« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月

2007年9月30日 (日)

明日から10月

20070930naritajpやれやれ今年も3/4、今年度と考えれば半分が終わってしまいました。

さて明日10月1日からは、――と言ってもこれをお読みくださってるほとんどの方にとっては、既に10月になってるかと思うんですが――航空法で飛行機内での使用が禁止されてる電子機器に、新たな種類が追加されます。

2004年1月に施行された改正航空法では、携帯電話やパソコンなど電波を発するものを航空機内で使用することの制限が盛り込まれ、結構話題になりました。
しかし改正後に、次々と新たな種類の電子機器が発売されたため、これまでの航空法ではカヴァーしきれなくなったということのようです。

以前から禁止されているもの

携帯電話、パソコン同士の無線通信、無線式ヘッドホンなど

10月1日以降禁止となるもの

・電子ゲーム(無線機能を使うもの)
・ワイヤレスマウス
・アクティブ型ICタグ
・電子機器と無線通信を行う機能をもつもの(無線通信機能付歩数計、無線通信機能付心拍測定計、無線通信機能付腕時計、無線式キーなど)

注意しなくてはならないのは、最初の電子ゲーム機。具体的には任天堂DSとSONYのプレイステーション・ポータブル(PSP)です。PSPについては無線LANをオフにする機能があるそうですが、任天堂DSは画面上でしか切れないので注意が必要だそうです(私自身はどっちも持ってないので、詳しいことは知りません。)
あとはブルートゥースを使ったパソコンのマウス。注意が必要です。


離着陸時のみ使用禁止というのにも、追加があります

以前から禁止されているもの

電子ゲーム(無線機能を使わないもの)、ヘッドホン(有線で電池式)、デジタルオーディオ機器、デジタルカメラ、パソコン(無線機能を使わないもの)、プリンターなど

10月1日以降禁止となるもの

・充電器(有線式、電池式を問わず)
・GPS受信機
・音声・接触に感応する電子ペット

なおパソコンあるいは無線LAN付きの携帯オーディオプレーヤーなどでも、無線LANやブルートゥースなどの機能をオフに出来るものは離着陸時以外は可。携帯電話でもオフラインに出来るものはOKですが、ただしいずれも搭乗前に切っておかなくてはなりません(機内で電源を入れてから切断するのはダメ)。


どんなに法律で制限しても不注意な人は必ずいるし、無線使用機器はあらゆるジャンルに蔓延っていきそうです。
今後の飛行機は、客席を完全に遮断してしまって、機内でのブルートゥース使用可、無線LANでインターネットに接続可というような設計にしないとダメかもしれません。というか早くそうして欲しい・・・。

写真は「成田空港の写真」さまから。

| | コメント (2)

2007年9月27日 (木)

日立がHDD事業から撤退か ~ニュースの落穂拾い

20070927akibajpふうぇえ・・・やっぱりとは思うものの、正式に(?)新聞に出るとあらためて『困った感』が・・・
日立のHDD部門が身売りするだろうというのは、ネットでは公然と囁かれていたのですが・・・。

「日立製作所が、不振のハードディスクドライブ(HDD)事業の売却に向けて検討を始めたことが27日、明らかになった。

 投資銀行を通じて既に複数の投資ファンドと売却交渉に入った模様だ。交渉次第では、事業の一部売却にとどまる可能性もある。日立は『業績改善を図るため、あらゆる方策を検討している』(広報部)と説明している。

 日立は2003年に約2000億円を投じて米IBMのHDD事業を買収した。しかし、主力のノートパソコン向け製品で競争が激化して製品単価が下落、HDD事業の子会社は04年3月期から4期連続で営業赤字が続いている。」(読売新聞


引用したのは夜9時台の読売のネットニュースですが、このニュースは今日の午前中にロイターが伝え、それに対して日立はHPで、

「一部報道にて、当社がハードディスクドライブ事業について売却の方針を固めた旨の報道がありました。当社は、本事業について、業績改善を図るべく、あらゆる方策を検討し、実行しておりますが、本事業の売却について決定した事実はありません。」

と発表していました。一見否定しているようですが、「決定した事実はありません」という書きかたは、常識的に考えてまもなく決定するであろうということでしょう。ウ~ン、困ったぞ・・・

現在HDは主にデスクトップやサーバーに使われる3.5インチ、ノートパソコンに使われる2.5インチ、iPodなどのHDプレーヤーに使われるそれより小さいものなどがあります。

2.5インチ以下のものについては富士通や東芝も作ってるので問題ないのですが、デスクトップに使われる、ということは私たち自作派が最も必要とする3.5インチのHDを作っているのは、大手ではWestern Digital(USA)、Seagate(USA)、Samsung(韓国)、日立グローバルストレージテクノロジーズ(日本、以下HGSTと略)の4社しかありません。

この中で最近では発熱、静音などの点で、ネットの評価が一番高いのがHGSTなのです。日立IBMの名前で製造していた時代は、あまり評価が高くなく、SeagateやMaxtor(後にSeagateに買収)に遅れを取ってたという感じでしたが、今はすっかり逆転。ネットの人気を独り占めしていました。まあ、あくまでも日本におけるネットの評価ですけど。

※ なおHGSTのHDは、パイオニアの一部の光学ドライヴと相性が出るという情報もあるので注意。

これがどこかの投資ファンドに売却され、さらにどこか海外のメーカーに売られていくとなると、品質の低下は避けられないかと思われるのです。
おまけに私はアメリカ製品の不買をしているので、きわめて困ったことに。Samsungは液晶やメモリーでは一流ですが、3.5inchHDDはあまり評価も高くないし(あくまでもネット上のですが)、そもそも製品がさほど流通してないので、選択肢には入ってこないのですよね。

まあとりあえず今HDDを欲しいわけじゃないのでいいんですけど、ハードディスクだけはいつ壊れるかわからないし・・・

写真:秋葉原。いつものように東京発フリー写真素材集さまから

| | コメント (4)

2007年9月26日 (水)

殺人部屋&・・・ ~ニュースの落穂拾い

20070926sumojp時津風部屋の新弟子リンチ事件は、親方と実行犯の力士数人が、傷害と傷害致死の疑いで立件されるそうです。(ネットニュース

ビール瓶で殴った上、兄弟子にヤキを入れるよう指示した時津風親方の行為は、どうみたって殺人幇助としか思えませんが、法律的にはただの傷害になるんですね・・・。

今回を含めて平成以降では大相撲の力士の死亡事件は8件あるんだそうですが、これまでは警察が介入して事件になったことはなかったのだそうです。
兄弟子によるリンチでは金属バットで殴ったとか、親方がこれまでにさんざん嘘をついて犯行を隠蔽しようとしたりという事実が挙がってるのにもかかわらず、北の湖理事長は「警察の捜査の途中にあり、容疑事実もはっきりしていない。今の段階では軽々なことは言えない。亡くなったことは重く受け止めなければならない」などと、この期に及んでもまだ生ぬるいことを言っているようです。

