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2012年1月

2012年1月31日 (火)

「まねきTV」に事業差し止め命令

20120131_aobadori その前に。
IvyBridgeの発売予定時期がほぼ固まったようです。4月1日から7日の間。まず4コアのi7とi5あわせて10種類が投入されるようです。
これまでは4月8日とされていましたので、わずかに前倒しされたことになります。
対応チップセットのZ77、Z75等も同時に発売されます。

この情報は北森瓦版さんのブログ(経由での Fudzilla )からですが、そこにも「この情報は最終的なものではない」と書いてあるので、再変更はあるかも知れませんが何にせよ、遅れることはなさそうです。

テレビ番組をインターネット経由で海外などでも視聴可能にしたサービスが著作権法違反にあたるとして、NHKと民放各社が、サービスを運営する「永野商店」に事業差し止めなどを求めた訴訟の差し戻し控訴審判決が31日、知財高裁であった。飯村敏明裁判長はサービスが著作権侵害にあたるとし、永野商店に事業差し止めと約170万円の支払いを命じた。
産経新聞)

この「まねきTV」の問題は、このブログでも2006年に取り上げました。詳しくはそちらをご参照いただきたいんですが――

簡単に言うとSONYのロケーションフリーという機器を利用して、契約者にインターネット経由で離れた場所のテレビ放送を見れるようにするサービスです。ロケーションフリーという機器は契約者個々人が購入し、1台で見れるのは1人だけです。「まねきTV」側はロケーションフリーを置く場所だけ提供してる事になります。従って不特定多数への送信には当たらないということで、東京地裁では「まねきTV」側が勝訴。つづく知財高裁でも2008年にTV局側の控訴を棄却、「まねきTV」側が勝訴しました。

しかしTV局側が再び上告、2011年1月に最高裁は知財高裁の二審判決を破棄し、審理を差し戻していました。きょうの判決はそれを受けてのものです。

最高裁が二審判決を破棄した理由ですが、

まねきTVのサービスについては、ベースステーションを分配機を介するなどしてテレビアンテナに接続し、受信された放送が継続的に入力されるように設定した上、事務所に設置・管理していることから、利用者がベースステーションを所有しているとしても、送信の主体は永野商店とみるのが相当だと指摘。サービスは契約を結べば誰でも利用可能であることから、送信の主体である永野商店から見てサービスの利用者は不特定の者として公衆に当たり、ベースステーションを用いて行われる送信は自動公衆送信であり、サービスは放送の送信可能化に当たると言うべきだ
INTERNET Watch

ということだそうです。
たぶんこれだけでは何故送信の主体が永野商店(まねきTV)になるのかも、送信可能化とは何のことかも理解し辛いかと思われます。そのあたりを知りたい方は、リンクした INTERNET Watch のページから全文をあたって下さい。法律の知識のない私には、あまりよく理解出来ません。なんとなくですけど、テレビ局勝訴の判決を導くために法律的な技術を駆使してるという印象で、あまり読んでも意味ないかも知れないという気がします。

私が一番理解出来ないのは、「まねきTV」の行為によってTV局側がどんな損害を被ったのかです。170万円の支払いを命じてるんだから、170万円分の損害を被ってるんでしょうけども・・・??

またこの日は同じく

審理が差し戻されていた「ロクラクII」についても、知財高裁は31日、著作権侵害にあたるとして、運営する「日本デジタル家電」に事業差し止めと計1570万円の賠償を命じた。
産経新聞

「日本デジタル家電」の件については、このブログで取り上げたことがありませんので、過去の INTERNET Watch から引用したいと思います。
「ロクラクII」というのはハードディスク・レコーダーで、親機と子機がワンセットになっているもの。親機で番組を録画、自動的にインターネット経由で子機に送られ、子機のハードディスクにデータがたまっていくというものです。特に海外に住んでいる人を対象に作られた商品のようです。
日本デジタル家電では親機をレンタルしてこの会社内に置き、子機を契約者に渡す(レンタルもしくは買い取り)という形での営業をしていたようです。

まず一審の東京地裁。テレビ局側勝訴です。

一審の東京地裁は2008年5月、日本デジタル家電は親機の設置場所を提供するなど、複製行為を管理・支配していると認定。日本デジタル家電が複製の主体にあたり、それによる利益も得ているとして、合計733万円の損害賠償を命じた。

続いて二審。日本デジタル家電側が逆転勝訴です。

 これに対して二審の知財高裁は2009年2月、日本デジタル家電の管理・支配する場所に親機が設置されていたとしても、サービス利用者の私的複製を容易にするための環境などを提供しているに過ぎないとして、日本デジタル家電は複製の主体にはあたらないと認定。一審判決の損害賠償命令などを取消した。


最高裁ではまたまた逆転で、差し戻し判決。

 最高裁判決では、「複製の主体の判断にあたっては、複製の対象、方法、複製への関与の内容、程度などの諸要素を考慮して、誰が当該著作物の複製をしていると言えるかを判断するのが相当」だとした上で、放送番組の場合にはアンテナで受信した放送を機器に入力しなければサービスとして成立せず、この行為はサービス提供に不可欠な「放送番組の複製の実現における枢要な行為」であり、サービス提供者が複製の主体であると解するのが相当だと指摘。原審判決を破棄し、審理を知財高裁に差し戻した。 
INTERNET Watch

こちらは「まねきTV」の件と違って、複製が問題になっているようです。ただ同じくこれもどういうことでTV局が1570万円分の損害を被ったのか、よく判りません。
両方の事件とも、最高裁の判決はアンテナで受信したものを分岐するというところに、ポイントがありそうですが、そこにポイントを置くというのはどうなんでしょうか?
特に「ロクラクII」の件は、複製をして番組を保存するのは子機なわけですから、親機での録画は便宜的なもの、日本デジタル家電の役割は『法律で認められた私的複製の幇助にすぎない』という解釈もできるのではないかと思います。

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2012年1月30日 (月)

FMも変更

20120130_aobadori 今日は最低気温が氷点下6度、昨日の朝は氷点下7度。
目が覚めると空気も凍ってるので、一瞬自分が北極にでもいるような錯覚に・・・

日中も寒くて、一応きょうは最高気温2.8度と真冬日にはならなかったんですが、私が出掛けた3時すぎには完全に0度を下回ってる感じ。風も冷たいし、う~~~具合が悪い… 寒さのせいで気分が悪いというのは初めての体験です。明日ブログの更新が途絶えたら、凍死したんだと思って下さい。

「N響アワーが終了」の項目のtsugumi711さん宛のレスにも書いたんですが、NHKは新年度の番組改正でFMにも大ナタをふるいました。
というのはちょっと大袈裟かもしれませんが、日曜日のFMが大きく変わります。

これまで午後の4時間枠でオペラのライヴ録音や海外でのコンサートのライヴ録音などが放送されていた「サンデークラシックワイド」がなくなります。
代わりに金曜日の午後に「オペラ・ファンタスティカ」というタイトルの番組が新設される予定です。NHKの説明では「オペラの歌曲をノーカットでたっぷりと聞かせる」とのことです。『オペラと歌曲』じゃなくて『オペラの歌曲』です。

で「サンデークラシックワイド」だった4時間枠の後番組としては、3つの番組が予定されているようです。
「きらクラ!」初心者にも分かりやすいクラシックを紹介(たぶん2時間番組)
「洋楽80'sファン倶楽部」(1時間)
「ミューズノート」国内外の女性ヴォーカルを紹介(1時間)
おかげさまで日曜日は留守録音の心配をすることなく、心置きなく外出できます。良かった良かった。ムカッ!

金曜日の「オペラ・ファンタスティカ」は、一応午後2時から6時までの4時間番組のようです。会社員や学生は普通聞けない時間帯ですから、誰を対象にした番組作りをするのでしょうか。ちょっと不思議な気がします。

(以上は平成24年度国内放送番組編成計画による)

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2012年1月29日 (日)

CM

20120129_2 キリンフリーのCMが嫌いです。俳優の瑛太が出演し、ホームパーティーをしてるやつ。
若い女性(瑛太の奥さんもしくは恋人と設定)がレンジにかけられた深鍋を見て「ねぇ。なんかぐつぐつ…」。で、そのあと「ねぇ、こっち来て飲もうよぉ」。

うわぁ・・・書いてただけで苛々してきました。
「ぐつぐつ」は「ぐつぐつ」、煮えてるからグツグツしてるんだろうが、「なんか」じゃねえよ!と怒鳴りたくなってしまうのです。火弱めるとか、そのまま煮続けるとか、なか覗いてるんだから分かるだろうに。料理もできないのかぁ、お前は!!
「ねぇ、こっち来て飲もうよぉ」もいらつきます。いかにも私ってば、気遣いのできる素敵な女なのと言いたげな。料理もできない、何の役にも立ってない女が、いい子ぶってんじゃねえよ!と。

あ、なんだか興奮してしまいました。血圧あげちゃいけないのに…

このキリンフリーのCM、前の洗濯編も嫌いなCMだったけど、同じ路線で作るってことは結構世間では好評で、私が少数派なだけなんでしょうか?
もちろん俳優の瑛太氏や共演してる女性(高見まなみさんというモデルさん)が嫌いなわけではありません。このCMを作ったディレクター氏と徹底的に感性が合わないだけだと思います。

そういえばCMというと、思い出すことがあります。

三、四十年前はCMのことをよく「お知らせ」と言ってました。あれは何故なんでしょう?お知らせはお知らせ、企業のコマーシャルとはまったく違うものなんですが。70年代あたりの一時的な流行で、80年代のはじめぐらいには、またCMに戻ってたと思います。

まもなく90年代に入ろうかという頃、当時ローカル・テレビ局でニュースの仕事をしていた私は、アナウンサーからこんな話をされました。

「TAROさん、今日○○ディレクターの番組で、『CMの後は』って言ったら凄い怒られたんですよ」
「え、なんで?」
どうしてだろうと?とちょっと不思議に思いました。
「それは…CMと略さずコマーシャルと言えってこと?」
「いえ。『お知らせ』ですって・・・」
・・・
私は思わず立ち上がって「ダッセーーーーー!」と叫んでしまったのですが、その○○ディレクターは会社の先輩だった上、少しアンタッチャブル系の方でもあったので、結局そのままになってしまいました。

3年ほど前、その○○ディレクターの番組を手伝いました。彼が書いた台本を見たら、いまだに「お知らせの後は…」となってました・・・。やっぱりねぇ、、、まあ、予想してなかったといえば嘘になりますけど。

※ キリンの画像はWikipediaより。

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2012年1月28日 (土)

最近の太陽光は――

20120128_yoheinuma 白鳥ってどうして寒い所が好きなんでしょう?――まあそういう動物だからなわけですが、このところ仙台の気温は日中でも氷点下かせいぜい0度ぐらい。ところが与兵衛沼の白鳥さんたちときたら、氷の張った沼で泳いでるのはまだヨシとして、きょうのように厳寒ではありながら強い日差しがさすという日など、決して日向には出てこないのです。日陰になった氷の上などに数十羽が固まっています。もしや白鳥なだけに、日焼けして色黒になるのを防いでいるのでしょうか?

