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2011年5月

2011年5月31日 (火)

MET来日公演のキャストさらに変更、ビリャソンとアルバレス参加

20110531metropolitan_opera ようやく2号機の循環冷却に手がついたと思ったら、今度は4号機で爆発音と、なかなか思うようにいかない福島原発です。

さてその原発事故の影響で来日取りやめのアーティストが相次ぐ中、引越し公演の実施を決めたNYメトロポリタン歌劇場。

きょうピーター・ゲルブ総裁からさらなるキャスト変更が発表になりました。

先にボロディナ(代わってエカテリーナ・グバノヴァ)とカウフマン(代わってヨンフン・リー。インタビューを読みましたがすごくユニークな人みたい)の来日中止が発表になっていましたが、新たにネトレプコとジョゼフ・カレーヤも来日を取りやめました。

が、あららビックリ。カレーヤに代わって、新たにローランド・ビリャソンとマルセロ・アルバレス、それに新進テノールのアレクセイ・ドルゴフという人が来日するそうです。ビリャソンとアルバレスってどうみても強化された感じですが、特にビリャソンは復帰後の声がどうなってるのか分からないので、興味津々ですね。――って私は行かないんですけども。

ネトレプコに代わって「ドン・カルロ」を歌う予定だったフリットリが「ボエーム」にまわりました。それはいいんですが、フリットリが抜けた「ドン・カルロ」エリザベッタに、代わってマリーナ・ポプラフスカヤとは・・・ まあエリザベッタはヴィオレッタほどのビックリ歌唱にはならないでしょうけれど。――私は行かないから関係ないんですけど。

最も来日が懸念されてたダムラウは、出産したばかりの乳児を連れてやってくるとのこと。これが一番の驚きです。

ピーター・ゲルブのメッセージはこちらをクリック

※ METの写真は Wikipedia からです。再利用される方は、直接Wikiのページから、使用条件を守ってダウンロードしてください。

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2011年5月30日 (月)

与兵衛沼が増水…

20110530_1 今日の宮城健地方は放射性の雨が降り続く、肌寒い一日となりました。

震災の復旧工事のために水抜き作業をしていた与兵衛沼は、この雨のため再び増水。
せっかく土嚢を積んで沼の一部を区切り水を抜いていたのに、あっという間に沼全体に水が溢れてしまいました。こういうのも土嚢が決壊というんでしょうか。

たしかに昨夜遅くから今朝にかけて、かなり強い雨は降りました。仙台では1時間あたり38.5ミリと5月にしては珍しい雨量でしたが、沼に直接降った雨だけではこうはなりませんから、周囲の山から流れ込んだものでしょう。凄いガンガン流れこむってことですよね、驚き・・・

私は洪水になりやすい土地には住んだことがないので、これまで川の土手決壊のニュースなどを聞いても、あまり実感がわきませんでした。でも一晩降っただけで一気に沼がこうなるんですから、いま流行りのゲリラ豪雨になんか見舞われたら、各所で洪水・浸水が起こるのも当然といえば当然なんでしょうか(?)。

20110530_2 というか与兵衛沼は、治水と灌漑のために作った人工の溜池なので、すごく役目を果たしているんだなあと実感しました。それと共に、江戸時代に私財を投じてこの沼を作った与兵衛さんは、偉かったんだなあとも。

日本のように一年中雨が降ってる国は、雨季・乾季に分かれてる国に比べて、洪水などの災害は少ないと思ってましたが、もしかして森林(国土の3分の2をしめる)の保水力がなかったら、日本って洪水だらけの国になりかねないんでしょうか?

今夜も再び強い雨が降る予報です。地盤沈下が起きている被災地は浸水が心配ですし、地震の影響で地盤が緩んでいる場所は内陸部でも多くあり、土砂崩れの心配なども・・・

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2011年5月29日 (日)

再ブレイク

20110529 Google日本語入力で「おかもとなつき」と入れたら、即座に正しく岡本夏生と変換。

いま一番勢いのある女性タレントといえばもちろんこの岡本夏生ですが、彼女はなぜこんなにも急激に復帰したんでしょう?というよりなぜ今まで10年以上も静岡ローカルに潜んでいたんでしょうか?

本人によればある日突然仕事がパタッと無くなったんだとか。ネットでは親の介護のために静岡の実家に帰っていたんだという噂も流れていますが、真偽のほどは分かりません。

有吉弘行以来、再ブレイクするタレントが増えてるような気がしますが、彼女は潜伏期間が長かっただけに、突然の爆発は眼をみはるものがあります。

よく知られていることですが、いま彼女は被災地に支援物資を運ぶ活動をずっとやっています。震災直後の一回だけでなくて継続的にやっているのが凄いなと思います。
男女の下着や靴下などを大量に購入して、現地に自分で届けてるようですが、商品のままの状態で持ち込まれても避難所の人には迷惑だろうからと、すぐ着れるようにタグを外してもっていくとか細かい心遣いがさすがです。

タグ外しに都内でボランティアしてくれる人を3人ぐらいブログで募集してたんですが、20人も集まったようです。そのボランティアの条件というのが男性はダメで、女性とオカマに限るというもの。それも彼女らしいところですが、ここで注目すべきはブログではオカマとかオカマの人とか書いてる彼女が、NHKではニューハーフと言ってるところ。
天真爛漫に喋りたいことを喋ってるようですが、ちゃんと場に応じて言葉を使い分けてるんですよね。オカマとニューハーフでは意味はちょっと違いますが、考えた結果、意味的には不正確になってもNHKではこっちが良いと考えたのでしょう。たぶんこれが出来てこその今なんだろうなと思います。(まあ、リハーサル段階でNHKから注意された可能性もありますが。)

彼女の人気、テレビ界における今の地位を形作っている要因は何なんでしょうか?
もちろん一つは話が面白いことです。でも無論それだけではありません。

再ブレイク後の彼女はとにかく言いたいこと、主張したいことをはっきりと言う。これが今のテレビ界の需要にぴったりあったんじゃないかと思います。
これまでにもやたら喋りたい放題喋ってる女性タレントというのはいました。しかしそれはサッチーとか細木数子とか、なぜ視聴率がとれるのかとうてい理解できない不愉快なタレントばかりでした。上から目線の説教が、なぜにあれほど人気があったのか??

でも岡本夏生の場合ははっきりと言いたいことを言い切って、不愉快さを感じさせない。しかもそれは決して上から目線にならない。このあたりが新しいし、かつ最も重要なところではないかと思います。
またセックスの話題も含めて、包み隠さずという感じでしゃべるものの、上記の言葉遣いの点のようにぎりぎりの線で、局、番組に対応した配慮があるので、露骨と眉をひそめる前に笑ってしまう。

この原稿を書くためにネットを漁っていたら、昔彼女にお世話になった(<色んな意味で)当時の若いADたちが、今や立派なプロデューサーやディレクターになって、彼女を使い出したんじゃないかという発言がありました。まあ、実際どうかは分かりませんが、さもありなんと感じさせるのが彼女ならではでしょう。

杉田かおるが、子役時代は態度がクソ生意気で、今も「絶対にあいつだけは使わない」と言ってるディレクターの話を聞いたことがあります。他にもたぶん同じことを思ってるDやPは少なくないことでしょう。

だから岡本夏生が、ちょうどその逆のパターンだったとしても、もちろん驚きはしません。どう考えても失礼な連想ですが、彼女なら笑って許してくれるでしょう・・・

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2011年5月28日 (土)

様々なブランデンブルク協奏曲(6)~思い出の名盤・30

20110427 ブランデンブルク協奏曲第6番変ロ長調BWV1051 バウムガルトナー

これまで皆さんからいただいたコメントで、意外にも多くの人に聞かれてることがわかったこのルドルフ・バウムガルトナー指揮ルツェルン弦楽合奏団の録音。

私もLP時代に購入して、その澄んだ弦の音色と、端正だけど味のある演奏がとても好きになりました。やはりフルートにオーレル・ニコレを迎えた「音楽の捧げもの」とどっちかを先に買って、気に入ったのでもうひとつを買ったのでしたが、どっちが先だったかは??

この盤の目玉はなんといってもフルートのニコレとヴァイオリンのヨゼフ・スークの共演でした。でも意外にも5番はあまり記憶に残っていません。やはりニコレはリヒターのイメージが強すぎるのでしょうか?

CDは持ってないので聴き直せないのですが、むしろその他の曲の落ち着いたおだやかさと、爽やかな表情が強く印象に残っています。パッと聞くと最大公約数的な演奏に聞こえなくもないのですが、勿論それだけではありません。

たとえばこの6番。なんとスークがヴィオラを弾いているのです。6番はヴァイオリン・パートがありませんから、せっかく招いた名手スークにヴィオラを弾かせる。――ということだったのか、スーク自身が望んだのかは知りませんが、なるほどな企画です。

スークがヴィオラを弾いたレコードでは、このブランデンブルクの録音(78年)の2年前、日本のDENONによるモーツァルトの弦楽五重奏曲の録音が有名です。
この時は日本でことさらに人気のあったスメタナ四重奏団に、やはり日本で人気のあったヨゼフ・スークをヴィオラで絡めるというアイディアに驚愕&驚喜しました。
もしかするとこの成功がこのブランデンブルク6番に結びついたのかも知れません。

スークはヴァイオリンでもヴィオラでも、透明で伸びのある美しい音色なんですが、決してひたすら軽く透明という音ではないんですね。目の詰んだ、幾分か濃厚な響き、というと明らかに言い過ぎなんですが、スッキリ軽やか系とは異なる、実のある響きになるような気がします。

こうしたスークの音が、ルツェルンのアンサンブルと溶け合い、リードしつつ、歌のある爽やかな音楽を作り出しているのが、この6番の魅力だと思っています。

もちろんニコレ、スーク以外のソリストも豪華で、オーボエはモーリス・ブールグ、トランペットはギィ・トゥーヴロン、チェンバロはクリスティアーヌ・ジャコテ。

バウムガルトナーは1959年から60年にかけてアルヒーフにもブランデンブルク協奏曲全曲を録音していて、こちらの方は私は聞いたことがありません。こっちもフルートはニコレで、他もオーボエにはヴィンシャーマン、オーボエ・ダモーレにはホリガー、リコーダーにリンデ、ヴァイオリンにシュナイダーハン、そしてチェンバロにはカークパトリックと錚々たるメンバーを迎えています。

ルツェルン弦楽合奏団は英語だとLucern Festival Strings。ルツェルン祝祭合奏団とかルツェルン祝祭弦楽合奏団とかいろんな日本語表記があって混乱します。ここいらへんが日本語の窮屈なところでしょうか。かと言って弦楽でとめたら日本語の団体名にはならないし、ストリングスとカタカナにしたら101ストリングスとかイージー・リスニングのオーケストラみたいだし…

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2011年5月27日 (金)

太郎の受難 あるいは 情熱

20110527 英語の「マタイ受難曲」を「マシューの情熱」と訳した本があるというのは、笑い話ではなく本当の話みたいです。やっちまったな!という感じですが、クラシック音楽聴かない翻訳者だったら、しょうがないのかもしれませんね。

さて、昨日の記事なのでご存知の方が多いかも知れませんが、俳優の山本太郎さんが新しいドラマに出演が決まっていたのに、反原発運動のせいで降ろされたという件。

今日彼のツイッターをみたら、《事務所辞めました!今日。これ以上迷惑かける訳いかないから》とのこと。う~ん、驚きました。辞めないという選択肢はなかったんでしょうかねぇ。

事務所に迷惑かけるということは、同じ事務所に所属する他の俳優たちの仕事にも影響が出てきたという意味なのか、それとも今後影響が出るといけないからということなのか…?