やれやれと思いますが、しかしそれはそれとして、とても不思議に思うことが二つあります。

一つは最初に搬送された犬山市内の病院が、行政解剖の結果、単なる「急性心不全」という死亡診断を出したことです。被害者である亡くなった17歳の少年の両親が納得できず、あらためて新潟大学に解剖を依頼して、出てきた所見は「多発性外傷によるショック死」。しかも担当した新潟大学の医師は、普通なら『リンチ殺人』と思うだろうとすら言ってるそうですから。

もう一つは愛知県警はなぜ事件が起きた6月の段階でこの件を立件せず、3ヶ月もかけたのでしょうか?そんなに難しい事件だったのでしょうか?しかも既に事件発生の段階で遺体の状態は確認してるのに、犬山市の病院の急性心不全という結論を受け入れたのも疑問。

もちろん断言は出来ませんが、病院と相撲協会がつるんでると推測するのは当然の考え方で、とすれば愛知県警は別に司法解剖すべきではなかったのかと思います。それをしなかったというのは、県警もつるんでるんじゃないかと疑われても仕方ないのではないでしょうか。

これも裏はとれませんが時津風親方は当初、少年の家族にたいして遺体を「火葬にして送る」と言ったという話も出てきています。背筋がゾッ・・・。

 * * * *

「フェミニズム(女性学)の第一人者で、元参院議員の田嶋陽子氏(66)が、なんとセミヌード風ジャケットで、CDデビューを飾った。発売した25日は折しも、福田政権の船出の日。いったいどんな心境の変化があったのか…。」(ネットニュース

なのだとか。衝撃の(?)ジャケットを見たい方は> ク リ ッ ク

な~んだ全然たいしたことありませんが、でも田嶋先生、ヌードなんて性の商品化と批判してませんでしたっけ。男に媚びるものは、すべからく口を極めて罵ってたような気がするんですけど。
劣情を喚起しないヌードなら、無問題なのかしら~ん。。。。

国技館の写真はいつものように東京発フリー写真素材集さまから

| | コメント (4)

2007年9月25日 (火)

福田内閣の閣僚決まる

20070925cabinetjpネットニュースはすぐ消えるので、備忘のために名簿だけ載せておきたいと思います。13人が再任。新任・横滑りの4人のみ太字。

総理 福田康夫
総務 増田寛也(再任)
法務 鳩山邦夫(再任)
外務 高村正彦
財務 額賀福志郎(再任)
文部科学 渡海紀三朗
厚生労働 舛添要一(再任)
農林水産 若林正俊(再任)
経済産業 甘利明(再任)
国土交通 冬柴鉄三(再任)
環境 鴨下一郎(再任)
防衛 石破茂
官房 町村信孝

国家公安 泉信也(再任)
沖縄・北方、科学技術 岸田文雄(再任)
金融、行革 渡辺喜美(再任)
経済財政 大田弘子(再任)
少子化、男女共同参画 上川陽子(再任)

  * * * *

こんなニュースも。

「投開票当日(9月23日)の正午ごろから16時ごろまで、自民党本部に「麻生」と書かれた紙やプラカードを持った300人ほどが集結、「麻生!麻生!」とシュプレヒコールを上げ続けた。推薦人代表の鳩山邦夫氏(津島派)が通りかかると、「鳩山さーん、頑張ってくださーい!」との声も挙がった。15 時過ぎに選挙が終わり、16時前になって麻生氏が支持者の前に現れると、盛り上がりは最高潮に達した。
麻生氏は支持者の集まり具合を見て
『多分自民党員ゼロよ。2ちゃんねるで(スレッドが)立ったんだろうけど、永田町にあんなに人が集まるなんて例はない』と話し、感激した様子だった。」

2ちゃんのネトウヨだのキモ嫌韓厨だのでも、たまにはネットの祭りにおわらず行動で示すことがあるんですねぇ。「感激した様子」をせざるをえない麻生さんも、マジ大変だこと・・・。

| | コメント (3)

2007年9月23日 (日)

ミュンヒンガーの「フーガの技法」~思い出の名盤・22

20070923fugejp近頃は「フーガの技法」の新録音って、なかなか出ないような気がします。

Amazonの日本版で調べてみたら、いま国内盤で出ているのはほとんどがLP時代のもので、新録音といえるのはおそらくDGのエマーソン四重奏団を中心としたものぐらい。どうしてなんでしょう?

サバールあたりが録音したら、面白いんじゃないかとおもうんですが。

ま、それはともかく昔は「フーガの技法」といえば、
▼バッハ入門編としてはミュンヒンガーとシュトゥットガルト室内管弦楽団のDecca盤。
▼バッハ・ベテラン編としてヴァルヒャのオルガンによるArchiv盤。
▼一部の好事家にはグールドが珍しくオルガンを弾いたCBS盤。
と相場が決まっていました。

室内オーケストラによる録音ではヴィンシャーマン編によるリステンパルトのものも出ていて、評価も高かった筈なんですが、レコード・ショップの店頭でもあまり見かけなかったのは、レーベルの関係でしょうか。

もちろん私もまず最初にミュンヒンガーのをチョイスしたんですが、ちょうど聞き飽きてきた頃にコレギウム・アウレウムのがミドル・プライスで発売。そちらに浮気したので、ヴァルヒャもグールドも買わずじまいに終わりました。

つい先日、仙台市の図書館に行ったらこのミュンヒンガー盤がCDであったので、久しぶりに聞いて見ました。

実は聞く前はちょっと不安でした。「ムード音楽的に響くんじゃないだろうか?」と思ったんです。まさに取り越し苦労というもので、決してそんなことはありませんでした。
むしろ声部による音色の違いがくっきりとしてるので、大変に判りやすい。もしオルガンやチェンバロで弾かれたら、スコアなしでは曲を追いかけるのが一苦労じゃないかと思うんですが、これなら大丈夫。
解説書を読みながら聞けば、かなり追いかけられます。

