は、ただひたすら目を大きく見開いているだけで、感情の表現がほとんど無く、非人間的な不気味さを感じさせるのですが、これが映画後半にいくと次第に普通の人間の顔へと変わって行きます。このデリケートな表情の変化は圧巻で、まさに入魂の演技でした。

ところで映画にも出てきますが、そうした旧・東時代の監視の状況を、現在自由に調べることが出来るというのは、驚くべきことではないかと思います。仮にこれが日本だったら、まずそうはいかないでしょうねぇ。特に最近は資料の隠蔽や、情報の出し惜しみに、個人情報保護という名目を利用する傾向にあるように思いますし。

(2)「善き人のためのソナタ」というのは映画の中で、もう一人の主人公である劇作家ドライマンがピアノで弾く曲の名前。しかし原題はDas Leben der Anderen。直訳すると「他人の生活」です。それでは日本語題名にはならないというのは判りますが、「善き人のためのソナタ」ではないほうがよかったと思います。

というのも配給会社の解説などでは、この曲を聞いて人間性を取り戻すみたいなことが書いてありますが、それはかなり違うのです。もちろん曲も要因ではありますが、一つの要素にすぎません。音楽や文学についての会話とか、あと生の喜びに満ちた愛情表現としてのセックスなどが重要な意味を持っていて、「ソナタ」のみをフィーチャーした日本語題名は、ちょっとどうかなと思います。

ちなみにソナタはガブリエル・ヤレドが作曲したオリジナルです。美しいといえば美しい曲なんですが、ちょっとどこかで聞いたようなフレーズが頻出して、私はあまり乗れませんでした。そのほかのいわゆる映画音楽部分は、ヤレドの音楽、実に見事でしたが。

仙台はチネ・ラヴィータで13日(金)まで。

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2007年4月 2日 (月)

担保したい ~ニュースの落穂拾い

20070402towerjpそんな、エイプリル・フールの日に、静岡が30度を越える真夏日なんていわれても、誰が信じるでしょうか。ええっ、日本の新聞もイギリスの真似して、嘘記事書くようになったの?――と、思わず気象庁のHPで確認してしまいました。東京も24度を超える暑い一日だったんですね。

いずれも昨日1日のニュースですが気になるものが2つ。
一つは27日の記事で書いた、テレビ局への行政処分の件。

「菅義偉総務相は1日、テレビ朝日の番組で、今国会に提出する放送法改正案でねつ造番組を流した放送局への行政処分を新設することについて、放送界の自主的な規制強化が機能するかを見極めるため、『法律を作動させない』と述べ、新制度の施行を当面凍結する姿勢を改めて示した。凍結のやり方は、『国会審議で国民にわかるように担保したい』とし、この日は明らかにしなかった。」
(毎日新聞

菅総務相の意図がよく掴めませんが、とりあえず27日のフォローということで、書きとめて置きます。
それにしても「担保したい」という言い方。以前も話題になりましたけど、大臣まで使うようになったんですね。あー、やだやだ。


もう一つは、WHOが発表したお酒と癌の関係。なんと、
「飲酒で顔が赤くなりやすい人の食道がんの発症率は、赤くならない人に比べて最大12倍」なんだそうです。(読売新聞

ガ~ン。って駄洒落どころじゃなくて。
「アルコールの分解過程で重要な役割を果たすアルデヒド分解酵素(ALDH2)の一部が欠損し、働きの悪い人は、飲酒量に比例して食道がんになる危険が高まり、酵素が正常な人の最大12倍になる」のだそう。

単になりやすいというだけじゃなくて、「飲酒量に比例して」というところがポイントでしょうね。
呑むとすぐ顔が赤くなる人は、なるべく酒は控えろということなんでしょうか。まあ私自身はいくら飲んでも赤くならないんですけど。

東京タワーはいつものように東京発フリー写真素材集さまから。加工しました。

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2007年4月 1日 (日)

今日から4月

20070401karajanjpはぁ~~~、もう4月。あっというまに新年度ですねえ。
なんかねぇ。。。。

一昨年の4月1日はC・クライバー、昨年はバーンスタインでしたが、今年はカラヤンで。

ところでカラヤンといえば、思い浮かぶのはフィリピンのカラヤン島。
ルソン島の北部にある島で・・・そうです、なんだか記憶がよみがえってきませんか?ヤンバルクイナの親戚が発見されたという。新種発見のニュースよりも、世の中にはカラヤンなんていう名前の島があるんだということに驚いたりして。

クイナの種類は数十種あるわけですが、このカラヤン島のクイナはヤンバルクイナときわめて近く、同じく飛べない鳥です。カラヤン島で発見されたのでカラヤンクイナと名付けられました。

発見されたとはいっても島の人たちは昔から、鳥の存在は知っていて別の名前(ビディング)で呼んでいたようですが、あらためて研究者によりクイナの新種だと確認されたわけです。というのが2004年の8月のこと。
発見されたのは無人の山中だったそうですが、今後開発などで数が減る恐れがあるということで、翌2005年には絶滅危惧種に加えられました。

で、この新種発見を発表したのは、イギリスに本部のある自然保護団体の「バードライフ・インターナショナル」なんですが、カラヤンクイナの写真を捜しにバードライフ・アジアのHPにいったら、また鳥発見のニュースが載ってました。

つい先月の話で、タイのバンコク郊外で、ヨシキリの仲間のオオハラヨシキリという鳥。
ただし今度は新種の発見ではなく、140年前にインドで発見されただけの幻の鳥だったんだそうです。インドからタイまで分布してるのに、140年間誰にも発見されないって・・・。びっくりです。

おまけ:なおカラヤンの綴りは、残念ながらKarajanじゃなくてCalayanみたいです。

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