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2011年6月

2011年6月30日 (木)

図書館の本を返さず捨てて逮捕~ニュースの落穂拾い Watch What Happens

20110630 こんな事件がありました。

大分県中津市の図書館から借りた本を返さずに捨てたとして、県警は30日、無職の男を横領容疑で逮捕した。男が借りていた本を含む約600冊がごみ収集所で見つかっており、県警は関連を調べている。
 発表によると、埼玉県川口市栄町1、田守(たもり)雅美容疑者(30)。中津市に住んでいた2008年7月5日、市立小幡記念図書館で本8冊(2400円相当)を借り、返却期限を過ぎても返さなかった疑い。容疑を否認しているという。
 10年4月5日、市内のごみ収集所で法律関係などの本約600冊が捨てられているのが見つかり、連絡を受けた同署が捜査。大半は同図書館の本で、うち6冊は田守容疑者が借りていた。近くの人が田守容疑者が4月4日に大量の「ごみ」を捨てるのを目撃しており、田守容疑者は、その直後に引っ越していた。
 6冊以外は貸し出し記録がなく、盗まれた可能性もあるとみて調べている。(読売新聞

いろいろと珍しい事件ですが、私がまず注目せずにいられなかったのは、この容疑者の名前。
タモリ雅美・・・
こんな名前、カラヤンがルネ・コロと喧嘩別れしたためローエングリン役に引っ張ってきたテノール以来です(カール・ワルター・ベーム)。お笑いに進んでればよかったのに。。。

図書館の本を借りたまま返さないと、横領になるというのははじめて知りました。
それにしても本8冊、合計2400円で逮捕され全国に名前が晒されるというのは、普通ならありえないですよね。仮に残りの600冊がこの人が図書館などから盗んだものだったとしても、現時点ではまだ横領だけで窃盗罪ではないわけだし、なんとなく腑に落ちない物が・・・ (それはそれとして返せと請求をしない図書館というのも、どうなんでしょう? ) 

「容疑を否認」してるというのもよくわかりません。とっとと「すみませんでした」と言っちゃえば、書類送検ぐらいですんだと思うし、そもそもただの《借りた本を返さないいい加減な人》なら、警察の追及に耐えられないはず。

逮捕まですごい時間がかかってるし、600冊が法律関係の本などというのも気になります。いったいこの人は何者なんでしょうか?

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2011年6月29日 (水)

「ブンミおじさんの森」 アピチャッポン・ウィーラセタクン監督

20110629 きょうはアピチャッポン・ウィーラセタクン監督のタイ映画「ブンミおじさんの森」を見てきました。

昨年のカンヌ映画祭でパルム・ドールを獲った作品で、この日本語題名です。私はすっかり「滔々とした時の流れと、美しい東南アジアの自然の中で繰り広げられる人々の営み」的な映画と勘違いしていました。
見たら全然違うのでビックリ。

映画の舞台はラオスとの国境に近いタイの北部。
冒頭は美しい農村の風景のなか、1頭の水牛が遠慮がちに逃げ出すシーンで始まります。やがて飼い主があらわれ水牛をそっと捕まえると、まるで家族を家に連れて帰るように、牛に帰宅を促します。このシーンは続くブンミおじさんのストーリーとはなんの関係もないので、すっかり忘れているのですが、観終わるとすぐに「あれ?そういえば最初の水牛のシーンはなんだったんだろう?」と、頭の中に?が湧いてきます。

このシーンの最後に、その様子を観ている目が赤くて黒い毛むくじゃらの動物みたいなのが映しだされ観客を「??」にしたまま、黒地に白文字のシンプルなタイトルとなります。

このアヴァンとは一見まるで無関係に物語は始まります。
ブンミおじさんは農園を経営していますが、腎臓が悪いらしく自宅で透析を行っています。自宅でも出来るんですね。本筋とは関係ないけど、これにもビックリ。(ググったら血液透析は病院だけれども、腹膜透析というのは自宅で出来るんだそうです。なお日本では95%以上が血液透析だそう。) 

死期が近いことを感じているブンミおじさんは、街から義妹のジェンとその息子のトンを呼び寄せます。ジェンに農園を継いでもらおうと考えているのです。
ちなみにこの農園ではタマリンドを栽培したり、はちみつを作っています。(70年代にジュリー・アンドリュースとオマー・シャリフで『タマリンド・シード』という映画があり、日本では「夕映え」というタイトルで公開されましたが、かったるい映画でした。)

三人が夕食の席を囲んでいると、そこに19年前に死んだブンミの妻フエイの幽霊が現れます。フエイは亡くなった42歳の時のままの姿です。
さらにそこに数年前に行方不明になった息子のブンソンも現れます。ただしこちらはあの赤い目と黒い毛むくじゃらの動物の姿で。

ブンソンは猿の精霊を追いかけているうちに、自分もその仲間になってしまい、今は精霊のひとりと結婚して遠くに住んでいるなどと言い出します。観客はポカーンです。

精霊というと英語では Spirit ですから、どうしても私たちは形のないスピリチュアルなものだと思いがちです。ところがここではオランウータンかチンパンジーをもっと人間ぽい体型で完全二足歩行にしたような、珍妙な動物の姿なのです。いくら猿の精霊だからって。
でも観客はともかく劇中の登場人物は、彼ら(幽霊と精霊)を自然に受け入れ、抱き合って懐かしんだりします。

ブンミおじさんは自分の死期を悟っているのですが、かつて政府軍の兵士だった頃に大勢の共産兵を殺したことや、農園で虫をたくさん殺したことのカルマで病気になったとも信じています。また夢の中では独裁者が支配する未来が現れたりしますが、これは動画ではなく静止画で表されます。

でまあ色々と、しかしゆったりとしたリズムで物語は進んでいきます。

途中で突然お姫様とナマズのエピソードがはさまれるのですが、これはそのままなんのフォローもなく本筋の話に戻ります。ナマズがブンミおじさんの前世じゃないかと思いますが(そう思うとなんだかナマズっぽい顔に見えてくるような)、よく分かりません。

おそらく古くから伝わる伝説の映像化かとも思われますが、古い時代のお姫様が今、この森に出現したとも解釈しようと思えば出来なくもないかも。

でなんだかんだあってブンミおじさんは亡くなってしまい、葬儀が行われます。
ジェンの息子のトンが頭をまるめてお坊さんになってるのですが、調べてみるとタイには葬儀の際に親族が日数限定で出家するという風習があるのだそうです。

で、このトンをめぐるエピソードが最後にあるのですが、これも「えーーーっ???」という感じ。面白いですけど。

とにかくこの映画観終わった後は頭の中が「?」だらけなんですが、それにしては気分は穏やか。わけ分かんないのに、いい映画をみたような気持ちに。公式サイトで監督のインタビューを読みましたが、なんか煙にまかれたような感じ。

凄く感動するという映画ではないし、パルム・ドール授賞には賛否両論あったそうですが、審査委員長のティム・バートンはきっとなにか大事なものを見出したんでしょうね。

非常に残念だったのが、映像の深みに欠けること。
美しいといえば美しいのですが、少々画質も悪く残念でした。これは私が見た映画館だけの問題かも知れませんし、そうじゃないかもしれません。
昼間の明るい野外シーンは発色も綺麗に出てますが、それ以外のシーンの色乗りに問題があるような気もするし、微妙にフォーカスがゆるかったり、映像の奥行きに不足してるような気もします。もしかするとHDビデオ撮影主体だったのかも。

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2011年6月28日 (火)

宮城県図書館

20110628_miyagiprefecturallibrary1 宮城県立の図書館は仙台市泉区の、もうちょっとで仙台市をはずれるというあたりにあります。仙台市の図書館ではなく宮城県民全部のための図書館なんだから、仙台市中心部でなければならないなんてことはないんですが、でもすごく行きにくい場所で不便です。

ただしそんな不便な場所にあるだけあって、広々とした敷地に樹々が生い茂り、環境は抜群です。もともと起伏のある場所に、その地形・自然環境を生かして建物を作るというのがポリシーだったようです。

設計は有名な原広司東大名誉教授を中心とする《原広司+アトリエ・ファイ建築研究所》。

この建物は大変面白い作りになっていて、南側から見たとき(上の写真)と、北側から見た時(右下の写真)ではまるで別の建物としか思えないほど雰囲気の異なるデザインになっています。

20110628_miyagiprefecturallibrary2 北からみるとガラス張りのまるで企業の研究所のような雰囲気。ところが南側からみると銀色に光る金属がゆるくウェーヴを描いていて、まるで林の中に舞い降りたUFOを思わせます。

この宮城県図書館は1998年にオープンしました。
この前後に原教授あるいは原広司+アトリエ・ファイ建築研究所が手がけた建物としては、1997年の京都駅ビル、2001年の札幌ドームなどが知られています。
北側から見ると京都駅ビル系、南側からみると札幌ドーム系といってもいいかも知れません。

20110628_3 当然内部も緩やかな曲線が、天井をはじめ随所に取り入れられています。
仙台市図書館が入っているせんだいメディアテークは、ガラスによる広々とした空間を作ることで、図書館のもつ厳しさを和らげていますが、ここではラウンドの導入によってそれを行っているのかも知れません。

どうせなら90年代のルノーの車 Megane(メガーヌ)のように、一切角を使わないデザインとかにすれば面白かったと思うんですが、それは無理だったんでしょうね。何しろ本は普通は直角と直線で出来てますから。(関係ないけど現在のメガーヌは「日産車か?」と思うようなデザインになってしまってガッカリ。)

蔵書数は一般図書が約70万冊。古文書やマイクロフィルム、AV資料などを含めた資料総数は105万点となっています。
20110628_4_2 震災で休館して書棚から落ちた図書の整理をしていたんですが、4月7日の余震でまたもとに戻ってしまい、結局5月中旬までかかりました。
現在、書架はこんなふうに荷造り紐みたいなのでしばられています。

画像のうち最初の2枚はWikipediaによるものです。ダウンロードされる方は、使用条件を守ってWikiのページから直接お願いします。

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2011年6月27日 (月)

元麻布春男さんが急逝

20110627 驚きました。パソコン関係の記事で有名なフリー・ライター、ジャーナリストの元麻布春男さんが亡くなられたそうです。

詳しくはPC Watch の記事をご覧頂きたいと思いますが、PC初期から活躍されていた方です。
亡くなったのは21日のことで、死因は虚血性心不全。元麻布さんが寄稿していた関連サイトでは親族による密葬が無事に済むまで発表を控えていたとのことです。

取材先に向かう途中で倒れたという話と、編集者との打ち合わせ中に昏倒したという話とあって、どちらなのかちょっと判りませんが、いずれにせよ病院に搬送されたものの亡くなったということです。本当に急なことだったのですね。(ascii.jp の記事による)

1960年生まれのはずですから、まだ50代のはじめなのに…
私はパソコン関連記事をよく読むほうではありませんし、元麻布さんの熱心な読者というわけでもないのですが、それでもやはりちょっとショックを隠せません・・・

(写真は今日の塩釜港。記事内容とは特に関連はありません。)

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2011年6月26日 (日)

ケーズデンキ東仙台店が仮オープン

20110626_1 ケーズデンキは全国的な大型家電量販店チェーンです。
宮城県内には13の店舗がありますが、そのうち東仙台店(宮城野区)は震災で大きな被害をうけ休業していました。

昨日25日、ようやく復旧工事が終わって仮オープンしました。
でも「仮」ってどういうことだろうと思って、きょう行ってみました(私の家から徒歩で10分ぐらいの所にあるので)。そしたらフロアの多分1/4ぐらいでしょうか、閉鎖されていました。まだ工事は完了してなかったんですね。

この東仙台店は「フォレオせんだい宮の杜」とよばれるショッピング施設を集積した地帯にあるんですが、同地内にあるヨークベニマルなどはかなり早い段階で営業を再開していたのに対し、ケーズはなんと3ヶ月半。復旧工事にもの凄い時間がかかりました。(右下の写真は復旧工事時期の店内)

20110626_2_2 同じケーズデンキのチェーン店のうち太白区にある仙台太白店も、地震の被害を受けてはいたのですが、4月中に営業を再開しています。
実は東仙台店と仙台太白店はほとんど同じ時期(前者は2009年11月、後者は12月)に開業した店舗なのです。
ということはどう考えても単位面積当たりの建設費用は同程度でしょう。建設会社も同じという可能性も高いと思います。
東仙台店だけが安普請というのは、考えにくいと思うのです。

となるとどこで復旧期間に2ヶ月(東仙台店は仮オープンなので実質2ヶ月以上)もの違いが出てきたんでしょうか?