もちろんこの判りやすさは、必ず一つの声部に同じ楽器が当てられていること(楽器指定のないこの曲集で、唯一バッハによって「2台のクラヴィーアで」と指定されている第19番の4声の鏡状フーガは、指示通り2台のチェンバロによって演奏されています)。弦楽合奏だけでなく、管楽器も加えて、多彩な音色を響かせていることなどによるもので、録音に当って、やはり「判りやすさ・聞きやすさ」を大切にしたのでしょう。

「フーガの技法」に限らないことですが、ピリオド楽器による演奏が登場した時には、旧来の厳格なバッハとは違って、自由さや生き生きした感興とかいったものが重視されていることになっていました。無伴奏チェロでも舞曲としての性格を重視したとか・・・。

でも実際には聞いていてすごく緊張する演奏があるんですよね。『自由で生き生き』のはずなのに、厳格派のリヒター以上にすごく聞いてて疲れたりして・・・。

このミュンヒンガーの「フーガの技法」を聞いていたら、なんだかほっとしてきました。懐かしさもあるのかもしれませし、こっちが年齢で平易なものに傾きやすくなってるのかもしれませんが、海外旅行のあと日本に帰ってきたときのような感じが。

| | コメント (2)

2007年9月19日 (水)

「ラ・トラヴィアータ」 桐生 操

20070919kiryujp「本当は恐ろしいグリム童話」などで知られる桐生操(きりゅう みさお)が2001年に出した小説集。デュマ・フィスの「椿姫」、シェイクスピアの「ハムレット」、ボーモン夫人「美女と野獣」、スティーヴンソン「ジキル博士とハイド氏」の4作を題材に、あるときは原作に寄り添い、あるときは大胆に離れ、愛欲と官能の世界にずぶずぶと入り込んで行く男と女を描いたもの。

基本的には「椿姫」のパートは、オペラとは関係がないんですが、この小説集全体には(デュマ・フィスの原作とは別にヴェルディがオペラのためにオリジナルでつけた)「ラ・トラヴィアータ」というタイトルがつけられています。

オペラ好きなら誰でも知っているように、ヴェルディの歌劇「ラ・トラヴィアータ」は日本語では「椿姫」という題がポピュラーですが、トラヴィアータの本来の意味は『倫落した女』。
これが全体をトータルした題名になっていることからも判るように、主人公は(ハムレットのパートですら)「女」です。

オペラがネタモトではないので、「椿姫」の項目の主人公の名前は(ヴィオレッタとアルフレードではなくて)マルグリットとアルマン。

小説は場末の娼家に売られていく、マルグリットの哀しい少女時代から始まります。
この部分はかなり現実味があり、『そう、確かにヴィオレッタ(マルグリット)の生い立ちはこうだったのかもしれない』と思わせるものがあります。

が、二人が出会った辺りから、何かが狂いだし、話は徐々に徐々に淫靡な方向に進んで行きます。


作者によればいずれのパートも「さまざまな男女の究極の愛とエロスのかたち」を描いたとのことなんですが、私には「愛とエロス」の世界に入り込んだというのとは、少し異なる世界に入り込んでいるのではないかと思えます。
上手く表現できないのですが、「堕することに淫している」とでも言えば良いのでしょうか?

上に「愛欲と官能の世界にずぶずぶと入り込んで行く」なんて書いてしまいましたが、実は愛もエロスも官能も、すべては単なる通過手段で、本当の目的は「堕すること」。そんな不思議な印象を受けざるを得ないのです。

そしてこの作品集のヒロインたちは堕することに淫していながら、決して捨てないものがあります。それは「自我」。男たちはそれすらも捨て去っているのに。

ヴェルディの「椿姫」の主人公ヴィオレッタは、高級娼婦という身分でも精神の高貴さを失いませんでした。そして自我などというものは失くしても、愛に殉じようとします。

この小説のヒロインたちは、その点ではヴィオレッタとは正反対のかたちで愛の世界に生きています。
堕ちて堕ちて堕ちたあとに残った唯一の愛は、実は自己愛だったように思えます。愛する王子のために命を落としたオフィーリアも、夫のせいで命を落としたラシェルも含めて。――あー、もしかすると作者が究極の愛とエロスと書いたのは、あるいは真実であるのかもしれませんねえ。

なお以上の感想は、完全に的外れである可能性が大きいと付け加えておきます。何しろ「愛欲」だの「エロス」だの「官能」だのを語るのに、私ほど不適格な奴もいないと思うので。

桐生操はそれぞれソルボンヌとリヨン大学に留学した二人の女性の共同のペンネーム。エラリー・クイーンのようなものですか。
表紙が少し恥ずかしいかも。

| | コメント (2)

2007年9月18日 (火)

これから寂しい秋です

20070918leavesjp時折ブログを書きます~♪  ――なんて替え歌作ってる場合じゃなくて。

今日の仙台は日中、ずっと小雨が降り続きました。なにげに足元の水溜りを見たら、紅く染まった落ち葉が。もう秋なんですねえ・・・

といってもそれは北国だけの話、東京以西はまだまだ夏が続くんでしょうか。「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉を考えると、やはり日本列島はどんどん暑くなっていて、いまや東北辺りまで来ないと暦通りの季節感を得られないのかも。

ところで、こんなニュースが。

台形面積の求め方、小5から算数で復活…中教審専門部会

(前略)現行の指導要領では、三角形や平行四辺形の面積の求め方は教えるように定められているが、台形については、形などを教えるだけだった。(後略)」(読売新聞)

これは驚き。もちろん今まで教えてなかったということがです。
縄文時代を教えてなかったというのにも驚きましたが、それに匹敵するビックリ・・・

面積の出し方を覚えること自体もさることながら、三角形や平行四辺形の面積の出し方が判ったら、「じゃあ上辺と下辺の長さが違う台形はどう考えたらいい?」と、考えを発展させていけるのに、わざわざそこで打ち切ってたんですね。こりゃ子供の芽をつむわ。まあ、復活してから言っても意味無いですけど。

また、

「中学校の数学では、現在は高校で教えている2次方程式の解の公式についても復活させることも決めた。」

2次方程式の解の公式なんてすっかり忘れていましたが、たしかに私たちの時代には中学校でならってたように思います。こんな簡単なことまで高校に持ち越しになってたとしたら、逆に高校で習得すべきことが多すぎて、とても時間が足りなかったんじゃないでしょうか?

