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2012年5月19日 (土)

フィッシャー=ディースカウ逝く

20120519_dfd ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ死去のニュースは、コメント欄で助六さんに教えて頂きました。
今朝起きて、パソコンの電源を入れ Firefox を開き、まずももんがさんから頂いたコメントを読んでレスを書き、次に助六さんからのコメントを「おや、助六さんがドナ・サマーに!? これは意外」などと思いつつクリックしたら、なんと…

ちょっとはかり知れない衝撃です。もちろんフィッシャー=ディースカウは歌手としては引退していましたから、残された録音でしか彼の歌声に接することはできませんでした。新譜が出てきても過去のライヴ録音などです。しかし現役でなくても、その人が存在するというただそのことだけで、それが希望につながる人もいるのです。そんな数少ない一人が、ついに逝ってしまいました。

フィッシャー=ディースカウは1925年5月28日、ベルリンに生まれました。ですからもうじき87歳の誕生日を迎える直前だったことになります。
第二次世界大戦中はドイツ軍の兵士として従軍し、連合軍側に捕らえられ捕虜生活を送ることにもなります。1947年、ブラームスのドイツ・レクイエムでデビュー。つづいてドイツ各地で歌曲のリサイタルを開き成功をおさめます。オペラデビューはその翌年で「ドン・カルロ」のロドリーゴ。

以後のフィッシャー=ディースカウの活躍は、よくご存じの方が多いと思いますし、書ききれるものでもありません。シュッツからヘンツェまで、ショスタコーヴィチの「死者の歌」からフォーレの「優しい歌」に至るまで、すべては第一級の仕事であり、「神」とか「巨人」とかの形容がこれほど似合う人はいません。が、その中で無理やり絞って特筆すべきものをいくつか上げるとすれば、

まずザルツブルク音楽祭でのフルトヴェングラー指揮での「さすらう若者の歌」。
同じくフルトヴェングラー指揮「トリスタンとイゾルデ」のEMI録音でのクルヴェナール役。
ブリテンの「戦争レクイエム」を始めとする現代作品の初演。(ベーム指揮ウィーン・フィルと共演したアイネムの「ローザ・ミスティカ」は日本でもFM放送で初演の模様が放送されました。)
ジェラルド・ムーアとのEMIへのシューベルトの三大歌曲集の録音。さらにはDGのシューベルト歌曲全集の録音。
1963年、ベルリン・ドイツ・オペラ来日公演でのベーム指揮「フィガロの結婚」でのアルマヴィーヴァ伯爵をはじめとする度重なる来日公演。

といったあたりがまず思い浮かびました。伯爵役はベームのDG録音やポンネル演出の映像版でも歌っていますが、この2種類の「フィガロ」ではフィガロ役を4歳下のヘルマン・プライが演じています。フィッシャー=ディースカウは当初、彼が三大歌曲集のリサイタルをすればプライもやるという具合で、後輩のプライがやたら彼の後追いをするので、かなりイライラしていたようです。
しかし「フィガロ」の録音で初共演してからは、同じくベームとの「コジ」や、サヴァリッシュとの「マイスタージンガー」と共演を重ねましたので、関係は良くなったのでしょう。

上に特筆すべきものとして5つあげましたが、実はフィッシャー=ディースカウの真髄は、これらとは少し別のレパートリーにあります。
フィッシャー=ディースカウの理知的な歌唱は嫌う人もいて、特にイタリア・オペラなどは否定的な見解を示す人も少なくありませんが、衆目の一致するところ歴史上他のいかなる歌手と比べても比較を絶して最高、否定する人はだれもいないという、F=Dの最高のレパートリーといえば、それはシューマンとヴォルフ、そしてバッハでしょう。

彼は70年代以降、いわゆる伴奏ピアニストではない、リヒテルなどの著名なスター・ピアニストと共演する方向にシフトしました。もちろん67年のジェラルド・ムーアの引退がその引き金だったとは思いますが、歌い尽くしてしまったレパートリー、これ以上到達しようがないほどの深みに達してしまった解釈、行き詰まりを感じたのかも知れません。
一種の試行錯誤だったのかもしれませんが、しかしその中から最高の演奏が生まれました。エッシェンバッハとのシューマンの歌曲。

