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2011年9月

2011年9月30日 (金)

仙台クラシック・フェスティバル2011

20110930 「せんくら」こと「仙台クラシック・フェスティバル」が今年も始まりました。

これは文字通りクラシックのお祭りなんですが、仙台市内各地で1回1時間ぐらいのミニ・コンサートが沢山開かれます。
今年は今日から日曜日まで3日間、仙台市内3つの施設の合計十箇所程のホール・スタジオを使って、あわせて58のコンサートが開かれます(他に青空コンサートも)。
鮫島有美子さん、小山実稚恵さんら有名なアーティストが顔を揃えていますが、料金は1000円!(当日券は1500円。なおオーケストラ・コンサートのみ2000円。)
「クラシックなんて、あまり聞かないんだけど」というような人も1000円だったら、気軽に行けますよね。
驚いたことに今年はコントラバスの世界的スター、ゲイリー・カーも参加。当然チケットは完売で、私は残念ながら出遅れてしまいました。

ゲイリー・カーの言葉「今日本が直面している困難なつらい試練の中で音楽を通して再生への力を蘇らすためにお手伝いをしたいという気持ちから参加しました。これまでに何度も訪れそのたびに温かく私の音楽を受け入れてくださった日本の皆様に恩返しの気持ちをこめて演奏したいと願っています」

去年は私はヴァイオリンの川久保賜紀さんのコンサートと、エレクトーン奏者(で、ホテル批評の毒舌ホームページが一部で非常に有名な)神田将さんのコンサートを聞きました。
今年も何か聞きたいんですが、はやくから売り切れになったものが多いんですよね。やっぱりみんな音楽に飢えてるのかもしれません。

ジャズフェス同様この「せんくら」も、当然今年は開催が危ぶまれました。去年は4施設を使って約100のコンサートが開かれたんですが、今年はそのうち1つが被災してまだ使えない状態、もう一つも大ホールが使えず展示ホールだけ。実質2施設になり、コンサートの数も半分近くに減っています。

どうか来年はいつもどおりの規模で行われますように。

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2011年9月29日 (木)

バルビローリのマーラー5番~思い出の名盤・39

20110929_barbirolli この曲の存在を知った時の最初の感想は、「嬰ハ短調の交響曲なんてあるんだ」でした。嬰ハ短調といったら言うまでもなくベートーヴェンの「月光ソナタ」。でも管弦楽曲では聞いたことないような…。ショパンにも沢山ありますし、なんとなくピアノ曲のための調性のように思い込んでたのですが、もちろんそんなことはないですよね。

この曲を初めて聞いてから少ししてあの映画「ベニスに死す」が公開されました。高校生の時でしたが、映画の感想はなんかテンポが異常にのろくてかったるい映画だなというもので、アダージェットにも特に感じるところはありませんでした。ヴィスコンティの映画を観るのも初めてでしたし、この時はちゃんと見れてなかったのですね。30歳過ぎてから確か早稲田松竹だかでヴィスコンティ特集をしてた時に見直しましたが、映像美だけの映画じゃない深い作品なんだということが初めてわかりました。

最初に聞いたのは例によってFM放送で、誰の演奏だったかは覚えていません。最初に買ったLPはアバドとシカゴ響のDG盤で、すこぶる気に入りませんでした。
かのウィーン・フィルとの6番の再現を求めてたのですが、あのネットリ感もなければ、シカゴ響との2番の録音のような斬新さがあるわけでもなく、その透明感やスッキリさ加減にむしろよそよそしさを感じてしまったように思います。

はまったのはバルビローリのLPで、廉価盤かミドル・プライスに降りてきたチャンスに購入してみたのでした。評判のベルリン・フィルとの9番はすでに聞いていて、素晴らしかったというのもあります。

バルビローリですから、第4楽章のアダージェットは優しく叙情的に、心ゆくまで歌いぬいている――というのは、ご想像がつくと思います。しかしそれだけでなくその他の楽章もオケのマスとしての迫力やダイナミックな盛り上がりにも欠けてなく、全体に情熱を込めて演奏されていて実に感銘をうけます。勿論この演奏の白眉はと問われたら、アダージェットと言わざるを得ませんが。

「ベニスに死す」のサントラはヴィスコンティの義理の弟(妹の夫)にあたる指揮者で作曲家のフランコ・マンニーノが指揮したものですが、バルビローリの録音に聞ける美しさと叙情性、そしてかすかな退廃の香りは映画を思い出したいのなら、サントラ以上にぴったりの演奏と言えるかもしれません。

実際に昔、雑誌に音楽評論家のNさんが、映画のサントラはバルビローリだと思うと書いてました。それはもちろん誤解なんですが、気持ちは非常に良くわかります。(Nさんは当時はかなり活躍していた批評家でしたが、精神を病んだらしく、事件を起こしてフェイドアウトしていきました。彼の評論は私は決して嫌いじゃなかったので、とても惜しいと思っています。)

ただバルビローリの音楽作りと、録音の古さの相乗効果だと思いますが、終楽章のように錯綜した複雑な構造の音楽は、少し団子状態で聞こえてくる傾向があり、こういうあたりはやはりアバドら(かつての)新世代の指揮者のほうが、聞いて判りやすい音楽になってると思います。

そのアバドはレコードには必ずしも満足できなかったのですが、LSOとの来日公演で演奏された5番は素晴らしいものだったようです。私は生では聞けなかったのですが、NHKで放送したライヴは不完全燃焼気味に思えたLPとは違い、明晰で輝かしくオーケストラが指揮者の要求に完璧に応えたといった感じの名演と聞きました。

そのあたりですっかり第5には満足していたのですが、CD時代に入って斬新な名盤に出会いました。
それがシノポリのDG盤。あの頃のシノポリの演奏はいずれも新鮮ではありましたが、特にこの第5はもう最初のトランペットからいまだかつて聞いたことのないような響き。瞬間、心をわしづかみにされました。

実はこの項をシノポリにしようかバルビローリにしようか少し迷ったのですが、一応この「思い出の名盤」シリーズは、基本的にLP時代の演奏を取り上げたいと思っていたので、シノポリは見送りました。

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2011年9月28日 (水)

パリコレ始まる

20110928 2012春夏プレタポルテのコレクションはミラノが終了し、27日からパリ・コレクションが始まりました。
コレクションはまずファティマ・ロペスのショウで開幕、さらにアンソニー・バカレロ、ティミスター、コミューン、ジュリアン・デイヴィッドらのショウが行われました。

注目は30日の金曜日。人種差別発言でガリアーノを解雇したディオールのショウが。そして続く週末にはその解雇されたジョン・ガリアーノのショウが開催されることになっています。

プレタポルテは基本的に「売れる服=着れる服」なので、外野から見るぶんにはオートクチュールほどの面白みはありませんが、女性の方はやはりこっちのほうが興味が有るものなのでしょうか?(オートクチュールのほとんど全裸に近い服とか、布を巻いただけみたいな服なんか、着るチャンスないですよね?)

私たち男性にとっては、オートクチュール程じゃなくてもメンズ・コレクションに出されるような服なんかとても着れません。すでに2012春夏メンズ・コレクションは終了していますが、その写真を見てもよほど若い子でかつスラっとした長身・細身の体型じゃないとまず似合わないものばかり。

と思いつつもこの秋~冬に何か着れそうな服がないかと探してみたら、なんと。アダムキメルの2011-12秋冬メンズ・コレクションの中に私でも似合いそうなのを一つ発見しました。

これならバッチリかも。>クリック!

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2011年9月27日 (火)

睡眠不足は太りやすい?

今朝なにげにニュース項目を流し読みしていて驚きました。
すでにご存知かと思いますが、テノール歌手で藤原歌劇団の総監督や新国立劇場のオペラ芸術監督もつとめた五十嵐喜芳さんが、23日亡くなられたそうです。83歳でした。
謹んでご冥福をお祈りいたします。 

20110927 睡眠が大事なことは当然、言うまでもありません。私が脳梗塞になった原因の一つは睡眠不足で、せめてあと一日につき2時間余分に寝ていたら、避けられたかもしれません。
ということで今は非常に睡眠に神経質になっているのですが、ネットニュースにこんな気になる話題が。

米国スタンフォード大学で睡眠時間と肥満度(BMI)の関係を調査した結果、睡眠時間が6~7時間の人が最も肥満度が低いことがわかっている。睡眠時間が短い人では食欲を増進させる「グレリン」という物質が多く分泌され、食欲を抑える「レプチン」という物質の分泌が少なくなり、結果として太りやすくなるという。快眠は美の近道なのだ。
J-CASTニュース

最初にタイトルだけ見たときは、そんな馬鹿なと思いました。
そんな馬鹿なと思った理由1 なんらかの悩み→眠れない→痩せていく というパターンのほうがありそう。
理由2 私自身が不眠症だった頃にはむしろ痩せ気味だった。今はすごく眠ってるのに、やけに太ってきている。

でもスタンフォード大学では、ちょっと信じるしかなさそうですね。
とりあえずこれだけではよく分らないので、言葉の意味を調べることにしました。

1. まず肥満度・BMIとは?

BMIはBody mass indexの略で、肥満度を図る計算方法の一つです。
体重(kg)を身長(m)の二乗で割った数値がそれ。
男女ともBMI=22の時が高血圧、高脂血症、肝障害、耐糖能障害等の病気になる率が最も低くなるのだそうです。ということでこのBMIが22になる体重が、身長に対する標準体重ということにされています。男女ともというのが少し意外です。

計算式を逆にすると標準体重=22×(身長の二乗)
この計算式に数値をいれてやって、ぴったり一致すればベストということになりますが、一致しなくてもがっかりする必要はありません。
肥満あつかいはBMI=25からで、18.5から25までは普通体重です。

2. グレリンとは?

グレリンは胃から出るペプチドホルモンで、成長ホルモンの分泌を促進し、視床下部に働いて食欲を増進させる働きを持つのだそうです。
分子量は3370.9で、アミノ酸配列は 1 GSSFLSPEHQRVQQRKESKKPPAKLQPR 28 です。――なんちゃって。

このグレリンは食べると血中濃度が低下し、絶食すると上昇するのだそうです。まあ、当然ですね。食べてないから食欲を刺激するわけで。
で、デブは血中濃度が低く、痩せは高いのだそうです。これも一見当然のようです。デブはしょっちゅう食べてるから低く、痩せはあまり食べないから高いと考えれば理屈にあいます。
でもデブは食えば食うほど食欲が刺激され、痩せはいつもウサギの餌ぐらいしか食べず食欲も刺激されてないみたいというのが、一般的のような…
どうなってるのでしょうか?

3. レプチンとは?

