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2012年3月20日 (火)

閉塞感という名の幻想・6

20120320_6 (16日から続く)
橋下氏が読売新聞のナベツネ氏に続く、自民党・谷垣総裁の『ヒトラー登場時の社会状況を思わせる』という批判に対して、「時代も、今の世の中の仕組みも違う。一緒にするのがよく分からない」と答えたと聞いて、思わず笑ってしまいました。明治維新になぞらえて「維新の会」と名づけたり、マニフェストを「船中八策」などと名付けたのは、どこのどなたでしたっけ?

他の反論が思いつかなかったから適当に反論してみたというのならいいのですが、もし本当にそう思ってるのだとすれば、やはりちょっと変な人かも知れません。歴史に学んだ経験もなければ、歴史は繰り返すということも知らないのでしょう。この人は司法試験に受かってるんだから、アタマが悪いわけではないと思いますが、やはり少し欠けてるものがあるんだろうと思います(人間性の部分ではなく知性の部分で)。これまでの他の発言も合わせて考えると、おそらく抽象とか象徴とかいう、いわば文学的な能力がないのではないかという気がします。

橋下氏の伝統芸能嫌い・クラシック音楽嫌いの原因を、少年時代の苛烈な家庭環境に由来するルサンチマンに求める説もあり、それも確かだとは思いますが、どうもそれだけではないような気がします。これまでの発言からも薄々文学的能力の欠如は感じていましたし。
(昔とあるBBSで、やたらルサンチマンという言葉を乱発する女性がいて、その女を大嫌いだったので、あまり使いたくない言葉なのですが。)

ところで先週、大阪の府立高校で校長が教師が君が代を歌ってるかどうか、口元チェックをさせたというのが話題になりました。
この校長が教育者の経験もないのに、橋下氏のヒキで校長になった元弁護士であることから、ますますクメール・ルージュ臭がプンプンしてくるわけですが、一方的に非難するのもなんなので、校長先生の言い分を聞いてみましよう。

問題の府立和泉高校の中原徹校長の言い分によれば、条例には「斉唱」するというのが含まれていて、これを府教委に確認した所「じっと凝視したり、近づいたりすることなく、遠目で確認してください」という回答をもらったので、教頭と主席教諭に確認させたということです。つまり府教委の支持に従ったのであって、私を責めるのはお門違いということのようです。言い訳不能になると絶対に他に責任転嫁する橋下氏にそっくりの反応で、これまた笑ってしまいました。

そもそもそんなことを府教委に確認するというのが、ちょっと信じられません。条例で「斉唱すること」となってたら、斉唱してるかどうかを確認しないといけないと、この人は考えたのでしょうか?まあ考えたからこそ府教委に電話した――か、メールか知りませんが――のでしょう。そう問われたら府教委も、ああ答えざるをえないでしょうねえ。

中原校長は、
>長年大阪(日本といってもよいかも知れません)にはびこって来た「教職員だけはルールに従わず、わがままを言っても許されるのではないか」というある種の”因習”が今回のようなことにつながっているのではないかと思います。

と書いています。そんなことは初耳です。大阪のことは知りませんが、日本には「教職員だけはルールに従わず、わがままを言っても許される」という因習などあるのでしょうか?あるとすれば君が代の件だけでなく、他にも法律や条例を守らない例が多くあり、それが学校の教職員の風潮であるということなんだろうと思いますが、いったいそれはなんなんでしょう?君が代問題だけなら、「『教職員だけはルールに従わず、わがままを言っても許される』という因習」などという言い方にはならないでしょうから。ましてこの人は国際弁護士出身で、言葉遣いには厳密なはずです。

中原校長は、
>「君が代」には解釈やとらえ方において根深い相違があり、君が代を斉唱することに大きな抵抗をお持ちの方々がおられる事実も身をもって勉強させていただきました。こうしたご意見をしっかりと聞き、いつの日か日本で「国歌」に関する論争がなくなるよう、(奇麗事ではなく)自分なりに勉強を続けさせていただきます。

などとも書いています。姿勢は大変に良いと思いますが、これまで知らなかったんですね。そんなことも知らないで、君が代論争のまっただ中にある大阪府の校長になったという事実こそ驚異。1970年生まれではしょうがないんですかね。

さて、私は以上の中原校長の言い分を、高校のHPにおけるリンクをたどって、中原氏個人のブログにいきつくことで知ったわけですが、この校長先生のブログというのが…

アメブロといえばそもそもタレントのブログが多いことで知られていますから、こういうテンプレートができてるんでしょうけど、それにしてもこのナルシストっぷりは…。どん引き…。

政治家のルサンチマン(恨みつらみ)などということは、通常なら問題にならないでしょう。むしろ氏素性・幼少期の家庭環境や経済環境などをとりあげてどうこういうのは、下品な行為とすら言えます。しかしやはり橋下氏の政策の異常性はここから来ているのだろうと推測せざるをえません。根元をルサンチマンに求めると100%説明できるのに対し、他のいかなる要素を見ても説明しきれないからです。

たとえば先週さんざん書きましたが、相続税100%の件。
これをスタートラインを公平にするための政策と見る向きもあります。しかしもちろん親が長生きするかどうかで、経済的な要素に大きなブレが出るわけですから、公平どころじゃないわけです。
仮に子どもがまだ学校に通っている年齢で親が死んだ場合、その子供は親の死だけでもショックなのに、財産まで取られるというどん底につき落とされることになります。普通の人ならこんな残酷なシステムは考えません。