真面目な話、日本に飛来する白鳥は多くシベリアの北極圏近くに生息してるらしいのですが、温度を調べたら北極海に近い地域は夏でも2度ぐらいにしかならないそうです(同じシベリアでも内陸部は30度ぐらいになる所もあるそう)。北極圏だったら日差しは極端に弱いでしょうし、宮城の冬は彼らにはちょっと微温くて、日差しも強すぎるのかも知れません。昔はこの辺には白鳥は来なかったんですが、開発その他で北海道・東北北部の湖沼がどんどん少なくなってるんですね。

20120128yonekurayama さて、これは昨日のニュースなんですが、東京電力が2009年から山梨県甲府市に建設していたメガソーラー発電所が、昨日(27日)から運転を開始したそうです(写真はWikipediaから)。年間発電電力量は1200万kWで、これは一般家庭3400軒分の使用電力量に相当するんだそうです。興味が有る方はこちらのサイトを

これももちろん結構なんですが、私は太陽光発電の本命はメガソーラーじゃなくて、一般家庭が個々にパネルを設置するタイプ+蓄電池の形式ではないかと思います。メガソーラーだとやはり発電所から家庭に届くまでに減衰するわけですし、停電になったらこれまで同様お終いです。病院などは特に個々に太陽光発電パネルを大量設置するのは、必要なことではないかと思います。もし日本列島が地震多発の変動期に入ってるんだとしたら、なおさら。

ということで以前にも取り上げましたが、最近の製品はどうなってるのか調べてみました。

まずパナソニック。
昨年12月太陽光システムと連動する住宅用の蓄電システムを発売しました。これは太陽光発電システムと連動させて、停電が発生したらシステムの「自立運転コンセント」に自動供給するというもの。「自立運転コンセント」というのは、太陽光システムで得た電気を電力会社からの分電盤に流して合流させる分とは別に、独立して使えるように別個にコンセントを用意したものです。

ただ出力は120W、稼働時間は3時間までとちょっと物足りない感じ。311のように何日間も停電が続いた時などは、まず冷蔵庫の電源を確保したいわけですが、ちょっとそういうのには向かないようです。
詳しくはこちらをご覧ください。値段は45万9900円(希望小売価格)。もちろん太陽光システムとは別で、この蓄電池だけの値段です。

パナソニックは先月開かれた「エコプロダクツ2011」に太陽光パネルと大容量蓄電池などを組み合わせた、家庭用のシステムを展示していて、(1)通常は太陽光利用で電気代を安く(2)災害・停電時には自給自足モードという、すぐれて便利なもので、パナソニックというブランドもあっていかにも「本命」という感じがします。ただし発売は少し先(2012年度中)で、値段も高いみたいです(普通の太陽光システム+200万円ぐらいとのこと)
パナソニックのシステムに似たようなのは京セラも発売を予定していて、この夏ごろに、しかし値段は未定とのことです。

ということで、なんとなく帯に短し襷に長しという方にはフロンティアオーズという会社から、大容量の家庭用蓄電池「ENEBOX」というのが発売されてます。これは容量5460Wで、冷蔵庫だけなら30時間ぐらい使えるみたいです。最大出力は1500Wで、コンセントは6つつあり当然複数機器の使用も可です。
一般家庭用のコンセントから充電するんですが、オプションで太陽光パネルと接続して充電することも可能だそうです。
一見良いことずくめのようですが、ただしこちらも値段は高くて120万円します。もちろん太陽光システムは別。詳しくはこちら

クマザキエイムという会社からは持ち運べるトランク型の太陽光発電・蓄電のシステムが発売されました。価格は69800円。詳しくはこちらをどうぞ
パナソニックからも去年の夏に10万円ぐらいで蓄電池「ポータブル電源」が発売されていますが、惜しいかなACから充電するので、停電が長引いた場合には使えないということになるんですよね。太陽光パネル連動型だと(晴れてさえいれば)その心配はないので、安心かもしれません。

値段も手頃だし興味深い製品ですが、この「家電Watch」の記事には製造会社あるいはモジュールの提供会社がどこか書いてないので、もし購入を考える方がいらっしゃったら、そこはちゃんとご自身で調べていただくようお願いします。

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2012年1月27日 (金)

3つのニュース ~ニュースの落ち穂拾い Watch What Happens

20120127_yoheinuma またもや訃報です。

アカデミー衣装デザイン賞も受賞している、世界的な衣装デザイナー/アート・ディレクターの石岡瑛子さんが、膵臓ガンのため亡くなったそうです。73歳でした。(シネマトゥデイによる)

石岡さんはまずアート・ディレクターとして世界的に有名になり、マイルス・デイヴィスが1986年に発表した「Tutu」のジャケット・デザインではグラミー賞を受賞しています。
映画のコスチューム・デザインを担当したのはわりと遅くて、1991年頃からのようですが、1992年にはコッポラ監督の「ドラキュラ」でアカデミー賞の衣装デザイン賞を受賞。最近の作品では「インモータルズ-神々の戦い- 」などがあります。
衣装デザインは映画だけでなく舞台も手がけており、ブロードウェイの「M.バタフライ」や「スパイダーマン」、ビデオ化もされているハルトムート・ヘンヒェン指揮のネザーランド・オペラ「ニーベルングの指輪」などを担当しています。
ご冥福をお祈りいたします。

東京大学大気海洋研究所(千葉県柏市)などの研究チームは27日、東海、東南海、南海地震が想定される太平洋・南海トラフで、過去に複数の震源域で津波地震を発生させた巨大断層を発見した、と発表した。1707年の宝永地震を引き起こした断層の痕跡とみられるという。
同研究所は「発見した巨大断層を地震発生モデルに組み込むことで防災研究にも貢献できるのでは」と期待している。
南海トラフでは、過去の地震の研究から五つの震源域が想定されている。これらの震源域が連動して起きる巨大地震では、断層破壊が紀伊半島・潮岬沖から東西に伝わると推測されていたが、証拠は発見されてなかった。 

(時事通信)

20120127ruptureareas_2 この地域はご承知のように東海地震、東南海地震、南海地震という地震の巣を抱えているわけです。それらの震源域は記事中にあるように5つに分けられていて、右図のとおりです(Wikipediaによる)。これらを震源とする地震は単独で起きてすら大きな被害を出してきたわけですが、特に311後は連動型になる危険性を考えて対策を立てるべきだという声が大きくなっています。まあこの辺の話は、関東以西にお住まいの方は私よりはるかに詳しいだろうと思います。

その連動型、しかも数百キロにわたって地殻が壊れたとしか考えようのない広い地域に甚大な被害を及ぼした超弩級の地震が宝永地震で、記録に残る日本の歴史上最大の地震とされています。

記事中にも簡単に書いてありますが、おさらいすると宝永地震というのは1707年(宝永は元禄の次になります)10月4日に紀伊半島沖を震源にして起きた巨大地震で、三河や河内、土佐などで震度7クラスの揺れ(震度6クラスはあまりに広範囲で書ききれません)。当時のやわい建築ですから凄まじい被害が出ました。津波は最大で25メートル以上になったものと考えられています。津波が押し寄せた地域は伊豆から九州太平洋沿岸にまで及び、大阪湾にも入り込んだそうです。(以上はWikipediaによる)

問題は何時起きるかですが、もちろん判りません。巨大津波の跡などから、300~400年おきに起きているんじゃないかと考えられているようです。

20120127cat_2 訃報と暗い話題ばかりなので、少し楽しい話題を探しました。

今はパナソニック・グループになってしまいましたが三洋が発売したニッケル水素電池「エネループ」は、すっかり充電用の電池の代名詞となってしまいました。その「エネループ」にディズニーキャラクターモデルというのが登場するんだそうです。また単なるキャラクターモデルだけではなく、特別にウォルト生誕110周年記念モデルというのも限定発売されるようで、人気を呼ぶかも知れません。

電池なんて見えないところに入れるのに、装飾してどうするんだろうと思わなくもないのですが、もしかして充電器にいれておく時が楽しいのでしょうか?
詳しくお知りになりたい方は、AV Watch をどうぞ。

※ 1枚目の写真は与兵衛沼の白鳥。3枚目は沼のほとりで何かを狙う猫。まさか白鳥を・・・??

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2012年1月26日 (木)

パーヴォ・ベルグルンド死去

20120126_berglund 昨日に続いてまたもや悲しい知らせを書くことになるとは思いませんでした。
シベリウス演奏の権威として知られるフィンランドの指揮者パーヴォ・ベルグルンドが25日亡くなったそうです。82歳でした。

昨日のアンゲロプロスのショックからまだ立ち直れてないのに、今度はベルグルンドとは・・・
ベルグルンドは数年前から健康上の理由で引退状態でしたので、現役指揮者が亡くなったほどの衝撃ではないにしても、なんというか2日続けて胸に杭でも打ちこまれたかのような打撃です。

ベルグルンドのお嬢さんがフィンランドの新聞に語ったところによりますと、直接の死因は肺炎らしいのですが「とても穏やかに消え入るように亡くなった」ということです。いかにもベルグルンドらしい最後だったと思います。(Supercunductorより)

パーヴォ・ベルグルンドは1929年の生まれ。ということはハイティンクやプレヴィン、アーノンクールらと同い年ということになります。
ヴァイオリニスト出身で最初は1949年にヴァイオリン奏者としてフィンランド放送交響楽団にはいりました。どこかの時点で指揮者に転身したようで、1962年にはそのフィンランド放送響の首席指揮者になっています。

ベルグルンドの名を一躍世界に轟かせたのは、ボーンマス交響楽団を指揮した「クレルヴォ交響曲」の世界初録音でした。このオーケストラに合唱、独唱が入った巨大な交響曲は、シベリウスが自らの指揮で初演した後、撤回してしまったという幻の作品で、作曲者の死後もごくまれにフィンランド国内で演奏されることがあるだけでした。

それがようやくレコードという形でヴェールを脱いだわけで、世界中のシベリウス好きを狂喜させたものと思われます(少なくとも私は)。
1970年に行われたこの録音の後、ベルグルンドはフィンランド放送響のポストを若いオッコ・カムに譲り渡し、72年にはそのボーンマス交響楽団の音楽監督に就任。シベリウスの交響曲全集の録音などを行い、シベリウス演奏では筆頭にあげられる巨匠としての名声を確立します。

ベルグルンドはその後、ヘルシンキ・フィル、ヨーロッパ室内管弦楽団ともシベリウス交響曲全集の録音を行なっており、いずれもシベリウスを語るには欠かせない名盤とされています。
いわゆる本場物ということになり作曲者への限りない慈しみをこめたヘルシンキ・フィル、室内オケの特徴を生かして純粋で透明な世界を創り上げたヨーロッパ室内。それぞれの良さがあって甲乙つけがたいのですが、シベリウスはあまり好きじゃないとか、聞いたことがないという方でしたら、ヨーロッパ室内のほうが良いかも知れません。シベリウスが好きな方にはヘルシンキ・フィルがおすすめです(シベリウス好きなら既に持ってる人がほとんどでしょうから、あまり意味のない推薦かも知れませんが)。

YouTubeでベルグルンドが2002年にBBC交響楽団を指揮した第7交響曲という珍しい音源を見つけましたので、URLを貼っておきます。ただし7番は決してとっつきやすい曲ではないので、シベリウス好きにだけお勧めです。
http://www.youtube.com/watch?v=KF2Q0IKkWvA&feature=results_video&playnext=1&list=PL3A3B50632F46A412

心よりご冥福をお祈りいたします。

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2012年1月25日 (水)

テオ・アンゲロプロス監督が事故死!

