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2012年3月21日 (水)

閉塞感という名の幻想・7

20120321_7 私が橋下氏の政策で賛成しているものは2つしかなくて、一つは自治体の会計への東京都方式・複式簿記の導入。(もっとも府知事になるまで、単式簿記だったことを知らなかったという話には唖然としました。)

役所の会計が歳入歳出形式による単式簿記・現金主義だったのには、当然歴史的な理由があるわけですが、非常にわかりにくいし自治体の財務状況が一般人に把握しづらい原因ともなっています。複式簿記への移行自体は総務省が推進していて、徐々に各自治体で進められているのですが、東京都方式と総務省方式の二つがあります。はっきり言って総務省方式は考え方が難しくてよく分かりません。東京都方式は分かりやすく、アドヴァンテージはこちらにあると私は思います。(お前に簿記の何が判るとお思いの方もいらっしゃるかも知れませんが、私は報道部に異動する前に5年半も経理部にいたので簿記は得意なのです。)
大阪市は総務省方式の導入を進めていたのですが、橋下市長の下、大阪府と方式を合わせるためにすでに投下した3000万円の費用をふいにしても東京都方式に切り替えることにしました。

賛成の二つ目は脱原発。しかしこれは私が賛成するとかしないとかとは別の話として、維新の種々の政策の整合性という意味ではかなりの疑問があります。

維新の方針の中で重要なものの一つに、憲法改正と「日米豪で太平洋を守る」という方針があります。集団的自衛権に踏み込んでいるわけですし、そう明記してはいませんが、9条を破棄し自衛隊を軍隊として戦争できる国にするという、おなじみの主張をソフトフォーカスにしたものであろうかと思います。そして「日米豪で太平洋を守る」ということは、明らかに仮想敵国は中国とロシアしかありえません。

この考え方には、▼オーストラリアは反日国家ではないのか?とか、▼太平洋諸国は日本に太平洋を守ってほしいと思っているのか?とか、▼日本と中国が戦争になった場合、アメリカは中立を守るのではないか?とか、多くの疑問があります。特に最後のは、できるだけアメリカもオーストラリアも局地紛争として処理したがるのではないかとも想像されます。
ということで最後のケースで日本と中国が戦争になった場合を仮定してみましょう。

(もっとも橋下氏の経済政策はいずれも日本の経済を徹底的に破壊し、諸外国――なかんずく中国と韓国――を利するようなものであり、それを考えれば明らかに中国を仮想敵国とした防衛方針は、矛盾するものにうつります。それが行き当りばったりなのか、何か深い考えがあるのかは不明です。)

もし中国との戦争を考えているのであれば、備えておくべきことが二つあります。一つは食料安保。もうひとつはエネルギー安保。この2つがしっかりしていない状態で、中国との戦争に踏み切るのは不可能です。
ところが橋下氏はTPP賛成派です。おまけに八策の骨子では『産業の淘汰を邪魔しない=産業の過度な保護は禁物』などという方針が掲げられています。この2つを合わせれば、日本の農業を壊滅させようとしているのだと想像がつきます。というかどうも日本の食糧事情には関心もないようです。

おなじくエネルギー事情もまるで考慮されてません。脱原発の場合、太陽光・風力などのリムーバブル・エナジーは現状ではまだまだですから、必然的に天然ガスと石油がエネルギー源となります。
戦争になった場合、中国はまず尖閣を占領するでしょう。中国側に立って考えれば、ここは占領しても大義名分がたつからです。尖閣を占領し、台湾を政治的工作で押さえれば、太平洋へと出るシーレーンを確保するのはあまりにも容易いことです。そして日本側の中東からの原油の輸入や、フィリピンなどからの天然ガスの輸入を阻止しようとするでしょう。それを考えると、対中国の戦争を前提にした政策を掲げるならば、原子力発電は絶対に譲れないはずなのですが、維新の人達の頭ってどうなっちゃってるのでしょうか?