彼はご承知のように、政府の原発関連の政策――というより放射能対策に怒って抗議行動をしていたわけですが、以下昨日のシネマトゥデイの記事から引用します。

25日夜、山本は自身のツイッターに、「今日、マネージャーからmailがあった。『7月8月に予定されていたドラマですが、原発発言が問題になっており、なくなりました。』だって。マネージャーには申し訳ない事をした。僕をブッキングする為に追い続けた企画だったろうに。ごめんね」とツイート。山本は23日に、福島から来た子を持つ親たち100人を含む多くの人たちと共に文部科学省前に集結し、文科省が定めた学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安「放射線量年間20ミリシーベルト」の撤回を訴えたばかり。わずか2日後のことだった。

 山本はこれまでも脱原発のデモに参加したり、福島の子どもたちを疎開させるために立ち上げられたプロジェクト「オペレーションコドモタチ」を通して、通常の1ミリシーベルトの20倍となる基準値に異を唱え、「チェルノブイリでは、年間5ミリシーベルトで住民は強制退去。なのに福島の子どもたちは、文部科学省によると20ミリシーベルトでも大丈夫らしいです。殺人行為です。避難させれば、賠償などとんでもないお金がかかる。だから、国は見殺しにしようとしている。それが答えです」という7分以上にわたるメッセージを伝えていた。

もし現実に山本太郎さん本人だけでなく、事務所サイドにも圧力がかかってるのだとすれば、可能性が高いのは東電なのか、それとも政府筋なのでしょうか?
ただ東京電力の場合、これまでのような民放の大スポンサーで在り続けることはもはや不可能で、今後二十年ぐらいはテレビ番組は提供できないのではないでしょうか。マスメディアに対する影響力はいま株価並に下がっていると思われます。
あるいはそのどちらでもなく、指示もないのに広告代理店が気をきかせたつもりで(実際には世の中の流れを読めずに)、テレビ局にさっそく圧力をかけたという可能性もあります。

可能性は少ないですが、もちろん局独自の判断とか、そのドラマのプロデューサー独自の判断ということもありえます。テレビ局というのはご存じの方はとても良くご存知だと思いますが、極めて古い体質のところです。あらゆる面でおよそ時代の最先端なんかいってないのです。そして世の中の流れを読まないというのも特徴です。

個々のプロデューサーを見れば、社会の動きに敏感で、人格的にも優れた、出演者やスタッフに信頼されている人もいれば、どうやってこの人はこれまで仕事してきたんだろうと不思議になるような、性格も頭も悪い人もいて、もうその落差にはビックリします。

仮に国・電力・代理店からの圧力がなかったとして、プロデューサーの反応は二通りあると思われます。

ひとつは山本太郎さんの行為を(A)正しい行為で、社会的にも意義ある行為だから、(B)世の中の流れに沿っていて、一般の支持を受けているから、――どちらの理由でもいいのですが、いずれかの理由で俳優を守る。こういうタイプのプロデューサーは確実にいます。
(ただし圧力があってそれが政府筋だった場合にも守りきれるかどうか、私はそんな修羅場に居合わせたことがないので、なんとも分かりません。)

もう一つはビビって、実際山本太郎さんが受けたような反応しかできないプロデューサー、こういう人も多いと思われます。そのプロデューサーは圧力が掛かる前に素早く処理したと、自分ではご満悦かもしれません。

いずれにしても圧力があったとしたら、どの筋からかも含めていずれ噂で流れてくることでしょう。

ドラマを降ろされようと、事務所を辞めようと、時代は明らかに山本太郎に味方しています。この問題が大きくなって、彼の存在感が増せば増すほど、おろしたプロデューサーは後悔することになると、私は予言しておきたいと思います。

ただしそのためには太郎さん自身が、常に「時の人」でいる必要があります。ニュースやワイドショー、トーク番組などフルに出まくれるような立場に持っていかないといけません。
国(かどうか判りませんが)の圧力など跳ね返して、山本太郎を画面に出すことこそ視聴者の支持を受けるという方向に、テレビ界の流れをもっていければナイスなのですが。

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2011年5月26日 (木)

つぶやき あるいは 自己満足のすすめ

20110526 私はイラク戦争に反対していたので、ずいぶん長いことアメリカ製品の一人不買運動をしていました。アメリカ製品と言っても部品や農産物、肥料や原材料まで含めて不買をしたら生活していくことはほぼ不可能になるので、あくまでも最終製品がアメリカ企業のものという意味ですが。

一番つらかったのはアメリカ映画をみれないことで、これはよく友人から「いい加減やめたら」とか言われていました。しかもそういう時に限って、みたい映画がやたら沢山くるんですよね。オバマが大統領になったのをきっかけに、一人不買運動をやめたんですが、そしたらとたんに見たいアメリカ映画が激減なのです。

良いこともあって、それまでワイシャツは全部ブルックス・ブラザースだったのですが、やめて普通の日本メーカーのにしたら凄い節約に。(まあ現実には日本メーカーだろうとアメリカやフランスのブランドだろうと、たいがい中国製なんですけど…)

私が一人不買運動をしたからって、なにか社会的影響があるかというと、それは言うまでもなくゼロです。完全な自己満足に過ぎません。自分でも馬鹿みたいと思っていたんですが、でもこの自己満足というのが、こころの平安というか精神の平衡というかを保つのに、わりと重要なんじゃないかと最近考えています。

私は原発には反対だったので、日立・東芝・三菱の重電三社のグループの製品は買わないことにしていました。これは学生時代からなのでもう三十数年続けています。例外はハードディスクで、これはHGST(日立グローバル・ストレージ・テクノロジーズ)の製品が飛び抜けて低音・低発熱で、どうしても買わざるをえない時期(250Gプラッタの時代)があり、その時期にはHGSTを買っていました。

もっとも普通に生活する分には、家電は松下、映像はSONYとパイオニア、オーディオはヤマハやケンウッド、および海外メーカーということになるので、日立・東芝・三菱製品を買わなくても特に不自由はなかったのですが。

つまりこれも完全にただの自己満足でした。でもそういう自己満足の行動基準を自分に課すということは、どうやら有効なんじゃないかと思えるのです。(これはスジャータ君の行動基準とは断じて違うと――少なくとも自分では、思っています。)

私の場合原発に反対と言っても、せいぜい「原発には反対してるから、原発番組はオファーがあっても受けない」とテレビ局で公言してたくらいで(もっともチェルノブイリ以後、原発肯定番組など作られるわけもなかったのですが)、それ以上の積極的な反対運動をしていたわけではありません。

それだけに原発がこういう事態になると、ただの自己満足に過ぎなかったはずの一人不買運動が、「だからやってて良かった」という《まさに自己を満足させる行動》に思えてきて、こころ安らかになれるのでした。

でもいまはもう社会全体が反原発の流れに向かっています。インフラの輸出という国策も少なくとも原発に関しては不発に終わりそうですし、国内で新規の原発建設はもはやありえないでしょう。

そろそろ日立・東芝・三菱三社の製品の購入を解禁しようかなどと思っています。でもセル・レグザは高くて買えないし、他に欲しい物もないので、とりあえず何も買わないと思いますが。

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2011年5月25日 (水)

大阪府議会に君が代条例案提出される

20110525 大阪府の橋下徹知事が代表を務める「大阪維新の会」の府議団は25日、入学式などの君が代斉唱時に教職員に起立・斉唱を義務付ける条例案を議長に提出した。維新の会は府議会で単独過半数を占めており、近く可決する公算だ。
共同通信

17日のこの関連の記事の一部です。

(橋下知事は)たとえば2008年の「全国産業教育フェア大阪大会」の開会式挨拶では、数百人の高校生を前に、自らが受けた教育について「戦後教育の中でも最悪。国歌も歌わされたことがない」と批判し、「社会を意識しようと思えば国旗や国歌を意識しなければいけない」と熱弁。大阪府庁の新規採用職員任命式では2010年から君が代斉唱を取り入れ、「日本国家の公務員が国歌をきちんと歌うことは義務」と語っていた。
J-CASTニュース) 

この件は2つの面で問題があると思います。

【その1】これまで国旗・国歌起立問題に関しては日本全国で訴訟が起こされてきました。しかしそれはあくまでも職務命令に従わなかったとして教育委員会から処分が行われた場合に、その処分の撤回などを求めたものです。不起立という法律違反に関する刑事事件の裁判ではありません。

つまり思想・信条を理由に起立しなかった教員がいたとして、それは教育委員会等による処分の対象とはなっても、犯罪を犯したわけではありませんから、法的に罰することは出来ません。

法律上犯罪者には成り得ない人を、橋下知事は自分の思想・信条に反するというだけの理由で、弾圧しようとしているように思われます。
この条例案は免職処分の基準を定めるという形のようですので、現時点では可決されても不起立者が条例違反の罪に問われて、刑事罰を課されるということにはならないだろうと思います。

しかしより陰湿にも職場から追い出すことで生活を破壊し、おまけに「公務員を辞めればいい」と職業選択の自由も奪っています。

大げさなと言われるかも知れませんが、こういうのを権力をかさにきて、反対者を弾圧するというのです。このような危険性を知りながら、早い段階でつぶしておかなかったために、カタストロフに突っ込んでいったのが戦前のドイツです。橋下知事のような人を許しておくと、将来とんでもないことになると思います。

公務員はといいますが、一般的に公務員が公僕と呼ばれるのは、「公(おおやけ)」に奉仕するからであって、国家に忠誠を誓うからではありません。「日本国家の公務員が国歌をきちんと歌うことは義務」というのがどういう理屈か私には判りませんが、国家公務員と地方公務員をわざとのように混同させて、「日本国家の公務員」などと言ってますし、きちんと歌うのが義務というのが橋下知事の脳内以外のどこに規定されているのか知りたいものです。

もうひとつ大げさついでに、これは完全に取越し苦労だと言われるかも知れませんが、私は橋下知事の舞い上がりぶりを考えれば、やがて条例を刑事罰を課せるように修正するのではないかと疑っています。

思想・信条の自由も職業選択の自由も、憲法に保証された権利ですから、「国歌を否定するなら公務員を辞めれば」という橋下知事の理屈を援用すれば、「憲法を踏みにじる橋下知事は、公職である知事を辞めれば」ともなると思います。橋下知事が受けてきた教育が「戦後教育の中でも最悪」というのは、今の姿を見れば確かにその通りだと思います。

【その2】次に、君が代・日の丸問題には理由があるということを、橋下知事は故意に無視しています。君が代・日の丸に対する拒否が、基本的には戦前の体制に対する拒否であり、君が代・日の丸のもとで弾圧されてきた人々や、子供を戦場に送らざるをえなかった親たちの拒否であったということを、よもや橋下知事も知らないわけではないでしょう。
いま起立しない教職員がその世代ではないにしても、その心を受け継いでいるのだと言えると思います。(在日中国人や韓国人の教職員も含まれてるかもしれませんが。)

この問題は戦前・戦中世代が全員死なない限り、解決しない問題であると私は思います。国歌・国旗を重要視する人たちも、それまで待つべきなのです。条例で職を奪うことによって強制するのではなく。それが人として正しい姿勢であると私は思います。

私自身は基本的に国旗とはただの旗であり、国歌とはただの歌だと思っています。ただの旗やただの歌に過剰な精神的意味付けをして、他人を服従させる手段にするというのは、まったく吐き気がします。

※大阪府庁舎の写真はWikipediaによるものです。再利用される方は使用条件を守って、Wikiのページから直接ダウンロードしてください。

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2011年5月24日 (火)

セビリャの闘牛場~名画と名曲・60

Photo 世界で最も人気のあるオペラの一つ「カルメン」。
――などと、ついうっかり簡単に書いてしまいましたが、「カルメン」って最近あまり注目される上演がないような気がします。少なくとも日本では。

伊原直子さん以後、日本人でカルメン役にぴったりのメゾといったら誰になるんでしょう?永井さんとか藤村さんとか世界的活躍のスター歌手はいますが、二人ともカルメンとは正反対の感じですし…

海外歌劇場の引越公演でも、二十数年前のバルツァ&カレーラスの公演をしのぐような舞台の評判というのも聞いたことがありません。私自身は最近は全然オペラを見てないので、そもそも分からないんですけども。

(ワルトラウト・マイアーでMETが持ってきたのは、97年ですからもう14年前。それにマイアーのカルメンは否定的評価が多かったような気がします。
オッターが歌ったのがありましたが、演奏会形式でしたしこれも14年前。彼女のカルメン役も賛否両論だったような。
一時ドマシェンコがカルメン役として絶賛されてましたが、彼女はなにか難病でリタイアしたんでしたね。そういえばローザンヌ歌劇場がドマシェンコのカルメンで来日公演をする予定だったのが、ウリア=モンゾンに変わったということがありました。)

Photo_2 そんな「カルメン」ですが、最近では当然「いわゆる現代的演出」が普通になってるのでしょう。このいかにもな感じの舞台写真(ウリア=モンゾンとアラーニャ)は、バルセロナのリセウ劇場でのカリスト・ビエイト演出のもの。車を使うというのは70年代にリナ・ウェルトミュラーがやってたと思うので、あまり新しくありませんが、このえげつなさは現代ならではかも。

伝統的な演出の場合、終幕の舞台はセビリャの闘牛場です(正確には闘牛場の外)。セビリャの有名なマエストランサ闘牛場は、現在はこんな感じ

しかし昔は上の画像のような状態でした。右半分はほとんど現在と変わってませんが、屋根のある席が途中で切れてて、街の風景が見えるようになっています。(これは多分このとおりで、画家が効果のために創作したのではないと思いますが、はっきりはしません。)他の写真で見ると現在はぐるっと有蓋席がめぐらされてるようです。

この絵はスペインの画家、ホアキン・ドミンゲス・ベッケルが1855年に描いたもの。サン・セバスティアンの美術館にあります。

原作となったメリメの「カルメン」は1845年、ビゼーの歌劇「カルメン」は1875年ですから、彼らが脳裏に描いた闘牛場の姿は、まさにこのようなものだったといって良いでしょう。

ドミンゲス・ベッケルはセビリャに生まれ、セビリャで活躍しセビリャで没した人です。ローカルの画家といっていいんだろうと思いますが、
▽光と影を効果的に使って画面を巧みに構成していますし、
▽画面の半分以上を占める雲と澄んだ空の美しさ、
▽色彩の対比、
▽遠くに見えるセビリャ大聖堂とヒラルダの塔の印象深さ、
▽そしてそれらが与える遠近感など、
なかなか素晴らしい作品じゃないかと思います。

ところで実は私は「カルメン」というオペラがあまり好きじゃないのです。いや、むしろ嫌いという方が近いかも知れません。もちろん素晴らしいアリアや重唱の連続であることは認めますが、登場人物がどうにも共感できなくて…

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2011年5月23日 (月)

