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2007年7月18日 (水)

「ボルベール<帰郷>」(前)

20070718volverjpペネロペ・クルスが久々にペドロ・アルモドバル監督と組んで話題の「ボルベール<帰郷>」を見ました。

もうなんというか、おかしくておかしくて、心の中では笑い転げてたんですが、なぜか劇場では誰一人笑ってないので、笑いを押し殺すので死にそうでした。あ~疲れた・・・

タイトルバックのところから(ちょっと変ダナ)とは思ってたんですが、しばらくはむしろ退屈気味に進行。ところが最初の死体が出てきた瞬間に、なんだかおかしさがこみ上げてしまって、あとは全てのショットがツボ。

でもこれはコメディなんでしょうか???テーマは結構シリアスなんですが。


私が初めてアルモドバル監督の作品を見たのは89年に公開された「神経衰弱ぎりぎりの女たち」(製作は87年)で、この時は天才の出現と思いました。
ちょうど80年代の後半から90年ごろにかけては、台湾の侯孝賢、アメリカのガス・ヴァン・サントJr.、ポーランドのキェシロフスキと、類まれな天才映画作家が、日本の映画好きの前にあいついで出現した時代で、アルモドバルもその3人に匹敵する才能の持ち主かと思ったのですが・・・

「アタメ・・・」「ハイヒール」と新作が続き、「神経衰弱・・・」以前の作品も次々と公開され、当然それらは見たんですが、どんどん高くなる世評に反比例して、どうも私にはどれもこれも居心地悪い作品ばかりなのです。
結局アルモドバルのテーマは私自身の関心とはかなり程遠いところにあり、美意識はまったく異なっている。――ということで、やがてアルモドバル作品に関心を失ってしまい、アカデミー外国語映画賞を受賞した「オール・アバウト・マイ・マザー」やアカデミー脚本賞受賞の「トーク・トゥ・ハー」も見ずじまいとなってしまいました。
昨年たまたま時間があいた時に、新作が上映されていたので、久々に見てみましたが(既に題名も忘れている)、なんだかなあ・・・で、やはりこの監督との相性の悪さを再確認したのでした。

この「ボルベール<帰郷>」も見に行った動機の9割までは、ポスターのペネロペ・クルスが綺麗だったからなんですが、でも1割だけもしかすると今回はいけるかも、という直感が働いたのです。なぜか。

で、1割の直感は大正解。
(続く)

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コメント

おかしくて哀しい映画ですね。いったんツボにはまったら笑いが続くという感覚、よくわかります。でも私が観たときは、定員220人のところに7,8人だったので、あまり笑い転げているわけにもいかず...。

アルモドバルはあれこれ言いながらも、結局全部観ているのですが、ひょっとしたらこの「笑い」の感覚に惹かれているからなのかもしれない、と、TAROさんがお書きになっているのを読ませていただいて、考え始めました。

ペネロペ、あの絶妙な乱れ髪といい「つけ尻」といい、マニャーニですね。

投稿: Bowles | 2007年7月19日 (木) 09:17

Bowlesさん

マニャーニですねえ。遠くから娘を見る母親の顔の輝きと、ラスト近くでTVを見ている顔の表情と同じですよね。当然ですけども、監督は完全に意識して引用したんだなと思って。

>「笑い」の感覚

前作(バッド・エデュケーション)は、まったく笑いの感覚がない映画でしたね。なんかとてもしんどかった気がします。今回はもうツボにはまりまくりで。

>定員220人のところに7,8人

それは酷い・・・。仙台もあまり入ってませんでしたけど、東京で7、8人というのは、ちょっと・・・。

投稿: TARO | 2007年7月19日 (木) 22:23

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