« ベルイマン死去! | トップページ | 「魔笛」 ケネス・ブラナー監督 (前) »

2007年7月31日 (火)

アントニオーニも・・・

20070731antonionijp昨日のベルイマン監督に続いて、今度はイタリアのミケランジェロ・アントニオーニ監督の訃報が!

亡くなったのは昨日30日で、死因は明らかにされていないとのことです。享年94歳。
共同通信

私はアントニオーニの映画は、あまり見ていませんし、強い関心を持ったこともありません。どちらかというと、私たちより二世代ぐらい上の人たちがシンパシーを持ってる監督じゃないかなあと思います。

初めてアントニオーニ作品を見たのは、高校時代で「砂丘」。アントニオーニが初めてアメリカ資本(MGM)で、アメリカを舞台に撮った作品ということで当時は大変に話題を呼んだものでした。
ラストの爆発炎上シーンとピンクフロイドの音楽ぐらいしか、もう記憶に残っていませんが・・・

で、偶然にも先日押入れ整理をしたときに出てきた映画プログラムの山の中に、「砂丘」もあったので見てみましたが、なんと脚本にはサム・シェパードもかかわってたんですね。

このプログラムからアントニオーニ監督の経歴を引用しておきましょう。

「1912年9月29日イタリア北部のフェッラーラに生まれ,ボローニャ大学で経済を専攻したが、早くから映画に興味を持ち、卒業後は新聞や雑誌の映画評論を担当した。

その後ローマに出て,映画専門誌「チネマ」の編集にたずさわる一方、映画実験センターに参加し、シナリオや撮影など映画作りの技術を勉強、ロベルト・ロッセリー二監督の「飛行士は還る」の脚本に協力したり、マルセル・カルネ監督の「悪魔は夜来る」に助監督をつとめたりした。

1943年短篇記録映画の監督となり、50年「ある恋の記録」で長篇劇映画に転じてからは、一作毎に鬼才振りを発揮、59年の「情事」で世界の一流監督に列した。」

主な作品:
「女ともだち」(55)ヴェネツィア映画祭サンマルコ銀獅子賞
「さすらい」(57) 
「情事」(59) カンヌ映画祭審査員賞、他2賞
「夜」(60) ベルリン映画祭金熊賞、他
「太陽はひとりぼっち」(61)カンヌ映画祭審査員特別賞
「赤い砂漠」(64)ヴェネツィア映画祭サンマルコ金獅子賞
「欲望」(66)」カンヌ映画祭パルムドール、全米批評家協会監督賞
「砂丘」(70)
「さすらいの二人」(74)
「ある女の存在証明」(82)カンヌ映画祭35周年記念賞(業績に対して)
「愛のめぐりあい」(95)ヴェネツィア映画祭国際評論家賞
「愛の神エロス」(04、オムニバスの一話)

83年にヴェネツィア映画祭経歴賞、93年にヨーロッパ映画祭生涯功労賞、94年にはアカデミー名誉賞、2000年に全米批評家協会の特別表彰などを受賞しています。

ご冥福をお祈りいたします。

|

« ベルイマン死去! | トップページ | 「魔笛」 ケネス・ブラナー監督 (前) »

コメント

アントニオーニは文句なく大好きです。延々と引き伸ばされるような時間、茫漠と抽象化されるような空間が、文字通り肌にしっくりきてしまうと言いますか、「崇高に退屈」なところが堪りません。
一種の異物感を感じながらも、ついデレデレ見続けてしまうところが不思議です。某仏批評家が「ある人たちにとっては傑作なんだろうが・・・、自分にとっても結局傑作」とか言ってましたが、これは多くの人がアントニオーニに抱く感情かも知れませんね。

彼の時間・空間感覚に特に適合する土地と言うのはやはりあるように思え、すぐ思いつくのは「愛のめぐり合い」のフェッラーラとエクス、それから「アッヴェントゥーラ」のノート、「赤い砂漠」のラヴェンナ近傍の海浜工業地帯、「砂丘」のデスヴァレーなんか。

フェッラーラは大好きな街ですけど、彼がそこで生まれたのは嬉しい偶然と言うか、偶然に帰したくない話です。急ぎ足の旅行者にすぎない小生には、フェッラーラは、ルクレツィア・ボルジアやフランチェスコ・デル・コッサの街である以上に、無人の広場に霧が流れたり、夕陽が照りつけたりするデ・キリコとアントニオーニの街ですわ。
アントニオーニもローマで死んだけれど、フェッラーラに埋葬されたようですね。