ひとつはもちろん震度の違いがあります。
宮城野区は震度6強、太白区は震度5強でした。

地盤の違いもあるかも知れませんが、これはちょっと不明です。

そしてもう一つ建物の構造の違いがあるのです。
仙台太白店は1階が店舗なのですが、東仙台店は2階が店舗で1階は駐車場。つまり例のピロティ構造というやつなのです。

ちゃんと分析した報告が出ない限り、何事も結論づけることは出来ないわけですが、ピロティであることによる影響が大きかったのではないかと思えてなりません。もちろんなんのデータもないただの素人考えですが。

20110626_ks3 ただこれまでピロティの地震被害は数多く報告されているわけですが、このケーズデンキの場合は2回部分に被害が集中したようで、1階駐車場の柱そのものは外から見る限り健全性を保っているようです。駐車場の柱が倒壊して、車が押しつぶされるなどという被害はなくてすみました。

ただそれもこの店舗が2階建ての建物で、かつ2階部分は非常に軽く作ってあるせいが大きいのではないかと思います。
この場所でこの構造で、もし店舗が5階建て、6階建てだったりしたらどうなるかは、もちろん分かりません。

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2011年6月25日 (土)

ピーター・フォーク死去

20110625 刑事コロンボで一世を風靡した俳優のピーター・フォークが亡くなったそうです。享年83歳。ご冥福をお祈りします。

人気テレビシリーズ「刑事コロンボ」の主役として知られる米国の俳優ピーター・フォーク氏が23日、ビバリーヒルズの自宅で死去した。家族が24日、ロサンゼルスのKNXラジオに明らかにした。83歳。詳しい死因は伝えられていないが、アルツハイマー病で闘病していた。1927年、ニューヨーク生まれ。50年代にブロードウェーの舞台で注目され、58年に映画デビューした。
共同通信

このフォークのデビュー映画というのは Wind across the Everglades という作品で、監督がニコラス・レイ。脚本が「波止場」(カザン監督)でアカデミー賞を受賞したバッド・シュールバーグ。出演がバール・アイヴズ、クリストファー・プラマー、ジプシー・ローズ・リーという、非常に興味深い作品です。残念ながら日本では劇場未公開なんですが、「ジャングル・ガードマン」という日本語題名でTV放映されたことがあるようです。

このデビュー作に続いて、フォークは1960年に「殺人会社」というステュアート・ローゼンバーグ監督の映画に、1961年に有名なフランク・キャプラ監督の「ポケット一杯の幸福」に出演。この2作で2年連続してアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされます。

1963年にはスタンリー・クレーマー監督の「おかしなおかしなおかしな世界」、ゴードン・ダグラス監督でフランク・シナトラ、ディーン・マーティ、サミ・デイヴィスJr、ビング・クロスビー共演のミュージカル映画「七人の愚連隊」、ブレイク・エドワーズ監督の「グレート・レース」など、巨匠監督・有名監督の大作に次々と出演。実力派バイプレーヤーとしての地位を築いていきます。(「七人の愚連隊」の原題は『ロビン・アンド・ザ・セヴン・フッド』ロビン・フッドと《白雪姫と七人の小人》の両方がかかってて日本語に訳しづらいのはわかりますが、「七人の愚連隊」って…)

フォークはこのままいっても名脇役俳優として、大物になれたでしょうし、性格的演技の上手さを生かしてボーグナインやスタイガーのような立ち位置の主演俳優に、あるいは持ち味の軽妙さをいかしてジャック・レモンやウォルター・マッソーのようなコメディ演技の名優にもなれたかもしれません。

しかし1967年に作られた一本のテレビ映画(TVM)が彼の運命を変えてしまいます。言うまでもなく「刑事コロンボ」です。
フォークによって創られたコロンボ刑事というキャラは、アメリカの視聴者にあまりにも強い印象を残したようです。71年からコロンボはシリーズ化され、なんと2003年まで延々と作り続けられることになります。

そのイメージを利用して映画「名探偵登場」では、コロンボのキャラを意識した役で登場。これも好評で「名探偵再登場」なる姉妹作まで作られました。

コロンボ以後のフォークは、もちろん普通の(というのも変ですが)映画にも出演を続けていました。
その中にはジュリアーノ・モンタルド監督の「明日よさらば」、ジョン・カザヴェテス監督の「こわれゆく女」「オープニング・ナイト」、ロバート・アルドリッチ監督の「カリフォルニア・ドールズ」、アーサー・ヒラー監督の「あきれたあきれた大作戦」、ウィリアム・ゴールドマンの脚本でロブ・ライナーが監督した「プリンセス・ブライド・ストーリー」などの作品があります。いずれもが重要作あるいは注目作と呼んでいいでしょう。
こうして見ていくとピーター・フォークという人は、出演作の監督はかなり選んでるんだなという気がします。

ただやはりこれらの名監督による作品群も、どうしてもコロンボのイメージの中に埋もれてしまうのは、しょうがないのでしょうか。映画評でも「あのピーター・フォークが『コロンボのイメージを離れて』シリアスな役柄を演じている」的なものになりがちだったように思います。

そのコロンボ・イメージを利用しつつも逆手にとって、意表をついた設定の中にピーター・フォークをはめこんだのがヴィム・ヴェンダース監督「ベルリン・天使の詩」でした。

全然知りませんでしたが、引用した記事にもあるようにフォークはアルツハイマー病だったそうです。オールシネマ・オンラインによれば、2008年に家族の後見申し立てによってアルツハイマーであることが公表されたとのこと。最後の「コロンボ」が作られてわずか5年後…

アルツハイマーは薬で進行を遅らせることが出来ると思ってたのですが、それでも進むとなかなか難しいんでしょうかねえ・・・ 

再び天使に戻ってることを祈って。

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2011年6月24日 (金)

熱中症に気をつけて!

20110624_masue 熊谷で39.8度!
6月の気温として観測史上最高とか。まあ、そうでしょうねえ・・・
6月で40度なんて聞いたことないですよね。
熱中症患者の救急搬送は去年の4倍だそうです。

ということで時事通信の記事から熱中症対策の部分を引用します。

対策として、喉が渇く前に水を飲むことに加え塩分の摂取が必要と指摘。担当者は「体温調節のために汗が出ると塩分も排出され、体液のバランスが崩れる」として、塩分を含むあめやスポーツドリンクなどで積極的に取ってほしいとしている。
 今夏は福島第1原発事故の影響で節電が求められているが、「エアコンもまったく使わないのは危険。状況に応じて、さまざまな対策を工夫してほしい」としている。 

では身体がどういう症状になったら熱中症を疑えばいいのか。

これは環境省のHPから引用しましょう。

高い体温
赤い・熱い・乾いた皮膚(全く汗をかかない、触るととても熱い)
ズキンズキンとする頭痛
めまい・吐き気
意識の障害(応答が異常である、呼びかけに反応がないなど)

ここまでくると完全に救急車ものですね。
ここまでになったことは無いですが、夏の暑い時にこれのもうちょっと軽い感じで具合がわるくなったことってあったかも・・・。
そういう時は熱中症一歩手前を疑って、対策せよということでしょうね。きっと。

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2011年6月23日 (木)

マエーリャの「春」~名画と名曲・61

20110623600 FM放送で庄司紗矢香とカシオーリのデュオ・リサイタルのライヴが放送されていました。曲目はベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタが3曲で、2番と「春」「クロイツェル」。

演奏がどうかは判りませんが、久々に「春」と「クロイツェル」を続けて聞くと、やはり凄い充実感がありますね。「音楽を聞いた」という感じ。

《春》といえばもちろん絵画ではボッティッチェッリの「ラ・プリマヴェラ」が最初に浮かぶわけですが、そういえば、私の好きなプラドにも「春」があったのを思い出しました。

スペインの画家マエーリャの作品。タイトルはズバリ「春」。

マリアーノ・サルバドール・マエーリャは18世紀の前半(1739)に生まれ、19世紀の前半(1819)まで活躍した、バレンシア出身の画家です。マエーリャの綴りはMaellaで、便宜的にリャと表記しておきますが、言うまでもなくかのスペイン語の lla の発音になります。

この「春」は四季を描いた連作の一つで、プラド美術館にあります。
1764年から70年にかけて描かれたもので、実に美しい作品です。傑作と呼んでいいんじゃないでしょうか。

中央にいるのは花の女神フローラ。右下でフローラを見上げているのはクピドでしょうか。
ユノーがマルスを生んだ時の逸話に関連するらしいですが、ここでは単純に美しさを愛でたいと思います。
フローラの身体の自然なひねり、クピドの左手が持つ薔薇の花。そもそも色彩のバランスに定評のある画家ですが、顔の下半分をおおうチークの赤が衣装の赤とあってたりして、絶妙な色彩のハーモニーを感じさせます。

マエーリャが生きた時代は、ロココから新古典主義へというスタイルの変遷があったわけですが、解説によればマエーリャの作品も初期のものはロココの影響がつよく、それが次第に新古典主義のスタイルへと変化しているらしいです。

私は初期の作品は見たことがないので、実際の作品に即してはわからないのですが、この「春」もたしかに花冠などロココ風の優雅さ、繊細さを感じさせ、なんとも上品で魅惑的な雰囲気を作品に与えています。

この原稿、ベートーヴェンのスプリング・ソナタで書き始めましたが、これはどうもベートーヴェンではなかったですね。モーツァルトの弦楽四重奏曲第14番「春」のメヌエットあたりがピッタリだったようです。

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2011年6月22日 (水)

「つづれおり」キャロル・キング~思い出の名盤・32

You just call out my name
And you know wherever I am
I'll come runnin' to see you again

20110622_tapestry 翌年の春に発表される1971年度の(あるいは1972年のというべきなのか?)グラミー賞は、なんのどんでん返しもない、おおかたの予想通りの結果となりました。

キャロル・キングの名作「つづれおり(Tapestry)」が主要4部門を獲得。
最優秀アルバム賞は当然ですが、上に歌詞を引用した「君の友だち(You've got a friend)」が最優秀楽曲賞に、「イッツ・トゥー・レイト」が最優秀シングルに、もちろんキング自身が最優秀女性ポップ・ヴォーカリストと最も重要な賞をひとりじめにしたのでした。

受賞結果に不満を持った人もまずいなかったでしょう。それほどこのアルバムのクオリティの高さは群を抜いていました。どこからも文句のでないぶっちぎりの受賞という意味では、並びうるのは前年度の「明日に架ける橋」と77年度の「ホテル・カリフォルニア」、それに少し後の時代の「スリラー」ぐらいじゃないでしょうか。
私が最初から最後まで、アルバムの全曲を歌詞カードなしでも歌えるのは、たぶんこの「つづれおり」だけかもしれません。

日本では It's too late が「心の炎も消え」というタイトルで大ヒット。ただし日本語題名で呼ぶ人はだれもいなくて(私のまわり限定調べ)みんな「イッツ・トゥー・レイト」と言ってましたが。当然アルバムも大ヒットしました。

「君の友だち」(これも誰も日本語題名で呼ぶ人はいなくて、ユーヴ・ガッタ・フレンドと言っていた)は、このアルバムにおさめられたキング自身の歌ではなくジェイムズ・テイラーのカヴァーでアメリカでは第1位になりました。日本ではどうだったんでしょう?テイラーの歌がヒットした記憶はないのですが。
いずれにせよアルバムによって「君の友だち」も多くの人に聞かれ、永遠の名曲として認識されたと言えるのでしょう。

Winter, spring, summer, or fall,
all you have to do is call
and I'll be there, You've got a friend.

この時期「明日に架ける橋」やエルトン・ジョンの Your Song「僕の歌は君の歌」など、人と人との深い部分での心のつながりを歌う曲が熱烈に支持されたのはどうしてなんでしょうか?

