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2012年1月26日 (木)

パーヴォ・ベルグルンド死去

20120126_berglund 昨日に続いてまたもや悲しい知らせを書くことになるとは思いませんでした。
シベリウス演奏の権威として知られるフィンランドの指揮者パーヴォ・ベルグルンドが25日亡くなったそうです。82歳でした。

昨日のアンゲロプロスのショックからまだ立ち直れてないのに、今度はベルグルンドとは・・・
ベルグルンドは数年前から健康上の理由で引退状態でしたので、現役指揮者が亡くなったほどの衝撃ではないにしても、なんというか2日続けて胸に杭でも打ちこまれたかのような打撃です。

ベルグルンドのお嬢さんがフィンランドの新聞に語ったところによりますと、直接の死因は肺炎らしいのですが「とても穏やかに消え入るように亡くなった」ということです。いかにもベルグルンドらしい最後だったと思います。(Supercunductorより)

パーヴォ・ベルグルンドは1929年の生まれ。ということはハイティンクやプレヴィン、アーノンクールらと同い年ということになります。
ヴァイオリニスト出身で最初は1949年にヴァイオリン奏者としてフィンランド放送交響楽団にはいりました。どこかの時点で指揮者に転身したようで、1962年にはそのフィンランド放送響の首席指揮者になっています。

ベルグルンドの名を一躍世界に轟かせたのは、ボーンマス交響楽団を指揮した「クレルヴォ交響曲」の世界初録音でした。このオーケストラに合唱、独唱が入った巨大な交響曲は、シベリウスが自らの指揮で初演した後、撤回してしまったという幻の作品で、作曲者の死後もごくまれにフィンランド国内で演奏されることがあるだけでした。

それがようやくレコードという形でヴェールを脱いだわけで、世界中のシベリウス好きを狂喜させたものと思われます(少なくとも私は)。
1970年に行われたこの録音の後、ベルグルンドはフィンランド放送響のポストを若いオッコ・カムに譲り渡し、72年にはそのボーンマス交響楽団の音楽監督に就任。シベリウスの交響曲全集の録音などを行い、シベリウス演奏では筆頭にあげられる巨匠としての名声を確立します。

ベルグルンドはその後、ヘルシンキ・フィル、ヨーロッパ室内管弦楽団ともシベリウス交響曲全集の録音を行なっており、いずれもシベリウスを語るには欠かせない名盤とされています。
いわゆる本場物ということになり作曲者への限りない慈しみをこめたヘルシンキ・フィル、室内オケの特徴を生かして純粋で透明な世界を創り上げたヨーロッパ室内。それぞれの良さがあって甲乙つけがたいのですが、シベリウスはあまり好きじゃないとか、聞いたことがないという方でしたら、ヨーロッパ室内のほうが良いかも知れません。シベリウスが好きな方にはヘルシンキ・フィルがおすすめです(シベリウス好きなら既に持ってる人がほとんどでしょうから、あまり意味のない推薦かも知れませんが)。

YouTubeでベルグルンドが2002年にBBC交響楽団を指揮した第7交響曲という珍しい音源を見つけましたので、URLを貼っておきます。ただし7番は決してとっつきやすい曲ではないので、シベリウス好きにだけお勧めです。
http://www.youtube.com/watch?v=KF2Q0IKkWvA&feature=results_video&playnext=1&list=PL3A3B50632F46A412

心よりご冥福をお祈りいたします。

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コメント

ベルグルンドについては詳しく存じ挙げてはいませんが、シベリウスはいろいろ思い出があり懐かしい気分でおります。私の音楽好きは小学生の時のハーモニカから始まりますが、自然の流れで中学からブラスバンド部に入りました。(経済的に恵まれた家庭であればこのあたりから否、もっと前から弦楽器や鍵盤に進むところですがそうでないところに人生を感じます....苦笑)フィンディアは高校の吹奏楽コンクールで演奏し、当時のレベルにしてはちょっといいところの賞を頂きました。その後、ずっと社会人でも吹奏楽団で音楽を楽しんで来た訳ですが、一度だけ東北大学川内記念講堂で東北大学の定期演奏会を聴いた事がありました。(現在もありますでしょうか)確か佐藤功太郎、渡邊康雄で交響曲2番とグリーグというプログラムでした。曲も演奏者もなんの予備知識もなく聴いたにも関わらず、今でも思い出すのはよほどいい気持ちだったのでしょう。それからずっと後になっての事、初めての子供が重度の障害を持って生まれた事を担当医から早朝説明を受け、妻のいる病室に寄ることなく仕事に向かう車の中、いつものFMからオーケストラのフィンディアが流れてきました。しかもあの有名な旋律をコーラスが歌い始め、これからどういう人生が始まるのだろうという思いが涙となってあふれてしまいました。渋滞でのろのろ走るとなりのドライバーに必死で気づかれまいと....。あの曲の背景はあまりにも有名なので旋律の美しさとともにそんなことも思い出したのかもしれません。その後の障害児との生活は考えていたものとは全く違って大変ではありましたが本当に楽く、彼がいたからこそ会えた素晴らしい人達が沢山おりました。残念な事に明けて一昨年の秋15年の短い人生を終えてしまいました。交響曲2番とフィンランディアが私にとってのシベリウスです。これからいろいろ聴いてみようと思います。

投稿: shinkunnopapa | 2012年1月28日 (土) 01:13

仏では報道されておらず、ここで訃報を知りました。
英米独の訃報もサラリとしてますね。

TAROさんの「思い出の名盤;バルビローリのシベリウス」エントリに背中押されて、ベルグルンドのシベリウス聞きに行ったのを思い出して、検索したらもう5年前のことなんですね。むしろそちらにびっくり。

