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2008年6月 3日 (火)

愛と哀しみのウギ

20080603geigekijp_2 指揮者のサヴァリッシュは、言うまでもなく世界の巨匠のなかでは、最も日本人におなじみの指揮者と言えるでしょう。同じ独墺系の指揮者でもベームやヨッフムなら曲のクライマックスに向けて白熱した演奏になることが多いのに、サヴァリッシュの場合そういうことはあまりないので、中には「常に水準以上の演奏を聞かせるというだけ」と酷評する人もいます。

確かにモーツァルトやベートーヴェンだと、そんな感じもなきにしもあらずですが、そんなサヴァリッシュの演奏の中で、絶対的な価値を持つのがブラームスとR・シュトラウス。

ブラームスという作曲家の管弦楽作品は、あの分厚いオーケストラを一塊にしてドライヴするやり方では、まったく魅力は出てこないのではないでしょうか。スコアを精密に分析してすべての要素をあまねく取り出し、最適のバランスで配置してこそ、あの複雑に織り成されたテクスチュアの隙間からブラームス特有の霧に煙るような叙情と憂愁が浮かび上がってくるように思われます。

そこがサヴァリッシュで聞くと完璧で、特に70年代のライブはいずれも最上級の名演奏で溢れています(ただし後にロンドンでスタジオ録音した交響曲全集などは、なぜかスカスカで魅力に乏しいものでしたが)。

私が中でも好きなのは、これもFMで放送されたものなんですが、スイス・ロマンド時代に演奏したシェリングとのヴァイオリン協奏曲。シェリングの気品あるヴァイオリンとともに、同曲中最高の録音ではないかと思っています。市販されてないのが残念ですが。

そしてそのサヴァリッシュがN響の定期でブラームスのヴァイオリン協奏曲を取り上げるとなったら、たとえヴァイオリニストが全然知らない人だったとしても、多大な期待を抱いてしまうというものではないでしょうか。

それはたしか1980年前後じゃなかったかと記憶してますが、ヴァイオリニストはイタリア出身のウト・ウギという青年。残念なことに私は生で聞くことは出来なかったのですが、FMで聞いたその演奏は予感がぴったり当たって、大変な名演奏となりました。

特に惹かれたのはウギの艶やかな音色。そして「さすがイタリア人!」と言いたいほどに、豊かに歌われる旋律。それでいながら決して野放図に歌いすぎない節度と落ち着き。
サヴァリッシュとの相性もよほどよかったのか、二人はその後ブラームスとベートーヴェンの協奏曲に加え、サヴァリッシュがピアノを弾いて「春」と「クロイツェル」なども録音しています。

イタリア人ヴァイオリニストの中でもより鋭くきびきびした演奏を行うアッカルドがコリン・デイヴィスと組み、よりリリカルなウギがサヴァリッシュと組むというのは、なんとなくうなずけるような気がしないでしょうか。         

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さてそれから約30年、そのウト・ウギが来日して円熟の境地で再びブラームスの協奏曲を弾くとなったら、これはもう期待せずにいられません。ちょうどうまい具合に土・日は東京に出張だったので、聞いてきました。オーケストラは大友直人指揮東京交響楽団(会場は東京芸術劇場)。もっとも実を言うとかすかに不安要素はありました。30年といえばかなりの時、もしかして、、、いや、まさかとは思うものの、もしかしてギトリス化してるんじゃないかという…

コンサート前半はイギリスの作品で、威風堂々第5番とマクミランの「イゾベル・ゴーディの告白」。イゾベル・ゴーディというのは魔女狩りの犠牲になった女性の名前で、曲は大変にわかりやすい面白いもの。オーケストラはこの曲に全力を傾けたようで、弦は透明感と力強さを兼ね備え、管・打楽器も素晴らしい表現力で応え、期待以上の名演になりました。

そして後半のブラームス。まずオーケストラが奏でる第1主題からして、前半のマクミランとはうって変わった濁った音色。やはりイゾベル・ゴーディーで力尽きたのでしょうか?大友さんの音楽作りも、上で私が否定した「オーケストラを一塊にしてドライヴする」やり方。なんだか厭な予感・・・

でもそこまでは序の口でした。ウギのヴァイオリンが入ってきた瞬間、衝撃が・・・
ショボイのです、音色が。音量も弱くオケにかき消される時もあって。いったいあの艶やかなウギの音色はどこにいったんでしょうか。

そして最も問題なのは、高音域になると音程がおかしくなり、全部の音がぶら下がってしまうことで、ちょうど年取った歌手が高音域だけ音程が取れずに、音痴状態になるのに似ています。そんなことがヴァイオリンでも起きるんでしょうか???