アメリカの場合は、S&G「ボクサー」の項やニュー・シネマの規定の項で書いたように、ヴェトナム戦争とのからみが当然あると思います。昔書いた同じ言葉の繰り返しになりますが、たぶん彼らは切実に癒しを必要としていたのです。

でも日本人は?
そういった心理的要因を抜きにしても、「つづれおり」におさめられた曲が、いずれも抜群に優れた楽曲の数々であることは言うまでもありませんが、それだけだったのでしょうか?
私たちの世代はど真ん中だったわけですが、正直なところ私にはわかりません。

あるいはもしかすると私たちは、アメリカの若者たちと気分を共有するみたいな、グローバルな幻想の中で、青春を過ごしていたのかも知れません。

そういえばこのアルバムには I feel the Earth move なんて曲もおさめられています。区長に「宮城野区のテーマ・ソングにどうでしょう」なんて言ったら、ボコボコにされるでしょうか?

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2011年6月21日 (火)

東北も梅雨入り★レディ・ブラント12億円で落札

20110621 気象庁は今日、東北地方の梅雨入りを発表しました。

北部で平年より7日、昨年より5日遅く、南部で平年より9日、昨年より7日遅い。前線が北上している影響で、今後1週間、曇りや雨の日が多くなる見込み。23日以降は大雨になる地域もあるという。
(毎日新聞

とのことです。
南部で平年より9日遅いというのが意外です。だと平年の梅雨入りは12日ということになりますよね。

東北の梅雨入りはいつも関東より1週間から10日遅いような気がしてました。年によっては7月梅雨入り、8月に入ってようやく梅雨明けなんてのも、珍しくないような気がしていたのですが・・・

日本音楽財団が東日本大震災の支援のために、イギリスでオークションにかけていたストラディヴァリウスの銘器「レディ・ブラントが」約12億7000万円で落札されました。
この金額はこれまでオークションで販売されたヴァイオリンの最高額の4倍以上に当たるそうです。

アントニオ・ストラディバリが1721年に製作したバイオリンが、オンラインオークションで980万ポンド(約12億7000万円)で落札された。
(中略)このバイオリンはかつての所有者だった英詩人、バイロン卿の孫娘の名前にちなんで「レディー・ブラント」と名付けられた。楽器を専門に競売を手掛けるタリシオが日本財団の代理人としてオークションを開催し、21日に落札された。
  これまでのオークションでのバイオリンの最高価格は、米バイオリニスト、アン・アキコ・マイヤース氏が昨年、タリシオがニューヨークで開いたオークションで1697年作のストラディバリウスを購入した際の360万ドル(約2億9000万円)だった。

(中略)119年の歴史を誇るロンドンのバイオリンディーラー、J&Aベアレのディレクター、スティーブン・スミス氏はオークション終了前に「大半の人々は個人ディーラーを通して売却したいと考えるため、オークションでは通常、世界の過去最高値は付かない。このバイオリンについては例外だ」と指摘。「これは素晴らしい。ほぼ完璧な逸品だ」と語った。
  2人が応札し、落札者は匿名を希望している。タリシオがロンドンオフィスから発表した文書によると、落札額には手数料が含まれる。

  レディー・ブラントは日本音楽財団が保有しているストラディバリウス19挺のうちの1つだった。収益は同財団の母体である日本財団の東日本大震災支援基金に寄付される。

ブルームバーグ

とのことです。画像はこちら

これまでの最高額の楽器はアン・アキコ・マイヤースが持ってたんですね。

ところでこのレディ・ブラント、ほぼ完璧な逸品であると!
いったい誰が競り落したのでしょうか?
楽器商?でもそれだと次に転売したとき、果たしてこれ以上の値段で売れるものなのか?
日本音楽財団と似たようなどこかの財団?――だったらいいですけど、もし個人だったらぜひとも死蔵しないで、一流のヴァイオリニストに貸与していただきたいものです。

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2011年6月20日 (月)

もしやこれもPTSD

20110620 震災後の被災者のPTSD(心的外傷後ストレス障害)が問題になっています。
私はもちろんそんな大きな被害にあったわけではありませんから、特にそのようなものはありません。
むしろ震災前は午前4時頃に寝ていたのが、電気もつかないし何もすることがないので、やたら早く寝る習慣がついてしまいました。今もできるだけ深夜0時には、遅くとも午前1時には寝るようにしていて、体調もこころなしか良いような気がします。

ただひとつだけヘッドフォンで音楽を聞くことが出来なくなってしまいました。夜は大きな音を出すと近所迷惑というのもあるんですが、何よりも仕事の時など集中できるので、昔からヘッドフォン派だったのにもかかわらず…
もしかしたらこれも軽度のPTSDかもしれません。

もう一つ震災後身体に変化が来たことがあります。

で、この先は大変尾籠な話になりますので、
A)そういうのが嫌いな方と、
B)お食事中の方は
この先は飛ばしてください。また明日、お会いいたしましょう。

私は子供の頃、といっても小学校1,2年生頃までは胃腸が弱く、牛乳を飲むと下痢をしたりしていました。小学3年生ぐらいからそれは治って、あとはずっと快食快便な人生を過ごしてきました。

ところが前にも書いた脳梗塞になって以来、便秘体質になってしまったのです。原因は不明です。ただ便秘と言ってもそうひどいものではなく、2~3日に1回は出るので、心配していませんでした。

ところが震災後、1週間ぐらい便秘が続きました。そして1週間目に酷い下痢になって出たのです。何しろ1週間たまった分一気にでるので、凄い量なんです。
そして水道が出ないので、それをバケツに風呂の水をくんで流さなくてはならないのです。オエッ…

なんせ子供の頃以来、下痢というものにまったく付き合いが無かったので、私はかなり混乱してしまいました。

とりあえずまずはネットから。ちょうどうまい具合にインターネットが繋がったので、「便秘と下痢の繰り返し」について調べてみました。いくつかの病気が疑われるようなのですが、ムムッ!・・・最悪、大腸ガンの可能性もあるみたい…

でもなんだって、今この時期に急に大腸がん?自分でも唐突すぎるような気がして、医者には言わず少し様子をみることにしました。そもそも私のかかりつけの医院は、この時期凄い混雑だったのです。
この医院はいつも混んでいて、そうでなくても2時間待ちぐらいが普通。
ところがこの時期は、近くの小学校が避難所になっていました。そこに避難していた宮城野区と若林区の被災者の人達もこの医院に来ていたため、震災後1ヶ月ぐらいは患者さんの数がやたら膨れ上がってたのです。

さて次の1週間も、やはり便秘が続いて下痢というパターン。

う~ん、また1週間便秘が続くんだろうかと憂鬱になってたら、あら不思議。。。次は3日の便秘であまり下痢っぽくない軟便に変わり、さらにその翌日から突然、毎日普通の正常なお通じになわってしまったのです。

つまり震災後急に始まった便秘・下痢の繰り返しだけでなく、この2年ぐらい続いていた軽い便秘も、あっさり治っちゃったのでした。

う~む、これはいかにしたこと?? PTSDの逆?

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2011年6月19日 (日)

パチンコ依存症

20110619_2 以下の話は正直かつ詳らかに書くと個人が特定されかねないので、事実関係をある程度変えて、ディテイルも誰の話か判らないようにぼかして書いています。しかし事件の本筋は変えていません。  

私の友人の息子が、かつてパチンコ依存症になりました。
彼は大学を卒業して就職した後、次第にパチンコ・パチスロとゲームセンターに入り浸ることになり、一時は一家の生活を破壊しかねないところまでいきました。

普通の人ならパチンコ好きといっても、やるのは仕事の後や休日でしょうし、自分の財布の許す範囲でしか遊ばないでしょう。
しかし若いサラリーマンの給料など限られています。やがてクレジットカードのキャッシング、それから当然のようにサラ金にも手を出すようになりました。

私はパチンコはしませんし、ゲーセンに行くような年齢でもないので、そのへんの心理がよくわからないのですが、どうもしばらくやらないでいると発作的に何日も入り浸っていたくなるらしいのです。

彼はついに会社をやめ、そのことを家には隠したまま、ずっと仕事に行くふりをして遊び続けていたようなのです。
もし全然儲からず、ひたすら損だけし続けていると、すぐに行き詰まってしまうわけですが、例えば一月のトータルが少しプラスかぎりぎりトントンだと、それでも結構暮らしていけるものなんですね。寝るのも食事も親の家だったら、そんなにお金は使いませんから。

もしかすると彼の場合、借金さえなければそれである程度行けたかも知れないのですが、クレジットカードとサラ金の支払いが問題でした。利息分を払うために別のサラ金で金を借りて・・・ということを繰り返していたようです。

結局破綻して一千万近い借金を親が全部支払ってやり、解決はしました。「老後のために貯めてた金がスッカラカン」と愚痴をこぼされましたが、そこまでは私もよくあるサラ金の悲劇としか認識してませんでした。

彼は新たな会社に就職し、親も立ち直ったと思ってたのですが、根本の問題はパチンコ依存症だったので、それが治らない限り全然問題解決にはなってなかったのです。

まったく同じことの繰り返しになり、こんどは彼は知り合った女性から結婚詐欺に近い形で借金をするようになりました。だんだん溜まって約200万円。
女性から家に「警察に訴える」と電話があったことで発覚し、これも親がその女性に支払いました。子供を刑務所におくるわけにはいきませんから。親としてはこういうケースの辛い点は、他人を巻き込むということなんですね。「ヒトサマに迷惑をかけるよりは」という意識が当然はたらきます。

(なぜ私がこれほど詳しく知っているかというと、この友人(親)に、女性に返すお金を一部貸してやったからなのです。)

彼は結婚詐欺もどきが発覚したときには、すでに2番目の会社もやめていましたので、また再再就職して、しばらくは真面目に働いていました。

でもある日、2泊3日の出張に車で行きたいということで、家の車に乗ってでかけました。親のクレジットカードを勝手に持ち出し、そのまま行方をくらましてしまったのです。
クレジットカードが使われていたことに気づくまで3日間ぐらいかかり、その間に彼はパチンコ屋とゲーセンにこもって一気に30万だか40万だかを使ってしまったようです。知りませんでしたが、いまそういうのもクレジットカードでできるんですね。

どうもこのパチンコ・パチスロ依存症、ゲーム依存症というのは麻薬中毒なんかと一緒で、禁断症状が出てくるようです。そして禁断症状が出てきたら、もう耐えられない。理性でどうこうできるものではないようです。

彼はいま親の家に戻ってアルバイト生活をし、いわば小康状態を保っています。   

パチンコ依存症――というよりすでに中毒というべきかも知れませんが――は、いま大きな社会問題となっているようです。トータルでギャンブル依存症と呼ばれているようですが、カジノが合法化されてない日本では、パチンコ・パチスロ・ゲーセンがメインになると思われます。

このギャンブル依存症は Wikipedia によれば、

抑圧された感情をうまく吐き出せず、ギャンブルで発散しているケースが多い。同じ依存症でも摂食障害やアルコール依存症などは広く認知されており、周囲も気づきやすいが、ギャンブル依存症はまだ認知度が低いため、病気であることが認識されず症状が進行しがち

なのだそうです。そして

「すでに自力で抜け出せない状況に陥っているにもかかわらず、本人はいつでもやめられると考えたり、他者の助言に耳をかさずに病気であることを自覚しないことが挙げられ、症状が進むとギャンブルで出来た借金をギャンブルで勝つことにより清算しようとするなど、合理的では無い考えを抱き実行したりと言う問題行動が繰り返される

ということのようです。

パチンコ絡みの事件、なかんずく殺人事件は枚挙に暇がありませんが、なかでもショッキングだったのは、2006年7月に起きた阪大生母親殺害事件ではないでしょうか。ご記憶の方も多いと思います。

大阪府豊中市で大阪大工学部の4年生が自宅で母親を殴打した後、タオルで首を絞めて殺したというもの。この大学生は殺害の3時間後に大阪府吹田市のパチンコ店でパチンコをしてる時に捕まりました。パチンコ依存症がもはや放置できない、重要な社会的課題であることを世に知らしめた事件です。

半年もたたないその年の12月、横浜市戸塚区で起きた主婦殺害事件の犯人も、27歳になる長男でした。年があけた正月に逮捕されたこの長男は「仕事に行かずに、パチスロに通っていることを母親になじられ、以前から殺そうと思っていた」と自白し、またまた衝撃を与えました。