カンヌ映画祭、パルム・ドールはテレンス・マリック作品に

20110523 第64回カンヌ国際映画祭コンペティション部門の受賞結果が現地時間22日、審査委員長の米俳優ロバート・デ・ニーロから発表された。最高賞のパルムドールには、テレンス・マリック監督の米映画『ツリー・オブ・ライフ』。また、ナチ擁護発言で映画祭を追放されたラース・フォン・トリアー監督『Melancholia(原題)/メランコリア』のキルステン・ダンストに女優賞が贈られ、ダンストは「なぜわたし?(笑)」と壇上で驚きの声をあげて、会場を沸かせた。シネマトゥデイ

ということのようです。
カンヌ映画祭のオフィシャル・サイトにいったら、なんと日本語対応してるんですね。ビックリです。

今回審査員は上の記事にあるように審査員長がデニーロで、審査員はオリヴィエ・アサイヤス監督、去年監督賞を受賞しているマハマット=サレー・ハルーン監督、「エグザイル/絆」のジョニー・トー監督、ユマ・サーマン、ジュード・ロウ、ノルウェーの脚本家・批評家のリン・ウルマン。プロデューサーのマルティーナ・グスマン、ナンサン・シー。

最近さっぱり映画をみてない私には、この顔ぶれを見てもどんな傾向なのかとか全然検討もつきませんが、まあ上記サイトに載っているような傾向だったわけです。今回コンペにはアルモドバルやカウリスマキ、ラース・フォン・トリアーなどの人気監督も出品していますが、中でも一番巨匠っぽい雰囲気のマリックにいったってことなんでしょうか。

なおテレンス・マリックは「天国の日々」で過去に監督賞を受賞しています。また次席に当たるグランプリを受賞したダルデンヌ兄弟は過去2回もパルム・ドール獲ってますし、もう一人のグランプリのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督も2008年のカンヌで監督賞受賞(2006年の東京国際映画祭では東京シルバー賞を受賞)しています。

マリックは私はあまり得意じゃないので、あるいはラース・フォン・トリアーのナチ発言騒動が一番記憶に残る年になるかも。

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2011年5月22日 (日)

When You Wish upon a Stone

201105221 今日は塩釜神社の「玉石(たまいし)奉仕」が行われました。
といってもほとんどの方は「それはナニ?」でしょうか。

宮城県塩釜市にある塩釜神社は、今年が20年に1回の式年遷宮の年です。これに際して一般の氏子の人たちが、本殿の御垣内に洗い清めた玉石を備えていくというもの。

本来は御垣内の石を運びだし(玉石出し)、川に持って行き洗浄して、再び神社に持ち帰る(玉石入れ)という何日もかかる大規模な行事のはずでした。しかし東日本大震災が発生、街が大きな被害を受け、3月下旬に予定されていた「玉石出し」は中止になってしまいました。

また「玉石入れ」の行事は本来なら「奉曳車」(伊勢神宮のものにならって作られた一種の台車)に、洗い清めた石を載せて塩釜市内を巡行し神社まで運ぶはずでした。そして氏子の人たちが一つ一つお垣内に奉納することになっていて、言ってみれば今日はこの後半部分だけが行われたことになります。

今日は小雨が降る肌寒い天気でしたが、午前9時半に神社境内におよそ300人が集まり、手で直接さわらないように白い紙に石を受け取っていきました。⇒右のアイコンをクリック201105222_2

そして普段は立ち入ることが出来ない本殿の御垣内に入り、石に願いをこめて次々と玉石を置いては、両手を合わせて祈願していました。⇒アイコンをクリック201105224_2

――果たして300人の人々は、何を願ったのでしょうか。20年前の式年遷宮の時ならきっと、健康や家内安全、商売繁盛などを祈ったことでしょうけれど・・・

本殿の御垣内は本来なら神職しか入れないので、このご奉仕の時は一般の氏子が入れる貴重なチャンスということになります。ただしご神体は工事中は本殿ではなく、別宮に移されています。(もちろん信仰心の篤い方は「入れる貴重なチャンス」などとは考えず、「20年に1回の式年遷宮で神社にご奉仕できる貴重なチャンス」と考えるのであろうと思います。)

ちなみに塩釜神社の場合、伊勢神宮などとは違って、完全に立て替えたりはしません。
建物本体はそのままで、檜皮葺(ひわだぶき)の屋根の葺き替えがメイン。ただし今回の式年遷宮では300年ぶり(!)に飾り金具も取り替えられました。(かざりの字は本来は金へんに芳)

なお全体に写真がすこぶる下手なのは別の事をやりながら、片手で携帯をバシャバシャしてたためです。すみません。

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2011年5月21日 (土)

佐渡裕、ベルリン・フィルに登場!もちろんDCHにもデビュー

20110521_2ベルリン共同】欧州などで活躍する指揮者の佐渡裕さん(50)が20日、世界有数の名門オーケストラとして知られるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期公演で初めて指揮し、会場を埋めた2千人以上の聴衆を魅了した。ベルリン・フィルを指揮したのは、これまで同楽団の音楽監督を務めたカラヤンら著名音楽家ばかり。近年で日本人としては恩師の小沢征爾さん(75)以来。

去年発表されて大きな話題をよんだ、指揮者佐渡裕のベルリン・フィルへのデビューがついに実現しました。曲目は武満とショスタコーヴィチ5番。大胆にも、知らない人はいないショスタコーヴィチ5番で勝負というのが凄いですね。

この共同の記事、「ベルリン・フィルを指揮したのは、これまで同楽団の音楽監督を務めたカラヤンら著名音楽家ばかり。」という一文がなんだか変じゃないでしょうか?まるで5~6人しか振ってないような感じ。だいたい亡くなってから20年以上もたつのに、カラヤンって・・・。

ということで次は読売から引用します。

佐渡さんは公演後の記者会見で「10歳の時からの夢だったベルリン・フィルの指揮台に立てて本当に幸せ」と流れる汗をぬぐいながら達成感をかみしめていた。

 佐渡さんは公演に東日本大震災への思いも込めた。「震災後はスコア(楽譜)が違って見えるような気がする。美しいハーモニーも、白黒写真のように感じられた」という。音楽家として何が出来るかを考えてきたと言い、「少しずつでも、長い期間、被災地を支援したい」と述べた。今回の公演を収録したCDとDVDの印税は、被災者への義援金に充てると表明した。

「美しいハーモニーも白黒写真のように感じられた」という言葉が興味深いですね。どういう事なんでしょう?単純に音楽というものが色あせてということではないでしょうから、何か深い意味がありそうな気がします。

この記事によればCDとDVDも発売されるみたいですが、そんなの待ってられないというファンの方のためには、ベルリン・フィルのDCHがあります。

DHCではありません。DCHはデジタル・コンサート・ホールで、HD画質でベルリン・フィルのコンサート・ライヴを見れるもの。ただし有料でクレジット・カードもしくはPayPalでの支払いが必要です。

佐渡さんの回はベルリン時間の5月22日20時からライヴ中継とのこと。その後オン・デマンドにもでるはずです。詳しくはこちらをご参照ください。

現時点ではほんのちょっとですがリハーサル風景を見ることが出来、ファンには貴重かも。

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2011年5月20日 (金)

様々なブランデンブルク協奏曲(5)~思い出の名盤・29

20110427ブランデンブルク協奏曲第2番ヘ長調BWV1047 イ・ムジチ

実はこれも私自身は買ってなくて、友人が持ってました。その豪華なソリスト陣でオリジナル楽器台頭以前は、ブランデンブルク協奏曲の3番目か4番目ぐらいの代表盤になっていたかと思います。

勿論ダントツ1番はリヒターですが、その次はミュンヒンガーからコレギウム・アウレウムにいたる独墺圏の室内オケのどれか。その後フランス風味がすきならパイヤール、イタリア風味が好きならイ・ムジチという感じじゃなかったでしょうか。

このイ・ムジチの録音はおそらく65年ぐらいかと思われます。すでに「四季」が売れに売れていたはずで、イ・ムジチ合奏団はクラシック界の大スターでした。

イ・ムジチは弦楽合奏団ですから、管楽器はすべてゲストということになりますが、このスター・アンサンブルがブランデンブルク協奏曲を録音するわけですから、当然フィリップスは管にも可能な限りのビッグネームを集めました。

フルートにはセヴェリーノ・ガッツェローニとマクサンス・ラリュー、オーボエにはハインツ・ホリガー、リコーダーには若きフランス・ブリュッヘン。――いまネットで調べてみたらこの時のブリュッヘンはまだピリオドに移行する前で、モダンのリコーダーを吹いていたらしいです。当時は全然気にもとめませんでした・・・

しかしこのそうそうたるメンバーの中でも一番のビッグといえば、2番のトランペットに迎えられたモーリス・アンドレでしょう。
アンドレは当時のクラシックの世界のスター演奏家の一人だったのはもちろんですが、クラシック界を越えて最高のトランペット奏者と見られていました。
明るく輝かしい音色と、超絶技巧の持ち主で、アンドレの録音はすべて最高の評価がなされています。(カラヤンが招いてベルリン・フィルと協奏曲のレコードを作った時は、その組み合わせの意外性に驚きました。)

若い頃の写真を見るとそんなに太ってなくて、結構イケメン系じゃないかとも思いますが、全盛期は良く言えば、暖かく親しみやすい人柄が出てるような体型、悪く言えば布袋さまがトランペット吹いてるみたいな感じ。まあ、あの身体だからあれだけ息が続くのかも知れません。もっとも Youtube で最近のインタビュー映像をみると、だいぶお痩せになったみたいです。(ちなみにYoutubeにはアンドレとディジー・ガレスピーの共演なんていう映像もあがってました。)

そのアンドレが参加した2番はさらにホリガーとガッツェローニが加わるという超豪華メンバーで、たしかにこの録音の中のハイライトだったように思います。

でも実際どんな演奏だったかまるで覚えていないので、聞き直したいと思ったんですが、いま廃盤なんですね。Amazonでさがしたらウワッ!
確か昔800円か900円ぐらいで発売されたユニヴァーサルの廉価盤を、1万2000円で出してる人がいました。・・・。こんなのすぐに再発されるだろうに、1万2000円って…

しょうがないので、代わりにイ・ムジチが84年に再録音したものを(こっちは初めて)聞いてみました。こちらはトランペットはアンドレの愛弟子のギー・トゥーヴロン、オーボエは再びホリガー、リコーダーにマイケル・コプレイ(ケンブリッジ・バスカーズの)とやはり豪華な陣容。1番ではホルンにバウマン、ファゴットにクラウス・トゥーネマンが参加しています。リーダーはアーヨからピーナ・カルミレッリに代わりました。

聞く前はあのヴィヴァルディ「四季」と同様に、こってりしたイタリア・バロック絵画のような味付けかと思ってましたが、これが実に立派なバッハでした。特にこの2番と、コプレイが活躍する4番、それに6番なども大変に素晴らしいと思いました。5番も面白くてガッツェローニのフルートが描写音楽のように響きます。

1番はもう少しヒネリがあっても、3番はもうちょっと軽やかでも、それぞれいいんじゃないかとも思いましたが、これは聞くこちら側がピリオドに慣れすぎちゃったせいなんだろうと思います。

いまブランデンブルク協奏曲のファースト・チョイスと言ったら、モーツァルト管かピリオドの団体のを選ぶべきかと思いますが、そういうのに抵抗があってどうしてもモダンでということでブラインド・テストをしたら、意外とこの84年イ・ムジチは支持を集めそうな気がします。

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2011年5月19日 (木)

ツツジ

20110519 仙台市には榴岡(つつじがおか)公園という公園があります。桜の話題の時にご紹介しました。ここは榴と書いてツツジですが、普通は花のツツジは躑躅と書きます。

ちょっと手書きで書けと言われても書けそうもないです。醤油や薔薇をはるかにしのぐ、強力さじゃないでしょうか?まあ、R・シュトラウスのおかげで薔薇は書けるんですけども。

いったいなぜこんな凄い漢字になったんでしょう。それを調べようと思って、まず福智山ろく花公園のHPに行ってみました。

そしたら漢字の前にもっと驚くことが。

>厳密にいうと、植物を分類する上での科の名前で、ツツジという樹木はありません。ただ、わが国ではツツジ科ツツジ属の花のうち、シャクナゲとサツキを除いた花を総称して、慣習的にツツジと呼んでいるのです。

ご存知でしたか?ツツジ科とツツジ属はあるけれども、ツツジ科ツツジ属ツツジという樹木(あるいは花)は存在しないということですよね。

そういわれてみれば公園の花壇などでは、かならず◯◯ツツジと書いてあって、ただツツジという札は見たことがありません。確かに。

たとえば皐月(サツキ)がツツジの仲間というのは誰でも知っていると思いますが、正式名称はサツキツツジなんですね。こういうのっておおむね喧嘩の元になるんじゃないでしょうか。

サツキをみて「ツツジだ」というと「サツキだよ」と訂正され、それに対して「そもそもツツジっていう木はなくて、サツキはツツジ科ツツジ属サツキツツジで云々」とか言ってしまうと、「だからこんな天気の良い気持ちいい日に、なんでそういう理屈っぽいことばかり言いたがるわけ?」とか、超・理不尽な展開が容易に予想されますよね。

