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2007年7月 1日 (日)

ETV特集~吉田秀和の軌跡

20070701yoshidajp先日コメントでayameさんに教えていただいた、教育TVの番組 ETV特集「言葉で奏でる音楽~吉田秀和の軌跡~」を見ました。

全体としては『吉田秀和入門』とでもいった趣の番組で、特に目新しいことがあるとか、吉田秀和さんの音楽評論の本質に鋭く切り込むとかいう風のものではありませんでした。

関係者インタビューも、小澤さんまでかつぎだしたのはさすがNHKですが、どうしても皆さん<文化勲章受章者を讃える>といった感じになってしまって・・・。

ただそれじゃガッカリなのかというとそんなことはなくて、私は全く別の部分でかなり感銘をうけました。

それは『美しく老いる』ということ。

吉田さんは毎朝6時に起きます。自分で朝食を作り、そして仕事。

引用する楽譜はすべて自ら手描きで写譜し、それを切って原稿用紙に貼り付けます。原稿も勿論手描き。
その様子が見れただけでも、この番組に価値はありそうです。

「批評を書いている人間は、いいものがいいねって書くことも大事だけども、しかしやっぱり、その何百万の魚の中から、見分けるっていうことがね、その芸術を社会の中で生き生きとして、伝えて、次のものに受けとられていくようにする仕事の一つとしては、やっぱりね、沢山の魚の中から、なんか見分ける仕事がね、大事な仕事なんですよね。それがないとね、その芸術は死んじゃうですよ。
それはね批評を書いている人はね、意識して、心して扱わないといけないと思うの」
(番組から)

齢九十を超え(1913年9月生まれ)、自らの哲学を持ち続け、淡々と仕事に励む。しかも今もって音楽や執筆に対する情熱を失っていない――まさしく『美しく老いる』とは、このことであろうと思わされます。

吉田秀和さんのことを「戦前の教養主義の生き残り」と、2ちゃんねる的に揶揄することは簡単ですが、多分そういう人には見えてこないものが(音楽批評の問題ではなく、人の生き方の問題で)確実にありそうに感じました。

4年前、奥様のバーバラさんに先立たれた後、吉田さんは一時完全に執筆への意欲を失ったようで、「レコード芸術」誌の連載も休み、ファンを心配させました。
番組では当時の心境についても語っています。

「死なれた時はとっても辛かったですね。ちょっと口に言えない、その辛さは。そして仕事する気すっかり無くなって。でもねどっかでなんか一つはしておかなきゃと思って、そして字は書けないけどもせめて喋るほうだけはやれるかなと思って、一週間に一回の放送続けましたけどねえ。でも原稿は、しばらく書けなかった」(同)

まもなく金婚式になりそうだったというから、50年近く一緒に暮らしてきた妻に先立たれた訳ですから、その喪失感はちょっと想像がつかないものが――。

かつて石堂淑郎さんなどは、吉田秀和さんのことをかなり厳しく批判していましたが、このところ少し矛先を緩めたんでしょうか。批判的な論調は最近はまったく見かけないような気がします。

「少し、少し、ほんの少しだけど、人の役に立つようなことを、っていうような気持ちも多少はあるね。あんまり、そりゃ自分のうぬぼれかもしれないけど」(同)

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コメント

いろいろ考えさせられる番組でした。
考えが上手くまとめられないくらいいろいろ感じたのですが、
吉田さんの音楽の聴き方、感じ方が、こんな所は自分と同じだ、
ここはちょっと違うかな、とか、そこまで言うの?!などと、
吉田さんと自分を比較しながら観ていました。
そして、音楽を聴くということは何なのか、さらにはその音楽を聴いて
文章を書くという行為の意味は?例えば、
私は音楽を聴いて、その音楽から受けた感動や、失望などの思いを
誰か他の人と共有したい、共感してもらいたい、
という衝動からネット上に何か書いてみたりしますが、
吉田さんはそういうのとは全然違うようだ。
もっと何か使命感のようなものがあると感じました。
『それがないとね、その芸術は死んじゃうですよ。』という言葉にも
そういう使命感が見て取れる気がします。でも、気負いなどは全くない。
書くことが心から楽しくて、だから書いているという感じ。
これはなかなか真似のできることじゃないです。
もし万が一私自身が音楽評論家になったとして、毎月何枚かの新譜を聴いて、
何かを書かなければいけないとしたら、とても苦痛に感じてしまうでしょう。
(書かなければいけない、と言う時点で義務感です)
好きな音楽も、だんだん重荷になって、嫌いになっていきそうな気がします。