カデンツァになると大分持ち直してきましたが、やはり高い方の音程が駄目。第二楽章はまあまあ。終楽章は大変に情熱的な演奏で、それはそれで聞くべき部分も随分あったように思いますが、どうしても潤いを欠いた音色と音程が気になって、とても楽しめませんでした。
ウギは1944年生まれなので、まだ64歳。ギトリス化するにはいくらなんでも早いんじゃないかと思うんですが…。会場はブラヴォーも出て、万雷の拍手。私はあまりのショックで、全曲が終わってもちょっと立ち直れないほどでしたが、聞き巧者の聴衆の方々は個性を楽しんだということなんでしょうか。

東京芸術劇場の写真は東京発フリー写真素材集さまから

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コメント

ウト・ウギのヴァイオリンを聴いたのは多分10年以上前かなぁ、彼の奏でる音楽がまるで音符が宙をまっているような感覚を覚えたのは彼が最初で最後でした。

投稿: KEN | 2008年6月 4日 (水) 06:54

KENさん

>10年以上前

90年代ですね。この時代だと、音色の魅力は十分に保ってたことでしょうね。
ギトリスのように音楽の形自体もグダグダになってしまったという感じではないので、あるいは曲によっては悪くないかもしれないんですが。
でもやはり思い出の中に封印してしまった方がいいかもしれません。

投稿: TARO | 2008年6月 4日 (水) 22:39

ウギ? ウギ? ブギウギ?って連想しちゃいました... (@_@;)
確か、昔はウート・ウーギって表記されていたような記憶が...

私もウギのヴァイオリン、大好き!だったんです。
柔らかで美しい音色に、凄いイケメンときたものだから、もうほとんど抵抗不可能って感じで。^^;
ヴァイオリンって、その他のどんな楽器よりも次から次へと新しい才能がビシバシ出てくるんじゃないかと思います。
私もあちこちに浮気?しているうちに、いつの間にかウギのヴァイオリンが記憶から消えかかってしまっていたけれど、TAROさんのブログを読んでいて、久々にブラームスのコンチェルトを聴きたくなりました!

投稿: tsukune☆彡 | 2008年6月 5日 (木) 02:08

私はバイオリン初心者なのですが、高音は音が取りにくいのですよ。歌でもないのに、と私も当初意外に思いました。
高い音は、ポジション移動したとしても無理な手つきで指を伸ばしたりしなければならないので、加齢によって機敏に手が動かなくなったりするのかもしれません。でもあくまで初心者のたわごとなので、名バイオリニストともなると的はずれかもしれませんが。

投稿: ばんび | 2008年6月 5日 (木) 11:25

tsukune☆彡さん

そうそう、ウート・ウーギという表記もありましたね。今でこそジョシュア・ベルとかデイヴィッド・ギャレットとかカプソン兄弟とか、イケメン弦楽器奏者が次々出てきてますが、確かに昔はヴァイオリニストって、なぜか容姿はもさかったですよね。オイストラフを筆頭に(失礼!)。スークとかお人柄は良さそうだけど、演奏家というより学校の先生かお医者さんみたいだし。

ウギはイタリアの貴族の家柄というのもあって、甘さとノーブルな感じとがミックスされて、
>ほとんど抵抗不可能
ってのもわかるような気が。

プレートルとのメンデルスゾーンとブルッフも良かったですよね。

投稿: TARO | 2008年6月 5日 (木) 20:55

ばんびさん

そうなんですか、ヴァイオリンの場合も歌のようなことが起きるんですねぇ…

>高い音は、ポジション移動したとしても無理な手つきで指を伸ばしたりしなければならないので、加齢によって機敏に手が動かなくなったりするのかもしれません。

まさにそれかもしれません。中低音域はちゃんとした音程なのに、まさに高いほうにポジション移動したとたんに、音がぶら下がってしまう。
同じ音程が外れるのでも、高いほうには外れないので、指が伸ばしきれないのかもしれませんね。