私にはベルグルンドの実演はあれが最初で最後でしたが、聞いておいて本当に良かった。シベリウス4番は私にはネコに小判でしたが、テツラフとのブラームス協はもちろんそのシベ4も今でも不思議に印象に残り、よく覚えています。
最近は記憶力減退と擦れで演奏会を聞いた事実さえ忘れてしまう私ですが。
ヨボヨボでも強い気迫の篭った棒だったと思います。

その後フィンランドも初めて訪れ、「静かで穏やかな湖のほとりの小さな町の夕暮れ」(と雨)にも触れましたが、国立公園の森の中で道に迷うというコワイ思いもしました。

ヘルシンキ中心部の街並みはミニ・サンクトペテルブルクみたいな新古典主義スタイルでちょっと退屈でしたが、アールト設計の本屋とかで扉の取っ手やライトのデザインなんかが、昔の日本の百貨店のそれを思い起こさせ、日本は早くからアールトへの関心が高かったことを思い出さされました。
フィンランディア・ホールは休演日だったので扉越しにのぞいてきましたが、keyakiさんが入られた頃は開館間もなかったホールもすでにレトロっぽくなってました。
ヘルシンキは日本人観光客も多く、人気あるんですね。

一期一会と思ってた「クレルヴォ交響曲」もグルベリ=イェンセン指揮の後、2年前に再びぶつかることになりました。と言うか、P・ヤルヴィのパリ管常任就任お披露目公演だというんで行ってみたら「クレルヴォ」だったんですが、私にはなお手強かったです。イソコスキと牛太郎を揃え、合唱はエストニアから連れてきて力入った公演でしたが。

7番は私は10代のとき最初に聴いたシベリウスのせいか親しみがありますし、短いしヘンな先入見もなかった故か最初からとっつきにくいとは思わず、ご紹介下さったBBCとの録音もつい全曲聞いてしまいました。
旋律をグイと押し出す隙間にどこからか冷気が忍び込んでくるようなベルグルンドの指揮の肌触りはこの5年後に仏オケと4番やったときもまったく同じで、あの感触を如実に思い出させてくれます。

彼はパリでヨーロッパ室内管とシベリウス交響曲のシリーズをやってくれたこともあったんですが、やや高かったせいもあって逃してしまったのが悔やまれます。それと一度フィンランドのオケと聞いてみたかったですね。

投稿: 助六 | 2012年1月28日 (土) 08:10

shinkunnopapaさん

そうだったんですか、一昨年お子様を…
ではもしやハンドルネームに入ってるshinkunというのは…

私がしょちゅう一緒に仕事をしている人がいるんですが、彼も息子さんが障害をもってて「この子がいて初めて気付かされるようなことがいっぱいあって、むしろ感謝してる」というようなことを、一度言っていたことがあります。

東北大学の川内記念講堂は同じ場所に今もありますが、なぜか「東北大学百周年記念会館 川内萩ホール」と名前を変えています。
川内記念講堂は私にとっても思い出のホールで、東北大オーケストラのコンサートも聞きましたし、レオニード・コーガンなんかもあそこでやりました。
佐藤功太郎さんと渡邊康雄さんでシベリウスとグリーグなんてコンサートもあったんですね。
東北大のオーケストラって不思議で、昔は学生オケのわりには指揮者は一流どころを迎えてたんですよね。たぶん仙台フィルが出来る前で、仙台にプロオケがなかったからだと思うんですが。山田一雄さんがよくきてたし、小泉和裕さんとかコバケンさんとか井上さんとかも振りました。驚いたことにズデニェック・コシュラーが来たこともありました。

2番と3番の間でシベリウスはドイツ的なものやチャイコフスキー的なものに別れを告げて、徐々に独自の静謐かつ思索的な世界に入っていくような感じを受けてます。2番の魅力とはまた別方向の魅力ですが、シベリウス後期の世界へぜひ足を踏み入れて下さい。

それにしても人生の節目のような所に、音楽が関係すると、決して忘れられないものになりますね。

投稿: TARO | 2012年1月28日 (土) 13:51

助六さん

ベルグルンドが事実上の引退生活に入ったのは2007年ということですから、お聞きになられたのは本当にキャリアの最後の最後にちかいコンサートだったんですね。
日本には20年以上前にヘルシンキ・フィルだったかフィンランドのオーケストラと来日して、それは私は聞けなかったものですからずっと再来日を待ってたんです。でも結局生は一度も聞くことが出来ずに亡くなってしまいました。本当に羨ましいです。

>国立公園の森の中で道に迷う

なんと!
フィンランドの森は知りませんが、日本のちょっとした山でも、森の中って方向感覚を失いがちだし、怖いですよね。下ってるつもりだったのに、なんか変だなと思うと、前にいたところよりも標高の高いところにいたりして。
フィンランド行きたいですが、私は残念ながらもう無理ですね。去年の秋に日帰りで東京に行ってきたら、次の日具合が悪くなってしまうくらいで。病後はちょっとしたドライヴでも車酔いするようになってしまったんですが、新幹線だから大丈夫だろうと思ったのに…

>P・ヤルヴィのパリ管常任就任お披露目公演

お披露目公演でクレルヴォというのも、なんと大胆な。
ソリストといいエストニアの合唱団といい、垂涎モノです。来日公演でもこういうことをやってくれるといいのに。フランクフルトとマーラー、カンマーフィルとベートーヴェン、パリ管と幻想って、それはまあもちろん結構なんでしょうけど。

>旋律をグイと押し出す隙間にどこからか冷気が忍び込んでくるようなベルグルンドの指揮の肌触り

なるほど。素晴らしい表現ですね。録音だけでもとてもよく分かります。

投稿: TARO | 2012年1月28日 (土) 14:22

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