二人の共演はおそらく1974年のザルツブルク音楽祭での共演(シューマンのリーダークライスOp24と詩人の恋)が最初であろうと思います。これは日本でもFMでライヴが放送されましたが、衝撃的と言って良いほど素晴らしいものでした。この二人によるシューマンは引き続いてDGによって録音され、やがてマティスを加えた歌曲全集の録音という素晴らしい成果を生み出すことになります。
この路線ではヴォルフ録音ではリヒテル、バレンボイムなどのピアニストと、シューベルトではリヒテル、ブレンデルらと組んで最高の録音を残しました。(ポリーニと「冬の旅」もやりましたね。)ムーア時代の仕事になりますが、エリーザベト・シュワルツコップと組んだヴォルフ録音も忘れられません。フィッシャー=ディースカウは日本の聴衆を高く評価していたことでも知られ、「日本人にドイツ・リートが解るわけがない」と言って来日を拒否していたシュワルツコップに、「とにかく一度行ってみろ」と訪日を勧めたというのも、有名なエピソードです。

ムーア時代、スター・ピアニストとの共演時代を経て、フィッシャー=ディースカウはやがて再び一人のピアニストとの共演を重視する姿勢に戻ります。主にハルトムート・ヘルと組むようになり、日本でも二人によるリサイタルが行われました。あるいはムーア以外の誰にも見いだせなかった何かを、ついにヘルに見いだしたのでしょうか?判りませんけども。

1992年引退。

2012年5月18日ミュンヘン郊外の自宅で死去。夫人のユリア・ヴァラディは「彼は安らかに永眠した」とドイツの通信社に語ったそうです。86歳でした。

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コメント

きっとTAROさんが詳しく追悼記事を書いて下さる…と思っていました。昨日から色んなところで目にしてますが、一番わかりやすいです^^
私はクラシックを聴くようになったのが大人になってからの後発なのでアレですが^^;
TAROさんとほぼ同世代であるオットが高校生の頃から、お小遣いをためて、少しずつ買っていたレコードがF=Dのものだったそうです。今はCD化されたものが本当にたくさん出ていますから、CDショップで安売りを見つけては、買ってきてますよ(笑)

のちの世代に残したものが、あまりにも大きすぎるかもしれませんね。今のドイツ系のバリトンや、リートをレパートリーに入れる歌手で、彼の影響を受けていない歌手の方が少ないでしょうし、聴き手の方も、おそらくクラシック系の声楽曲をちょっとでも聴いたことがあるよ…と言う人は、本人が意識するしないに関わらず彼の歌声をどこかしらで、必ずと言っていいほど耳にしている可能性があると思います。
ご冥福をお祈りします。

ところでTAROさん、体調を崩されている(いた?)とのことですが、如何ですか?
私もGWの初めに引いた風邪をこじらせて、急性中耳炎になったり、胃が痛かったり、肌荒れがひどかったり(笑)
先週、酷かった時には一日の活動時間がものすごく短く、ちょっと動くと疲れてすぐ眠くなったり(いわゆる不定愁訴状態)
仕事も少し休ませてもらってました。やっとすこぉしずつ、良くなってきたかな~~という感じです。
今年は気候の変化も激しいので、夏風邪にかかる人や自律神経失調気味になる方が、すごく多いそうです。
どうかTAROさんも、引き続きご自愛下さいね:)))

投稿: ヴァランシエンヌ | 2012年5月19日 (土) 21:22

こんばんは。

昨晩の続きで、今日は、シベリウスを聴こうかと思っていたのですが・・・。
NHKのニュースで、DFDの訃報を知りました。

LP時代から、ずいぶんお世話になりました。
大学時代、友人が、グラモフォンのシューベルト歌曲全集第3巻(三大歌曲集)を買ったので、「水車屋の娘」(グラモフォンの1枚もの)を私にくれました。その頃、私は、DFDの「水車屋」というと、東芝の1500円シリーズのモノーラル盤しか持っていなかったので・・・。
あとは、リストの歌曲集(ペトラルカのソネット、デームスの方)が気に入っていました。