もしゆったりした曲の場合に、高音域の音程が取れてたとしたら、加齢で運動能力が落ちてるということでしょうし、ゆっくりした曲でも駄目な時は、もう指が伸びないのかも。
いずれにしてもファンとしては、かなり悲しい事なんですが。

投稿: TARO | 2008年6月 5日 (木) 21:03

「ウト・ウギ」という名前を聞くと恐怖を覚えます。完全に「ウド・キア」と混同して刷り込まれてしまってますweep

ウーギは(この方がちょっと安心coldsweats01)80年代、私の地元にも来てくれていた気がするのですが(…勘違いかも?)残念ながら聴くチャンスはありませんでした。サヴァリッシュとのベートーヴェンの協奏曲と「春」はカップリングされてタワレコのRCAセレクションで復刻されています・・ちょっと聴いてみたくなりました。

ブラームスの協奏曲の私の刷り込み盤はミルシテインの70歳の時の録音で、やはり高音になると音程が揺れていました。他の演奏を聴くまでは『演奏自体が難しいんだろうな』程度にしか感じませんでしたが、今考えるとやはり年齢の影響なのだろうか、と思ったりします。でも64歳では衰えるには確かに早いですよね。ひょっとすると体調やステージのコンディション等、演奏以外の影響も大きかったのかもしれませんね。

投稿: ayame | 2008年6月 6日 (金) 00:53

ayameさん

>「ウド・キア」

そ、それはあんまり…(笑)「悪魔のはらわた」とか「処女の生血」ですよね。
でもまあ、イタリア貴族の出だから、ヴィスコンティ家と一緒で先祖はどんな残虐なことをやってたか判りませんよね。意外と正しい連想だったりして…

ミルシタインの70歳というとアバドが振ってるやつですよね。レコードは買いませんでしたがFMの音楽番組で放送されたときに聞いた記憶が。
アバドもドイツ・ロマン派は一般に評価されない傾向ですが、ブラームスだけは評価高いし本人も好きなのか非常にしばしば取り上げてますよね。彼もサヴァリッシュと似たようなところがあると思うんですが。

>体調やステージのコンディション等、演奏以外の影響も大きかったのかもしれませんね。

そうだといいんですが。

ちなみに私の刷り込みは、なんといっても上に書いたシェリング&サヴァリッシュのFMエアチェックでした。LPはこの曲はあまり持ってなかったんですが、オイストラフ&セルぐらいでしたか…

投稿: TARO | 2008年6月 6日 (金) 01:50

ミルシテインのブラームスは1974年録音で指揮がヨッフムでした。アバドとの共演は72/73年のチャイコフスキー&メンデルスゾーンですね。そちらは聴いていないのですが…。ちなみにオーケストラはアバドと同様ウィーンフィルです。カデンツァはミルシテインの自作でした。

録音としてはクレーメル&バーンスタインをよく聴いていましたが、あまり評判良くないのでしょうか・・個人的にはけっこう気に入っているのですが。

投稿: ayame | 2008年6月 6日 (金) 02:25

ayameさん

あ、なんかすっかり勘違いしてました。じゃあ私が聞いたのはメンチャイですね。ヨッフムとのブラームスの方は聞いたことないと思います。

ミルシテインと言えば、ウギはアンコールを弾いたんですが、ミルシテインのパガニーニアーナでした。ブラームスよりこっちの方が良かったですね。やはり聞かせどころを心得てるし、音程もそんなに気にならなかったです。

クレメルとバーンスタインのは発売当初は非常に評価高かったんじゃないでしょうか。私も映像版を見るまでは、結構よく聞いてました。ただ映像のクレメルの表情を見ちゃったら、なんかちょっと引いちゃって…

