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2007年4月 4日 (水)

「善き人のためのソナタ」

20070404daslebenjpココログは昨日15時から今日の15時までメンテナンス。すっかり忘れていて、ヴァランシエンヌさんのサイトを見て、アーーーッ!
この間、コメント、TBが出来ず皆様にはご迷惑をおかけしたかもしれません。失礼いたしました。


さて、話題の「善き人のためのソナタ」を見てきました。
この映画、最初に広告の写真を見たときから気になっていました。
ヘッドフォンをしたリヒテルと、ピアノを弾くスティーヴン・セガールって、どういう組み合わせ?

そしたら2月発表のアカデミー賞で外国語映画賞受賞。さらにヴァランシエンヌさんのブログにも、熱い賛辞が。
もっと早く見たかったんですが、仙台はようやく先月下旬からだったので。

結論を先に書いてしまうと、何年に1本というような大傑作。
良い意味で2つの裏切りがあります。
一つはヨーロッパ映画というと芸術的な代わりに、綺麗だけど眠たい映像が延々と続いてさっぱり話が進まないという先入観をお持ちの方もいるでしょうが、これは映画が始まったら、もう一瞬たりとも目が離せません。
監督のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクという人はわずか33歳だとか。
もう一つは体制告発映画だと苦い後味になるのが普通ですが、そしてこの作品の場合も悲劇的な展開も用意されているのですが、それだけでは終わらないところ。観客の感情を煽るような品の無い真似は何一つしていないのに、ラストのたった一つのさりげない台詞で、涙がドッ。

ところでこのブログをお読みくださってる方で、昔ドイツが東西に分かれていたことを知らないというような若い方はいらっしゃるでしょうか?
ほとんどの皆さんは壁崩壊の映像をはっきり記憶してるだろうと思いますし、東ドイツがシュタージによる監視・密告社会だったというのも、知識としてはご存知の方が多いかと思います。

その2つさえ知ってれば、あとは何の予備知識もなしにご覧になったほうが良いかもしれません。

ただ二つだけ。

(1)一つは主演のシュタージの大尉を演じるウルリヒ・ミューエについて。彼は自分自身もシュタージに監視された過去を持つ人。しかもなんと劇団時代の友人と妻(!)が自分を監視して、シュタージに彼の行動を密告していたのだそうです。
東ドイツが崩壊した後、こうしたことが暴かれて心の傷を負い、人間不信になった人が多かったそうですが、無理もないですよね。
ミューエは映画の前半は、ただひたすら目を大きく見開いているだけで、感情の表現がほとんど無く、非人間的な不気味さを感じさせるのですが、これが映画後半にいくと次第に普通の人間の顔へと変わって行きます。このデリケートな表情の変化は圧巻で、まさに入魂の演技でした。

ところで映画にも出てきますが、そうした旧・東時代の監視の状況を、現在自由に調べることが出来るというのは、驚くべきことではないかと思います。仮にこれが日本だったら、まずそうはいかないでしょうねぇ。特に最近は資料の隠蔽や、情報の出し惜しみに、個人情報保護という名目を利用する傾向にあるように思いますし。

(2)「善き人のためのソナタ」というのは映画の中で、もう一人の主人公である劇作家ドライマンがピアノで弾く曲の名前。しかし原題はDas Leben der Anderen。直訳すると「他人の生活」です。それでは日本語題名にはならないというのは判りますが、「善き人のためのソナタ」ではないほうがよかったと思います。

というのも配給会社の解説などでは、この曲を聞いて人間性を取り戻すみたいなことが書いてありますが、それはかなり違うのです。もちろん曲も要因ではありますが、一つの要素にすぎません。音楽や文学についての会話とか、あと生の喜びに満ちた愛情表現としてのセックスなどが重要な意味を持っていて、「ソナタ」のみをフィーチャーした日本語題名は、ちょっとどうかなと思います。

ちなみにソナタはガブリエル・ヤレドが作曲したオリジナルです。美しいといえば美しい曲なんですが、ちょっとどこかで聞いたようなフレーズが頻出して、私はあまり乗れませんでした。そのほかのいわゆる映画音楽部分は、ヤレドの音楽、実に見事でしたが。

仙台はチネ・ラヴィータで13日(金)まで。

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コメント

メンテ、無事に終わったようですね…一部海外地域からのアクセス制限も、これで改善されるかしら?