上に引用した記事だと、レプチンは食欲を抑える働きをするようですが、これは少々不正確なようです。
レプチンは同じくペプチドホルモンなんですが、脂肪組織によって作り出され食欲と代謝の調節という重要な働きを担っているようです。

よく食事をして20~30分たつと満腹信号が出されるので、早食いする人は太るなどといいますが、この満腹信号がレプチンです。

睡眠不足でレプチンが少ないと満腹にならないので太るというのが上記の記事ですが、レプチンは多すぎてもまずいことになるみたいです。

体内に脂肪が増えていくと、レプチンは一緒に増えていく性質を持っています。体脂肪率が25%を超えた頃から、レプチンの分泌は盛んになり、多くなりすぎて飽和状態に達すると脳が麻痺してしまいレプチンが効かなくなる状態に陥ってしまうのだそうです。

レプチンが効かなくなると満腹信号が出ませんから、いつまでも食べ続けることになります。そうするとどんどんどんどん脂肪をため込み、どんどんどんどんその脂肪がレプチンを生産し、ますますレプチン過剰の状態になっていくという悪循環に陥ります。
つまりまとめると、デブになればなるほど、食欲と代謝をコントロールするという大事な働きを持つホルモンの作用が効かなくなるということですね。なんと怖い話でしょうか。

ダイエットして脂肪が2~3%減るとなぜかレプチンの量は20%も減るのだそうです。
脳はいままで飽和状態だったレプチンが急に減ってしまうため、ものすごい飢餓感に襲われ、ついつい大食いに戻ってしまうということになります。これがリバウンドの原理みたいです。う~む。

もしレプチンについて更に詳しく知りたい方は、こちらをどうぞ。
http://jams.med.or.jp/symposium/full/124036.pdf

写真は仙台市青葉区の西公園。

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2011年9月26日 (月)

ハムスターは残念ながら(?)日本上陸せず

20110926_2 久々に夕焼けを見たような気がしました。随分長いこと昼は暑くて夕方になると夕立とか、台風で天気の悪い日が続くとか、夕焼けの赤い空には縁遠い天候だったように思います。

土曜日には県北に住んでいた伯母の告別式に行って来ました。
といっても最近亡くなったわけではなくて、実は震災の2日後に亡くなったのです。死因は震災とは無関係で、老衰のためだったのですが、電話も携帯も通じず親戚に連絡をとることもできない、もちろんお葬式をやっても駆けつけることも出来ないという状況。そんなわけで告別式は半年間延期されていたのでした。
直接の被害ではなくとも、大災害の影響って色々なところに出るものです。 

ところで少し前の話題なんですが…

みなさんは GIGABYTE というメーカーをご存知でしょうか?
この会社は台湾のコンピューター部品のメーカーで、自作をする人だったら知らない人はいないと言ってよいでしょう。特にマザーボードではかなり大きなシェアを獲得しており、もしかすると皆さんがお使いのPCも、中を開けるとマザーボードは GIGABYTE製かもしれません。

この会社の日本法人はマスコット・キャラを持っています。それがこれ>クリック!

ギガバイ子という名前なんですが、このギガバイ子ちゃんはギガの製品の宣伝や、使用方法の説明、新技術の解説などをやるほか、ブログまで持って、PCオタクのアイドルとして活躍中なのです。

ところが!そのギガバイ子ちゃんに強力なライバルが出現したというニュースが、今月の前半にネットを駆け巡りました。新たなマスコットの登場で、ギガバイ子はお払い箱になるのではないかと。

それはハムスターのマスコットで、写真だけは明らかにされていたのですが、実態はよくわかりませんでした。それが分かったのです。

ハムスターのマスコットは GIGABYTE の南米法人限定のキャラで、なぜハムスターかというと今南米ではハムスターが大人気だから、なんだそうです。
このハムスター、着ぐるみもしくは人形のようなのですが、ギガバイ子ファンが心配するまでもなく、1回限りのキャラで終わったようです。なにしろその姿のあまりの不気味さに、ハムスター大人気の南米でさえまるで受けなかったみたいなのです。

と、ここまで読むとそのハムスターの人形もしくは着ぐるみ、見てみたくなりませんか?
これです>クリック!

どこがハムスターじゃ!!

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2011年9月25日 (日)

オペラのあらすじ・4~「偽の女庭師」K196(後)

20110920600600 (続き)
アルミンダへの愛を歌う騎士ドン・ラミロの美しいアリアに続いて、ようやく話が進行します。

市長はベルフィオーレ伯爵を呼んで、殺人容疑は本当かどうか詰問します。うろたえる伯爵の前に進み出て、サンドリーナが身分を明かします。ショックを受けるアルミンダ。愛するサンドリーナを失うかもしれないと心配する市長。やはりヴィオランタ本人だったと喜びサンドリーナへの愛を歌おうとする伯爵。でも二人だけになった時サンドリーナは「あなたを救うために嘘をついてあの人を名乗ったのよ」と語り、伯爵を押しとどめます。

伯爵のレシタティーヴォとアリア、デスピーナを思わせるセルぺッタのアリアを挟んで、サンドリーナがいなくなったという知らせが入ります。

暗い洞窟がある荒れ果てた場所で、サンドリーナがたったひとり恐怖に震えています。誰かが恐ろしい獣が住むこの場所にサンドリーナを連れてきて置き去りにしたのです。ここで歌われるアリアとカヴァティーナは非常に大規模で聴き応えがあります。

皆がサンドリーナを探しに来る場面から第2幕のフィナーレに入ります。しかし暗闇なので誰が誰だかわかりません。そこで相手を取り違えた愛の告白などという、どこかで見た場面が入ります。でも何処かで見たんじゃなくって、実はこっちが先なんですね。――明るいところに出て人違いに気づく全員。サンドリーナと伯爵はあまりの展開に発狂してしまいます。

サンドリーナと伯爵はあまりの展開に発狂してしまいます。

大事なことなので2回書きました、じゃなくって・・・あまりの展開に気が狂いそうになるのは、見てるこちらの方ですが、さすがにいきなり登場人物を発狂させるという筋には昔から批判が多かったそうです。
結局、2幕も全員が混乱のうちに幕を閉じます。

幕間

サンドリーナはいつも憂いに沈んでいるだけで、まったく庭師の仕事をやってないようなのですが、そんなことでいいのでしょうか。そもそもどうして庭師に就職できたのでしょう。あるいはなんだって偽の庭師として市長邸の造園事業に応募したのでしょう。もうちょっと簡単にできる仕事もありそうなものですが。

ヨーロッパでは庭師は非常に尊敬される職業であり、一流の庭師は芸術家とみなされていました。たとえばヴェルサイユ宮殿の庭を設計したアンドレ・ル・ノートルなどがその代表です。どう考えても侯爵令嬢のサンドリーナやその召使のナルドが、その手の庭師になりすませるとは思えません。

しかしよく考えてみれば小さな市の市長の館が、そんな凄い芸術家的な庭師を雇うとも思えません。かといって単に庭仕事をするための下働きの男女なら、「庭師」とは言わないでしょう。いったいサンドリーナとナルドは市長邸で、どんな仕事をしていたのでしょうか?

実はヨーロッパでは庭師というのは必ずしも庭仕事だけをする、という訳ではありませんでした。実は庭師は執事的な仕事も兼ねているケースがあったのです。

そうした例としては、画家カラヴァッジョのお父さんがいます。
カラヴァッジョの父はフェルモ・メリージというのですが、かの有名なスフォルツァ家の庭師でした。ご承知のようにスフォルツァ家はヴィスコンティ家を乗っとった後、ミラノの支配者として権勢をふるいました。現在も残るミラノのスフォルツァ城でそれを偲ぶことができます。
カラヴァッジョが生まれた頃は当然、スフォルツァ家のミラノ支配時代は終わっていましたが、スフォルツァはベルガモ近郊にあるカラヴァッジョの侯爵として、カラヴァッジョにも居城を持っていました。

フェルモ・メリージはその時代のスフォルツァ家の庭師だったわけですが、庭師とはいっても庭仕事をやっていたわけではなく、実質的には邸宅管理人で室内装飾なども担当していたと考えられ、侯爵に従ってカラヴァッジョの城とミラノの邸宅を行き来していたと思われます。
(カラヴァッジョの本名はミケランジェロ・メリージで、カラヴァッジョは出身地の名前をつけたということになっていますが、画家が7歳の時にフェルモがペストで死んだために、母親と共にカラヴァッジョに移ったのであって、実際にはミラノで生まれていると考えられています。たしかにあの画風はミラノという大都会の喧騒と退廃の中で幼少期を過ごした人のものという感じはいたしますね。)

そういえば日本でも江戸時代の「御庭番」というのは、決して庭仕事をするための役職ではなかったわけで、洋の東西を問わず「庭」というのには何か重要な含みがあるのかもしれません。

サンドリーナとナルドがそうした執事的な仕事をする庭師として就職したと考えれば、彼らにも仕事はできたんじゃないかとも考えられます。もっともその場合は、はたして二人も必要かという別の問題が出てきますが。

第3幕

3幕はわりと短く、しかも話が強引に収束する、いささかイージーなエンディングとなっていますが、音楽はかなり充実しています。

発狂している伯爵とサンドリーナは、それぞれともにナルドを捕まえ自分の恋人と思って彼に言い寄ります。「ああ、まだ狂ってる」とナルドはちょっとフィガロを思わせなくもないアリアを歌い、サンドリーナと伯爵の二重唱に続きます。

一方、市長にはアルミンダが伯爵と結婚させるようにせまり、騎士ドン・ラミロはアルミンダとの仲を取り持つように迫ります。市長のアリア。速いテンポの推進力のあるアリアで、市長役のテノールの聞かせどころと言えそうです。

しかしアルミンダはまたしても騎士ドン・ラミロにつれなくあたり、ラミロは絶望のアリアを歌います。

次の場は庭園で眠っていたサンドリーナと伯爵が目覚めるシーンから始まります。(目覚めのシーンのオーケストラ部分はちょっと21番のピアノ協奏曲の緩徐楽章を思わせます。)気が触れていた二人はどうやら目覚めと共に治った様子(!)。二人のやり取りがレシタティーヴォと二重唱で綴られ、次第にサンドリーナが心を動かされ、ついに伯爵を許して二人の心が結ばれるまでが描かれます。二重唱は非常に美しく変化にもとんでいて、この馬鹿馬鹿しい話には少しもったいない気がするほどです。

皆の前にサンドリーナと伯爵が現れ、二人は結婚することを宣言します。アルミンダは反省し、サンドリーナを洞窟に置き去りにして殺そうとしたのは私と告白。騎士ラミロの求愛を受け入れることを告げます。セルぺッタはナルドと結ばれ、一人取り残された市長も新しい女を探すと決め、短いフィナーレとなります。

「誠実な心の女庭師よ、万歳。
皆を喜ばせてくれる愛よ、万歳」

カーテンコール

最近はこの作品のDVDが数種類出ています。私はどれも見たことが無いので何が良いのかわかりませんが、オーソドックスなのが好きな人には、マックス・ポンマー指揮(ドイツ語版)のが評判が良いようですが、国内盤は廃盤みたいです。

アーノンクール指揮のチューリヒ歌劇場ライヴとアイヴァー・ボルトン指揮でザルツブルク音楽祭ライヴの二種類とも評判は悪くないようです。
他にローター・ツァグロゼク指揮のと、エストマン指揮ドロットニングホルムのも輸入盤であるようですが、いずれも詳しいことはよくわかりません。

CDはドイツ語ジングシュピール版はメイジャー・レーベルではシュミット=イッセルシュッテット盤しかありませんが、これは言うまでもなく決定版的存在。残念ながら国内盤はいま廃盤みたいです。下のAmazonのは輸入盤でしかも中古ですが2400円と値段が安かったのでリンクしておきます。

イタリア語オペラ版はハーガー指揮モーツァルテウム管、コンウェル、ズキース、ユッタ=レナーテ・イーロフ、ファスベンダー、エッツィオ・ディ・チェーザレ、トマス・モーザー(伯爵)、マクダニエルのDG盤。

アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス、グルベローヴァ、マルジョーノ、アップショウ、バチェッリ、トマス・モーザー(市長)、ハイルマン、シャリンガーのテルデック盤というのがあります。

あとシルヴァン・カンブルランがモネ劇場のオーケストラを振ったブリリアント盤もあるようです。ウーゴ・ベネッリらが出演しているようですが、詳細がちょっとわかりません。

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2011年9月23日 (金)

理由

20110923 昨日のNHK-FM放送はこの春に開かれたフェリシティ・ロットの東京でのリサイタルのライヴでした。クライバーの最後の元帥夫人からすでに十年以上、少し不安でなくもなかったのですが、相変わらずエレガントで美しいプーランクやR・シュトラウスでした。
先日の記事ではふれるのを忘れてましたが、ロットも震災からわずか1ヶ月後の東京で、心のこもった歌を届けてくれてたのですね。

さてバイエルン国立歌劇場の引っ越し公演が今日から始まりました。二人の女王、マイアーとグルベローヴァが無事来日を果たして、多くのオペラ・ファンはほっとしているものと思われます。というかネットでは早くも今日のグルベローヴァを讃える書き込みが見られます。
本日出演のガナッシ、エルザのエミリー・マギーも来日、10月に上演される「ナクソスのアリアドネ」のキャストもピエチョンカ以下今のところは予定通りのようです。

勿論カウフマンの他にもキャンセルした歌手はいて、
ホセ・ブロスは膝の半月板損傷のため手術が必要とのこと。
パオロ・ガヴァネッリは中耳炎のため飛行機の移動にドクター・ストップ。
ファルク・シュトルックマンは抜歯後の炎症により歌うことが不可能。

みなさんのすみやかな回復を願ってやみませんが、やはり病気以外の理由でキャンセルするのは契約違反になってまずいのでしょうか?しかし原発が爆発することを想定した舞台契約なんて、そもそもあるわけないのですから、今回に限っては免責にしてちゃんとした理由を言わせるべきではなかったかと思います。
これではファルクやガヴァネッリが少しお馬鹿さんに見えるんじゃないでしょうか?

