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2012年2月

2012年2月29日 (水)

パリコレ開幕/常長資料 ~ニュースの落ち穂拾い Watch What Happens

20120228_paris_fashion こちらはまだまだ厳しい寒さが続いて、というか冬真っ盛り。寒いのはヨーロッパも一緒じゃないかと思いますが、はやくも来冬のための2012-13秋冬パリコレクションが開幕しました。

世界のファッション動向を占う2012~13年秋冬パリ・コレクションが28日、パリで開幕した。3月7日までの9日間に計95ブランドがショーを披露する。ショーの数は昨年の秋冬(90ブランド)、春夏(92ブランド)を上回り、「パリコレに欧州の経済危機の影響は見当たらない」と主催者。
(共同通信)

現地時間の28日午後から始まったショーの皮切りはファティマ・ロペス。2012春夏に引き続いてのトップバッターです。Google辞書でもファティマと入力しただけで、ちゃんとファティマ・ロペスと予測変換してくれるのだからさすがです。

なお今回のパリコレはプレタポルテ編なので、着れる服だけです(着れない服がいっぱい出てくるのはオートクチュール)。

国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の日本国内委員会の記憶遺産選考委員会が28日開かれ、17世紀に仙台藩主の伊達政宗がスペインなどに派遣した、支倉常長(はせくらつねなが)(1571~1622年)ら一行に関する「慶長遣欧使節の関係資料」を、日本・スペイン両国政府が共同推薦することを決めた。(中略)
 遣欧使節関連では、日本政府が11年5月、支倉に授与された「ローマ市公民権証書」やキリスト教の祭具など国宝47点を単独で推薦することを決めた。これに対し、スペイン側が同年10月、共同推薦を打診。国立公文書館が所蔵する94点を提案していた。

(読売新聞)

20120229sanjuanbautista スペインにも94点もの資料が残っているんですね。
多分その94点の中に入っていると思いますが、セビリア市に宛てた政宗の書状は仙台市博物館にレプリカがあります。金箔を散らした豪華なもので、これは一見の価値があります。
セビリアは同行した宣教師のソテロの故郷で(正しくはソテロが正使で常長は副使)、政宗は友好親善を図りたいということと今後の使節団の活動への力添えを頼んでいます。

セビリアからマドリードに移動した常長は当時の国王だったフェリペ三世にも謁見し、宣教師の派遣とメキシコ貿易を希望する旨の政宗書状を渡しています。国王宛の書状は私は見たことが無いので、できればこの機会に仙台市博物館あたりで展覧会を開いてくれると嬉しいのですが。

その半月後に常長は王立跣足女子修道院付属教会というところで、国王列席のもと洗礼を受けます。跣足ですからカルメル会修道女の修道院なんだと思います。
常長のキリスト教改宗については、その本当の動機は現在でも謎のままです。

キリスト教を信じてなかったけれど務めをうまく遂行するために、こころならず改宗したんだろうという意見もあります。
また三善晃さんのオペラ「遠い帆」は詩人の高橋睦郎さんが台本を書いているのですが、高橋さんによれば改宗の動機は分らないが、想像できるのはヴァチカンに代表されるキリスト教芸術や建築のもつ圧倒的な美にうたれたのではないかということです。

私はどちらの意見にもちょっと頷けないものを感じています。うたれたとしたら美ではなくイエスの言葉にではないか、つまり本当に信仰の道に入ったのではないかと考えています。理由を求められると困るんですが。

※画像は使節団が乗ったサン・ホァン・バウティスタ号の復元船。石巻市の半島部にある港に係留されていて、311の津波で外板やマストなどは折れましたが、奇跡的に本体は無事でした。ただし併設されているミュージアムが大きな被害にあい現在は休館中です。

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2012年2月28日 (火)

モーリス・アンドレ死去

20120228_andre トランペットの巨匠、偉大なモーリス・アンドレが亡くなったそうです。78歳でした。

アンドレは1933年フランス南部のアレスの出身。炭鉱夫でアマチュアのラッパ吹きだった父親の感化でコルネットを吹くことを覚えたアンドレは、あっというまに上達。父親はモーリスを、友人でもありパリの音楽学校で学んだこともあるレオン・バルトロミーという人のもとに通わせます。

アンドレは自らも炭鉱で働きながら、バルトロミーのもとで4年間基礎的な教えを受けます。そして軍楽隊経由でパリ音楽院に入学。教師のレイモン・サバリクはすぐにアンドレの才能を見抜きますが、にもかかわらず音楽院時代のアンドレは必ずしも師を満足させたわけではないようです。

アンドレ自身の回想によれば、彼はサバリクの期待に沿うようには出来ず、師匠は教室の外で彼を軽くこづいて言ったそうです。「モーリスアンドレはいつ目覚めるんだ!」と。
それが具体的にどういうことなのかは判りませんが、アンドレほどの天才にとっても、やはり何かしら足りないものがあったのでしょうね。しかしアンドレはどうやらじきに目覚めたようです。

パリ音楽院を卒業した彼は、パリ国際音楽コンクール、ジュネーヴ国際音楽コンクール、ミュンヘン国際音楽コンクールで次々と優勝をとげます。
その後の活躍は目覚しく、テレマンやハイドン、フンメルらのバロック・古典派のトランペット協奏曲をポピュラーにしたのはアンドレの力ですし、クラシックの世界においてトランペットという楽器の地位を高めた功労者でもあります。
楽器会社と協同でピッコロ・トランペットを創ったのもアンドレです。

アンドレの演奏の特徴はまず明るく伸びやかで美しい音色。そして流麗でどんな難曲でも困難なパッセージなど皆無のごとく演奏するその超絶技巧にあります。
やがて全盛期を迎えるオリジナル楽器・古楽演奏の波は、アンドレの美意識とは別のところにあるのだと思いますし、そちらのほうがオーセンティックとみなされることになっていくわけですが、もちろんアンドレはアンドレで最後まで魅力的な演奏を続けました。

(アンドレや、あるいはフルートのランパルなどもそうですが、この時代に登場した管楽器のヴィルトゥオーゾたちにとって、超絶技巧はテクニック自体をひけらかすためにはなく、あくまでも曲自体の魅力を引き出すためものであったということは言っておきたいと思います。結果アンドレやランパルの演奏によって、「こんな美しい/楽しい曲があるのか」と思わされた経験が無数にあるのは、私だけでなく多くの音楽好きに共通しているかと思います。)

アンドレには数多くの録音があります。フランスの演奏家なので当然、パイヤールなどのフランスのミュージシャンとの共演があり、イ・ムジチなどのイタリアの演奏家、独墺の室内オーケストラとの共演も数多く有ります。
中で一番驚いたのは、やはりカラヤン&ベルリン・フィルとの共演でしょうか。しかし上に書いたようなアンドレの演奏の特徴、美しい音色とか流麗とか超絶技巧とか、これらはカラヤン&BPOの演奏の特徴でもあるわけで、実は驚くには当たらないのですよね。

どなたかが YouTube にアンドレ追悼としてマッケラスと共演したアルビノーニの協奏曲の緩徐楽章を上げてくれてますので、リンクしておきます。バロックというにはあまりにも耽美的に響きますが、その美しさは無類です。

エルピーダが会社更生法の適用を申請したそうです。

再建中の半導体大手エルピーダメモリは27日、会社更生法の適用を東京地裁に申請し、経営破綻。価格下落や円高で資金繰りが悪化し、自主再建を断念した。負債総額は昨年3月末時点で4480億円、国内製造業の破綻では過去最大。政府は09年に産活法を初適用してエルピーダに公的資金を投入したが、経営再建に失敗。更生計画で国民負担の恐れも。東証はエルピーダ株を3月28日に上場廃止と発表した。
(共同通信)

まことに残念です・・・。

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2012年2月27日 (月)

アカデミー作品賞は「アーティスト」、主演女優賞にメリル・ストリープ!

20120227_plummer_2 第84回アカデミー賞の授賞式は日本時間のきょう午前から(現地時間の26日)、ロサンゼルスのコダック・シアターで行われました。作品、監督、主演男優賞は「アーティスト」が。主演女優賞にはストリープ、助演男優賞は本命視されていたクリストファー・プラマーが受賞しました。

作品賞 「アーティスト」
主演女優賞 メリル・ストリープ「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」
主演男優賞 ジャン・デュジャルダン「アーティスト」
監督賞 ミシェル・アザナヴィシウス「アーティスト」
短編アニメ賞 「The Fantastic Flying Books of Mr. Morris Lessmore」
短編実写賞 「The Shore」
短編ドキュメンタリー賞 「Saving Face」
オリジナル脚本賞 「ミッドナイト・イン・パリ」
脚色賞 「ファミリー・ツリー」
歌曲賞 “Man or Muppet”ブレット・マッケンジー作詞・作曲「ザ・マペッツ」
作曲賞 ルドヴィック・ブールス「アーティスト」
助演男優賞 クリストファー・プラマー「人生はビギナーズ」
視覚効果賞 「ヒューゴの不思議な発明」
長編アニメーション賞 「ランゴ」
長編ドキュメンタリー賞 「Undefeated」
音響調整賞 「ヒューゴの不思議な発明」
音響編集賞 「ヒューゴの不思議な発明」
編集賞 「ドラゴン・タトゥーの女」
助演女優賞 オクタヴィア・スペンサー「ヘルプ ~心がつなぐストーリー~」
外国語映画賞 「別離」(イラン)
撮影賞 「ヒューゴの不思議な発明」
美術賞 「ヒューゴの不思議な発明」
衣装デザイン賞 「アーティスト」
メイクアップ賞 「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」

ストリープは今回が主演・助演あわせて17回目のノミネートでした。1982年の「ソフィーの選択」での主演女優賞受賞以来、実に28年間ノミネートされては落選を繰り返した末の栄冠です。たしかに演技は上手くてノミネートは当然なんだけど、受賞には役柄的に今ひとつというのが続いてたのかも知れません。どうしても「ソフィー」の神がかった名演と比較してしまいますから。さすがにそろそろと誰もが思っていたところに、今回のサッチャー役。79年の助演賞とあわせて3つめのオスカーを手にしたことになります。

「人生はビギナーズ」で英米映画界のほとんどすべての助演男優部門を総なめ、今回も本命視されていたクリストファー・プラマーが、ついにアカデミー賞でも助演男優賞を受賞。82歳。最高齢での受賞だそうです。「サウンド・オブ・ミュージック」の時に、こんな俳優人生になると誰が想像したでしょうか。

アカデミー賞は全米映画芸術科学アカデミーの主催によるものですから、科学の部分でも表彰が行われます。今年は500年保存できる高品質フィルムを開発した富士フイルムが、科学技術賞を受賞しました。受賞対象となったのは10年前から販売された ETERNA-RDS。デジタルデータをRGBの3色に分解しモノクロで焼き付ける方式だそうですが、これって煎じ詰めれば結局テクニカラーに戻ったってことですよね。
なお科学技術賞は今日の授賞式に先立って11日(現地時間)に既に授賞式が行われています。

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2012年2月26日 (日)

多重防御と瓦礫の処理のこと

20120226_1 NHKのローカルニュースによりますと、県南地域の沿岸を防潮堤と道路の嵩上げで多重防御した場合、海岸から2キロの地点で津波の到達を3分ほど、さらに道路二本で守られる海岸から3キロの地点では10分以上遅らせる効果があることが、宮城県が行ったシュミレーションでわかりました。

宮城県は、南部など平地の地域について防潮堤の整備や道路のかさ上げで、津波の被害を軽減させる「多重防御」によるまちづくりを進めていて、南部の岩沼市を例にシミュレーションを行っています。今回は防潮堤を整備するとともに南北に通る2本の道路をいずれも3メートルの高さにかさ上げしたという設定で津波の到達時間への影響を調べました。
その結果、防潮堤と1本の道路で守られる海岸から2キロの地点では津波の到達時間が3分ほど遅くなることがわかりました。
また、防潮堤と2本の道路で守られる海岸から3キロの地点では、津波の到達時間を10分以上遅らせることができ、さらに避難時間を確保する効果が期待できるということです。

