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2008年5月27日 (火)

シドニー・ポラック監督が死去

20080527pollackjpシドニー・ポラック監督が亡くなられたそうです。

シドニー・ポラックさん73歳(米映画監督、俳優)AP通信によると、26日、がんのためロサンゼルス市郊外の自宅で死去。

 85年の「愛と哀しみの果て」でアカデミー監督賞を受賞したほか、「ひとりぼっちの青春」(69年)や「トッツィー」( 82年)もアカデミー賞各賞にノミネートされた。(ネットニュース

ポラック監督は1934年、インディアナ州ラファイエットの生まれ。最初俳優を目指していましたが、テレビ出演中にフランケンハイマーと知り合うことでハリウッドへの道が開けます。テレビの監督を経て1965年に「いのちの紐」で映画監督デビュー。

この作品は私は見逃してるんですが、自殺しようとして『命の電話』に最後の電話をかけてくるアン・バンクロフトと、その電話を受けた学生アルバイトのシドニー・ポワチエという組み合わせの息詰まるドラマだったようです。公開時に「暮らしの手帖」に古谷綱正さんが批評を書いていたのを覚えています。

続いてレッドフォードとナタリー・ウッドの「雨のニューオーリンズ」をへて、アカデミー賞に大量ノミネートされたジェイン・フォンダ主演の「ひとりぼっちの青春」で一流の監督として認められるようになります。

ポラックの映画は社会派的側面とメロドラマを巧みに組み合わせた上質な娯楽作で、そのようなポラック作品の特質が完全に花開いたのが、アカデミー賞を受賞した「愛と哀しみの果て」と言えるでしょうか。

しかし、これは私だけではないと思うんですが、ポラックの代表作を一つ挙げろといわれたら、これはもう「愛と哀しみの果て」でも「トッツィー」でも「スクープ・悪意の不在」でも「ひとりぼっちの青春」でもなく、やはりバーブラの「追憶」ということになるんじゃないでしょうか。興行収入については知りませんが、もっとも多くの人々の支持を得た作品はやはりこれなんじゃないかと思います。

この「追憶」(1973)は甘美なメロドラマとしても秀逸ですが、ハリウッド映画が赤狩りを取り上げたという点でも画期的な作品でした。
もちろんすでに60年代後半には追放された人々も本名でハリウッドに復帰し、69年にはエイブラム・ポロンスキーが、71年にはダルトン・トランボが自身の監督作を発表、チャップリンも71年にアカデミー賞の名誉賞を受賞、72年にはさらにアカデミー作曲賞受賞という形で復権を果たしており、赤狩りを描いた映画が出てくることは時間の問題だったという見方も出来ますが。
(デ・ニーロの「真実の瞬間」(1991)のようなストレートな赤狩り批判の映画が出てくるまでには、さらに18年かかるわけで、ハリウッドの傷の深さが判ります。)

「追憶」はバーブラが演じる女性像なども、いかにも70年代の女性像という感じで、ポラックの全盛期とバーブラ、レッドフォード両人が最も輝いていた時期が重なったのは、まことに幸運だったといえるのかもしれません。

ポラックは「愛と哀しみの果て」でアカデミー監督賞を受賞して以後は、どうやら力量に衰えが見られることが多くなったらしく、「ハバナ」「サブリナ」「ザ・インタープリター」など批評の面でも興行的にもいまいちだったようです。私自身は見てないのでわからないのですが。
80年代後半以降の中ではトム・クルーズの「ザ・ファーム/法律事務所」がヒットはしたようです。

ポラックは俳優としても活躍し、キューブリックの「アイズ・ワイド・シャット」から最近の「フィクサー」まで、話題作に出演していて、この後も7月公開の「近距離恋愛」という作品が控えてるようです。

ロイターによれば、ガンが発見されたのは10ヶ月前とのことで、闘病の末に現地時間の昨日午後5時ごろ、ロサンゼルス郊外の自宅で家族に見守られて息をひきとったとのことです。

ご冥福をお祈りいたします。

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コメント

「愛と哀しみの果て」(って邦題は言うんですねぇ)と「追憶」しか見てませんが、正に「やっぱりー『追憶』でしょうねぇ」という感じ。

でも個人的には、すぐ想い出すのはウディ・アレン「夫たち、妻たち」、「アイズ・ワイド・シャット」の演技なんですよね。

何やっても、役者としてもプロでしたね。

投稿: 助六 | 2008年5月28日 (水) 07:02

バーブラ・ストライサンドのコメディーシリーズ?は見た記憶がありますが、「追憶」は、見たかどうか記憶にないのですが、"Come eravamo"という題だけは、多分英語の直訳ですけど、すっきりしているので、はっきり覚えてます。
その後、"Come eravamo"が「追憶」という題になっているのを知って、なるほど....と思いました。