言うまでもなくマスコミに載るのは氷山の一角です。
私の友人の子どもの例でも判るように、マスコミには乗らないけれど、隠れた依存症患者はとてつもない数がいると思われます。Wikipediaには推定200万人と書いてありました。  

中毒・依存症にはさまざまあります。
最近は聞かなくなりましたが、以前はニコチン中毒というのがありました。つまりタバコの中毒というわけですが、これは副流煙の問題を別にすれば、本人の健康の問題であり他人に迷惑を掛けるわけでもありません。まして殺人事件になんか結びつきません。
分煙が進むことによって副流煙の問題もほぼ解決し、いまはニコチン中毒という言葉自体が死語に近くなってきました。

アル中も基本的には本人の健康の問題と言えます。あげく財政的破綻に陥る人は多数いそうですが、家族を平気で殺したりというのはまれでしょう。DVは多いかも知れませんが。寄った挙句の殺人・傷害事件というのは(飲酒運転による事故を含めて)数多くありますが、それは「酒に酔った」ということによるものであり、アルコール依存症・中毒であるか否かとはまた別の話です。

ところがギャンブル依存症は、すでに述べたように本人の経済的な破綻という以上の凶悪な事件も引き起こしています。乳幼児を車の中に置き去りにして、母親がパチンコに夢中になり、子どもが車中で死んでたというのもよく聞くニュースです。

依存症は病気ですが、病気なら本人が治療すればいいなどと暢気なことを言える時期はとうに過ぎています。

▼営業時間の制限(たとえば午後3時から11時までの8時間とか)、
▼一人が一日に使える金額の制限(厳格なカード制の導入)、
▼客の呼び込みの禁止、
▼広告特にネオンの制限、
▼テレビCMの禁止などなど、

パチンコには詳しくない私が考えただけでも、いますぐ出来ることはいくらでもあるような気がします。私が関係する業種について言えば、ゴールデンタイムの民放の番組でパチンコ屋(=ギャンブル屋)のCMが流れたかと思うと、次にはサラ金(=高利貸し)のスポットが入るなどという節操のなさは、気違い沙汰としか思えません。

緊急に何らかの対策を練る必要があると思われますが、もちろん国は何もしません。
多くの人によって指摘されているように、警察と業界の癒着が最大のネックなのか、国会議員と業界の癒着が問題なのか、そのへんは私には分かりません。

まあ首相がパチンコ屋の経営者から献金をうけてたわけですから、国になんか期待すべくもないのですが。(菅首相の献金事件は在日韓国人からの献金だったことが法律的には問題ですが、私はむしろパチンコ屋経営者からの献金だったことのほうが法律的にはOKでも余程重要な問題を含むように思われます。)

このような深刻な状況の中で、カジノ議連の議員さんたちは、カジノを合法化し、パチンコ換金を合法化し、ギャンブルに対するハードルをどんどん引き下げ、国民をギャンブル漬けに向かわせようとしてるわけです。「何をかいわんや」とはこういう時に使うべき言葉ではないでしょうか。

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2011年6月18日 (土)

防水携帯で118番!~ニュースの落穂ひろい Watch What Happens

20110618 今夜もちょっと強い地震がありました。宮城野区はそれほどでもなかったんですが、石巻市で震度4とのこと。なんかホントに心のやすまるヒマがないですねえ・・・

ところでこんなニュースを見つけました。

18日午前9時10分頃、高松市・女木島の西約2キロの瀬戸内海で、高松発宇野行きのフェリー「たかまつ丸」に乗船していた同市のトラック運転手の男性(42)が海に転落した。
 男性は持っていた携帯電話で118番し、第6管区海上保安本部から連絡を受けたフェリーが現場に戻り、約20分後に救助した。
 携帯電話は防水型で、男性は低体温症で病院に搬送されたが、命に別条はないという。
 高松海上保安部の発表によると、男性は船酔いのため、誤ってフェリーの甲板から手すり(高さ1.2メートル)を越えて約5メートル下の海に転落。直後に携帯電話で「泳げず、救命胴衣もない。携帯もいつまで通話できるか分からない」と救助を要請したという。
 フェリーが現場に戻った時、男性は何とか浮いている状態だった。
 同保安部は「海面で体を動かさず、冷静に対応したのが幸いした。防水型の携帯電話を持っていたことも功を奏した」としている。

(読売新聞

前に海のSOS、118番のことを記事にしたことがあります。その時は、

>海の事故の場合は、地上の事故にもまして1秒を争いますから、よく船に乗ったり釣りにいったりする人は、GPS携帯に変えたほうがいいかもしれません。まあ、その携帯を持ってる人が海に落ちちゃって、陸上に居る人が mova だったら、しょうもないですが・・・

なんて書いたんですが、でもなんと防水型という手があったんですね!
海に行く人は防水型+GPS携帯で!

私は釣りはやりませんが、海は好きです。というか港が好きです。昔東京で仕事していた時も、住んだのはあえて横浜。横浜港大桟橋のすぐ近くのマンションでした。
仙台に戻ってきてからも、よく海にいってたんですが、さすがに今はちょっと・・・

※ たかまつ丸の写真はWikipediaからです。再利用される方は使用条件を守った上で、直接Wikiのページからダウンロードしてください。

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2011年6月17日 (金)

復興の名のもとに利権をむさぼる犬たち

20110617 日本でのカジノ合法化を目指す超党派の「国際観光産業振興議員連盟(カジノ議連)」(古賀一成会長=民主党)が、東日本大震災の復興計画のひとつとしてカジノの施行を位置づけ、収益金も復興財源とする方針であることが16日、分かった。従来は東京・お台場、沖縄県で開設する案が有力だったが、震災復興を優先して仙台市を候補地とする案も急浮上している。

カジノ議連は今月21日に震災後初の総会を開き、議員立法での法案提出を急ぐ。

 カジノ議連は昨年4月、民主、自民、公明、国民新、みんなの各党の議員が参加して設立、民主党の「カジノ合法化法案」をもとに検討。東日本大震災後は総会開催を見送ってきたが、役員会で震災対応案を協議してきた。

 震災以降、外国人観光客が激減しているため、観光客の回復を図るため「カジノを早期に合法化する必要がある」と判断した。カジノから国や地方自治体に入る収益金については、震災復興の財源に活用すべきだとの方向で一致した。

(中略)震災で「まず東北地方で施行すべきだ」との意見が強まってきたため、すでに地元からカジノ誘致の要望が出されていた「仙台空港近くの工業団地計画地」(議連幹部)が候補地として浮上した。
SANSPO.COM

どの程度真面目に受け取ればいいのか、ちょっと分かりかねるところがありますが、いずれにせよ不愉快な話です。

東北で今一番急務なのは、漁業を始めとする壊滅した産業を立て直すことです。
瓦礫の撤去もろくに出来てないのに、新たな巨大ギャンブル・リゾートなんか作ってる場合じゃないと思うのです。

しかもこの地球上で知らない人がいない Fukushima の隣県。まして候補地は空港近くなのだそうで、仙台市中心部よりもっと福島県に近い場所です。
津波に押し流される家々の映像が世界中に配信された都市。今後数年は余震が続く地域。そんな仙台に、わざわざカジノだけのためにやってくる外国人がいると思ってるのでしょうか?西日本の人だって来るかどうか。

カジノが出来てもそこに来て金を巻き上げられるのは、(被災した)地元民だけということになるのは火を見るより明らかです。

だいたい福島の問題が片付いて、原発の心配が完全に払拭される頃には、宮城県の復興などとっくに終わってることでしょう。

そもそもこの超党派のカジノ議連(正式略称はIR議連)の人たちというのは、何が望みなのでしょうか。
なぜにこの人達はそんなに金をかき集めなければならないのでしょう?
日本にはあらゆる産業があり、いまだに世界第3の経済大国です。
カジノで国が潤うというのなら、それは観光以外の資源は何も持たない発展途上国にまかせておけばいいと思うのです。
このうえさらにカジノで世界中の人から金を巻き上げ、そうでなくても世界最高クラスの生活をしている日本人が、さらに豊かに暮らすための財源にする。
なぜそこまでしなければならないのか。私には理解できません。 

(震災復興の財源などと言ってますが、震災前からカジノ合法化に向けて活動していたのですから。)

別の問題点もあります。

パチンコの儲けが北朝鮮に流れていくのだって大問題なのに、カジノなんか作ったらたちまちのうちにチャイニーズ・マフィアの餌食にされることは、容易に想像できます。
カジノ議連はパチンコ換金合法化も目指しているのですが、これは当然業界の息がかかっていると考えられます。もしかしてこの議員さんたちには、韓国・北朝鮮系のパチンコ業界だけでなく、中国筋の息もかかっているのでしょうか?

「地元からカジノ誘致の要望が出されていた」というのも眉唾で、誰がそんな要望を出したんでしょう?少なくとも県や市でないことは確かです。
ネットで調べたところ木村慶一カジノ・オーストリア・インターナショナル日本代表という方が、日本PFI・PPP協会に仙台誘致の協力を求めたというのが引っかかってきましたが、これは勿論「地元から」ではなく「業界から」でしょう。
仮に博打好きの仙台市民の誰かが要望だしたからって、それを「地元から」なんて表現しないで欲しいと思います。

結局ここで「仙台」が出てくるのは、復興を名目にすればカジノ合法化の話が進みやすいというだけなのです。自分たちが利権を手中におさめるためには、遠慮会釈なく被災地を利用するのです。

パチンコ依存症、ゲーセン依存症はもはや放置できない、極めて重要な社会問題になっています。観光産業振興を謳う議連の方たちには、まずそちらの対策を徹底して欲しいと思います。仮にも国会議員なんですから。 

自己の目的のためには平気で震災を利用するというのは、石原都知事もやっています。

東京都の石原慎太郎知事は17日の定例記者会見で、2020年夏季五輪招致について「(東日本大震災から)9年先の日本の復興を想定して、それも祝いながらさらに前進していく。そのためのイベントだ」と意義を強調した。
共同通信

津波は天罰じゃなかったんでしょうか?
日本人が石原知事の理想とする道徳観に沿った生き方をしなかったら、また天罰が下るんじゃないでしょうか?今度は関東地方あたりに。

というのは冗談にしても、9年先には福島の問題は片付いてると、想定してるんでしょうか?
どう考えても世界のトップ・アスリートは東京になんか来たくないと思います。
投票はいまから3年後になるとして、明らかに東京は忌避されるでしょう。
というか立候補すること自体が、世界の笑い者のように思います。
またも都民の税金が100億円も無駄遣いです。

>9年先の日本の復興を想定して、それも祝いながら

この人、本当に頭大丈夫なんでしょうか?
「想定して企画した」ならまだしも「想定して、それも祝いながら」って・・・。

それに日本の復興ってなんでしょう?日本は何から復興するんでしょうか?

オリンピックに参加する選手たちのかなりの人々は、戦争や内乱、貧困によっていまの三陸沿岸みたいな状況になっている国々からやってくるのです。なぜにこの豊かな国が、もっと豊かになったことを祝うんだと、彼らは憮然とするんじゃないでしょうか?

三陸の復興では東京でやる意味が無いから、日本の復興なんてごまかしてるのですね。つまり自己の目的のために、震災を利用してるのです。

(そもそも2020年には津波があったことさえ、日本人以外の記憶からは消え去っているかも知れませんが。)

都民が選挙で選んだんだからしょうがないのですが、困ったちゃん知事を放置しておくとこうなるのですね。ぶっ飛び具合にも程があります。。

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2011年6月16日 (木)

トゲトゲは涼しい・・・かも

20110616 東北地方は5月、6月は温度も湿度もちょうど快適な時期に当たります。昔はじめて関東(神奈川)に住んだ時には、ゴールデン・ウィークを過ぎるといきなり夏になるので、本当に驚きました。しかも10月まで夏が続くし…

東北の梅雨は『春の長雨』という感じで、時に肌寒い日すらあります。でも東京の梅雨は完全に『夏の長雨』。暑苦しいの一語に尽きるというのも、住んでみて初めて分かったことでした。

そんな首都圏にお住まいの皆様は当然、すこしでも涼しく「夏」という『一年の50%を占める季節』を乗り切らなくてはならないわけですが・・・。

前にステテコの記事を書いたときに、一枚余分にはくのに、なぜ涼しくなるのかという疑問を述べました。

>なんでクールビズでステテコが人気なんでしょう?1枚余分に着てても、それが汗を吸収すれば、涼しくなるというものなんでしょうか?