(NHK Online)

20120226_jpeg 311と同程度の津波の場合という想定だと思いますが、多重防御をすれば時間が稼げるということの他に、昨年家が流されるような被害を受けた場所でも、1階浸水程度でおさまるかもしれません。また現実的にはあれほどの津波が今後の余震で来るとは考えにくく、より小さな津波だったら被害ゼロの可能性もあります。
予算の問題もあるでしょうが、なるべく早く嵩上げ工事に取り掛かってほしいものです。

ところで道路とは関係ないんですけど、防御で思い出しました。前にYouTubeにアップした荒浜の動画がありますが、あの動画を撮りに行って私が一番驚いたのは、実は海水浴場のトイレが流されてない事でした(右の写真)。
こんな小さな建物でも土台から総て鉄筋コンクリートだと流されないのですね。建物の下の砂はざっくりとえぐられているのに。沿岸に立ち並ぶ建物が総て鉄筋コンクリートのビルだったら良かったのと思わざるをえません。

一方、瓦礫の処理は全然進んでないようです。
一応ガレキ処理が終わらないと復興も復旧も始まらないとされてるので、本当に困った問題です。

で、私が提案したいのはこの辺で発想を変え、根本的な処理はあきらめてとりあえず仙台市の沿岸部を全部ガレキ保管所にしてはどうでしょうか?処理と言ったって地元(三陸の市町村)では無理だし、東北以外の市町村からは東京など一部以外拒否されてるし。仙台市は割りとガレキ処理が進んでる方ですから、この辺で沿岸部のガレキを全部仙台に移動し、10年計画ぐらいで少しずつ処理する。
漁業再興のためには港町の瓦礫――湾内に沈んでるガレキは特に――を早く処理しきらないと、どうしようもないので仙台市をガレキ仮置き場にしてしまうのが良いのではないかと思います。仙台市は沿岸部に住宅は建てさせない方針ですし。

20120226 これは12月に撮った貞山堀の写真ですが、右側が海のほう、左が内陸側です。左に文字通り山とつまれていた瓦礫もだんだん少なくなっています。
もちろん本当は一気に処理するのが、経費の点でも良いに決まってます。二重手間は二重に費用がかかってはしまうのですが。
もし今の段階で大きな余震があって津波が来たとして、三陸は必ず被害をうけるでしょうから、またまた瓦礫が散乱してしまうことになります。しかし311ほどの大きい津波になる可能性は少なく、まず仙台や仙南地域まではこないでしょうから、そういう意味でも良いと思うのですが…

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2012年2月25日 (土)

「夜想曲集 ~音楽と夕暮をめぐる5つの物語~」カズオ・イシグロ(後)

20120224_nocturnes 第四作は「夜想曲」。夜想曲といったらショパン。あるいはフィールドやフォーレを連想する人もいるでしょうか。いずれにせよさぞやロマンティックなお話が繰り広げられるものとおもいきや、スラップスティックなのです。しかも主人公は整形手術中で顔を包帯でぐるぐる巻きにされた醜男のサックス弾き。
音楽はホーギー・カーマイケルの名作「ザ・ニアネス・オブ・ユー」。

最終章は「チェリスト」。壁の崩壊後に西側に出てきたばかりの才能ある若いチェリストと、彼を指導する偉大な女流チェリスト――あるいは女教師というべきか――の物語。とても不思議な話です。
ネタバレになってしまうので具体的なことは書けませんが、こういうアーティストは現実にはいない筈です。つまりその《偉大な女流チェリスト》であるエロイーズ・マコーマックのことですが。
でも読み終わってすこしたつとなんだかこういう人も居るような気がしてきます。カズオ・イシグロですから、決してその豪腕でありえない事でもありうるように描写する、というようなことは起きません。いや、いない。いや、もしかしたらいるのかも。なんだか妙にこのエロイーズのことが気になるのです。
音楽はこの章だけクラシックで、ベンジャミン・ブリテン。

この五つの小品には共通して登場する人物もいますし、最初と最後は西側に出てきた旧共産圏の若いミュージシャンが主人公。全体がゆるい連環の中にあります。短篇集というのはどれか一つを読んでは、別の何かに移りというようにランダムに読んでいく方も多いかと思いますが、まとめて読んだほうがよりよく味わえるかも知れません。五日連続一日一篇ずつとかがいいかも。

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2012年2月24日 (金)

「夜想曲集 ~音楽と夕暮をめぐる5つの物語~」カズオ・イシグロ(前)

20120224_nocturnes カテゴリーは便宜的に《ミステリーと音楽》に入れましたが、もちろんミステリーではありません。これは映画化もされた「日の名残り」でイギリス最高の文学賞・ブッカー賞を受賞、今や世界的な作家になっているカズオ・イシグロが書き下ろした初の短篇集。サブタイトル通りいずれも音楽が関わっています。

五歳の時に父親の仕事の関係でイギリスにわたり、ケント大学、イースト・アングリア大学大学院を卒業。英国籍を持つカズオ・イシグロは、もちろん日本人作家ではなくイギリス人作家としてとらえるべきなのでしょう。
しかし五つの短編の総てに漂うさりげないユーモアは、イギリス人のそれとは少し違うような気がします。ユーモアと言ってもただ可笑しいのではなく、忍び寄る夕闇のようなほろ苦さに辺りを包まれているのですが、そこにイギリス人の作家ならなぜか添えずにはいられないらしい意地悪な刺は含まれていません。イシグロのほろ苦さは、あくまでも優しさと繊細さという細かい泡でメロウな舌触りに仕上げられています(ドイツで飲むビールみたいに)。

短篇集の最初の一篇「老歌手」は東欧出身のあるギター弾きが語る老歌手のお話。夜のヴェネツィアを舞台に、ロックの波の中ですっかり忘れ去られた往年のバラード・シンガーとその妻。他の作品はあえてオチはつけず読者に渡すような形で物語が終わっているのですが、これだけがオチのようなものがついています。

歌手は「恋はフェニックス」を歌います。東欧がまだ社会主義だった時代、ギター弾きの母親が好きだったという。シナトラよりヒットしたグレン・キャンベルより、その老歌手の若かりし頃のレコードを愛していた母。

「たくさんの旅と別れを詰め込み、私たちはその歌を歌いとおした。アメリカ人の男が女のもとを去っていく。歌詞から歌詞へ、町から町へ、女のことを思いながら去っていく。フェニックス、アルパカーキ、オクラホマ…長い長い道を車で去っていく。母には決してできなかった旅だ。そんなふうに過去を振り捨てていければ……と、たぶん、母も願ったと思う。悲しみを振り捨てていければ…と。」

第二編「降っても晴れても」は、捻ったユーモアがくすくす笑いを誘うといった作品。スラップスティック・コメディの味もあります。音楽はサラ・ヴォーンとクリフォード・ブラウンの一九五四年録音。

三つ目の作品は「モールパンヒルズ」。イギリスの田舎、エルガーゆかりの地を舞台に、ミュージシャン志望の学生とスイス人夫婦のお話。
そういえば日本には丘ってありませんよね。田んぼの続く平野はあり、雑木林の低い山はあるけれど、イギリスのようになだらかな丘が二重にも三重にも重なる景色というのは見た記憶がありません。

スイス人夫婦は各地を回って歩くミュージシャン。スイスの民族音楽、ビートルズ、カーペンターズ。なにやらかにやら。

意外とスイスの民族音楽のCDって少ないんですね。民族音楽というとスイスの場合、すぐにヨーデルを思い浮かべますが、ここで小説の主人公たちが演奏してるのではそういうものではないようです。どちらかといえばウィーンのホイリゲで奏でられているよな音楽かなとも思うのですが、作中には音楽の描写はないので判りません。

上にリンクしたCDは日本人による演奏。これだけは聞いたことが無いので、おすすめと言うんじゃなくて、「探したらこんなのがありましたよ」というただの紹介です。

(続く)

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2012年2月23日 (木)

南北アメリカ大陸で最古の岩絵か?

20120223_rio_corcovado_pain_de_sucr 南米ブラジル中部の洞窟遺跡から、1万2000~1万年前と推定される岩に刻んだ男性の絵が見つかったと、サンパウロ大などの研究チームが23日、米科学誌プロス・ワンに発表した。岩に偶然傷が付いた可能性がある線状の模様などではなく、人が作ったことが確かな岩絵としては南北米大陸で最古の可能性があるという。
(時事通信)

この絵はブラジル中部の Lapa do Santo というところにある洞窟内の床に描かれていた、というより刻まれていたものだそうで、長さ約30センチ、幅約20センチ。

洞窟は中が広く、炉で木を燃やした灰が積もっていた。狩猟採集生活をしていたとみられる住人や動物の骨、石器などが見つかった

とのことです。モノクロ写真なのが残念ですが、岩絵の画像は以下をクリックしてください。 
PCで速い回線の方>大きい画像

スマホなどの方>小さい画像

1万2000年~1万年前にしてはずいぶん原始的ですね。フランスのショーヴェ洞窟の壁画は3万2000年前といわれてますから、もし両方とも年代測定が正確だったとしたら、ショーヴェの方は随分進んでたんじゃないでしょうか?
1万5000年前とされるラスコーの壁画にいたってはこうですし。

もちろんショーヴェやラスコーは、たまたますばらしい絵の才能がある人が、腕によりをかけて描き、今回のブラジルのはただのいたずら書きと言う可能性もあるので、一概にどうこうは言えませんが。

人類はみな言葉を持つし、文法構造もたぶん極端には違わないと思います。音楽や美術などへの愛着もすべての民族が共通して持ってるでしょう(嗜好は異なるにしても)。ある時期まで知能はそれほど違わず、全地球的に同じようなスピードで進化してきたんだろうと勝手に思ってたんですが、そうでもないのでしょうか?

