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2007年10月 4日 (木)

Wikipediaにおけるアメリカン・ニューシネマの定義について

20071004newhollywoodjp 「ボクサー」の項の書き出しで、私は自分にとっての最も大切な歌として、ポピュラー・ソングの分野で、「ボクサー」「ドック・オブ・ザ・ベイ」「ラブ・チャイルド」「ウィチタ・ラインマン」の4つをあげました。

この4つはちょっと強引に言えば、アメリカン・ニューシネマの音楽版だと言えます。

「ドック・オブ・ザ・ベイ」の主人公は、日がな一日サンフランシスコ湾の岸壁にすわって潮の流れを見つめる流れ者の港湾労働者。「ウィチタ・ラインマン」はラブソングですが、同時に一種のワークソングとも言え、主人公は線路工夫。これらの歌に「ファイブ・イージー・ピーセス」や「スケアクロウ」と共通する世界を見出すのは、難しくないと思います。
故郷を捨てた少年が冬のニューヨークで味わう孤独を歌った「ボクサー」は、「真夜中のカーボーイ」以外の何物でもないでしょう。くしくも「ボクサー」と「真夜中のカーボーイ」は、ともに1969年に発表されています。

私はアメリカン・ニューシネマの世代であり、自分自身の生き方を振り返っても、文化的なもので最も強い影響を受けたものは「アメリカン・ニューシネマ」だと思っています。まあ自覚してることが、必ずしも正解とは限らないんですけども。

ところが最近このアメリカン・ニューシネマのとらえ方がちょっと当時とは変わっているようなのです。というか、違うとらえ方をしている人々が出てきたようなのです。

最初にそれに気づいたのは、ネットのある映画関係BBSで、スコセッシ監督の映画「タクシー・ドライバー」を、アメリカン・ニューシネマの代表作と言い張ってる人がいたのです。なんだってそんな自分勝手なレッテル付けで頑張るんだろうと思っていたら、Wikipediaがその人の根拠でした。

Wikiにそんなことが書いてあるなんて、と思い半信半疑で見てみたら確かに・・・。ウィキペディアは編集されてどんどん変わってしまうので、できるだけ長く引用してみましょう。現時点ではこんな風に載っています。

アメリカン・ニューシネマ(英語New Hollywood)とは、1960年代後半 - 70年代にかけてアメリカで製作された、反体制的な人間(主に若者)の心情を綴った映画作品群を指す日本での名称。ニューヨークを中心としたムーヴメントである「New American Cinema」とはまったくのべつものである。

1967年12月8日付『タイム』誌は『俺たちに明日はない』を大特集し、「ニューシネマ 暴力…セックス…芸術! 自由に目覚めたハリウッド映画」という派手な見出しの記事の中で、この新しい米国映画の動向をレポートした。

(中略)

ヴェトナム戦争への軍事的介入を目の当たりにすることで、国民の自国への信頼感は音を立てて崩れた。以来、懐疑的になった国民は、アメリカの内包していた暗い矛盾点(若者の無気力化・無軌道化、人種差別、ドラッグ、エスカレートしていく暴力性など)にも目を向けることになる。そして、それを招いた元凶は、政治の腐敗というところに帰結し、アメリカの各地で糾弾運動が巻き起こった。アメリカン・ニューシネマはこのような当時のアメリカの世相を投影するかのように投影していたと言われる。

ニューシネマと言われる作品は、反体制的な人物(若者であることが多い)が体制に敢然と闘いを挑む、もしくは刹那的な出来事に情熱を傾けるなどするのだが、最後には体制側に圧殺されるか、あるいは個人の無力さを思い知らされ、幕を閉じるものが多い。つまりアンチ・ヒーロー、アンチ・ハッピーエンドが一連の作品の特徴と言えるのだが、それは上記のような鬱屈した世相を反映していると同時に、映画だけでなく小説や演劇の世界でも流行していたサルトルが提唱した実存主義を理論的な背景とする「不条理」が根底にあるとも言われる。

