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2011年9月18日 (日)

クルト・ザンデルリンク逝去

20110919 指揮者のクルト・ザンデルリンクが亡くなられたそうです。享年98歳(9月19日生まれですので、99歳の誕生日を目前にしての他界ということになります)。

ドイツの指揮者、クルト・ザンデルリンク氏が18日、ベルリンで死去した。98歳だった。
東プロイセン生まれ。ユダヤ系であったため、ナチス政権成立後、旧ソ連に亡命した。レニングラード・フィルハーモニー交響楽団の指揮者などを務めた後、1960年に当時の東ドイツに帰国した。
ベルリン交響楽団、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の首席指揮者を歴任。ブラームスなどドイツ、オーストリアの音楽で高く評価された。76年以来、読売日本交響楽団の指揮台に立ち、79年、名誉指揮者に就任。2002年、指揮活動から引退していた。

読売新聞

読売の記事にもあるように、ザンデルリンクは現在はポーランド領になる東プロイセン・アリスに生まれたドイツ人ですが、母親がユダヤ人だったためナチスによって迫害され旧ソ連に亡命します。いくつかソ連のオーケストラの指揮者をつとめたあと、戦時中にレニングラード・フィルの第一指揮者に就任。戦後も長くムラヴィンスキーのもとでレニングラード・フィルの指揮者をつとめるなど、ソ連を本拠に活動します。

60年代には当時の東ドイツに戻り、ベルリン交響楽団、ドレスデン・シュターツカペレなどを中心にドイツでの活躍を始めます。

ということで当初は――これは私だけの偏見かもしれませんが――レニングラード・フィルの来日公演に同行したことや、ソ連のアーティストの伴奏指揮者としてのレコーディングが多くあったこともあって、どちらかというとロシア色の強い人という印象だったと思います。

それが一気に払拭されて、ドイツ音楽の伝統を受け継ぐ正統派の名指揮者とうけとめられるようになったのは、なんといってもブラームス交響曲全集の録音でしょう。
ドレスデン・シュターツカペレと1971年から72年にかけて行われたこの録音の評判は、まず海外から聞こえてきました。「ザンデルリンクのブラームスのレコードがヨーロッパでは物凄く高い評価を受けている」という話だけが、音楽雑誌などで流れるようになったのです。
まったくザンデルリンクという名前に興味がなかった私は、その時は「ふう~ん」ぐらいにしか思わなかったのですが、やがて国内発売されそれがFMで放送されたものをきいたら、確かに評判がうなずける素晴らしいブラームスでした。オーケストラがシュターツカペレだったのも良かったのですが。

時を同じくしてザンデルリンクはドレスデン・シュターツカペレと来日。私は残念ながら聞けませんでしたが、やはりブラームスの交響曲が名演で、いまも語り草になってるそうです。

以後の活躍は御存知の通りで、特に読響の指揮者として何度も来日していますし、日本人にとっては特に親しい巨匠の一人だったと言えるでしょう。

内田光子さんがベートーヴェンの協奏曲を録音するときに、「今はザンデルリンクが一番すごい。ベートーヴェンは彼とでなければならない」みたいなことを言っていたのが印象に残っています。実際内田さんはザンデルリンクとベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集を録音し、名盤と呼ばれています。

2002年に内田さんとのモーツァルト、シューマンの4番などのベルリン交響楽団を振ったコンサートを最後に引退。

ご冥福をお祈りいたします。

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コメント

>ロシア色の強い人という印象

そうですね。彼はショスタコーヴィチの録音が多かったし、ムラヴィンスキーの補助指揮者みたいなイメージで、あの頃の日本ではソ連移住の詳しい事情も知られてなかったから、何か不思議な存在視されてたようなとこがありましたね。

私はザンデルリンクは確か3回聴きましたが、全てパリ管客演というちょっと変則的な接し方でした。86年から2000年まで1-2年置きに来演してて、ブラームスの交響曲も少しずつ全部やったと思います。

最初に聴いたのは90年でブラームスの2番。終楽章コーダまで確然とインテンポを保ち、余計な強調など皆無のまま最後に見事な頂点を作りだす悠揚たる芸風に一発で感心させられました。
続いて92年にブルックナーの4番、同様の名演。前半はルプーを迎えたモーツァルトの22番でした。

確かに巨匠風で圧倒されるけど、面白みや発見がある音楽をやるタイプではないので、私はその後はついパスしてしまい、最後に聞いたのは99年、メインのショスタ6番より、前半のブラームスPf協1番に出るグリモー目当てでした。
この共演は記憶に残る素晴らしいもので、私が聴いた1番の最良の演奏、指揮も良かったし、グリモーも私が聞いた中で最高の部類の出来でした。
当時グリモーは29歳、ザンデルリンクは86歳(2人とも誕生日前)、3倍近い歳の老巨匠が若い女性ピアニストに丁寧な伴奏を付けてたのも印象的でしたが、物怖じせず男勝りの体当たり的演奏を聞かせたグリモーとそれを老獪に受け止めるザンデルリンクの指揮の相乗効果は息を呑ませるもので、忘れがたい演奏になりました。

ブラ2、ブル4の後でもそうでしたが、特に最後のショスタ6番の終演後には肩を上下させハアハア大きく息をつきながら客席に向かって立ち尽くしていた巨匠の姿が目に浮かびます。

投稿: 助六 | 2011年9月19日 (月) 08:35

助六さん

実は私はずっと疑うことなくソ連の指揮者だと信じきっていました…
シュターツカペレとのブラームスが発売されて、え?ドイツ人だったのかと…。
シベリウスの録音なんかも、そう思って聞くとロシア的では全然ないですね。。
ロジェストヴェンスキーとかはもろにロシアのシベリウスになってますが、そういうのとは全く違ってがっちり、かっちりの感じ。

>巨匠風で圧倒されるけど、面白みや発見がある音楽をやるタイプではない

私は生で接したことはないんですが、録音で聞く限りではそういうタイプなんでしょうね。
協奏曲の場合は面白みや発見を独奏者にまかせて、がっちりとバックを作ってくれるので、良い演奏になる確率が高いということもありそうです。

グリモーとの協奏曲というのも、意外な組み合わせのようにも思いますが、容姿とは異なり骨太なピアニストなのでなるほどという感じがします。(グリモーは最近、モーツァルトのカデンツァに何を使うかでアバドと喧嘩して、レコーディングも今後の共演も流れちゃったとか。)

そういえばザンデルリンク指揮のブラームス協奏曲では、90年代にエマニュエル・アックスと共演した2番のライヴがFMで放送され、それも非常に良い演奏で記憶に残っています。

>終演後には肩を上下させハアハア大きく息をつきながら客席に向かって立ち尽くしていた巨匠の姿

ああ・・・

投稿: TARO | 2011年9月19日 (月) 14:10

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