※リオデジャネイロの画像はWikipediaから。もちろん内容とは関係ありません。

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2012年2月22日 (水)

The in Cloud

20120222_kami アップルのクラウド・サービスである iTunes in the Cloud は、これまで日本ではアプリとブックだけで音楽ファイルは利用できませんでした。つまり実質的に無きに等しかったわけですが、これが今日から国内でも提供開始となりました。

アップルのクラウド・サービスというのは、音楽・アプリ等をアップルが無料(5Gまで、拡張は有料)で提供するクラウド「iCloud」上のライブラリに登録し、パソコン・iPad・iPodTouch・iPhone などに自動的に同期して保存されるというもの。 このうち iTunes で購入したものについては iTunes in the Cloud と呼ばれるサービスが対応し、自分でCDからリッピングしたものについては iTunes Match というサービスが対応します。

今日から提供されたのは、あくまでも iTunes で購入したものについてのクラウド・サービスで、 iTunes Match についてはアメリカでは提供されていますが、日本ではまだ利用できません。
しかしこの iTunes Match についてもアップルは、今年後半にサービスを開始する予定だとのことです。ただし iTunes Match については有料サービスで、アメリカでは年間25ドル弱のようです。(これは非常に面白いシステムになっていますので、サービス開始頃に詳しく書きたいと思います。)

なお iTunes in the Cloud に対応する機器はパソコンに関しては WindowsPC でも大丈夫ですが、モバイルに関しては制限があり、アップル製品でかつ iOS 5 を搭載しているものに限られます。ですから例えば iPod Classic や古い世代の iPodTouch などは利用できません。また利用するにはアップルIDが必要です。

アメリカでは既に昨年から行われていた iTunes in the Cloud ですが、日本では権利問題のクリアが難しいのではないかと考えられていました。また(私は詳しくは知りませんが)法的なリスクがあるのではとも指摘されていました。なので――実際に半年遅れたわけですが、私はもっと時間がかかるものと思っていました。むしろ半年で提供にこぎつけたことに驚いています。
かたくなに総てを拒否してジリ貧になるよりも、実はアップル方式の方が儲かるんだということに、ようやくJASRACも気付いたのかも知れません。

なお詳しくお知りになりたい方は、AV Watch の記事を御覧ください。

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2012年2月21日 (火)

ビッチェズ・ブリュー ~思い出の名盤・51

20120221_miles 高校時代の思い出話になりますが、私は高校にはバスで通っていました。家の近くに徒歩でも通える学校はあったのですが、家と学校の往復で終始するような高校生活なんか絶対に嫌だったので、バス通学不可避の高校を選んだのです。

しかもそのバスは当時は仙台で一番の(今もですが)繁華街だった一番町を通過していく路線でした。ということで学校帰り、私は一番町でバスを降り、以前にも書いたバロック喫茶の「無伴奏」に最低でも週に2回、ジャズ喫茶の「カウント」に週1回は寄って帰る(おまけに2番上映の映画館だった「名画座」か「青葉劇場」に週1回)という生活を送る忙しい高校生となったのでした。

釜石出身の友人によれば、そんな高校生活は想像したこともないんだそうで、「さすが仙台は都会だ」と言われましたが、世の中、上には上があります。
東京出身の友人は山手線で通っていた高校時代、何度もホモの痴漢にいたずらされたとか言うので、唖然としてしまいました。そういうことには極めて疎かった私は、《ホモの痴漢》という人達がいるという事自体は映画「真夜中のカーボーイ」を見てたので知ってましたが、でもそういう人はニューヨークに居るんだと思ってたんですね。私の子供時代はすごくお子ちゃまだった部分と大人だった部分と、アンバランスだったらしいです、きっと。

音楽に関してはクラシック好きの友人にも恵まれ、一気に幅が広がりました。その友人は特にマーラーが好きだったので、いろいろレコードを借りることが出来ましたし、中学時代はワーグナー、ブラームスどまりだった私のレパートリーは、ここでマーラーを経由して新ウィーン楽派から現代音楽まで広がりました。「無伴奏」ではさらに、バロックから中世・ルネサンスへとさかのぼり、「カウント」で様々なジャズを知ることもできました。
ポップス・ロック関係は特に何もしなくても普通に耳に入ってきてましたから、オールラウンドに各ジャンルの音楽を網羅していたと言ってもよいかと思います。

ところが・・・

ある日のことです。FM放送をつけた私は、まったく聞いたことのない種類の音楽を聞いてしまったのです。聞いたことのない曲ではありません。それならいまだに沢山ありますし、一応聞けばどんなジャンルの音楽かぐらい分かります。
その音楽はまずどのジャンルに属する音楽であるのかも検討がつきませんでした。現代音楽のようでもありましたが、リズムが違いました。ジャズとは明らかに響きが違いました。ロックでもR&Bでもなく、無論クラシックではありません。

しかもその曲は全くジャンルが不明であるにもかかわらず、音楽自体は決して混沌ではなく、クリアで輝かしく、一つ一つの音がクッキリと屹立しているのです。いったいこれはなんだろう、こんな音楽がありうるのだろうか?
演奏が終わった後、アナウンサーが告げた曲名、それがマイルス・デイヴィスの「ビッチェス・ブリュー」でした。
これがあの「ビッチェス・ブリュー」なのか…。曲名は当時購読していたFM雑誌で知っていたのです。すごく話題になっていましたから。

音楽雑誌が「そりゃ、もう大騒ぎさ」状態になってるのも頷けました。今自分が生きてる同時代に、自分自身には想像だにできない全く新しい音楽ジャンルの創造に立ち会うことができるとは、誰も思っていなかったでしょう。それが突然実現したのです。それはベートーヴェンの第九初演に匹敵するような、音楽史上の事件と言えるのではないかと思います。

いまあらためて聞いてみると、もちろんここでマイルスが行ったことはあらゆるミュージシャンによって骨の髄までしゃぶり尽くされた訳ですから、かつての新鮮な驚きはありません。しかし楽曲の魅力は全く失われていないように感じられます。そしてマイルスの音の表現力が昔以上に心に残ります。

マイルスはこのあと、確か「マン・ウィズ・ザ・ホーン」を出した後ぐらいだったかと思いますが、仙台にも来てくれて、もちろん私も聞きに行きました。前半がマイルスのセプテット、後半がギル・エヴァンス・オーケストラという変則的なコンサートで、もしかすると既にマイルスは一晩のコンサートを全部やり遂げるだけの体力はなかったのかも知れません。私は一度に伝説の巨人を二人も聞けるので喜びましたが、本当のジャズ・ファンがどう思ったかは判りません。

ちなみにこの時の会場だった宮城県民会館(現名称は東京エレクトロンホール宮城)は、地震で大きな被害を受け、いまだに再開できてません。

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2012年2月20日 (月)

オペラのあらすじ・6~ マドリガーレ「タンクレディとクロリンダの戦い」

20120220 マドリガーレはオペラではありませんが、この「タンクレディとクロリンダの戦い」はストーリー性があり、歴史的な背景もあるので、取り上げてみました。

クラウディオ・モンテヴェルディはちょうどルネサンスとバロックの端境期に位置するオペラ最初期の作曲家で、現在もしばしば上演される3つのオペラを始め少なくとも18のオペラを作曲しています(残念なことに3作品以外は現存しません)。またヴェネツィアのサン・マルコ寺院の楽長として宗教音楽の大作もものし、ヴェネツィア音楽の黄金時代を創り上げた一人でもあります。

そのモンテヴェルディが生涯を通じて作曲したジャンルにマドリガーレがあります。といってもマドリガーレと呼ばれる曲にはあまりにも様々なタイプがあって、形式も様式も雑多。一口でマドリガーレを定義するのはとても難しいのですが、しいていうなら器楽伴奏付きの朗誦とでも言ったところでしょうか。
モンテヴェルディのマドリガーレ曲集の中にも、民謡に伴奏がついた程度のものから、多声の合唱曲、オペラ・アリアそのもの、後のシューベルトやレーヴェのバラードを彷彿とさせるようなもの、そしてミニ・オペラと呼びたくなるものまであります。

「タンクレディとクロリンダの戦い」は正にミニ・オペラで、実際に1624年の初演時には歌い手は衣装を着けて演唱したと伝えられています。

時代は11世紀の終わりから12世紀のはじめ。かの第1回十字軍が背景です。
十字軍の勇士タンクレディとイスラムの女戦士クロリンダは、敵味方ながら恋におちてしまいます。
ある夜、イスラム軍が十字軍側の砦を夜襲した際、タンクレディはクロリンダを男の戦士と思い込んで追いかけ、二人は対決します。

登場人物は3人。語り手とタンクレディとクロリンダで、クロリンダはソプラノ、語り手とタンクレディは男性歌手によって歌われます。二人ともバリトンで歌われる場合もあれば(例えばコルボ盤)、バリトンとテノールで声の対比を明確にしている盤もあります。
語り手はストーリーを歌いながら説明していきます。オペラなら台詞だけが歌になるわけですが、いわば台本のト書きの部分も歌われるわけです。後の劇的カンタータに近いものと考えていただけばよいでしょう。そのト書きが延々と歌われる途中に時々、タンクレディとクロリンダの台詞に相当する歌が入ってくることになります。

で、タンクレディは敵が徒歩なので自分も馬を降りて、二人は剣を取り近寄ります。
いまにも決闘が始まろうという緊迫したその時、いきなりタンクレディが、
「夜よ、深く暗い胸の中に、忘却の中に
いとも偉大なる事実を閉じ込めた夜よ…」
などとメランコリックに歌いだすのでビックリです。

戦いは激しく、二人は一歩もひかないまま、鉄兜と槍で激突し合います。戦いの様子を描写する語り手の歌は、あまりに早口でまるでロッシーニを思わせます。

しかしついに戦いは決着します。
と、途端にどういう訳か語り手の言葉がやたらエロティックになっていきます。タンクレディの剣がクロリンダの「美しい乳房を突き刺さすと、剣はそこに深く沈みこみ、血をむさぼり飲む。そして美しい金で刺繍され、柔らかく軽やかに乳房を包んだ衣服は熱い血の川で」満たされちゃったりします。タンクレディはさらに「勝利を追い求めて、突き刺された処女を脅かしながら、せめたて」るのでした。

そしてクロリンダは倒れながらタンクレディに「洗礼を授けて欲しい」と頼み、キリスト教への改宗を望みます。彼女の甲を脱がせたタンクレディは、はじめてそれがクロリンダであることを知るのでした。
「天が開かれている、私は心静かに逝きます」というクロリンダの最期の言葉で全曲が終わります。

というのがあらすじで、上演時間は20分を越えます。

原作は「アルミーダ」など数多くのオペラの元になったタッソーの叙事詩「解放されたエルサレム」で、このストーリーは架空のものですがタンクレディは実在の人物です。

この「オペラのあらすじ」シリーズの第3回で取り上げた「第一回十字軍のロンバルディア人(イ・ロンバルディ)」の項目で書いたように、イタリアからの軍勢で第一回十字軍の中心になったのは、実はロンバルディア人ではなく南イタリアのノルマン人でした。
中でも「イ・ロンバルディ」の舞台であるアンティオキア攻撃の中心になったのは、ノルマン人のボエモンという人物で、ボエモンはその後アンティオキア公国を建国しアンティオキア公として即位します。

このボエモンの甥が若きタンクレディで、ヨーロッパにおいては実戦の経験が全くなかったにもかかわらず、軍事の天才だったらしくて、少人数の軍勢を率いて、次々とイスラム側の都市を陥落させていきます。
このタンクレディの活躍がなかったらアンティオキア公国の成立もなかったでしょうし、そうなるとイェルサレム陥落もありえなかったものとみなされているようです。

エルサレム王国が成立するとタンクレディはガリラヤ公国の公爵となり、さらにはボエモンが戦いで捕虜になるとアンティオキア公国の摂政ともなります。しかし1112年、わずか36歳の若さで腸チフスにかかり、死んでしまいます。

タンクレディという人物はイスラム側相手でも一般市民の人命は尊重したり、守れないことが判ってる宣誓は拒否したりと、人格的な部分でも曲者ぞろいの他の十字軍指導者たちとは異なっていたようです。勇敢で数々の武勲を立て、しかも若くしてオリエントという異国の地に散った勇者ということで、この人は非常に人気があるのだそうです。
塩野七生さんの「十字軍物語」によれば、イタリアではタンクレディは青春の象徴とすらいえる存在なのだそうです。若くして数々の武勲、いくつものエピソード、悲劇的な最後というと、日本では牛若丸/義経のイメージでしょうか。
塩野さんによればヴィスコンティの「山猫」でのアラン・ドロンの役にタンクレディという名前が付いているのも、この名が青春の象徴として受け止められているからということですが、塩野さんは生前のヴィスコンティにあったこともある人ですから、きっと正しい解釈なのでしょう。実際イタリア人ではない私でさえ「山猫」を見たときには、タンクレディという役名に、このモンテヴェルディのマドリガーレを思い浮かべずにはいられませんでした。(なおロッシーニの「タンクレディ」は別の人物です。)

この曲には数多くの録音があります。実はモンテヴェルディは苦手なので、どの演奏が良いのかは判りません。私が若い頃はコルボ盤が代表的でしたが、いまはもっと「オーセンティックな」名演が目白押しかと想像されます。アマゾンにクリスティとレザール・フロリサンのがあって、聞いたこと無いんですが値段が安いのでリンクしておきます。