で、その躑躅という漢字なんですが、このサイトにはそれについても載ってました。

この難しい単語はもちろん中国から伝わったわけですが、本来は「てきちょく」と読み、「歩いたり止まったり、足踏みしたりする様子をあらわして」いるとのことです。

というだけではナンノコッチャですが、これは羊が毒性のある種類のツツジを食べて、もがき苦しんだことに由来してるのだそうです。そのツツジはシナレンゲツツジというツツジで、この樹のことを中国名では羊躑躅(日本語読みでは ようてきちょく)というそうです。

そこから羊が抜けて、躑躅だけが残ったようなんですが、1)なぜ羊が抜けたのか、2)なぜ毒性のないツツジも全部、躑躅と書かれるようになったのかは分かりません。

この記事を読む限りでは、中国では躑躅のうち躑躅と書くのは羊躑躅だけで羊躑躅以外の躑躅は躑躅とは書かないっぽいですが、そのへんはちょっと不明です。

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2011年5月18日 (水)

ミルク ~風変りな人々・15(後)

20110518_milk その日は珍しいことに、私が店に入った時、スジャータ君はちょうど帰るところでした。
彼は帰りしなになんと!また新たな行動に出たのです。こんどは砂糖やミルクと同じ台の上に置いてある紙ナプキンをガシッとひとつかみ取って、かばんに入れ帰っていったのです。

もしかすると私は無意識の中で、彼のその行為を予感していたのかも知れません。なぜなら全然驚かなかったからです。紙ナプキンってティッシュペーパーの代わりぐらいにしかならないと思います。何かこぼしたときには拭けますが、雑巾代わりとまではさすがにならないし、水に流せないからトイレット・ペーパー代わりにも無理。もちろんメモ用紙にもなりません。

2回コーヒー飲む金があったら、ネピアの5箱ぐらいは買えてまだお釣りが来ると思うのですが。というかティッシュなんて駅前を歩けば、サラ金やらパチンコ屋やら風俗店やらのティッシュ配りの人が沢山いるんだから、その人達に貰えばいいと思うのです。

でもまあスジャータ君はとにかく貧乏で、凄い節約をしないといけないのかも知れない。きっとそうなんだろうと思いました。そう思って見ると服も全部暗い色だと汚れが目立たないし、コーディネイトの余地すら無いのかも。考えてみれば金持ちになるということは、どこかで搾取してるということにもつながるかもしれません。清く正しく美しく生きれば貧乏にならざるを得ないと言えるようにも思えます。

「あまりスジャータ君をせめるのはやめよう」私はそう決めました。そもそも私自身が金持ちじゃない、というよりただの貧乏ライターなのだし、貧しきものは幸いでもあるのです。どこかから♪貧しさに負けた、いえ世間に負けた~などという歌も聞こえてくるような気がしてきました。

ただ私がどうにも割り切れず、昨日の記事で複雑とか疑問とか書いたのは、彼と哲学の関係でした。

哲学という学問は何をする学問なのかという問いは、難しすぎて私には答えられません。彼がなぜ哲学や宗教学の本を読んでいるのかも不明のままです。純粋に思索が好きなのかも知れませんし、必ずしも生き方を考えるために哲学・宗教学の本を読んでいるとは勿論限りません。

ただカントを読んでいたということは、当然彼は倫理学や美学についても学んでいそうな気がします。もちろん倫理学に関心のあるひとが、常に人が人として正しく生きるにはどうすればいいかを考察してるわけではないでしょう。美学を修めていたとしても、そもそも美学とは哲学の一ジャンルであり、「美」という文字はついてるものの美意識や美的感覚を高めるものではまったくないですから、センスが悪くても不思議はありません。

でもやはりちょっと変じゃないかと思うのです。そんな本を沢山呼んで哲学的考察を重ねている人が、ミルクや紙ナプキンをごっそり持っていく。ご自由にお取りくださいと書いてあるから、もちろん犯罪ではなく軽いモラルの問題であろうと思うのですが…

 * * *

そうこうしてるうちに東日本大震災が起き、不自由な毎日が続きました。電気は数日で通じるようになったものの、都市ガスがまったく復旧の気配がなく、我が家でも料理の手段がなくて困っていました。

そんな時、家電量販店が一部フロアを使って限定営業を始めたというニュースを耳にしました。私はさっそくテーブルに置くポータブル・タイプのIH電磁調理器を買いに行ったのです。

お持ちの方はご存知だと思いますが、IHクッキング・ヒーターでも据え置き型の大きいのは200Vなので、電源工事が必要です。
震災後の混乱の中で電気工事なんか絶対に不可能なので、AC100Vで使えるポータブル型のIHをとりあえずガス復旧までのつなぎとして、買おうと思ったのです。

1万5800円の国内有名メーカーのと、5800円の聞いたことのない中国製のとあって、迷ってしまいました。もちろん国内メーカーのほうが良いに決まってるのですが、単なるツナギだしねえ。「もしかして1週間も使わないかも知れないのに、1万円余分にだすのもなあ」などとケチケチ精神も発揮され、店頭で私はしばしの間たたずんでしまいました。

で、結局迷ったすえ、私は5800円の中国製を買うことに決め、レジで払いを済ませました。その時視界の隅に見慣れた何かがうつったのです。スジャータ君でした。

彼はさっきまで私がいたIH電磁調理器のコーナーに向かって歩いていました。そして、IHコーナーにたどり着くとざっと見渡して、こともなげに私がさんざん迷った末買うのを見送った15800円の国内メーカーのをとりあげ、レジに向かったのです。

スジャータ君って、もしかしてお金持ち!?少なくとも私なんかよりは確実に・・・

そういえば金持ちほどケチだって話は、よく聞くし。ホームレスの人が亡くなったら、預金通帳に数千万円はいってたというエピソードがしばらく前にあったんじゃないでしょうか?
彼もそのくち???

買ったばかりの安いIHクッキング・ヒーターを抱きながら、私は仙台駅前の通りをよろよろと歩いて例のカフェにたどりつきました。そして170円のブレンド・コーヒーで、なんとか心を落ち着かせたのでした。スジャータ君は買い物の後そのまま家に帰ったらしく、その日はカフェには現れませんでした。

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2011年5月17日 (火)

ミルク ~風変りな人々・15(前)

20110517_milk コーヒーに入れるミルクとかを小さなパックにした、スーパーなんかではポーションといって売ってるやつ。あれって正式名称なんていうんでしょう。やはりポーションでいいんでしょうか?
私はどの製品でもうっかりスジャータと言ってしまいます。電子オルガンをついエレクトーンと呼んでしまうのと一緒で、ほんとはダメなんですけど、なんかつい…

で、自宅でコーヒーを飲むときは普通の牛乳をいれますが、喫茶店ではもちろんポーションのミルクを使います。

一、二年前のある日のことなんですが、私はいつものように仙台市内の170円カフェで原稿の推敲をしていました。
するとある人がミルクをいっぱい――そう、8個ぐらいでしょうか、取っているのが目の端にうつりました。そこはミルクも砂糖も水も全部セルフサービスで、客が台の上から勝手に取っていくシステムなのです。

その人は男性で、背が高く痩せ型、年齢不詳で30代といわれればそう見えなくもないし、50代と言われればそうかなとも思います。まあ40代ぐらいとしておきましょうか、とりあえず。

で、「そんな、ミルクを7個も8個も入れるなんて、少しおかしいんじゃないの?だったら最初からカフェ・オーレ頼めばいいのに」と私は思いました。(それって普通な反応ですよね?)

でも次の瞬間ひらめいたものがありました。そうかカフェ・オーレは210円。こいつはカフェ・オーレを飲みたいにもかかわらず、40円節約したくて代わりにブレンド・コーヒー+スジャータ8個を入れようとしてるんだと。(そこの店で使ってるのは実際はスジャータじゃなくて別の製品)
なんてケチくさいんでしょうか。そこまでして節約したいんだったら、最初から120円の缶コーヒーでも飲んでればいいのに。

――しかし、事態は私の想像を軽く超えていました。その人は持ってきたミルク・ポーションのうち1個だけをコーヒーに入れて、残りの7個をかばんのなかにしまってしまったのです。その人はしばらくしてトイレにたった後、こんどはやはり砂糖を7~8個持ってきて、かばんにしまいました。

ミルクはコーヒーか紅茶に入れるしか使い道がないと思うんですが、もしかして砂糖は料理に使うんでしょうか?これはすごい!私はある種感嘆しました。せこさもここまでくると「凄い」の領域ではないでしょうか。しかし感嘆と同時に私はある複雑な感情というか、疑問というかを彼に持たざるを得ませんでした。

 * * *

実は私はこの人とはそのカフェでよく出会っていたのです。出会うと行っても、たんに見かけるというだけで、顔見知りということではなく、もちろん話をしたこともありません。

ただこの人には非常に注目していたのです。

まず最初に私が彼に目をとめたのは、その色彩感覚でした。その人の服は絶対に私が容認できない色の組み合わせでコーディネイトされていたのです。(いや、コーディネイトされていなかったと言うべきか?)
例えば60年代後半のサイケデリックだったら、私の感性とはいかにかけ離れていても、それはそれで一つの特別な美意識につらぬかれているんだなというのは分かります。

彼の服装はとてつもなく地味で暗い色のものばかりなんですが、たとえば黒に近い紺と、黒に近い茶の組み合わせだったりするのです。
もちろん紺と茶のコーディネイトはありです。日本では昔から茶の袴に紺の羽織りという合わせかたはありましたし、その逆もありました。
私自身も茶と紺のリヴァーシブルのLANVINのブルゾンを持っていたことがあります。

でも両方共黒に近いのでは、組み合わせは不可能と言えるでしょう。なぜちゃんとした黒で全身を統一しないのか。――と、他人ごとながら私は思うのでした。

この人とはその店に行くと必ず出会うのですが、彼はいつも分厚い本を読んでいました。
そもそも「必ず出会うというのが」ちょっとおかしいのです。私は毎日のように仙台市内の170円カフェのVELOCEと200円カフェのDOUTORに行くのですが、顔を覚えられるのが嫌なので、仙台市中心部の数軒をローテーションで順番に回っています。どこかの店に行く曜日は決まってなくばらばらなので、必ず出会うということは、彼は毎日来てるんじゃないかと思います。
しかも私は時間も一定してないのに、午後に行けば必ずいるということは、相当長居してるんじゃないかと推測できます。

170円で毎日来てたら1ヶ月に5100円。――5100円あるんだったら、砂糖とミルクぐらい自分で買えよって最初の話になるんですが、それはともかく、彼はいつも分厚い本を読んでいました。

風変わりな人々に目がない私のセンサーはしきりと反応し、私はどうしてもその人がどんな本を読んでるのか見たくなりました。
彼がトイレにたったすきに、私はなにげに近くを通り過ぎるふりをして本を見ちゃいました。それは、ものすごく難しそうな哲学書でした。その時は日本人が書いた学術書的なものだったと思いますが、英語の本で辞書がテーブルの上においてある時もありました。あと宗教学っぽい本の時もあり、カントとかヘーゲルとか基本的な文献の時もありました。

いったいこの人は何ものなのか?

毎日喫茶店に来て、長時間哲学の本を読んでる人。大学の先生だったらそんな時間的余裕は取れないと思います。どの大学にも近い場所ではないし。在野の哲学者なんて、現代日本で存在しうるんでしょうか?

そんな疑問は頭の中に渦をまいたものの、本人に聞くわけにもいきません。結論がでずそのうち関心も薄れて来たところに、このミルク・ポーション事件です。

彼に対するアンテナがふたたび活動を始めたことはいうまでもありません。私は彼を心ひそかにスジャータ君と名づけ、観察を続けることにしました。
(続く)

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2011年5月16日 (月)

20110516 仙台市内を歩いていたら、酷い傷み方をした土蔵を発見。(といっても実は3月に発見していたんですが、写真だけ撮ってそのままにしていました。)この写真ではよく分からないかも知れませんが、この傷のところは内部までザックリと亀裂が入っています。こんなふうになるんですねぇ…

これは酒造会社の敷地だったところに建っている蔵なんですが、どういう用途で使われていた(いる)のかは分かりません。場所は青葉区で埋立地など、地盤の弱いところではないはずなんですが。それにしてもちょっとショッキングなありさまでした。

松島の瑞巌寺本堂などは、やはり白壁なんですが内部が柔らかく、揺れを吸収するように出来ているのだそうです。このため建てられてから400年の間、亀裂が入ることもなく建物の「健全性が保たれている」のだそうです。瑞巌寺のHPによれば白壁にヒビが入るなどの被害はあったとのことですが、本堂なのか庫裏(これも国宝)なのかは分かりません。本堂は現在は、まさに地震に備えて耐震工事をするため、解体中でした。

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2011年5月15日 (日)

ステテコが人気?

20110515 なんだそうです。
記事の内容は、どう読んでも衣料品メーカーの宣伝臭いので引用はタイトルだけにしますが、

百貨店でステテコが人気 クールビズ商戦今年は熱い

のだとか。汗をよく吸収するステテコなんかもでて、人気を呼んでいるのだそうです。

私はステテコなんてはいたことがないし、股引とかズボン下系統の下着ははかないので、よく理解出来ないのですが、なんでクールビズでステテコが人気なんでしょう?1枚余分に着てても、それが汗を吸収すれば、涼しくなるというものなんでしょうか?