なんて書いたんですが、違うみたいです。この疑問に対する回答が別の記事に載ってました。

これはワコール広報課の森田さんという方のお話。ステテコじゃなくて、ワイシャツの下に下着のシャツを着たほうが涼しいのかどうかという話なんですが、

「結論からいうと、ワイシャツの下に肌着を着た方が涼しく感じやすくなります。肌着を着ることで衣服との間に空隙(くうげき)という空気の隙間ができ、この隙間を空気が循環して涼感を生み出すためです。これは夏専用の機能的なものに限らず、どのような肌着を着ても同様。」
(R25)

ワコールは当然下着を売りたいわけですから、「夏は下着を着ないほうがいいでしょう」なんて、口が裂けても言うわけはないのですが、でもきっと本当のことなんでしょう。

肌着と衣服との間に隙間ができ、空気が循環するので涼感を生み出すとは・・・
誰もが考えそうですが、だったらヘヴィメタの衣装みたいなトゲトゲがついたのが下着になったら、チョー涼しいんじゃないでしょうか?
あの人達のは皮にメタルとか暑そうなのですが、普通の綿のTシャツやパンツにやはり綿素材でトゲトゲをつけたらどうでしょう?女性ものだったら痴漢防止にもなりそうな気がします。

と、ここまで書いて問題点が2つ見つかりました。

まず東京みたいに満員電車で通勤するところでは、ピタっと乗客同士が密着するので、痛いということ。
もう一つはトゲトゲの分だけ、みかけの体積が増すので、太って見える。故に女性にはまず売れそうもないということです。

※ サボテンの画像はWikipediaからです。

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2011年6月15日 (水)

「ブラックスワン」 ダーレン・アロノフスキー監督

20110615 微妙な伏線のはり方が非常に巧妙で、そこで酔わせる作品とみました。

ストーリーはナタリー・ポートマン演じるバレリーナのニーナが、新制作の「白鳥の湖」公演のプリマに抜擢されることで始まります。

彼女は若き日にバレリーナになる夢をあきらめた母親によって、ガチガチに管理されて育ってきました。ニューヨークの一流のバレエ・カンパニーに所属し、ひたすらバレエに捧げる日々を送っています。男性恐怖症みたいなのもあって、どうやらまだ処女であるようす。
背中に傷があって、最初なんだろうと思うのですが、すぐに彼女が軽い自傷行為を繰り返してるタイプなのだということが分かります。

ヴァンサン・カッセル演じる芸術監督(というよりむしろカリスマ振付師っぽい感じ?)トーマスは、ニーナが技術的には完璧なのに、黒鳥を踊れるだけの激しさと官能に欠けることを感じています。それでも可能性を見出してプリマに抜擢したのですが、その重圧がニーナを次第に追い詰めていきます。

トーマスはニーナが男性を知らない、というより肉体的快楽を知らないことが、踊りを不感症的なものにしてると考えます。ここのからみで「ゲゲッ!よもや男を知ったら踊りが変わったなんてイージーな話じゃあるまいな」と心配したのですが、さすがにそんなアホなことにはなりませんでしたのでご安心を。

サイコ・スリラー的な展開になってるので、これ以上何か書くとネタバレになってしまうためやめますが、ラストで本番の舞台が始まって、チャイコフスキーの「白鳥の湖」の音楽に乗せて繰り広げられる二十分ほどは圧巻といっていいのでしょう。宣伝文句の通りと思います。撮影・編集が特に上手いと感じました。両方共アカデミー賞にノミネートされています。

映画館からの帰り道に思いました。そういえばチャイコフスキーの死も、追い詰められた末の究極の自傷行為だったのだなあと・・・

ニーナの母親役でバーバラ・ハシー(!)が、引退するかつてのプリマの役でウィノナ・ライダーが出ています。

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2011年6月14日 (火)

Docomoの障害、朝の通勤時間帯だったことも一因 ~ニュースの落穂ひろい Watch What Happens

20110614 先週、首都圏を中心にNTTドコモで大規模な通信障害が発生しました。
ドコモがその原因を発表しましたが、意外な理由にビックリ。

主たる原因は、ユーザーの位置情報を管理する「サービス制御装置」の故障。
通常ならバックアップにすばやく切り替わるらしいのですが、ソフトウェアのアップグレードの時期に入っていたため装置全体が切り替わってしまったことによるもの。

で、そこまではいいんですが(いや決して良くはないけれど)、故障が起きたのがたまたま朝の通勤時間帯だったのが、それに輪を掛けたらしいのです。

つまりこの故障はユーザーの位置情報を管理する装置で起きたもの。
そして通勤時間帯には、当然膨大な数のユーザーが激しく移動します。このため位置情報(負荷)が膨大すぎて、切り替わったバックアップの装置の処理能力を越えてしまったというのです。

気のせいでしょうか?最近どうも日常のいろんな場面で、「何もよりによって」というようなタイミングの悪さを感じることが多くなったような気がします。

「悪くなりうるものは必ず悪くなる」というのは『マーフィーの法則』でしたっけ?
Wikiによれば英語では Everything that can possibly go wrong will go wrong.という文章になるのだそうです。

「悪くなりうるものは必ず最悪のタイミングを選んで悪くなる」というのを、『Taroの法則』と名付けようかと思いましたが、全く同じことを誰かがすでに言ってました。(これもWikipediaによる)

Anything that can go wrong will go wrong - at the worst possible moment.
「うまく行かなくなりうるものは何でも、うまく行かなくなる-しかも最悪のタイミングで」

なおドコモでは「ソフトウェアの過負荷耐性を強化する修正を行い、全国のサービス制御装置で対策を完了している」とのことです。
より詳しく知りたい方は、ケータイWatch の記事をどうぞ。

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2011年6月13日 (月)

ムーティの「仮面舞踏会」~思い出の名盤・31

20110613_muti ムーティが「アイーダ」全曲盤でさっそうと登場したのはいつのことだったでしょう。
調べてみたら録音は1974年。んー、日本発売は翌年ぐらいになるんでしょうか?

ものすごいオールスター・キャストで、ムーティの情熱的で推進力にあふれた指揮も絶賛されましたが、実は私は軽い不満を感じずにはいられませんでした。

ひとつは指揮者。続いて次々と録音された「マクベス」や「ナブッコ」「清教徒」などでは、その清新さ、溌剌とした若々しさ、すっきりとした中にあふれる歌心、なんの不満もいだきませんでした。でもこの「アイーダ」に限っては、後期のヴェルディにふさわしい『ある濃密さ』のようなものに欠けるような気がしたのです。
もしかするとこんな風に感じたのはこれ以前に NHK FM で、アバド指揮スカラ座のミュンヘン・オリンピック引っ越し公演のライヴを聞いていたせいかも知れません。

ご承知のようにEMIのこのムーティ盤は、上記のアバドのスカラ座での上演のキャストをそのまま譲り受けたようなキャスティングでした。
そのなかでひとりだけ変更になったのがアイーダ役。スカラ座公演はマーティナ・アーロヨ。これがEMI盤では当時のオペラ界でのナンバーワン・ソプラノだったモンセラット・カバリエに代えられたのです。

そしてこのカバリエが私にはわずかに疑問でした。確かにアリアでの素晴らしいピアニシモをはじめ、彼女の歌唱は美の極みとすら言っていいと思いますが、どうもドラマの流れの中でひとりだけ浮いてるように感じられたのです。
なんでも歌ったカバリエですが、この録音の段階ではまだアイーダ役はレパートリーではなかったと思います。

それに例えば4幕2場のエロティシズムのようなものは、もっと重い声――まさにアーロヨのような――でなければ出せないような気がします。
地を這うようなドロドロのエロティシズム、とまでいっては言い過ぎかもしれませんが、この場面はエロティックなものが必要ではないか。そしてそれはやはりドラマティック・ソプラノの領域ではないかと思うのです。
カバリエのピュアな美声では最終場の二重唱は、地下牢に閉じ込められたというよりも天上に飛翔する天使の声に聞こえてしまうのです。

しかしまあなんせカバリエですから美しいことは無類に美しく、ムーティも全然知らなかった若手指揮者なのにこのゴールデン・キャストを見事に統率していて、次を期待させるには十分ではありました。

そしてその「アイーダ」で外されたアーロヨをヒロインに起用して、翌75年に録音されたのが「仮面舞踏会」でした。

この録音でのアーロヨの歌唱はおよそ文句のつけようがなく、ドラマティック・ソプラノの声を聞く喜びを満喫させてくれます。
なのにネットでは「アーロヨが弱いが」などと書いてる人がいたりして、ええっ???もちろん感想はひとそれぞれであるべきですが、ちょっと理解に苦しみます。

(彼女は声量が凄くて、ダイナミック・レンジの広い人らしく、もしかすると録音の際に、アーロヨだけ若干レベルを押さえてるかもしれません。ヴォリュームを上げて聞いてください。)

彼女の美点といえば、まずドラマティックで美しい声。そしてお手本のような見事な発声。完璧なフォームというのはこういうのを言うんじゃないでしょうか。1幕は調子が出てなかったのか幾分かコッソットに押され気味ですが、2幕ではスケール大きな歌唱でドミンゴを軽く一蹴。

3幕1場はこの録音の白眉で、アーロヨが素晴らしい美声でアリアを歌いきった後、それをうけてカップッチッリが感情を爆発させるさまは、オペラ好きじゃなかったとしても、きっと興奮をおさえきれないことと・・・思うんですけど・・・言い過ぎかしらん?

もちろんアーロヨ以外のドミンゴ、コッソット、カップッチッリの「アイーダ」組は当時最高のキャストですし、グリストも当代一のオスカル。ムーティも申し分のないできと思われます。

アマゾンのリンクを貼ろうとしたら、中古しかなくて9800円なんてふざけた値段なので、やめました。

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2011年6月12日 (日)

塩釜神社の式年遷宮

20110612_1 宮城県塩釜市――正式には鹽竈市――にある塩釜神社――正式には鹽竈神社――は、今年が20年に1回の式年遷宮の年です。その一連の式典の中でもっとも重要な遷座祭が昨日の夜、行われました。(あらかじめお断りしておくと遷座祭は暗闇のなかで行われるため、写真はありません。)

20年に1回の式年遷宮というと、伊勢神宮を思いおこす人が多いかも知れません。
伊勢神宮の式年遷宮は、ご存知のように社殿を全部建て替えるという、きわめて大規模なものです。
これに対して塩釜神社の場合は本殿の建物はそのままで、檜皮葺(ひわだぶき)の屋根だけ葺き替えます。
玉石奉仕の時にも書きましたが、それに加えて今回は300年ぶりに建物の飾り金具も替えました。(カザリの文字は本来は金へんに芳)

20110612_2 右の写真のキンキラ部分がそれです。写真の光の状態が変なんですが、いいわけをするとこの先は立ち入り禁止になっていて、もうすこし移動出来ればよかったんですけど。

で、葺き替えの間、ご神体は別宮に遷座していて、工事が終わってもとの本殿にもどるという儀式が昨夜の遷座祭だったわけです。

遷座祭には招待客が300人以上でしょうか?塩釜市のVIP大集合という感じでした。

最初の写真は儀式の前に境内でお祓いをしてるところなんですが、この先、本番の神事はかがり火と松明だけの暗闇のなかで行われます。ゆえに写真はありません。

この塩釜神社の式年遷宮のお祭りは、本来は昨日から明日までの3日間の予定で、明日は塩釜市内各所での行事が予定されていました。しかしこれは震災の影響で、中止になりました。

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2011年6月11日 (土)

震災から3ヶ月

201106111_2

この写真は昨日、仙台市若林区の荒浜地区で撮ったものです。
左に写っているのが荒浜小学校。ご覧のとおり学校以外は海までほとんど何もありません。
奇跡的に2、3軒の家が残されていましたが、後は瓦礫だけ。
すべて無くなってしまいました。