エクスも旧市街中心とは反対側の静謐で幾何学的なマザラン地区で撮られたシーンが素晴らしい。夜光を照り返す泉の前のイレーヌ・ジャコブ!この種のアントニオーニの映像はどれも、我々が時たま経験する「何で自分がこんなところにいるのか不思議だけど、既に来たことがあるような」奇妙な感覚を如実に再現してくれるように思います。
ノートやデスヴァレーは直接知りませんけど、いつか行ってみたいものと思ってます。

「アッヴェントゥーラ」以前のアントニオーニは「女ともだち」しか知りませんけど、これは、饒舌、速いテンポ、ユーモア、職人的仕上がりと我々が知ってるアントニオーニとは正反対であるのに、「アントニオーニ感覚」みたいのははっきりあって、「アッヴェントゥーラ」以降の作品の文字通りネガみたいなのが、面白く思えました。


投稿: 助六 | 2007年8月 1日 (水) 07:55

助六さん

私はなにしろ3本しか見ていなくて、とてもアントニオーニについては語る資格はないのですが、

>延々と引き伸ばされるような時間、茫漠と抽象化されるような空間

まさにおっしゃるように異物感を覚えながらも、見てしまいますねぇ。
いったいなんなのでしょうね?

監督独自の特別な時間・空間感覚というのはどうもイタリアの監督が強く打ち出すのにたいして、フランス・イギリスの監督はあまり持たないような気もします。

中でもアントニオーニは際立って独特な感じがします。フェッラーラに行ったことはありませんが、やはり影響してるのでしょうね。それにしてもアントニオーニを語れない、自分の教養不足が残念・・・

投稿: TARO | 2007年8月 1日 (水) 11:05

>>イタリア北部のフェッラーラに生まれ,ボローニャ大学で経済を専攻したが、

とニュースにあるんだけど、フェッラーラって北部ではなく中部だと思うんですが、ボローニャーから東の方に少し行ったところ。 僕は旧市街地の中にある友人宅に居候していたので、フェッラーラが舞台になった映画、一時期探して見た事ありました。 まるで中国なのかと思うくらい、朝の自転車の交通量の多さにはビックリしたことがありました。アントニオーニって、なぜか亡くなる訳ないと思ったので、ビックリしました。 

投稿: Bello | 2007年8月 4日 (土) 22:30

Belloさん

素敵ですね、フェッラーラの友人宅に居候なんて、憧れです。
フェッラーラを舞台にした映画というと、フィリップ・ノワレの「フェラーラ物語/「金縁の眼鏡」より」がすぐに思い浮かびます。(市街地と郊外と両方出てきたと思いますが、実際にフェッラーラでのロケなのかどうかは、行ったことがないので判断つかない・・・)

アントニオーニはつい最近も「愛の神エロス」で健在振りをアピールしたばかりなので、驚きましたね。でももう94にもなってたんですねえ・・・

投稿: TARO | 2007年8月 5日 (日) 12:05

「フェラーラ物語/「金縁の眼鏡」サントラ盤もっています。モリコーネの作曲だったので、衝動買いしてしまったけど、ほとんど聞くことなく眠っています。

自分でもラッキーだと思います。フェッラーラに旅行者としてではなくて、そこの住民と一緒に生活できた事を。イタリアって都市国家だったから、そこの町(村)ごとに全然違った文化があるので、やはり、その場所を知っているって言うのは幸運なことだと。 

結構、そんなに大きくない街だけど、セットではなくて、ちゃんとロケしているんだと思います。(大部分はチネチッタで撮影されていたとしても) もう一度イタリアで生活が出来るかどうか(自分にエネルギーがあるかどうか)分からないけど、イタリアに住んでいた事、今になってよかったなぁと思っています。

投稿: Bello | 2007年8月 5日 (日) 12:30

Belloさん

うわあ、音楽はどんなだったか・・・。ノワレの繊細な演技は覚えてるんですが、モリコーネの音楽は覚えてないです。

本当にイタリアの街って、一つ一つ見事に違いますね。といっても私は勿論旅行者としてしか、知らないわけですが。
イタリア人に言わせれば、日本の市町村が県庁所在地はどこも同じような市、農村部・漁村部はどこも同じような町や村――というのが不思議であるということになるのかもしれませんが。

投稿: TARO | 2007年8月 6日 (月) 00:10

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71167/15965807

この記事へのトラックバック一覧です: アントニオーニも・・・:

« ベルイマン死去! | トップページ | 「魔笛」 ケネス・ブラナー監督 (前) »