吉田さんの文章はレコ芸で読む程度で、まとまった形で読んだことがなく、
何か読んでみたいと思いました。
例えば、吉田さんはフルトヴェングラーやトスカニーニを
生で聴かれたということですが、時々私は、現代に生きる私達が、
動いている姿も知らなければ、同じ時代を共有もしていないのに、
残されているフルヴェンの英雄や運命の録音を聴く意義は?
何か意味があるのだろうか。などと、ふと感じることがあるんです。
単純に外面だけを聴けば、音は不鮮明だし、オケは荒れるし、
現代の音楽界を見渡せばいくらでも素晴らしい演奏はある。
単に、昔々こんな凄い指揮者がいて、こんな名演が生まれて、
だからクラシックファンなら聴いておかなければいけない、
というだけで聴いているとしたら、全く無意味にも思えます。
吉田さんの文章からそんな疑問を紐解くことができたら、などと思ってみたりします。

吉田さんも奥様に先立たれ、音楽が受け入れられない時期があったそうですが
寂しくて何か音が欲しくなったとき、他の音楽は邪魔に感じても
バッハの音楽は邪魔じゃなかった、という感覚は、
私自身、ここ最近実感として持っていたものだったので、
やはりバッハの音楽には特別の力があるのだろうか、と思わされました。
吉田さんの若いときの写真も多数出ましたが、どの写真も無愛想な吉田さんが
奥様との2ショットでは満面の笑顔で写っておられたのがとても印象的でした。

投稿: ayame | 2007年7月 4日 (水) 02:07

ayameさん

吉田秀和さんは本記でも使った「教養主義」という言葉を拠り所にして考えれば、教養――単なる知識を越えた全人格的な――が人を善なるものにすると考えるんでしょうし、また演奏には人格が反映するとも考える方だと思います。

後者の考え方については、以前に「レコード芸術」誌上で、たしかブリュッヘンを例にとって論じていたことがあったと記憶しています。

前者に関しては、読書によって得た知識で教養を身に付けたつもりになって、ヨーロッパの哲学やら美学やらを論じていた昔のインテリ学生とは、決定的にちがう面がありそうです。そんなのは知識にすぎず、人格に反映されるものとしては不十分だと考えていたんじゃないでしょうか。

吉田さんがクルト・ヴェスの言葉に反応して、ヨーロッパとアメリカに渡ったというのは、そのへんがヒントになりそうな気がしているのです。要するに本物かつ最高の芸術に包まれること無くして、(少なくとも欧米の芸術に携わる限り)善なる人格は生まれ得ないみたいな。

音楽が善なる人格に関わり、人格が演奏を作り上げるという立場から見たら、当然時代は演奏に反映し、演奏は時代に反映するということになります。

そうすると過去の名演を誉め讃えるだけでなく、現代の演奏こそを聞かなければならないし、そのなかから真実を見つけていかなければなりません。
そこに彼の使命感の拠って来るところはあるんじゃないかと思います。
「それがないとね、その芸術は死んじゃうですよ」という言葉は、芸術の死にとどまらず、善なる人間の死でもあるのではないかと。

――という私の読みがもし正しいとしたら、(正しいかどうかは全く自信が無いのですが)

>吉田さんの文章からそんな疑問を紐解くことができたら、

その疑問には吉田さんでは答えられないかもしれません。
吉田さんに回答できる質問は、『なぜいま現在の演奏家を聞かなければならないのか』であって、過去の演奏を録音によって聞くことの意味ではないように思うのです。

ayameさんの期待に沿うか、あるいは外れるか、それはともかくとして、発見できるものはきわめて大きいと思います。個人的には全集を頭から読んでいくのを、ぜひともお薦めします。
といっても私も13巻までしか持っていないんですが(というのはそれ以降のは、全集を買わなくても朝日新聞やレコード芸術など雑誌、および単行本で、ほとんど読んでしまったため)。
全集なら大きめの図書館ならほとんど揃っていると思いますし。

>書くことが心から楽しくて、だから書いているという感じ。

私も仕事の一部は書くことなので(事前の取材や収録の立会いなども仕事なので、書くこと自体は仕事の一部にすぎない)、義務感バリバリですが、でもやはり楽しいですよ。
私小説とか、身を削って書いてる人たちは、かなり辛いかもしれませんが。

投稿: TARO | 2007年7月 4日 (水) 22:32

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