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2007年4月28日 (土)

ロストロポーヴィチの思い出

20070428rostopovitchjp決まり文句ではありますが、まさに「巨星墜つ」という感じではないでしょうか。すでに相当具合が悪そうだというのは伝えられていましたが、ついにその時がきてしまいました。20世紀最大のチェリストの一人で、指揮者としても活躍した、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチが27日、亡くなりました。享年80歳。肝臓ガンだったそうです。

ロストロポーヴィチの経歴についてはkeyakiさんのサイトに詳しいので、そちらをご参照ください。

私が初めてロストロポーヴィチの演奏を聞いたのはなんだったでしょうか?はっきりとは思い出せないのですが、ドヴォルザークのチェロ協奏曲か、リヒテルとのベートーヴェンのチェロ・ソナタではないかと思います。

しかし意識して聞いたのはカラヤンとのR・シュトラウスの「ドン・キホーテ」が最初。朗々と鳴り響くチェロの音に魅了されました。それと前後してかの三重協奏曲。そしてオイストラフとのブラームス二重協奏曲などを相次いで聴きました。

もっとも当時の私自身の好みはむしろフルニエ、トルトゥリエ、ナヴァラといったチェリストたちに向かっていたので、次々と積極的に聞いていくという程ではなかったのですが。

ご承知のようにロストロポーヴィチはソルジェニツィンをかばって当時のソ連政府ににらまれ、ソ連国外への出国を余儀なくされます。追い討ちをかけるようにソ連政府からの国籍の剥奪。

ロシア人の故郷を思う気持ちというのは特別なものがあるようで、ロストロさんもさぞやロシアに戻りたかったことでしょう。やがてソ連が崩壊し、ほとんど国賓待遇のような形で故国に戻れるなどとは、夢にも思っていなかったことと思います。

ベルリンの壁が壊れた時に、チェロをもってかけつけバッハの無伴奏を弾いた演奏は映像でも知られていますが、思いは想像するにあまりあります。

少々皮肉なことですが、ソ連国外で活動せざるを得なくなって、逆に音楽ファンにはインターナショナルに活躍するロストロポーヴィチの姿に頻繁に接することができるようになりました。

バーンスタインやジュリーニとの録音、そしてついにバッハの無伴奏チェロ組曲全曲も出てきて、狂喜したのがつい昨日のことのように思い出されます。

私がロストロポーヴィチを実際にコンサートで聞いたのは、あまり多くなく、しかも最初はチェリストとしてではなくて指揮者としてでした。
ワシントンのナショナル響の音楽監督をしていた時代で、トルトゥリエの独奏でシューマンの協奏曲、それにシューベルトのザ・グレートでした。シューベルトは骨太のグイグイ押していく演奏で、ベームやセルのようにカッチリとした構成感と端正な表情の演奏が好きな私の趣味からは少し外れていましたが。

チェロのコンサートでは東京文化会館で聞いたバッハ/無伴奏の6番が強く印象に残っています。コンサートを聞いた直後というのはプロコフィエフなんかに圧倒されるんですが、不思議と時がたっても印象が薄れずに残っていくのはバッハなんですね。これはもう演奏の問題じゃなくて、曲の問題かもしれませんが。

バーンスタインとは親友で、バーンスタインは「スラヴァ!」(ロストロ氏の愛称)という曲を彼に捧げています。
バーンスタインの誕生日だったかのガラ・コンサートの映像での、ロシア人独特のおおげさな抱擁が懐かしく思い出されます。
コーガン、オイストラフ、ギレリス、リヒテル、そして今度はロストロポーヴィチ。旧ソ連時代のスーパースターたち・・・みんな亡くなってしまいました。

どうぞ安らかにお眠りください。

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コメント

リンクとTBありがとうございます。こちらからもTB返しさせていただきました。

ロストロさんが亡くなられたのは、ロシア通の知人のメールで知ったのですが、その時はネットで検索しても訃報がみつからず(多分ロシア語のサイトは出ていたのでしょうけど)、お誕生日の時の記事をいろいろ読んでいて、えっ、変わってないのね、というような記事を見つけました。
真ん中のオレンジ色の部分の記載です。
http://plaza.rakuten.co.jp/mamakuncafe/diary/200704130000