それはそうと私はあと数年の命だと思うので、一生ステテコははかないことになる筈ですが、ただ以前から「どうしてステテコなんて変な名前がついたんだろう」と思ってました。

そこでさっそくWikipediaに。

>語源は1880年頃、初代(本当は3代目)三遊亭圓遊のステテコ踊りの際に着物の裾から見えていた下着であったためとする説と、着用時に下に履いた下着の丈が長く、裾から下が邪魔であったため裾から下を捨ててしまえでステテコと呼ばれるようになった説があるといわれている。

そうするとステテコという名前が登場する前に、ステテコ状の下着は存在してたわけですが、それはなんて呼ばれていたんでしょう。Wikiによれば明治時代に普及したらしいのですが。
股引は江戸時代が舞台の時代劇によく登場しますから、大昔からあったわけで(これもWikiからで、安土桃山時代にポルトガルから伝わったカルサオという衣服が原型なんだそう。)、股引の一種とみなされてたんでしょうか?

ということで今度はステテコ.comというサイトを見てみました。
ここでは三遊亭圓遊説だけが紹介されていて、圓遊がはいていたのは白い半股引とされています。

20110515sanyutei_enyu 三遊亭圓遊さんは右の写真の人。写真はWikiからで、パブリック・ドメインになってますが、ダウンロードされる場合は直接Wikiのページからお願いします。

>大きい鼻で知られており、「鼻の圓遊」ともよく呼ばれていた。寄席において、落語の後の余興として奇妙な踊りを披露して大人気を博した。大きな鼻をもいで捨てるような振付けから「ステテコ踊り」の異名を得、このために「ステテコの圓遊」の名で呼ばれるようになった。

確かにハナがご立派ですねえ。
でもってこの人の辞世の句は、

「散りぎわも 賑やかであれ 江戸の花(鼻)」

というのだそうです。なかなかじゃないでしょうか。

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2011年5月14日 (土)

様々なブランデンブルク協奏曲(4)~思い出の名盤・28

20110427 ブランデンブルク協奏曲第1番ヘ長調BWV1046 レオンハルト他(SEON)

グスタフ・レオンハルトを中心に、フランス・ブリュッヘン、アンナー・ビルスマ、クイケン兄弟など、当時――というのは70年代後半ですが――バロック演奏の最前線にいたオランダ・ベルギーの古楽演奏のスター総動員によるブランデンブルク協奏曲全曲のレコード。既存のレコード会社ではなく、SEONという新しいレーベルから発売されました。録音は76年から77年にかけて、アムステルダムとハーレムで行われています。

演奏スタイルはリヒターのような旧タイプではもちろんなく、コレギウム・アウレウムの折衷型でもなく、当時これこそが歴史的に正しい様式と考えられた古楽のスタイル。もちろん使われる楽器はバッハ時代のものかそのコピー。
まさに「これからはこれが『オーセンティック』なんです」と言わんばかりの押し出しで、発売と同時に批評でも絶賛されました。

2番ではバロック・チェロでビルスマとヴィーラント・クイケンが共演したり、古楽好き垂涎の企画だったと言えます。また5番のソロはレオンンハルト、ブリュッヘン、ジギスヴァルト・クイケンという当時でも大スター、もちろん今では大巨匠たちの共演。この曲はオケ部分も各パート一人で演奏され、おかげでジギスヴァルトとルシー・ファン・ダールの共演が楽しめたりもします。

私も発売と同時に買い求めました。
でも実はそんなに演奏に興味があったわけではないのです。私が興味をもったのは、これでした。
201105141_2

ブランデンブルク協奏曲全曲のバッハの自筆譜のファクシミリが、初回限定盤には付いていたのです。
LPジャケットの大きさですから約30cm×30cm、表紙を含まず86ページの堂々たるもので、発売時には「これだけでレコードの値段分ぐらいする」などと言われたものでした。

Tシャツのアイロン・プリントというのがありますが、一度この自筆譜のなかからどこかをアイロン・プリントにして、Tシャツ作ろうと思ったんですが、なんかあまり上手くいきませんでした。

ということでこのレコード、付録でおおいに楽しめたのですが、演奏はどうだったでしょうか。

実はあまり好きになれませんでした。演奏方法というか、スタイルの点はまあ置いておくにしても、妙に活き活きしてるのです。
イキイキ、結構じゃないかと思われるかも知れません。確かに結構なんです。ただ…

バッハの演奏は博物館におさめられたもののようにおとなしく、堅苦しく演奏してはいけない。もっとイキイキと、活気のある演奏でなければならないというのが、この人達のポリシーであろうかと思います。

たしかにそのように演奏されているのですが、でもなんていうんでしょう。ポリシーにのっとった活気。コンセプトにのっとった生き生きのように聞こえたのです。活き活きと演奏すべき音楽だから、イキイキと飛び跳ねて演奏してますみたいな。

何度かふれているアバドとモーツァルト管の演奏が、まさに今この場所で、この曲を演奏出来ることが嬉しくてたまらないと言わんばかりの「活き活き」なのと、ちょっと違う感じ。

ただこの6曲の中で、どうしてか判りませんが、1番だけはいたく気に入りました。
編成が大きくて、本当に皆で楽しく演奏してたのかも知れません。
あと楽器編成も多彩で、バロック・オーボエ、ナチュラル・ホルン、バロック・ファゴットなどの音が珍しかったというのもありそうです。

LPは手元にあるのですが聞けないし、CDで買い直してはいないので、今聴いたらまた異なる感想を持つかも知れません。名盤再認識になる可能性もありそうです。

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2011年5月13日 (金)

様々なブランデンブルク協奏曲(3)~思い出の名盤・27

 20110427ブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調BWV1050  カール・リヒター

すでにコメント欄で名前が出ているように、LP時代にカール・リヒターのバッハは一つの規範でした。マタイ受難曲を頂点とする数々の声楽曲はもちろん、このブランデンブルク協奏曲や管弦楽組曲などのオーケストラ曲、協奏曲も、リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団による演奏は、演奏水準の点でも様式的にももっとも秀でたものと考えられていたのです。オルガニスト・鍵盤楽器奏者でもある彼は、多くのオルガン曲やチェンバロ曲にも模範的な録音を残しました。当然バッハの曲のレコードはリヒターで揃えたいところです。

ところが・・・ところがですね。

高かったのです。私たち70年代の高校生・大学生にとって、リヒターが録音を行っていたアルヒーフ・レーベルは値段が少々お高かったのでした。アルヒーフはドイツ・グラモフォンの古楽レーベルなのですが、グラモフォン自体がカラヤンなど売れ筋のものは、当時は決して廉価盤(ヘリオドールというレーベルがあった)には落とさなかったし、ましてアルヒーフ・レーベルのものは余程のことがない限り、安売りはされなかったのです。

それでもさすがにマタイ受難曲や、ヘンデルの「ジュリオ・チェザレ」あとデッカからでたコーガンとのヴァイオリン・ソナタとかいくつかの録音は買いましたが、このブランデンブルク協奏曲は私は残念ながらパスせざるを得ませんでした。

なのに私にとっては、このリヒター盤が最もよく聞いたブランデンブルクなんです。
聞いた場所は「無伴奏」。ずっと前に小池真理子さんの小説にからめて思い出を書いた、あのバロック喫茶です。
ただの名曲喫茶ならまだしも、バロック喫茶でおまけに名前は無伴奏。当然バッハのレコードはどんな曲でも揃っていました。特にリヒターのアルヒーフ時代のレコードはたぶん全部あったんじゃないでしょうか。
(コレギウム・アウレウムのもまずここで聞きましたが、すぐ1500円だったかミドル・プライスに降りてきたので、こっちの方は買えたのでした。やがてこころおきなくCDが変えるようになった頃には、すでに時代はピリオドに入っていて、CDで集めたバッハはピノックとイングリッシュ・コンサートやムジカ・アンティクァ・ケルンのものでした。)

そんな訳で自分で所持していなかったにもかかわらず、思い出の名盤といえば、このリヒター盤を外すことはできません。特にフルートのニコレが好きだったので、5番はいまでも私にとって最高の演奏の一つです。

今回この原稿を書くために、あらためてCDで聞いてみました。とりあえず4~6盤を聞きましたが、立派な演奏であることは間違いありません。

まるで思いがけなかったのは、非常にドラマティックな演奏だということです。ブランデンブルクなのに、まるでマタイのようにドラマティックなのです。
完全に一つの様式で統一され、しかもそれが極限まで突き詰められているのですが、デュナーミクは幅広く、表情の変化は常に意外さを含んで聞き手の感情を揺さぶります。テンポが速い箇所は一糸乱れぬアンサンブルで盛り上がり、沈み込むところは深く深く沈潜する。

このような傾向は5番よりもむしろ4番、6番で顕著に見られます。5番は少し独奏者に花を持たせてるのかも知れません。(チェンバロはリヒター自身。なんか、すごいエネルギーを感じさせます。)

聞く前は、現代のピリオドの演奏家やアバド&モーツァルト管などのしなやかなフレージングの演奏になれると、もしかして硬く一本調子に聞こえるんじゃないだろうかなどという不安を持っていましたが、そんなことを思う余地は全くありませんでした。
一つのスタイルで突き詰めた演奏というのは、また別の基準でちゃんと聞けるものなのですね。これは私にとっては発見でした。

まあだからと言って「レコード芸術」誌のように、名盤投票でいまだにこのリヒター盤がブランデンブルク協奏曲の第1位というのは、いかがなものかとは思いますが。

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2011年5月12日 (木)

いろいろ

Photo 今日の仙台は午後から小雨が降り続き、街もなんとなく沈んだ雰囲気。

中心部の商店街をよく見ていくと、ところどころですが、閉店する店が目につきます。
たぶん復旧して営業を再開するのは無理と判断したのでしょう。
大手チェーン店などの支店に多いような気がしますが、地元の個人商店の中にも閉店する店があって、心が痛みます。

さて震災のため閉館していた宮城県図書館は、当初4月半ばの再開を予定していましたが、4月7日の余震で再び図書・資料が散乱。整理のやり直しになりました。この作業がようやく終わり、明日から開館する予定です。

今週のNHK FMは海外で行われた、東日本大震災のチャリティー・コンサートのシリーズで、今日はその4回目。
ケント・ナガノがモントリオール響と行ったコンサートのライヴで、曲目は、

①本居長世・作曲、野口雨情・作詞(ジャン・バティスト・バイントゥス編曲)/「赤い靴」
②シューベルト/交響曲第7番ロ短調D759「未完成」より第1楽章のみ
③日本古謡(ジャン・バティスト・バイントゥス編曲)/「さくら、さくら」
④山田耕筰・作曲、三木露風・作詞(ジャン・バティスト・バイントゥス編曲)/「赤とんぼ」

その後時間が余ったので、同じくケント・ナガノのモントリオール響の2010年のコンサートのなかから、ティル・フェルナーを独奏者に迎えて、
⑤ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第1番ハ長調Op15より第2、3楽章
⑥ブラームス/交響曲第2番ニ長調Op73

未完成の後に拍手は入ってなかったし、そもそも第1楽章だけ演奏というのも変だから、NHKが勝手に第2楽章をカットしたのでしょう。ネットの記事をさがしても未完成を演奏するとは書いてあるけれど、第1楽章だけとは書いてないし。(追記:ウラはとれてませんが第2楽章にかぶせて朗読が入ったという情報がありました。朗読の内容によりますが、だったらなおさらと言えるのではないでしょうか。)

それで後半はベートーヴェンの第1楽章をカット。いったいこれはなんなんだ!?

後半のコンサートは震災とは関係ない2010年のコンサートなので、ベートーヴェンの協奏曲の2,3楽章だけなんてありえません。演奏が良かっただけにもうガックリ。

普通に考えれば震災チャリティ・コンサートを全部放送して、あとはブラームスと時間があまればCDで短い曲。フェルナーのベートーヴェンは今日はやらないで後日放送となると思うのですが、いったいどういう感覚の人が、こんな番組編成をやるんでしょう?なげやりなんでしょうか?

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2011年5月11日 (水)

震災から2カ月

2011051122ヶ月先がありうるなんて、あの時はいったい誰が思ったでしょう。震災からはや2ヶ月がたちました。
NHKの全国ニュースは「震災から2ヶ月 各地で祈り」、宮城ローカルは「海へ思いを」。いまだ行方不明の息子をさがす父親の姿なども・・・
警察庁のまとめでは震災による死者と行方不明者は、これまでに合わせて2万4834人となるそうです。

一方で、仙台中心部の市街地は完全に震災前にもどったと言って良いでしょう。交通関係も不通になっていたJR石巻線の前谷地―石巻間が来週19日には復旧する予定です。(その先の石巻―女川間はメドがたってないようです。)

そして気になる余震、M8とか10mの津波とか警告されてますが、いつくるのでしょうか。やはり天災は忘れた頃でしょうか?