TB&リンクありがとうございました。こちらからも改めてTB&リンクさせて頂いてます。

TAROさんの感想、私が言葉足らずで上手に表現できなかったことを上手く補って下さっているので、いちいち納得して嬉しくなってしまいました。

> 観客の感情を煽るような品の無い真似は何一つしていないのに、ラストのたった一つのさりげない台詞で、涙がドッ。

そうなんですよね。無駄な部分も、足りない部分も一切ない!と言い切ってしまいたいくらい、ドラマの運び方が本当に秀逸で。
監督の知性を感じました。

> 旧・東時代の監視の状況を、現在自由に調べることが出来るというのは、驚くべきことではないかと思います。

我が家でもこのことは大いに議論しました。勿論ドイツ国内にも色々と問題はあると思いますけど、ドイツは過去と向き合って乗り越えようとしているのに、日本では時代に逆行するようなことばかりが目に付いてしまって。

> この曲を聞いて人間性を取り戻すみたいなことが書いてありますが、それはかなり違うのです。

以下激しく同感です。ホントに「我が意を得たり」という思いでいっぱいです(^^;

仙台での上演日程は、あと10日も残っていないんですね。本国では既にDVDが発売されていますけど、日本版はどうでしょうね?

投稿: ヴァランシエンヌ | 2007年4月 5日 (木) 09:22

ヴァランシエンヌさん

初監督作品で、しかも33歳の若さというのは驚きましたねぇ。
完成度の高さがすごい。
色々と確認したいことがあるので、もう一度見たいんですが、来週終わってしまうんでは、ちょっと映画館では無理かなあ・・・。DVD待ちになるでしょうか。

ところでこれは、まだご覧になってない方への紹介もかねて、極力ネタバレしないように書いたつもりなんです。でもなんとなくこれだけでは自分でも物足りないので、全く違う切り口でネタバレ編を今日か明日、書きたいと思います。いわばTARO'S CAFEのオリジナル・ブレンド。でもちょっと顰蹙を買うかもしれません(???)。

投稿: TARO | 2007年4月 5日 (木) 20:29

やっと見てきました。パリ市主催の映画1本3ユーロ期間なもので。仏封切りは、1月末だったのに、小生同様「現金な」フランス人で完全満席にはちょっと驚き。

強烈な力を持つ作品でした。最後は図らずも涙、外に出た後もボンヤリ方向を間違えたりして、同行者にからかわれる始末。いや本当に数年に一度。

確かに、ヴィースラーがドライマンの監視に強い執着を示すこと、それからヴィースラーが「善き人」に変貌するきっかけについては、モヤモヤしたものが残りますね。

私の見間違いかも知れませんが、私には彼が劇場で双眼鏡を向け、目を見開く対象はドライマンではなくクリスタであるように見えました。しかし、私はヴィースラーが彼女に抱いた感情は恋心ではなく、彼女を通じて得た「こういう世界があるんだ」という啓示のような感情だと考えます。

ヴィースラーがこの時啓示を受けた世界の大部分は「芸術」の世界であることは間違いないと思います。それはブレヒトの発見を経て、彼が何と涙を見せる「善き人のソナタ」で決定的な形を取るけれど、TAROさんの仰るように、それにはその他にも愛情・生命・人間感情の発見や女優クリスタの放つ輝きなども含まれているでしょう。そうしたものは狭義の「芸術」(音楽・詩など)に必然的に含まれているものですから。そうしたものが渾然一体となったものを「芸術」の世界と呼べば、ヴィースラーはそうした多様なものが混ざり合った広義の「芸術」の世界を発見して、しかもそれが何だか判然と分からないままに、分からないからこそ不思議な執心を持ったのではないかと思います。それは一部は「恋心」に近いものも含んでいるでしょう。

監督自身は、「レーニンがゴーリキーに明かした『『アパッショナータ』を聴くと革命やってる暇などなくなる』という言葉(映画の台詞中でも引かれている)、が、この映画の出発点」と言ってますから、彼のアタマに最初にあったのは、「芸術による救済」というそれだけ聞くとノーテンキに響く考えだったのでしょう。もちろん作家の自作解説はアテにならんことも多いですから、無視しても構わない訳ですが、

でも、そこから出発したこの若い監督の凄さは、

(1)全体の枠組みレヴェル
① サスペンス・スリラー・メロドラマ仕立て
② 善玉:芸術家 VS 悪者:シュタージ という明快な善悪二元論
という「誰にでも分かりやすい」明快な大枠の中で、
 
(2)ヴィースラーの心理レヴェル
③ ヴィースラーが、クリスタとドライマンを通じて得た未知の世界への「啓示」とも「恋心」ともつかない不思議な混沌とした感情
④ 広義の「芸術」を通じたヴィースラーの変貌
という一見現実味を欠き、不可解な部分の多い心理プロセスに、不思議なリアリティと陰影と説得性を与える演出力(ともちろんミューエの演技力)に加え、