投稿: keyaki | 2008年5月28日 (水) 17:20

助六さん

実は「アイズ・ワイド・シャット」を見る前はもともと俳優志望の人だとは知らなくて、監督の余技だと思ってたんです。それで、準主役ってキューブリックも大胆だなあ・・・。でも「2001年」も人間の演技は酷かったし、「バリー・リンドン」のマリサ・ベレンソンも素人みたいなもんだったから、キューブリックの場合はありなのかな、なんて思ってたら…。実に上手い演技で、かなり驚きました。ああいうのを役の本質を把握した演技っていうんでしょうかねぇ。

>って邦題は言うんですねぇ

そうなんですよ(笑)。「愛と○○の××」というのが流行ってた時期があって、その末期ですね。「愛と青春の旅だち」、「愛と喝采の日々」、「愛と追憶の日々」、「愛と宿命の泉」etc.そうそう「クイン・メリー/愛と悲しみの生涯」なんてのもありました。しかしこの映画に『アフリカ』という文字が入らない邦題って…

投稿: TARO | 2008年5月28日 (水) 21:10

keyakiさん

イタリア語ではそういうタイトルなんですか。ちょうどkeyakiさんのイタリア時代の公開作品ですよね。
You Tube で Come eravamo で検索したらイタリア語の「追憶」が聞けるかも知れないと思い、やってみたら映画の各シーンが分割してアップしてあって、ついつい見入ってしまいました。

レッドフォードはオペラ歌手に例えたら、明らかにテノーレ・ディ・グラツィアだから、keyakiさんの好みからは、かなり外れるでしょうか。。。

投稿: TARO | 2008年5月28日 (水) 21:43

>「愛と○○の××」
もう題だけではどれがどれやらほとんど見当がつきません。
>『アフリカ』という文字が入らない邦題
アフリカで白人がなんたらするのってあまり好きじゃないので、ちゃんとは見てないと思いますが、ずっと後でディネーセンの原作?だか自伝?だかというのを知って、へぇ〜〜と思いましたけど、そのままです・・

投稿: edc | 2008年5月29日 (木) 07:23

>アフリカで白人がなんたらするのってあまり好きじゃない
偽善者っぽくてね。だから動物が対象の方がそのへんは無視できていいかも。野生のエルザとか。
インドとかアフリカとか、白人をおかしくさせる要素があるみたい。

ディネーセンって、「バベットの晩餐」の人ですよね。

>レッドフォード
好きでも嫌いでもないけど、ああいう系の顔は好みではないかな。ブラッドピットとかディカプリオとかも。でも有名俳優が好きなんで映画はほとんど見てます。
アフリカものといえば、「ブラッド・ダイヤモンド」で、ディカプリオが、けっこう魅力的に変身してましたよ。

投稿: keyaki | 2008年5月29日 (木) 09:54

euridiceさん

最近の全部原題をカタカナにしただけというのも、なにがなんだかわかんないんですが、愛と○○シリーズもちょっとねえ…
もうあの頃はオペラの題名も愛と○○になっちゃうんじゃないかと思いました。「愛と欲望のタンホイザー」とか、「愛と哀しみのジークムント」とかね。

ディーネセンの原作読んでないんですけど、映画は原作に比べるとかなり、メロドラマっぽいというか甘美に作ってるみたいです。
レッドフォードとストリープがアフリカの草原に蓄音機をもって行って、モーツァルトのクラリネット協奏曲を聴くシーンがあるんですが、あざといけど素敵。こういうシーンはモーツァルトじゃないと絶対に駄目なんですよねぇ。

投稿: TARO | 2008年5月29日 (木) 20:30

keyakiさん

はい、「バベットの晩餐会」の人です。
アフリカ行ったこと無いんですけど、たしかに白人をおかしくさせるかもしれません。とにかくアフリカに惹きつけられてやまない人々というのはいるみたいですね。そういえば探検家リチャード・バートンを描いた映画もまた「愛と欲望のナイル」なんて題名が…(原題はMountains of the Moon)