生で聴いたのは、一度だけです。
1987年11月1日 サントリーホール、ヴォルフ(メーリケ)の夕べ
さっき、チケットを見たら、P席:2,000円になっていました。この頃は、この値段で聴けたのですね(でも、DFDの顔を見た記憶があるので、席を移ったのかな?)。

この来日公演の前に、「もうピークは過ぎている」とか「声が荒れているのでは」という噂がありました。
幸い、この日の公演を録画したDVD(VHSから移したもの)が家にありました。
まず、こちらを聴いて/観てみました。
思った以上に、「衰え」は気になりませんでした。考えてみれば、60代前半でした。アルフレード・クラウスのように、70歳になっても舞台に立っていた歌手もいますから、60代前半というのは、人によっては、まだまだという頃かもしれませんね。
ヴォルフ歌曲集は、LPで3つ揃えました。どういう訳か、第1巻だけが布張りで、第2、第3巻は、紙のボックスでした。
ヴォルフの歌曲って、どうしても歌詞が気になってしまうので、第1巻の対訳を手にして聴きました。

それから、バッハを聴きました。
カンタータ82番。
リヒター盤とリステンパルト盤。
"Schlummert ein,・・・

安らかに。

PS. もし、DFD大全集を本気で作るとしたら、157枚どころか、何百枚もなりそうですね。文章や画集もつけたら、大変なことになりそう・・・。

投稿: ももんが | 2012年5月19日 (土) 22:35

ヴァランシエンヌさん

本当に残したものが大きすぎますね。弟子だけでも超一流がずらり。もちろん同時代の歌手にも強い影響をあたえてきたわけですし。私はヤノヴィッツのリートが大好きなんですが、ある日FMのヤノヴィッツの歌が放送される番組を聞いてたら、解説者がフィッシャー=ディースカウの影響を強く受けてると語ってて、その時初めてヤノヴィッツのリート歌唱を好きなのは、F=Dの歌唱をソプラノの声で実現してるからだったんだということを悟りました。

>TAROさんとほぼ同世代であるオットが

あれ、そうだったんですか。もっとお若いかと思ってました。
でもそれなら相当ショックが大きいでしょう?「少しずつ買っていたレコードがF=Dのものだった」というのは、60~70年代の歌好きならみんな辿る道ですから。

>私もGWの初めに引いた風邪をこじらせて、急性中耳炎になったり、胃が痛かったり、肌荒れがひどかったり(笑)

えっ、それは大変でしたね。急性中耳炎は私も過去になったことがありますが、耳の中にジンジンと蝉が入ってるみたいで不快ですもんね。私も今回の風邪では胃腸にきてしまいました。

>酷かった時には一日の活動時間がものすごく短く、ちょっと動くと疲れてすぐ眠くなったり

ガ~ン!実は私もでした…
ようやく治って来ましたが、今もまだ少し疲れます。(自律神経だったのかな?)
季節の変わり目だし、まもなく梅雨でうっとうしくなる時期。ヴァランシエンヌさんもくれぐれもお身体に気をつけて。

投稿: TARO | 2012年5月20日 (日) 12:49

ももんがさん

私も87年のサントリーのコンサートは、ただしヴォルフじゃなくてシューマンとシューベルトの日を聞きました。

>考えてみれば、60代前半でした。

そうなんですよね。あまりにも若いうちから超一流になってしまって、皆が聴き続けてきたのでなんだかんだ言われがちですけど。
あの5年後に引退というのは少し勿体無かったなという気がします。それこそクラウスのように70歳になっても歌っていて欲しかった…

ももんがさんが、生はその1回だけというのはちょっと不思議な気がします。N響とかでもよく歌っていましたし。私はサヴァリッシュ&N響でも2回ほど聞きましたが、「ドイツ・レクイエム」を聞き逃してるんですよね。仕事のスケジュール等種々の関係で東京に行けなかったんですが、本当に悔やんでます。