日本史が選択になったり、理科系のクラスでは世界史が事実上やられなかったりというのも、理解できるような気がしてきました。現実に受験に関係ない教科をやる余裕なんて、なかったんでしょうね。

| | コメント (0)

2007年9月17日 (月)

マリナーの「四季」 ~ 思い出の名盤・21

20070917vivaldijp もの心ついた時からバロックといったらピリオド。――という世代の人はどうかわかりませんが、昔はモダンの楽器による室内オーケストラで演奏されたバロック音楽を聞くのは、「『通』を目指すクラシック・ファンのたしなみ」といった感じだったように思います。

バロック自体がバッハとヘンデルの一部の曲を除くとわりと未開拓の領域で、とても一般にアッピールするレパートリーとはいえませんでした。

また演奏も60年代までは、カラヤンやクレンペラーの録音に見られるように、大オーケストラ(ある程度編成は刈り込んだにしても)でのバッハやヘンデルがごく普通に行われていました。

ヴェンツィンガー、そして後にはレオンハルトやアーノンクールなど、古楽器演奏のアーティストたちは既に活動していたにしても、かなり特殊な試みとみられていましたから、モダンの室内オケによるバロック~モーツァルトが、「作曲された当時の姿を髣髴とさせる編成」ということになっていたわけです。

そんな状況の中で、こうした室内オケによるバロック~古典派の演奏というのは、音楽ファンの間に徐々に浸透していき、イ・ムジチの「四季」のようなベストセラーが誕生し、パイヤールのモーツァルトなども大きな支持を得ました。

特に当時はヴィヴァルディの「四季」が人気で、70年代に入ってからもこの手の室内オケが来日すると、プログラムには必ず「四季」が含まれていました。
イ・ムジチなどさすがに東京公演は2種類のプログラムのうち1プログラムは、「四季」じゃないプロもあったようですが、地方公演は「四季」一色。なぜ当時あんなにこの曲が人気があったんでしょう。ちょっと不思議な気が・・・。もちろんとても美しく楽しい曲ではあるんですが。

まあいずれにせよその「四季」ブームの中でも、イ・ムジチはことさらに別格扱いだったわけです。

ところが、ある日突然、そのイ・ムジチを頂点とした「四季」ブームに殴り込みをかけてきた団体がありました。

まあ別に実際に殴りこんだワケじゃないんですけども、大変に斬新な演奏で一気に注目を集めたわけです。
それがネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団のレコード。ご承知のようにこのアカデミー室内管弦楽団という名前は、日本だけの特殊なもので、正式名称はアカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ。長ったらしいので固有名詞をすっかり省略しちゃって、アカデミーのほうを固有名詞化したわけですが、さすがにどうなんでしょ、こういうのって。

演奏はアラン・ラヴディの独奏ヴァイオリンが自由で鮮やか。バロックの演奏に装飾を取り入れるというのは、今は普通ですが当時は大変に新鮮に聞こえました。それでいて全体の印象は、イタリア風味のイ・ムジチとは対照的に、すっきり爽やか。
「冬」の一部分をスル・ポンティチェロで演奏させたり、通奏低音を一部オルガンに変えたり(チェンバロ&オルガン担当はサイモン・プレストン)と、独自の工夫が取り入れられていたことも大変に話題になりました。

さらにレコードの好評をうけて実現した1972年の来日公演では、なんと春・夏・秋・冬をそれぞれ別々の4人のヴァイオリニストが担当。この曲が「四季」という大きな一つの曲ではなく、独立した4つのヴァイオリン協奏曲を集めた曲集であるということを主張しました。これも今となっては常識かもしれませんが、当時はなかなか斬新だったのです。

あまりに昔のことでハッキリしませんが、この時の4人の独奏ヴァイオリニストには女性もいましたので、多分アイオナ・ブラウンだったんじゃないでしょうか。

この頃のマリナーの録音ではブランデンブルグ協奏曲も、タックウェル、ブラック、クロード・モントゥー(Fl、指揮者のモントゥーのご子息)、ジョージ・マルコム、そしてリコーダーにはマンロウとオール・スター・キャストで、久々に聞きなおして見たいなと思っています。

| | コメント (10)

2007年9月14日 (金)

私が欲しいスマートフォン

20070914smartjp 日本ではスマートフォンは受けないと言われていました。以前は発売されて無いんだから、受けるも受けないもないだろうと思っていましたが、発売されても劇的に普及したという話は聞きません。ウィルコムのW-Zero3(シャープ)などはかなり話題になり、発売当日は予約で完売の店も多かったそうですが、その後もヒットを続けてるのでしょうか。

スマートフォンは携帯電話の機能と、携帯情報端末(PDA。ザウルスなど)とを合体させたもので、超小型のノートパソコンに携帯電話の機能がついたモバイル機器とでも定義すればいいんでしょうか。ちなみにスマートは「体型がスマート」の方ではなくて、「賢い」の意味の方です。

ネット接続のスピードが遅いとか、料金がかさむとか、本体の値段が高いとか、なによりも小さいもの好きの日本人にとっては大き過ぎるとか、スマートフォンどころか、日本ではPDAもあまり普及しませんでした。それなりの知名度と商品としての歴史があったにもかかわらず、SONYがクリエから撤退してしまったことは、それを端的に示しています。
日本メーカーのモバイル・ノート・パソコンが極限まで薄く小さくなりつつあるというのも、PDAの存在を中途半端なものにしていた理由の一つと考えられます。

ところがここにきて、スマートフォンが再び注目されはじめています。
そのきっかけは言うまでもなくアップルの iPhone ですが、そのほかに上にあげたような障害がクリアされつつあるというのも大きいかもしれません。

しかし、まだスマートフォンを買う気にはなれません。欲しいものがないのです。iPhone も含めて、いまいちその気にならないのです。

そこで私が欲しいスマートフォンを考えてみました。

それはズバリ、子機切り離し型です。

無線LANを含むPDA機能や、カメラ、音楽・ビデオ再生などは本体に、子機には電話機能だけをつけ、それを切り離して持ち運べるようにします。その子機は、万年筆程度の大きさにして、電話機能&本体との連絡用のブルートゥースあるいは赤外線機能、および充電機能以外は一切いりません。メールも本体のPDA部分で受ければいいからです。

本体は鞄にしまっても、電話はポケット等に入れておける。子機をはめこんで使える車用のヘッドセットも、オプションで必要でしょう。

これによって本体のサイズを多少大きくすることも可能ですし、ということはブラウザのサイズも大きく出来るし、大容量のメモリやHDも積むことが出来ます(HDはそろそろ他に置き換えられそうですが)。

