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2013年2月

2013年2月27日 (水)

マリー=クレール・アラン死去!

20130227_marieclaire_alain なんと今度はあの名オルガニスト、マリー=クレール・アランが亡くなったそうです。享年86歳でした。

マリー=クレール・アラン[Marie-Claire Alain;1926年8月10日~2013年2月26日]は、フランスを代表する名オルガニストで、3度に亘る「バッハのオルガン作品全集」をはじめ、膨大なレパートリーの録音を残しました。
パリ近郊のサン=ジェルマン=アン=レーにて音楽家の一家に生まれ、父親アルベールは、アレクサンドル・ギルマンとルイ・ヴィエルヌに学んだオルガニスト・作曲家。実兄ジャン・アランも作曲家。
マリー=クレール・アランは、パリ音楽院でマルセル・デュプレのオルガン科に在籍、首席に輝いています。
オルガン演奏に関する豊かな学識と威厳に溢れる演奏は、正に唯一無二の存在であり、20~21世紀における最上のオルガン奏者の一人でした。

(タワーレコード)

私は以前はあまりオルガン音楽は聞かなかったのですが、震災後はなぜかバッハを無性に聞きたくなり、昨年はずっとカンタータとアランの演奏するバッハのオルガン曲のCDを交互に聞いていました。最近も80年代に彼女がエラートに録音したブクステフーデのコラール集を聞いたばかり。現役の演奏家が亡くなったようなショックと悲しみを感じています。

CDを1枚リンクしておきます。天才オルガニストと謳われながら、第二次世界大戦中に29歳の若さで戦死した実兄のオルガニストで作曲家ジュアン・アランの作品も含まれています。

※ 写真はWikipedia(フランス語版)より

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2013年2月25日 (月)

アカデミー賞、主演女優賞はジェニファー・ローレンス

20130225 正確には覚えてないんですが、ウィリアム・P・ブラッティが書いた映画「エクソシスト」の原作に、「映画なんてスタッフと俳優が良ければ、監督が無能でも良い作品は出来上がる。ポール・ニューマンの『レーチェル レーチェル』がいい例だ」というような台詞がありました。さすがに映画の脚本からはこのセリフは消えてましたが、本当にそんなものなんでしょうか?「レーチェル レーチェル」は非常に優れた映画でしたし、ニューマンは第二作目の「わが緑の大地」でもある程度の力量は発揮したように思いますが、どうなんでしょう?

さて、アカデミー賞が発表されました。全く事前の予想通りの受賞結果で、これほどまでに意外性を欠いた年というのも珍しいんじゃないでしょうか。

作品賞は「アルゴ」。監督賞にノミネートされていない作品が受賞したのは「ドライビング Miss デイジー」以来、23年ぶりのこと。アカデミー賞はアメリカの映画人で作る映画芸術科学アカデミーの会員の投票によって選ばれます。作品賞は全員の投票で選ばれるのに対して、各部門賞はその部門の会員だけでえらびます。つまり監督賞ならノミネートも受賞も、仲間の監督たちによって選ばれるのです。全映画人によって年間の最高作と認められた作品の監督が、候補にすらなっていないというのは、どういうことを意味するのでしょうか?

監督たち自らが「映画なんてスタッフと俳優が良ければ、監督が無能でも良い作品は出来上がる」ということを証明したがってるのでしょうか?それともアカデミー賞のノミニーなんて所詮、嫉妬やら何やらの個人的感情がからむのさ、ということを証言してるのでしょうか?監督として種々の困難をさばく力量があるかどうかと、作品の出来が比例しないのは勿論ですから、監督賞が作品賞とは別の作品に与えられるというのは不思議でもなんでもないのですが、候補にも上がってないというのは、いかがなものかと思ってしまいます。

主演男優、助演男女優賞は下馬評通りダニエル・デイ・ルイス、アン・ハサウェイ、クリストフ・ヴァルツ。ジェニファー・ローレンスとジェシカ・チャスティンの一騎打ちと見られていた主演女優賞はジェニファーが勝ちました。

監督賞は「ブロークバック・マウンテン」に続き2度めのアン・リー。これも予想通り(スピルバーグと予想してた人はど素人)。リーは2回とも作品賞は別の作品に持っていかれるという、喜んでいいのかどうなのか微妙な受賞です。
オリジナル脚本賞はタランティーノの「ジャンゴ繋がれざる者」、下馬評通り。脚色賞は「アルゴ」、同じく。歌曲賞はアデルの「007スカイフォール」、同じく。外国語映画賞も本命の「愛、アムール」。他の受賞については allcinema のサイトでご確認下さい。

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2013年2月24日 (日)

サヴァリッシュ死去!