20110511_2 津波も不安ですが、3月、4月と2度の震度6強で傷めつけられたビル・マンション等も心配です。
右の写真は私の家の近くにあるマンションですが(近くといってもバス停で4つか5つぐらい離れてるので、すごく近所というわけではない)、パッと見にも傷みが激しく、市からは『要注意』の建物に指定されています。

このマンションは建ってから36~7年たつ相当に古いマンションではあるのですが、ちょっと損傷がひどすぎるような気がします。
同じ宮城野区内の築40年近いマンションでも、ここまでダメージを受けているのは少ないように思います。

このマンションはツイン・マンションで、2棟が並んで立っています。写真で見てる建物の裏に、もう一棟あるのです。ところが裏の方のマンションは、少なくとも外から見ただけでは傷んでるようには見えません。市の『要注意』の張り紙も無いので、それほどダメージはなかったのだと思います。

隣り合ったマンションで、築年数も建設会社も同じ、建設コストも同じだったはずの建物なのに、なぜこんなに違いが出たのでしょうか?

素人考えですが、建物の構造が問題だったのではと思います。ご覧のように要注意の建物は、中央で角度がついて折れ曲がった形になっています。これに対して裏の建物はたんなる長方形なのです。

20110511_1 曲がっていることによっていわば2つの建物が、押し合うような力の働きになって、相互に思いがけない歪を生じさせるような力が働いたのではないかと思います。
ここいらへんを行政できちんと解明してくれないものでしょうか。これからマンションを購入しようという人にとっては、そういうのは重要な情報になるとおもうのです。

重要といえば、大手のディベロッパー、建設会社は独自に仙台市内の高層マンションの損傷や揺れ具合の調査をやってるものと想像されますが、その調査結果は公表してくれないのでしょうか?どの階が揺れが激しいとか下手にあからさまにすると今後の売上にひびくということはあるんでしょうけれど、やはり公表して欲しいと思います。特に免震マンションと制震マンションでは、どっちがどうだったとかすごく興味があります。

※ 一番上の震災時の石巻港の写真は、Wikipediaからのものです。パブリック・ドメインになっていますが、再利用される方はWikiのページから直接ダウンロードして下さい。

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2011年5月10日 (火)

オペラのあらすじ・1~「オベルト、サン・ボニファーチョ伯爵」

20110510 この全く有名でないオペラは、それでもちょっと詳しい音楽の解説書だと必ず出てくる名前です。というのもジュゼッペ・ヴェルディのオペラ第1作なのです。原題はOberto Conte di San Bonifacio、順序逆にして「サン・ボニファーチョ伯爵オベルト」という日本語題名になってる場合もあります。

「椿姫」や「アイーダ」など、他のヴェルディの有名作だと何十種類という録音がありますが、この「オベルト」はメジャーどころで3種類のCDしかありません。しかも今は全部廃盤です。もちろん上演されるチャンスもめったにありません。

ところが実はこのオペラ、その無名っぷりにもかかわらず、大変に面白いのです。登場人物の性格は後のヴェルディ作品のような深みに欠けますし、魅力的な旋律に不足するのは否めませんが、若書きではあっても決して習作レベルのものではありません。

幸い2007年にスペインのビルバオで上演されたライヴが、DVDになっています。私はまだ見ていませんが、アブドラザコフやイヴリン・ヘルリツィウスなど有名歌手が出演して評判もいいようですので、作品見直しのきっかけになるかも知れません。

開幕前

ストーリーはかいつまんで言うと、伯爵オベルトの娘レオノーラが自分を捨てて他の女と結婚する男に復讐を誓い、父親を巻き込んでしまうというもの。父オベルトはその男に決闘を挑むのですが、逆に殺されてしまいます。ラストに父親の亡骸の前で悲嘆にくれるレオノーラの華麗なアリアが聞きものです。

現代の感覚だと悲嘆にくれてるのに華麗なってなんなんだとか、話がシンプルすぎてドラマになるのかとか、突込みどころがやたらありそうですが、この時代(初演は1839年)のイタリア・オペラってなぜかどれもこんな感じなのでした。

この作品の場合、オペラで描かれる以前の話、いわゆる前史があります。

時代は13世紀。この世紀イタリアは激動の時代でした。(といってもイタリア史を見ていると古代ローマ以降、激動の時代じゃない時代なんかあるのかという感じですが…)
文化的にはダンテが生まれたのがこの世紀であり、まさにルネサンス前夜と言えます。
Photo_2 政治的にはイタリアは統一国家にはなっておらず、特に北イタリアはいくつもの独立した都市国家が乱立していました。(⇒クリックで大きく)

それらの都市国家は、互いに争うこともあり、またドイツの介入に対して同盟を組んで抵抗したりということもありました。そしてその都市国家の内部でも大きな争いがあったのです。

世界史で習うので覚えている方が多いと思いますが、当時のイタリアでは市民が教皇派(グエルフィ)と皇帝派(ギベリーニ)に別れて対立していたのです。ヴェローナも同様で、この敵対する2派による争いが絶えませんでした。ヴェローナが舞台の「ロミオとジュリエット」は、この2派の争いを背景にしています。
ヴェローナにおけるこの内紛に終止符をうったのがエッツェリーノ・ダ・ロマーノで、エッツェリーノはヴェローナの支配権を手に入れます。エッツェリーノは熱烈な皇帝派で、ヴェローナの他ヴィチェンツァとパドヴァも支配し、ミラノとの戦いに敗れて亡くなるまで、これらの都市の独裁的支配者として君臨します。▼ここまでは史実。この先はフィクション

このエッツェリーノがヴェローナの領主となる過程で、サン・ボニファーチョ伯爵オベルトとの争いがありました。(サン・ボニファーチョはヴェローナ近郊に実在する地名です。)戦いはエッツェリーノが勝ち、オベルトは追放されます。

エッツェリーノは自分の妹を、オベルトとの戦いで功あったサリングエラ伯爵リッカルドと結婚させようとし、リッカルドもその話を受諾します。
ところがリッカルドには結婚を密かに約束した女性がいたのでした。それがオベルトの娘レオノーラ。追放されたオベルトはマントヴァに逃げたのですが、レオノーラは父親と離れヴェローナの親戚のもとに残っていました。リッカルドはわざわざ身分を隠してまで彼女に近寄り誘惑。にもかかわらず、政略結婚の話が出るとあっさりそっちに乗り換えてしまったのです。

ところがレオノーラはそのままメソメソ泣いて、やり棄てられているようなヤワな女ではありませんでした。復讐に燃えた彼女は、結婚式が行われるエッツェリーノの城まで乗り込んでいくことにしたのです。ここからオペラは始まります。

第1幕

序曲の後、幕が開くとこの時代のオペラのお約束で開幕の合唱。そしてテノールのアリアなどがあった後、レオノーラと父オベルト伯爵が偶然に(かな?)城の前で出会います。追放されマントヴァに逃げていたオベルトは、こちらも復讐の念にかられ密かに城にやってきたのです。オベルトは一度は娘の過ちを責めますが、二人でリッカルドに復讐しようと決意を新たにします。

ここで歌われるレオノーラのアリア(カヴァティーナ)は、かなり技巧的なもので、さらに続くレオノーラとオベルトの二重唱も美しく迫力があり、とても処女作とは思えない聞かせる場面が続きます。

リッカルドと婚約者クニーザの、これも美しい二重唱の後、レオノーラは城に入り込み、クニーザと会って、リッカルドの不実をばらしてしまいます。クニーザは優しい娘で、驚くもののレオノーラに同情。オベルトを隣室に匿ったうえで皆を呼び、リッカルドの裏切りを明らかにします。リッカルドとオベルトは決闘することになり2幕に続きます。このフィナーレも聴き応え充分です。

幕間

暗く悲劇的な役であるオベルトはバス歌手によって歌われます。オベルトはタイトルロールであり、彼を中心にドラマは進んでいくのですが、アリアは2幕にひとつだけです。

つまりこの役はこの後、ヴェルディがナブッコ、マクベス、リゴレット、シモン・ボッカネグラと展開していくことになる、男性低声歌手がタイトルロールにして、かつドラマの要となるというパターンの原型であるとみなすことが出来ます。

一方、音楽上の主役はソプラノのレオノーラにあります。レオノーラは激しい感情を表現し、かつコロラトゥーラの技術も必要というかなりの難役です。このような役はドランマティコ・ダジリタと呼ばれる声質、つまりマリア・カラスのような歌手にぴったりの役と言えます。

優しいクニーザはレオノーラよりもっと低い声域があてられ、主にメゾ・ソプラノによって歌われます。そしてリッカルドはテノール。このパターンはまるでベッリーニの「ノルマ」そのものです。

つまりこの作品は先輩のやり方をそのまま踏襲する部分を残しながら、同時にこの後ヴェルディが追求していく表現の萌芽もふくんでいるともみなせます。まさに処女作にふさわしいと言えるのでしょう。これ以前に書いた習作はすべて破棄してしまったヴェルディが、この作品を第1作として残したことは、十分に頷けるのです。

第2幕

優しいクニーザは婚約者リッカルドを諦めレオノーラのもとへ戻そうとします。ここで歌われるクニーザのアリアは、技巧的にも難しいものようです。

続いてオベルトが復讐のアリアを歌います。
決闘になりそうなオベルトとリッカルドですが、クニーザとレオノーラが止めに入ったため、一度は決闘を中止します。しかしオベルトの目の中の憤怒の色は決して消えてはいません。――ここは勿論このオペラの主役4人による四重唱で展開されます。

二人はひそかに森の中で決闘を再開します。そしてオベルトはリッカルドに殺されてしまうのです。
地に染まった剣を持って現れたリッカルドが美しいロマンツァを歌います。

父の亡骸の前で、自分が父親を殺したも同然と後悔するレオノーラ。そこにリッカルドから贖罪のために遠くへ旅立つという手紙が届きます。すべての希望をなくし嘆くレオノーラ。この最後の場面はベルカント・オペラのアリア・フィナーレに相当するもので、レオノーラは激しい感情を吐露しつつ、跳躍の多い難しい歌を披露しなければなりません。レオノーラ役に人を得れば相当盛り上がりそうです。

カーテンコール

始めの方で述べたとおり、メイジャーなレーベルのCDは3種類にとどまります。
●一つはガルデッリが指揮してディミトローヴァやベルゴンツィ、パネライ、バルダーニが歌ったOrfeo盤。 ●マリナーの指揮でグレギーナ、ウルマーナ、レイミーらによるフィリップス盤。 ●アンヘレス・グリンとヴィオリカ・コルテーズ、サイモン・エステスらによるペシュコ指揮のWarner Fonit盤。

ガルデッリ盤は昔聴いて非常に強い印象を受けました。細部はもう忘れましたが、この顔ぶれなら今聴いてもきっと良いはずです。
マリナー盤は聞いたことがありませんが、期待できる歌手陣です。これは補遺としてヴェルディが作曲したものの削除した部分や、あとから再演のために追加した部分なども含んでいるようです。
ペシュコ盤は録音のほとんどないアンヘレス・グリンがレオノーラを歌っているのが注目されます。この人はとにかく声量が凄いことで知られていて、ここでも盛んな拍手を受けています。ただ録音だとちょっと魅力が伝わりづらいみたいです。

冒頭の方で述べたDVDはイヴ・アベル指揮でビルバオ歌劇場のライヴ。

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2011年5月 9日 (月)

中部電力、受け入れを正式に表明

20110507 中部電力の水野明久社長は9日夕、名古屋市の本店で記者会見し、菅首相が要請していた浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の全原子炉の運転停止について、「首相からの要請は極めて重い」として、受け入れる方針を正式に表明した。
読売新聞

これに対して経団連の米倉会長は、

9日の記者会見で、菅首相が中部電力の浜岡原子力発電所の運転停止を要請したことについて、「思考の過程がブラックボックスだ。政治の態度を疑う」と述べ、政府での検討過程を明らかにしないまま停止を要請したことを「政治的なパフォーマンスだ」と批判した。
読売新聞

米倉会長といえば最近では東京電力の免責を主張して、政府を激しく批判しています。それもちょっと変だったのですが、今回の批判も少し難解な部分があります。

少なくともこの記事では首相の態度を批判はしても、停止要請自体をどう受け止めているのかは分からないわけですが、この方はそれはどう思ってるんでしょう?
たとえ地震の震源域にあっても決して産業のためには停止してはならず、万に一つ福島の二の舞になってもその時はその時と主張するのでしょうか?それならそれでちゃんとその旨を表明して欲しいと思います。

そこはあいまいにして態度だけ非難して、批判的雰囲気を形成しようとするのは、姑息であるように感じられます。そもそもこれほど重大なことをパフォーマンスのためにやってると考えるのも変だし(そのためだけにやってるとは主張していないが)。

これは少し前のインタビューですが、東電の賠償問題に関しても、

「東電の賠償問題は政府が責任をもって賠償しますと言うべきだ。腰が引けている。国民感情が原子力損害賠償法の適用を許さないなどと行政が判断するのは間違っている。行政が法を曲げて解釈するのは言語道断だ。法治国家にもとる行為で、許してはならない」
現代ビジネス

この発言に対する批判は、引用したサイトに続けて載ってますので、私が繰り返す必要はないと思いますが、「腰が引けている」ってのに、なんか笑っちゃいました。腰が引けてるって『本当はそうすべきだし、そうやりたいんだけど、勇気がなくて出来ません』的な状況で使うと思うのですが。本当はそうすべきだなんて東電社員と株主以外は誰も思わないし、そうやりたいとも誰も思わないと思うのですが。