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2012年2月19日 (日)

ベルリン映画祭はタヴィアーニ兄弟

20120219_cesare_drve_morire ベルリン国際映画祭は日本時間の今日、最高賞の金熊賞にタヴィアーニ兄弟の「Cesare deve morire」を、短編部門の銀熊賞に和田淳監督のアニメ作品「グレートラビット」を選んで閉幕しました。

また長編部門の銀熊賞・審査員グランプリには Bence Fliegauf 監督の「Csak a szél」 (Just The Wind)
最優秀監督賞には Christian Petzold 監督(「Barbara」)
最優秀女優賞には Rachel Mwanza(「Rebelle」Kim Nguyen監督)
最優秀男優賞には Mikkel Boe Følsgaard(「En Kongelig Affære」ニコライ・アーセル監督)

この最優秀男優賞受賞の映画「En Kongelig Affære」では、ニコライ・アーセル監督とラスムス・ヘイスターベルイが最優秀脚本賞も受賞しています。二人はいま話題の「ドラゴン・タトゥーの女」の元ネタになっている2009年のスウェーデン映画「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」の脚本を書いたチーム。アーセルは以前から監督もしているようです。名前の綴りは Arcel で日本では英語風読みですが、それで良いのかどうかは不明です。

また短編部門では和田淳(あつし)監督のアニメ作品「グレートラビット」が銀熊賞を受賞。
アニメが選ばれるのは珍しく、「夢のような映画がユニークで超現実的な表現によって無意識にわれわれを楽しませた」というのが受賞理由。

パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ兄弟の作品は英語タイトルが Caesar Must Die。YouTube に予告編が上がってたので見てみましたが、どうやら刑務所の囚人たちがシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」を上演するという話のようです。「芸術というものを知ってから、刑務所は真の牢獄になった」
カンヌ・ベルリン・ヴェネツィアの三大映画祭でのタヴィアーニ兄弟の最高賞受賞は、77年のカンヌで「父/パードレ・パドローネ」がパルム・ドールをとって以来のこと。日本ではもう10年も新作が一般公開されてません(イタリア映画祭等のイベントではあり)。金熊賞受賞をきっかけに、また上映されるようになると良いのですが。

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2012年2月18日 (土)

え、これ?これなの?~PCの話題

20120218microsoft マイクロソフトはまもなく一般向けのプレビューがリリースされる予定の新しいOS、「Windows 8」のロゴを発表しました。
それがこれ。>クリック!

Windows の公式ブログでは過去のロゴを並べています。だんだんカラフル&ゴージャスになっていたのに、一転。Windows 8 はスペックの低いスマホ&タブレット用途も重視して開発しているOSなので、シンプルにしたんでしょうか?

コンピューター・インターネットの世界に限らず、社会一般にこういうのは必ず影響します。これからは「シンプル化」がトレンドになっていくかも知れません。

で、そのマイクロソフトなんですが、北森瓦版さんによると、どうやら現行の Windows 7 と Vista のサポート期間が延長されたとの話です。

まず7ですがメインストリーム・サポート終了が2015年1月13日。延長サポート終了日が2020年1月14日
Vistaの方はメインストリーム・サポート終了が2012年4月10日。延長サポート終了日が2017年4月11日とのことです。

特に Vista はこれまでは今年4月でサポートが終わってしまう予定になっていて、Vista を使ってない私でも「ヒドイ話だ」と思っていました。が、あと5年は延長サポートが続くということで、Vista のPCを使ってる方は、やれやれホット一安心かと思われます。

同じく北森様から得たこれはガッカリのニュースですが、4月に発売されるインテルの新しいCPUである Ivy Bridge の大量出荷は、なんと6月まで延期されるとのことです。
理由は現在多くのノートPCのベンダーが、大量在庫を抱えているためとのこと。これがある程度さばけた時期以降に、新製品に移行したいという意向のようです。

追記:大量出荷が延期されるのはモバイル用のみで、デスクトップ用は予定通り4月発売のようです。

いま私が使ってるノートはスペックが低く、いくら物持ちの良い私でもさすがに買い換え必至なんですが、ずっとIvyの発売を待っていたのです。なんかショックだなあ…

※ 写真はワシントン州エドモントにあるマイクロソフト本社。Wikipediaから。

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2012年2月17日 (金)

2つの話題 ~ニュースの落ち穂拾い Watch What Happens

20120217_kamitown 左の写真は先日取材で行った宮城県加美町。やはり例年よりはるかに雪が多いとのことです。

さて、宮城県とは何の関係もないんですが、福井県で「蓬莱祀(おらいし)」というお祭りが行われました。
とつい書いてしまいましたが、新聞記事には民族文化財とだけあります。宗教的要素の無い伝統行事なのかもしれません。いずれにしてもこれは継体天皇ゆかりの行事で、継体天皇の行幸をあらわしたものだそうです。

越前市粟田部町に伝わる国選択無形民俗文化財「蓬莱祀(おらいし)」は11日、
岡太(おかふと)神社を発着点に行われ、五穀豊穣(ほうじょう)、
無病息災などを祈る地元住民らが山車を引いて町内一円を練り歩いた。
蓬莱祀は継体天皇の即位を祝う行事で、行幸の模様を表したとされる。
ゆかりある粟田部に古くから伝えられている。
蓬莱祀保存会手製の山車は高さ、奥行きともに約6メートル、幅約3メートルあり、
木舟に米俵を模した台座を据えて、もち玉の付いたクリの木が扇状にそびえ立つ。
岡太神社前で神事が営まれ、地元関係者らが玉串をささげた後、
子どもたちの囃子(はやし)台車から出発。
山車がそれを追うように続くと、勇壮な伝承の歌声がまちなかに響いた。

(福井新聞)

画像はこちら。実はこのような行事があること、知りませんでした。
なぜいきなり福井県の新聞記事を持ちだしたかというと、実はいままさに継体天皇のことを調べていた所だったのです。

継体天皇は現在の皇室の祖とも言える人ですし、男系女系論議でも引き合いに出されることが多く、そもそもが日本史上最も興味をもたれてきた天皇の一人と言えるでしょう。

20120217keitaitennou_2 継体天皇はご承知のように、太子がなく後継者も指名しないで亡くなった武烈天皇のあと、きわめて血縁が薄いにもかかわらず、はるばる越前の国から招かれて即位した第26代の天皇。在位は507年から521年までですが、生年は「古事記」と「日本書紀」では全然違っていて、一応「日本書紀」に従うと450年。80歳まで長生きしたことになっています(「古事記」だともっと短命。)

なぜ4代遡ってやっと応神天皇まで辿りつくこの人が、しかも越前の国というきわめて権力の中枢から離れたところにいたにもかかわらず、天皇として招かれたのか。そこがまず不思議ですし、なぜか20年近くも大和の地に入れなかったことなど謎の多い人です。ということは当然なにかと想像をたくましくする余地があり、いろんな説を唱える人がいます。

トンデモ説もいくつもあるらしいので、私も!と思いましたが、残念なことに私には新説を提示する能力も知識もありません。でもこの行事はそのうちぜひとも見に行きたいものです。
なお右の写真は福井市足羽山の継体天皇像。Wikipediaからです。

ポータルサイトの All About に「同じ携帯電話をずっと使い続ける人の行動と心情」という記事が載ってたので、面白そうかも知れないと思い読んでみました。

目まぐるしい速度で、日々、進化を続ける携帯電話端末。しかし、一方で、そんなものどこ吹く風と、一向に携帯電話を変更しない方々も確かに存在しています。
現実で待ち構えているのは「なにその携帯? コンバインにでもひかれたの?」とバカにされる日々。
それだけならまだしも、携帯が古いがために、あらぬ誤解を生んでしまうことすらあります。
そこで、古い携帯を使っている人の行動・傾向をまとめてみました。

(All About)

内容は残念ながらつまらなかったので、以下は見出しだけ載せます。

1.メールや電話がそっけない
2.スマートフォンの話で盛り上がると、一人だけ調味料のラベルを読み出す
3.ずっとラベル読んでたのに、故障の話になると急に生き生きする
4.ストラップから哀愁が漂う

実は私もまだ携带。1.の「メールや電話がそっけない」は当たってるけど、あとはどんなもんでしょうか?
でもまあ最近の若者ときたら――という言い方もジジ臭くてなんですが、カフェの丸テーブルに4,5人で座ってても、みな話もせずにそれぞれスマホに夢中。どうなっっちゃってるんでしょうね?

ところでこの All About の記事、斎藤アナスイさんという記者の署名記事なんですが、記事そのものよりも名前に注目してしまいました。一人称が「僕」だしずっと男性だとばっかり思って読んでたんですが、Anna Sui が好きなんだとしたら、まさか女性なんでしょうか?それとも何か違う意味があるのでしょうか?

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2012年2月16日 (木)

キリンビール仙台工場が完全復旧/東仙台マンションの解体

201202161 その前に、「切れてな~い」のCMでもお馴染みの格闘家マイク・ベルナルドが14日、ケープタウンで死去したそうです。42歳でした。自殺とのことですが、いったいなぜ?

夕刊フジの記事には
>「多くの人に取り囲まれていたが、同時に孤独にもさいなまれていたようだ」(カラコダ氏)。別のK-1関係者は「ベルナルド氏は、精神的に不安定な面があった。敬けんなクリスチャンで、心の隙間を信仰心で埋めていたようだ」

という関係者の話が紹介されています。もちろん人の心の中のことは他人には判りませんけども、なんともとまどうばかりです。ベルナルドは2006年に引退して、トレーナーとして後進の指導に当たっていました。

キリンビールは15日、東日本大震災で被災した仙台工場(仙台市宮城野区)で、瓶ビール製造ラインの操業を再開し、同工場を完全復旧させた。昨秋に新たに地震計を設置するなど、防災態勢も強化している。復旧を記念し、3月上旬まで「元気! 東北デザインラベル」の瓶ビールを製造し、東北6県などで限定販売する予定だ。
 同日開いた会見で横田乃里也工場長は、「ようやくここまで来られたと感慨深い。これからも地域貢献、供給責任を果たしていきたい」と述べた。同工場は、震災でビール貯蔵タンクが倒壊するなど大きな被害が出たが、昨年9月下旬に生産を始め、11月に缶ビールの出荷を再開していた。
 同工場では昨年10月、敷地内に地震計を3つ設置するなど緊急地震速報システムを整備。また、同工場は周辺住民の避難場所にもなっていることから、これまで200人2食分だった乾パンや水などの備蓄品も700人2食分に増やした。発電機や照明設備などの防災備品も増強した。

(産経新聞)

キリンビールの仙台工場は震災当日10メートル以上の津波が襲った仙台港にもろに面していて、当然浸水したほか地震でビールタンク4本が倒れるなど大きな被害を受けました。ようやくという感じですが、全面復旧して良かったです。
「元気! 東北デザインラベル」のビールというのは、一番搾りとラガーの瓶の肩部分に「元気!東北 仙台工場謹製」と記したものだそう。3、4月に東北6県で販売したビール類やチューハイなどで、売り上げ1本につき1円を被災した農業・水産業の復興支援に活用する
とのことです。

20120216_2 一方、写真は二枚とも、5月11日の記事でご紹介した宮城野区のマンション。震災(地震のみ)で大きな被害を受け、市の「要注意」の指定を受けていたマンションです。
ここが結局取り壊されることになりました。ツイン・マンションなんですが2棟とも取り壊しで、12月いっぱいで全住民が立ち退き、正月明けから解体工事がスタートしています。

住んでいた人達にはお気の毒なことです。支援金や義援金、一定期間無利子の融資とかはあるんでしょうけど、新たなマンションを買うだけのお金には、とても足りないでしょうし…。津波の被災地で仮設住宅に入居してる人達のためには、600戸の復興公営住宅の建設が予定されてるんですが。

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2012年2月15日 (水)

意外!FM聴取者が増加?