20120125 衝撃です。アンゲロプロス監督が亡くなりました。

映画界の世界的な巨匠でカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)受賞の「永遠と一日」などで知られるギリシャのテオ・アンゲロプロス監督が24日、アテネ近郊で新作映画の撮影中、道路を渡ろうとしてバイクにはねられ、搬送先の病院で死去した。76歳だった。ギリシャ紙カティメリニ(電子版)などが伝えた。「旅芸人の記録」(75年)で名声を確立。独特の長回し撮影による映像で知られた。
(共同通信)

なんという…
病気や老衰、自然災害とでもいうのならまだ諦めもつきますが、こんなことで…。とても信じられない思いです。
共同の記事には「道路を渡ろうとして」となっていますが、Wikiには「トンネル内でバイクにはねられ」と書かれていて、正確な事故の状況は不明です。頭を強打し、運ばれた先の病院で亡くなったようです。

テオ・アンゲロプロス監督は1935年、ギリシャのアテネ生まれ。アテネ大学卒業後、ソルボンヌに留学、のちパリ高等映画学院に入りますが、教師と対立。ギリシャに戻って左翼系の新聞で映画批評の活動を始めます。
ギリシャで軍事政権が発足した翌年の1968年に、彼の実質的な処女作となる短編映画を発表。1970年には長編第1作を発表し、本格的な映画監督としての第一歩を踏み出します。(1965年に撮影した Forminx Story  (英語題名)という長編作品があるが未完に終わっている。)

1975年「旅芸人の記録」を発表し(カンヌの国際映画批評家連盟賞)、アンゲロプロスは一躍世界映画界の最高峰に躍り出ます。
日本での公開はずいぶん遅れて1979年でしたが、監督も俳優もまったくなじみのない名前であったにもかかわらず、上映と同時に映画ファン・批評家双方から最高級の評価を受け、この年のキネマ旬報ベスト・テンの第1位に輝きました。オルミの「木靴の樹」、チミノの「ディア・ハンター」、ヴィスコンティの「イノセント」、ドライヤーの「奇跡」などをおさえての第1位ですから、1979年度は並の年度のレベルではなかったことが伺えると共に、「旅芸人の記録」への評価がほとんど絶対的なものであったこともお分かりいただけると思います。

「旅芸人の記録」で私たちは旅する人々の精神の軌跡を描くことが、同時に歴史そのものを描くことになるという奇跡を目の当たりにしたのではないかと思います。
歴史の一断面を切り出してドラマに仕立てるのはハリウッドがよくやります。歴史上の事件を時間軸にそって大河ドラマに仕立てるのはNHKが得意です。アンゲロプロスがやったのはもちろんそういうことではありません。その驚きは体験して下さいとしか言いようがなく、アンゲロプロスにとっても他に同じ構造をなぞった作品がないことを考えると、(全作品見てるわけではないので断言できませんが)ただ1度の奇跡だったものと思われます。

以後日本公開されたすべての作品で、アンゲロプロスは常に最高の評価を受けてきました。ベルイマンも亡くなった今、アンゲロプロスの名前は映画が芸術であり続けると信じる人々にとっての《希望》の象徴ですらありました。それがいきなり断ち切られるとは…

2008年に撮影された The Dust of Time (英語題名)という作品が日本未公開のままになっています。これが「エレニの旅」に続くトリロジーの第2作ですから、あるいは第3作を撮影中の出来事だったのでしょうか。
ご冥福をお祈りいたします。

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2012年1月24日 (火)

アカデミー賞のノミネーション発表

20120124_the_help_2 2011年度の米アカデミー賞は、現地時間の24日朝に候補作が発表になりました。

作品賞(9本)
「アーティスト」
「ファミリー・ツリー」
「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」(凄い題名ですが原題が Extremely Loud & Incredibly Close。トム・ハンクスとサンドラ・ブロックで「めぐりあう時間たち」のダルドリー監督作品。来月公開。)
「ヘルプ ~心がつなぐストーリー~」(1960年代のアメリカ南部を舞台に白人女性と黒人女性の友情の軌跡を綴った感動のドラマらしいです。3月公開.)
「ヒューゴの不思議な発明」
「ミッドナイト・イン・パリ」
「マネーボール」
「ツリー・オブ・ライフ」
「戦火の馬」

主演男優賞
デミアン・ビチル(明日を継ぐために)未公開ですが東京国際映画祭で上映されています
ジョージ・クルーニー(ファミリー・ツリー)
ジャン・デュジャルダン(アーティスト)
ゲイリー・オールドマン(裏切りのサーカス)ル・カレの「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」の映画化
ブラッド・ピット(マネーボール)

主演女優賞
グレン・クローズ(アルバート・ノッブス)
ヴァイオラ・デイヴィス(ヘルプ ~心がつなぐストーリー~)
ルーニー・マーラ(ドラゴン・タトゥーの女)
メリル・ストリープ(マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙)
ミシェル・ウィリアムス(マリリン 7日間の恋)

助演男優賞
ケネス・ブラナー(マリリン 7日間の恋)
ジョナ・ヒル(マネーボール)
ニック・ノルティ(Warrior)
クリストファー・プラマー(人生はビギナーズ)
マックス・フォン・シドー(ものすごくうるさくて、ありえないほど近い)

助演女優賞
ベレニス・ベジョ(アーティスト)
ジェシカ・チャスティン(ヘルプ ~心がつなぐストーリー~)
メリッサ・マッカーシー(ブライズメイズ)
ジャネット・マクティア(アルバート・ノッブス)
オクタヴィア・スペンサー(ヘルプ ~心がつなぐストーリー~)

監督賞
ミシェル・アザナヴィシウス(アーティスト)
アレキサンダー・ペイン(ファミリー・ツリー)
マーティン・スコセッシ(ヒューゴの不思議な発明)
ウディ・アレン(ミッドナイト・イン・パリ)
テレンス・マリック(ツリー・オブ・ライフ)

外国語映画賞
「少年と自転車」(ベルギー)ダルデンヌ兄弟の作品で春公開
「Monsieur Lazhar」(カナダ)
「別離」(イラン)
「Footnote」(イスラエル)
「In Darkness」(ポーランド)

ちょっと疲れましたので、他のノミニーについては公式ホムペもしくはAllcinema Movie & DVD Database をご参照下さい。

「ヒューゴの不思議な発明」が最多の11候補にノミネートされた。以下、「アーティスト」が10候補、「マネーボール」と「戦火の馬」が6候補で続いた。また、ルーシー・ウォーカー監督が東日本大震災直後の日本を捉えた「津波そして桜」が短編ドキュメンタリー部門にノミネートされた。授賞式は2月26日に開催予定。
(Allcinema Movie & DVD Database)

ゴールデン・グローヴ賞で完全無視された「ツリー・オブ・ライフ」が作品、監督賞にノミネートされているのなども注目されます。

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2012年1月23日 (月)

「クリスタル・サイレンス」チック・コリア&ゲイリー・バートン ~思い出の名盤・49

20120123_crystal_silence_2 1970年代から80年代の初めにかけて、クリスタルという言葉がとってもオシャレで洗練された感触を持つ言葉とみられていた時代がありました。その頂点にあったのが田中康夫の小説「なんとなくクリスタル」(1980)。クリスタルはこの小説で完璧に流行語になり、アガサ・クリスティの『鏡は横にひび割れて』の映画化は「クリスタル殺人事件」という日本語タイトルに。ジャズのサックス奏者グローヴァー・ワシントンJr.がビル・ウィザースのヴォーカルをフィーチャーして録音したナンバー Just the Two of Us にまで、「クリスタルな恋人たち」などという日本語タイトルが付けられたりしました。

クリスタル・ブームはなぜかあっという間に衰えて、小説の翌年公開された かとうかずこ主演の「なんとなくクリスタル」は期待はずれの興行成績に終わり、ビデオ化もされてないようです。Just the Two of Us ももはや恥ずかしくて誰も「クリスタルな恋人たち」なんて言いません。みんな「ジャスト・ザ・トゥー・オブ・アス」と原題で言います。

そんな中、70年代のクリスタルで今も残っているのが、このチック・コリアのアコースティック・ピアノとゲイリー・バートンのヴァイブによる名盤「クリスタル・サイレンス」。残った理由は作品の水準の高さもさることながら、音楽自体が本当にクリスタルという言葉にピッタリだったからかも知れません。このデュオ・アルバムが録音されたのは1972年11月。勿論日本のクリスタル・ブームとは無関係で、「クリスタル・サイレンス」は原題そのものです。

それにしても二人の美しく繊細な音色が絶妙に絡み合うこの世界は、本当にクリスタル。時には水晶の輝きに、時には雪の結晶にと姿を変え、ひたすら透明で純粋な音のユートピアを綴っていきます。
アルバム・タイトルになった曲「クリスタル・サイレンス」はチック・コリアが「リターン・トゥ・フォーエヴァー」のために書いた曲ですが、これをアルバムのタイトル・チューンに選んだのは、芸術的な意味でも商業的な意味でも、正解以外のなにものでもないでしょう。

日本盤についていえば、下手に訳さずに原題のカタカナ表記にしたのも大正解(Jazzの場合はそのほうが普通ですが)。そもそもクリスタル・サイレンスって何と訳せばいいのか判りませんが、語感からもカタカナ以外はありえないでしょう。クリスタルということばの《か行》と《さ行》と《ら行》で出来たクリアな語感は、言葉が立ってると言うか、特別なものを感じさせます。
考えてもみてください。シルヴィア・クリステルがシルヴィア・ダイヤモンドなんて名前だったら、きっとただの脱ぎ女優にしかならなかったでしょうし、滝川クリステルが滝川サファイアだったりルビー滝川だったりしたら、ワイドショーのレポーター止まりだったかもしれません。まあ、これはクリスタルじゃなくてクリステルですけど。