まさか思いがけず経団連の会長になれてはしゃいでるんでしょうか…

※ 浜岡原発の写真は Wikipedia からのものです。この画像を再利用したい方は、Wikiの然るべきページから利用許諾を遵守した上で、直接ダウンロードしてください。 

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2011年5月 8日 (日)

えっ、声の日!?~ニュースの落穂ひろい Watch What Happens

20110508 きょうの宮城県地方は、晴れて気温も上がり久々に初夏の陽気かと思いきや、午前中にはこの青空の中ものすごい雷。さらにとんでもない強風で竜巻発生の注意報まで出る始末。

ニュースになってないので、竜巻はおきなかったんだろうと思いますが、なんだかこのところ日本でも竜巻が発生するケースが増えていますね。
実は私は子供の頃、アメリカで頻繁に起きているらしい竜巻というものに、ひそかに憧れを持っていました。「竜巻だ―!」というと家の地下室にかくれたり、逃げ遅れた犬を連れに地下室から出て探しに行ったり、その途端家ごと竜巻に巻かれてどっかにもってかれたり、なんだかワクワク感が半端じゃなかったような。

竜巻とともにもうひとつの憧れだった「雪が積もって家の2階から出入り」というのも、宮城県では起こりえないことで、子供時代はこのおだやかな自然の宮城という地に若干の不満すら持っていたような気がします。そう、ほんとうにおだやかな土地柄だったんです…

20110508_2 ま、感傷はともかく。この強風のためJRは大幅に乱れ、特に東北線・常磐線の仙台以南は午後4時台まで、運休などが相次ぎました。JR東北線は現在(午後11時)も黒磯ー福島間で列車の遅れが続いているようです。(写真は仙台市宮城野区のJR東北線の踏切) 

今年から「声の日」と制定されることが決定した5月8日、渋谷のCafe&Dining&Bar CANTIKで「モテ声カフェ」オープニングセレモニーが行われ、渋い声の俳優、江守徹、中尾彬の両名が登場。「モテ声カフェ」1日店長の座をかけて、モテ声対決を行った。
(中略)
低音で心地よい響きを持つ二人だが、その声をキープする秘訣(ひけつ)として江守は「声に大事なのは潤い。乾燥しないようにして風邪をひかないようにしないと。もちろん心も乾燥しないように。それと比較的、生肉を食べるということかな。まあ、最近は食べてないんだけどね」とコメント。
シネマトゥデイ

きょうは声の日だったんですね。でも何故に?
>今年から「声の日」と制定されることが決定した5月8日
っていったい誰が設定したんでしょうか?Webで調べたけど分かりませんでした。しかもなぜ5月8日なんでしょう?ヨナ抜き音階の5にオクターヴの8とか?

ま、それはともかく私が気になったのは、江守さんのこの一言、

>もちろん心も乾燥しないように。

江守さんってこんなポエムを挟んでくるような人でしたっけ?生肉の話で時事ネタにからめるのは、まあアリとしてもですね。
私は左脳がやられて以来、やけに涙もろくなったりしてるんですが、江守さんも性格かわったのかしらん?

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2011年5月 7日 (土)

Nuclear and Present Danger

慎重に検討していると言えば、
スピード感が足りないと言う。

即断即決と言えば、
党内のコンセンサスがないと言う。

マスコミでしょうか?
いいえ、小沢派。

てな心境であろうと想像される菅首相の浜岡原発停止要請に対して、中部電力はきょう臨時の取締役会を開いて対応を協議しました。しかし結論は出ず議論は持ち越しとなりました。

20110507 この政府要請について昨日の夜9時のNHKで、大越キャスターは全体のヴィジョンを示さず単独の原発だけ停止することに対する批判を述べていたような感じがしましたが(あまりに話の内容がグダグダしてたので、ちゃんと汲み取れなかった)、もちろんこのような批判は筋違いです。

つねづね日本の政治家はグランド・デザインを描けないと言われ続けてきたわけで、対症療法に終始する政治を批判したくなるのは、一般論としてなら分からなくもありませんが、今回のケースでは明らかに《頓珍漢》というべきでしょう。

国策として進めてきた原子力政策をどうするか、インフラの輸出を国として推進する方針を修正するのかどうか、そのような全体のヴィジョンは極めて重要なことであり、それこそ国会で十分に審議をつくすべきでしょう。たまたま今この時期に総理大臣を務めているからと言って、首相があっさり決めて良いというものではありません。

それに対して浜岡原発は、今そこにある危機です。地震や津波はいまこの瞬間にも起きるかも知れません。本来なら取締役会がぐずぐず、じゃなかった悠長に話し合いなどしている余裕は無いはずです。

いずれ中部電力も要請を受諾するものと思われますが、この夏から秋にかけてどの程度の電力需要があり、国民と電力会社、そして産業界はそれにどう対処することになるのか。これは原発全廃が可能なのかどうかの、いわば予備実験として注目されるのではないでしょうか。

※ 浜岡原発の写真は Wikipedia からのものです。この画像を再利用したい方は、Wikiの然るべきページから利用許諾を遵守した上で、直接ダウンロードしてください。 

ブロードウェイ・ミュージカル「ウエスト・サイド物語」(映画「ウエスト・サイド物語」の原作)の台本を書いたことで知られる、劇作家アーサー・ローレンツが亡くなったそうです。死因は肺炎の合併症で、享年93歳でした。

ローレンツが台本を担当した舞台ミュージカルには、「ウエスト・サイド」の他に、これもナタリー・ウッド主演で映画化された「ジプシー」もあります。

またローレンツは映画の脚本家としても有名で、ヒッチコックの「ロープ」やイングリッド・バーグマンの「追想」、自身の学生時代の体験をもとにしたと言われるバーブラ&レッドフォードの「追憶」などの作品があります。77年の「愛と喝采の日々」ではアカデミー脚本賞にもノミネートされました。

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2011年5月 6日 (金)

オペラのあらすじ・序

Photo オペラの国内盤CDには、たいがい大部の解説書がついてきて、そこには(1)作曲家について、(2)作品成立の経緯、(3)あらすじ、(4)聴きどころの音楽の解説、(5)演奏家の略歴、そして(6)歌詞の日本語訳などが含まれています。

しかし(1)と(2)は内容に重複が多かったりしますし、(3)と(4)も同じことが2回書かれていたりします。(3)と(6)が重複するのはある程度仕方ないにしても、なんとなくウザったい感じは否めません。

しかもその「あらすじ」は、ほとんどオペラをよく知っている人に向けて書かれているのが普通で、全くオペラを知らない初心者が読んだら、音楽を聞く前にたじろいでしまうような気がします。

例えば今ここにボイートの歌劇「メフィストーフェレ」のテバルディ盤があるのですが、あらすじは楽曲解説と一緒になっていて、こんなふうに始まります

天上の人々の清らかな合唱が聞こえてくる。突然メフィストーフェレが雲間から現れ人間のくだらなさを嘆き、「悪に誘い込む気にもなれない」という。

結構イッちゃってる感じじゃないでしょうか。
《ヨーロッパ旅行ではじめてオペラを見ることになりました。「メフィストーフェレ」という知らない人の作品なんだけど、あらかじめ予習しておきたいと思います》的な人が読んだら、相当ダメージを受けそうな気がします。そもそも天上の人々って誰だ。鼠小僧か?(<それは天井の人)
続いてあらすじは、

神が僕ファウストの名をあげると、「その男でさえ誘惑するのは簡単」と神と賭けをする。天上の人々の壮大な合唱が再び聞こえ、豪壮なプロローグを閉じる。

僕ファウストって、これは一人称の文章だったのか?などと思ってはいけません。よく読むとそこにはちゃんと「しもべ」とフリガナがありました。
LP時代と違っていまは初心者はCDなんか買わずにDVDを買うでしょうし、あらすじを知りたかったらWebに頼るから、CDはこれでも良いのかも知れませんが。

ということでインターネットの世界を少々旅してみましたが、もう玄人はだしの詳細に作曲経緯を述べてあるサイトから(ほぼ確実にあらすじに行くまでにくじけそう)、簡単にまとめてあるのはいいんだけど、簡単すぎてストーリーは分かっても、鑑賞のガイドにはなりそうもないのまで。わりとその中間ぐらいのバランスのものがないのです。

映画の台本でも小説でもシノプシスをまとめるというのは、結構難しいものですが、オペラの場合はこれに音楽がつくのでなおさら大変なのかも知れません。
ストーリーはストーリーで本当に話の筋だけ書いてあるのが多いのですが、でも「ここで、このオペラの中で最も有名なアリア《ナントカカントカ》を歌う」とかの解説もあらすじの中に入ってないと、結局CDの解説書と同じで、楽曲解説とあらすじと2項目読まなければなりません。

初心者のためのガイドとして作るのであれば、あらすじだけでなく作品解説も織り込みながら、一つの読み物として構成していくのが一番親切なような気がします。
オペラの中にはある程度の歴史的背景を知っておいた方が良い作品もありますし(「ドン・カルロ」)、逆にコスチューム・プレイなのに歴史的背景などは関係ない作品もあります(「アイーダ」)。オペラが始まる前のいわゆる前史を知っておきたい作品もあれば(「オテロ」)、予備知識ゼロで楽しめる作品もあります(「ボエーム」)。

ケース・バイ・ケースでいくべきなのに、CDの解説書のように型にはめてしまうと、ちょっと読んでてしんどくなるのかも。オペラの舞台を見るために最も重要なポイントというか解説を、あらすじのなかに縦横に織り交ぜながら語っていく、そんな簡便なお役立ち読み物サイトがあると便利かなと思うのです。

一つの「読み物」として成立させることが、私に可能かどうかわかりませんが、たたき台的にオペラのあらすじを書く試みをしてみようと思います。

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2011年5月 5日 (木)

続・佐藤優から池上彰へ

20110505_x なぜ現代の日本人は解説を必要としてるのでしょうか?

昨日書いたように、(1)世の中が複雑化してるからというのはあると思います。
江戸時代なら百姓は農業のことだけ知ってれば事足りました。今は農業のことだけに限っても、化学肥料のこと、ハイテク化された農機具のこと、農協の組織のこと、さらに農政やらなにやら知らないといけないのに、あわせてそれ以外の政治のことやら金融のことやら、あらゆる方面の知識がないと世の中についていけません。そしてそれら色んなことが複雑にからみ合い、ものごとが単純には進んでいかないのが現代です。

それから(2)普通の人には理解出来ない難解な事柄が多くなっているというのも、アリだと思います。ある日突然マイクロ・シーベルトだの半減期だのという言葉が出てきて、しかもそれを知らなければ自分の身を守れないわけですから、困ってしまいます。否応なく解説を必要とすることになるのでしょう。

もちろんもう一つ「解説」には、自分で調べなくて済むというメリットがあります。自分で資料をあさって調べるのは、時間的にも大変だし、わからない単語を調べてたらそこにまた分からない単語が出てきたりして、すぐに限界に突き当たりそうです。それが特にテレビ番組だと、自分はなんの努力もしないで、どんな難解なこともすぐに判っちゃうのです。(しかも佐藤優さんなり池上さんなりと同等の知識を蓄えようと思ったら、何十年も特別な体験をつまなければなりません。それもまず外務省とかNHKとか超難関の就職先に受かって。)

でもどうも上記のような理由だけではないような気がするのです。それだけだったら今に始まったことではなく、おそらく1970年代ぐらいからずっと続いてる、日本社会の特長ではないでしょうか?

いったいなぜなのか?そこでまず「”現代の日本人は解説を必要”」でググッてみました。すぐにWebに頼りたがるのは現代人の悪しき特徴だと思いますが、私は悪しき現代人なので仕方ありません。

残念ながら結果は《 ”現代の日本人は解説を必要”との一致はありません。》でした。そんな時は類似の語句での、検索結果が出ますが、最初に載っていたのは、
現代の日本人に必要な青汁
でした。うむむ・・・誰も解説してくれないのなら、やむをえず自分で考えなければなりません。

現代の日本を何かと比べる時には、2つの座標軸がありえます。一つは過去の日本との比較。もうひとつは日本以外の国との比較です。

前者だとイデオロギーの喪失というのがあります。まず20年前のソ連の解体に伴う左翼の崩壊があり、その後若者の極右化に伴う既成右翼の存在感喪失というのもありました。国会も同じ党がいくつかのグループに分かれてるだけです。(民主党は劣化自民党に過ぎず、公明党は自民党の創価学会支部。その他の野党は無視できる議席数しか持っていません。)もう少し違う方向に目を向ければ、オバマ大統領の方針に顕著に現れてるように、環境保護が原発推進とセットにされている方向性なども、イデオロギーの韜晦といえるように思います。

そして後者で言えば、もっとも違うのは宗教でしょう。日本人が無宗教であるというと狂ったように(失礼!)反論してくる人がいますが、私は日本人は基本的に無宗教だと思います。初詣やお墓参りに心の安定を求める人は多いですが、それを宗教とは呼べないでしょう。

なぜ日本人は解説を求めるのでしょうか?無条件で頼れるイデオロギーも宗教も持たない現代日本人にとって、自分の行動の基準は自分自身で作らなければなりません。もちろん道徳や倫理というものはあります。しかし道徳は時代によって変化しますし、最低限の倫理というのは守るのが当然で、生きる指針というほどのこともないでしょう。

行動の基準はどうやって作ればいいのか。そのためには世の中のあらゆる事象を、正確に理解し、認識しなければなりません。今や米の作り方だけ分かっていれば、まっとうに生きていけるという時代ではないのです。

しかも時代の変化はめまぐるしく、自分ですべてを勉強しようとしてたら、時間がいくらあっても足りません。そこで・・・解説です。それも広くすべてのジャンルをカヴァーし、何ものにもとらわれないニュートラルな立場での。
「解説」こそは日本人が(思想だの宗教だの)おしきせの権威に頼らず、自らを自らで律して生きていく、その生き方の指針を形成するために最も欠かせない要素なのです。

――なんて考えてみましたが、書きだす前はこんな結論になるなんて、夢にも思いませんでした・・・。

写真:仙台市宮城野区の工事中の道路から広瀬通方向を望む

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2011年5月 4日 (水)

佐藤優から池上彰へ

20110504 本屋さんに入ると私は、目的の本をさがす前にまず最初に音楽雑誌、次にパソコン雑誌のコーナーに、ついつい向かってしまうんですが、そういう人って(ジャンルはともかく)結構多いんじゃないでしょうか?