八策のレジュメでは普天間基地の問題が取り上げられ、沖縄の負担軽減が盛り込まれています。(もちろんそれ自体には賛成です。)辺野古に移設という2006年のロードマップは否定され、新たなロードマップを作成するという方針のようです。そういえば以前には橋下氏の個人的意見として「関空に米軍を移す」などとも言ってましたね。

米軍が沖縄から撤去した場合に、尖閣を中国軍が占領するのは容易なので、つまり「戦争の出来る国」を目指し、かつ仮想敵国が中国であるならば、沖縄に米軍が駐留して睨みを効かせるのは絶対の条件ではないかと思います。それをどう考えているのか?――まあ、嘉手納があれば十分という考えかもしれませんが。

極めて重要な外交・防衛・憲法といった問題であるだけに、これらは行き当りばったりとかシッチャカメッチャカとか言って、無視するにはあまにも大きな矛盾というか、見過ごせない矛盾ではないかと思います。

逆に見れば根底に日本を壊し、中国に利するという思惑を秘めているのであれば、正しい方針ということになります。もちろん仮想敵国が中国でなくロシアであっても、食料安保とエネルギー安保は前提となります。ロシアと戦争になった時に中国がどう出てくるかは予測がつきませんし。

このように維新のマニフェストは色々な矛盾満載なのですが、橋下氏の方針でほぼ例外的に矛盾なく一貫しているものがあります。それは文化政策です。

「行政や財界はインテリぶってオーケストラとか言いますが、大阪はお笑いの方が根付いている」
「文楽を見たが、2度目は行かない。時代に応じてテイストを変えないと、(観客は)ついてこない」
「文化は行政が育てるものではない」

いずれも府知事時代の発言ですが、インテリ云々はあまり成功しなかったような印象があります。インテリゲンツィアというのが階級として存在するわけではない日本では、早稲田の政経を出て司法試験に合格した人が、庶民ぶってインテリを仮想敵にしようとしても、違和感しか持たれなかったのでしょう。この時点ではまだ橋下氏の経歴やブラックな人間関係は大っぴらにされてませんでしたから、「あんたこそインテリじゃないの?」と思った人が多かったこと思います。今なら開き直って「育ちの良い人はオーケストラとか言いますが…」にするかもしれません。
(続く)

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コメント

>脱原発
これまでのお話を具体的に知らなかったときは、これだけは賛成だと単純に思っていましたけど、今となるとなんだか唐突感というか、違和感があります。おそらくあの方はとりあえず利権と完璧に無関係なところにいるので、多分良識的な一般人の大半は原発に危機感を感じていると判断して、これで賛同者を増やせると・・今までのお話、知らなかったり「メタファー」ととらえたりすれば、今現実に存在する危険は原発事故ですからとりあえず支持しちゃう人が増えるんじゃないかと思います。

投稿: コルホーズ嫌! | 2012年3月22日 (木) 08:00

コルホーズ嫌!さん

大笑いです。

>多分良識的な一般人の大半は原発に危機感を感じていると判断して、これで賛同者を増やせると・・

そうだと思います。
何かを叩くことに人々は熱中するということを熟知してるんですね。公務員たたきと電力会社叩きが同じ手法で行われているので、信用していません。
今はこの件で財界と対立してるわけですが、すでにゼネコンがパーティ券を購入するなど、じわじわ入り込んでいますから、そのうち必ず態度を変えると思います。メディアのアンケートで原発容認派が増えた時が、そのタイミングかと。

投稿: TARO | 2012年3月22日 (木) 11:07

私は日本の政治・社会の現状には皮膚感覚がないんですが、「閉塞感」というのは民主も自民も信頼できず、橋下に突破口を期待する感覚が流布しているという意味でしょうか?

橋下の国政プログラムというか国政壮語は、小泉劇場の再来であるように私には映ります。つまりネオ・リベラルの皮を被ったポピュリズム。
小泉は官僚と自民党内の郵政民営化反対派を仮想敵に仕立て、それに立ち向かうドンキホーテを演じたのでしょうが、橋下の仮想敵は資産相続者、文化的エリート、社会保障の寄生者ということみたいですね。
ポピュリストだから整合的政策や実施に現実性がある制度設計などなくて、左右から手当たり次第集めた耳目を集める標語の集積が大言壮語されることになる。
安保、憲法改正、国旗国歌問題、現行社会保障制度の事実上の全廃、背番号制による国民管理など目に付く主要部分は保守主義イデオロギーみたいで市場主義と自助努力を掲げる点ではリベラル経済だけど、それにBIみたいな分かりやすい弱者救済、遺産没収、脱原発といった分かりやすい看板が何の整合性もなく接木されている。

