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2012年3月 2日 (金)

モンキーズのデイヴィー・ジョーンズ死去

20120302_davyyoung 米国フロリダ州マーティン郡で現地時間29日朝、「デイドリーム・ビリーバー」などのヒット曲で知られるモンキーズのリードシンガー、デイビー・ジョーンズさんが心臓発作により死亡したことが明らかになった。享年66歳。TMZ.comによると、マーティン・メモリアル病院からデイビーさんの死亡報告があったことをマーティン郡の監察医務院の担当者が認めたという。
 (中略)
デイビーさんは1965年にミッキー・ドレンツ、マイク・ネスミス、ピーター・トークとモンキーズを結成、「デイドリーム・ビリーバー」や「恋の終列車」など多くのヒット曲を生む。2011年には再結成し45周年公演を行ったが、メンバー間の亀裂によりツアー途中でキャンセルされている。当時ミッキー・ドレンツはFacebookに「ファンの皆様、とても残念なことですが、モンキーズのツアーはキャンセルされました。詳しいことは言えませんが、ビジネスに関する内部の問題が原因です」と投稿していた。

(シネマトゥデイ)

ザ・モンキーズは今の若い人はあまり知らないと思いますが、私たちの世代なら誰でもが知っているスーパースターでした。CMに使われている清志郎の「デイ・ドリーム・ビリーヴァー」をオリジナル・ヒットさせた人達です。

記事にもあるようにモンキーズは1960年代半ばに結成された4人組で、ビートルズ系統の音楽をよりポップで親しみやすくして、一時はビートルズを凌ぐといっても過言ではないほどの人気を誇りました。
モンキーズの成立はちょっと特殊で、英国出身のビートルズに席巻されたアメリカの音楽業界が、対抗しうるグループを欲して創りだしたもの。メンバーはオーディションによって選ばれました。
このためモンキーズというグループには常に、
▼音楽家と言うよりは商業主義によって作られ、操られている芸能人
▼芸術性の高いビートルズに対し、お子ちゃまポップスに過ぎない
といった類の誹謗がついて回りました。

しかしそれは偏見すぎるというもので、メンバーはオーディションを勝ち抜いてきた第1級のタレント(才能)。音楽も米ポップス界のプロが腕によりをかけて作ったハイ・レベルな作品です。
モンキーズは1970年発表のアルバムを最後に解散しましたが、その後もしばしば再結成されたことからも分かるように、作品のレベルの高さは決してお子ちゃまバンドのものではありません。
1966年に満を持して発売されたデビュー・シングル「恋の終列車」に聞けるどこか退廃の香りも漂うサウンドは、十分ビートルズに対抗しうるものと思いますし、その後のアルバムに参加した作家陣、キャロル・ベイヤー=セイガー&ニール・セダカ、キャロル・キング、ニール・ダイヤモンド、バリー・マン&シンシア・ウェイル――名前を少し上げただけでも、レベルの高さは想像がつくと思います。「モンキーズのテーマ」「自由になりたい(アイ・ワナ・ビー・フリー)」など忘れがたい佳曲です。

20120302_davy_jones_geneva_il_2006 ヒット曲を連発したモンキーズでしたが、やがてプロに与えられたものを演奏するだけでなく、自分たちの音楽を強く打ち出そうと意図するようになります。
しかし残念ながら厳しく言えば、ここいらへんから寄せ集めグループの欠陥が出てくるようになります。音楽性もばらばらでテクニックも抜きん出て優れているわけではなく、ビートルズのように下積み時代があったわけでも、気が合う友人同士というわけでもない。
結果、彼らの音楽は――おそらくビートルズを意識してポップス色を排除したのかなと思いますが――初期のヒット曲のノリの良さ、親しみやすさ、メロディーラインの美しさを失っていったように思います。

当然人気と売り上げは落ち始め、1968年メンバーの一人ピーター・トーク脱退、69年マイク・ネスミス脱退。デイヴィー・ジョーンズとミッキー・ドレンツの二人によって活動を続けるも、翌70年に最後のアルバムを発表し解散。その後はそれぞれが各自の音楽性を追求し、個別の音楽活動を続けることになります。(右上の写真は2006年のデイヴィー・ジョーンズ。Wikipediaから。)

しかし繰り返しになりますが、その後しばしば再結成されたこと、日本でもアメリカでもそれぞれリヴァイヴァル・ブームが起きたことなどは、たんなるノスタルジーではなくて彼らの音楽が何時の時代にも訴えかけるものを持っていた証ではないかと思えます。

2008年に米ヤフー・ミュージックはデイヴィーを「全時代を通してのナンバー・ワン・ティーン・アイドル」に選んでいます。

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コメント

「ザ・モンキーズ・ショー」というコメディー番組が80年代に再放送されていて、けっこうはまって見ていました。その当時かなりのリバイバルブームが起きていた記憶があります。小学生の頃ですからまだビートルズなど全く知らず(…ずうとるびは知ってましたが)おそらく洋楽として接した最初の部類だと思います。
TVニュースでこの番組のオープニング部分が流されていましたが、不思議と今でもワンシーンワンシーン鮮明に記憶しているもので、ものすごく懐かしくなりました。

当時のイメージが強すぎるので、2006年の画像はなんだか別人のように見えます。グループの再結成もあったんですね。

曲はなんといってもデイドリーム・ビリーバーが一番印象深いですが、モンキーズのテーマはじめ、今でも聴けば思い出す曲は多いはず。
wikiをチェックしたら、デイビーの吹き替えはなんとうっかり八兵衛の高橋元太郎さんだったんですね〜。これまたビックリ。

投稿: ayame | 2012年3月 2日 (金) 21:21

ayameさん

80年代のブームの頃、初めて接したんですか…。それだとむしろアイドル的な人気に惑わされないで、純粋に音楽を楽しめる感じだったんじゃないでしょうか。60年代のモンキーズ人気というのはもう、ジャニーズ事務所のアイドル達なんか目じゃないくらいの物凄さ。純粋に音楽を聞くことは誰もしなくて、女の子はキャアキャア騒ぎ、対照的に洋楽好きの男は軽く無視みたいな。
やっぱり当時(60年代後半)はビートルズ好きは音楽が分かる人(ただしあくまでも「サージェントペパーズ」以降の話ですが。それ以前はビートルズもアイドル的人気でした)、ローリング・ストーンズが好きといったらそれとは別種のでも一目置かれる的な感じ。で、モンキーズが好きなんて言ったら、ちょっと引かれたでしょうか。

でも私はかなり好きだったんですね。曲が。「モンキーズのテーマ」や「恋の終列車」は独特の味わいがありますし、YouTubeをリンクした「自由になりたい」もモンキーズの曲としては意表をついてて大好きでした。
「ザ・モンキーズ・ショー」は見てないんですが、昔も今も若い男の子のアイドルとかには一度も興味を持ったことが無いので(今もジャニーズとか韓流とか、すごくうざくて出てくるとチャンネル変えます)、逆に見ないで音楽だけ聞いてたのが良かったかも。

2006年の写真はすごくいいんじゃないかなあと思って載せたんですけどね。アイドルの成れの果てじゃなくって、アイドルを卒業して真面目に音楽をやり続けて、60すぎても頑張ってるミュージシャンと言う感じがよく出てるかなあと。

>デイビーの吹き替えはなんとうっかり八兵衛の高橋元太郎さんだったんですね〜。

へえ~@_@;;; それはビックリ。

投稿: TARO | 2012年3月 3日 (土) 00:00

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