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2007年7月11日 (水)

「ロストロポーヴィチ 人生の祭典」

20070711elegyoflifejp4月に亡くなったチェリスト・指揮者のムスティスラフ・ロストロポーヴィチと、夫人のソプラノ歌手ガリーナ・ヴィシネフスカヤを取り上げたドキュメンタリー映画。
監督は昭和天皇を描いた映画「太陽」で話題を呼んだアレクサンドル・ソクーロフ。
東京は4月にスタートして、ロングランしたようですが、仙台でもようやく上映されました。


ロストロポーヴィチが信念の人であり、不屈の精神と溢れる生命力を持ったエネルギッシュな人物だというのは、そのいくつものエピソードから、あるいはその音楽からも伺い知ることができます。

しかし夫人のヴィシネフスカヤはどうなのでしょうか?

ヴィシネフスカヤはロストロポーヴィチがソ連の市民権を剥奪されて、西側に亡命せざるを得ない状況に陥った時、当然夫と一緒に亡命の道を選びました。

「当然」、と書いてしまいましたが、無論彼女には体制側に寝返って、夫と離婚し、ソ連でボリショイ・オペラのトップスターとして活躍し続けるという道もありえたわけです。
美貌と美声を兼ね備え、ロシア・オペラは勿論イタリア・オペラを歌っても国際的に通用する音楽的センスを持った彼女は、当時最高のスター歌手であり、望めばどんな生活でも出来ました。

党の権力者と結婚し、特権階級として生活することだって可能だったはずです。それが政治体制に翻弄される過酷な人生。普通の女性だったら「この夫と結婚さえしなければ、こんな苦労はしなくて済んだのに」と思ったとしても不思議は無いでしょう。
いったいヴィシネフスカヤはどんな気持ちで、夫ロストロポーヴィチとの激動の生活を共にしていたのでしょうか。

彼女の政治的発言は夫ほどは多く伝えられませんし、どんな気持ちで西側に移ったのかも、私はこれまで聞いた/読んだことがありませんでした。彼女の自伝がかつて出版されていましたし、夫妻のインタビュー集もありますが、私はどちらも未読だったので。

ただあるインタビュー記事で、出世のために体制側におもねり自分たちのことを批判した裏切り者として、オブラスツォワやネステレンコなど3人の歌手の名前を実名で挙げ、激しく非難していたことは、特に強く記憶に残っています。特にオブラスツォワについては、一流歌手にするために手塩にかけて育ててやったのにと、無念さを隠しきれないようでした。

当時のクレムリン体制下で、ボリショイ・オペラのスター歌手たちとは言え、どのような圧力を受けていたか、私達には知る由もありませんから、オブラスツォワやネステレンコを非難するつもりは、少なくとも私にはありません。
しかし勿論ヴィシネフスカヤにはその権利は十分にあります。そしてその記事からは、自らの行動に対する矜持と、単に夫の行動に流されたのではなく、彼女もまた不屈の信念を持って、ソルジェニツィンをかばい、反逆者の烙印を押され、そしてソ連を後にしたのだと感じられました。

その印象は、この映画「ロストロポーヴィチ 人生の祭典」によって、完全に確認することができます。
ただし、ヴィシネフスカヤがその当時の思い出話をしている訳ではありません。監督ソクーロフによるインタビューでは、ほとんど現在の心境しか語っていないのですが、カメラがじっとみつめる彼女の顔からは、夫以上にガリーナ・ヴィシネフスカヤこそが不撓不屈の精神の持ち主だということが、はっきりと伝わってくるのです。それは実に驚くべきことであるように思えます。

ガリーナの勝利。そしてカメラの勝利。

この作品は日本語題名こそ「ロストロポーヴィチ 人生の祭典」というなんだか訳判らないものになっていますが、英語の題名は ELEGY OF LIFE. Rostropovich. Vishnevskaya. というもの(オリジナルはロシア語ですが)。エレジーが祭典になっちゃったのは、まだ我慢するとして、タイトルからヴィシネフスカヤの名前が消えてしまったのは、いかにも残念です。

音楽好きにとってはロストロポーヴィチが小澤指揮ウィーン・フィルと、ペンデレツキの「チェロと管弦楽のためのラルゴ」のリハーサルを行うシーンなどが見れるのも、興味深いものです(世界初演)。
ただ字幕で小澤のことを「ロストロポーヴィチの弟子」としたのは、いったいどうしたものでしょうか?私はロシア語が出来ないので、どういう言葉が弟子になってしまったのか判りませんが、これでは小澤がチェリストみたいに聞こえてしまいます。おそらく「弟分として慕っている」みたいなニュアンスの話じゃないのかと想像されるんですが。

編集上の音楽の扱いは非常に巧みですが、時々場面に合いすぎて逆にまずい部分も見受けられます。ヴィシネフスカヤが生まれてまもない息子を亡くした話をしている(ロストロポーヴィチとの子供ではなく、前夫との子供)バックに、マーラーの「亡き子をしのぶ歌」が流れるなどというのは、ちょっとどうかと思わなくもありません。

仙台ではフォーラムで上映中。クラシック音楽に興味が無い人が見に行っても、半分以上理解不能かと思われますので、ご注意を。

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