20120215_kamimachi 日本レコード協会(RIAJ)は2011年度の「音楽メディアユーザー実態調査」の結果を報告しました。詳しくお知りになりたい方は AV Watch の記事をご覧いただくとして、目立ったものだけピックアップしてみたいと思います。

(なお対象者は12~69歳の男女で、サンプル数は4960。インターネット・アンケートとグループ・インタビューとのことです。グループ・インタビューというのの構成比が判りませんが、PCもスマホも利用してませんという人などはほぼ含まれてないのかも知れません。それにしても70歳代を含めないのは少し片手落ち感がありますね。)

CD購入率 34.9%で昨年比1.2ポイント増加
レンタル率は23.4% 1.2ポイント減少
CD購入,レンタル併用 9.6%で1.7ポイント減少
インターネット音楽配信購入率 10.7%で1.4ポイント増加

もっと配信での購入が増えてるかと思いました。
CDの購入が増えて、レンタルが減ってるということは、これまでのレンタル層が配信に移ってると考えてもよさそうです。まあ数字が数字なのでたまたまこんな結果になっちゃった的に捉えたほうが良いかも知れませんが。

その配信では、「初めて知ったアーティストの楽曲ファイルを購入するきっかけ」という設問で、
トップは無料動画配信サイト(14.0%)ついで有料音楽・動画配信サイト(12.9%)となっていて、端的に言ってYouTubeの宣伝効果が数字でも表れていると見なせるかと思います。

「過去半年間に音楽を楽しむために利用したサービス」としては、
1位 YouTube 52.0%。
2位 FMラジオ 32.7%(昨年度は4位)
3位 テレビ 30.8%
4位 カラオケ 30.3%
5位 ニコニコ動画 19.7%

FMラジオがテレビ、カラオケを抜いて2位に上がってるのが注目されます。
これは一体どういうことなんでしょうか?
テレビでの音楽番組が少ないのに対して、FMは車の中で聞くというのがあるかも知れませんが、それはこれまでも同じ事。なぜ2011年度に限ってFMが2位になったのか?たまたまこうなっただけかも知れませんし、もしかしたら何か理由があるのかも知れません。(なおこれはあくまでも「サービス」に関するアンケートですから、手持ちのCDを聞くなどというのは、もちろん入ってません。)

40代以上を「エルダー層」というんだそうですが、「エルダー層の聞く音楽と購入する音楽の年代」という項目があり(年代というのは40歳代とかいう意味ではなくて、1980年代というような意味)、意外な結果が出ています。

まず普段聞く音楽は年代的な幅が広いのに、購入する音楽は2010年代の作品に集中してるそう。好きな音楽はもうCDでもってるから、今買うのは当然いまどきの作品ということなのでしょうか?

音楽を聞くために、音楽商品を購入したり、お金を支払ったりしたことがあるという「有料聴取層」の構成比は、
40代は平均を上回る53%
50代で38%、
60代では30%
と、年代が上がるにつれて減少しています。

RIAJでは音楽を買うことへのエルダー層の「無関心化」が強まったとしています。私に関して言えば確かに。2010年代の作品なんて、別に欲しくないですもん。でも全体の話だったら、なぜにそういう結論になるのか、以上の数字だけからではちょっと判りません。

※写真は宮城県加美町

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2012年2月14日 (火)

英国アカデミー賞は「アーティスト」が7部門、主演女優賞はサッチャー役のストリープ

20120214 現地時間の12日、日本時間の昨日13日、英国アカデミー賞が発表になりました。昨日はグラミー賞の受賞結果を書きましたので、一日遅れになりましたがお伝えします。

作品賞 「アーティスト」
主演男優賞 ジャン・デュジャルダン 「アーティスト」
主演女優賞 メリル・ストリープ 「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」
助演男優賞 クリストファー・プラマー 「人生はビギナーズ」
助演女優賞 オクタヴィア・スペンサー 「ヘルプ ~心がつなぐストーリー~」
監督賞 ミシェル・アザナヴィシウス 「アーティスト」
オリジナル脚本賞 「アーティスト」
脚色賞 「裏切りのサーカス」
英国作品賞 「裏切りのサーカス」
英国新人作品賞 「ティラノサウルス」
外国語映画賞 「私が、生きる肌」
ドキュメンタリー賞 「アイルトン・セナ ~音速の彼方へ」
アニメーション賞 「ランゴ」
音楽賞 「アーティスト」
撮影賞 「アーティスト」
編集賞 「アイルトン・セナ ~音速の彼方へ」
美術賞 「ヒューゴの不思議な発明」
衣装デザイン賞 「アーティスト」
メイクアップ&ヘアメイク賞 「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」
音響賞 「ヒューゴの不思議な発明」
視覚効果賞 「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2」
ライジング・スター賞 アダム・ディーコン

外国語映画賞の「私が、生きる肌」はペドロ・アルモドバル監督で、20年振りにアントニオ・バンデラスがアルモドバル作品に復帰したことでも話題の映画。ポスターがチョー不気味。

あとはもう全然驚きも何もない、多くの人が予想したであろう結果という感じですね。

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2012年2月13日 (月)

第54回グラミー賞決まる!

20120213_didonato 現地時間12日、第54回グラミー賞授賞式が米ロサンゼルスにて行われ、アデルが主要3部門を含む最多6部門で受賞した。下馬評通りの“アデル・イヤー”となった今年は、フー・ファイターズが5部門、最多7部門でノミネートされていたカニエ・ウェストが4部門で受賞し、アデルに続いている。(中略)

また、毎年グラミー賞では、この一年に亡くなった人々への追悼も行われているが、今年は授賞式前日に亡くなったホイットニー・ヒューストンさんについて、司会のLL・クール・Jをはじめ、多くの受賞者、プレゼンターが言及。急きょスケジュールを変更して、ジェニファー・ハドソンによる追悼パフォーマンスが行われるなど、会場中のすべての人々が、偉大な歌手のあまりにも突然の死を残念に思っている様子だった。

(シネマトゥデイ)

クラシック関係の受賞だけご紹介します。

Best Orchestral Performance
ブラームス/交響曲第4番 ドゥダメル指揮ロス・フィル(DG)

マッギガンのハイドン、ヤノフスキのヘンツェ、ビエロフラーヴェクのマルティヌー、そしてアンドリュー・デイヴィス指揮によるヨーク・ボーウェンの交響曲が候補でした。

Best Opera Recording

アダムス/「ドクター・アトミック」 アラン・ギルバート指揮メトロポリタン・オペラ管他(Sony)

他にマーク・エルダー指揮の「ビリー・バッド」、ハンヌ・リントゥ指揮のラウタヴァーラの「カイヴォス」、ルネ・フレミングの「椿姫」、ビオンディ指揮のヴィヴァルディ「テルモドンテのエルコーレ」 がノミネートされていました。

Best Choral Performance

エリック・ウィテカー/光と黄金 Light & Gold

エリック・ウィテカーの作品集で作曲者自身の指揮キングズ・シンガーズ他が参加しています。(デッカ)

Best Small Ensemble Performance

スティーヴン・マッキー/ロンリー・モーテル~ミュージック・フロム・スライド
リンド・エッカート(Vo)スティーヴン・マッキー(G)エイト・ブラックバード(Cedille Records)

エイト・ブラックバードはフルート、ヴァイオリン、パーカッション、クラリネット、チェロ、ピアノの6人によるアンサンブル。便宜上エイトと書きましたが、綴りはeightじゃなくてeighthです。

Best Classical Instrumental Solo

シュワントナー/打楽器協奏曲 クリストファー・ラム(perc)ジャンカルロ・ゲレーロ指揮ナッシュビル交響楽団(ナクソス)

シュワントナーはアメリカの作曲家で、吹奏の方にはよく知られてる人みたいです。打楽器協奏曲はニューヨーク・フィル創立150年のためにかかれた曲とのこと。

Best Classical Vocal Solo

ディーヴァ・ディーヴォ ジョイス・ディ・ドナート、大野和士指揮リヨン歌劇場管(ヴァージン・クラシックス)

ナタリー・ドゥセ、アンドレアス・ショル、イアン・ボストリッジ、それにマリアンネ・ベアーテ・キーラントの録音を破ってジョイス・ディ・ドナートが受賞。マスネ、モーツァルト、グノー、ベルリオーズ、ロッシーニ、ベッリーニ、R・シュトラウスの曲がおさめられています。タイトルが《ディーヴァ(女性形)ディーヴォ(男性形)》であることからも分かるように男性のいわゆるズボン役と女性の役を歌っていて、「フィガロ」ではケルビーノとスザンナ、「ティト」ではセストとヴィテリアの2役に挑んでいます。またマスネのシェリュバンとモーツァルトのケルビーノ、マスネのサンドリヨンとロッシーニのチェネレントラ(それぞれ同名のフランス語読みとイタリア語読み)を歌うなど、非常に凝った選曲になっています。

Best Contemporary Classical Composition

オールドリッジ/歌劇「エルマー・ガントリー」ウィリアム・ボッグス指揮ミルウォーキー交響楽団他(ナクソス)

私はまだ聞いてないんですが、ノーベル賞作家のシンクレア・ルイスの同名の原作による――というかバート・ランカスター主演の映画「エルマー・ガントリー」と同じ題材のオペラのようです。ちなみに映画「エルマー・ガントリー」の方は、音楽を担当したのがアンドレ・プレヴィンで1960年度のアカデミー作曲賞にノミネートされています。

今日は英国アカデミー賞も発表されましたので、日付が変わって明日になったらアップします。

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2012年2月12日 (日)

ホイットニー急死

20120212_whitney_houston 自らが主演した映画「ボディガード」の主題歌「オールウェイズ・ラブ・ユー」など数多くの曲がヒットし、米音楽界最高の栄誉、グラミー賞を6回受賞した米女性歌手のホイットニー・ヒューストンさんが死去した。48歳。ロサンゼルス近郊の高級住宅地ビバリーヒルズのホテル客室で倒れているのをヒューストンさんのボディーガードが発見、死亡が確認された。事件性を示す兆候はないという。
(共同通信)

すでに今日の午前から一日中報道されていますが、ホイットニー・ヒューストンが亡くなりました。信じられません。死因は発表されてませんが、事件性はないそうです。いったいどんな理由で?