とはいえ実はフローレスの「海水を飲んで」を上回る理由が出てくるんじゃないかと、ひそかに期待してたんですが…。ちょっと残念かも。

なお、もしかすると明日は更新できないかもしれません。

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2011年9月22日 (木)

オペラのあらすじ・4~「偽の女庭師」K196(中)

20110920600600 (続き)
こんな調子で書いていたらいつまでたっても終わらないので急ぎましょう。

サンドリーナはついにアルミンダが連れてきた婚約者と出会ってしまいます。
その人はなんとベルフィオーレ伯爵!驚くと同時にいまだに愛している伯爵が、こともあろうに他の女と婚約しているのです。
ベルフィオーレ伯爵も驚愕します。自分が殺したと思い込んでいた女性が、生きて目の前に現れたのですから。自分は殺人者ではなかった。ヴィオランタは生きていた!
――と喜ぶのもつかの間、彼女は「自分は庭師のサンドリーナ。人違いです」とヴィオランタであることを否定します。
全員がそれぞれの気持ちを口にし、すれ違いの恋に振り回されたまま、混乱のうちに幕を閉じます。

このシーンはまずサンドリーナの憂いに満ちた美しいカヴァティーナに始まり、サンドリーナとアルミンダの会話(レシタティーヴォ)を挟んで、15分ほどかかる長大なフィナーレに突入します。
このフィナーレは素晴らしく、神童から天才へと変わりつつあるモーツァルトの筆の冴えが存分に発揮されています。(と言っても勿論「フィガロ」や「コジ」とは比べないでください。)
サンドリーナのカヴァティーナも、思わず伯爵夫人のアリアを連想してしまうような美しいメロディで、1幕の終わりは非常に聴き応えがありますす。

幕間

モーツァルトがこのオペラを作曲したのは1774年のことでした。
実はこの「偽の女庭師」はナポリ派オペラのヒット作の一つで、モーツァルトは台本をそのまま流用してるようです。当時はそれはごく普通のことでした。
モーツァルトには他の作曲家の作品に挿入するためのアリアなどというのもありますし、著作者人格権なんて概念すらなかった時代ならでは、いまではとても考えられないことです。もっともおかげで私たちはモーツァルトの珠玉のコンサート・アリアの数々を聞けるわけですが。

作曲を依頼したのはミュンヘンの救世主劇場で、当初はその年の暮に上演される予定でした。モーツァルトは父レオポルドと共にミュンヘンに旅行します。
ただ、理由はわかってないのですが、上演は翌1月に延期されました。

年が開けて初演されたオペラ「偽の女庭師」は大成功でした。モーツァルトは「アリアが終わるたびに大拍手」と成功の様子を手紙に書いています。
ところが不思議なことにこのオペラは、ミュンヘンでは初演時の一連の公演のあとは、(モーツァルトの生前は)一度も再演されることはありませんでした。理由は不明です。

しかしその5年後に、モーツァルトはドイツの劇団から「偽の女庭師」をドイツ語のジングシュピール(歌芝居)の形式になおすように依頼を受けます。(名前はベーム劇団)
ジングシュピールは「魔笛」のように歌と歌の間をセリフでつなぐ形式。モーツァルトはレシタティーヴォをセリフに直したほか、音楽にも手を入れているようです。
このドイツ語版ジングシュピールは大好評で、ドイツではずっと上演され続けたということです。
このためか最初の全曲盤はイタリア語オペラ・ヴァージョンではなくて、このドイツ語ジングシュピール・ヴァージョンになりました。
ドイツ語版はタイトルも少し違っていて、Die Gaertnerin aus Liebe(aの後のeはウムラウト)となっています。 Gaertnerin は庭師の女性形ですが、Liebe は愛とか恋とかいう意味なので、ドイツ語による最初の全曲盤がフィリップスから発売になったときには「偽の女庭師」なんてダサいものじゃなくて、「恋の花作り」というスイーツなタイトルが付けられました。

数年前に euridiceさんがこのオペラを取り上げたときにも、コメントさせていただいたことがあるんですが、実は「偽の女庭師」という日本語タイトルをつけたのは吉田秀和さんなんだそうで、「恋の花作り」が発売されたときに、吉田さんは自分の訳の無粋さを反省しておられました。

ちなみにフィリップスから発売されたこの全曲盤はシュミット=イッセルシュテット指揮、サンドリーナをヘレン・ドナートが歌い、脇をノーマン、コトルバス、トロヤノス、ウンガー、ホルヴェーグ、プライが固めるという今となっては驚きの豪華キャストで、この時点でなければ実現不可能なキャスティングでした。5年後だったらノーマンもコトルバスも大物になりすぎて、オファーがあっても歌ったかどうか。

第2幕

第2幕もアリア、アリア、アリアの連続で進んでいきます。

騎士ラミロはアルミンダに復縁を迫りますが、さらっと流して伯爵のもとに行くアルミンダ。
ところが伯爵の心はもう彼女にはありません。伯爵の心はすでにサンドリーナことヴィオランタで占められています。
ということで2幕最初のアリアはアルミンダ。
「恩知らずな人よ。これが私の愛に対する報いなの?ああ!」
「イドメネオ」のエレットラのアリアを彷彿とさせる曲です。

続いて伯爵とセルペッタ、セルペッタとナルドの会話と続きます。
セルペッタはこれまでは相手にしてなかったナルドが少し気に入ってきました。
「あんたを愛してあげるわ。でもまず私の前で変わったアリアを1曲歌ってちょうだい」
ナルドは愛の口説きを(イタリア語で)歌いますが、セルぺッタの気に入らず、それではフランス流に、イギリス流にと変えていきます。
このナルドのアリアはオペラの中で最も人気が高いものだったようです。たしかにレポレッロの「カタログの歌」さえなかったら、もっと有名な曲になっていたかもしれません。
セルぺッタの気持ちはこのアリアで、完全にナルドの方に動いたようです。

一方サンドリーナは伯爵に対して、相変わらず自分は女庭師、ヴィオランタではないという態度を貫いています。しかし声さえもそっくり。伯爵はサンドリーナに、
「私の太陽、私の月、私の彗星。ヴィオランタそっくりのあなた」と語り、愛のアリアを歌います。

伯爵が去って今度は市長が現れますが、サンドリーナは市長の求愛もきっぱりと断って、アリアを歌います。「狂気と心痛とで、私は自分が引き裂かれているみたい」

すると市長のもとに1通の書簡が届きます。
それはなんとヴィオランタ殺害の容疑で、ベルフィオーレ伯爵の逮捕を求めるというもの。
市長は姪のアルミンダと伯爵の結婚式は中止すると怒り、アリアを歌います。
(続く)

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2011年9月21日 (水)

台風接近、今夜半にも東北を通過

201109211 モーツァルトの途中ですが、中断して今日は台風を。

首都圏を暴風域に巻き込んだ台風15号は、強い勢力を保ったまま午後7時の段階で群馬県太田市付近を通過。
中心付近の気圧は960hPa、速度は時速55キロで進んでいますので、現在(午後8時半)は上記の位置より、すでに130キロぐらい北に進んでいるものと思われます。

宮城県はすでに午後には全県が強風域に入りましたが、夜になるにつれて風・雨とも非常に強くなっていて、まもなく仙台も暴風域にはいるものと思われます。。
宮城県を通過するのは午後11頃。東北地方を抜けるのは明日朝で、それまでは厳重な警戒が必要です。

201109213 仙台市宮城野区では津波の被災地である蒲生地区で、すでに午前中から浸水の情報がありますし、またテレビのローカルニュースでも水田地帯が一面海のようになってる映像も流されています。
(写真は増水して沼に戻った与兵衛沼)

同地区の無職我妻勝さん(67)は津波で自宅の1階が浸水。避難所やアパートに移り住みながら自宅を修繕した後、4月下旬に自宅に戻った。
 我妻さんは「冠水した道路から雨水が敷地に入った。津波被害からようやく回復したのに、今度は台風が来てつらい。自宅の浸水だけは勘弁してほしい」と嘆いた。

河北新報

また東松島市と石巻市で川が決壊する恐れがあり、流域の住民に避難勧告が出されています。
沿岸部の被災地は、そうでなくても満潮時は浸水する地域があるので、大雨と重なって被害が出ていないか心配です(満潮は午後7時半)。

20110921_2 交通機関も乱れています。JR仙台駅発着の列車は在来線が終日運休。東北新幹線も現在全面ストップしています。(写真は全面運休で閑散とした仙台駅在来線の改札口)

神奈川県では電線が切れるなどで47万戸が停電したそうですが、宮城県も停電にならないうちに本日のエントリをアップしておきます。

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2011年9月20日 (火)

オペラのあらすじ・4~「偽の女庭師」K196(前)

台風15号が心配です。中心気圧は940hPaと非常に強く、各地で被害が出ています。愛知・岐阜でもすでに死者が出ていますし、名古屋では一時100万人に避難勧告が出されました。百万人の避難って「一体何処に行けと?」という感じですが、どうすればいいんでしょうね。土砂ダムができてる奈良・和歌山も心配ですし、近畿・東海に上陸の恐れも強まってきたようです。首都圏直撃の恐れも出てきました。十分にご注意ください。

niftyの台風情報のページをリンクしておきます。 

20110920600600 今回はモーツァルトの初期オペラの傑作「偽の女庭師」La finta Giardiniera K196 を取り上げてみようと思います。これは3幕のドランマ・ジョコーゾとして書かれています。ドランマ・ジョコーゾ――つまり「ドン・ジョヴァンニ」と同じです。

ケッヒェル番号からもわかるように、このオペラが作曲されたのはモーツァルトが18歳の時でした。と聞くと若書きのようですが、そこはモーツァルト。決してそうではなくかなり充実した作品であるように思われます。「人物が登場してはアリアを歌って去っていく」というタイプの作品ではあるのですが、初期オペラの中では最も大きなアンサンブル・フィナーレをもち、旋律は今まさにその才能を羽ばたかせようとする時期のういういしさと躍動感に満ちています。
K100番台のディヴェルティメントの愉しさにあふれ、K200番台の交響曲の充実を兼ね備えていると言ってもいいでしょう。この少し前にはあの小ト短調交響曲が、少し後には29番が書かれています。

といっても、もちろん「フィガロ」のようにアリア1曲で、人物像のすべてを表すとか、複雑な人間関係を快刀乱麻を断つごとく描き分けていくとかいう段階には達してません。モーツァルトにしてはちょっと平凡とか、モーツァルトにしては退屈とか思わせるアリアもなくはないのも確かです。でもやはりそこかしこに天才の筆致はみられるように思いますし、音楽面だけでなく、人物像などにも「フィガロ」や「ドン・ジョヴァンニ」「魔笛」のプレエコーが聞こえるように思います。

登場人物は7人で、人間関係が複雑といえば複雑、単純といえば単純。
7人とも全員重要で端役はいません。重要度から言えば一番軽いバリトンの役にさえ、シュミット=イッセルシュッテット盤ではヘルマン・プライを配してることからも、そのことは想像がつくかと思います。