(3)政治・社会批判レヴェルで
⑤ シュタージの仮借ないメカニズムについての、歴史ドキュメンタリー・タッチの冷徹で殆ど科学的な描写を通じて、
⑥ 「善玉」のクリスタとドライマンも真っ白ではない(クリスタの裏切りやドライマンの権力迎合)ことを暴き、「悪者」から「善人」に転ずるヴィースマンと共に、彼らの人間的弱さは「システム」の罪過でもあることを示し、
⑦ 主人公3人の政治的・人間的・心理的な曖昧さは、全体主義の冷徹なシステムが一人歩きしていくところに生じる複雑な状況の結果でもあることを一歩一歩証明していくことで、時代を有無を言わせぬ形で告発するシナリオ構成の周到さ

にあると思います。

分かりやすく面白いうちに、人間の不可思議な心理を不可思議なまま描いて納得させ、科学的証明の如く時代を告発する、しかも全体は退屈する暇もない一直線の緊張感をもって進行し、最後は直截なエモーションに至るのですから、大変な演出とシナリオ力ですわ。
分析とモヤモヤが説得的に融合しているところが凄いと思います。

そういう訳で、私自身はヴィースラーに同性愛傾向を認める必要は、感じませんでしたけど、ヴィースラーのモヤモヤした心理にそうした面がないとは言えず、監督は半ば無意識的に、俳優は半ば意識的に、その点を排除していない可能性は大いにあるかと思います。

驚いたことに、ミューエは先日7月25日に、僅か54歳で胃ガンで亡くなってしまいました。
東独時代、H・ミュラーに見出されてベルリンのフォルクスビューネやドイッチェステアーターで演じてたそうだから、正にドライマンのように体制に迎合すると共に、腹に一物持っていたタイプでしょう。89年11月のアレクサンダー広場のデモ推進者の一人でもあったそうです。マズアのようにそうした行動を取りうる特権的芸術家だったのでしょう。
この映画を撮った後、06年にシュタージ協力の件で、元の奥さんで東独では人気女優だったというグレルマンを告訴し、しかも敗訴して精神的にかなり参ったようです。グレルマンは文書は自分が人気女優であったが故のシュタージのでっち上げと主張し、判決もその可能性を否定し切れないというものだったそうです。
何れにせよ、因縁話めいた最後の名演技になってしまいましたね。

監督はケルン生まれで、ミュンヘンで映画勉強する前に、オックスフォードで哲学と経済を勉強してるそうです。仏語も上手いそう。本人の言では、露語も出来るので、オックスフォードの学生時代、ゴルビの通訳を務め、ヴィースラーには、共産主義の落とし子でありながら新しい世界の出発点になったゴルビのイメージもあるとか。
確かに、知性・感性、かつ両者のバランス感覚があり過ぎで、1作燃え尽きが心配かも。

専門歴史家によると、実際にはシュタージ職員の監視は厳しく、裏切りは死刑に処されたため、ヴィースラーのようなケースは実在しないとのことです。
ディテールでは、屋根裏に監視所を設けることはなく、別棟だったそう。
あと、シュタージ監視係の職分は細分化されており、ヴィースラーのように一人で特定人物の監視全過程に関わることは無く、盗聴記録係は、一体誰の盗聴なのかも分からなかったそうです。

投稿: 助六 | 2007年8月20日 (月) 12:51

助六さん

まず、まさかミューエが先月亡くなっていたとは・・・
胃ガンだなんて、いまどき病気のうちにも入らないようなもんなのに。スキルス性で気づかないうちにあっという間だったのでしょうか?
生涯そのものも映画になりそうな、ドラマきティックな人だったんですね。

>主人公3人の政治的・人間的・心理的な曖昧さは、全体主義の冷徹なシステムが一人歩きしていくところに生じる複雑な状況の結果でもあることを一歩一歩証明していくことで、時代を有無を言わせぬ形で告発するシナリオ構成の周到さ

あ、なるほど。もしこの曖昧さがなくて、勧善懲悪的大枠にピッタリ寄り添った人物造形だったら、「システムが一人歩きしていくところに生じる複雑な状況の結果でもあることを一歩一歩証明」するという作業がなくなって(出来なくなって)しまうということなんですね。そしてそれがないと、単なる作り手の主義主張の押し付けになってしまって、説得力が大幅に割り引かれてしまう。

この監督の経歴を見ると、もしかすると映画ではなく、今度は他のジャンルで何かやらかしてくれるんじゃないかとも、期待してしまいます。

ところで私の説は、オペラの読み替え演出みたいなものなので、無視していただいて全然結構なのですが、控えめに見積もっても

>俳優は半ば意識的に、その点を排除していない可能性

はやはり残したい気がします。
実際に監視に入ってからは広義の「芸術」の力ということでよいかと思うのですが、最初の「啓示」の部分では、もひとつ下世話なものも欲しいような気がするのです。まあクリスタでもいいんですけども、監視対象は彼女じゃないので少し弱いかなと思って。

投稿: TARO | 2007年8月21日 (火) 03:12

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受信: 2007年4月 5日 (木) 08:23

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