このアルバムの中で特に惹きつけられるのは、最後から2番目に置かれた曲、「チルドレンズ・ソング 」。アルバムの初めからどんどん音楽がシンプルになっていって、「チルドレンズ・ソング」では本当に余計なものを削ぎ落して、音楽が純粋な音の連なりにまで還元されたような印象を受けます。そして続く「ホワット・ゲーム・シャル・ウィー・プレイ・トゥデイ」は対照的にリズムの面白さを活かした(といってもこれもシンプルなのですが)活気あふれる曲で終わる。聞いて深い満足感を得られる絶妙の配置のように思います。

チックのアコースティック・ピアノ――つまり普通のピアノ。チック・コリアはエレクトリック・ピアノを弾くことも多く、ピアノだけだとどちらか判らない事が出てくるので――の音色は、前世代のジャズ・ピアノの名手たち、オスカー・ピーターソンやジョン・ルイスやハンク・ジョーンズやエトセトラと比べて、ちょっと腰高な感じがします。カラヤン指揮ベルリン・フィルとアバド指揮ベルリン・フィルの違いみたいな(?)。
でもそれが煌くゲイリー・バートンのヴァイブの音色とぴったり合うんですよね。この原稿を書くために久々に聞いて、すっかり酔いしれてしまいました。
最近眠りがやけに不順なんですが、きょうはよく眠れそうな気がします。

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2012年1月22日 (日)

雪に隠れて・・・

20120122_masue 私は子供の頃から雪が好きでした。いままさに降っている状態も好きですが、積もって一面真っ白になったりするとやたら嬉しくなってしまいます。やはり雪はこの世の汚いものを総て隠してくれるからでしょうか?

宮城県内は昨日の夜からサラサラとした粉雪が降り始め、今朝起きたら一面の銀世界。仙台は7センチと今シーズン一番の積雪を記録しました。私の家は山の上の方なので、十数センチは積もってました。というか今もとけずに道路や屋根は白いまま。午後の遅い時間に外界に降りてみたら、街中は結構融けていましたから、やはり丘の上より平地は暖かいんですね。

ところで私がやたらドトールやヴェローチェなどの安いカフェに行くのは、以前からこのブログをお読みくださってる方はご存知かと思います。
家の中だけで仕事をしてるとどうしても気持ち的にしんどいので、仕事を持っていくわけですが、そうすると多少は長居をする傾向になります。当然そうなると途中でトイレに行きます。

でまあ、行こうと思った瞬間に誰か別の人に入られるというのは、普通によくある話です。公衆便所式にというかなんというか、便器がいっぱいあるところはいいんですが、大概の小さな喫茶店では男性用と女性用が1部屋ずつしかありません(男性用1つに、女性用2つとか、女性用が多いところは少し増えてきました。)

前に入った人が出てくるのを待つことが何度も重なると、そのうち不思議なことに気付きました。
中年以上の男性の場合、あっという間に出てきます。まあそうですよね。
ところが20代の若者はトイレに入ってから出てくるのが凄く遅いのです。5分ぐらい待ってようやく出てくるなんて言うのがザラなのです。もうこっちは1分も待てないというのに。

「最近の子はカフェでウンコをするのだろうか?」というのが私の素朴な疑問でした。

ところがある時気づいたのです。トイレに入る前と後では、彼らは頭(髪)が違っていたのです。
つまり想像するに――本人に聞いたわけじゃないので想像しかできないわけですが――彼らはトイレに入って、乱れた髪型を5分かけて丁寧に整えていたのです。あるいは整えていたのではないかと思われるのです。

20120122_eastside ま、5分というのは多少の誇張が入ってますが、でも明らかに髪が整えられて出てくる長雪隠の子が増加してるのは確かです。強風で乱れた髪を手櫛でサッと整えるなどという(のは普通だと思いますが)レベルの時間ではないからです。
私はユニセックス化とかにはかなり寛容なのですが、女性がお化粧をなおすように丁寧に一本一本髪の束をつまんで、角度をつけたりしてるのかと思うと、なんとなく心配にならざるをえません。そのうち電車で化粧する女性と同じように、カフェの客席で鏡を出してヘアメイクをやり始める男子とかも出てきそうで・・・

まあ私自身は同世代の他の男と比べても、ことさらにオシャレとか身だしなみとかには気を使わない方なので(整えるほどの髪もないし)、標準にはならないかもしれませんが。

小澤さんと水戸室内管の今日のサントリーホール公演ですが、小澤さんはプログラムの順番を変更して、後半に持ってきたハイドンのチェロ協奏曲1曲だけを振ったそうです。

時折、用意された椅子に腰掛けたり水を飲んだりしたが、いつものように全身を使った表情豊かな指揮を披露。終演後、総立ちとなった聴衆の拍手に、笑顔で何度も深々と頭を下げた。 

(時事通信)

とのことです。何はともあれ深刻な事態にならずに良かったです。

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2012年1月21日 (土)

N響アワーが終了

20120121mito その前に、これは昨日のニュースだったんですが、小澤さんが水戸室内管の20日の公演をキャンセル。22日の東京公演もどうなるか分からないとのことです。

指揮者の小澤征爾さん(76)は20日、水戸市での水戸室内管弦楽団第83回定期演奏会の指揮を、体調不良のため降板した。
演奏会は19日に水戸芸術館で始まり、小澤さんは時折椅子に座りながらも、予定されていた3曲中2曲を約40分間、指揮した。20日は体力が回復しなかったため、東京都内の自宅に帰ったという。同日の演奏会は指揮者なしで行われた。22日から25日まで東京などで公演が予定されているが、小澤さんの出演は未定。

(毎日新聞)

キャンセルになった本日の水戸室内管のコンサートは差額1万円~6000円の払い戻しがあったそうです。

水戸芸術館のHPによりますと、19日の演奏会終了後、

>小澤氏はかつて経験したことの無いほどの大変な疲労を感じ、本日の演奏会に向けて体力の回復に専念しましたが、今日になっても演奏会で指揮をすることができる体力を取り戻すことができませんでした。

ということです。ちょっとまずいですね。
東京公演については、水戸芸術館は吉田秀和館長の名前で、ギリギリまで分からないのでという緊急メッセージを出しています。

20120121_nhk_broadcasting 「ザテレビジョン」によると、教育テレビの音楽番組「N響アワー」がこの3月で終了することになったそうです。
「N響アワー」は名前の通りNHK交響楽団の演奏を紹介する番組。なんと1980年から30年以上も放送されてきました。現在の放送時間帯は日曜夜9時~10時。

後番組は作家の石田衣良さんと作曲家の加羽沢美濃さんが司会を務める「ららら♪クラシック」。
なんでも毎回、演奏家や作曲家、音楽の生まれた町などにスポットをあて、クラシックの意外な面白さを紹介するそうです。クラシック初心者で「聞いてみたいけど、何から始めていいのか」という人にも気軽に楽しめる番組なんだそうです。またN響の演奏だけでなく、バレエも含め色々なジャンルの音楽が紹介されるようです。

どうなんでしょう、これは。
そうでなくてもNHKの地上波ではどんどんクラシック番組が減ってきています。この「N響アワー」も前はもっと放送時間が長かったと思うんですが、今は1時間。交響曲の一部割愛など平気で行います。先日はデュトワ指揮のマーラー8番を第1楽章の後、いきなり第2楽章の途中に移ってずっこけました。
ということで「N響アワー」も本格的な音楽番組とは言えない部分もあるのですが、それでも残された数少ないクラシック番組の牙城という感じではありました。それに以前は池辺晋一郎さん、今は西村朗さんという第一線の作曲家の話が聞けて、そこにも価値があったと思います。

初心者が気軽にクラシックを楽しめる番組を作るのは大賛成ですが、それは総合でやって欲しかったと思います。結局地上波では教育テレビにあっても芸術・伝統芸能関連の番組はどんどん減らし、見たい人はBS契約して下さいということなんでしょうけど。なんかむかつく。

※ 水戸芸術館とNHKの写真は Wikipedia から。

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2012年1月20日 (金)

ペルーで古代のスナック出土 など~ニュースの落ち穂拾い Watch What Happens

20120120_huanchaco ペルーで古代のスナック出土

というタイトルがNiftyの注目ニュース欄に載ってました。
不思議。なぜスナックと判ったのでしょう?バーでも居酒屋でもただの食堂でもなくスナックと判明した根拠はいったい?・・・と思って、記事をクリックしてみたら。

現在のペルー沿岸部に住んでいた古代人が、最も昔では6700年前からトウモロコシを調理していたことが、このほど発掘されたペルー北部の海岸地帯にあるパレドネス(Paredones)、ワカ・プリエタ(Huaca Prieta)の両遺跡の発掘物の分析から判明した。ここからはトウモロコシの軸、皮、穂、茎が出土している。
(ナショナルジオグラフィック)

な~んだ。スナック菓子のスナックだったとは。
画像はこちら。左上のものがポップコーン状態の実がついてたんだそうです。

実際、今回の研究でピペルノ氏が最も驚いたのは、新たに見つかった遺構から出土したトウモロコシの多様さだった。可食部の形から種子の色に至るまで、実に多岐にわたっているという。「農民たちは積極的に品種改良を行い、優秀なものを栽培する」とピペルノ氏は述べている。
(同)

ピペルノ氏というのは今回の研究を発表した一人で、ワシントンD.C.の国立自然史博物館の学芸員だそうです。

スナックが重要なんじゃなくて、今から7000年近くも前に品種改良によって多様な品種のとうもろこしを栽培。料理の方法もポッップコーンなどさまざまなやり方で加工してたということが重要なニュースなんでしょうね。たぶん。――紀元前4700年といえば、日本はまだ縄文時代。稲作は始まってませんでしたから、それと比べると古代アンデスの人々の農業への取り組みはものすごく進んでますね。そっちに驚きました。

写真はペルー北部のワンチャコ海岸(Wikipediaから)。遺跡とは関係ありません。

20120120kodak_tower_top_2 コダック製品の国内供給は継続

前にお伝えしたイーストマン・コダック社(写真はWikipediaから)の件ですが、19日に連邦倒産法第11章の適用を申請、経営破綻しました。ただし業務は通常通り続けるとのことです。
これにともなって日本の国内総代理店である加賀ハイテックは、

20日、同社が取り扱うイーストマン・コダック製品の国内提供を継続することを明らかにした。
加賀ハイテックは、アマチュアおよびプロ向けコダック製品の国内総代理店。コダック製のデジタルカメラ、デジタルフォトフレーム、写真用フィルム、印画紙、映画用フィルムなどを取り扱っている。

(デジカメ Watch)