投稿: TARO | 2008年6月 6日 (金) 13:44

私はウーギはついに聴けませんでした。コンチェルトではチャンスがなかったわけではないんですが、どうもヴァイオリンには長く本当には引かれたことがなかったものですから。イタリアSQにも間に合わなかったし、イタリアの弦ってどういうものという興味からアッカルドは行ってみたことがあります。90年代、ベートーヴェンのコンチェルト、バックはマリナーと仏国立管だったような(記憶茫洋)。まだ50代だったと思うんですが、かつてパガニーニ演奏で鳴らしたヴィルトゥオーゾの面影はなく、鋭さも角が取れちゃったような感じでした。

サヴァリッシュのブラームスは、小生パリ管でセレナーデ、フィラデルフィア管でシンフォニー聴いてるはずなんですが、印象に残ってません、小生ブラームスとは相性よくないのでボンヤリしてただけかも知れませんが。

私にとってはサヴァリッシュの思い出で真っ先に思い浮かぶのは、何とパリ管とのベートーヴェンとモーツァルト。パリ管では94年から99年にかけて「フィデリオ」やミサソレまで加えてベートーヴェン交響曲番号順全曲やったんですが、最初にやった1・2番など、「今でもモダン楽器でベートーヴェンやる意味は十二分にある」と確信させてくれる名演でした。明晰かつ悠揚、余計な表情など何も付けずにあるべきものがあるべきところに収まっている美しさ。巨匠的恰幅でしたねぇ。ただ最初は大拍手で送り出していたパリ管も年が進むにつれて、やや新鮮味が薄れてくるところがあって、この辺が「常に水準以上の演奏を聞かせるというだけ」という傾きに繋がるサヴァリッシュの音楽性の一面なのかも知れません。
でも最後の9番は、漸次摩滅傾向を再び吹き飛ばすような名演でした。彼の新即物主義的出自を思い出させてくれるキリリと締まった速めのテンポで、かつ深い感動も与えてくれるような。
引退前のパリ管との「ジュピター」もそうした演奏だった。
彼はチェコ・フィルとのモーツァルト録音でもそうでしたが、このジュピターでも展開部・再現部の繰り返しを実行してたのが珍しかったです。何ででしょうかね。

最初の出会いの新鮮味が徐々に擦れ、「常に水準以上」に転じていった事情はフィラデルフィアとも全く同じだった印象を私は持ってます。

彼のミュンヘンでのオペラというと、80年代初めのことですが私にはやはり「常に水準以上」というか、一流レパートリー劇場の典型的マンネリ上演といった印象が殆どなんですが、ミュンヘンのスカラ客演での「ダフネ」「ダナエ」は有無を言わせぬ名演だった。

やはり彼のようなタイプは「平板化」のリスクと隣り合わせということかも。

分析的な精密さと巨匠的な悠揚さの間で、「平均的演奏」に堕すことはあっても、条件が揃ったときには、モダンかつ深い感動をたたえた恰幅ある演奏を聞かせてくれた名指揮者だったと思います。

ブラームスのコンチェルトはたまたまこの1年でテツラフ/ベルグルンド、シャハム/ティーレマン、カヴァコス/シャーイにぶつかりましたが、小生の好みは断然結晶体みたいなテツラフ。カヴァコスも内向的に沈潜した演奏が心に残りました。数年前のレーピン/ミンコウスキは、オイストラフ並みタップリ重厚を期待していったら何てことなく拍子抜け。ブラームスのソナタでは正に大物タイプのタップリ重厚だったんですけどね。不思議。

投稿: 助六 | 2008年6月 9日 (月) 09:31

助六さん

アッカルドが丸くなったというのも、なんだかびっくりです。確かに最近は録音を聞く機会もなくなってましたが、どうしてもパガニーニなイメージが抜けなくて。
ウギも音色さえ取り戻してくれたら、高域の音程の悪さはまだ我慢できるかもしれないんですが。