話はAはBのことが好きなのに、BはCのことが好き。ところがCはDを愛していて、DはEに恋しているといったもの。たわいもないストーリーですし、途中の展開もちょっと変で、台本はさほど上等とは言えないようです。

■■■第1幕

まず短いながら大変に充実した序曲が演奏されます。

ちょっと蛇足 モーツァルトには何のために書かれたのか分からない「アレグロ ニ長調K121」という管弦楽曲がありました。この曲は実は「偽の女庭師」序曲とまったく同じ楽器編成になっており、どうやらモーツァルトは、「偽の女庭師」序曲とあわせて一つの交響曲にしようとしたらしいということが、ヴィゼワとサンフォワ(有名なフランスの音楽学者)によって明らかにされました。
この序曲+アレグロ(フィナーレ楽章)は交響曲K207a(K196+121)として分類されており、ホグウッドやアーノンクールの全集にもおさめられています。
ただしこのフィナーレ楽章(K121)に関しては、ミラノ時代の紙に書かれているらしいのですが、その頃に作曲したものを流用したのか、たまたまミラノ時代の紙が残っていてそれに新たに書き下ろしたのかは判っていないとのことです。

幕が開くとそこは、ラゴネーロという市の市長の館。7人の登場人物のうち5人が登場。市長の姪のアルミンダがミラノからやってくるのを待ちながら、五重唱でそれぞれの心のうちを歌います。

市長は新たに雇った女庭師のサンドリーナに恋していて、うきうき。

サンドリーナはこの物語の主人公ですが、男の庭師のナルドとともに、市長の屋敷で働いています。しかし実はサンドリーナの真の姿は侯爵令嬢。本名はヴィオランタといいます。
ナルドは本名はロベルトで、彼も庭師ではなくサンドリーナことヴィオランタの召使なのです。二人がどんな手を使って市長邸の庭師に就職できたのかとか、そもそも貴族の令嬢に庭師ができるのかとかいったことは、ここでは問題にされていません。(とりあえぞオペラの観客は前提としてサンドリーナ=実は令嬢というのは知っていることになっています。)
サンドリーナは市長の求愛も煩わしいし、昔の恋人ベルフィオーレ伯爵のことを思い憂いに沈みます。実はベルフィオーレ伯爵は嫉妬から彼女を刺し、殺してしまったと誤解した伯爵は逃亡してしまったのです。

一方ナルドは市長邸の小間使いセルペッタに恋しています。でも全然相手にされていません。なぜならセルペッタは市長のことを愛しているのです。

そしてもう一人、騎士ドン・ラミロも苦しんでいます。彼はまもなくやってくるアルミンダの昔の恋人で、彼女に捨てられた気の毒な人なのです。

五重唱の後の最初のアリアは、この騎士ドン・ラミロによって恋の悩みが歌われます。
「恋のもめごとから解き放たれたら、また別の罠…。震えてしまう私」
ラミロは現在はおもにメゾ・ソプラノにキャスティングされると思いますが、もともとはカストラートのために書かれた役です。そのためアリアには難しいコロラトゥーラがはいっていて、歌い手にとっては聞かせどころでしょう。イッセルシュテット盤はトロヤノス、ハーガー盤ではファスベンダーが歌っています。

次に市長がアリアを歌います。このオペラでは7人の登場人物が最後は3つのカップルになり、市長だけが一人寂しく取り残されるのですが、そうした役にふさわしく喜劇的なテノールによって歌われます。いわゆるキャラクター・テナーと呼ばれる歌い手に配役されることが多いようです。
このアリアは恋の喜びを歌ったものですが、歌詞に「フルートとオーボエの甘い音」とか「ヴィオラが加わって、暗い旋律で私を見出そうとする」とか、心のときめきを楽器の比喩で表してる箇所があります。モーツァルトがここにつけた伴奏は素晴らしく、まさにフルートとオーボエやヴィオラの音が(モーツァルトの室内楽の名曲を思わせるような)美しいオブリガートをつけて歌唱を彩っています。

続いてサンドリーナが女の哀れさを歌ったアリアを歌います。私はこの曲はいまいちで、モーツァルトならではのインスピレーションを欠いてるんじゃないかと思います。

そしてサンドリーナの従兄というふれこみで彼女とペアを組んで庭師をしているナルドこと召使ロベルトのアリア。セルペッタに言い寄ってもまったく相手にされず、苦しんでいる彼は「女のそばに行くなんて狂気の沙汰だ」と歌います。バリトンの役です。

そうこうしてるうちに市長の姪でミラノの貴婦人アルミンダが到着します。彼女は新しい婚約者ベルフィオーレ伯爵を連れてきます。サンドリーナを殺したと思い込んで逃げていたベルフィオーレ伯爵ですが、ちゃっかりアルミンダと恋人同士になってたのでした。

ということでまずアルミンダが、続いてベルフィオーレ伯爵がそれぞれアリアを歌います。

伯爵は叙情的なテノールに割り当てられます。つまりこのオペラでの二人のテノール、伯爵と市長はちょうど「魔笛」のタミーノとモノスタトスのような声の割り振りになります。

アルミンダはシュミット=イッセルシュテット盤ではジェシー・ノーマン、アーノンクール盤ではシャルロッテ・マルジョーノが歌っています。つまりこの役は完全に貴婦人役と言うか、「フィガロ」の伯爵夫人や「ドン・ジョヴァンニ」のドンナ・アンナの系統の役であり、本来ならプリマドンナになるはずの役です。

続いてナルドとセルペッタのカヴァティーナをはさんで、小間使いセルペッタがアリアを歌います。セルペッタは完全にスーブレット役で軽い声のソプラノが歌います。
ここで非常に困ったことが起きます。奥方と小間使いという対比はモーツァルトのオペラではおなじみのものです。重めの声のソプラノと軽めの声のソプラノとがそれぞれキャラを歌い分け、かつアンサンブルでは身分の高いほうが上の音域を担当し、身分の低いスーブレット役が下を受け持つのが原則です。(しばしばツェルリーナやデスピーナはメゾ・ソプラノが歌ったりします。)

そこにこのオペラのヒロインであるはずのサンドリーナという人物が、奥方でもなければ小間使いでもない不思議な存在としてからむのです。貴婦人ドンナ・アンナと村娘ツェルリーナという、ちゃんと定形に沿った二人のソプラノの関係にからんでくる不思議な女性ドンナ・エルヴィーラのように。しかも彼女は最初は労働者で、後半では貴族の令嬢に変身します。いわば奥様女中であり、ある意味でパミーナ的でもあります。
しかも通常のスーブレット役よりもテッシトゥーラが高く、そのためかハーガー盤ではハーガーのモーツァルト初期オペラ・シリーズでは常に主役かそれに準ずる役を歌ってきたエディット・マティスがおりてジュリア・コンウェルに変わっていますし、アーノンクール盤では贅沢にもエディタ・グルベローヴァを呼んでいます。ソプラノ好きにとっては終始、ソプラノの鈴を転がすような高音が聞けるので、耳福な役とも言えます。
(続く)

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2011年9月19日 (月)

日記

20110919 きょうの宮城県地方は昨日の予報だと本格的な雨の一日に、それもすごく寒い日になるかと思われましたが、意外にもそうでもなく仙台の最高気温は25度。雨の方も、午後には傘を開くべきか否か迷ってしまうような、雨ともいえない小雨が降ったりやんだりのはっきりしない天気となりました。

明日は困ったことに日中は18度ぐらいと予想されています(朝からだんだん気温が下がっていく見込み)。病気をしてからはなぜか急激な温度変化に弱いので、風邪をひくかもしれません。ひかないまでもたぶん具合が悪くなると思います。

ところでこの「風邪」という言葉、中国に由来する言葉で「風の邪気」によって引き起こされるからだというのは、よく知られていると思います。でも「風の邪気」って何でしょうか?風って邪な部分を持ってるのでしょうか?調べて見ました。

さすがに「風邪 ふうじゃ」で検索したら、鍼灸とか漢方薬とかのHPがたくさん出てきました。

漢方薬の会社のHPから

漢方で「風邪=ふうじゃ」とは、六淫と呼ばれる病気の原因のうちの一つで、体内を縦横無尽に走り回る性質を持っている邪気のことをいいます。特に体の上部(あたまなど)を襲いやすく、頭痛やめまいなど上半身の症状と密接な関係があります。(中略)
「風邪」は自然界に一年中存在しますが、春に一番活発になると考えられています。春は気温が上昇しボーっと熱っぽくなる季節。「風邪」による頭痛、のぼせ、肩こりなどに注意が必要です。

これを読むと風邪の風は自然界の風そのものではなくて、<『まるで風のように』体内を縦横無尽に走り回る性質を持っている邪気なので、風邪と書く>と読めますが、そういう理解でいいんでしょうね、きっと。
驚いたのは春に一番活発になると考えられているという所。日本では風は冬の季語ですから、やはり日本における病気としての「風邪」と、中国における「病いの原因をつくる邪気」という意味の「風邪」とは、異なるものなんでしょう。このHPによれば、中国では病気のカゼのことは風邪ではなく「感冒」なんだそうです。

鍼灸院のHPにも風邪のことが書いてありました。

それによればこの風邪という邪気は上半身から侵入するとのことです。
背中に風門というツボがあって風邪(ふうじゃ)はここから侵入するらしいのですが、その場所は背中の首からちょっと下に下がった所。
これはすごく納得です。

このブログを始めてすぐの頃に「風の妙薬」というタイトルで、記事を書いたことがあります。風邪をひいたかなと思うようなときには缶コーヒーで首の後を温めると良いという内容。私のそれは経験則で導き出したことなんですが、実は中国四千年の知恵と同じ事を言ってたんですね。

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2011年9月18日 (日)

クルト・ザンデルリンク逝去

20110919 指揮者のクルト・ザンデルリンクが亡くなられたそうです。享年98歳(9月19日生まれですので、99歳の誕生日を目前にしての他界ということになります)。

ドイツの指揮者、クルト・ザンデルリンク氏が18日、ベルリンで死去した。98歳だった。
東プロイセン生まれ。ユダヤ系であったため、ナチス政権成立後、旧ソ連に亡命した。レニングラード・フィルハーモニー交響楽団の指揮者などを務めた後、1960年に当時の東ドイツに帰国した。
ベルリン交響楽団、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の首席指揮者を歴任。ブラームスなどドイツ、オーストリアの音楽で高く評価された。76年以来、読売日本交響楽団の指揮台に立ち、79年、名誉指揮者に就任。2002年、指揮活動から引退していた。

読売新聞

読売の記事にもあるように、ザンデルリンクは現在はポーランド領になる東プロイセン・アリスに生まれたドイツ人ですが、母親がユダヤ人だったためナチスによって迫害され旧ソ連に亡命します。いくつかソ連のオーケストラの指揮者をつとめたあと、戦時中にレニングラード・フィルの第一指揮者に就任。戦後も長くムラヴィンスキーのもとでレニングラード・フィルの指揮者をつとめるなど、ソ連を本拠に活動します。

60年代には当時の東ドイツに戻り、ベルリン交響楽団、ドレスデン・シュターツカペレなどを中心にドイツでの活躍を始めます。

ということで当初は――これは私だけの偏見かもしれませんが――レニングラード・フィルの来日公演に同行したことや、ソ連のアーティストの伴奏指揮者としてのレコーディングが多くあったこともあって、どちらかというとロシア色の強い人という印象だったと思います。

それが一気に払拭されて、ドイツ音楽の伝統を受け継ぐ正統派の名指揮者とうけとめられるようになったのは、なんといってもブラームス交響曲全集の録音でしょう。
ドレスデン・シュターツカペレと1971年から72年にかけて行われたこの録音の評判は、まず海外から聞こえてきました。「ザンデルリンクのブラームスのレコードがヨーロッパでは物凄く高い評価を受けている」という話だけが、音楽雑誌などで流れるようになったのです。
まったくザンデルリンクという名前に興味がなかった私は、その時は「ふう~ん」ぐらいにしか思わなかったのですが、やがて国内発売されそれがFMで放送されたものをきいたら、確かに評判がうなずける素晴らしいブラームスでした。オーケストラがシュターツカペレだったのも良かったのですが。