「新潮45」等の記事によれば、橋下氏は幼少期に父親に死なれ(ガス爆発で亡くなったが、事業に行き詰まった末の自殺と見られている)、母子家庭で育ちました。ご母堂は同和地区に居住する人に与えられる補助金を受け取るのを拒否し、経済的には大変に苦しい生活だったとされています。

通常なら片親になった人の苦しさを誰よりも知っているものと考えそうになりますが、そこで繰り出してくる政策は正反対で、驚いたことに「父親に死なれたら皆、俺のように苦労しろ」というものです。

彼のルサンチマンに基づく奇妙な方針が、一番顕著に見られるのは文化政策でしょう。
(続く)

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コメント

「教職員だけはルールに従わず、わがままを言っても許される」という因習などあるのでしょうか? -

どうも1970年中ごろからの教育にどっぷりと洗脳されている世代のようです。要するに管理教育時代といわれた世代で、一方には相対化された日教組がいたのですが本当の力は連合赤軍事件以降に完全に崩壊しています。つまり少数派の異端児でしかなかったイデオロギーを今日においても殊更強調しているのが、因習というありもしない言葉に表れています。十の魂、百までもです。

所詮彼ら世代の教育では、精々ホリエモンやオウムの幹部しか生まれなかったのですが、その後のゆとり世代はそうした判断の基礎となる学力すらも養われなかったので、巧く誑かすには都合のよい世代なのでしょう。

ルサンチマンの言葉に代表される文化批判こそが、彼ら平均化した管理教育世代 - まさしくこれこそが日教組の目標で成果なのですが ― にとっては大衆と本当のエリートを相対させる思うつぼの視点なのです。その通りです、彼らパワーエリートこそが日教組が掲げた平等の民なのですよ。新自由主義がトロキズムから演繹されるのと相似していますね。

投稿: pfaelzerwein | 2012年3月21日 (水) 05:01

>口元チェック
えらく若い校長だったんですね。若さにびっくりと同時に余計に心配になりました。
そのうち心がこもっているかどうかチェックする機械が開発されたりして・・
オーウェルの1984はとっくに過ぎましたけど、これから現実になりそう・・

>『ヒトラー登場時の
反論は適当にしても本気にしても、やっぱりコワイです。
生育歴にも共通性があるってことですねぇ・・

某美人作家なんかもなんだか発言が・・と思っていたら、生育歴を最近知りました。
幼少時の環境は下手にころんで権力なんか握っちゃうととんでもない結果をうみかねないみたい。

投稿: edc | 2012年3月21日 (水) 09:49

pfaelzerweinさん

なるほど、世代論でみていくと完全に読み解けるんですね。
管理教育の中で純粋培養された狼たちと、それに従うゆとり世代の子羊たちによる世界革命というような図式。ホリエモンの時は危機を感じた上の世代がつぶしたけれど、今はヘラヘラ擦り寄ってるので、危険度はかなりアップしてるかも知れません。みんなの会なんかすっかりパシリ扱いされちゃって…

>文化批判

意外にも橋下氏の文化批判はこのところトーンダウンしています。どうやら公明党との選挙協力が決まった時期あたりからなので、民音の活動を始めとする創価学会関連の文化活動に遠慮してるものと推測されます。なんらかの話し合いがあったのかも知れませんが。

投稿: TARO | 2012年3月21日 (水) 19:59

euridiceさん

「勉強を続けていく」というこの校長の言葉に多少の救いは見いだせるかなと思います。完全にマインド・コントロールされてれば意味無いですけど。
橋下氏自身が語っているような『組織論としての君が代斉唱』などということがあっていいものなのかどうか。弾圧の手段として国歌斉唱が用いられ、その弾圧に自分自身も加担しているということが認識できるかどうか。たしかにルールは決まったけれど、反対意見を無視して強引に決めた条例が、憲法の思想信条の自由をおかしているのなら、どちらを優先すべきか。などなどを、ちゃんと自分の頭で考えることが出来るかどうか、この若い校長は実はいま試されてるんですよね。ある意味日本中が彼の将来を注目していると言っても過言ではないと思うのです。まあ、変わらないでしょうけど…

>生育歴にも共通性があるってことですねぇ・・

周囲の人々の愛情をいっぱいに受けて、ちゃんとした大人に育つと橋下さんには「ひよわ」にうつるみたいです。彼の考えでは、国民はみなギャンブラーで有るべきだということなので。――と書くと、あたかもギャンブルという単語を何か『臨機応変』とか『決断の速さ』とか『大胆さ』とかの比喩として使ってるんだろうと思うでしょ?違うんです。まじでカジノでギャンブルをやる人間という意味で使ってるんです。この人の場合、メタファーという言葉は辞書にないみたい。びっくりです。

>1984

路頭に迷ったら私は「動物農場」行きかな。euridiceさんは「侍女の物語」の侍女養成所に送られるかも…

投稿: TARO | 2012年3月21日 (水) 20:23

>「動物農場」
こっちは原語で熟読しました。「侍女」のほうは本屋で立ち読みして気分が悪くなってそれっきりです。
どっちかと言えば、「動物農場」行きのほうがいいんですけど、選ばせてはもらえそうもないですね。

>メタファー
だと思っちゃいけないってことですね。

投稿: edc | 2012年3月21日 (水) 22:21

euridiceさん

こういう状況になった国は、必ずといって良いほどワイロ社会となりますから、選ぶためにはワイロ資金をためておく必要が有りそうです。
道州制なので、ワイロ次第で私は蔵王のふもと、euridiceさんは浅間山のふもとあたりのコルホーズ(懐かし!)に下放されるかもしれません。

>>メタファー
>だと思っちゃいけないってことですね。

はい。すべて文字通りに。

投稿: TARO | 2012年3月22日 (木) 00:11

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