インドは日本人もおかしくさせるみたい。皆、インドに行くと人生観が変るとか何とか。――私はインドも行ったことないので判らないんですが。

>「ブラッド・ダイヤモンド」で、ディカプリオが、けっこう魅力的に変身してましたよ。

らしいですね(未見)。アカデミー賞にもノミネートされましたもんね。しかもかなり有力で、受賞の本命とまでは行かなくても対抗ぐらいには(下馬評で)挙げられてましたし。
まあ、ディカプリオの場合はアイドル的な人気が出ちゃいましたが、もともと演技力には定評のある人ですから、いつかは受賞するでしょうけど。

投稿: TARO | 2008年5月29日 (木) 20:48

>「愛と欲望のタンホイザー」とか、「愛と哀しみのジークムント」とか

いや、これはチラシに書いたらほんとに効くかも。
TAROさんは、オペラ興行のコピーライターやっても大家になってたかも知れません(笑)。

フランスのコンサート案内は、宣伝文句も経歴紹介も素っ気ないほど簡単だったり、何も書いてないことさえ多く、日本のチラシのチャラチャラ振りに比べると、鼻白むこともない一方、これじゃフツーの客は何も分からんだろうなと他人事ながら商売っ気のなさを不思議に思ったりしますね。

ドレー監督ドロンとロミー主演の映画(68年)、邦題が「太陽が知っている」だと知って「ムカシはセンスあったんだなぁ」などと思ったことがあります。原題は「La Piscine」と素っ気ないですから。

でも考えてみると60年代は「太陽がいっぱい」(これは単に直訳調だったのかも)、「太陽はひとりぼっち」(これは悪くないかも)とかドロンなら「太陽…」といったことだったんでしょうかね。

投稿: 助六 | 2008年5月30日 (金) 07:47

愛と何とかシリーズといったら、私はまず愛と哀しみのボレロですね。まあ、映画は駄作かもしれないけど、ジョルジュ・ドンとベジャールが一躍有名になりましたよね。

映画邦題といえば、スペイン人監督アルモドバルの映画邦題が、わざわざ英訳して「オールアバウトマイマザー」とか、「トークトゥーハー」とかになっているのは、納得いきません。もうちょっと、頭使って欲しいです。

投稿: ばんび | 2008年5月30日 (金) 08:44

TAROさんとほぼ同世代(と言ってもいいかな?)の私、やはりポラックが監督したものでこれ一本となると、「追憶」です。シネフィルの友人が、「ちょっと恥ずかしいんだけれど、あれは泣けた...」と告白(笑)したので急遽観に行った映画ですが、いや、泣けました。時代、の雰囲気でしょうか。バーブラの歌うThe Way We Wereとともに、忘れられない映画です。「ビッグ」の中で親子関係の確認(笑)にあの曲が使われるぐらいだから、ちょうど私たちぐらいの世代にとっては、忘れられない一本ですね。


レッドフォードが金持ちの友人とヨットに乗っていて「人生で最良の年は」と聞かれ、ハーブラといっしょだった年あたりをボソボソってつぶやくところは涙、涙(この友人たちの一種のlessico familiare、うまく使われていたな〜)。

「ひとりぼっちの青春」(「彼らは廃馬を撃つ」がこの邦題ってのもすごい!)もあの時代によくあった、やりきれない映画でしたね。

彼はロシアからのユダヤ人の家系でしたっけ? こういう姓もありなんだとびっくりしました。

投稿: Bowles | 2008年5月30日 (金) 09:29

助六さん

それでは佐々忠氏に売り込みにでもいきますか。(笑

もっとも、別の意味で日本のコンサート&オペラ・チラシのコピーの凄さは、とても私ごときの想像力の及ぶところではありません。
聞いたことない東欧のオペラでも、素晴らしくゴージャスなアイーダやトゥーランドットを上演するみたいだし、さすがに『第2のカラス』というキャッチフレーズはまず見かけなくなりましたが、『グルベローヴァと並ぶ』は何人(もしかして何十人?)出てきたことか。

ドロンで太陽だと「太陽がいっぱい」にあやかって、大ヒットするかもという柳の下の3匹目の泥鰌を狙ったんでしょうね。
この時期はほんとにヨーロッパ映画は太陽ばっかりで、カトリーヌ・スパークの「太陽の下の18才」とかミレーユ・ダルクの「太陽のサレーヌ」とか。それだけ「太陽がいっぱい」のヒットの影響が大きかったということでしょうか。