まあ「最初にどこに向かうか」でアンケートをとったら、音楽やパソコンはたぶん少数派で、多いのは(1)週刊誌(2)ベストセラー・コーナー かなという気がします。なぜなら書店の配置をみると、どこでもその2つが一番買いやすそうな場所にあるので。

売り上げ的には相当な割合を占めてるであろうコミックが、大概の店で奥に追いやられてるのは、立ち読みの客が邪魔なのと、万引き対策かも知れません。

それはともかく書店の配置ってどこもみな似ていて、よく言われることですが書店のレイアウトを見ると、今の売れ筋および出版界がいま一番プッシュしてるものがわかります。店に入って一番目に付く台に平積みにしておいてある物。これが言うまでもなくベスト・セラー&ロング・セラーズです。

特にノン・フィクションはロング・セラーのものが平積みにされる傾向が顕著な気がします。フィクションだと直木賞や芥川賞が発表された後や、話題の映画が公開された後などは、売れてる売れてないにかかわらずその関係が目に付きます。もちろんノン・フィクションの場合も、売れそうな新刊は平積みですが、それに混じってロング・セラーの本、人気の論客の作品は平台の大きなパーセンテージを占めているようです。

1~2年前ならそこには佐藤優氏の著書が並んでいました。もちろんいまも佐藤氏の本は平積み扱いですが、でも今一番良い場所を占めているのは池上彰さんの本です。それも何種類も。

この2人は一見なんの関係もないようですが、実は2人の本は全く同じ特徴を持っているとも見ることが出来ます。その特徴とは「解説」です。

池上さんは言うまでもありません。テレビでもおなじみです。
いまや日本を代表する必殺解説人。

佐藤氏の場合は、一見彼のイデオロギーを主張するための著作のようですが、果たしてそこに共感した人だけに読まれているのでしょうか?
どうも違うような気がします。そこに書いてあるのは外交関係の解説、特に我々一般人には知るべくもないことの情報と解説なのです。

それは非常に興味深いもので、私自身佐藤氏のイデオロギーがどういうものなのかすら、よく把握出来てないのですが、情報・解説部分を読みたくて読んでいます。

佐藤氏の場合情報を素のまま読者の前に放り出すことをせずに、それがどのような意味を持つのか、懇切丁寧に述べてあります。したがってあまり政治、なかんづく国際関係などには詳しくない読者でも、なんだか読めば判ったような気になるのです。そういえば世界の宗教について解説した著作もあって、これは完全な解説本です。

もちろん佐藤氏と池上さんとでは、凄く違う部分もあります。イデオロギーに関しても、池上さん自体は何か思想をお持ちかも知れませんが、それは外には出さずにニュートラルな姿勢で解説に徹してます。
とりあげるジャンルも政治・外交中心で難しい話題が多い佐藤氏と、オールマイティだけどテレビ記者らしく、敢えて踏み込みは浅くしている池上さんという違いがあります。文章の語り口も、硬軟の極端な違いがありますし、ルックスも こわもて親父 と 草食系おじさん で、相当違います(佐藤氏、池上さんと書いてるのはもちろん意識してのことです)。テレビに出る人、出ない人という違いもあります。

しかし読者が彼らに求める物、それは共通して「解説」でしょう、きっと。アンケートをとったわけではありませんが。テレビのみならず出版界においても、今の日本では「解説」が求められているんだと思います。

佐藤優から池上彰への変化は、より広範囲のジャンルを、よりニュートラルな解説をという、読者の(日本人の)嗜好が多少の変化を見せたに過ぎません。

――などと考えてみました。

そこで佐藤優氏と池上彰氏に接点はあるのかと、調べてみたら、2007年7月の記事ですがこんなのが。前回の東京都知事選の立候補者の話で、

ある出版関係者いわく「佐藤優さん(作家、元外務省主任分析官)が、私なら池上さんがふさわしいと言っていた」(東スポWeb)

ふう~む。これが本当なら、お2人に接点はあるんですね。

問題はなぜ解説が必要なのかなんですが、なぜなんでしょう?
単に世の中が複雑化してるからとか、普通の人には理解出来ない難解な事柄が多くなってるからとかだけなのでしょうか?

もちろんそれらは理由の大きな部分だとは思うのですが、なんとなくそれだけではないような気もするのです、いますぐには思いつかないのですが。

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2011年5月 3日 (火)

せんだいメディアテーク

20110503_1 震災で最上階の7階の天井が崩落するなど、大きな被害を受けた「せんだいメディアテーク」と、同館内にある仙台市の市民図書館が、きょう再開しました。

メディアテークは図書館の他に大小のスタジオやギャラリーを抱える総合文化施設で、欅の美しい定禅寺通り(青葉区)に建っています。
きょう再開したのは図書館(右下の写真)や視聴覚コーナーなど一部機能だけで、全館がフルにつかえるようになるのは、もう少し先のようです。

20110503_2 また普段はイベントやコンサートなどが行われている1階のオープンスペースを、今日から8日まで開放します。「本を読むことや、ひとの話を聞くことにより、市民ひとりひとりが自分の気持ちと向き合い、再始動に向けたきっかけをつかむ一助となるような広場」という意図だそうです。(左下)

20110503_3 せんだいメディアテークは仙台市が、古くなった昔の市民図書館に代わり建てた施設です。しかし名前からもわかるように単に図書館機能だけでなく、さまざまなメディアの収集・発表・受容の場として使われることを目的としています。

設計はコンペで決められ、有名な建築家の伊東豊雄さんの作品が選ばれました。

Wikipediaの解説がよくまとまってるので、引用しますと、

6枚の床(プレート)と、揺れる海草のような形状の13本のチューブと呼ばれる鉄骨独立シャフトのみの単純な構造によって、地下2階、地上7階の空間のすべてが作られている。これは、「柱」によって建てられる旧来の日本家屋と建築思想が同じであるが、梁はない。工事は三次元曲面の加工技術を持つ気仙沼市の高橋工業が担当した。また、全面がガラス張りであり、支柱のスケルトン構造が外から直接見ることができ、一方、中からもケヤキ並木の定禅寺通を見渡せ、中と外との一体感がある。

2000年に竣工、2001年に開館。まさに21世紀の仙台の象徴となるべくして建てられたと言って良いでしょう。(天井の崩落など地震の被害が大きかったわけですが、はたしてこの構造の特殊性と関係があるのかどうか…)

この建物をパリのポンピドゥー・センターの真似とけなす人もいますが、それはまるで間違っています。
ポンピドゥー・センターは柱や内部の配管、階段、エスカレータなどが外に出ています。これは言ってみれば人間の身体の骨や血管などが人体模型のように外に顕になっているのと同じです。つまり建物を一個の人体とみなし、内部の器官までさらけだしている。人間中心主義という言葉本来の意味におけるヒューマニズムの本家、フランスならではのコンセプトと言えるでしょう。

これにたいして せんだいメディアテーク は建物と自然との関係に特徴があります。上に引用したように「スケルトン構造が外から直接見ることができ、一方、中からもケヤキ並木の定禅寺通を見渡せ、中と外との一体感」があるということだけでなく、全面ガラス張りの外観には常に空や雲や欅並木が映しだされ、まるで自然の中に浮遊しているような印象を与えます。ハイテクの粋を尽くした建物が自然と一つに融け合っているのです。

これは確かに20世紀後半から21世紀初頭の日本を象徴しえているように思います。
この自然とハイテクの融合というコンセプトが、果たして震災後の仙台をも象徴しうるのかどうか。それは誰にもわかりません。

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2011年5月 2日 (月)

ボーズ創業者、自社株を母校に寄付 ~ニュースの落穂ひろい Watch What Happens

20110502_bose ウサマ・ビンラーディン死亡のニュースが世界を駆けめぐる中、アメリカのフォックスTVがこともあろうに「オバマ・ビンラディン」と伝えたとか、ドイツの政府報道官もツイッターに間違って「オバマは罪もない多くの人々を殺した」と書いちゃったとか、まさに落ち穂拾いな話もあるのですが、それよりもこちらを。

米音響機器大手ボーズの創業者アマー・ボーズ氏(81)がこのほど、同社の株式の大半を母校のマサチューセッツ工科大学(MIT)に寄付した。MITが4月29日に発表した。
発表によると、寄付された株式には議決権が付かず、売却はできない。
MITは同社の経営には参加せずに毎年の配当金だけを受け取ることになる。
ボーズの報道担当者は「株式非公開企業であることに変わりはなく、
事業運営にも変化はない」と説明した。
CNN Money) 

母校に寄付ということ自体はアメリカあたりではよく聞く話で、別に驚くことではありませんが、私が初めて知って驚いたのは、BOSEって株式非公開企業だったんですね。まあBOSEはたしかNASAの仕事を引き受けたりしてるので、その方が良いのかもしれません。
ボーズ氏がMITで教えている最中に会社を設立したとか、70歳にあたる2001年までMITで教えていた(教授)というのも、寡聞にして知りませんでした。

BOSEはもちろん世界的に有名な音響機器メーカーですが、Wikiによれば売上高は年間3000億円、シェアはアメリカ15%、ヨーロッパ10%で共に首位とのこと。

しかし日本では、BOSEのスピーカーはPA関係では高い人気を誇ったものの、ピュア・オーディオの世界ではあまり評価されなかったような気がします。
ピュア・オーディオ界は、国内メーカーが強いことに加えて、ヨーロッパ信仰が根強くあり、純アメリカ産の、特にスピーカーはいまひとつ距離をおいて見られる傾向があったようにも思います。かつては4343などJBLのスピーカーがクラシック・ファンの人気を集めたこともありましたが、わりと一時的なもので、この手の超有名ブランドすら無条件で選択するのはジャズのリスナーだけだったり。実際、私もBOSE製品は買ったことがありません。

唯一日本でも絶賛されたヘッドフォーンのQuiet Comfort シリーズは、メーカー直販のみで量販店では買えないなど、売り方がすこし特殊だったことも、日本国内でピュア・オーディオメーカーとしての人気を押し上げられなかった一因かも知れません。

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2011年5月 1日 (日)

フィギュア世選エキシビに思う

20110501 きょうほど優勝が安藤美姫でよかったと思った日はありません。
あのキム・ヨナのふてくされたエキシビで、今シーズンの女子シングルがしめくくられたら、3日ぐらいは具合が悪くなるところでした。

オリンピックと2010年の世界選手権が行われたのは、私がブログをやめていた間だったので、感想を書くチャンスがありませんでした。もしブログを続けていたら、きっと大会ごとに文句を書き続けてたと思うキム・ヨナの爆上げ加点問題。2010世選でその異常さがさらされたので、少しはISUも反省するかと思いきや、そうでもなかったんですね。

今回のフリーでも、3-2のコンビネーションで2回転が1回転になるという大きなミスがあったのに、そのミスジャンプに対して+1の加点をするジャッジがいる始末。げんなりです。(ただしジャッジの点数のうち最高点と最低点それぞれ一人づつはカットされるので、この加点はカットされたんじゃないかと思います。)

オリンピックの時も韓国のジャッジのイ・ジヒさんがヨナのジャンプに対して、着地する前にすでに+3を加点しているシーンが日テレのカメラによって撮られ問題になりましたが(そのジャンプはたまたま成功しましたが、仮に転倒したとしてもプラス点が加算されてしまう)、何も改善されてないのかも知れません。

まあ目立つジャンプ・ミス(3回転が1回転に)が他にもあり、スピンの速さ以外は安藤に比べて全体に劣るので、さすがに加点もほどほどにおさえられたようではあります。でもショートの点数も含めて、テレビでみるぶんには依然として高すぎる点数。

日本人はまあとりあえず安藤優勝でよかったねと喜べても、3位に甘んじたコストナー(イタリア)や、4位でメダルを逃したレオノワ(ロシア)のファンは、釈然としないに違いありません。まあ、ちゃんと採点したとして、レオノワと比べてヨナが下になるかと言えば、それはそれで無いかなという気はしますが。

安藤は今日のエキシビはとても綺麗で、しかも気持ちが伝わってくるような感動的な演技でした。アンコールでレクイエムを踊ったのも良かったと思います。

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