連邦倒産法第11章というのは日本の民事再生法に当たるもので、通称 chapter 11 と呼ばれてるんだそうです。もちろんここは《じゅういち》ではなく《イレヴン》と言いましょう。(エスペリオンXXIじゃないので。)
コダック社は通常通り業務を続け、経営再建を目指すとのことで、すでにシティグループから9億5,000万ドルの融資を受けたということです。



20120120 遺伝子組み換えマウスが逃走

最後にこれは結構深刻なニュースなんじゃないでしょうか。

文部科学省は20日、独立行政法人国立病院機構東京医療センター(東京都目黒区)が遺伝子組み換えマウスの管理が不十分だとして、同センターに対し、厳重注意した。
同省によると、同センターの研究棟で昨年12月28日、遺伝子組み換えマウス1匹が飼育室から逃げ出した。マウスは、今月7日に、捕獲装置で捕らえられた。飼育室の扉が開けたままで、逃亡防止用装置も外していたことが原因という。
このマウスは、人や哺乳動物に対する病原性は持っていないことから、人への健康影響はない。

(読売新聞)

今回はたまたま人などに伝染する病原菌等は持ってなかったそうですから良かったものの、なんらかの実験をしていたんでしょうから、いろいろSF的なことを想像するとちょっと怖くなりますね。
しかもネズミが清潔であるべき病院の中をウロチョロしてて、11日間も捕まらないなんて。年末年始は捕獲係も休んでたのかしらん?
なお独立行政法人国立病院機構東京医療センター(写真はWikipediaより)は、旧・国立東京第二病院と国立病院東京医療センターのことです。

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2012年1月18日 (水)

レオンハルト逝去

20120118_leonhardt すべての音楽家の尊敬を集めた古楽界の巨匠グスタフ・レオンハルトが、16日アムステルダムで亡くなったそうです。83歳。謹んでご冥福をお祈りいたします。

1950年代からチェンバロによるバッハ演奏で頭角を現し、作曲当時の楽器を使った古楽演奏の第一人者として名声を博した。指揮やルネサンス・バロック時代の奏法研究でも知られ、アムステルダム音楽院教授を長年務めた。77年に初来日して以来、日本で多くのファンに親しまれた。2011年にも来日した。
(読売新聞)

レオンハルトは世界で最も著名な演奏家の一人ですから、いまさら多くを語る必要もないかもしれません。去年5月という大変な時期に来日して(もちろん私は聞けませんでしたが)チェンバロとオルガンの6回ものコンサートを開いてくれたことに関しては、多くの日本のファンが感謝と感動の声を綴っていました。

それにしても…なんだか訃報ばかり書いてるような気がします。気のせいでしょうか?去年のリズの死あたりからずっと「二十世紀が死んでいく」――そんな感じを受けています。

レオンハルトがテレフンケンにいれたバッハのカンタータを聞いて、故人を偲びたいと思います。

気づかないうちにアクセス数が50万を超えていました。皆様にこころから感謝申し上げます。もし50万を踏んだ方がいらっしゃたら教えて下さい。

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2012年1月16日 (月)

ゴールデン・グローヴ賞、クリストファー・プラマーが82歳で助演男優賞受賞!

20120116_the_artist ゴールデン・グローヴ賞(以下GG賞)が発表になりました。ご存知のようにGG賞は作品賞と主演男女優がドラマ部門とコメディ・ミュージカル部門にわかれています。

作品賞(ドラマ) 「ファミリー・ツリー」
作品賞(コメディ/ミュージカル) 「アーティスト」
主演男優賞(ドラマ) ジョージ・クルーニー(ファミリー・ツリー)
主演女優賞(ドラマ) メリル・ストリープ(マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙)
主演男優賞(コメディ/ミュージカル) ジャン・デュジャルダン(アーティスト)
主演女優賞(コメディ/ミュージカル) ミシェル・ウィリアムズ(マリリン 7日間の恋)
助演男優賞 クリストファー・プラマー(人生はビギナーズ)
助演女優賞 オクタヴィア・スペンサー(ヘルプ ~心がつなぐストーリー~)
監督賞 マーティン・スコセッシ(ヒューゴの不思議な発明)
脚本賞 ウディ・アレン(ミッドナイト・イン・パリ)
歌曲賞 Masterpiece「W.E.」
音楽賞 ルドヴィック・ブールス(アーティスト)
長編アニメーション賞 「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」
外国語映画賞 「別離」

外国語映画賞受賞の「別離」(アスガー・ファルハディ監督)はベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したイラン映画で、アメリカでもすでにニューヨーク映画批評家協会賞とナショナル・ボード・オブ・レビューの外国語映画賞を受賞しています。

ドラマ/ミュージカル部門の作品賞を受賞した「アーティスト」はサイレント映画時代のハリウッドを舞台に白黒・サイレントで作られた異色のフランス映画(ミシェル・アザナヴィシウス監督)。サイレントと言っても音楽はついてて、音楽賞も受賞しています。

タイトルにも書いたようにクリストファー・プラマーが82歳で助演男優賞を受賞しました。GG賞史上最高年齢での受賞だそうです。2月公開の「人生はビギナーズ」はユアン・マクレガー主演。《「私はゲイだ」父が75年目に明かした真実が、僕の人生を大きく変えた。》というのがこの映画のキャッチ・コピーで、プラマーがそのカミングアウトする父親の役。ちょっと想像つかないと思うのは、私だけではないはず。プラマーはこの映画でロサンゼルス批評家協会賞と放送映画批評家協会賞の助演男優賞も受賞していて、是非ともアカデミー賞も獲ってほしいものです。

歌曲賞受賞の「W.E.」はマドンナが監督した作品で、日本公開はまだ未定のようです。

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2012年1月15日 (日)

別宮貞雄さんも・・・

20120115_kami これは金曜日のニュースだったようなのですが、ちょっと体調が悪くて新聞も読まなかったので、今日まで気付きませんでした。
先日の林光さんに続いて戦後の日本を代表する作曲家の一人、別宮貞雄さんが12日、老衰のため亡くなったそうです。89歳でした。

告別式は16日午前11時半、東京都武蔵野市御殿山1の7の8カトリック吉祥寺教会で。喪主は長男、剛夫(たけお)氏。
東京大理学部で物理学などを学びながら、作曲を池内友次郎に師事。在学中の1946年に「管弦楽のための二章」が毎日音楽コンクールで2位に入賞した。その後、パリに留学し、ミヨーやメシアンに学ぶ。前衛音楽に同調せずに古典主義的な様式を守った。主な作品に「ビオラ協奏曲」、歌曲集「淡彩抄」、オペラ「葵上」など。日本現代音楽協会の委員長を長年務め、現代音楽の振興に尽力した。88年紫綬褒章、94年勲三等瑞宝章。

(読売新聞)

現代では89歳ぐらいは老衰になる年齢ではないと思ってたんですが、そういうものでもないんですね。

私が別宮さんの作品で、一番印象深いのはやはりヴィオラ協奏曲(1971)でしょうか。この曲はN響で複数回演奏されてると思うんですが、特に再演の際に珍しく江藤俊哉さんがヴィオラを弾いて演奏したのが記憶に残っています。ライヴ録音を聞いただけですが、江藤さんのヴィオラは濃厚で甘美な音色で、ロマンティックにさえ聞こえる演奏だったように思います。

林さんに続いて別宮さん。何か一つの時代が終わっていくのに立ち会ってるような、そんな寂しさを感じます。どうぞ安らかにお眠り下さい。

※写真は宮城県加美町か大和町あたり

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2012年1月14日 (土)

どんと祭

20120114_donto_parapara2 今日の仙台は最高気温が2度2分。でも私が出かけた時間帯は明らかに氷点下。全身が凍えるほど寒かったです。ああ、、、、なんか回復できない。

なのに今日は恒例の小正月の行事「どんと祭」の日。仙台市の大崎八幡宮には、なんと3000人もの裸参りの行列が。で、写真は撮って来ましたが、昨日から体調不十分で、今もちょっと具合がわるいようなきがするので、文章は毎日の記事をお借りします。

正月飾りや縁起物を燃やして先祖の霊を送る小正月の祭事「どんと祭」が14日、仙台市青葉区の大崎八幡宮であった。燃え上がる御神火の周りを白さらしと白鉢巻き姿で練り歩く伝統の「裸参り」には118団体2868人が参加し、大震災からの復興を願った。
 今年は昨年より約2万人多い4万8535人(午後6時現在)の参拝客が訪れた。しめ縄などを御神火に向かって投げ込むと、手を合わせて無病息災や商売繁盛を祈願した。

(毎日新聞)

画像はクリックすると拡大して、次々変わります。全部で7枚。

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2012年1月13日 (金)

またもマラ9で受難、こんどはギルバート

20120113mahlercartoon_1907 「思い出の名盤」のマーラー9番の項で、小澤&ボストンの受難について書きましたが、今度はアラン・ギルバート指揮ニューヨーク・フィルのコンサートでiPhone のアラームが鳴り続け、コンサートが中断するというハプニングがあったそうです。事件の顛末は――

同フィルが本拠地リンカーンセンターでマーラーの交響曲を演奏中、最前列の客席からマリンバをアレンジした携帯音が鳴り始め、数分続いたという。
 指揮者のアラン・ギルバート氏が携帯のスイッチを切るように注意したが、鳴りやまないため演奏を中断。最前列にいた年配の男性が切るのを確認した上で、曲の途中から演奏を再開した。
 同氏は聴衆に「(普通は騒音を無視するが)今回はひど過ぎて続けるわけにはいかなかった」と述べ、演奏中断に理解を求めた。(共同)

(日刊スポーツ)

この記事にはマーラーの交響曲としか書いてありませんが、こともあろうに9番のしかも終楽章だったそうです。笑ったら気の毒ですが、もう東海岸ではこの曲はやめたほうがいいんじゃないでしょうか。

しかもこれは受信音ではなくてアラーム音。つまり切るまでずっと鳴り続けているもの。
弱音部分で鳴り始め、その後強音部分を経て弱音に戻ってもまだ鳴っていたので、ついにギルバートが演奏を止めたということのようです。

NYタイムズの取材によれば、問題の音を出した人は60~70歳の会社役員の男性で、20年来のニューヨーク・フィルの聴衆だそうです。今までブラックベリーを持っていたのに、数日前に iPhone に変えて、使い方がよく判らず、まさか自分の iPhone がなってるとは思わなかったのだとか。

持ってる人はお分かりかと思いますが、持ってない人はいったいどんな音か聞きたくなりますよね、iPhone のマリンバ・トーン。これです。

これがマーラーの終楽章でいきなり鳴ったとしたら…。いくらマーラーの交響曲には、コラージュ的な要素があると言っても、さすがにこれはねぇ。聴衆と演奏家が迷惑だったのは当然として、問題の男性も極めてショックだったらしく、NYタイムズの電話インタビューに(iPhone ではなく加入電話で)「2日間眠れなかった」と話したそうです。