話には聞いていましたが、目の当たりにするとちょっとショックを隠せません。というかあまりに酷くて吐きそうになりました。

201106112 このあたりの地域で学校の屋上に逃れて助かった人が、津波翌日だったかのラジオ・インタビューで「地獄ですよ、地獄!」と語っていましたが、3ヶ月たった今でさえ現場を見るとその言葉が実感として迫ってきます。

学校の裏手から海の方に向かうと、湖が出来ていました。
なんだコレは?と思いましたが、その先を見ると、砂浜と砕け散る波、それに途中で断ち切られた堤防が目に入ってきました。

携帯で撮った写真なので、よく分からないかも知れませんが、画面上部に線のように見えるのが砂浜とうちあげられたテトラポット。その右手が断ち切られた堤防です。

201106114 Google Earth で見るとこんな感じ。画像中央の砂浜からすぐのところに、緑色で沼のようなものが見えますが、それが右上の写真の湖です。多分堤防を破壊して流れ込んだ波が、この部分の土地をえぐり獲ってしまい、水がひいてからもそのまま湖状態で残ったものと思われます。

ここはおそらく駐車場があったところだと思うんですが、道路も湖によって寸断されてしまい、その先へはいけませんでした。(右下の写真)

201106113 この荒浜小学校の周辺は何も無くなってるんですが、ここからほんの1キロほど内陸に行くと家々はかなり健全な形で残っています。勿論浸水はしたと思われますが、プレハブの倉庫や物置のような建物でさえ、流されてはいないようです。

これほどの津波はしばらくは来ないでしょうから、それを目安に「ここからは安全だ」と考えることもできます。
しかし一方で、これらの地域が被害が少なくて済んだのは、津波が堤防を破壊し、松林を根こそぎもぎ取り、荒浜地区の家々を押し流すことによって、エネルギーが削がれたからという見方も出来ると思います。

今のように津波のエネルギーを殺ぐものが何も無くなってしまった状態では、今回被害が比較的軽微だった地区も安心はできないとも思われるのです。

津波は陸に上がると、それだけでスピードが落ちます。つまりエネルギーが減衰します。
と考えると、釜石のような海中型の防波堤よりも、いったん波を陸にあげてから防ぐ田老町タイプの防潮堤のほうが、コスト・パフォーマンスは良い筈です。

仙台市もいっそ防砂林を荒浜小学校のあたりに後退させ、その後ろ(内陸側)に巨大堤防を築いてはどうかと思うのですが、いかがでしょう?

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2011年6月10日 (金)

M7以上の余震発生警告

20110610_1 明日で震災から3ヶ月になります。
東北大学はきょう地震・津波・被害状況の研究成果をまとめた報告会を開きました。以下共同通信より。

海野徳仁教授(地震学)は11月までの半年間にマグニチュード(M)7以上の余震が1・7回発生する可能性があると警告した。海野教授は震災後の大規模余震について「本震で日本列島の岩板のバランスが崩れたため」と説明。今後も注意が必要とした。

こういうのが本当は一番いけないんですが、どうしても「M7」とか聞くとホッとする自分がいます。「M7以上」と言ってるので、もちろんM8とか8.4とかの可能性もあるわけですよね(――というよりその可能性のほうが・・・)。

写真は仙台市若林区にある大沼という沼です。海に近い側の堤が完全に壊れています。
若林区は震度6弱でしたので、地震でこうなった可能性よりも、津波の、あるいは津波で押し流されてきた家々のせいでという可能性のほうが高そうです。(沼を埋立てて道路を作ったのなら地震だけでもこうなったかもしれません。)

20110610_2 今ぐらいの季節だとこの沼のまわりでは、釣りをしている人が大勢いるんですが、もちろんいまは誰一人いません。

沼の向こうに見えるのは仙台市の農業園芸センター。海岸から約3キロの距離ですが、ここも最大で80センチ浸水しました。

少し前の記事ですが(4月中旬の地元紙・河北新報)、

120種2000株の植物を栽培する大温室は、地震で高さ7メートルのプランターが倒壊。室外にある暖房と給水の機器に海水が入り、故障したままだ。震災から1カ月が過ぎ、水不足でタイワンバナナなどの熱帯植物が枯れてきた。

とのことです。

周囲の道路の傷みもひどく、寸断されている場所もあります。私が行った時には札幌ナンバーの車に乗った作業服の人が、被害状況の写真を撮っていました。

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2011年6月 9日 (木)

ディジタルな話題

800pxsonyheadquarters きょうは Impress Watch のサイトで見かけた、興味深い記事を二、三ご紹介します。
(タイトルを「ディジタルな話題」としましたが、そういえばいまや日本語ではすっかり『デジタル』になってしまい、『ディジタル』という表記はもはやAccuphase の広告ぐらいでしか見かけなくなりました。)

まずウォークマン・ブランドのスマートフォンの話題。

ソニー・エリクソンからウォークマン・ブランドのスマートフォンが登場したそうです。ただし直輸入品で、秋葉原とかの特定の店じゃないと変えないようです。
興味がおありの方は、AKIBA PC Hotline! のページをどうぞ。

Xperiaとどこが違うんだという感じですね。

で、問題は「いったい Walkman というのは今もブランド足りえているのか?」ということだと思うんですが、どうなんでしょうか?

そしてそのソニーなんですが、iPhoneの通話に対応したイヤホンを発売するそうです。
なんかいかにも軍門にくだるという感じですが、iPhoneを持ってて、かつSONYの音が好きだという方はどうぞ。

詳しくはAV Watchの記事で。

SONYのヘッドフォンの音は昔からドンシャリ傾向と言われていましたが、実は私ヘッドフォンに関する限りSONYの音が一番好きなんですよね。
でもまあ iPhone 持ってないので、これは買わないと思いますけど。

サンヨーからはエネループの新しいタイプが二種類発売されるそうです。

一つは従来より約25%大容量となる eneloop pro 。
もうひとつは誤使用時の電池の温度上昇を抑えられるという eneloop plus 。
これはおもちゃなどに安心して使用できるとのことです。

エネループはすっかりこの手の電池の代名詞になりましたね。
この他ワイヤレス充電対応のケースなども販売されるそうです。
詳しくはこちらをどうぞ

※ ソニーの社屋の写真は Wikipedia からのものです。再利用される方は Wiki のページから使用条件を守って、ダウンロードして下さい。

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2011年6月 8日 (水)

震災前後に宮城県沖の海底が沈下

20110608 YOMIURI ONLINE によりますと以下のような話です。

東日本大震災の2日前から、震源近くの宮城県沖の海底が1日に数センチの速度で沈み込んでいたことが、東北大地震・噴火予知研究観測センターの調査でわかった。

 海底の沈下を常時キャッチできれば、予想される東南海地震など巨大地震の予測につながる可能性もあるという。

 同センターは昨年6月、同県沖約80キロの海底に水圧計を3台設置し、先月下旬にそのうち2台を回収した。装置には3月11日の大震災や、2日前の9日に同県沖で起きた地震に伴う海底の動きが記録されており、これを分析した結果、9日の地震では10~15センチ、11日の大震災では90センチ~1メートル、それぞれ海底が沈んだことが確認された。また、9日の地震後も24時間あたり2~3センチのペースで沈下が進んでいたこともわかった。


う~ん、なんかこれだけではどうもよく分からない話ですね。

普通に考えれば、震災の2日前から沈み込み始めたというのは、単に3月9日の宮城県沖を震源とする地震の影響ではないかと考えたくなります。
とすると果たしてそれが『震災の前に沈下が始まり、それゆえに予測につながる可能性も』という話とどうつながるのか?

仮にそうではなくて11日の地震の前兆としての沈み込みだったとしたら、なぜそう判断できるのか、その根拠を示さなければ。

プレートの圧力でひきずられて沈下するのだから、『2日間沈下が続く→ひずみの蓄積が極限に達してる可能性』ということなのでしょうか?
3月9日の地震の前にも、やはり沈み込みがあったとかいうのなら判りやすいのですが。

たとえば、「これまでにも大きな地震の後に海底が沈むことはあったが、今回のように2日間も沈み込みが続いたケースはなかった」(<これは私の創作です)とか、その手の補足情報があると、理解し易いのではないでしょうか?

あるいは「地震のあとに何日も沈み込みが続くのは、他にひずみが蓄積された場所があり云々」(<これも私の創作です)とか。

昨日引用した朝日の「約7分間の1曲のみを指揮」とか「今回はバルトークのオペラ『青ひげ公の城』全曲を率いる」という表現もそうなんですが、どうもクオリティ・ペーパーと呼ばれているはずの全国紙ですら、一般の読者になじまない書き方を平気でするという傾向があるのは、なんとかしてもらいたいものです。

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2011年6月 7日 (火)

小澤さん「青ひげ公の城」で本格復帰

20110607_1 小澤征爾さんがきょう記者会見を行ない、8月のサイトウキネンで本格復帰を果たすことなど、今後の予定を語ったそうです。

7日に開かれた記者会見に出席した小澤さんは「健康にはもう問題はない。日本は大変な事態になっているが、音楽家にもきっと何か役に立てることがあるはず」と語った。
朝日新聞

リンクしたサイトで全文の記事を読むとなんとなく変ですよね。朝日新聞クラスでこの手の記事を、クラシックに疎い記者が書くわけないんですが、人いなかったんでしょうか?

それにしても極端にお痩せになったような気がします。>クリック

小澤さんが振る公演は8月21日からの予定で、プログラムは「中国の不思議な役人」と、「青ひげ公の城」のダブルビル。ただし「中国の不思議な役人」は沼尻竜典さんが振ります。「青ひげ公の城」のソリストはゲルネとツィトコーワの予定。

9月1~4日には中国の北京、6~11日には上海で同音楽祭初の海外公演を行い、小沢さんは「青ひげ公の城」のほか、日中の若手奏者による小沢征爾音楽塾のオーケストラを指揮する。
 これに先立つ7月にはジュネーブ、パリ、長野県内、東京で、指導する室内楽講習会の受講生の合奏も指揮したいとしている。「何年か前、こうした若い人たちとキャラバンを組んで演奏に訪れた岩手県内の民宿が流され、あるじ夫婦も亡くなった。ぼくも自分のからだをにらみながら秋以降、被災地を回る」との考えも語った。

日本経済新聞

以上は日経の記事なんですが、最後の震災の「被災地を回る」という話をカットした朝日って・・・ まあWebだけで紙面には出るのかも知れませんが。

20110607_02 ところで近所の与兵衛沼。大雨ですっかり増水し、唖然としていましたが、ポンプの威力ってなんて凄いんでしょうか。せいぜい沼の面積の1割か2割くらいの水たまりを残すだけで、あっという間に干上がってしまいました。もうビックリです。

全部水が抜けたらどういう状態なんだろうと期待していましたが、ただの泥でした。

ていうか沼の底って、やっぱり泥なんですね。
映画「恋する女たち」で、溺れた若い恋人たちの遺体の前にたたずむオリヴァー・リードのシーンを思い出してしまいました。

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2011年6月 6日 (月)

EBeanSビル解体工事

20110606_ebeans 宮城県民以外はきっと何の感慨もわかない話だとは思いますが――

仙台駅西口のイー・ビーンズのビルは、今回の震災で大打撃をうけ、現在全館閉鎖されています。
もともとこのビルの本館部分は60年代に建てられたものですから、とても古い建物なのですが、損傷が激しくて全面改修を余儀なくされたようです。

今日、仙台駅前にいったら本格的な解体工事が始まっていました。

工事は本館(仙台駅側)の4階以上を完全に解体した上で建て替えを行い、また新館部分も全面的に改修するというもの。そこまでやるんだったら全部取り壊して新たに立てればいいのにとも思いますが、そういうもんでもないんでしょうか??

今年秋のリニューアル・オープンを目指してるようです。

それでとりあえず EBeanS のホームページを見てみたんですが、なんか不思議なプレゼントのページを見つけました。

これはなんでしょう??
誰が何を目的としてプレゼントするのか?