どうでしょうか。私なら買います。

画像:スマートと本。「それゆけスマート」のドン・アダムズって、2年ほど前に亡くなられてたんですね。

| | コメント (2)

2007年9月13日 (木)

夜と夢(後) ~名画と名曲・59

20070913hodler1jp これは「夢」という作品で、ホドラーが1897年に描いたものです。チューリヒのプライヴェート・コレクションにありますが、わりと有名な作品です。

なんか随分ポスターっぽいなと思われる方もいらっしゃるかもしれません。実はこの作品の上の部分は、ポスターの原画として描かれました。ところがそれがポスターとしては使われなかったために、ホドラーは下の裸体の男性を描き加えて、作品の主題を「芸術家の見る夢」としたのでした。上部の夢に出てくる乙女は理想の女性を表していると言われています。

後にホドラーは別のポスターを製作するときに、今度は男性の部分だけを再利用しています。

ホドラーの作品の大きな特徴は、水平方向に流れる形態や垂直方向に立ち上がる形態などを反復させ、一定のリズムを作り出すというのがあります。これをホドラーはパラレリスムと呼んだのですが、この作品にも、また前回取り上げた「夜」にも見られます。

このパラレリスムは単に画面に統一感をもたらすだけとか、あるいはリズミカルな動きを持ち込むというだけではありません。小学館の画集における有川治男さんの解説によれば「一個一個を取り上げてみればそれぞれ異なる存在を、本質的な一致を見せるその生の様相から捉えなおし、それを統一的な形として表現する」というのがパラレリスムの意義ということになります。

「夢」では横たわる青年はすべて水平方向への動きで、逆に乙女は立ち上がる花や、流れ落ちる髪など垂直方向の動きで統一されています。色々な見方が出来そうに思いますが、例えば水平方向の動きは眠りや安らぎの大地を、垂直方向に並んだ花は生命力を表し、乙女は生命力溢れ立ち上がる人間の象徴などと解釈されているようです。


20070913hodler2jp ホドラー(右は自画像、ジュネーヴの美術歴史博物館にあります)は、「夜」によってようやくヨーロッパ画壇に認められ、経済的にも40年近く続いた窮乏生活に終止符を打つことができました。
「夜」に登場する女性のモデルであるオーギュスティーヌとは息子ももうけます。

この作品「夢」が描かれた1897年ごろは、ホドラーの生涯の中でも決して長いとはいえない幸福な時代でした。

1908年55歳のときに、ホドラーは二十歳も若いヴァランティーヌ・ゴデ=ダレルという女性と出会います。二人は情熱的な恋をして、娘も生まれます。

しかし二人の幸せな生活はわずか5年。このヴァランティーヌも、癌で亡くなってしまうのです。ホドラーの人生にはどこまでも死がついてまわるのでしょうか。

ヴァランティーヌが亡くなってまもなく、ホドラー自身も病気になり、1918年ジュネーヴで息を引き取ります。

       

19世紀後半に書かれた夢の音楽といえば、やはりワグナーの「ヴェーゼンドンク歌曲集」の第5曲「夢」でしょうか。「トリスタンとイゾルデ」が作曲される直前の、1857年に作曲されています。

この歌曲集は、ワーグナーと不倫関係にあった人妻マティルデ・ヴェーゼンドンクの詩につけた5曲からなる曲集ですが、第3曲「温室にて」は「トリスタン」第3幕への前奏曲、第5曲「夢」の旋律は「トリスタン」第2幕の愛の二重唱に、それぞれとりいれられることになります。

夢は育ちつつ、花を咲かせ
夢みつつその香を送る
そして静かに君が胸に消え行き
墓の中に沈み行く
           (渡辺護訳)

この曲集をコンサートで聞く機会は、それほど多くないように思いますが、私にとっては比較的初期のクラシック・コンサートの思い出と結びついています。

ウン十年前の話で、ちゃんとは覚えてないんですが、たしか高校生の頃だったと思います。東北大学のオーケストラが第九を演奏した際に、当時の学生オケとしては珍しく、メゾ・ソプラノに長野羊奈子さんを呼び、長野さんは第九の独唱のほかに、前半にこの曲集を歌いました。歌唱がどうだったかはまるで覚えていないのですが、声が素晴らしかったことだけはハッキリと記憶に残っています。

ピアノ伴奏ですがヤノヴィッツが80年代後半に行った、来日公演での歌唱も忘れがたいものです。彼女の全盛期にカラヤンが録音してくれなかったことが、残念でなりません。

録音だと昔はフラグスタートとクナッパーツブッシュのデッカ盤で決まりでしたが、CD時代にはいってからはどうなんでしょう?。
やはり定番はジェシー・ノーマンあたりになるのでしょうか。
最近だとニーナ・シュテンメも録音してるそうですが、私は聞いてません。むしろミシェル・ブリードがウィーン弦楽六重奏団といれたものが気になるかも。去年あたり国内でも出てたらしいんですが。

| | コメント (4)

2007年9月12日 (水)

ニュース速報~安倍首相が辞意/記者会見

20070912abejp【14:50】2時ちょっと前から始まった安倍首相記者会見の抜粋です

参議院の選挙が結果が出たわけでありますが、大変厳しい結果でございました。厳しい結果を受けてこの改革を止めてはならないと、また戦後レジームからの脱却、その方向性を変えてはならないとの決意で続投を決意をしたわけであります。ま、今日まで全力で取り組んできたところであります。

そしてまた先般、シドニーにおきましてテロとの戦い、期待されているそして高い評価されているこの活動を、中断することがあってはならないと。なんとしても継続をしていかなければならないと、このように申し上げました。国際社会への貢献、これは私が申し上げている主張する外交の中核でございます。この政策はなんとしてもやり遂げていく責任が私にはある。この思いの中で、私は中断しないために、全力をつくしていく、職を賭していく、お話をいたしました。

そして私は職に決してしがみつくものでもないと、申し上げたワケであります。そしてそのためには、あらゆる努力をしなければいけない。環境作りにおいても努力をしなければいけない。一身をなげうつ覚悟で、全力で努力すべきだと、考えてまいりました。

ま、本日小沢党首に党首会談を申し入れ、私の率直な思いと考えを伝えようと。残念ながら党首会談については、まあ実質的に断られてしまったわけであります。

※ NHKの情報によれば民主党は「党首会談の申し入れなど受けていない」と言ってるという話です。
      ↓
今日の11時にはじめて民主党サイドに申し入れがあったそうです。
が、小沢氏自身は「イエスもノーも言ってません」とのこと。