「太陽はひとりぼっち」なんか下手な題名つけたら、『どうやら難解な芸術映画らしいよ』で終わっちゃったかも…

投稿: TARO | 2008年5月30日 (金) 21:43

ばんびさん

そうそう、何か大事なものを忘れてると思ったら「愛と哀しみのボレロ」でした。この映画なくしては、アイスダンスのトービル&ディーンのボレロもなかったかも。それにしてもジョルジュ・ドンもベジャールも亡くなってしまうとはねぇ…。
そういえばこれも原題は Les uns et les autres とそっけないですから、「愛と○○」シリーズにして成功した例かもしれませんね。

私もアルモドバルの映画の英語タイトルは、ほんとに困ったことだと思います。もちろんスペイン語をカタカナ表記してもしょうがないし(「ボルベール」のような単語1個なら別ですが)、日本語のタイトルではいい加減ネタ切れという配給会社の苦労もわかるんですが。
まあ、日本語でわかりやすくと言っても「マタドール<闘牛士>/炎のレクイエム」なんてのはいくらなんでもダサいと思うんですが――これはマタドールだけのほうがよかったのに――、「バッド・エデュケイション」とかせめてもうちょっと良いタイトルがありそうなもの…。

投稿: TARO | 2008年5月30日 (金) 22:16

Bowlesさん

やっぱ「追憶」ですよねえ。You Tubeにあがってるのをつい見惚れてしまったんですが、70年代という時代の刻印がくっきりと押されてる。それだけに今の若い人達が「追憶」を見ても、甘美な恋愛映画という以上のものを感じ取れるのかどうか、という気がします。

私たちの世代にとっては、時間が経つにつれ公開時よりもますます愛とおしくなる作品であり、逆に世代が下がっていくにつれ、評価も下がっていく作品なのかもという感じもします。

>ロシアからのユダヤ人の家系

そのようですね。フランケンハイマーもユダヤ系ですから、そういうつながりもあったのかもしれませんね。
あるいはヨーロッパ(ロシアですが)の血筋、ユダヤの血筋というあたりが「アイズ・ワイド・シャット」にキューブリックが、ポラックを起用した理由でしょうか(?)。

投稿: TARO | 2008年5月30日 (金) 22:28

追憶ー映画館でもDVDでも最後まで見たことがありません。なぜかいつも眠たくなるんです。日本ではあまりバーブラの映画ってDVDになっていないのですが、残念ですが。 レッドフォードの年のとり方と比べるとバーブラはまだきれいですよね。何かやっているのかなぁ?

投稿: KEN | 2008年5月31日 (土) 21:31

KENさん

>最後まで見たことがありません。なぜかいつも眠たくなるんです。

あれれ、そうなんですか…。ラストシーンはすごく切ないんですが、これって(寝ないで)丁寧に二人と感情を共にしていかないと、胸にしみてこないような気がします。やはり若い世代ほど、評価がさがっちゃうのかも。

バーブラは何かやってるかもしれませんが、仮に整形とかしなくても若い頃から肌をケアしてる人は、80歳、90歳になっても肌理が細かいし、つやつやしてますよね。
レッドフォードが何もしてないのが、ハリウッド・スターの中では珍しいような。普通のスター俳優ならあそこまでいくと、皺取り手術ぐらいするかと思うんですが。

投稿: TARO | 2008年6月 2日 (月) 00:48

「追憶」3回目の挑戦の結果、遂に最後まで見ました。レッドフォードが中々この役をやりたくなかったそうなんだけど、分かるような気がします。 なんか余韻を残したラストシーンでした。 もし、レッドフォードが断ったら、ライアン・オニールが演ずる予定だったそうだけど、ライアンとはコメディ映画で何度も共演しているから、やはりレッドフォードでよかったのかも。(FigaroがDelete Keyを前脚で踏むので、中々タイピングが進みません。)

投稿: KEN | 2008年6月 3日 (火) 19:46

KENさん

あ、ついに最後までご覧になったんですね!この余韻を残したラストシーンがわれわれ世代だと、泣けるんですね。
ライアン・オニールだとちょっと違う感じになっちゃいますよね。「ある愛の詩」のイメージなんかも引きずっちゃうし。やはりここはレッドフォードじゃないと。

>FigaroがDelete Keyを前脚で踏むので、中々タイピングが進みません。

(笑)目に浮かぶようです。

投稿: TARO | 2008年6月 3日 (火) 23:07

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