A賞もB賞もキリン関連なのですが、エンドーチェーン( EBeanS の経営母体)ってキリンと何か関連ありましたっけ?あるいはキリンビバレッジのキャンペーンなのかと思って、そちらのHPを観てみたのですが、とくに何の記述もないようです。

缶コーヒー100本は応募がたくさんあると思うんですが、果たして高さ2.3メートルの鉄製のキリンって誰が欲しがるのか…
応募して当たったら近所の公園にでも寄贈しましょうか?あ、でも宮城野区は地震で倒れるかも知れないから、止めたほうがいいのか・・・

この EBeanS のビルは、もともとはエンドーチェーンという地元資本のスーパー・チェーンの駅前店でした。しかしダイエーやジャスコなどに押されて次第に経営が苦しくなり、一時は西友と提携して命脈を保っていたのですが(県内に無数にあったエンドー・チェーンの支店は次々とSEIYUに姿を変えた)、それも次第にエンドーは手を引き西友側に経営を委ねる形となりました。

ただしエンドー・チェーンの本丸とも言えるこの駅前店だけは、SEIYUにならずテナント・ビルに姿を変えました。「エンドーチェーン」という会社は現在、このビルなどを含む不動産管理会社となっています。

20110606 エンドー・チェーンは仙台駅東口にもあり、そこもSEIYUにかわって震災前まで営業をおこなっていました。
SEIYUは24時間営業ですが、震災後しばらくは日中だけ営業していたため、その期間は夕方になるとシャッターが降りていたのですが、これが見事にエンドー・チェーンのシャッター。どうせ24時間営業でシャッターは降りることがないだろうと思って、塗り替えないでいたんでしょうか?

この東口のSEIYUが入ってる建物は、震災とは無関係に、以前からの予定通り建て替えられることになっていて、こちらも現在解体工事が進行中です。

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2011年6月 5日 (日)

「ヴォツェック」の補遺

20110603 音楽用語について若干補足しておきたいと思います。

一幕5場 アンダンテ・アフェットゥオーソ(クワジ・ロンド)
アフェットゥオーソは「愛情を持って」、クワジは「~的に」とか「~風に」という意味です。

二幕5場 ロンド・マルツィアーレ・コン・イントロドゥツィオーネ
マルツィアーレは「行進曲風に」。コンは英語の with で、イントロドゥツィオーネは導入部です。

三幕5場 ペルペトゥム・モビレ
モビレは mobile なのでそのまま英語読みするとモバイル。ペルペトゥムは永久という意味なので、ペルペトゥム・モビレで「無窮動」などと訳します。音楽用語というか曲名としては「常動曲」とか。ヨハン・シュトラウスにこの題名の曲があります。

J・シュトラウスの曲はどこまでもずっと曲繰り返していって、終わりは指揮者にまかせるという形。私たちの世代だと、なんといってもウィーン・フィルの来日公演で、ベームが「イツマデモ」と日本語で言って終わったのが懐かしいですよね――

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2011年6月 4日 (土)

オペラのあらすじ・2~「ヴォツェック」(後)

20110603 (続き)

幕間 《疎外》

「疎外」という概念を振りかざすのは、最近の流行からは外れてるかも知れません。
マルクス主義の手垢が付きすぎているからでしょうか?
しかし近代社会に特徴的なこの疎外という現象から、人々はいまも逃れることが出来ていません。

哲学的に疎外を定義することは私の能力では無理ですし、まして疎外の定義の歴史を紐解くことなどとうてい不可能です。一番近場でそれができそうなのはヘーゲルを読んでたスジャータ君ですが、彼とは話もしたことがないので頼れそうにはありません。

ということで無理せず、比喩的に語ってみたいと思います。

近代社会とは「すり鉢に放りこまれた豆の塊りのようなもの」だと考えてみようと思います。
ひとりひとりは豆で、固く結びついていますが、ちょうど地球が回転するように、すり鉢の中で回転していく社会は、一番下の部分からこすれて豆がすこしづつ離れていくのです。そして回転する社会とすり鉢の間で、下の豆ほどどんどんすりつぶされていきます。

ヴォツェックやマリーはこのすり潰されつつある状態です。かれらは何かの暴力的な力によって弾き飛ばされた訳ではなく、自分たち自身も含む社会それ自身の力によってすりつぶされていったのです。

たとえば人種差別というのがありますが、これは疎外ではありません。被差別者を外に押しやるのは、差別する側という完全な他者の力です。あるいは戦争による被害者なども同様です。戦争という暴力によって弾き飛ばされたのは、疎外ではありません。
差別者とか戦争とかは、いわばすり鉢にはいりこんできたスリコギに例えることが出来ます。スリコギがすり鉢の中で、グシャグシャと豆をすり潰していくのです。

そういえば仙台には、「ずんだ餅」という名物があります。ズンダというのは枝豆をすりつぶしてアンコ状態にしたもので、かなり甘いですが美味しいので、仙台においでになった際には、ぜひお土産でお買い求めになってください。

20年代の繁栄から一転、不況の1930年代になってアメリカでは、全国で凶悪な強盗たちの犯罪が目立つようになります。
最も有名なのは映画「俺たちに明日はない」で知られるボニーとクライドや、映画「デリンジャー」で知られるジョン・デリンジャーでしょうか。
彼らは犯罪者であり、しかもきわめて凶悪であったわけですが、にもかかわらず大衆的人気を博したと伝えられています。

「俺たちに明日はない」や「デリンジャー」は映画として大変に高く評価され、現在もリバイバルでビデオでTV放映で、見られ続けています。
ボニーとクライドもまた疎外された人間であると見なすことが出来ます。しかし彼らはヴォツェックのように、ただすり潰されていくことはしませんでした。ボニーとクライドはすり鉢の一番底で、しかしズンダにならずに豆のままであることを望んだのです。
そこに同情の余地ない凶悪犯の話でありながら、いまも「俺たちに明日はない」が観客の共感を集め続けることの鍵があります。

放射能というあらたな要素によって、私たちはもしかすると全く新しい疎外の形態に立ち会ってるのかも知れません。
いま日本人は日毎夜毎すり鉢の底ですりつぶされています。(いうまでもなくこれは広島・長崎が原爆という圧倒的な暴力(スリコギ)によって破壊されたのとは全く異なった状態です。)
いまこの状況で私たちがボニーとクライドのように豆でいようとすることは誰にもできません。みんな少しづつ少しづつ気づかぬうちにズンダ状態になっているのです。

ヴォツェックの最終幕、第3幕です。全5場ともバッハでおなじみの「インヴェンション」の形式で作られています。

第3幕 5つのインヴェンション

第1場 一つの主題によるインヴェンション 

マリーが聖書を読んでいます。ルカ伝第7章の『罪深い女を赦す』を読んで「私を憐れんでください」と祈るマリー。

第2場 一つの音(ロ音)によるインヴェンション

ヴォツェックとマリーがやってきて池の畔で腰をおろします。ヴォツェックはマリーを責め、「なんて可愛い唇なんだ」とキスした後、ついにナイフでマリーの喉を刺してしまいます。絶命するマリー。走り去るヴォツェック。全オーケストラが極限までクレッシェンドすると――

第3場 一つのリズムによるインヴェンション(スケルツォ) 

一転、調子外れのピアノが鳴る酒場。血だらけのヴォツェックがやってきます。「人間の血の匂いだ」と騒ぐ酒場の人々。

第4場 一つの和音(6度和音)によるインヴェンション 一つの調(ニ短調)によるインヴェンション(管弦楽終結部)

再び池の畔にやってきたヴォツェックは、殺人がばれたら困るとナイフをさがして池に捨てようとします。ナイフをさがす途中、マリーの死体につまづくヴォツェック。
見つけたナイフを遠くに捨てようと、ヴォツェックは池の中に入っていき、そのまま溺れてしまいます。
このヴォツェックが溺れ死んだ後のオーケストラ部分は、イタリア・オペラのような美しい旋律が聞かれます。

第5場 8分音符によるインヴェンション(ペルペトゥム・モビレ)

子供たちがやってきて、木馬で遊んでいるマリーの子供に「君のお母さんが死んだよ」と知らせます。
少しためらった後、木馬にまたがって子供たちの後を追い、池の方に向かうマリーの子供の姿で、オペラは終わります。

カーテンコール

ベルクの歌劇「ヴォツェック」の名盤は、数多くあります。
一番有名なのはフィッシャー=ディースカウがタイトルロールを歌ったベーム指揮のDG盤でしょうか。

私が初めてこの曲の全曲をきいたのはFMで放送されていたザルツブルク音楽祭のライヴで、ベーム指揮ウィーン・フィル、ワルター・ベリーのヴォツェックにマリーをアニア・シリヤが歌ったものでした。これは時々石丸電気やディスク・ユニオンなどに見慣れないレーベルのCDが並んでいたりして、よく海賊版が作られる音源なんだろうと思います。

シリヤのマリーはその後、夫君のドホナーニ指揮で正式に録音されました。タイトルロールはエバーハルト・ヴェヒター。(Decca)

ワルター・ベリーのヴォツェック役では、ピエール・ブーレーズ指揮のCBS盤も高く評価されてきました。このブーレーズ盤とベームのDG盤の2つが80年代後半までの代表盤だったと行っていいでしょう。

すでに述べたように「ヴォツェック」はオペラの進行と曲の構造・形式がわかちがたく結びついています。ベームとブーレーズはもちろんタイプは全く違う指揮者ですが、ふたりとも曲のフォルムやスタイルを特に重視するという意味では共通点があります。
そういう意味で基本的にこの種のオペラの録音が少なかった時代に、この二人がヴォツェックの録音に選ばれたというのはある意味当然と言えるかも知れません。

ケーゲル指揮の70年代前半の録音も評判なようですが、私は聞いたことがありません。テオ・アダムが歌っています。

アダムが歌ってるといえば、カルロス・クライバー指揮バイエルン国立歌劇場のライヴが Golden Melodram から出てるらしいのですが、これも私は聞いたことがありません。

古い時代の「ヴォツェック」録音では、ハンブルク国立歌劇場が映画として製作したものがDVDになっています。トニー・ブランケンハイムのヴォツェックで、ユリナッチ(!)がマリーを歌っています。これは作曲家のブルーノ・マデルナが指揮したもので、マデルナは指揮者としての録音は少ないですからその意味でも貴重です。

***

近年の録音だとワルトラウト・マイヤーとフランツ・グルントヘーバー主演のバレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場のものと、アンゲラ・デノケのマリーとボー・スコウフスのヴォツェックによるメッツマッハー指揮ハンブルク国立歌劇場のプロダクションのものが出ています。バレンボイムのはDVDも出ています。

CDはどっちも聞いてませんがメッツマッハーは好きな指揮者なので、きっといいはず。バレンボイムはファルク・シュトルックマンがヴォツェックを歌った来日公演は聞いています。歌手は全員凄かったですが、バレンボイムの指揮がまるで気に入りませんでした。ゆえに没。

デノケはリセウ劇場で歌ったDVDも出ています。ヴァイグレ指揮、ハヴラタのヴォツェック役でカリスト・ビエイト演出。見てません。

デイル・デュージングとクリスティーネ・チーシンスキの主演でムスバッハが演出した舞台のDVDも出てるらしいですが、よく分かりません。

***

で、まあなんだかんだ言っても、指揮者、ソリスト、オケ、合唱、あらゆる意味で完璧なものといったら、アバド指揮のDG盤につきるんじゃないでしょうか。ベーレンスのマリー、グルントヘーバーのヴォツェック。DVDも出ていました。

87年ですから、もう二十数年前の録音ということになるんですねえ。この記事を書くためにあらためて聞きなおしてみましたが、聞き惚れてしまってなかなか原稿が先にすすみませんでした。特にベーレンスの素晴らしさといったら…

なお音楽用語については後日、簡単な説明を追加したいと思います。

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2011年6月 3日 (金)

オペラのあらすじ・2~「ヴォツェック」(前)

20110603 新ウィーン楽派の作曲家、アルバン・ベルクの歌劇「ヴォツェック」は、第1次世界大戦と第2次世界大戦の間の時期――欧米の歴史の中でも光と影が最も鮮やかな対照をなし、それがめまぐるしく交代した時代に産み出されました。

主人公は虐げられた兵士ヴォツェックとその内縁の妻マリー。
ヴォツェックは貧しい暮らしを補うため豆だけ食べるなどという奇妙な人体実験の被験者になっています。
一方、食べるものにもことかく貧しい生活の中で、マリーはわずかな装身具をもらっただけで、言い寄ってきた軍隊の鼓手長に身体を預けてしまいます。