でまあ、具体的にはこんな状況になったのではないかと思われます。ちょっと再現VTRを作ってみました。ギルバートの音源(ロイヤル・ストックホルム・フィルとの)は持ってないので小澤さんとサイトウキネンのを借りました。

で、翌日アラン・ギルバートがツイッターでつぶやいたことには、「昨夜の件で一つ学んだ。マーラーが決してマリンバを使わなかったのには理由があるということを」。さすがニューヨーカーでございますね。

※最初の画像はマーラーのカリカチュア(第6交響曲について)、Wikipediaより。

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2012年1月12日 (木)

ベートーヴェンの書簡発見

20120112beethoven ドイツ北部のリューベック音楽大学ブラームス研究所は11日、ドイツ生まれの作曲家ベートーベン(1770~1827年)の手書きの書簡が発見されたことを明らかにした。貧困や病気で窮状にあった楽聖の苦悩がつづられており、10万ユーロ(約980万円)の価値がある貴重な史料という。
 1823年7月に滞在先のウィーンからパリ在住の作曲家に宛てた書簡で、この作曲家のひ孫の遺品に含まれていた。黄ばんで一部破損しているものの、保存状態は良好だった。
 ベートーベンは書簡で、同年完成した大作「ミサ・ソレムニス」の購入者を探すのを手伝うよう要請。また、自身の目の病気やおいの学費など心配事が重なっていると訴え、「給料が少なく、病気を患っているため、良い運命をつかむには大いに骨を折らなければならない」と嘆いた。一方で、「私宛ての手紙は『ウィーンのl・v・ベートーベン』とだけ書けば届く」と記し、自分の名声に自信を示している。

(時事通信)

大きい画像はこちら

ベートーヴェンの生涯は20代から始まったとされる難聴を始め、色々な持病や黄疸、肝硬変と特に晩年は病気に悩まされた生活。加えて甥のカールが不良で苦労したことはよく知られています。
ベートーヴェンのお金にまつわるエピソードも結構ありますが、第九の時など私は「とらぬ狸の皮算用」的な不満だけ言ってるのかと思ってました。この手紙だとやはり貧乏でもあったんでしょうか?「給料」というのは出版社からの報酬のことなのか、年金の話なのかちょっと判らないですが。

「ミサ・ソレムニス」はルドルフ大公(ベートーヴェンに最後まで年金を送り続けた)に献呈された曲で、1823年に完成、1824年にペテルブルクで初演されました。楽譜が出版されたのは1827年で、パリ在住の作曲家に「購入者を捜すのを手伝うよう要請」というのは、《出版されたら買ってくれる人達をさがして》ということでしょうか?どういうことかよく判りませんが、いずれにしてもあのベートーヴェンが、晩年になっても自ら営業しないといけなかったなんて、カワイソス;;;;

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2012年1月11日 (水)

SONYの新しいTV ~ニュースの落ち穂拾い Watch What Happens

20120111_asahigaoka 宮城県地方は昨夜から雪になり、仙台ではこの冬一番の6センチの積雪となりました。私は午後から出かけたから関係無かったですが、朝はきっと大渋滞だったろうと思います。思いますと言うか、大渋滞だったらしくて、しかもスリップ事故も多発。河北新報によれば昨日の夕方から今朝8時までで、物損を含め県内あわせて交通事故は142件にのぼったとか。
最低気温も氷点下。明日朝はもっと寒くて氷点下6度の見込み。Brrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr

さて10日からラスヴェガスで始まった(ラス・ウエルガスではありません)恒例のCES(Consumer Electronics Show)。例年高い関心を集めるSONYの発表ですが、今年はコンピュータ関係は(少なくとも私には)ガッカリでしたが、テレビで注目の新技術の発表がありました。

ソニーは9日_(米国時間)、2012 International CESにおいて、約600万個のLEDを使った次世代自発光ディスプレイ「Crystal LED Display」を発表。55型、フルHDの試作機を参考出展した。LED光源を用いた自発光ディスプレイとして、55型フルHDを実現したのは業界初という。
(AV Watch)

LEDを液晶のバックライトに使って消費電力を下げるというのは、かなり普及してきて値段もこなれてきましたが、これはバックライトではなくLED自体を画素数分配置しておのおの自発光させるというもの。CESのレポーターによれば極めて高画質とのことです。しかも消費電力は通常の液晶の半分だとか。

それぞれ単色で発光するLEDを画素数分配置するということは、通常ならフルHDで画素数は207万3600ですから、この方式の場合RGB3色のLEDを通常の画素1個分に配置するので、3倍になり622万800個使うということになります。大画面には適しているものの、必然的に小型化が難しく、せっかくの高速応答性をPCゲームに生かせないのは残念な感じがします。

商品化は未定のようですが、でもかなり期待できるのではないでしょうか。


一方ソニー・エリクソンは、ソニーとエリクソンの合弁が解消されソニーが100%株を取得することになったというのは、昨年ニュースになっていましたが、社名も新たに Sony Mobile Communications に変更されることが発表されました。ソニー・グループの SME や SCE のように、社名は SMC とか略されるんでしょうけど、ブランドとしては勿論ソニーのブランドで売られる予定です。

(全然関係ありませんが、ソニーは80年代前半にSMC-777というパソコンを発売しています。エスエムシー・スリーセヴンという読みをするんですが、これって変ですよね?スリーセヴンだと37になっちゃうような。トリプル・セヴンかスリー・セヴンスじゃないと。)

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2012年1月10日 (火)

ピカソとモンドリアン盗難 ~ニュースの落ち穂拾い Watch What Happens

20120110piet_mondriaan ロイター通信によると、アテネにあるギリシャの国立美術館から9日、ピカソとオランダの画家モンドリアンらの作品計3点が盗まれた。警察当局筋によると、盗まれたのは、ピカソの1939年の絵画「女の頭部」、モンドリアンの05年の「風車」と、イタリアの画家の素描。9日朝、警報が鳴り、警備員が駆け付けたところ3点が盗まれ、別のモンドリアンの絵画1点が床に放置されていたという。
(共同通信)

絵画の盗難というのは、永遠に無くならないのでしょうか?ほんとに次から次とよくまあ盗まれるもんです。先日は、盗んだマグリットの絵画があまりに有名すぎてさばけず、持ち主の美術館に返還した(7万5000ユーロで買い戻した)というニュースもありました。

今回はピカソ、モンドリアン、グリエルモ・カッチャ。
ピカソの絵画はこの作品(クリック)。1939年に描かれたものですが、1949年にナチス・ドイツに抵抗したギリシャに敬意を評してピカソ本人が寄贈したといういわくつきのもの。

で、モンドリアンの「風車」というのは、こちらの作品です(クリック)
私はモンドリアンについてはほとんど知らないんですが、初期(1905年の作品)にはこんな作品を描いていたんですね。あまりにも印象派風で驚きました。モンドリアンは1911年にピカソの作品に接して衝撃を受け、作風を転換したそうです。

盗まれたもう1点は16世紀イタリアの画家グリエルモ・カッチャの素描でこちら(クリック)

AFP通信によれば、犯人は警報装置を壊して、美術館の裏口にあるバルコニーのドアをこじ開けて侵入、逃走までにわずか7分しか要しなかったとか。

※画像は Wikipedia からで、27歳ぐらいのモンドリアン。

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2012年1月 9日 (月)

ワイセンベルク死去

20120109_weissenberg ピアニストのアレクシス・ワイセンベルクが8日、スイスのルガーノで亡くなったそうです。享年82歳。90年代からずっと闘病生活を送っていたのだそうです。ご冥福をお祈りします。

追記:パーキンソン病だったのだそうです。知りませんでした。

ご存知のようにワイセンベルクはカラヤンと数多くの共演を重ねた人として有名ですが、他にも彼の生涯は様々な逸話に彩られています。

ワイセンベルクは1929年、ブルガリアのソフィアに生まれました。早くも十代で天才を発揮、14歳でピアニスト・デビューしますが、ユダヤ系で第二次世界大戦中はワイセンベルク自身も収容所に入れられます。

戦後米国に渡ってジュリアードに入学、シュナーベルらに学びます。ランドフスカにも師事したらしいです。1947年レーヴェントリット国際音楽コンクールに優勝し、華やかな活動を開始しますが、1956年突如として、自分の音楽を見つめ直すため演奏活動からの引退を決意します。

10年後、再びコンサート・シーンに戻ってきたワイセンベルクはすぐにカラヤンと共演、数々のレコーディングで超一流ピアニストとしての地位を確かにします。

ワイセンベルクの演奏はその超絶的なテクニックと、強靭なタッチに特色がありました。と、字面だけ見ると華麗な技巧派ピアニストのような印象をうけるかも知れませんが、その音楽は過度な感情移入や恣意的な演奏効果などは皆無の、いわば端正なものでその辺りもカラヤンに好かれた理由かもしれません。当然そうしたワイセンベルクの姿勢は「冷たい」として批判されることもありました。

この時期のワイセンベルクで私が一番記憶に残っているのは、カラヤンとの録音よりもN響のソリストとして来日した時の演奏です。といってもFMでライヴを聞いただけですが、岩城さんとチャイコフスキーの協奏曲、そして同じく岩城さんとブラームスの2番の協奏曲は、どちらも非常に印象深いものでした。ブラームスは同じくN響で比較的近い時期に行われたギレリスとサヴァリッシュの演奏が52分ぐらいかかったのに、ワイセンベルクは45分ぐらいで終わってしまって唖然としました。

ワイセンベルクはその後バーンスタインやジュリーニなどの巨匠指揮者とも共演しましたが、カラヤンとの共演がなくなってからは次第に音楽ジャーナリズムの第一線では扱われなくなったような印象を受けます。私はポリーニ登場の影響が大きかったんじゃないかと思ってるんですが、どうでしょうか?ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ断章」など、ポリーニ以前はワイセンベルクの十八番として有名でしたから。
録音もほとんど日本では発売されなくなり、特に思い出すこともなくなった頃に突然(80年代後半か90年代の前半)レーザーディスクが発売され、非常に立派な演奏で「ワイセンベルクって名前聞かなくなったと思ったら、いつの間にか巨匠になってた」と驚いたことがあります。

ワイセンベルクの録音として第一にあげるべきは、何と言ってもカラヤンとのチャイコフスキーとラフマニノフかと思いますが、若き日のムターをサポートしたブラームスのヴァイオリン・ソナタ全集なども大変に魅力的だと思います。

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2012年1月 8日 (日)

ラス・ウェルガスの写本 ~思い出の名盤・48

20120108_codex_las_huelgas 私は結構なスペイン好きなのですが、そうなるには二つ大きな出会いがありました。
ひとつがこの「ラス・ウェルガスの写本」のLPで、高校生の頃だったと思うんですが、どんな曲かの検討もつかないのになぜか買ってみました。たぶん雑誌のレコード評を読んで、気に入りそうな予感がしたためだと思います。これがスペインの宗教音楽――中世から後期ルネサンスまでの――にはまるきっかけになりました。

もうひとつのきっかけは大学の美術史の時間に、神吉敬三先生を招いて集中講義が行われたことで、それまでもうすうす「ベラスケスってもしかして凄いんじゃないだろうか」と思っていたのが、神吉先生の講義で確信に変わりました。それで私は大学2、3年とイタリア語をとっていたのですが、4年の時にはスペイン語に切り替えたりしました。まあ、結局双方どっちつかずになったわけですが。

20120108_monasterio_huelgas で、美術についてはまあいいとして、この「ラス・ウェルガスの写本」なんですが、これは12世紀から14世紀ぐらいにスペインの女子修道院で歌われていた宗教曲を集めた手稿本。ブルゴスのラス・ウエルガスというところにあるサンタ・マリア・ラ・レアルというシトー派の女子修道院で歌われていたものを、そこの修道院長が編纂したので、一般的に「ラス・ウエルガスの写本 Codice de las Huelgas」と呼ばれています。

このレコードはその写本の中から、20曲ほどを取り上げ演奏したものなんですが、幸い YouTube に上げてくれてる人がいましたので、なにはともあれ、ちょっとお聞き下さい。>クリック!