えー、まあ先般小沢代表は「民意を受けていない」と、このような批判をしたわけでございますが、大変残念でございました。

今後このテロとの戦いを、継続をさせるうえにおいて、私はどうすべきか。むしろこれは局面を転換しなければならない。新たな総理のもとでテロとの戦いを継続をしていく。それを目指すべきではないだろうか。きたる国連総会にも、新しい総理が行くことが、むしろ局面を変えていくためには、ま、いいのではないか。

また改革を進めていく、その決意で続投し内閣改造を行ったわけでございますが、今の状況で、なかなか国民の支持新t来の上において力強く政策を前に進めていくことは困難な状況であると。ここは自らがけじめをつける事によって、局面を打開をしなければいけないと。そう判断するにいたったわけでございます。

さきほど党の五役にたいしまして、私の考え、決意をお伝えをいたしました。そしてこの上は政治の空白をつまないようになるべく早く次の総裁を決めていただきたいと、本日からその作業に入っていただきたいと、その支持をいたしました。

私といたしましても、私自身の決断が先に延びることによってですね、ま国会において困難が大きくなると、ま、その判断から決断はなるべく早く行わなければならないと。まあそう判断したところでございます。

【13:20】

さきほど午後1時前に、ニュース速報が流れましたが、安倍首相が辞意を表明したそうです。
午後2時から記者会見。

| | コメント (4)

2007年9月11日 (火)

Twilight

20070910sendaijp 写真は球場付近からの仙台市内の夕景です。
こんな綺麗な夕焼けなのに、明日の天気は雨って・・・

さて昨日、Rollyの発表でおそらくは発売元が狙ったのとは正反対の、しかし大きな衝撃を各方面に与えたSONYですが、矢継ぎ早に本日は新型ウォークマン「ウォークマンSシリーズ」を発表しました。(ネットニュース

これがですねえ・・・・・・・・>クリック!

まんまiPhoneとは・・・。2日続きの衝撃です。

5機種中3機種でノイズ・キャンセリング機能がついたヘッドフォンが付属してること。MPEG-4 AVC/H.264とMPEG-4動画の再生に対応してること。店頭予想価格が14000円~27000円と iPod touch より安いことなどが売りのようです。

音声はリニアPCMやATRACロスレスに対応してるというのは結構ですが、ウィンドウズ・メディア・ロスレスには非対応。おまけに内臓メモリは最上位機種でもわずか8GB。8Gでどうやって動画だのリニアPCMだのを保存しろと(ジャケット画像や楽曲情報なども保存することを考えれば、リニアPCMではせいぜいCD10枚分ぐらい。mp3やWMAの場合はその10倍)。

かつてはデザインのSONYと言われたものですが、全面タッチパネルのiPhone/iPod touch に比べると、すごくダサく見えます。
しかも無線LANはおろか、Rollyと違ってブルートゥースにも対応してないみたい。

| | コメント (2)

2007年9月 9日 (日)

「カルーソーという悲劇」 アンネ・シャプレ

観客は寂として声がなかった。拍手するものもなかった。ダヴイッドが両脚をうしろにまげて輪を描き、右足を頭の上にただよわせ、劇的効果が最高潮に達した瞬聞、足指がバラを放下したときも。全観衆が―とカレンは思った―自分と同じように息をとめていた。蝋燭の光のなかで燃えるように輝くバラが、赤いビロードの上をすべる音さえ聞こえたはずだ。この瞬間にルチアーノ・パヴァロッティがせつなげな声で歌いあげなければ。
テ・ヴォリヨ・ベーネ・アッサイ マ・タント・タント・ベーネ・サイ「きみを愛してる。とても、とても」

20070909carusojpドイツ・ミステリ大賞を2回も受賞しているアンネ・シャプレの処女作。ドイツでは1998年に出版、日本ではこの5月に創元推理文庫から邦訳が出ました。

シャプレの本業はミステリー作家ではなく、実は政治評論家(コーラ・シュテファンの名前で)なのだそうです。言ってみれば余技なのですが、2回受賞ということからもわかるように、当然余技にとどまらない、きわめて興味深い作品となっています。

原題は Caruso singt nicht mehr (カルーソーはもう歌わない)で、最初音楽ミステリかと思ったのですが、表紙を見ると赤川さんの本みたいなユーモア・ミステリ風。登場人物の一覧にも、裏表紙のシノプシスを読んでも、カルーソの文字は一つもなく、ん~、これはなんぞや???

主人公は――といっても4人いるんですが、とりあえず出だしのパートの主人公は――かつてはフランクフルトでコピーライターをしていて、今は都会生活をやめ、田舎に引っ越したパウル。

しかし憧れの田舎生活も思ったほど楽ではなく、馬殺しやら放火やら、物騒な事件が横行します。そんななか今度は殺人まで――それもパウルがひそかに恋心を抱いていたアンネの夫が殺されるという事件が起きます。

特にネタバレというほどのことでもないと思うので、書いてしまいますが、この作品の主題は、旧・東ドイツのシュタージの問題です。

映画「善き人のためのソナタ」で再び注目を集めている、かつての国家公安局シュタージ(国民を監視していた)。それがすでに壁が壊れて10年近くたった(旧)西ドイツの田舎の村と、どうかかわってくるのか?

この作品は発表された時にドイツでは、圧倒的な好評をもって迎えられたらしいのですが、英米が本家のアガサ・クリスティ流の田園ミステリーで成功しているということの他に、このテーマの設定も好評の一因であったろうと思われます。

もっともこの作者、ちょっと変わった文体が好みで、句読点が好きなのか、特に冒頭の方は、やたら短い文章がブツ切れで出てくるのです。しかも話が進んでいかないのでかなりイライラさせられます。
で、ようやくそのブツ切れ文章に慣れた頃、いきなり話が転がり始めます。すると文章も普通になってきます。出だしの方は多少我慢した方がいいかも。

カルーソーは、いわば小道具として登場するに過ぎないのですが、いろんな意味で実に上手いタイトルです。「カルーソーという悲劇」ではちょっとワケわかんないので、直訳にして欲しかったと思います。マザーグース的というかクリスティっぽさも出てきますし。

なおこの作品はどちらかといえばアガサ・クリスティやエドマンド・クリスピンに近いもので、シュタージつながりで「善き人のためのソナタ」のような深い洞察とか感動とかを求めてはいけません。念のため。

| | コメント (2)

2007年9月 8日 (土)