オペラは全3幕15場で、不貞を疑ったヴォツェックが、ついにはマリーを自らの手にかけて殺害してしまうまでの経緯が描かれます。この救いようのない沈鬱で陰気な話が、救いようのない突き刺さるような強烈な音楽を伴って繰り広げられるのです。

ベルクが原作となったビュヒナーの劇をウィーンの劇場で見て、「ヴォツェック」の作曲を思い立ったのは1914年のことでした。しかしベルク自身が第1次大戦に従軍したため、実際に作曲を始めたのは1917年。作曲には5年を要し21年に完成しました。しかし初演まではさらにまだ時間を必要とし、全曲の舞台初演は1925年まで待つことになります。
ベルクの書いたスコアは演奏技術の面であまりに難しく、初演の指揮を担当したエーリヒ・クライバーは百数十回のリハーサルを行ったと言われています。

オペラはしかし初演と同時に20世紀を代表する名作という評価が与えられ、その評価は一度も揺らいだことがありません。もっとも初演から90年近くが経とうとしている今もってなお、「現代音楽」という認識でとらえる人々も、決して少なくないとも思われるのです。

幕前 《光》

ヨーロッパ中を戦乱の渦に巻き込んだ第1次世界大戦が終わったのは、1918年のことでした。戦争の終りと共に、新しい世界が幕を開けました。特にアメリカは好景気にわきます。

「ローリング・トゥエンティーズ Roaring Twenties 」と呼ばれる時代がやってきたのです。大量生産と大量消費によってまれにみる経済的繁栄が訪れます。ジャズが発展し、アール・デコが生まれ、人々は都市に集まり、夜ごとパーティが開かれました。

女性が主張を始めたのもこの時代でした。「モダンな」女性たちが生まれたのです。
(ジュリー・アンドリュースの映画「モダン・ミリー」は、この時代の女性を描いたもので、原題が『徹底的にモダンなミリー』。主題歌には"It is 1922"という歌詞が出てきます。
このジュリーの歌に合わせて、田舎から出てきた三つ編みでダッサイ格好のミリーが、次々とブティックや美容院のドアをくぐっては出てくるたびに、どんどんモダンな女性に変身していくというのが、この映画のタイトルバック。ローリング・トゥエンティーズに憧れる当時のアメリカの女性を端的に示した導入部でした。)
この Roaring Twenties は日本語では「狂乱の20年代」とか「狂騒の20年代」とか訳されます。

この時代を代表する文学作品としては、スコット・フィッツジェラルドの「華麗なるギャツビー」が有名です。原題が The Great Gatsby というこの小説は昔は「偉大なるギャツビー」という日本語題名でしたが、ロバート・レッドフォードとミア・ファローの映画以来「華麗なる」で定着したようです(レッドフォードの端正な美貌は、華麗というのとはちょっと違うと思いますが)。この「華麗なるギャツビー」は、くしくも「ヴォツェック」初演と同じ1925年に出版されています。

一方、戦場となったヨーロッパの場合は、復興までに時間がかかりました。アメリカの好景気が反映されたのは1924年からと言われています。ということはこの光の時代は、ヨーロッパの場合、わずか5年しか持たなかったということになります。

1929年、あの有名なウォール街の株の大暴落が起き、世界は未曽有の恐慌に突入します。アメリカでは深刻な社会不安が巻き起こり、ヨーロッパではドイツでナチスが政権を握り、そして世界は次の戦争へとひたすら突き進んでいきます。

そのような時代にこのオペラは初演され、かつ多くの人々によって共感されたのでした。

第1幕 5つの音楽的小品

第1場 組曲(プレリュード パヴァーヌ カデンツァ ジーグ カデンツァ ガヴォット1&2 アリア 逆行プレリュード)

元床屋の兵士ヴォツェックが、大尉のヒゲを剃っているシーンでオペラは始まります。
大尉はヴォツェックが正式に結婚していないマリーに子供を産ませたことを非難し、ヴォツェックは「貧乏人には道徳的に子供をつくることなっか出来ない」と言い訳します。

第2場 ラプソディ 狩の歌

ヴォツェックが仲間の兵士アンドレスと大尉の杖を作るために野原で木を切っています。ヴォツェックは「ここは呪われている。すべてが死んだようだ」といいだし、まるで錯乱したかのようなヴォツェックをアンドレスが連れ去ります。

第3場 軍隊行進曲 子守歌

家でマリーが子供をあやしていると、軍楽隊が通り鼓手長がマリーに挨拶します。二人の仲を怪しんで嫌味を言う隣の家のマルグレート。ヴォツェックがやってきて訳のわからないことを口走っては、また去っていきます。

第4場 パッサカリア 12音による主題と21の変奏

生活費稼ぎに医者の人体実験の被験者となっているヴォツェック。豆しか食べていけないとか、咳をしてはいけないとか奇妙な実験。ヴォツェックはここでもまた「世界が燃えるようになって、恐ろしい声が俺に話しかけてきた」などと言い始めます。実験の成果が出て、精神錯乱が始まったと喜ぶ医師。

第5場 アンダンテ・アフェットゥオーソ(クワジ・ロンド)

マリーと鼓手長のシーン。マリーに迫る鼓手長に、はじめは拒否していたマリーでしたが、「どうでもいいわ。結局は同じなんだから」と言って、鼓手長に抱かれるのでした。

ベルクはこの作品を3幕15場に分け、それぞれに古典的な音楽の形式をあてはめて作曲しました。各場の見出しに書いてあるオレンジ色のがそれです。
「ヴォツェック」の音楽は表現力があり、また非常に美しい瞬間も数多くあります。したがって漫然と聞いても感動はするのですが、それぞれの形式を意識して聞くと、面白さ倍増というか数倍増になります――ええっと、なるはずです。

幕間 《影》 

光が強ければ影が濃いのは道理というものでしょうか。

第1次大戦後のアメリカはその繁栄の影で、特に中西部で社会からこぼれ落ちていく人たちを多く生みだしました。戦争の影響で農作物の需給バランスが崩れたことに加え、干ばつなどのせいもあって、農業が著しく衰退していったのです。

また戦場にならなかったアメリカになだれ込んだ戦時中の大勢の移民たち、さらに20年代になって急激に増えたメキシコからの移民たちは、大量生産を支える貴重な労働力になると同時に、ホームレスに落ちこぼれていく人も少なくありませんでした。

映画「愛とさすらいの青春 ジョー・ヒル」などに描かれた、有名な労働運動の指導者でさすらいのシンガー、ジョー・ヒルは1910年代の人ですが、ジョー・ヒルのような放浪者・ホームレスは繁栄の20年代にも勿論いたのです。
カリカチュアライズされた形ではありますが、私たちは当時のホームレスの姿を1918年の「犬の生活」から1931年の「街の灯」にいたる、チャップリンのいくつもの映画で観ることが出来ます。

さらに1919年に成立した禁酒法の影響で、ギャング(アル・カポネに代表される)が大きく力をつけていき、夜の世界を支配するようになります。

一方ヨーロッパはと言えば、戦争の深い傷跡が残り回復に時間がかかった上、経済の中心がアメリカに移ったことによって、衰退は決定的なものになります。

そうした中、1918年ナチスの前身であるドイツ労働者党が誕生します。そしてヒトラーが指導的地位につくとともに、急激にその勢力を拡大していくのです。

そうした戦後世界の負の部分が、一気に表面に噴き出てくるのが1929年の世界大恐慌でした。

繁栄の陰でじわじわと積み重なっていく、こうした社会の負の部分に押しつぶされる人たち。ヴォツェックもマリーもそうした人々の中でも、最下層に位置する人々の一人だと考えることが出来ます。
彼らは自らもその一員である社会から弾きだされようとし、必死でしがみつきながらやがてみずからをすり減らしていく人々。すなわち疎外された人々です。
では疎外とはなんでしょうか?

第2幕 5楽章の交響曲

歌劇「ヴォツェック」の第2幕は、5楽章の交響曲という形で作曲されました。
ということは当然、第1楽章はソナタ形式ということになり、後半は緩徐楽章、スケルツォ、フィナーレと続きます。

第1場 ソナタ形式

鼓手長にもらったイヤリングをつけるマリー。そこに入ってきたヴォツェックに対し「拾った」と嘘をつきます。ヴォツェックは医者からもらった報酬をマリーに渡して出て行きます。自分で自分を「悪い女」だと責めるマリー。

第2場 3つの主題によるファンタジーとフーガ 移行部と導入部
 

医者と大尉との会話。そこにヴォツェックが通りかかります。
大尉はマリーと鼓手長の関係をヴォツェックにほのめかすのでした。

第3場 ラルゴ(シェーンベルクの室内交響曲の編成による) 移行部と前奏(レントラー)

マリーを責めて、手を挙げるヴォツェック。「触らないで!」と激しく拒否し、「手でぶたれるより、ナイフで刺されたほうがまし」と言って、家の中に去っていくマリー。

第4場 スケルツォ 後奏(ワルツ

夜の酒場で鼓手長とマリーが踊っています。ヴォツェックが二人の方に向かいますが、踊りは終わります。アンドレスが話しかけるもののヴォツェックは取り合いません。(オペラでは無垢の預言者的役割を与えられる)『白痴』が現れ「血の匂いがする」と言います。

第5場 ロンド・マルツィアーレ・コン・イントロドゥツィオーネ

兵舎で兵士たちが眠っていると、鼓手長が帰ってきてマリーとのことをほのめかします。取っ組み合いになるヴォツェックと鼓手長。鼓手長がヴォツェックをねじふせ出て行くと、ヴォツェックは不気味にも「順番にひとりずつか」とつぶやくのでした。

(続く)

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2011年6月 2日 (木)

NHKラジオのネット配信、9月から

20110602 3月に総務省から認可が降りた段階でニュースになってましたので、特に新しいニュースでもないかも知れませんが、NHKからの正式発表と言うことだと思います。日程が新たに発表された部分が、ニュースでしょうか。

NHKは2日、ラジオ放送をインターネットに同時再送信するサービスを始めると発表した。
AMのラジオ第1(関東広域放送)と第2(全国放送)、FM(東京都域放送)が対象で、パソコン向けが9月1日から、スマートフォン(高機能携帯電話)向けが10月1日からとなる。難聴対策の目的で2年間試行する。

読売新聞

@nifty の《デジタル・トゥデイ》(3月11日付)によれば、FMはステレオですが48kbps程度ということなので、残念ながら音質的には期待できません。FMチューナーは手放せないということなんですね。。。

欧米の局など高音質でオンデマンドをやってる所もあるんですから、NHKに出来ないわけ無いのに、いつもいつもなんだって日本の公的機関のネット対応はこんなにしょぼいんでしょうか?あるいは始めただけマシというべきなのか・・・

なおより詳しい情報を知りたい方は AV Watch の記事をどうぞ。

ところでNHKはラジオのキャラクターというのを作ってたんですね。名前は「らじる」。見たい方はこちらをクリック!

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2011年6月 1日 (水)

仙台駅

20110601 震災で大きな被害を受けたJR仙台駅。
特に新幹線ホームと2階コンコースは、天井が落ちるなど被害がひどく、復旧までかなりの期間を要しました。
仙台駅正面(西口)も大きなダメージを受けたようで、修復工事のためずっと工事用の覆いがされていました。

それが、ようやく覆いのほとんどが外れて駅の外観がみえるようになりました。なんか不覚にも感激してしまいました。

この駅ビルはあまり好きじゃないと思ってたんです。
というのも昔の――つまり新幹線開通前のですが――仙台駅は木造の建物でなかなか良かったんですが、今の駅は風情のかけらもなくて。

私以外にも写真を撮ってる人が何人かいました。

***

バス歌手のジョルジョ・トッツィが、30日亡くなったそうです。ご冥福をお祈りします。

ジョルジョ・トッツィは1923年シカゴ生まれ。メトロポリタン歌劇場を中心に、50年代~60年代に大活躍したアメリカを代表するバス歌手でした。多くの録音がありますが、映像ではハンブルク国立歌劇場の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」でハンス・ザックスを歌ったDVDが出ています。

映画好きにとってはミュージカル映画「南太平洋」で、主人公のロッサノ・ブラッツィの歌を吹き替えたことでも知られていました。

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