サヴァリッシュはR・シュトラウスのオペラは名演になりますよね。ナマの舞台でもライヴ録音、スタジオ録音いずれも外れたのは聞いたことがありません。まあかつてのミュンヘンではサヴァリッシュには向かないとも思える「サロメ」と「バラの騎士」は、ケンペとクライバーが担当してくれてたので、彼向きの作品だけ出来たのが良かったのかもしれませんが。
ワグナーなんかは歌手が完全に揃ってる時だけは、凄い名演になったりしますが、ミュンヘンでのレパートリー上演のときは、結構けなすひとも多いですね。「一流レパートリー劇場の典型的マンネリ上演」ということなんだと思います。

>条件が揃ったときには、モダンかつ深い感動をたたえた恰幅ある演奏を聞かせてくれた名指揮者だったと思います。

そうですねぇ。それに加えて日本ではマーラーやオルフもやったし、F=D、ヴァラディ夫妻とのショスタコ14番とか珍しいレパートリーにも取り組んで、色々な面を見せてくれました。

>テツラフ/ベルグルンド、シャハム/ティーレマン、カヴァコス/シャーイ

これは3つともあまりにも魅力的な組み合わせ。
テツラフとベルグルンドは、助六さんがお聞きになったのとは違う公演かもしれませんが、たしかNHK-FMでもライヴが放送されたような記憶が(勘違いだったらすみません)。
レーピンは若い頃の方がたっぷり重厚系でしたね。いまは少し線を細くして、出来るだけ曲の内容に深く踏み込もうとする方向にあるように思います。

投稿: TARO | 2008年6月 9日 (月) 22:00

今日はたまたまちょっとだけ新宿で空き時間ができて、本当に久しぶりにタワーレコードを攻めてみました。最近はネットでCDを買っているので、お店に立ち寄るのは半年振りぐらい。
そうしたら...
なんと、ウギがBMGに残した録音が、イタリアBMG/SONYのローカル盤として再発売されたCDが入荷していてビックリ!
TAROさんのブログを読んで久々に聴きたいと思っていたけれど、手持ちのCDはどこかに埋もれたまま... ネットで検索してもほとんどが廃盤...ということで、諦めていたんです。
それが、こんなにもすぐに手に入るなんて...
これはウギを聴けっ!っていう神様のお告げかも... と思って、衝動買いしちゃいました。^^;
カップリングがオリジナルとは少し変わっていて、私がゲットしたのは、メンデルスゾーン&パガニーニ、ブルッフ&ブラームス、チャイコフスキー&ドヴォルザーク、バッハ無伴奏です。他に、シューマンのコンチェルトとソナタをカップリングしたのも出ているみたいだけど、店頭にはなかったです。
イタリアのローカル盤なので、チャイコフスキーはCiaikovskiっていう綴りで、最初は何のことだかわかりませんでした。^^;

それにしても、ブログで話題になった直後なので、ちょっと不思議な感じです。
http://search.tower.jp/results.php?TYPE=CLASSICAL&STR=uto+ughi&GOODS_SORT_CD=101&SEARCH_GENRE=ALL&BUTTON=DUMMY&MT=

投稿: tsukune☆彡 | 2008年6月25日 (水) 02:09

tsukune☆彡さん

イタリアの国内盤ではウギの昔の録音、現役で生きてるんですね。タワーで入荷したというのは、やはり来日をきっかけに、ウギのかつての録音を聞きたいという需要が増えたのかもしれませんね。

再発のCDって、オリジナルの組み合わせじゃないと微妙にガッカリしますよね。かといって80年代のCDは収録時間が少なかったから、オリジナル通りの組み合わせで出されると、逆に物足りない気分になることもあったりして。勝手なもんですけど。

ドヴォルザークやシューマンの協奏曲の録音があったというのは知りませんでした。特にシューマンはあの渋い曲をウギがどう聞かせるのか、かなり興味深いような。(いかにもイタリアって感じであまり甘美で晴れやかに弾かれても困りますけど、ウギならそのへんのバランスは上手くやってくれそうな気もしますし。)

>Ciaikovski

なるほど(笑)。書かれてみれば、なるほどですけど、紅茶(チャイ)の新しいブランドかなんかかと…。

私も先月から今月にかけて、1週おきに東京に行ってるんですが、忙しくてなかなかタワーやHMVには寄れません。ガックシ…

投稿: TARO | 2008年6月26日 (木) 12:03

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