時を同じくしてザンデルリンクはドレスデン・シュターツカペレと来日。私は残念ながら聞けませんでしたが、やはりブラームスの交響曲が名演で、いまも語り草になってるそうです。

以後の活躍は御存知の通りで、特に読響の指揮者として何度も来日していますし、日本人にとっては特に親しい巨匠の一人だったと言えるでしょう。

内田光子さんがベートーヴェンの協奏曲を録音するときに、「今はザンデルリンクが一番すごい。ベートーヴェンは彼とでなければならない」みたいなことを言っていたのが印象に残っています。実際内田さんはザンデルリンクとベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集を録音し、名盤と呼ばれています。

2002年に内田さんとのモーツァルト、シューマンの4番などのベルリン交響楽団を振ったコンサートを最後に引退。

ご冥福をお祈りいたします。

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2011年9月17日 (土)

白と黒で ~ニュースの落穂拾い Watch What Happens

といってもドビュッシーの話ではなく。
皆さん、この写真を覚えていらっしゃるでしょうか?
2年ほど前にチラッと話題になった、タイのパンダ象です。
20110917

右下の写真は有名なタイのアユタヤ遺跡ですが(写真はWikipediaより)、パンダ象はこのアユタヤ遺跡のあるアユタヤ県の象園にいるゾウです。ただしこれ実は水性塗料(無害とのこと)でパンダ風に色を塗ったもの。タイでは大人気だったそうですが(2年前の話なので現時点でもやっているのかは不明)、この話が伝えられた中国では批判的意見が相次いだとか。

800pxayutthaya_145 ちょっと話がずれますが、この記事を探すために「タイ アユタヤ県 ゾウ」で検索してたら、こんな記事も見つけました。

>タイ中部アユタヤ県で16日、アユタヤ県知事一行とアユタヤ・ゾウ園のゾウ4頭が県内の日本人町跡を訪れ、東日本大震災の犠牲者の慰霊祭を行った。一行はその後、ゾウと一緒に被災者支援の募金を行った。...

ゾウさん、ありがとう。――と、とりあえず言っておきましょう。本当にありがたいのは、関係者と募金をしてくれた人たちなんですけど。

で、本題はゾウじゃなくて、パンダのほうです。今度は本場中国でこんなものが!>クリック

パンダ金魚だそうです。ただし今回はタイのケースとは違って、色を塗ったわけではなく、ちゃんと人工繁殖させたもののようです。

>福建省福州市で16日に始まった第6回海峡(福州)漁業博覧会にジャイアントパンダと同様の黒白模様の「熊猫金魚(パンダ金魚)」が出展されて評判になった。中国新聞社が報じた。同博には、観賞用の魚も出展された。「パンダ金魚」は福州市が原産で、6-10日に出荷される。繁殖の成功率が極めて低いため、「本物のパンダ」と同様に、希少という。
サーチナ

20110917_2 大変失礼ながらサーチナの「ある種の」記事は一応別のメディアで裏をとらないと危険なんですが(最近だと韓国がYoutubeから国家ぐるみで遮断されたという記事)、こういうのは別に問題ないでしょう。裏はとってませんけども。

私が若いころは白と黒といったらコム・デ・ギャルソンの専売特許でしたが、最近のファッション界はどうなんでしょう?コムデもカラフルになったし、グレーとかはよく見ますが、あまり白黒は人気ないんでしょうか?

最後の写真は福建省福州市。Wikipediaからです。

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2011年9月16日 (金)

仙台オクトーバーフェスト

20110916_1 という催しが今日から始まりました。

オクトーバーフェストといえばビールの都ミュンヘンのお祭りですが、仙台のオクトーバーフェストは

“本場ドイツのビール・料理・音楽”に、“東北ならではの食材とアーティスト”を加え、「日本とドイツの交流」と「地産地消」を通して、「地域の活性化」を図る祭典

というもの。
20110916_3 宮城県庁近くの公園に巨大テントを建てて(千人以上は収容できそうな感じ)、そこをビアホールにするというものなんですが、2006年から毎年行われている恒例の行事になっています。

今年は、

日独交流150周年を迎えた記念とともに、東日本大震災からの復興に向け、仙台に元気を取り戻す契機に

したいということです。(以上引用は公式HPより
会期は今日から今月25日まで。

20110916_2 おそらくみんな疑問に思うであろうことは、なぜにオクトーバーフェストをセプテンバーにやるのかではないかと思いますが、これも毎年恒例で理由は分かりません。本場のミュンヘンでは9月中旬から10月初旬までやってるらしいです。

20110916_4 私が行ったときにはたまたま何もやってなかったんですが、会場内に舞台がありドイツからやってきたミュージシャンが歌や踊りを披露してくれます。
たぶん休憩時間だったんでしょう、テントの影でいかにもバイエルンな服装の金髪のおじさんたちが談笑してました。

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2011年9月15日 (木)

もしも明日が・・・

20110915_jazzfes パソコンの調子が悪く、どうしようもなくなってきました。
フォトショップまで動かなくなって、ショック・・・

これからOSをクリーンインストールしてみます。
もしも明日の更新がなかったら、苦戦してるんだと憐れんでください。。。

写真は先日の日曜日のジャズフェス。

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2011年9月14日 (水)

Windows 8 の詳細判る、インテルは太陽電池CPU

20110914 現行の Microsoft のOSである Windows 7 は、どの程度浸透したんでしょうか?特に会社とかでは依然として Xp を使っている所が多いように思います(あくまでも私の周囲調べですが)。

でありながら、こんなことでは商売にならないとばかりに Microsoft は次世代のOSであるWindows 8 を売り出します(時期については未発表)。
8 のおおまかな特徴はすでに紹介されていて、タッチ・パネルに対応してることや、見た目がまるでスマートフォンの画面なことなどはわかっていました。

今回、カリフォルニア州アナハイムで開かれた、次世代 Windows 紹介イヴェントでは、さらに突っ込んだ内容が発表されたようです。
詳細は PC Watch の記事をご覧いただくとして、主な注目点をPC専門用語を排除して私流に書きなおしてみます。

画面の見た目は従来のデスクトップと、Metro と名付けられた新タイプの画面の2つがあり、前者はマウスとキーボードで、後者はタッチパネルで動くようです。当然タッチパネル対応のディスプレイを買わないといけません。
で、Metro はスマートフォンそっくりの動作になる模様です。動きについては6月の段階で紹介されていて、かなりスムーズなようです。まあそのためにわざわざ一から開発したのですから、どう考えても使いやすいのでしょう。

ログオンの際も、従来のパスワード式だけでなく、タッチスクリーンでできるようですが、これがちょっと面白そうです。
猫の写真があったとすると、左目タップ、右目タップ、耳の形をなぞって……と、パターンでロックスクリーンを解除できる。
とのこと。

クラウド連携が充実。現時点でも Microsoft は Xpと 7 ではクラウド関係の使い勝手に大きな差をつけて、7 移行を促進するための要素の一つにしていますが、8 ではさらに進化しそうです。6月の段階でもファイルの共有機能が重視されているというのは発表されていましたが、特に携帯とのシンクロなどでさらに差別化が図られそうです。

アプリの起動の速さ、ウィルス対策、リセットの機能(ユーザーファイルを残したままで初期状態に戻せる機能など)等々。

7 がベースになっているとすれば周辺機器を買い替えなくてすむわけですが、そのあたりはどうなってるのでしょうね。Xp からの買い替えが進まない理由の一つに、7 では周辺機器とアプリが動かず買い替えが必要なケースが出てくるというのがあります。
もしようやく7対応の機器やソフトを買い揃えたのにまたまた買い替えでは、まったく 8 にする意欲が削がれるような気がします。

これは6月に発表された時の画像なんですが、ちょっと疑問に思うのは、あまりにアンドロイド・タブレットに酷似してしまったら、PCを買う必要なんかない「アンドロイドだけでいいじゃん」と考える人も大勢出てくるんじゃないでしょうか。

ライヴァルをアンドロイドにして、果たして高価な Windows に勝ち目はあるのかどうか? 

一方今の時期はインテルもカリフォルア州サンフランシスコでイヴェントを開いています(インテル・ディベロッパー・フォーラム)。
ここでは太陽電池で動くCPUなどというものが発表されました。面白いですが、未来の技術で、いますぐ商品化という話ではなさそうなので興味がおありの方は PC Watch の記事をどうぞ。

写真はいまにも降り出しそうな様子の仙台駅東地区。

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2011年9月13日 (火)

カラヤンのマーラー4番(後)~思い出の名盤・38

20110912_karajan_2 アバドはフォン・シュターデとの録音の後、LSOとはやはりメゾのアン・マレーとやってますし、ベルリン・フィル時代にはマーガレット・プライス、シェリル・ステューダーと、通常この曲を歌うソプラノよりも重めの声、声質で言うとユーゲントリッヒャー・ドラマティッシャー・ゾプラン――「フィガロ」の伯爵夫人や「薔薇の騎士」の元帥夫人を歌うようなソプラノ――を呼んでいます。その後ベルリン・フィルではボニー、マクネアーと軽いスーブレット系のソプラノを起用したこともありましたが、レコーディングは結局重めの声のルネ・フレミングになり、ルツェルンでは再びメゾのコジェナーの起用となりました。

結論づけるとアバドはこの楽章の歌唱には、バーンスタイン調のリアリズムは不必要と考えてるのではないかと思います。「お母さんがメルヒェンを語って聞かせてるような」という私の感想が適切かどうかは判りませんが、キャピキャピ系のソプラノを拒否して、その種の落ち着いた効果を狙ってるんだろうと考えられるのです。

バーンスタインかアバドか。どちらが良いのかは分かりません。マーラーという人が交響曲にカウベルを使ったり、バンダを挿入したりという、「リアル」な音を登場させる人だったことを考えれば、バーンスタインのように『天使の声』を使うというのは、ありではないかという気もします。でも一方で勿論、「天国のリアリズムって、そりゃいったいなんだ?」という見方もあろうかと思います。

カラヤンには御存知の通り、4番の録音があり、そこではエディット・マティスが歌っています。マティスは声質こそスーブレット役にぴったりの軽い声ですが、歌は他の歌手とは全く違っています。ここでのマティスの歌唱は、完全に「ドイツ歌曲の模範的な歌い方はこれです」というようなもので、彼女の多くのシューマンやブラームスの歌曲、あるいは「4つの最後の歌」などと同じようなシリアスで格調の高いものになっています。

マティスは70年代に収録されたバーンスタインとの映像版でも歌っていますが、やはり似たようなアプローチなので、この曲をそういうものとして受け止めているのでしょう。そしてそれはカラヤンの見解ともきっとぴったり一致したのではないでしょうか。

カラヤンが初めてマーラーを取り上げたのは1955年のことでキャロル・ブライスと「さすらう若人の歌」を、その後1960年には「大地の歌」を複数回演奏しているようです(いずれもベルリン・フィル)。独唱はアルトは全回ともヒルデ・レッスル=マイダン。テノールは演奏会により違っていて、コンヤとヴンダーリヒとデルモータが歌っています。
しかしまあそれらはカラヤンとしても、かなり例外的レパートリーに挑戦という趣ではなかったかと想像します。

本格的にマーラーに取り組み始めたのは1970年からでした。(前にケン・ラッセルの項でこの時が初めてカラヤンがマーラーに挑戦と書いたのですが、間違いでした。お詫びして訂正致します。)
この時、アルトにはルードウィヒ、テノールには楽章ごとにドラマティック・テナーのルドウィック・シュピースとリリック・テナーのホルスト・ラウベンタールを使い分けるという荒業に出ています。