ロストロさん、いつのまにかモスクワに戻っていたんですね。

投稿: keyaki | 2007年4月29日 (日) 00:44

keyakiさん

TBありがとうございました。
共同通信よりもkeyakiさんの方が圧倒的に早かったですね。

この記事興味深いですね。今の日本なら即座に捏造と言われますね。
プーチンとの話も驚きです。何故にKGBの役人とチェリストが救急車を運転して???
でも、どうして本来なら仇敵であろうKGB出身の大統領と、ロストロ氏が親しいのだろうと不思議に思ってましたが、これで謎が解けました。

投稿: TARO | 2007年4月29日 (日) 01:00

ロストロポーヴィチの体調が悪いことを知らなかったので
ニュースで聞いたときはあまりに唐突で一瞬茫然としました。
偉大な音楽家でしたね。偉大すぎて私のような天の邪鬼は
意識的に聴くことを避けてきた気がします。
バッハはビルスマ、ベートーヴェンやブラームスはフルニエ、
ドヴォルザークはピアティゴルスキー、というように。
むしろ近、現代物に関して『ロストロポーヴィチなら間違いない!』と
安心して手を出すことができました。ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲は
ロストロポーヴィチ以外の演奏を聴く気にはなれません。
ただやはり私の場合もチェリストとしてより指揮者・ロストロポーヴィチ、
というイメージが大きく、プロコフィエフの交響曲全集や、
ショスタコーヴィチのいくつかの交響曲は
ロストロポーヴィチのディスクで親しんできました。

最初に聴いたロストロポーヴィチというと、ワシントン・ナショナルと共に
アルゲリッチのバックをつとめた、シューマンとショパンの協奏曲の録音。
アルゲリッチとはその後ショパンのチェロ・ソナタ他を録音しましたが
ジャケットのアルゲリッチがブスに撮れていたため買いませんでした(笑。
しばらくしてやはりワシントン・ナショナルとDGに録音された
ショスタコーヴィチの交響曲第5番を初めて聴いたときはビックリしました!
テンポ感がそれまで聴いていた同曲の演奏とはまるで違う。
何じゃこりゃ!!?というかんじ…。今でもあの衝撃は忘れません。

投稿: ayame | 2007年4月29日 (日) 01:16

弦のソロに本当に夢中になったことは今に至るまでないもので、最初に聞いたロストロさんの録音が何だったかは、シカとは思い出せません。意識して聞いたのは、指揮も兼ねてるハイドンの協奏曲集、次にバーンスタインとの「シェロモ」でした。両方ともバーゲン盤が出たので買ったような。音盤が張り裂けそうな恰幅に驚愕しましたが、チェロもロストロも続けて色々という風にはなりませんでした。

チェロの実演は2度だけ。83年にバレンボイム/パリ管とデュティユーの協奏曲をやったのと、90年代初めあたりにオペラ・コミックで無伴奏3曲やったのを聴いただけでした。後者では技術のスケールは往時に比べ翳りが出てきたかなという感じでしたが、サラバンドなど巨大な音楽の塊を目の前に突きつけられたような静謐深遠な感動が忘れられません。89年にパリ管とやったドヴォルザークは聴いた人は皆圧倒されていて、逃したのが悔やまれます。ヴィーンに「ランスへの旅」観に行ってたので、仕方ないか。

指揮には素晴らしい想い出がたくさんあります。82年オペラ座でのヴィシネフスカヤとの「オネーギン」(TAROさんはボリショイ日本公演ご覧になってるようですが、指揮はロストロさんではなかったのですか?)、そう「骨太のグイグイ押していく」感傷味など微塵も無い野太い旋律運びで、ロシア人のロマンティシズムとはこういうものかと感嘆しましたねぇ。90年チャイコの記念年にワシントンを振ったプロでも4番以上に、「弦楽のためのセレナーデ」の雄渾なロマンスに、「この曲にこんな表現が!」と驚きました。あとはヴィシネフスカヤとゲッダを迎えて仏国立管と演奏会形式でやったプロコ「戦争と平和」での巨大なエネルギー、1時間の幕間前に「途方も無い作品ですから、帰らないで戻ってきて下さい」とロストロさん自らアナウンスし、さすがに終演後は息を切らせ肩を上下させてたのを思い出します。パリ管とも3度くらい聴くチャンスがありましたが、最後は昨年11月、足を引きずって登場したものの、ショスタコ8番で、翌朝も感動が残る大演奏を聴かせてくれました。最後の最後まで心に残る音楽を残して下さったことに感謝しています。

