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2013年4月23日 (火)

パイヤールも!

20130424_2 知りませんでした。15日、ジャン=フランソワ・パイヤールも亡くなっていたのですね。85歳。なんだかショックを通り越して放心状態です。

パイヤールはご承知のように、パイヤール室内管弦楽団を組織して、フランス・バロックを中心とした幅広いジャンルで活躍。数多くの録音を残しました。今でこそこの種のレパートリーはクリスティはじめ多くのアーティストが手がけ、花盛りとすら言っても良いかと思いますが、70年代まではパイヤールが一手に引き受けてたと言ってもいいでしょう。彼がいなかったら私たちの音楽生活は極端にかたよったものになっていたに違いありません。

フランス・バロックの他にパイヤールの録音でことさらに高く評価されたのはモーツァルトで、中でもランパルとラスキーヌをむかえた「フルートとハープのための協奏曲」は、いまだに同曲中の決定盤とされているかと思いますし、ランスロとのクラリネット協奏曲なども最大級の評価を得ていました。
いまやはり先だって亡くなったマリー=クレール・アランとのモーツァルトの「教会ソナタ」を聞いていますが、これもとても愉悦感にみちた美しく楽しい演奏です。

私がパイヤールと室内管の来日公演を聞いたのは70年代ですが、この頃は室内管弦楽団というと必ずヴィヴァルディの「四季」をやらされるのが慣例(?)でした。イ・ムジチはしょうがないにしても、フランスだろうとドイツだろうとイギリスの楽団だろうと、とにかく「四季」。もちろん私が聞いた時も、メインプログラムは「四季」でした。70年代当時ではリュリやラモーじゃ客が入らないのは分かるんですが、せめてモーツァルトをやって欲しかったのに。(演奏がどうだったかは全然覚えていません。独奏はたぶんジェラール・ジャリだったろうと思うんですが、それも不確か…)

パイヤールは勿論バッハも演奏しました。ブランデンブルクなど、豪華な独奏陣もあって非常によく聞かれたんじゃないかと思います。柔らかく洗練されたパイヤールのバッハは、リヒターはじめ峻厳なドイツ派とも、明るく濃厚なイ・ムジチなどのイタリア派とも違い、落ち着いて聞ける良さがありました。これは勿論ヴィヴァルディなどのイタリア・バロックの演奏にも通じることですが。

パイヤールのレパートリーはもちろんバロックだけではなく、フランス近代の作品にも力量を発揮しました。ドビュッシーの「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」や「小組曲」をおさめた録音などは高く評価されましたし、ヴァンサン・ダンディの管弦楽曲を集めた録音など、好きで今でもたまに聞くことがあります。2002年に水戸室内管弦楽団に客演した際にも、ドビュッシーやオネゲルを振ったようです。

ご冥福をお祈りいたします。

※ 写真はWikipedia(フランス語版)より

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コメント

故人がクセジュに書いたものを和訳したものをざっと目を通しました。「フランス古典音楽」と称するもので、リュリに多くのページが割かれているだけでなくて、ここで指す古典のバロック音楽を一望しています。我々が一般に考えているようなロココに近づくフランスバロックよりも彼の関心は古典的なそれにあったと理解できます。

恐らく、平素の演奏実践ではそうした古典的なバロックを熱心に取り上げていたのではないかと感じました。クリスティーらの先覚をなしていたことは間違いないどころか、こうしたものを読むと十分に下準備をしていたのだと分かります。とはいっても当時のバロック復興やブームの中では、現在の状況とは全く異なり、実現可能なことなどは限られていただろうと思われます。

投稿: pfaelzerwein | 2013年4月24日 (水) 05:08

「ドイツとイタリアの音楽学者たちのせいで、古典的な十七世紀と十八世紀の音楽の歴史の時期を、ヴィヴァルディ―とバッハ(バッハの作品には、古典的な考えが、主要な役を果たしている)が代表的な音楽家と見做されている、バロック形式だけの時期と考えるよう慣らされて来た。」と、「フランス古典音楽」で前書きで宣言しているように、故人の実際の音楽活動への認識とその本来の興味のあり方がよく理解できます。