3つの奇数楽章を一人で歌いきれるテノールが当時はいなかったからという理由でしょうが、もし「大地の歌」を奇数楽章―偶数楽章の相聞歌として構成されたソング・サイクルと捉えるのなら、決してあってはならない処置です。
カラヤンにとっては「大地の歌」は物語的・演劇的な音楽ではなく、あくまでも「交響曲」であり、交響曲として各楽章を完璧な完成度で演奏し切るというのが目標だったのではないでしょうか。

「大地の歌」ですらそうなのですから、ましてや4番は交響曲として完璧でなければなりません。
バーンスタインのように音楽としての完成度を犠牲にしても、天国に住む天使たちの歌声を想起させるなどということは、決してあってはならなかったのだと思います。
マティスの歌唱はまるで第九でも歌っているかのような格調です。カラヤンにとってこの楽章はこうでなければならなかったのだと思います。

で、私も前3楽章はアバド=ウィーン・フィル盤に惹かれながらも、第4楽章だけは断然カラヤン、というよりマティスなんです。

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2011年9月12日 (月)

カラヤンのマーラー4番(前)~思い出の名盤・38

20110912_karajan 4番で最初に聞いたのはバーンスタイン旧盤でした。どう聞けばいいのかよく分かってなかったというのが正直なところで、曲そのものもあまり好きになれませんでした。バーンスタイン盤のあともFM番組で何回か聞いたと思いますが、覚えていません。

4番ではじめて惹きつけられたのは、FMで放送された1975年のブーレーズ指揮BBC響の来日公演のライヴ。独唱はメゾ・ソプラノのヤン・デ・ガエタニ。透明で叙情的、もちろんブーレーズなので分かりやすい演奏で、ようやく曲の全体像が見えた気になりました。この時の一連の公演は数種類の多様なプログラムが用意され、「20世紀音楽の全容」とでも名付けたいような素晴らしいものでしたが、なかでもこのマーラーはブーレーズがマーラーの交響曲を振るという意外性もあり(「嘆きの歌」のLPは出ていましたが)、注目の的だったと言えます。

すっかり4番に対する見方が変わったので、アバド盤が発売されたときには、もちろんそそくさと買いに行きました。演奏は勿論期待通りの素晴らしいものでした。3楽章の美しさもブーレーズのFMライヴと双璧。

ただメゾのフォン・シュターデを起用した4楽章だけは驚かされました。メゾを使うということ自体はブーレーズのガエタニで経験していましたから驚きはしませんでしたが、この楽章に感じていたものとはまったく異なるニュアンスの表現になっていたのです。

第4楽章は御存知の通り「天上の生活」という「少年の魔法の角笛」の中の1曲が使われています。

私たちは天使のような生活をして
それはまた喜びに満ち、愉快なものだ。
私たちは踊り、そして、飛び跳ねる。
私たちは跳ね回り、そして、歌う。
それを天のペテロ様が見ていらっしゃる。

とかなんとか。こんな調子でまるで内容のなさそうな詩が続きます。
これを歌手にどう歌わせるかですが、それぞれ指揮者はポリシーを持ってるようです。

多くの指揮者は基本的にレッジェーロ、リリコ・レッジェーロ系統のソプラノを起用して、幸福な天国を連想させるようにもっていくのではないかと思います。

中でもまさに天使が歌っているようなリアルさを求めたのは、言うまでもなくバーンスタインです。最初のニューヨーク・フィルとのレリ・グリストの歌声も十分に天使だったと思いますが、それでもものたりなかったのかバーンスタインはやがてボーイ・ソプラノを起用するようになりました。同時期の演奏ですが、コンセルトヘボウのDG盤、FMで放送されたウィーン・フィルとのライヴがいずれもボーイソプラノです。

アバド盤のフォン・シュターデのリリカルながらソプラノに比べればくすんだ音色の落ち着いた歌は、そういうものとは全く違う世界を描いていました。私には彼女の歌はまるで子供にメルヘンを読んできかせるお母さんのように思えたのです。これは私にとっては目からウロコ。新たな世界の発見であると同時に、なんとなく座りが悪いと感じていたこの楽章が、初めて全曲を閉じるに相応しいものに聞こえてきました。
(続く)

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2011年9月11日 (日)

震災から半年

20110911 もう6ヶ月も経ったなんて嘘みたいです。
1ヶ月後、3ヶ月後、半年後(それに1年後)に大きな余震があるなんて言われてましたが、どうなんでしょう?今のところはないようですが…

警察庁によると、同日現在の死者は12都道県で1万5782人。行方不明者は6県で4086人。不明者は4人を除いて岩手、宮城、福島の3県に集中し、各県警による捜索活動が今も続いている。
河北新報

画像は10日(土)に撮影したもの。3月末に行った蒲生に再度行って来ました。
七北田川の河原にうず高く積んであった瓦礫や、流されてきた家などはすっかり片付けられていました。

水鳥の楽園として知られた干潟は、ただの砂浜になっていました。鳥もほとんどいません。

干潟に、つまり海に面したところは住宅地になってたんですが、建物はまったく残っていませんでした。いま見ても恐ろしさを感じます。

今回は動画でも撮ってきました。5分近くあるので、お暇な方はどうぞ。BGM付きなので、PCの音にご注意ください。

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2011年9月10日 (土)

定禅寺ストリートジャズフェスティバル2011

20110910_1 ことしも定禅寺ストリートジャズフェスティバルが開かれました。
このフェスティヴァルについては、過去にも何度か書きましたので特に説明することもないかと思います。

今年は今日と明日の2日間にわたって開催。45のステージにプロ・アマ合わせて約750組のミュージシャンが出演します。
今年は21回目、開催できるようになって、本当に良かったです。

明日は震災からちょうど半年。地震発生時刻の2時46分には全バンドが鎮魂の思いをこめてAの音を演奏することになっています。

20110910_2 今日の仙台は既に午前中に30度をこす真夏のような天気になりました。
地元紙によれば、
詰め掛けた観客は飲み物を片手に、汗をぬぐいながら音楽に聴き入った
とのこと。

私は夕方から行ったんですが、さすがにみちのくの秋。夜ともなると、昼の暑さとはうってかわって涼しい風がふき、野外で音楽を聞くのにはぴったりのコンディションになりました。

毎年盛り上がる市民広場でのフィナーレのステージ。明日11日(日)は18時から21時までで、透き通った声が素晴らしいスウェーデンの歌姫マルガリータ・ベンクトソンなどが登場する予定になっています。

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2011年9月 9日 (金)

植物の生命力

20110909 画像はこれまでにもしばしばこのブログに登場した、我が家の近所の与兵衛沼です。
地震で沼の堤が一部損壊し、調査と修繕のために水抜きをしているというのは前にお伝えしました
で、ずっと水が抜かれて干上がったままになってるんですが、7月ごろから沼底にどんどん草が生え始めて、いまはごらんのようになってしまいました。この写真は8月末に撮ったものですが、現在もほぼ同じ状態です。

そういえば昨日だか一昨日だかのニュースで、津波で家が流された跡地を訪れている人の映像が流れてましたが、やはり草ぼうぼうになってました。
与兵衛沼のごく一部には水が残っていて水溜り状態になってるんですが、そこにも藻が繁殖して緑色が目立ちます。

なんという生命力!
はるか遠い昔、まだ生命が生まれて間もない太古の地球で、光合成によって酸素という猛毒を吐きながら、岩だらけの赤茶けた地球を侵食していった植物たちの子孫だけあります。
そんなことを思ってしまうせいか、なんだか最近植物を見ると気持ち悪くなるような気さえするのです。

「砂漠の何があなたを惹きつけるのですか?」
「清潔だからだ」
 (映画「アラビアのロレンス」より)

イッツ・クリーンと答えたロレンスの気持ちがわかるような今日この頃…

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2011年9月 8日 (木)

「BIUTIFUL ビューティフル」 アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督

20110908 「バベル」のイニャリトゥ監督の2010年作品。主演のハビエル・バルデムがカンヌ映画祭の男優賞を受賞した他、アカデミー賞でも主演男優賞と外国語映画賞にノミネート。メキシコとスペインの合作ですが、アカデミー賞の外国語映画部門にはメキシコ代表として出品されました。
原題は BIUTIFUL。綴りの意味は作中でわかります。

一口で言うと心に染み入る、いつまでも忘れがたい作品で、傑作と呼んでいいんじゃないでしょうか。

舞台はスペインのバルセロナ。ハビエル・バルデム演じるウスバルは都会の裏町で、不法移民の仕事を世話してリベートをとったり、警察の汚職警官との仲介をしたり、こすい仕事をして暮らしています。
暗黒街で犯罪者として生きるのでもなく、まっとうな職を持つのでもなく、中途半端な立場でその日暮らしのような生き方をしているしがない男。その彼が末期ガンで余命2ヶ月と宣告されます。

まだ小学校に通う娘と息子。別れた妻。羽振りのいいらしい兄。幼なじみの汚職警官。中国からやってきた不法移民達。麻薬取引もしてるらしいセネガルから渡って来た黒人たち。

自らの身体も人間関係も何もかも、すべてがひたすら悪い方へ悪い方へと回転していく中、いまなし得る最も大事なことをやろうと必死であえぐウスバル。
ハビエル・バルデムは明らかにこの人物を生きていて、実に見事。もはや演技の域を超えているとすら言えます。

そして最後に訪れる静かな感動。「バベル」の監督ですから、この作品でも伏線を張り巡らしているので、「なんだろう?」と疑問に思ってもあまり気にしないで、とりあえず流しておくことをお勧めします。

この映画で一つだけ問題があるとすれば、中国人のパートの展開でしょうか。最下層に近いところに位置して搾取され続けているという点で、ウスバルが置かれている状況は、実はこの移民たちと全く同じ状況にほかならないと言えます(ウスバルも中国人カップルも麻薬を売ってたセネガル人もまたより小さなスケールで中間搾取しているのですが)。その中で、それぞれにカタストロフが訪れ、それぞれに異なる対応をしドラマは収束していきます。

そういう意味で移民たちのパートは非常に重要です。セネガル人のパートも中国人のパートも非常にリアルでドキュメンタリー的とすら言っても良いのですが、中国人パートにはなにか違和感があります。つっこみが薄いのかもしれないし、話を作りすぎて全体のトーンから浮いてるのかもしれません。不法移民たちの存在が、単に物語の展開に利用されただけというような、かすかな不満を感じてしまうのです。
とはいえ深くえぐると「バベル」のような全く別種の話になってしまい、ウスバルのパートが薄くなってしまうでしょうし、難しいものです。

サグラダ・ファミリア。リセウ劇場。ゴシック地区。――私たち観光客におなじみのバルセロナは出てきません。私たちが行くはずもない別のバルセロナで、死ぬための時間を生きたある男の話なのです。

音楽はいつものようにグスタボ・サンタオラヤ。途中でラヴェルのピアノ協奏曲の緩徐楽章が出てきて、ちょっと意表をつかれます。キラキラと煌く中にも豊かさと柔らかさをたたえた音色のピアノ。浮き上がる管楽器のソリ。誰の演奏なのか検討もつかず、エンド・クレジットを注意して見ていたら、コチシュのピアノにイヴァン・フィッシャーの指揮でした。

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2011年9月 7日 (水)

シャープ4K液晶テレビを来年製品化

800pxsharp_sogo_kaihatsu_center_001 シャープは、「IFA 2011」において、I3(アイキューブド)研究所と共同開発している4Kディスプレイ「ICC-4K AQUOS」の開発を発表した。
 両社は4K2Kのディスプレイの実用化と量産化にめどが付いたことなどを背景に、映像信号処理の部分でアイキューブドの4K映像技術「ICC」(Integrated Cognitive Creation)と、シャープのディスプレイ技術を組み合わせて次世代のテレビ開発を行なっている。シャープとしては2012年の製品化を目指している。