低予算映画の文脈のなかにロジャー・コーマンらがいて、アメリカン・ニューシネマの下部構造は、彼ら独立系の映画作家、映画プロデューサーが支えた。モンテ・ヘルマン、ピーター・ボグダノヴィッチ、ジョナサン・デミ、デニス・ホッパー、ジャック・ニコルソン、ピーター・フォンダ、ロバート・デニーロ、マーティン・スコセッシ、フランシス・フォード・コッポラらがそこにいた。

その終焉

ヴェトナム戦争の終結とともに、アメリカ各地で起こっていた反体制運動も下火となっていき、それを反映するかのようにニューシネマの人気も下降していくことになる。

ニューシネマで打ち出されるメッセージの殆どは「個人の無力」であったが、70年代後期になると、ジョン・G・アビルドセン監督の『ロッキー』に代表されるように、「個人の可能性」を打ち出した映画が人気を博すようになる。

アメリカン・ニューシネマは、「ニュー・アメリカン・ドリーム」に取って替わられることによって、事実上、幕を閉じたのだった。


    * 『俺たちに明日はない』- Bonnie and Clyde (1967)
    (監督:アーサー・ペン 出演:ウォーレン・ベイティ/フェイ・ダナウェイ)世界恐慌時代の実在の銀行ギャング、ボニーとクライドの無軌道な逃避行。ニューシネマ第1号作品。

    * 『卒業』- The Graduate (1967)
    (監督:マイク・ニコルズ 出演:ダスティン・ホフマン/アン・バンクロフト/キャサリン・ロス)年上のロビンソン夫人に肉体を翻弄される若者ベンジャミンの精神的葛藤と自立。サイモン&ガーファンクルの『ミセス・ロビンソン』や『サウンドオブサイレンス』も印象的。

    * 『ワイルドバンチ』- The Wild Bunch (1968)
    (監督:サム・ペキンパー 出演:ウィリアム・ホールデン/アーネスト・ボーグナイン/ロバート・ライアン)西部を荒らしまわる盗賊団ワイルドバンチの壮絶な最期。

    * 『イージー・ライダー』- Easy Rider (1969)
    (監督:デニス・ホッパー 出演:ピーター・フォンダ/デニス・ホッパー/ジャック・ニコルソン)社会的束縛を逃れて旅を続ける若者たちに迫る迫害の手。

    * 『明日に向って撃て!』- Butch Cassidy and the Sundance Kid (1969)
    (監督:ジョージ・ロイ・ヒル 出演:ポール・ニューマン/ロバート・レッドフォード/キャサリン・ロス)西部を荒らしまわった実在のギャング、ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドの友情と恋をノスタルジックに描く。

    * 『真夜中のカーボーイ』 - Midnight Cowboy (1969)
    (監督:ジョン・シュレシンジャー 出演:ジョン・ヴォイト/ダスティン・ホフマン)ニューヨークの底辺で生きる若者2人の固く結ばれた友情とその破滅に向う姿を描く。

    * 『いちご白書』- The Strawberry Statement (1970)
    (監督:スチュワート・ハグマン 出演:ブルース・デイヴィスン/キム・ダービー)学園紛争に引き裂かれていく男女2人の恋。

    * 『ファイブ・イージー・ピーセス』 - Five Easy Pieces (1970)
    (監督:ボブ・ラフェルソン/出演:ジャック・ニコルソン)裕福な音楽一家に育ちながら、他の兄弟とは異なる流転の青春を送る男の心象を淡々と描く。エンディングがアメリカン・ニューシネマ的な印象的な作品。

    * 『フレンチ・コネクション』 - The French Connection (1971)
    (監督:ウィリアム・フリードキン 出演:ジーン・ハックマン/ロイ・シャイダー/フェルナンド・レイ)麻薬組織に執念を燃やすポパイことドイル刑事の活躍。体制側の視点から社会病理を描く。

    * 『ダーティハリー』 - Dirty Harry (1971)
    (監督:ドン・シーゲル 出演:クリント・イーストウッド/アンディ・ロビンソン)殺人を犯しながら無罪放免になった犯人と刑事との攻防を描き加害者と被害者の人権問題を提起している。