大演奏家の時代は終わった感があるけれど、ロシアからは今でもレーピンやクニャーゼフとか巨大な内面的緊張を湛えた演奏家が出てきますね。昨日聴いたセルゲイ・ハチャトゥリアンも、そういう意味で22歳とは思えぬ破格の才能に思えました。こちらはアルメニア生まれ、ドイツ育ちのようですけど。

投稿: 助六 | 2007年4月29日 (日) 10:03

ayameさん

偉大すぎて避けてしまうというのは判りますね。ロストロさんに関してはそういうことはないですけど、私の世代だとフルトヴェングラーやハイフェッツ、ホロヴィッツ、ルビンシュタインといった我々よりも上の世代のアイドルは、つい避ける傾向がありますので。
そういえばショスタコーヴィチ、つい先日、FMでトゥルルス・モルクの演奏放送されてましたね。忙しくて留守録しただけで、CD化がおいつかないので、まだ聴いてませんが。

アルゲリッチとのシューマン、ショパン。すっかり忘れてました。シューマンは彼女がチェリビダッケと演奏したエアチェックを持ってて、すっかりそれになじんでいたので、う~ん、どうかなと感じたのを思い出します。
指揮者としては私にとってはやはりオペラですねえ。ヴィシネフスカヤとの「オネーギン」と、ライモンディとの「ボリス」。

>ショスタコーヴィチの交響曲第5番

それは聞いてないんですが、そんなに個性的な解釈なんですか。ぜひ聞いて見ます。

投稿: TARO | 2007年4月29日 (日) 11:38

助六さん

ハイドンの協奏曲、シェロモ、どちらも記憶に鮮明です。ハイドンの方はCDじゃなくて同じ音源の映像の方をBSから録画したんですが。

>「オネーギン」

残念ながらロストロさんではなく(私が聞いた来日公演のころはもう亡命していたと思います)、ん~誰だったでしょう?
「ボリス」のマルク・エルムレル、「金鶏」のスヴェトラーノフは覚えてるんですが・・・。オネーギンもエルムレルだったかも。

ロストロポーヴィチのドヴォルザークと、アバドの「ランス」というのはあまりにも贅沢な選択で、うらやましいを通り越していますね。でも私もやはり「ランス」にしちゃいますかね。ウィーンのは(来日公演もでしたが)カバリエですし。

チェリストとしてはオールラウンドな人でしたけど、指揮者としてはどうしてもロシアものになっちゃうというのが面白いですね。たしかウィーンで「コジ」だか「こうもり」だかもやってたと思いますが、さして芳しい評価でもなかったように記憶してますし。ロストロ氏の「フィデリオ」なんて企画は誰もたてなかったんでしょうか。かなり面白そうな気もするのですが。

>セルゲイ・ハチャトゥリアン

ほお。日本でも『期待される若手』扱いにはなっていますが、「破格の才能」ですか。来日したときには、可能ならばぜひとも聞いて見たいです。

投稿: TARO | 2007年4月29日 (日) 12:03

先の日曜、小澤さんのオランダ人@ウィーンで、初めて知りました。開演前のホレンダー支配人の挨拶で。まったく寝耳に水だったので、本当に驚きました!てっきり小澤さん復帰についての挨拶かと思ったので。
演奏者&観客一同立ち上がって黙祷を捧げ、公演自体も小澤さんが亡き友人に捧げる形になりました。

投稿: フンメル | 2007年5月 3日 (木) 00:16

フンメルさん

そうだったんですか・・・。小澤さんはロストロ氏とは特に親しかったですから、辛いものがあったことでしょうね。亡くなってすぐに追悼演奏というのは。
単に偉大な演奏家というだけでなく、カザルスにも匹敵する「芸術家の良心」の象徴でもあった人だけに、日毎に喪失感が強くなってくるような気がします。

投稿: TARO | 2007年5月 3日 (木) 03:03

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 チェリストで指揮者のムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(Mstislav Leopoldovich Rostropovich )氏が、4月27日に亡くなられました。肝臓癌だったそうです。享年80歳でした。 3月27日の80歳の誕生日には、ロシアの最高勲章が授与され、プーチン大統領主催により、誕生日を祝うガラ・コンサートが催され、病気療養中のロストロポーヴィッチ氏も出席しましたが、体調はよくないようだと報じられていました。そして、数日前に、手術のため再入院 (モスクワの病院)したということでしたが... [続きを読む]

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