AV Watch

このニュースには2つのポイントがあるみたいで、
1. 4K2Kの液晶ディスプレイに量産化のめどがつき、来年製品化される
2. 新技術ICCをとりいれ、人間の目で見たのに近い形で認知させる

記事では2の方をメインに解説していますので、ご興味がおありの方は上記記事のサイトを御覧ください。

しかしその新技術がなかったとしても4K2Kの量産が来年可能というのは、ちょっとわくわくするニュースです。

4K2Kというのは現在のハイビジョン1920×1080の、縦横それぞれ倍の解像度をもつディスプレイのことです。すなわち3840×2160。
NHKなどが中心となって開発を進めてきたもので、技術自体は問題ないのですが実用化という点においては、
▼いつ量産化のメドがつくんだろう?というのと、
▼ソフトをどうするんだろう?
というのを私は疑問に思っていました。
この記事の通りに進行すれば以上の疑問は、75%ぐらいは解決されたことになります。

最初は感激した現在のHD映像も、みなれてくると走査線がわかるようになってきますが、走査線の数が2160になるとちょっと違ってきます。なによりも100インチ、200インチで映したときに相当の効果を発揮すると考えられます。

今回デモを行った試作機は60型とのことですが、はっきり言って60型なら現行のHDでも十分。来年の発売時には、是非ともより大きな製品&プロジェクターを発売して欲しいものです。シャープは70型の壁掛けテレビも発表したばかりですし。もちろん日本の住宅事情で、果たして売れるかどうかはまた別の話ということになりますが。

※ 画像はシャープの総合開発センター。Wikipediaからです。

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2011年9月 6日 (火)

リチートラ逝く

20110828 イタリアの世界的テノール歌手サルバトーレ・リチートラ氏が5日、南部シチリア島カターニアの病院で死去した。43歳。同島内で8月27日、スクーターを運転中に事故を起こし、昏睡状態が続いていたが、9月5日に脳死判定により死亡が宣告された。遺族は臓器提供に同意したという。同国メディアやリチートラ氏の公式サイトが伝えた。07年に死去した三大テノールの一人、パバロッティ氏の後継と目されていた。
共同通信

全オペラ・ファンの願いもむなしく、リチートラが亡くなってしまいました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

サルヴァトーレ・リチートラは1968年8月、スイスの生まれ。といっても両親はシチリア出身のイタリア人で、リチートラもイタリアで育ちます。声楽の道に進んだのは遅く、二十歳前後で仕事を辞めて発声の勉強を始めたとされています。
リチートラ自身が語ることによれば、全く音楽とは関係のない生活を送っていたけれども、テレビから歌が流れてくると、すぐにそれをまねして正確に歌えるような子供だったそうです。

18歳の時にグラフィック・デザイナーの仕事を始めますが、母親のすすめで声楽の道を志します。
しかしどうやら先生が良くなかったらしく、全く鳴かず飛ばず。7回オーディションを受けて、全部落ちたと言います。6年後、その先生を離れ、ベルゴンツィのもとでレッスンを受けたことがリチートラの転機になります。
「彼(ベルゴンツィ)が私に言ったのは、『今まで練習したことはすべて忘れ、習い始める前に戻りなさい』ということでした。彼は私に自分の自然な声で自由に歌い、人のマネをせず、本来の自分を取り戻すようにと。誰かのまねをするのではなく、自分の持っている個性、声質で勝負するのが一番だと。その教えは、今も忠実に守っています。」(日経新聞のインタビューより。映像もあります

ベルゴンツィのもとで、リチートラは初めてその才能を十分に開花させることができるようになります。
1998年、ついに「仮面舞踏会」でデビュー。はやくも翌シーズンにはムーティからスカラ座に呼ばれるという、まるで約束されたかのようなスター歌手の道を驀進します。
2002年にはパヴァロッティの最後の舞台になるはずだった、NYのメトロポリタン歌劇場の「トスカ」にパヴァロッティの代役で出演。出演が決まったのは開幕30分前。パヴァロッティの最後のステージに立ち会いに来た観客の前で代役として出演するという、想像を絶するプレッシャーだったろうと思いますが、リチートラはこれに勝利し、センセーショナルな成功をおさめます。

これによってリチートラは世界的な知名度を獲得すると共に、「パヴァロッティの後継者」呼ばわりされることになるのですが、それはちょっと変で、リチートラは声質もレパートリーもパヴァロッティとは全く違っています。どうしても誰かの後継者という言い方をするのであれば、むしろドミンゴの後継者と言うべきでしょう。ただし歌の作り方はドミンゴともパヴァロッティとも全然ちがって個性的です。

その後のリチートラの活躍は御存知の通り、日本にもムーティ/スカラ座の公演を始め、来日を重ねており、今回のボローニャ歌劇場の来日公演でも「エルナーニ」のタイトルロールを歌う予定でした。

「努力し、あきらめない気持ちと少しの運。それを続けていくことで夢はかなうでしょう」(

夢はかなったのに、こんなにも早く断たれてしまうとは…
どうぞ安らかにお眠りください。

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2011年9月 5日 (月)

アローニカ、アルベロ、シラグーザに決定

Collage_bologna ボローニャ歌劇場の来日公演の代役が決まりました。

「エルナーニ」のリチートラに代わってロベルト・アローニカが。一旦イタリア側のHPから消えたのは何だったんでしょう?日本側と合わせて発表してくれとかいうつまらない事でだったのでしょうか。

「清教徒」のフローレスに代わって、セルソ・アルベロが。ただし最終日のみアントニーノ・シラグーザが歌うことになりました。
ボローニャ歌劇場、ずいぶん頑張りましたね。代役としてはベストの顔ぶれを確保できたのではないかと思います。
清教徒のハイFといえばデヴィーアのCDでのマッテウッツィが有名ですが、アルベロもボローニャでFを出してるそうですから、期待できます。

デジレちゃんの近況も知りたいし、久々に東京に行きたくなってきました。でもちょっと無理ですかねぇ。家を留守にしてる間に巨大余震が起きたらと思うと、なかなか遠出はできない…

※ ボローニャの画像はWikipediaからです。

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2011年9月 4日 (日)

ハイティンクのマーラー3番(後) ~思い出の名盤・37

ボローニャ歌劇場のリチートラの代役ですが、いったんHP上でアローニカの名前が掲載されましたが、なんと消えてしまいました。現時点では未定のようです。どうなってしまうのでしょうか?

20110904 (昨日の続き)
このバーンスタインとウィーン・フィルによる3番の映像は、最初BSで放送されたときに見ましたが、そのときはただ漫然と見流してました。
しかし音楽雑誌で5楽章の少年合唱の映像と、4番でのボーイソプラノの起用との関係について述べた文章を読んで、何かひらめくものがあり見なおしてみたのです。

基本的に正面もしくは俯瞰でとらえたクリスタ・ルードウィヒの深く心の襞にわけ入るような第4楽章と、ふりそそぐ光を見上げるように、基本的にローアングルで撮影された第5楽章のウィーン少年合唱団のコーラス。
(というほど単純なカメラアングルでもカット割りでもなくて、ハンフリー・バートンの実に緻密で音楽を良く知った映像演出が施されているのですが。)

この対比が要だったのですね。
それまでは特に第4楽章のニーチェとマーラーの関係、第5楽章でのマーラーと神の関係などがよくわからず、ましてや4、5楽章相互の関係も全然つかめずなんだか〈近寄りたくない感〉だけを抱いていたのでした。

と言っても今もマーラーとニーチェの関係についてはよく理解出来てはいません。
マーラーはアルマに対しては、ニーチェへの否定的な見解を言っているようですが、第4楽章に使った部分には「素晴らしい詩だ」と述べているようですし、いったいマーラーはニーチェに対してどのような気持ちだったのでしょうか?あるいは引用部分だけでなく、「ツァラトゥストラはかく語りき」全体に対してはどのような意見を持っていたのでしょうか?そこがわからないとこの第3交響曲全体を解釈できないような気がするのですが、なんとも難しいです・・・

マーラーがこの曲を作曲したのは1895年から96年。「ツァラトゥストラはかく語りき」はその10年余り前に出版されました。その数年後、1880年代の終わりには、既にしばしば錯乱の発作を起こしていたニーチェの精神は完全に崩壊してしまいます。

皮肉なことにそれとともに一時まったく本が売れなくなり、世間から見放された状態になりつつあったニーチェへの評価は再び高まりを見せてきます。
「ツァラトゥストラ」は出版当時はまるで売れなかったと伝えられていて、特に『第4部』は印刷はわずか40部、親しい友人に献本しただけだったと伝えられています。
しかし少なくとも出版の10余年後には「ツァラトゥストラ」は、当代一の指揮者で作曲家としても知られていたマーラーが自作に引用するほどにも人口に膾炙していたということになります。

『神は死んだ』と述べた「ツァラトゥストラはかく語りき」からの引用と、その後にすぐ続いて「天使が私に語りかけるもの」という楽章を置き、神の愛について語るマーラー。
マーラーにとっての「神」とは何かも含めて、私にとっては今も謎であり、死ぬまでに解き明かしたい曲であり続けています。

ニーチェ自身はこの第3交響曲は聞いていないはずですが、もし聞いたらどんな感想を持ったのでしょうか?
彼は90年代にはいるとますます精神病がひどくなり、母親と妹の世話になって生きていかざるをえませんでした。
その頃のニーチェはまるで幼い子供のようにいつも母親の後をついて歩いていたと言います。母親がどこかに訪問した時も、つねにそばを離れず困らせたけれど、ピアノのそばに連れていき幾つか和音を弾いてやると、ニーチェはピアノで何時間もその和音を変奏し続けていたそうです。それでようやく母は訪問先の相手と話が出来たとか。美しいイメージと言うべきか、哀しいイメージと言うべきか…

さて最終楽章は構造的にはきっと難しい楽章なんだろうと思います。第1楽章の主題の後半部分が登場したりしますが、第5交響曲のように有機的に作られてるわけではなく、なかなか難解です。しかしこの楽章は雰囲気に流されて聞いても感動的なので、まあ私のような素人はそれでいいのかなと思います。

この楽章ではバーンスタインの映像版での濃密な演奏も凄いですし、アバドの2つの録音の透明な叙情性も捨てがたいものがあります。
さらにハイティンクがベルリン・フィルと組んでの再録音も名盤です。これはベルリン・フィルの定期と連動して、CD録音、映像の収録が行われたもの。私はこのハイティンクのシリーズはCDで1,5,7番を聞き、映像で3番を見ましたがいずれも素晴らしい名演だと思います。なお3番は映像版はライヴで独唱がフローレンス・クイヴァー、CDはその直後に録音されたにもかかわらずなぜか独唱が代わってヤルド・ヴァン・ネスが歌っています。

この後フィリップスは演奏家のリストラを行い、ハイティンクも解雇されました。そのためベルリン・フィルとのマーラー・シリーズも中途半端で終わることになり、せっかく定期では演奏された8番がCDのスタジオ録音はもちろん、ライヴの映像収録も行われずに終わるという嘆かわしいことになりました。いくらリストラしたからってフィリップスの怠慢は、この人類の文化に多大の貢献をしてきた会社の歴史における一大汚点とすら言えるのではないでしょうか。

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2011年9月 3日 (土)

ハイティンクのマーラー3番(前) ~思い出の名盤・37

20110903 3番は私には鬼門でした。
私だけじゃなくて、今でも3番と7番はなかなか聞く機会がないことを考えると、多くの人にとってやはりこの2曲は馴染みづらい曲なんじゃないかと思います。

最初に聴いたのが誰だったかは覚えていません。レコードではなくFM放送で、ホーレンシュタインの可能性もありますし、バーンスタイン旧盤だったかもしれません。

ん~、分からん…というのが感想で、どんな曲なのかも、どこに焦点をおいて聞けばいいのかも判断がつかず、とにかくやたら長いのでした。
全体が6つぐらいの部分に分かれてるのはわかりましたが、それが全部無関係でバラバラの部分に思えたのですね。しかも一つ一つのパートが、例えば5番のアダージェットのように魅力的というのならともかく、特に第1楽章は普通に進んでいたかと思うといきなり変な音楽が割り込んできたり、旋律はどことなく品がないし…。それをこんなにアッチコッチ展開されてもついていけない…。と思っているといきなりバサッと終わるのです。ポカ~ン。。。