    * 『破壊!』 - Busting (1973)
    (監督:ピーター・ハイアムズ 出演:エリオット・グールド/ロバート・ブレイク)麻薬組織と癒着した警察に反旗を翻す刑事2人の活躍と挫折。

    * 『ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー』 - Dirty Mary Crazy Larry (1973)
(監督:ジョン・ハウ/出演:ピーター・フォンダ/ヴィック・モロー)カーレース用の車を手に入れるために現金強奪に成功した若者3人組とそれを追う警察とのカー・アクション。反逆的な主人公と粋なセリフ、当時のアメリカの風俗をうまく取り入れたシナリオ、斬新なカメラワーク、そして圧巻のエンディング。『イージー・ライダー』とはまた違ったピーター・フォンダの魅力も冴える。日本ではそれほど知られていない作品だが、アメリカン・ニューシネマの代表作と評する者も多い。

    * 『スケアクロウ』 - Scarecrow (1973)
    (監督:ジェリー・シャッツバーグ/出演:ジーン・ハックマン/アル・パチーノ)偶然出会った二人の男のロードムービー。荒くれ者のアウトローと「スケアクロウ」な生き方をする陽気な男。正反対の二人が織り成す奇妙な交流と友情、そして悲劇。

    * 『カッコーの巣の上で』 - One Flew Over the Cuckoo's Nest (1975)
    (監督:ミロシュ・フォアマン 出演:ジャック・ニコルソン/ルイーズ・フレッチャー)精神異常を装って刑期を逃れた男と、患者を完全統制しようとする看護婦長との確執。

    * 『タクシードライバー』 - Taxi Driver (1976)
    (監督:マーティン・スコセッシ 出演:ロバート・デ・ニーロ/シビル・シェパード/ハーヴェイ・カイテル/ジョディ・フォスター)社会病理に冒され、異常を来した男の憤り。この作品以降、ニューシネマは消滅する。

そして編者は参考文献として以下の二つを挙げています。   

* 『アメリカン・ニューシネマ - 反逆と再生のハリウッド史』 - Easy Riders, Raging Bulls    DVD、ナウオンメディア、2004年11月26日
    * Peter Biskind, Easy Riders, Raging Bulls, Bloomsbury Publishing, 1998年、ISBN 0747590141

日本語が不自由なことをあげつらうのはやめときますが、それにしても奇妙な分類です。おそらくこの記事を編集した人は、若い方で実際にアメリカン・ニューシネマの時代を体験してるわけではないのでしょう。短い映画紹介も実際に見ていたら、こんな書き方はしないだろうと言う感じですから、文献丸写しだったのかもしれません。

「タクシー・ドライバー」どころか「ダーティハリー」や「フレンチ・コネクション」までニューシネマにされているのには、驚いたというべきか正気の沙汰ではないような・・・。おそらくこれはネタ本ではテーマの展開において、あるいは技法的に、ニューシネマの影響を強く受けた作品も含めたリストだったんじゃないでしょうか?それを編集者がニューシネマ作品の中に含めてしまったんじゃないかというのは邪推というべきでしょうか。
(続く)

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コメント

アメリカン・ニューシネマとそれ以外のアメリカ映画との線引きは、私も曖昧になっています。

評論家の田山力哉氏の本、「アメリカン・ニューシネマ名作全史」には、「エレファント・マン」や「スター・ウォーズ」も入っていて、さすがにソレは違うだろうとは思いましたね。

投稿: 十瑠 | 2007年10月 5日 (金) 16:55

十瑠さん

時代によって定義に変化が出てくることは、どんな世界でも普通にあることなんだと思いますが、あまりに拡大解釈が過ぎると定義してること自体が無意味になっちゃいますよね。

「エレファントマン」や「スターウォーズ」まで入るんでは、何がなんだか・・・
単純にリンチやルーカスがアメリカン・ニューシネマの影響を受けてるということで入ってるのかもしれませんけども。

投稿: TARO | 2007年10月 5日 (金) 22:36

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