>DFD大全集

・・・。何枚になるでしょうか?数百枚は確実ですよね。
ワグナーだけでも「オランダ人」以降はほとんど全部ありますもんね。欠けてるのは「ワルキューレ」(ウォータンの告別はクーベリックとのアリア集になりますが)と「ジークフリート」ぐらいでしょうか?これも「リング」一本として数えるならば、全部録音のある歌手って…
指揮者としてジークフリート牧歌を録音しててくれたら完璧でした。

でもこれ、商品としては無理でも単なるコレクションとしてなら本気でやってみてもいいかも知れませんね。もちろん画集・著作も含めて。

投稿: TARO | 2012年5月20日 (日) 13:22

多くの人にとってと同様、僕にもF-Dはリートそのものみたいな人でした。

色々な批判があるのはよく分かるし、僕も「ゼーフリートやホッターの方が好み」という意見に一瞬同意を与えたい誘惑に駆られるものの、初めて聴いた時からF-Dの声にもリート歌唱にも一瞬間弱以上の疑問や距離を感じたことは一度もありません。この点シュヴァルツコプフとちょっと違います。

音楽とテキストを幾重もの明晰な層に解析しながら、最終的に出現する歌は層と層の間の隙間を感じさせず連続的でしなやかで美しい音楽性と優しい美声(僕は美声だと思います)に包まれているのが素晴らしかった。

「これだけがリート歌唱ではないだろう」という考えももちろん頭をかすめるものの、「やっぱりこれこそがリート歌唱」という結語に舞い戻ってしまう「アルファにしてオメガ」、「参照点」が「全体」に転化してしまうような存在でした。
他の歌手の素晴らしいリート歌唱に接すると、余韻を噛みしめてるつもりが、いつの間にか「F-Dはどうしてたかな」「もう一度F-Dを聴きたい」になってしまっている自分に気付くという。

ディスクでまず思い出すのはあの衝撃的なエッシェンバッハとの「詩人の恋」。歌が歌を超え、音楽が音楽を超え、「存在の裂け目」みたいなものに追い落とされてしまうような経験。
オペラではベーム指揮「魔笛」での「頭の良すぎる」パパゲーノのユニークな歌唱が、初めて買ったオペラLP全曲盤だったこともあって思い出されます。
それから逆説的ですが、ユニークなヴェルディ歌唱の数々。
今回も最初に聴き返したいなと思ったのは、マゼール指揮でのジェルモンでした。

実演は83年が最初でした。バレンボイムが常任を務めてたパリ管で当時シーズン終わりに「モーツァルト・フェスティヴァル」を組んでて、その一環で彼の指揮でモーツァルトのコンサート・アリアをいくつか歌ってくれました。F-Dにはやや珍しいレパートリーで、演奏は特に驚きはなかったんですが、むしろバレンボイムと並んだときのF-Dの大男振りの方が驚きでした。このフェスティヴァルではバレンボイム指揮の「コジ」でヴァラディがフィオルディリージを歌ってました。

次は87年だったかに、プレイエルでオール・シューマンのリサイタル。
続いて88年にベルリンのドイッチェ・オーパーでのオール・シュトラウスのリサイタル。これは直前の学生券で入場できました。

共に伴奏はヘルで恐ろしく見事なもんでした。
確かにF-Dは個性の強いピアニストから色々刺激を受けた後、キャリア末期になってヘルに個性と抑制のバランスの取れた理想の共演者を見出したとこはあるのではと思います。
ベルリンでのリサイタルの時は前後してカラヤン指揮のレクイエムがあってヴァラディがソロに出てたんですが、私は気付きませんでしたがF-Dが客席に来てて演奏中ヴァラディに合図を送ってたそうです。