第4楽章、第5楽章もやっぱりポカ~ンで、特に児童合唱をどう聞けばいいのかが解りませんでした。ビン~ボン~言ってるんですが、「なんか困ったな」という感じ。最後にやたらネバネバした終楽章がくるころにはもう疲労困憊、とてもこの長大な楽章を聴き続ける気力などわかないのでした。

でも私には希望がありました。アバドなら、そうアバドならきっと私にも理解できる演奏をしてくれると。

ところが… 
アバドのこの曲の録音は、ウィーン・フィルの演奏で独唱にジェシー・ノーマンを迎えるという豪華なものでしたが、残念ながらやっぱり分からなかったのです。
でもそれは当然で、曲そのものを全く理解してないのだから、演奏家が違うからといって判るわけなんか無いに決まってるのです。

今聞くと、このアバドの旧盤は大変に素晴らしい演奏だと言うことが分かります。
組み合わせからも想像できるように、あらゆる部分がひたすら美しく、特に私が品がないと感じたメロディーは、できるだけ旋律を表面に立てることを抑え、ウィーン・フィルの演奏の精妙さに耳が向くように誘導されています。これまではベルリン・フィルとの新盤の方が聴きやすいかなと思っていましたし、後で触れるハイティンクとベルリン・フィルのもすこぶる付きの名盤ですが、今回色々聞き直してみて現時点ではこれが私にとってのベスト3番ということになりました。

でもそれは今だから言えることで、当時は結局この名盤もあまり聞かずにレコード棚にしまわれることになりました。

そんなわけで3番はずいぶん長い間、親しむということがなかったのですが、80年代の後半になって、私に3番理解のきっかけをくれるものが登場したのです。それがケン・ラッセル監督の映画「マーラー」でした。

74年に製作されたこの映画は日本ではずいぶん遅れて80年代に公開されたのですが、封切り時、私はわざわざ東京まで見に行った記憶があります。

前にケン・ラッセルの時にもこの映画は取り上げましたが、その際書いたようにこの映画はリストのパラフレーズ作品のような、ケン・ラッセル編曲のマーラー・パラフレーズとして製作されています――と私は解釈しています。映画でパラフレーズを作曲するという破天荒の試みなのです。
映画は全編にマーラーの曲が使われていますが、ケン作曲のマーラー・パラフレーズなのですから、当然それを演奏した演奏家が紹介されなければなりません。映画の最後にはコンセルトヘボウ・オーケストラの写真、ついで指揮者ベルナルド・ハイティンクの写真が拍手の音を背景に映し出されます。

映画の最初のほうで使われたのが第3交響曲の冒頭部分でした。
ここにケン・ラッセルは、突如燃え上がる湖畔の小屋、巨大な繭の中から誕生する女性(アルマ)という、驚くべき斬新なイメージを持ってきたのです。

それまでの私は、曲の冒頭でホルンが第1主題を提示した後、やたらもたもたと音楽が続く部分で何が起きているのかわからず、完全に音楽を見失っていたのですが、ここにケン・ラッセルは実に強烈で印象的な解答を与えたのです。

仙台に帰ったあと、さっそく第3交響曲を聞いてみました。他を切り捨てて、第1主題にだけ焦点をあてて聞くと、ものすごく見通しが良くなりました。
最初にこの曲を聞いた頃の私はモーツァルトやベートーヴェンを中心に聞いていた時代。第4主題まであるような曲なんか、そもそも無理だったのです。

不思議なもので、第1楽章が聴けるようになってくると、第3楽章も解説にあるような自然描写にちゃんと聞こえてくるのです。それもまるでアルプス交響曲のように!

ということでハイティンク&コンセルトヘボウの3番は私にとっては、この曲に目覚めさせてくれた思い出の録音なのですが、すでにアバド盤を持っていたので、結局購入はしないでしまいました。だからコンセルトヘボウでの全曲は実は聞いていないのです…

さて、最初の3つの楽章はなんとか聴けるようになったものの、後半3つが難物でした。「ベニスに死す」の砂浜のシーンにも出てきたアルト独唱による第4楽章の意味も、続く少年合唱の第5楽章もいったいどう聞けばいいのか分からなかったのです。

ここが分かって曲の全体像をつかめたと実感できたのは、バーンスタインとウィーン・フィルによる映像版を見た時でした。
(続く)

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2011年9月 2日 (金)

フローレスも/野田内閣の顔ぶれ/フェデラー歴代2位に ~ニュースの落ち穂拾い Watch What Happens

Juan_diego_flrez_by_pietro_spagnoli 1. フローレスもキャンセル/リチートラの代役はアローニカに>再変更■■■

ボローニャ歌劇場の来日公演「清教徒」に出演する予定だったテノールのホアン・ディエゴ・フローレスが海水を飲んで咳き込んだために降板することになりました。
なんでも激しく咳き込んだために、声帯の開口部分の細い血管を傷つけ「3週間の声帯の休養が必要」とのことです。

また「清教徒」ではバリトンのアルベルト・ガザーレもキャンセル。理由は腎臓結石で2週間の安静が必要なためだそうです。

それにしてもカウフマンもですが、どうして「原発事故が収束していないので」とか「放射能が心配なため」とか正直に言わないんでしょう。それだと違約金のようなものが取られるとかあるんでしょうか?

少なくともファンの心情としては、正直に原発のせいと言ってくれれば「しょうがないよね」となって納得すると思うんですが。カウフマンがMETでの来日をキャンセルし「家族の反対で」と言ったときにも、誰も非難などしなかったと思うんです(少なくともネット上では)。
日本公演のキャンセルを前提に軽い手術の予定を組んだり、海水飲んで咳き込んだため安静の必要とか言われると、馬鹿にされてるような気になりはしないでしょうか。

テオドッシュウとランカトーレ、カルメンのスルグラーゼと女性陣は大丈夫なようですが、ボローニャの男性陣はガタガタですね。
「私は一瞬たりとも来日を迷うことはなかった」と語ったフリットリ。科学的な説明を十分にうけて安全を確信したと、子供までつれて来日したダムラウ。淡々と仕事をこなし、最後にファンに「歌に生き、恋に生き」を贈って帰っていったデヴィーア。やはり女性のほうが肝が座ってるんでしょうか。

さて依然として容態が心配されるリチートラの代役ですが、ロベルト・アローニカに決まったようです。日本のHPはまだですが、ボローニャのHPではすでに発表されています。

9月4日追記 : ボローニャ歌劇場のHP、いったんアローニカと表示されたのですが、それも消されてしまいました。どうしたんでしょう?

2. 野田内閣の顔ぶれ■■■

今、首相・内閣に対する国民の期待値がものすごく低くなってるので、とりあえず人物が「普通」程度だったら評価されそうな感じですが、はたしてどんなもんでしょうか?やはり宇宙人だったりとてつもなく無能でなければ安心とか思ってないで、ちゃんと監視しなければなりません。とりあえず備忘のために名簿を載せておきます。

内閣総理大臣     野田 佳彦(のだ よしひこ)
総務大臣 内閣府特命担当大臣 (沖縄及び北方対策  地域主権推進)地域活性化担当   川端 達夫(かわばた たつお)
法務大臣     平岡 秀夫(ひらおか ひでお)
外務大臣     玄葉 光一郎(げんば こういちろう)
財務大臣     安住 淳(あずみ じゅん)
文部科学大臣     中川 正春(なかがわ まさはる)
厚生労働大臣     小宮山 洋子(こみやま ようこ)
農林水産大臣     鹿野 道彦(かの みちひこ)
経済産業大臣 原子力経済被害担当   鉢呂 吉雄(はちろ よしお)
国土交通大臣 海洋政策担当   前田 武志(まえだ たけし)
環境大臣 原発事故の収束及び再発防止担当 内閣府特命担当大臣 (原子力損害賠償支援機構)   細野 豪志(ほその ごうし)
防衛大臣     一川 保夫(いちかわ やすお)(参院)
内閣官房長官      藤村 修(ふじむら おさむ)
国家公安委員会委員長 内閣府特命担当大臣 (消費者及び食品安全) 拉致問題担当     山岡 賢次(やまおか けんじ)
郵政改革担当 内閣府特命担当大臣 (金融)   自見 庄三郎(じみ しょうざぶろう)
国家戦略担当 内閣府特命担当大臣 (経済財政政策  科学技術政策)社会保障・税一体改革担当 宇宙開発担当     古川 元久(ふるかわ もとひさ)
内閣府特命担当大臣 (行政刷新 「新しい公共」 少子化対策 男女共同参画) 公務員制度改革担当     蓮 舫(れんほう)(参院)
東日本大震災復興対策担当 内閣府特命担当大臣 (防災)     平野 達男(ひらの たつお)(参院)

内閣官房副長官     齋藤 勁(さいとう つよし)
内閣官房副長官     長浜 博行(ながはま ひろゆき)(参院)
内閣官房副長官    竹歳 誠(たけとし まこと)(-)
内閣法制局長官     梶田 信一郎(かじた しんいちろう)(-)

ふりがなの後に何も書いてない人は衆議院です。

3. フェデラーが歴代2位■■■

Federer_cincinnati_2007 【ニューヨーク共同】テニスの全米オープン第4日は1日、ニューヨークのビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンターでシングルス2回戦などを行い、男子は過去に5連覇した第3シードのロジャー・フェデラー(スイス)がドゥディ・セラ(イスラエル)に勝ち、アンドレ・アガシ(米国)を抜いて68年のオープン化以降で歴代単独2位の四大大会225勝目を挙げた。女子ダブルス1回戦で青山修子組は敗退した。
共同通信

最近はフェデラーも優勝に絡めないことがしばしばになりましたが、歴代2位の記録達成はやはり偉業です。

ちなみに1位はコナーズ(232勝)、3位がアガシ(224勝)、4位がレンドル(222勝)、5位がサンプラス(208勝)。
フェデラーが来年も現役を続けたら、歴代1位に躍り出るのは間違いのないところでしょう。

4. イチローが日米通算488二塁打■■■

立浪(中日)のプロ野球最多二塁打記録を、日米通算で1本上回る488として、アスレチックス松井秀喜と並んだということだそうです。
最初なんで488本がニュースなんだろうと思っちゃいました。記事書いた記者がモーツァルトを好きなのかと。

※ フローレスとフェデラーの写真はいずれも Wikipedia からです。再利用される方は使用条件を守って、直接Wikiからダウンロードして下さい。

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2011年9月 1日 (木)

NHKラジオのネット放送始まる

20110901_nhk 6月に記事にしていますが、NHKのネットラジオが今日から始まりました。
その時は「らじる」とご紹介していたんですが、きょうHPに行ってみたら「らじる★らじる」と「つのだ☆ひろ」みたいになってました。

http://www3.nhk.or.jp/netradio/

このページに行って、ラジオ第1、ラジオ第2、NHK-FMの3つのアイコンの中から、聞きたいものをクリックするだけです。
転送レートが低くて、最初音が出た瞬間はショボっと思ったんですが、聴いてると結構慣れるみたいです。

権利上の理由で聞けない番組というのもあるようです。さっそく明日午後7時30分のFM「ベストオブクラシック」が聞けません。内容はこの7月に行われたルイージ指揮PMFオーケストラのマーラー(独唱ハンプソン)なんですが、どうしてなんでしょうね?

海外の放送局のものとか、まだネットラジオで放送することを前提にしてない時代に契約したものとかなら分かりますが、今年7月のNHK収録の番組がダメとは??ネットのストリーミングを権利者が拒否したということなんでしょうか?

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