20130224_sawallisch なんとサヴァリッシュまで… ちょっと言葉がありません。

ドイツ音楽の精髄を伝える指揮者として、日本でも人気の高かったウォルフガング・サバリッシュさんが22日、ドイツ南部グラッサウの自宅で死去した。
ドイツ生まれ。ミュンヘン音楽大で学んだ後、1947年、アウグスブルク市立歌劇場でデビュー。ドイツ国内で腕を磨き、57年にはワーグナー上演で高名なバイロイト音楽祭に当時の最年少で登場した。71~92年にバイエルン国立歌劇場音楽総監督、93年~2003年に米フィラデルフィア管弦楽団の音楽監督を務めるなど、欧米の有力ポストを歴任した。
 ベートーベンやワーグナーの管弦楽曲からオペラまで、ドイツ音楽を最も得意とし、安定感ある解釈で定評を得た。ピアノの腕前も一流で、室内楽や歌曲に取り組んだ。
 日本では、64年にNHK交響楽団を指揮して以来、N響と関係を深め、長年ファンに愛された。94年にはN響から桂冠名誉指揮者の称号を贈られ、2004年11月の共演が最後となった。体調を崩し、06年3月に指揮活動からの引退声明を発表した。

(読売新聞)

N響との名演の数々は生で聞いたもの、FMやテレビのライヴ録音で聴いたもの、あまりに多すぎてちょっと上げきれませんが、一人だけ作曲家を上げるとするならば、私はなんと言ってもブラームスではないかと思います。N響との交響曲やドイツ・レクイエムは勿論のこと、前にもちらっと書きましたが、スイス・ロマンド時代にシェリングと共演したヴァイオリン協奏曲(FMで放送)など信じがたいほどの名演で、ぜひともCD化して欲しいものです。

――でもちょっと不思議ではあるのです。サヴァリッシュは若い頃からブラームス交響曲の全曲録音もしていましたし、そもそも得意だったんだろうと思いますが、どうしてあの校長先生みたいな風貌とやたら厳密そうな指揮、そしてあの隅から隅まで端正な音楽作りで、ブラームス特有の叙情と憂愁にみちた旋律が、ああも美しく浮かび上がってくるのか。(それだけにLPOとの交響曲全集の再録音が今ひとつ意気揚がらない出来だったのは、まことに残念。)

バイエルン国立歌劇場との数々のオペラ上演も忘れられません。一つ上げるとすればやはり「アラベラ」でしょうか。「マイスタージンガー」も忘れがたいけれど、あれは指揮者と言うよりはキラ星のごとく揃った歌手がなによりも凄かったような。

それにしても… ヴァント、シュタイン、スウィトナー、ザンデルリンクそしてサヴァリッシュ。みんな亡くなってしまいました。
この人達は皆、ベームなど新即物主義と呼ばれた演奏家の次の世代で、やはりおなじように音楽に主情的なものを持ち込まず、なによりも作曲家を尊重した音楽作りをするという基本的な姿勢を引き継いだ人々と言えるのではないかと思います。よく判りませんが、こうした指揮者たちが特に日本と深い関係を築いたというのは、やはり日本人の音楽の好みと関係があるのでしょうか?単にカラヤン、ベームといったビッグ・スターが確保できなかったから、(当時の)若手でということではないような気がします。

いずれにせよ彼らがN響を始めとする日本のオーケストラを頻繁に振ってくれることがなかったとしたら、日本の聴衆の音楽の好みは随分異なったものになっていただろうなと思うのです。

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