この時代の宗教音楽の常として、ひたむきで純粋な響きがするのは当然ですが、同時期のアルス・アンティクァやアルス・ノヴァに比べて、なにかメロディアスに感じないでしょうか?
演奏してるのはラス・ウエルガスのサンタ・マルア・ラ・レアル女子修道院の合唱団(ホセ・ルイス・オチョア・デ・オルサ指揮)。つまりまさに100%の本場物ということですが、カウンター・テナーを使って完璧な演奏をするイギリス系のアンサンブルなどに比べて、どこか親しみやすいように感じます。

20120108_monasterio_huelgas_claustr また上記 YouTube の演奏の後半部分でおわかりのように、一部の曲には器楽の伴奏が入っています。伴奏といってもとてもシンプルで控えめなもので、真摯で敬虔な雰囲気を壊してはいません。演奏はパニアグァ&アトリウム・ムジケーで、こういう演奏もできるんですね。

この「ラス・ウェルガスの写本」はスペインのレーベル、イスパボックスがシリーズで出していた「スペイン古音楽集成」の中の1枚で、これがすこぶる気に入ったために、その後次々とこの「スペイン古音楽集成」を買い求めることになりました。そしてビクトリアと出会い、いまだに最も好きな作曲家の一人になっています。

「ラス・ウェルガスの写本」は昔はこの1枚でしたが、最近はウエルガス・アンサンブルやセクエンツィアの録音したCDも出ているようです。

※画像はいずれも Wikipedia からで、一番上がラス・ウエルガス写本、次がサンタ・マルア・ラ・レアル女子修道院、その回廊。

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2012年1月 7日 (土)

最大&最小のブラックホール発見

20120107coma_cluster1 まず時事通信の記事からどうぞ。

過去最大級と最小級のブラックホールが7日までに見つかった。米カリフォルニア大などの研究チームが、米ハワイ島にあるジェミニ北望遠鏡やケック2望遠鏡を使い、しし座銀河団に属する銀河の中心に質量が太陽の97億倍もあるブラックホールを発見。かみのけ座銀河団にある銀河の中心でも、同等以上と推定されるブラックホールを見つけた。
 一方、オランダ・アムステルダム大などの研究チームは、米ロッシX線天文衛星を使い、さそり座の方向に質量が太陽の3倍弱しかないとみられるブラックホールを発見した。このブラックホールは恒星と重力で結び付いた連星となっており、恒星側から激しく流入するガスが高温となりX線を放出しているため、観測された。この質量はブラックホールが存在し得る理論上の下限に近いという。
 超巨大ブラックホールはこれまで、おとめ座の方向にある銀河の中心に存在する質量が太陽の63億倍のブラックホールが最大とされていた。しし座銀河団などの超巨大ブラックホールは、中心に巨大ブラックホールがある銀河同士が合体してできた可能性が高いという。 

(時事通信)

このうち太陽の約100億倍のブラックホールというのは、既に去年12月のナショナル・ジオグラフィックの記事にも出ていましたが、詳しいことが分からなかったので、ブログの記事にするのは見送りました。それにしても宇宙のブラックホールって大きいものなんですね。最小値でさえ太陽の3倍もあるとは。まして100億倍って…

ということでさっそく気になる「かみのけ座銀河団」調べてみました。

「かみのけ座銀河団」は地球から平均で3.21億光年離れたところにある銀河団で、英語ではComa Cluster 。確認されただけでも千個以上の銀河を含む巨大な銀河団のようです。(画像は Wikipedia から、かみのけ座銀河団の光学画像)「しし座銀河団」と共に二つの主要な銀河団の一つということです。

で、名前の由来ですが、当然「かみのけ座(Coma Berenices)」という星座から来ています。
かみのけ座自体は27光年しか離れていないので、かみのけ座の方向のずっと奥のほうにこの「かみのけ座銀河団」の銀河の数々が観測できるということですね。

で、話は銀河団から離れて、この星座「かみのけ座」の名前の由来ですが、星座・星雲などにはおおむねギリシャ神話の登場人物の名前がついていますが(アンドロメダ大星雲とか)、これはギリシャ神話じゃなくて古代エジプトの史実に基づいています。プトレマイオス3世(BC246―BC222)とその妃ベレニケの物語。以下は Wikipedia から引用します。

20120107_berenike プトレマイオス3世は自分の姉妹を殺したセレウコス朝シリアを紀元前243年ごろ攻めた。ベレニケは、夫が無事に戻ったならば、美しく、かつ美しいゆえに有名であった自分の髪を女神アプロディーテーに捧げると誓った。夫が戻ると、王妃は髪を切り、女神の神殿に供えた。

翌朝までに髪の毛は消えていた。王と王妃は大変に怒り、神官たちは死刑を覚悟した。このとき、宮廷天文学者サモスのコノンは、神は王妃の行いが大変に気に入り、かつ、髪が美しいので大変に喜び、空に上げて星座にした、と王と王妃に告げ、しし座の尾の部分を指し示した。そしてその場所はこれ以後ベレニケのかみのけ座と呼ばれることになった。コノンのこのとっさの知恵により、神官たちの命は救われた。

プトレマイオスはギリシャ系の王朝ですから、やはりギリシャは絡んでくるんですね。
ベレニケは非常に有能な女性で、夫の遠征中は内政を管理して優れた手腕を発揮したそうです。しかし夫の死後は子供のプトレマイオス4世と廷臣たちの陰謀で殺害されたのだとか。

画像はベレニケの頭部像で、Wikiからです。

作曲家の林光さんが亡くなられたそうです。

独自の日本語オペラや劇音楽で知られる作曲家の林光(はやしひかる)さんが5日、死去した。80歳だった。告別式は親族のみで行う。喪主は未定。
 東京生まれ。東京芸大作曲科を中退後、音楽と社会のかかわりに関心を深め、合唱曲「原爆小景」で独自のスタイルを確立した。1975年に日本語オペラの創作・上演に取り組む「オペラシアターこんにゃく座」の座付き作曲家兼音楽監督(現芸術監督)となった。代表作に「森は生きている」「セロ弾きのゴーシュ」「変身」など。
 劇音楽や映画音楽も多く手がけ、95年に「座・新劇」の音楽で第2回読売演劇大賞の優秀スタッフ賞を受賞。映画では新藤兼人監督の「午後の遺言状」、大島渚監督の「少年」などの音楽を担当した。96年にビオラ協奏曲「悲歌」で尾高賞を受賞。同年、紫綬褒章。また、社会状況への鋭い問題意識を反映した音楽評論でも知られた。

(読売新聞)

サンケイの記事によりますと、昨年9月散歩中に転倒して、頭部を強打し、意識不明の状態が続いていたとのことです。
尾高賞受賞の「悲歌」は初演は聞いてませんが、受賞後にN響のミュージック・トゥモロウで聞きました。美しい作品で、林さんの追悼にふさわしい曲と思ったのですが、放送を録音したものが探し出せませんでした。

ご冥福をお祈りします。

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2012年1月 5日 (木)

コダック破産法申請か? ~ニュースの落ち穂拾い Watch What Happens

20120105_kodak 米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は4日、米写真用品大手イーストマン・コダックが数週間以内に連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の申請を準備していると報じた。同社は、デジタルカメラ時代への対応が遅れ、業績が低迷。資金確保のため保有特許の売却交渉を進めているが、うまくいかない場合に破産法の申請を検討。その際に金融機関からつなぎ融資を受ける交渉をしているという。
(共同通信)

そうですか…。まあ、しょうがないんでしょうけど、やはりちょっとショックです。
スチールのことはよく知りませんが、映画の場合はHD映像でも、まだまだフィルムには追いつけてないと思うので(ベストのコンディションでデジタル上映を見たことはないので、断言はしませんが)、仮にコダックが倒産したらかなりの痛手じゃないでしょうか?
富士フィルムのように上手く事業の転換が出来なかったのかも知れませんね。

昔、ペンタックスの一眼レフを使ってた頃はよくコダックのフィルムを買ってました。フジやサクラのフィルムだと街の写真屋さんで現像してくれるんですが、コダックのフィルムだけはコダックの東洋現像所に送るので時間がかかるんですよね。たしか値段も少したかったような。でもまあコダック使用はステイタスみたいなもんだったので。

それではポール・サイモンの「僕のコダクローム」、日本語訳詞付きのをYouTubeに上げてくれてる人がいましたんでどうぞ。>クリック!
そして同じ曲をセントラル・パーク・コンサートでのS&Gヴァージョンでも。

画像は19世紀末のコダックの広告。Wikipediaからです。

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2012年1月 4日 (水)

震度5弱以上、過去最多 ~ニュースの落ち穂拾い Watch What Happens

20120104_odawara 今日の仙台は夕方から雪が降り出し、一瞬積もりそうな気配にも。今は止んでいますが、この分では明日朝は道路が凍結しそう…

昨年1年間に全国で震度5弱以上の揺れを観測した地震は68回に上り、気象庁が統計を取り始めた1926年以降で最多となったことが4日、同庁のまとめで分かった。東日本大震災の巨大地震により地震活動が活発になったことが主な理由という。ただ、震度観測地点は統計開始時から大幅に増えており、単純な比較は難しいという。
 気象庁によると、震度7の地震は大震災当日の巨大地震の1回。震度6強は4回、震度6弱は4回、震度5強は17回、震度5弱は42回となった。 

(時事通信)

3月12日の長野県北部が震度6強。
3月15日の静岡県富士宮市が震度6強。
4月7日の宮城県栗原市と仙台市宮城野区が震度6強。

311の本震の影に隠れちゃいましたけど、普通ならこれだけで特番が組まれるような地震ですよね。今年も元日からちょっと強い地震がありましたし。なんかもう揺れは沢山ですけどねえ…