私は子供の頃からモータウン系が好きだったので、当然ホイットニーが登場したときには、すぐにファンになりました。ファースト・アルバムは総ての曲が最高でした。
ディオンヌ・ワーウィックの従姉妹(当初は姪と伝えられた)というのは驚きでしたが、若いのに圧倒的な歌唱力を身につけてるのも納得。どこまでも伸びる輝かしい美声。モデル出身の美しく健康的な肢体。完璧なパフォーマーでした。

しかし誰もが反対したボビー・ブラウンとの結婚が彼女の運命を変えてしまいました。麻薬問題を抱えていたボビーとの関係を心配する周囲に対し、「私の力で治す」と言い切った彼女でしたが、93年ボビーが麻薬所持で逮捕。そして結局は当然のようにホイットニー自身が薬に取り憑かれ、やがて2000年ハワイで麻薬所持で起訴。

さらにはボビーのドメスティック・ヴァイオレンス。二人の娘が次々と巻き起こす麻薬取引疑惑だの拳銃所持だのの問題。激しいブーイングにさらされたという、2010年の復帰公演のさんざんな評価。つい何日か前には破産寸前という記事まで世界を駆け巡りました。
そのたびにファンは心を傷めつつ、いつかきっとあの歌声を取り戻すはずと、かすかな希望を抱いていたのに…

YouTubeに上がっているものの中から、おそらく彼女のベスト・パフォーマンスの一つと思われる歌唱を。Greatest Love Of All (1989 Live performance at Arista anniversary)

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2012年2月11日 (土)

Stringer in the night

20120211panasonicheadquarters これは昨日のニュースになりますが、パナソニックがVHSビデオの生産を終了したそうです。

パナソニックはVHSビデオ対応機の生産を終了した。同社最後のVHS機はDVD/HDD/VHS一体型の「DMR-XP25V」(2009年発売)で、2011年12月をもって生産を終了した。
VHSビデオは、ビクターが世界で初めて開発し、長時間録画や小型軽量化、規格の互換性維持などの特徴から、デファクトスタンダードになった。パナソニック(当時松下電器)の初代VHSは1977年発売の「NV-8800」。

(AV Watch)

昨年12月ということですから、ひっそりと終わってたんですね。
私はベータ派で最後までベータを使い続けていたので、VHSには特に未練はないんですが、やはり「へ~え」という、感慨というほどでもないけれど、しかし何となく落ち着かない思いにさせられます。

価格.comで調べると現在、日立、東芝、シャープ、DXアンテナなどからVHSとDVDの複合機という形で、VHS再生機は発売されています。なので別にいまパナソニックが手を引いたからといって、世界中にとてつもない本数溢れているであろうVHSテープ再生の手段が失われていく訳ではないのですが、なんとなく不安に襲われますね。パナの生産終了で、各社撤退に拍車がかからないといいのですが。

そのパナソニックですが、先日この3月期の連結決算で7800億円という巨額赤字の見通しを発表して、内外にショックを与えました。理由はテレビ事業の不振と円高と言われています。
ただし売上高は8兆円、営業利益は300億円で、いずれも去年春の予想より大幅減となっていますが、とりあえず営業利益では黒字は出しています。
営業利益は黒なのに税引後当期利益で-7800億円もの赤になった理由は、毎日新聞の解説によれば三洋電機の買収で発生する損失を、まだ経営体力のある現時点で一気に償却したことなどが関係してるそうです。

そのせいでしょうか、巨額赤字が発表されてもあまりパナソニックを叩く記事はみかけませんが、2200億円の赤字見込みを発表したソニーは、さまざまなメディアで叩かれてるようです。

20120211sonyheadquarters これまた先週の話ですが、ソニーは4月1日付けでストリンガー氏がCEOを退き、平井一夫氏が新たな社長兼CEOに就任することを発表、二人が揃って記者会見を行いました。席上、平井氏は凋落傾向を止められないソニーの立て直しについて、以下のように述べました。

「エレクトロニクスの事業改善には、なによりも商品力強化が必要となる」とし、「コア事業強化」、「テレビ事業の立て直し」、「事業ポートフォリオの改革」、「イノベーションの加速」の4つの重点施策を紹介した。 (中略)
「テレビは家庭のエンタテインメントの中心機器で、この立て直しは待ったなし。アセットライト(製造設備/資産の削減)を徹底し、他社との協力で投資資本を最小化して、事業を立て直す。商品力は独自技術により高めていき、Crystal Crear LEDや有機ELなどもコストを睨みながら開発する」

(AV Watch)

夜の時代とも冬の時代とも形容したいストリンガー体制下のソニーに関しては、世界的には知りませんが、少なくとも日本人にとっては誰もソニーという会社に期待していない方向へひた走ったと言えるように思います。思いますというか、私が思うだけではなく、一般的にもおおむねそう評価されているようです。

テレビ事業については性能を犠牲にして安物を作り続け、韓国勢が仕掛ける価格攻勢に正面から向き合って負けたという印象でしょうか。ソニー・タイマーという言葉に象徴されるように、ソニー製品の品質面での脆弱さはすでに日本人の常識ですから、それに加えて性能・機能も並以下になったのではもはや誰も見向きもしないでしょう。よくまあ世界3位のシェアを保っているものです。

(ちなみにテレビの世界シェア第1位と第2位の韓国のサムスンとLGも、過剰な投資に加えて、液晶パネル事業の不振、ダンピングのつけ、競合する中国のメーカーの追い上げなどで、テレビ事業はかなりの重荷になっており、凋落への道をひた走っているように見えます。数年のうちにシェア1,2位は中国メーカーに奪われると予想する人もいて、その時3位を確保できるのがどこなのか。中国と価格の点で真っ向から競合する韓国製品がそれでもなんとか生き残れるのか、付加価値と品質の日本メーカーが生き残るのか注目されます。)

ということで悪夢のような――は言い過ぎとしても、夜のストリンガー時代を精算し、平井氏が本当にソニーの立て直しに成功するのかを、世界は固唾をのんで見守っているわけです。でも先週のストリンガー&平井氏の記者会見の後、各紙が個別に平井氏にインタビューしていますが、なんかよく掴めません。期待されるクリスタルLEDの市場投入の時期についても、各紙バラバラな表現になっていて、読者としては狐につままれたような印象。

VAIOとテレビ、それに携带の悪評に対して、放送用などのプロフェッショナル機器を始めいくつかの分野についてはソニーの評価は品質・性能の両面で相変わらず高いままです。なので、現場のものづくりの力量に関しては私は言われてるほど、ソニーの力は落ちていないと思うのですが、何しろPC・TV・携带(スマホ含む)というのは最も身近のものだし、すべて最も故障したら困るものだけに目立つんですよね。

まあとりあえずは1年保証の製品なら3年は故障なしで持つぐらいの、3年保証の製品なら5年は持つぐらいの製品を出し続けて、ソニー・タイマーの汚名をそそがないと立て直しも何も始まらないという感じではないでしょうか?

※パナソニック本社とソニー本社の画像はWikiからです。

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2012年2月10日 (金)

「ブリューゲルの動く絵」 レフ・マイェフスキ監督(後)

20120209_the_mill_and_the_cross_2 あるいは人々はパンを買ったり、子牛を売りに行ったりと、いつものようにフランドルの農村の人々が繰り返す生活が描かれ、そして彼らは絵の場面へとたどりつきます。

この絵画の主題上の中心である、イエスが十字架を担うシーンになると雰囲気はかわり、静けさが画面を支配するようになります。そしてそのぶん剥き出しにされたイエスの裸の背を打ち付ける鞭の音が、観客の心をも切り裂きます。(周囲の人々がフランドルの服装なので、この音の迫真性がなかったら、儀式としての十字架の道行のように感じられたかも知れません。)
聖母マリアはシャーロット・ランプリングが演じますが、イエスの顔は髪で隠され暗く影になり、最後まで顔を見せることはありません。

そしてこれまでは絵の人物たちの過去、すなわちこの絵に至るまでの彼らの人生が描かれてきたのに対して、ここからは絵に描かれた先、未来へと話は進みます。
イエスにかわってシモンが十字架を担うべく引き立てられ、イエスはついに十字架にかけられ息絶えます。悲痛なまでに美しいグレツキとロッティの「ミゼレーレ」が鳴り響きます。
イエスは十字架を降ろされ、マリアは悲しみにくれます。このシーンは非常に美しく描かれます。ブリューゲルには「十字架降下」も「ピエタ」も、少なくとも現存する作品の中にはありませんが、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンなどの北方ルネサンスの絵画を意識した画面作りかと思われます。

絵の部分、部分の持つ意味、そこにどのような過去が含まれているのかというのは、美術史の研究領域です。しかし実は絵の先に待っている未来を予想することも、美術史の重要な研究課題の一つなのです。例えば画面に死の象徴が描かれているので、この人物はやがて死ぬことが暗示されているとか、そういった類のことですが、こうしたことを研究する学問はイコノロジーと呼ばれます。

Pieterbruegelelder ただイコノロジーは絵の意味を探り出しはしますが、そこでドラマを形成するわけではありません。このシーンがあることで、すなわち絵画の先にあるドラマを 導きだし得ていることで、この映画は美術史研究本の映画化という域を超えて、独自の存在証明が出来たともみなせるかと思います。

ユダが首を吊る背後でブリューゲルがスケッチ帖を落とし、スケッチが風に飛ばされ散らばります。ここは何か意味があるはずですが、どんな意味なのかは判りません。ちゃんと考える必要がありそうです。

風車守の老人が実は神であることが示され、天地は暗くなり雷鳴がとどろきます。しかし…

Bruegelportrait_2 嵐の夜が明け、ネーデルラントにすがすがしい朝がやってきます。しかしイエスの復活が描かれることはありません。ネーデルラントはまもなくアルバ公 のスペイン軍によって蹂躙され尽くし、長い独立戦争へと突入するのですが、もちろん映画ではそこにも触れることなく、ウィーン美術史美術館のブリューゲル の部屋を写して終わります。

ブリューゲルを演じるのはルトガー・ハウアー。1564年というとブリューゲルは結婚した翌年、長男が生まれた年ですからもう少し若かったはずです。右上はランプソニスの「低地ゲルマニアの優れた画家たち」というのに掲載された銅版画らしいんですが、コレだといまいちルトガー・ハウアーっぽくない ですね。

左はブリューゲルの「画家と商人」という素描で、ブリューゲルの自画像という説と、ボッシュという説とありますが、こちらの画家の方に似ている感じ。ここからキャスティングしたのかもしれません。

ところでこの作品は1枚の絵の部分・部分を取り上げ、分析・解釈を施してドラマを作り上げ、再び絵の中に戻してやるという作業を行ったものです。そのやり方はここニ、三十年のオペラ演出のあり方に非常によく似ているように思います。(監督のメイェフスキという人は舞台演出もやる人で、オペラも手がけており、ボブ・ウィルソンなどとも一緒に仕事を行なったことがあるようです。)

ただオペラの場合は、演出がどうであろうと、音楽という「核」があります。演出が原作からどんな新しい解釈や予想しがたいドラマを引き出そうとも、音楽という「核」が失われない限り、オペラという自立した芸術であることの妨げにはなりません。

この映画の「核」がなんなのか私にはまだ見いだせてません。もう一度ビデオでじっくりと見なおさないといけません。「核」はブリューゲルの絵ということなのでしょうか?でもさすがにそれはちょっと無理筋な感じが・・・

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2012年2月 9日 (木)

「ブリューゲルの動く絵」 レフ・マイェフスキ監督(前)

20120209_the_mill_and_the_cross 実に不思議な映画で、新しい体験と言っても良いかと思います。
ブリューゲルが1564年に描いた「十字架を担うキリスト」(右下の画像)が、この映画の主題です。1564年ということは有名な「バベルの塔」や「月歴画」とほぼ同時期で、ブリューゲルの絶頂期といえるでしょう。

原作はマイケル・フランシス・ギブソンというアメリカの作家・美術評論家が書いた「風車と十字架(The Mill and the Cross)」という一種の学術書。ブリューゲルの「十字架を担うキリスト」について詳細に分析した研究書なのだそうで、よもや美術史の研究書が映画の原作になりうるとは。ビックリです。このギブソンは監督のマイェフスキと共に、映画の脚本も担当しています。

舞台はこの絵画そのもの。この絵に登場する人物たちを俳優が演じて、絵の中に入り込んで映画は進んでいきます。
方法としては「メリー・ポピンズ」そのものなのですが、「メリー・ポピンズ」がオール・スタジオ撮影ながら実写とアニメ部分をくっきりと分けて、アニメの中に人物が入り込む面白さというのを狙っているのに対して、この「ブリューゲルの動く絵」では、ロケ・セットとスタジオ撮影、そして3DのCGを駆使して、最初から最後まで人物が「絵の世界」の中で生きているような効果を出しています。
600 マイェフスキ監督によれば、この絵は7つの異なるパースペクティヴで描かれていて、これを実現できる風景はこの地球上には存在しないということのようです。そういう意味ではCGが発達した現代だから可能だった作品と言えるでしょう。