最後は演奏会式のシャンゼリゼでの「コジ」でアルフォンソ。マリナー指揮仏国立管でマーシャル、リポヴシェク、ボニー、ルイス、ハーゲゴールが共演してました。
私が聴いたF-Dはキャリア終わりばかりですが、録音に比べると声の輝きはやや失われた感じはあったものの、最後まで決定的な声の衰えはなかったと思います。
「コジ」では特にレチタティーヴォのイタリア語の彫りの深い立ち上がりに驚倒させられましたが、声のプロジェクション含め完全に他の若い歌手たちを食ってしまってました。

著作家としてもシューベルト、シューマン、ニーチェはともかくマリブラン・ヴィアルド姉妹関係のものまで出てきたのにはちょっと驚きました。

>「日本人にドイツ・リートが解るわけがない」と言って来日を拒否していたシュワルツコップに、

シュヴァルツコプフが仏ラジオで「独語が分からぬ聴衆にリートは理解できるか」とか訊かれ、「日本の聴衆はよく準備してきていて見事に反応する」と話しているのを聞いたことがあります。

投稿: 助六 | 2012年5月21日 (月) 12:50

助六さん

確かにどんな優れたリート歌手の歌唱を聴いても、フィッシャー=ディースカウはどうだったろうか?と思ってしまいますね。これはもう世界中のリート好き共通じゃないかと思います。アンドレアス・シュミットやクヴァストホフ、ゲルネ、ゲアハーエルなど皆、最上級の歌唱であるのにもかかわらず、それでもなお。まあ今挙げた名前は全員フィッシャー=ディースカウの影響が顕著にみられるので、「FDはどうだったかな?」よりも「FDそっくり!」の苦笑いの方が多かったかもしれませんが。

>歌が歌を超え、音楽が音楽を超え、「存在の裂け目」みたいなものに追い落とされてしまうような経験。

私の場合DG盤よりもFMで放送されたザルツブルク音楽祭でのライヴ録音を聞いたのが先だったのですが、本当に立ち上がれないほどのショックを受けました。
プライが好きだった私は最初はフィッシャー=ディースカウの歌と声に馴染めないものを感じていたのですが、ベームとの「ドン・ジョヴァンニ」や亡き子を偲ぶ歌、クリュイタンスのフォーレなどで親しみを持つようになり、歌曲も聞くようになって、やがてファンになっていったのですが、それでもあのシューマンの衝撃には…
おっしゃるように「歌が歌を超え」ていった瞬間でした。この時私は初めてフィッシャー=ディースカウが歌曲の神様である意味を納得できたんじゃないかと思います。

>ヘルに個性と抑制のバランスの取れた理想の共演者を見出したとこはあるのではと思います。

あ、やはりそう思われますか。非常に良かったですよね。録音でも生でも。
ヘルという理想的な伴奏者を見出したことで、最後のまとめの時期を充実した活動でしめくくれたのかなという気もします。

それにしてもカラヤンのレクイエムでのヴァラディに対する微笑ましいエピソードは、つい可笑しくなって笑ってしまいます。

投稿: TARO | 2012年5月21日 (月) 20:45

こんにちは。今日は、NHKFMラジオでDFDの追悼番組がありますね。
楽しみにしています。DFDを聞くようになったきっかけは、フィガロの結婚の伯爵、冬の旅からで、私が、DFDを知ったときには、もう現役を引退されていました。
サントリーホールで公演を見られた方のお話、実際に生でみられたこと、本当にうらやましいです。DVDをお持ちとのことですが、コピーをしていただくことできませんか?あつかましいですが、76歳の母も大ファンで、プレゼントできればと思います。

投稿: ナッチ | 2012年5月25日 (金) 08:22

ナッチさん、こんにちは

いま、あわててNHKのネット・ラジオをクリックしました。
ゲストが河野克典さんなんですね。日本人の男声リート歌手の第一人者ですから、追悼番組には相応しい人選ですね。

フィッシャー=ディースカウのサントリーホール公演ですが、私はDVDは持っていないんです。テープに録画はしてると思いますが、たぶん当時だったらEDベータだと思うので、残念ながら再生の手段を持っていません…

投稿: TARO | 2012年5月25日 (金) 14:22

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