20120104_arahama このブログでも何度か写真や動画でお伝えしている仙台市の荒浜。
ここは砂浜の内側(内陸側)に幅50メートル以上の松林が延々続いています。
これは防砂・防風林の役目をするもので、宮城県中南部の海岸線30キロにわたって続いています。

ここでも写真でご紹介したように、これが津波でほとんどなぎ倒され、まるで南国の椰子の木みたいな状態になっています。
しかし一部はそのまま残っていて、波の強さになんらかの理由(海底の形など)で違いがあったせいじゃないかと噂されていました。
それもあるのかも知れませんが、より重大な理由が判ったようです。

宮城県と林野庁は、東日本大震災で被害を受けた仙台湾岸の海岸防災林の復旧に際し、植林したクロマツの根が深く張るよう部分的に盛り土をする方針を決めた。大津波で根が浅かった木が軒並み倒れ、流された教訓を踏まえる。一部では2012年度に工事を始める。
 (中略)
東北学院大の宮城豊彦教授らの調査の結果、通常は地中2~3メートルに達するマツの根が浅かったことが判明。激しい揺れによる液状化や地盤の軟弱化で根元がぐらついたところに津波が押し寄せ、高さ20メートルに及ぶ体を支えきれなかったという。
根の深さは地下水の水位に関係がある。仙台平野の沿岸部はもともと湿地で、地表から0.5メートルに地下水脈がある場所もあり、根が深く伸びなかったとみられる。
林野庁は11~20年度、国の直轄事業として、仙台湾岸の防災林を復旧させる事業に取り組む。12年度以降、宮城県と協力して地表近くに地下水がある場所を調べ、1~2メートルほど盛り土する。
宮城県は「根こそぎ倒された一部のマツが住宅にぶつかるケースもあった。根をしっかり張らせ、津波の減衰効果を確実にしたい」と話している。

(河北新報)

海底の地形の違いなどを理由にするには、あまりにも狭い範囲で、残っている部分と根こそぎ流されてしまった部分とクッキリ分かれているため、必ずや何か他の理由があるんだろうと思っていましたが、このような理由が隠されていたんですね。

1~2メートル盛り土するというのは、1~2メートルの堤防を作るのと一緒ですから、そういう意味でも有効かもしれません。できるだけ早く取り組んで欲しいものです。何しろ松が成長するのには時間がかかりますから。

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2012年1月 3日 (火)

聖ゲオルギウスの竜退治 ~名画と名曲・64

20120103_uccello_1 干支にちなんで竜の絵を取り上げてみたいと思います。
「聖ゲオルギウスの竜退治」は古今のさまざまな画家によって描かれていますが、そのなかからパオロ・ウッチェロ(あるいはウッチェッロ 綴りはUccello)の作品を。

ウッチェロは14世紀の終わりにトスカナに生まれた初期ルネサンスの大画家(1397~1475)。
ウッチェロにはこの題材で有名な作品が二つあります。一つは下の画像のロンドン・ナショナルギャラリーのもので、こちらのほうが有名なのかも知れません。1456年頃の作品とされています。
今日はそちらではなく上の画像の方、パリのジャックマール・アンドレ美術館のものを取り上げたいと思います。1458年から60年頃にかけて制作されたようです。

20120103_uccello2 むかしむかしトルコのとある異教徒の街では、湖に住む恐ろしい竜に毎日羊を二頭捧げることにしていました。しかしついに羊が少なくなったため、今度は羊一頭と若者を一人ずつ捧げることにしました。当然のようにだんだん若者も少なくなり、ついに最後の一人、王の娘になってしまったのです。王は悩んだ末、やむなく王女を犠牲にすると決断し、湖のほとりに彼女を置き去りにします。するとそこに聖ゲオルギウスが通りかかりました。彼は竜に戦いを挑み、勝利します。聖ゲオルギウスは喜ぶ街の人たちをキリスト教に改宗させ、去っていくのでした。
――というようなのが、すごく端折ったこの竜退治のストーリーです。竜は異教の象徴と解釈されているようです。

ウッチェロはメディチ家にも出入りし、ヴェネツィアのサンマルコ寺院のモザイクやフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレのフレスコ画を担当するなどの売れっ子でしたが、晩年には困窮したとも言われています(ヴァザーリによる。でもハッキリとは判りません)。
ご覧いただければわかるようにウッチェロのグラフィカルな画面と、くっきりした鮮やかな色使いは、レオナルド以降のルネサンスにはまったくなじまないものでした。その後も写実的な絵画を重んじる時代が続いたことから、ウッチェロの名前の正当な評価は20世紀を待たねばならず、この点ではピエロ・デッラ・フランチェスカともちょっと似ています。

さてこの絵の中で私は特に竜に注目したいと思います。竜/龍は西洋と東洋では全然捉え方が違い、私達が考えるのは蛇の体に鰐の顔を持ったようなやつですが、西洋の画家が描くのはおおむねコモドドラゴンを怪物化したようなものになるようです。

しかし20120103_uccello_3このウッチェロの絵では、竜は明らかに鳥です。骨格が完全に鳥なのです。
この右側の図はごく一般的な鳥の骨格ですが、各部の比率を少し変えれば、このドラゴンの骨格に完全に重なることが容易に見て取れると思います。ウッチェロはドラゴン=鳥として描いたのです。

これはどう考えれば良いのでしょうか?二つの考え方があると思います。

一つはウッチェロは自分のことをドラゴンだと考えていたというもの。実はウッチェロとはイタリア語で鳥のことなのです。
ウッチェロの本名はパオロ・ディ・ドーノで、鳥が大好きだったためにパオロ・ウッチェロと呼ばれるようになったのでした。
自らをドラゴンになぞらえて、それが美しい姫君の前で、騎士の槍によって刺殺される。性的妄想としたら、どんだけドMなんだよという感じですが、そのような解釈が妥当かどうかは判りません。(たぶん不穏当であろうと思います。)

もう一つは恐竜との関係です。もちろんこの時代まだ恐竜の存在というものは知られていませんでした。
恐竜の存在が明らかになるのは、19世紀の話です。しかし何故人々がまさに洋の東西を問わず、龍・ドラゴンというとてつもなく巨大な爬虫類様の怪物のイメージを持っているのかについては、「恐竜の記憶ではないか」という有力な説があります。つまり人間の祖先である初期の哺乳類が恐竜について持っていた記憶が、DNAに刻印され現在の人類にまで受け継がれているのではないかという考え方です。

そして鳥が実は恐竜の子孫であることが明らかになったのは、1980年代のことでした。当初は否定的な見解もあったそうですが、現在は鳥類の祖先が肉食恐竜だというのは常識となっています。巨大な身体でのっしのっしと白亜紀やジュラ紀の地球を闊歩する草食恐竜ではなく、より小さく早く獰猛な「ジュラシック・パーク」で恐ろしげに描かれた、あの肉食恐竜たち(の何か)です。

ウッチェロは《恐竜=鳥類の祖先説》が出される500年以上も前に生きた人ですから、そんなことを考えるはずもありません。恐竜の概念自体がなかったわけですし。なぜ彼はドラゴンを描くのに鳥の骨格を使ったのでしょうか?

理由は判りません。でも、人類のDNAに刻まれた「肉食恐竜から鳥へという、当時の哺乳類にとっては最大の恐怖だったであろう恐竜たちの進化の記憶」が、ウッチェロという天才の頭脳を通じて噴出したものと考えるのが、一番ワクワクするんじゃないかと。

さてゲオルギウスというのはラテン語名で、この人はカッパドキアの人らしいので(異論もあり)本来はギリシャ語でゲオルギオスというのがベターなのであろうと思います。英語名はジョージ、フランス語はジョルジュということになります。美術館ではそれぞれセント・ジョージとかサン・ジョルジュとかの表記になっているかと思います。

音楽の世界では、わざわざジョージやジョルジュを探さなくても、そのものズバリの人がいます。アンジェラ・ゲオルギウ。
先日の来日公演ではチケットがまるで売れず客席ガラガラで、本人が舞台に出てきてギョッとした表情を浮かべたそうですが、一昨年のコヴェントガーデン来日公演のキャンセルがあんまりで、ファンが離れちゃったんでしょうか?

私はこの人はショルティの「椿姫」だけは感動的ですし、凄いと思います。でも他の録音(パッパーノとのプッチーニやフランスものなど)は立派な声だとは思うのですが、感動はしないし、何よりもどこにどう焦点をあてて聞けばいいのかよく判らなくなってしまうことが多いのです。ゲオルギウの問題じゃなくて私の問題でしょうけど。

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2012年1月 2日 (月)

初売り

20120102_hatsuuri_1 恒例の仙台初売りがきょう行われました。
初売は前日の夜から並ぶ人もいて、遅くとも昼前までが勝負です。
でも勿論そんな元気は無いので、私は3時過ぎに出掛けました。
そしたら驚き、いまだに一番町は人の波。まるで七夕みたいです。

有名店はお茶屋さんからアップル・ストアまで、ほとんどの店が大勢の客で混み合っています。まだデパートや家電量販店なら判りますけども、ヴィトンやブルガリのような高級店まで、客でごった返してる模様。いったいどうしたことでしょうか?

これはやはり「どうせ金なんか貯めてたって、何時死ぬかわからないし…」的な刹那気分の仙台市民が、狂ったように消費活動に走ってるのではないでしょうか。かくいう私も雰囲気に騙され、普段なら絶対買わない高い焼豚なんか買ってしまいました。

20120102_hatsuuri_2 日経新聞によれば、仙台のデパート藤崎では昨年の10%増し。特に宝飾品が40%伸びるなど高額品が引っ張ったとのことです。
「景気の先行きは不透明だが、消費者が家族と過ごす正月に財布のひもをすこし緩めた傾向が伺える」とのことで、そうか…『刹那』だの『狂った』だの使わずに、『財布のひもをすこし緩めた』と上品に表現しないといけなかったんですね。学ばなくちゃ。

(2枚目の写真の「悔い改めなさい」は、フォトショで消すことも可能ではあったのですが、残しておきました。散財する消費者に訴えてるのですね、きっと。)

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2012年1月 1日 (日)

謹賀新年

20120101 明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い申し上げます。

2012元旦

新年が来るのがこんなに嬉しかった年も、いまだかつてなかったような。
そう思ってるのは私だけではないらしく、近くの東照宮の初詣に並ぶ人も、皆こころなしか楽しげです。
この写真は午後3時過ぎに撮ったんですが、まだまだすごい行列。
東照宮は塩釜神社などと違って、初詣で何十万人ものすごい人数を集めるというわけではないんですが、それでもこれですから、塩釜や大崎八幡などはいったいどんなことになってたんでしょう。

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