絵の表面だけを見ていたのでは分らないドラマを、人物たちはそれぞれに抱えています。
映画はまずルトガー・ハウアー扮するブリューゲルに対して、マイケル・ヨーク演ずるヨンゲリングが「このネーデルラントの悲惨な有様を絵に描き留めてくれないか」と依頼することから始まります。
当時のネーデルラントはスペインの植民地下にあり、カルロス1世の始めた新教徒弾圧が、フェリペ2世のもとで一層激しさを増していた時期でした。(詳しくは過去に書いてますのでここいらへんをご参照下さい。)

ヨンゲリングはアントワープの富裕な金融業者で、ブリューゲルの友人にして最大のパトロンでもあった人。「十字架を担うキリスト」は映画にある通り、このヨンゲリングの依頼で描かれたのではないかと考えられています。

絵の中のドラマはまず、農家と思われる(<実は違う)一家の朝から始まります。徐々に起きだしてくる家族。一家の長らしい人物が――最初はただの太った爺さんにしか見えない――ベッドから起きるといきなり食事をそれも変な粉みたいのを食べ始めて驚きます。いかに500年も前の田舎の農夫だろうと、顔洗ったり厠に行ったり着替えたりという作業はあるだろうになどとつい思っちゃうわけですが、すぐに農夫じゃないことが分かります。

Photo 若い男が長い長い階段を上っていき、観客はここがあの風車の建っている岩山の中なのだということに気付きます。灯台守ならぬ「風車守」だったのです。組み合わされた巨大な歯車が圧巻ですがCG臭がするのが残念です。

で、その階段を上る若い男が勃起型のブラゲットをつけてて笑えます。
ルネサンスの肖像画や、「ロミオとジュリエット」のような映画を見てると、男性の服装はタイツで股間にモッコリ型の――なんていうんでしょう、ファウルカップみたいなものを着けているのに、それもやたら目立つように着けているのに気づかれると思います。これは15世紀~16世紀ごろに流行った一種の装飾で、ブラゲットと言います。たぶん何かをゲットするものがブラ下がっているからそういう名前がついたんだと思いますが、フランス語らしいので間違ってるかも知れません。(ちなみに英語ではコッドピース。)

これはもともとは短い上着にタイツという格好では、あまりにも股間がむき出しにすぎるので、隠すことと保護することを兼ねて付けられるようになったのですが、すぐに装飾的になったらしくて、隠すどころか明らかに勃起状態を示す形のものやらそれにレースやリボンをつけたものなどまで登場するようになります。(ちょっと頭おかしいんじゃないかと思わざるをえませんが、ブラジャーの先端をドリルにしたりとか、言うならばレディ・ガガ・ファッションの先駆けなのかも?)
で、ブリューゲルの絵にも勃起型のブラゲットをつけてダンスする農民などが描かれていて、不思議な時代だなあと思ってたのですが、よもや映画でお目にかかるとは。つまりこの映画では変な効果を狙って奇抜なデザインの衣装を創作したのではなくて、歴史的に忠実にやってるということになるわけです。

Photo_3 閑話休題。やがて一人の男が赤い服を着た騎馬隊に追いかけられ虐殺されます。男は新教徒だったのです。この作品が描かれた1564年はアルバ公の血の粛清はまだ始まってなく、スペイン軍はネーデルラントにまだ上陸してませんでしたから、国家警察隊もしくは外国人傭兵と見られます。ちなみに恐怖政治をしいたグランヴェルはちょうど64年に召還されこの地を去っています。
男の遺体は車輪に縛り付けられ晒し者にされます。絵の一番右側に書いてある棒の先の車輪がそれです。絵には車輪と烏だけしか描いてありませんが、そこに至るまでの物語が映画で創造されているのです。
(続く)

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2012年2月 8日 (水)

日記

20120208_anyoji 相変わらず寒い日が続いています。今夜も最低気温は氷点下6度だとか…

ところで今日は映画「ブリューゲルの動く絵」を見てきたので、その感想を書くつもりでした。
ところが帰りにちょっと書店でキネマ旬報を立ち読みしてたら、思いがけない記事を見つけてしまいましたので、感想は後日に。

去年11月に脚本家の石堂淑朗さんが亡くなってたのですね。新聞記事を見逃してしまい、全然知りませんでした。
石堂さんは大島渚監督の「日本の夜と霧」や今村昌平監督の「黒い雨」など有名な作品が多いですから、脚本家といういわば裏方でも名前は良く知られていたんじゃないかと思います。
田村孟さんが亡くなって10年以上立たちますし、大島監督も映画からは引退状態。なんというか松竹ヌーヴェルヴァーグがぽつりぽつりと消えて行く感じですかねぇ…

石堂さんはクラシック音楽にも造詣が深く、音楽エッセイもよく書かれていました。もっともフルトヴェングラー&コルトー至上主義の方で、現代の演奏家に対する評価はちょっと攻撃的すぎて、いつも半分も読まないうちから辟易してしまいましたけども。

一度だけお話したことがありますが、私などにも非常に丁寧な態度で色々と教えて下さり、音楽エッセイの辛辣さや脚本作品の厳しさからは予想しがたい優しいお人柄でした。もうお亡くなりになって3ヶ月もたち今更ですが、ご冥福をお祈りいたします。

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2012年2月 7日 (火)

宮城・岩手の復興特区が初認定へ/山形で世界最小の生物 ~ニュースの落ち穂拾い Watch What Happens

20120206_yoheinuma 平野達男復興対策担当相は7日午前の記者会見で、東日本大震災の被災地限定の復興特区として宮城県が申請している「民間投資促進特区」と岩手県の「保健・医療・福祉特区」の創設について、9日をめどに認定する方針を明らかにした。復興特区の第1号になる。宮城県は1月27日、岩手県は同31日に認定を申請した。復興対策本部によると、いずれも申請内容をそのまま認める。
(共同通信)

この復興特区は、国が震災からの復興に向けて決めた政策の一つで、企業への税制上の優遇措置や規制緩和等によって、民間の力を生かし復興をはやめようというものです。
今回認定される宮城県の「民間投資促進特区」というのは、前に取り上げた「水産特区」構想とは別のもので(こちらは反対意見も根強くまだ申請されてない)、宮城県内への企業誘致や企業の設備投資などを促進しようというもの。当然それによって雇用を促したいとの目的がありますし、周辺地域への経済の波及効果も期待できるとされています。

宮城県が想定しているのは、自動車、高度電子機械、食品、木材、医療・健康、クリーンエネルギー、航空宇宙、船舶の8つの業種で、対象となる地域は県内34市町村の389カ所。直接津波の被害を受けなかった地域も含まれています。

20120207arman_2 「山形で世界最小の生物を発見」という@nifty の見出し。
世界最小の生物?――いったい何を想像すれば良いんだろうと。最初はウイルス並の大きさの何か全く新しいものが発見されたのかと思ったんですよね。でも、だったら「世界最小の生物」なんて控えめな書き方するだろうか…?もうちょっと「未知の生命発見」的に煽るんじゃないか。あるいは意外と世界最小のネズミとか世界最小の狸とか、多少タイトルに偽りありだけどそういう可愛い話の可能性もと思ってクリックしてみたら――わりと普通な話でした。

慶応大先端生命科学研究所(山形県鶴岡市)は6日、体長0・0002ミリと世界最小の生物(ウイルスを除く)を市内の湯野浜温泉の源泉から発見したと発表した。米国などでも見つかっているが、弱アルカリ性の環境下での発見は初めてという。同研究所によると、見つかったのはアーマンと呼ばれる微生物。これまで米カリフォルニアの鉱山など酸性や強酸性の環境で確認されていた。
(共同通信)

0・0002ミリなんて言われてもイメージがわかないと思いますが、1ナノが0.000001ミリですから200ナノということになります。これだとイメージがわきますね(<なわけない)。

Wikipediaによると、アーマン ARMAN (右上の画像)というのは正式には Archaeal Richmond Mine acidophilic nanoorganisms という長い名前らしくて、その頭文字をつなげたようです。いちおう古細菌のユリアーキオータ門に分類されますが(ちなみに古細菌というのは細菌ではありません、念のため)、新門の可能性もあるとのことです。

湯野浜温泉はずいぶん前に旅番組の取材でいきました。「ああ、いいお湯・・・」なんて温泉を楽しんでましたが、よもや世界最小の微生物にかこまれていたとは。(まあ、発見は源泉からですが…)

 

※ アーマンの画像はWikiから。一番上の写真は与兵衛沼。これしか水たまりがない所に白鳥30羽以上がひしめきあってるんです。

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2012年2月 6日 (月)

復興需要でピアノが売れる

20120206piano 意外!というか考えてみればなるほどなんですが、震災で被害にあったピアノの買い替え需要で、17年ぶりにピアノの販売台数が前年増になったんだそうです。

国内のピアノ販売台数(電子ピアノを除く)が昨年は前年比11%増の1万8164台と、17年ぶりに前年を上回ったことがわかった。(中略)
(静岡県楽器製造)協会が現在の基準で統計を取り始めた1992年の国内ピアノ販売台数は11万3500台。95年以後は減り続け、2010年には1万6356台に落ち込んでいた。協会によると、少子化の影響や、高品質・低価格化が進んでいる電子ピアノを購入する人が増えていることが販売減少の理由という。
17年ぶりの販売台数増について、河合楽器製作所(浜松市)は「震災で壊れたピアノの買い替え需要で、仙台市などでは一昨年を上回る売れ行きだった」、ヤマハ(同)は「部品メーカーが被災して電子オルガンなどの生産が落ち込み、ピアノ市場に客が流れた」と分析している。

(読売新聞)

買い替え需要というのはたぶん、地震で壊れたんでしょうね。普通ならアップライトでも地震ぐらいで倒れないと思いますが、あの揺れだとおそらく倒れたピアノも多かったかも知れません。津波被災地の学校などは元の場所で再開できないところもありますし、まして一般家庭はピアノどころじゃないだろうと思いますが。

20120206 ところで私が驚いたのは、むしろ今こんなにもピアノが売れてないんだということ。右図はこの20年間のピアノの売上推移なんですが、驚くべき現象ではないでしょうか。
もちろん記事にある通り少子化と電子ピアノの低価格化は大きいのでしょうし、日本では住宅事情が家庭へのピアノの導入を困難にしているということもありますが、それにしてもこれほどとは。

国内ではこの惨状であるにもかかわらず、河合楽器の昨年度の決算をみたら一昨年度より増収になっていて、特にピアノの売り上げは中国で大幅に増加しているなどと書いてありました。なるほどねぇ・・・

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2012年2月 5日 (日)

「アラビアのロレンス」サントラ盤 ~思い出の名盤・50

20120205_laerence_of_arabia 思い出の名盤シリーズも50回目。たまには映画音楽を取り上げてみようかと思います。このLPレコードを買ったのは高校生の時、映画を見て最初少し購入を迷ってたんですが、決心して買いました。

1962年の映画「アラビアのロレンス」のサントラ盤LPは、その頃はテイチクから出ていたのですが、突然 CBS SONY からも発売になりました。2つは同じ音源の筈なんですが、ジャケットなどは全然ちがい SONY の方がおしゃれだったので、私はSONY盤を入手。最初は販売の権利がテイチクからソニーに移ったんだろうと思ってたんですが、その後もテイチク盤が発売されつづけ、長い間不思議に思っていました。

この記事を書くチャンスにちょっと調べてみたら、最初はテイチクでもソニーでもなくて日本ビクターから発売されていたようです。その後テイチクに移り、70年代の前半にSONY からも発売。テイチク、ソニーから並行して発売されることになったわけですが、これはどうも発売の権利を持つ会社がイギリス、アメリカそれぞれにあったことが原因のようです。
テイチクはイギリスの パイ(PYE)からの音源が入ってきて、ソニーはアメリカのベル(Bell)からの音源が入ってきていました。サントラの原盤自体はパイが所有してると思われますが、ベルはコロムビア映画のサントラの権利を持っていたことがあり、その関係でしょう。「アラビアのロレンス」はイギリス人による映画で、サントラ録音のほかポスト・プロダクションも総て英国で行われましたが、米コロムビア資本なのでそんなことが起きたんだと思われます。