投稿: pfaelzerwein | 2013年4月24日 (水) 05:19

僕も思い出すのはブランデンブルクの旧盤、「フルートとハープ」、イギリス室内管を振ったモーツァルトの後期交響曲、それにフッテンロッヒャー(本当のところ何て発音するのかは知りません)らが歌ってた「レ・ザンド・ギャラント」など。
レ・ザンド・ギャラントは公共図書館から借りてきて聴きましたが、全部聴くには何と退屈な音楽かと思った。(笑)

リュリやラモーの劇音楽は、ピリオド演奏によって文字通り聞き違えるように刷新された分野でしたね。やっぱりパイヤールみたいな柔らかいフレージングでは音楽がふやけてしまう。でも皆川さんの授業でも確かパイヤール盤がかかりました。あの頃は事実上あの録音しかなかったでしょうけど。

フランスで驚いたことの一つは、パイヤールの不在でした。
80年代にパリの教会での演奏会のポスターを一度だけ見かけたことがありますが、僕は教会でのコンサートは音響上原則的に遠慮することにしてるので(それも「四季」だったような気もします)パス、従って彼の実演には一度も接する機会がありませんでした。

今回の訃報も卸し屋AFPも流してないし、主要紙からは完全に無視されてますね。彼は頑強な古楽器反対派だったし、80年代から古楽器ブームが席捲した仏では残念ながらほぼ忘れられた存在だったようです。

>必ずヴィヴァルディの「四季」

仏訃報に、指揮した5600コンサート中、1480は「四季」と書いてあって、「そうかもね」と思いましたが、情報の出所はウィキみたいなので100%本当ではないかも知れませんが。

>フランス古典音楽

30年代生れの仏音楽学者から「自分が中高生の頃は、リュリを『バロック』と言うと、直ちに教師から『仏にバロックは存在しない。仏17世紀は古典主義』と正されたものだった」と聞いたことがあります。今でも美術ではプサンやロランはバロックでなく古典主義とする発想は残ってますね。
パイヤールは学問的にはデュフルクの弟子だし、今はもうちょっと古くなった「仏17-18世紀は古典時代」という様式観に縛られてたとこがあったんでしょうね。これは彼の演奏スタイルにも影を落としていると思います。

投稿: 助六 | 2013年4月24日 (水) 07:23

pfaelzerweinさん

たしかにパイヤールはフランス古典音楽のために孤独な戦いをしていたのかもしれないですね。それが豊かに実るのはピリオド派の隆盛によってだったのが多少皮肉めいてるかもしれませんが。

ルイ・フレモー指揮で録音されたジルやカンプラ、シャルパンティエなども、オーケストラはパイヤール室内管ですから、指揮者としてのクレジットはフレモーでも音楽学者パイヤールの考えが十分に反映された演奏だったのかなという気がします。

投稿: TARO | 2013年4月25日 (木) 00:09

助六さん

ちゃんと新聞読んでないんですが、AFPが無視したせいか日本でもあまり報道されてないように思います。読売新聞の《おくやみ欄》にもまだ載ってませんし。音楽ファンが気付いたのは、おそらく22日にノーマン・レブレヒトのサイトに訃報が載ってからかと。

たしかにラモーはピリオドの台頭でまったく違うものになりましたね。パイヤールの「優雅なインド人」が退屈というのはよくわかります(笑)。
でも逆にリュリなんかはあの柔らかいフレージングで、とても聴きやすくなってるような気もするんですが。いまパイヤール指揮のリュリのテ・デウムを聴いてますけど(ジェニファー・スミスやフッテンロッヒャー(?)が歌ってるエラート盤)、変な言い方ですけどリュリっぽくなくて、なんかちょっといいかも。再認識です。

>1480は「四季」

そのうち740は日本公演だったりして…

>「仏17-18世紀は古典時代」という様式観

ううむ…。今聞いてるリュリもそう言われると、なんだかそう聞こえてくるような気が…

投稿: TARO | 2013年4月25日 (木) 00:29

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