ポピュリストが仮想敵を仕立てる場合、大衆の拍手を引き起こす敵を見つけるのが第1ではあるけれど、現実の敵選択が当人の個人的怨恨に左右されるのはよくあることと思います。
仏の国民戦線も前党首の父ルペンの経済政策は保護主義とリベラリズムの奇妙な混交だったけど、企業への国家介入を父ルペンが嫌ったのはその反共の故です。現党首の娘ルペンは保護主義はもちろんそのままですが、それに今度は父とは反対にエネルギー企業や銀行の国有化を接木してます。エネルギー価格を引き上げる営利企業やボロ儲けして庶民の反発が強い銀行を敵視してるわけです。

課税上限導入や残業への社会保障負担免除といったリベラリズムを掲げて出発したサルコジの経済政策もリーマン危機で財政出動に転じた後、債務危機後は緊縮財政に再度転じて筋が見えず、大統領選を前に「金持ち優遇大統領」のイメージ転覆を狙って金融規制や課税上限制度撤廃に動いてますから、もう社会党のオランド候補との違いなど一般の人は分からなくなってる感じです。

維新政策みたいな文字通りの絵に描いた継ぎ接ぎ腐れ餅を有権者が本当に支持し投票するのだとしたら、日本の民主主義は普通選挙を実施するに足る成熟に至ってないことになるんでしょうね。「民主的」選挙を実施すればイスラム主義が勝ってしまうようなもの。

投稿: 助六 | 2012年3月26日 (月) 14:06

助六さん

TV等メディアの解説によれば、景気は悪いし、失業率は高くなりつつあるし、若者はニートになるし、政治も既存の政党には何も期待できないし、国債残高は増える一方だし、ということで、どうやら人々は閉塞感と呼ばれる感情に囚われてるらしいです。それがもしかするとそれを打ち破ってくれるかも知れない橋下氏への大阪市民・府民の支持につながってるという話です。
でも私はそれは幻想だと思ってるんです。今の日本の大きな問題の8割ぐらいは経済的な問題で、それが解決されれば、そんな気分なんか雲散霧消するはず。しかもそれは政府と日銀が本気になれば全然不可能ではありません。社会をぶっ壊して一から作り直すほどの必要性があるわけはないのです。
もしくは閉塞感とは甘え。東北なんか絶望感と悲壮感しか無くて、それでも必死に頑張ってるのに、日本第二の都市で住民サーヴィスも行き届き、日本で最も暮らしやすいとすら評される大阪が閉塞感だなんて。

しかも今のところ橋下氏が露骨に市民を焚きつけている(は大袈裟ですが)仮想敵の中には「資産相続者、文化的エリート」はあまり目立ってないんです。これまでのところ市民の敵は一般の公務員とかバスの運転手とか生活保護受給者とかなんです。つまり一般市民の平均より収入が若干多いというだけで立場的には弱い普通のサラリーマンなど。そこを叩き、その弱いものいじめに大阪の人達は熱狂してるという寸法です。

お金が無いんだったら、淡々とコストカットすればいいし、多くの自治体が地道にそうやって努力してるわけですが(かの石原都知事だって、職員の給与カットするのにこんな芝居じみた仮想敵ごっこなんかしなかった)、どうしてもこの人は世の中を騷がせてからじゃないと行動できないみたいです。

>何の整合性もなく接木

八朔に表れてるような大きな政策以外にも、小さな事で次々と思いつきで何かを言っては取り下げるんですよね。民意を受けたものは白紙委任だそうなので、公約を撤回するのも問題ないと考えてるのかも知れません。

>ルペン
>サルコジ

ルペン父娘もそういう違いがあるんですね。う~ん、サルコジについてもですが、本当に何が何だか分らないですね。
維新の政策はTV等では、あまり詳しく解説されてないように思います。まあこれについても橋下氏がくるくる態度を変えてるからなんですが、ちゃんと解説されてもまだ投票するとは思えないんですけどねぇ…

投稿: TARO | 2012年3月26日 (月) 21:29

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