なお1980年代後半にデイヴィッド・リーン監督が編集しなおして、劣化した映像・音響も復元したディレクターズ・カット版(通称完全版)が作成されていますが、この時モーリス・ジャールが追加で音楽を作曲・録音しています。現在発売されているサントラ盤はそれらを含めたものだそうです。

実は私はこの音楽、「映画音楽としては」あまり好きではありません。ジャールが作曲した曲自体は、砂漠の雄大さにふさわしいスケールのクラシック風の曲から、英国軍を象徴する行進曲、アラブ風と言うかオリエント風の旋律、オンド・マルトゥノまで動員したミステリアスな響きの曲と、実に多彩な要素を織りまぜて、きわめて充実したスコアになっています。
でも映画音楽、つまり映画の各シーンの効果を高めるための音楽としては、無いほうが良かった場所も少なからずあると思うのです。一口に言うと音楽過剰。
(前半が常に音楽が流れてる感じで、まるで往年のハリウッド映画。後半になると音楽はグッと抑えられて、効果的になります。映画自体も前半は雄大な砂漠の風景と戦闘シーンによるスペクタクル、後半は人間ドラマになるので、あるいは最初から狙いだったのかも知れません。)
つまり映画のスーヴニールとして購入した数多くのサントラ盤レコードと違って、私にとってこの「アラビアのロレンス」は、映画から離れて純粋に音楽だけを聞いていた「思い出の名盤」なのです。

実際、映画としての「アラビアのロレンス」は、そんなに好きでもないと言うか、あまりよく理解できませんでした。
高校時代に見たのですが、例のトルコ軍のホセ・ファーラーにオトゥールが捕らえられるシーンが、高校生の私には何が起きたか理解できなかったのでした。
なぜオマー・シャリフはそのままで、ピーター・オトゥールだけが捕まったのかも疑問なら、鞭打たれた後いきなり釈放されたのも不思議。しかもその後オトゥールはやたら自己嫌悪に陥って、自らを卑下してたりするのです。この一連が東北の片田舎の純朴な少年には、世にも摩訶不思議な展開にしかうつらなかったのですね。もう少し大人になってから見れば、全然違う見方もできたんでしょうけれど、惜しいことをしました。

しかし、ある意味で映画自体を「さっぱりワケワカンネ」と思い、かつ音楽も映画音楽としては過剰すぎなどと思った高校生をして、サントラ盤のレコードを買わせたのですから、ジャールの音楽はそれほど印象深かったとも言えるのかも知れません。

よく知られたエピソードですが、当初この「アラビアのロレンス」の音楽は、ミュージカルの巨匠リチャード・ロジャースが担当することになっていました。
しかしロジャースが送ってきた曲は、アイルランド民謡だかスコットランド民謡だかを編曲したようなもので、リーンは困り果ててしまったのだそうです。というのもこの大作映画は女王を招いてのロイヤル試写会が決まっていて、その日程は絶対に変えられず、しかもそれはすぐ目の前に迫っていたのでした。

ところが成功する映画というのはラッキーが重なるもの。プロデューサーのサム・シュピーゲルによれば音楽の9割はロジャースが作曲することになっていたものの、残りの1割はフランスの作曲家モーリス・ジャールに作曲を依頼していたのです。どういう事情でそんな半端なことになったのか判りませんが、たぶん時間的なものだろうと思います。

(どうも話の真偽がよくわからないのですが、このときロジャースの代わりに製作サイドはジャールと共にマルコム・アーノルドとウィリアム・ウォルトンに依頼。3人で分割して音楽を担当することにしたらしいのですが、アーノルドが「観光映画だ」と思っていたことが、リーンの逆鱗に触れ、アーノルドとウォルトンは降りることになったという話もあります。)

ジャールは当時「シベールの日曜日」の音楽などを書いた新進作曲家で、シュピーゲルは「シベールの日曜日」に出資していたので、ジャールの才能は認識していたものと思われます。そしてジャールが提出したスコアが非常に優れていたので「この若いフランス人に全部任せてみようか」ということになったのだそうです。かなりの賭けだったはずですが、製作者と作曲家はそれに勝ちました。翌年アカデミー作曲賞を受賞することになるのはご存知のとおりです。
シュピーゲルはジャールをロンドンに呼んでラッシュ・フィルムを見せた後、「期間は6週間、あわせて2時間ぐらいの音楽を」と要請したようなのですが、映画音楽2時間分を6週間で仕上げるのは至難で、極めてハードな仕事になったようです。ジャールは後に回想して「5時間仕事しては20分寝て、5時間仕事しては20分寝てという生活だった」と語っています。

映画のサウンド・トラックに使われた演奏は、他の部分はジャール指揮ですが、序曲だけはエイドリアン・ボールト指揮ロンドン・フィルの演奏。当初はこのモノーラル盤がサントラとして発売されましたが、後にステレオ録音のサントラ盤が出されるときに、ジャール指揮の演奏に差し替えられました。私はボールト指揮の演奏はレコードとしては聞いたことがないんですが、たぶん劇場で聞いたのがそれということになるんだと思います。

「アラビアのロレンス」完全版(ディレクターズ・カット版)は劇場公開も行われ、その際にジャールは来日して記者会見をしました。
「ジャールさんの音楽を聞くとロマンティックな気分になるファンが多いと思うんですが、ジャールさんにとってのロマンティシズムとは?」との質問に、彼はいきなりたちあがって両手を広げ、
"I am Romantic. What can I do?"

同じリーン監督の65年作品「ドクトル・ジバゴ」以降、「パリは燃えているか」や「ライアンの娘」「インドへの道」など、ジャールの音楽は「アラビアのロレンス」には出てこない《ワルツ系のリズム》が特徴的になっていきます。ロマンティックなジャールが次第に花開いていくという感じでしょうか。

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2012年2月 4日 (土)

日記

20120204_nishikicho きょうはちょっとダメみたいです。
午後に出かけようとしたら、ちょっとフラフラしたので地震だと思ったんですが、誰も他に揺れたという人がいなくて・・・
地震速報もでないし、私が揺れてたのでした。

では今日はこれで。おやすみなさい。

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2012年2月 2日 (木)

最高裁がパブリシティー権で判断

20120202_jozenji 日本海側が雪ですさまじいことになっていますが、きょうは仙台も朝から凄い勢いで雪が降り一面真っ白になりました。集中豪雨の雪版みたいに降っていて、こんな速い速度で雪って降りてくるんだと、ただただ驚きの朝。
仙台で7センチの積雪ということですが、我が家の周りはその倍ぐらい、午後に街中に出ましたがやはり道路にはとても7センチとは思えないくらい積もっていました。

ピンク・レディーの2人が、写真を週刊誌の記事に無断使用されたのは「パブリシティー権」の侵害だとして、発行元の光文社に372万円の賠償を求めた訴訟の上告審判決が2日、最高裁第1小法廷であった。

 桜井龍子裁判長は「著名人らの氏名や肖像は、顧客を引きつけて商品の販売を促進する場合があり、これを独占的に利用できる権利はパブリシティー権として保護できる」との初判断を示した。最高裁がパブリシティー権の位置づけを明確にし、侵害の有無の判断基準も示したことで、出版物やインターネット上での無断使用に対する警鐘となりそうだ。

(読売新聞)

20120202kobunsha 光文社の週刊誌というのは「女性自身」(2007年2月27日号)のことだそうで、ピンク・レディーの振り付けを利用したダイエット法を紹介、その際に光文社が過去に撮影したステージ写真などを掲載したというもの。

ピンク・レディー側はこれを「実質的なグラビア記事で、ピンク・レディーに夢中になった世代を引きつけて利益を得ようとした」として、パブリシティー権侵害で訴えていたものです。

1、2審ではいずれもピンク・レディー側が敗訴していて、今日の判決でも、「白黒の小さな写真を、ダイエット法の解説記事を補足する目的で使用しており、もっぱらピンク・レディーの人気を利用したとは言えないと判断」して、上告を棄却したものです。

同小法廷は、パブリシティー権の侵害は許されないとする一方、「著名人は、肖像などを時事報道、論説、創作物など正当な表現行為に使用されることは受け入れなければならない場合もある」と指摘。その上で、〈1〉写真そのものを商品として使用〈2〉もっぱら顧客を引きつける力を利用する目的で使用――などの場合は侵害とみなせるという判断基準を示した。
(読売新聞)

この部分は、重要な判断ではないかと思います。
もっともグレーゾーンは出てきそうです。音楽家のインタビュー記事でブレンデルの写真を大きく使ってもOKだけど、グリモーやバティアシュビリの写真を何枚も掲載したら「もっぱら顧客を引きつける力を利用する目的で」使用したとしてNGなんてなったりして。ブレンデルさんには少々ショックですよね。

※光文社の写真はWikipediaから。

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2012年2月 1日 (水)

ゲアハルト・ボッセ死去

20120201_bosse またもや訃報です。一体どうなってるのでしょうか?もちろん偶然でしょうけども、このところの相次ぐ音楽家・映画人の死去のニュース、なんだか欝になりそうです…

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスター(1955~87)で、指揮者としても活動し日本の音楽界にも大きな貢献をされたゲアハルト・ボッセさんが亡くなりました。

ドイツ生まれの指揮者、バイオリニストで神戸市室内合奏団音楽監督のゲルハルト・ボッセさんが1日午前3時18分、大腸がんのため大阪府高槻市の自宅で死去した。90歳だった。家族葬を行い、後日お別れの会を開く。喪主は妻美智子(みちこ)さん。
 1955~87年までゲバントハウス管弦楽団第1コンサートマスター。その後、ゲバントハウス・バッハ管弦楽団を創立し、ソリスト兼指揮者として活躍した。日本とも縁が深く、霧島国際音楽祭音楽監督、東京芸大客員教授、新日本フィルハーモニー交響楽団首席客員指揮者などを務めた。

(時事通信)

また記事には書いてありませんがボッセさんは、1955年から77年までゲヴァントハウス弦楽四重奏団の第一ヴァイオリン奏者でもありました。(77年にカール・ズスケに交代)

神戸市室内合奏団が3月にボッセさんの指揮で予定していた、神戸と東京での演奏会は中止になるそうです。
神戸市室内合奏団のHPにボッセさんがよせた文章が載っていますので、一部を引用します。

ライプツィヒ・ゲバントハウス管弦楽団のコンサートマスターとして初来日したのが、1961年、すぐに日本が大好きになったものの、その頃は、後に日本に永住することになるとは、想像すら出来ませんでした。私の音楽人生の半分以上を過ごしたライプツィヒ。メンデルスゾーンの理念のもと創設された音楽大学で教育を受け(ナチス政権下だった私の学生時代は、他のユダヤ人音楽家と共にその作品演奏が禁止される困難な時代でした。)、私の音楽家としての在り方を方向付けた環境の中で積み重ねてきたものを、招かれた遠い異国でも若い世代に伝えることができればと後年日本にやって参りました。教育的な動機だけではありません。音楽家にとっては、自分が必要とされている場、それが故郷なのです。かくして、日本が私の第二の故国となりました。
(中略)
神戸市室内合奏団30歳、そして私自身は、今年度中に(許されれば)90歳を迎えることになります。両者合わせて120歳の今シーズン、合奏団の歴史と未来に私の来し方を重ね合わせて総括する選曲で、30周年を皆さまと共に祝いたいと思っております。

葬儀は家族葬で行われ、後にお別れ会が開かれるとのことです。
ご冥福をお祈り致します。

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