定禅寺ストリート・ジャズ・フェスティバル

20070908jazz1jp 今年で17回目となる「定禅寺ストリート・ジャズ・フェスティバル」が開幕しました。
今日と明日の2日間、45箇所のステージで、あわせて707人のミュージシャンが参加して、演奏を繰り広げます。

で、これがどんな催しかというと、どうせ一昨年と同じことを書くことになってしまうので、2年前の記事をご参照ください。

公式HPはこちら

20070908jazzjp 今日は台風一過の青空、しかも土曜日ということで、街はすごい人出。メインステージになる仙台市役所前の広場など、まるで荒川静香の凱旋パレードの時みたいな賑わいでした。

右の写真は一番町のスターバックスの前。二人組みの外人のお兄さんによるヴォーカル・デュオで、なかなか良かったです。

| | コメント (6)

2007年9月 7日 (金)

台風9号

20070907tenki3jp 【午後9時】

台風9号はいったん日本海に抜けた後、現在は函館の南、北海道の沿岸を北上していると見られます。このあと北海道南部に再上陸する恐れがあります。

【午後5時】

写真は仙台市内。ぶあつい雲の間から、ようやく青空が。

【午後2時】

台風9号は秋田県大仙市のあたりを北上中。
大仙市?そりゃいったいどこだ?という方もおいででしょうが、大曲のことです。
仙台は風はおさまりつつありますが、雨は激しく降っています。

【正午】

台風は山形市のあたりを北上中です。
985hPa、45km/h。東北の広い範囲が暴風域になっています。
でも仙台は午前中に比べて、雨、風ともに弱まってきた感じが・・・

20070907tenki2jp

【午前9時】

台風は現在、栃木県と福島県の県境あたり、会津若松の南40キロあたりのところにある模様です。まっすぐ北上しています。
勢力は次第に弱まっています。

速度は30kmと少し速くなりました。この後、東北地方を縦断、北海道に向かう予定で、仙台は1時間ぐらい前から、風・雨ともに非常に強くなっています。

関東地方は午後には天気は回復です。

20070907tenki1jp

【午前2時】

台風9号はさきほど、午前2時前に神奈川県小田原市付近に上陸しました。
NHKのレポートに拠ればちょうど2時ごろに風が東から北へと変わったということです。

2時現在で中心付近の気圧は965hPa、強いです。

台風は時速20kmという大変に遅いスピードで北北東にむかっており、このあと今朝から明日朝にかけて関東・東北を縦断、北海道に達する見込みです。

各地でこの台風による大きな被害が出ています。
仙台は(というか我が家の周囲は)今現在は雨は降っていませんが、風が非常に強くなっています。直接の原因はわかりませんが、すでに宮城県内でもこの台風によって住宅1棟全壊・2棟半壊の被害が出ているとのことです。

| | コメント (2)

2007年9月 6日 (木)

パヴァロッティ死去!

20070906pavarottijp先月、高熱で入院の後、月末には退院の報が伝えられて、ファンをほっとさせていたパヴァロッティですが、やはりだめだったようです。ここ数日意識が無く危ないという記事が、今日の夕刊に載っていて心配していましたが、さきほどTVで死去のニュース・・・。

20世紀後半のイタリア・オペラの世界に、もしこの偉大な歌手がいなかったら、私たちはどんなに寂しいオペラ体験を強いられることになっていたでしょうか。
特にあの素晴らしいフォームで歌われたプレ・ヴェルディの領域で。そして勿論プッチーニのいくつかの作品においても。

心からご冥福をお祈りいたします。

| | コメント (10)

2007年9月 5日 (水)

リヒテル&カラヤンのチャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番 ~思い出の名盤・20

20070905richterjp このシリーズではLP時代に購入した名盤を懐かしんできたんですが・・・実はこれは当初はLPでは持ってませんでした。

私の最初のこの曲のLPはソ連の演奏家による新世界レーベルのもの。姉からもらったもので、ピアニストも指揮者もよく知らない人でした。というかリヒテル、ギレリス、アシュケナージといったその頃の私でも知ってた人ではありませんでした。(いま確認しようがないんですが、実は意外とペトロフだったりしたのかも。)

当時(中学生の頃)は同曲異演のレコードを買って聞き比べるなどという趣味はありませんでしたし、そんなお小遣いもありませんでしたから、ピアノ協奏曲第1番はそのLPで満足していました。

1962年に録音されたこのリヒテルとカラヤンの共演盤が、発売当初から大評判になり、既に決定盤的扱いをされているというのは知っていましたし、チラッと気にはしていたんですが、まあレコードを買おうなんて気も起こさずにそのまま過ぎていきました。で、そのうちチャイコフスキーにはまったく興味が無くなってしまって・・・。

ところがある日、高校時代のことですが、やはりクラシック好きの友人の家に遊びに行ったら、このレコードがあったのです。特に興味もなかったものの、とりあえず聴きました。

凄いじゃないですか・・・

ちょっと打ちのめされてしまったのですが、それでレコードを買うかといえばそんなことはなく、その友人からテープにダビングしてもらったりして。(グラモフォンのレギュラー・プライスは高価だったので、いまさらチャイコフスキーのピアノ協奏曲にお金は使いたくないという気持ちだったでしょうか。)

その後、就職してからようやくLPを買いました。あまり聞きませんでしたが。

それにしてもこの演奏、いまだに同曲のベストワンにあげる人も多いと思います。どこがそんなに優れているんでしょうか?
――ということで、久々にCDで聞いて見ました。

う~ん、やはりちょっと凄いですね。
オーケストラ(ウィーン響)のゴージャスな響きは、いつものカラヤンですが、甘美で叙情的な部分は予想の範囲内にしても、トゥッティの圧倒的な迫力は、なにか巨大な建物が崩れ落ちてくるかのようなすさまじいものを感じさせ、思わず「神々の黄昏」なんていう言葉すら浮かんできます。

そこに甘さや感傷などいっさいまじえないのに十分に美しく、ガッチリとしているのにリリシズムにも欠けていない、そして勿論スケール大きな、リヒテルのピアノが入ってきます。

情熱的なアルゲリッチや新鮮なキーシンも良かったですが、やっぱりこれですかねえ・・・

リヒテルはおよそ予想がつかないレパートリーを取り上げることがあって、マタチッチとのグリーグやクライバーとのドヴォルザークの協奏曲も少々意外でしたし、晩年に取り上げたガーシュウィンの協奏曲というのも驚きでした。
ロシア人ピアニストにとっての本流のレパートリーである筈のこの曲は、50年代・60年代にはよく演奏していたようです。しかし70年代以降はまず(全く?)取り上げなかったんじゃないかと思います。あまり好きじゃなかったんでしょうか?

このチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番に関しては、あと70年代か80年代のポリーニが弾いてくれなかったのが、とても残念です。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007年9月 4日 (火)

夜と夢(前) ~名画と名曲・59

20070904hodler1jp









「ボルジア家の圧政はミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチのルネサンスを生んだ。スイス500年の平和は何を生んだ? 鳩時計だけさ」
――映画「第三の男」におけるオーソン・ウェルズ扮するハリー・ライムの有名な台詞です。

まあ私は500年の平和のためなら鳩時計で結構。1枚のレオナルドも1体のミケランジェロも要らないと思いますが、そういう考えは特に昭和一桁あたりに多い芸術至上主義者には、きわめて不評みたいです。

さて実際には鳩時計だけということもなくて、スイスはヨーロッパの芸術思潮がある特別な傾向を示した時、まとめて優れた芸術家を輩出する傾向があるようです。レオナルド級に優れてるかどうかは別として。

音楽の場合は20世紀後半に、新即物主義の流れを受けて、楽譜に忠実で正確・清潔・誠実な演奏がもてはやされるようになった時期には、ニコレ、ホリガー、グラーフ、ヘフリガー、マティスなど、それぞれの分野で時代を代表する一群の演奏家がスイスから登場しました。

美術の場合は19世紀後半に、全ヨーロッパを覆った象徴主義・表現主義の流行の中で、きわめて大きな影響力を持った画家たちが出現しています。

それがベックリン(1827-1901)、ホドラー(1853-1918)、そしてパウル・クレー(1879-1940)なわけですが、ホドラーはベックリンに、クレーはホドラーに、それぞれ影響を受けているという縦糸。同時に、3人がそれぞれヨーロッパのほかの国のアーティストにも大きな影響を与えているという横糸。
スイスの三巨匠は、19世紀末と20世紀初頭のヨーロッパ芸術の歴史の中で織られた、巨大な織物の要だったとすら言えるかも知れません。

ベックリンとクレーは前に取り上げましたので、今回はホドラーを。
なお日本では画集によってホドラーとホードラーと2種類の表記が混在していますが、Googleで検索したら圧倒的にホドラーの方が多かったので、そちらを使うことにしました。

20070904hodler2jp フェルディナント・ホドラーは1853年にスイスのベルンで生まれました。
両親は牢獄の番人をやっていたみたいで、ホドラーは牢獄で生まれたといわれています。この牢獄の塔は今はホドラーの生誕の場所ということで、ベルン市の観光名所になっています。(右の写真)

家は貧困、というより極貧だったようで、一家は常に結核の病につきまとわれていました。弟妹と次々に死別した後、父親もホドラーが7歳の時に結核で亡くなります。

母親の再婚相手は指物師(家具職人)でしたが、この継父は5人の子連れでやがて酒びたりとなります。そしてホドラー14歳の時に、母親がまたしても結核で死去。ホドラーは、母親の死体を荷車に載せて貧窮院から運んだと回想しています。さらに不幸は続き、継父が子供たちをおいたまま、イギリスへ逃げていってしまうのです。
結局子供たちは母親の兄弟に引き取られることになりました。

18歳、ホドラーはジュネーヴに飛び出し、ここで最初のチャンスをつかむことになります。
ジュネーヴでは看板画家や観光客相手の絵を描く仕事をしていましたが、その傍ら美術館で模写をしていた時に、コローの友人の画家、バルトロメ・メインに見出されたのです。こうしてホドラーは、初めて美術学校に通うことになります。

ホドラーの名前を一躍有名にするチャンスは、1891年に訪れました。はじめはスキャンダルという形をとって。

冒頭に載せた「夜」という作品が風紀紊乱という理由で、ジュネーヴのサロンへの出品を断られたのです。
ホドラーはちょうどクールベがやったように、サロン会場の向かいに会場を借り、入場料1フランを取って絵を展示しました。スキャンダルに大衆は好奇心を煽られ、1300人もの観客が来たと言われています。

この「夜」はパリでも展示され、シャバンヌに激賞されます。30代の後半にして、ようやくホドラーの画家としてのキャリアが軌道に乗ったのでした。

ホドラーは象徴主義の画家に分類されますが、この作品もやはり象徴しています。一般的には、中央の半分身を起こした男性は自画像で、その身体に覆いかぶさっているのは「夜=死」と解釈されています。

死が画家を襲い、彼は恐怖の表情でそれを押しのけようとします。周囲に横たわる人物たちは対角線上に、一人(男)と一人(女)、二人と二人が配置され、横に流れる緩やかなリズムを形成しています。これは「眠り=性」の象徴であると解釈されるようです。

まあ象徴とかなんとかいうことを考えずに見ると、かなりヤバイ状態ではないかとも思われ、男の顔も「ヒエッ!こんなところで何始めんだよお!!」というビックリの表情とも取れなくもありません。少なくともサロン出品を断ったジュネーヴ市長は、そう受け取ったのではないかと・・・。

現在はベルン美術館にあります。
(来週あたりに続く) 

     

夜の音楽と言えば、もう挙げきれないほど沢山ありますが、このホドラーの絵が描かれたのは1889年から90年あたりですので、その頃に作曲された歌を選んで見ました。

ヴォルフのアイヒェンドルフの詩による歌曲「夜の魔法」。1887年に作曲されています。

ヴォルフの歌曲の中でもアイヒェンドルフの詩によるものは、ことさらにロマンティックなものが多いですが、中でもこの「夜の魔法」は美しい旋律と甘やかな夜の雰囲気とに満ちみちています。

 そして夜鶯が声をはりあげ、
 あたりではなにかが歎きはじめる、
 ああ、死ぬばかりに恋に傷つき、
 沈み去った美しい日々のことを
          (西野茂雄訳)

ヴォルフのアイヒェンドルフ歌曲集の中には、そのものずばり「夜」という作品もあります。1880年の作曲。
こちらも「夜の魔法」に通ずるデリケートな美しさに溢れた名曲です。

同じヴォルフでもメーリケ歌曲集はフィッシャー=ディースカウですが、アイヒェンドルフ歌曲集は断然ヘルマン・プライでどうぞ。

(アマゾンのリンクを貼ろうと思ったんですが、中古のCDが1万2000円なんていう?な値段が付いてるのでやめました。1200円の間違いじゃないかと思うんですが。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »