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2013年4月29日 (月)

シュタルケル死去

20130428_starker_2 20世紀の偉大なアーティストがまたひとり…
前世紀を代表する世界的チェリスト、ヤーノシュ・シュタルケルが28日、亡くなったそうです。88歳でした。

死去のニュースはインディアナ・パブリック・メディアが詳しく伝えていますので、ご参照ください。一瞬どうしてインディアナ?と思いましたが、そういえばシュタルケルはインディアナ州に住んでいたんでした。1958年から亡くなるまで、インディアナ大学で教えていたようです。

シュタルケルは1924年ハンガリーの生まれ。少年時代から天才を謳われ、7歳でブダペスト音楽院に入学、10歳で最初の演奏会を行ったという逸話の持ち主。特にテクニックが超絶的で、演奏不可能とまでいわれたコダーイの無伴奏ソナタを軽々と弾いてのけ、聴衆を圧倒しました。二十代で録音したコダーイのレコードで彼の名前は世界的になったとされています。

シュタルケルは40年代の後半にアメリカに移住し、最初はダラス響やシカゴ響の首席チェリストとして、その後はソリストとして活躍しました。

私がシュタルケルのコンサートを聞いたのは1975年のことで、なにしろ伝説的な人だったし、レコード録音のペースも落ちてたので、凄い老巨匠のような気がしてましたが、実はまだ50歳だったのですね。プログラムは前半がバッハの2番と5番、後半がコダーイのソナタという無伴奏プロ。さすがにコダーイが素晴らしく、演奏者の気合も(聴衆の集中力も)前半とは違っていたような気がします。

(シュタルケルのコンサートのプログラムを捜していたら、パイヤールのプログラムも出て来ました。同じく75年で、後半は先日書いたように「四季」ですが、前半はヘンデルとトレッリのトランペット協奏曲でした。)

レコード録音ではソロの他に、スーク、カッチェンとのトリオなどもカタログに残ってるんじゃないかと思います。堤剛さんが師事したことでも知られていました。ご冥福をお祈りいたします。

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コメント

シュタルケルもですか!
生を聴いた記憶があるので、調べてみました。
1982年9月27日(月) 都響162回定期演奏会 東京文化会館
エルガー/チェロ協奏曲
この日は、エルガーの交響曲第1番も演奏されたようです。
(指揮者は、誰だったのだろう?)
録音では、ピリオド原盤のバッハとコダーイが印象に残っています。
ご冥福をお祈りします。

投稿: ももんが | 2013年4月29日 (月) 01:54

追記:この日の指揮は、マッケラスだったようです。
カッチェン、スークとのブラームス・ピアノ三重奏は、何度も聴いた記憶があります。

投稿: ももんが | 2013年4月29日 (月) 02:04

>無伴奏プロ

彼なら正にこれで聞きたい素晴らしいプログラムで聞かれたんですね。
シュタルケルとマッケラスでエルガーというのも今となっては夢の組み合わせですが。

彼はパリには実に2000年までパリ市立劇場(Théâtre de la Ville)に定期的に来演してました。
シャトレの向かいの元々はグノーのオペラなんかを初演したテアートル・リリックがあったところですが、パリコミューンで焼失・再建されてからはサラ・ベルナールが本拠にしていた劇場です。今はワンフロア1000席に改装してダンス・芝居をやってますが、時々室内楽やピアノのコンサートが一律低廉料金で組まれてます。

度々チャンスがあったにもかかわらず、私もシュタルケルは盛期を逃してしまったような遠慮意識があって、なかなか行きませんでした。ある時もう70歳に近いことに気付き、もう今聞かなければ一生聞けないなと思い恐る恐る出かけてみました。ですから93-94年くらいだったと思います。
プログラムは思い出せないのですが、コダーイのソナタと前半はブラームスだったような。
69歳くらいだったと思うんですが、コダーイではイメージ通りの切れ味鋭い、カチッとした鉛色の結晶みたいな音楽を聞かせてくれ見事でした。全然ボケてないんだと感心かつ安心したのを覚えてます。
脇の髪が白っぽくなってただけで、写真で見ていたの同じ鋭い顔つきも変わってませんでした。そう言えば彼は顔も出てくる音楽もちょっとショルティに似てますね。

80年前後頃に横浜の県立音楽堂で聞いたような気もするんですが、ペレーニの記憶とダブってしまい情けないことにはっきり思い出せません。多分聞いてないと思います。

投稿: 助六 | 2013年4月29日 (月) 11:43

ももんがさん

それにしてもどうなってるんでしょうか。この相次ぐ訃報は…。まあ、リチートラのように全盛期に亡くなるのに比べれば、ショックは薄いですけども…

シュタルケルとマッケラスでエルガーなんていうゴージャスな共演が、82年の都響では実現してたんですね。デッカのヤナーチェク・オペラ・シリーズが録音され始めた頃ですから、日本ではもう少したってからでしょうか、マッケラスに大物感が出てくるのは。

>カッチェン、スークとのブラームス・ピアノ三重奏

シュタルケルとカッチェンはなんとなく分かるんですが、スークを組み合わせたというのがちょっと意外ですよね。

投稿: TARO | 2013年4月29日 (月) 23:10

助六さん

2000年ぐらいまでパリに来演していたんですか。バリバリの現役だったんですね。日本ではどちらかというと忘れられた存在になりかけていたと思うので、少々意外です。
それにしても70歳ぐらいでも切れ味鋭いというのは、さすがですね。勿論ぼやけたシュタルケルなんて、想像もできませんが。

>そう言えば彼は顔も出てくる音楽もちょっとショルティに似てますね。

似てますね、確かに。シュタルケルがダラス響に行ったのはドラティの引きだったみたいですし、METのオケとシカゴ響に行ったのはライナーに招かれてのようですから、ハンガリー人同士のネットワークみたいなのがあるんでしょうね。ショルティとはどうだったのか判りませんけども。そういえばももんがさんも触れてるピリオドというレコード会社はハンガリー人経営の小さな会社だったらしいんですが、シュタルケルはコダーイの無伴奏を、ハンガリー繋がりで敢えてそこに録音したのだとか。

投稿: TARO | 2013年4月29日 (月) 23:26

ショルティとシュタルケルって顔や音楽だけじゃなくて、米英に帰化したユダヤ系ハンガリー人という境遇までそっくりですけど、その割りに2人の共演例とか思い浮かばないですよね。

興味引かれて両人の回想録を見てみたら、ショルティはシュタルケルにはまったく触れてませんでした。
一方シュタルケルはシカ響主席時代の50年代半ばにショルティがラヴィニア音楽祭にシカゴ響を初めて振りに来て、「ヨーロッパに来ることがあったら、私はフランクフルトでGMDをしているから、共演しよう」と言ってくれたこと、60年代にミクローシュ・ロージャのチェロ協シカゴ初演でショルティ指揮シカゴ響と共演したことに触れています。
ただシュタルケルもそれ以上ショルティの人間や音楽については何も語ってません。
深い関係ではなかったみたいですね。

ショルティもキャリア初期に在外ハンガリー人のネットワークには助けられていて、ロンドンではドラティの世話になったりしています。
戦中のチューリッヒ時代も在米ハンガリー人のコネを頼りに渡米の可能性を探ったりしてますね。

私は30代半ばのショルティが戦後いきなりミュンヘンのGMDに抜擢された事情を不思議に思ってました。
この点についてはショルティ自身が「フルトヴェングラー、カラヤン、クナ、クラウスら大指揮者が非ナチ化で演奏禁止を受けていたときミュンヘンに着いた私は信じられないほどラッキーだった」と回想しています。

ブダペスト音楽院時代に級友だったハンガリー系米人ピアニストがミュンヘンの米占領軍の音楽行政に参加しており、そのコネでオペラの経験は僅かだったのにシュトゥットガルトの「フィデリオ」指揮の仕事をもらい、それをたまたま聞いていた米軍人が彼をミュンヘンのGMDに推薦したそうです。
ショルティ自身その経緯は知らず、長く自分をミュンヘンに引っ張ってくれたのが誰だったかわからなかった由。

シュタルケルもヴァイオリニストの兄2人はナチの犠牲になり本人もかろうじて兄たちの運命を逃れた形のようですが、ショルティも戦中は苦労したと言え、戦後はナチ支配由来の逆恩恵に浴した結果になったのは皮肉です。
もちろんミュンヘンでは米軍と外国人跋扈を面白く思わない勢力があり、ショルティがミュンヘンを4年で辞し、格が一つ下がるフランクフルトに転出したのはそうした勢力からの圧力が背景にあったようです。

壁崩壊後20余年を経た今でも債務危機とフォリント暴落に苦しみ、オルバンの強権化を許すこの中欧の音楽大国の今も続く命運にはやり切れぬ気持ちになります。

投稿: | 2013年5月 5日 (日) 14:08

助六さん(ですよね?)

ショルティとシュタルケルの関係、興味深い話ありがとうございます。
接点はあったのに、それ以上深い関係に発展しなかったのは、なんとも不思議です。
音楽的な問題なんでしょうかね?逆に似過ぎてるから避けたいとか…
シュルティがどんな共演者を好んだのかは、録音のカタログからはちょっと把握できないので困るんですが。アシュケナージ、ラローチャ、A・シフ、ヴァイオリンならチョン・キョンファと、ショルティの音楽性とは少し違うタイプの人を好んだのかなとも思えますが、単にデッカ専属のアーティストの伴奏をしてただけようにも見えますし。声楽だとキリのことは大好きだったようですね。

それにしても…結果的にある種のラッキーにも恵まれたとはいえ、やはり人生の重要な時期に犠牲にしたものは多かったのでしょうね、二人とも…。

投稿: TARO | 2013年5月 6日 (月) 01:14

17年前に、nhk/fmの「20世紀の名演奏」をエアチェックしたテープを聴いている。バッハの無伴奏チェロ組曲1.3.6(アルマンドのみ)番、コダーイの無伴奏チェロソナタである。
木綿の肌触りのような音色、比類なきリズムで、作曲者の音楽しか聴こえて来ない。特に、ピーターバルトークが録音したコダーイの無伴奏チェロソナタは、正に歴史的名演奏である。最早これ以上の演奏は出てこないであろう。
エアチェックしたテープの中では、マルセルモイーズの「ハンガリー田園幻想曲」とともに私の宝物である。
ご冥福をお祈りしたい。ー合掌ー

投稿: 月夜の案山子 | 2013年5月26日 (日) 19:44

月夜の案山子さん

コメントありがとうございます。たしかにシュタルケルのコダーイは二度と出てこないような歴史的名演奏だと思います。
今後も名演奏はいくつも出てくるでしょうけれど、それは全く違うタイプの演奏になるでしょうから。ちょうどマーラーの名演奏は数々出ても、ワルターのマーラーが二度と出てこないのと同じように。

投稿: TARO | 2013年5月28日 (火) 09:54

80歳記念にマーキュリー盤「バッハ 無伴奏組曲」(LP)が良い音で復刻され、
オリジナル盤を凌駕する音質に喜んでいたのに、ご逝去の報はたいへん残念です。
かなり前に愛器エルスフォードを普通のもの変え、もっともアルペジオーネ・ソナタ
(日本録音LP)では、音がやさしいのでチエロは使い分けていたのでしょうが、
あのコダーイやバッハの威圧的とも言うべき迫力は楽器プラス芸術家の唯一無二の
表現でしょう。  心よりご冥福をお祈り申し上げます。

三浦 偉俊

投稿: 三浦 | 2013年7月 2日 (火) 10:06

三浦偉俊さん、コメントありがとうございます。

私のブログには検索フレーズ・ランキングというのがあるのですが、いまもシュタルケルの名前がランキングの上位になることが多いのです。
日本ではロストロポーヴィチやフルニエほどの人気はないと思っていましたが、実は多くの人の心に深い印象を残した――あるいは今も残しつつある――人なんですね。

>かなり前に愛器エルスフォードを普通のものに変え

そのようなことがあったんですか。

投稿: TARO | 2013年7月 3日 (水) 10:18

シュタルケルは若い頃は60歳で引退すると言っていたそうです。80歳を過ぎても現役だったわけですから、いくら水泳(バタフライ)で体を鍛えてはいても、エルスフォード(普通よりサイズが大きいそうです。)は弾けなくなったのではないでしょうか。あの松脂の飛散るようなと表現された音は往年のLPでしか聞くことはできないと思います。ピリオドレコードの録音技師であったピーター・バルトークはバルトークの息子です。とてもすばらしい録音です。後のマーキュリー盤も優れた録音ですが、これはマーキュリがJAZZ専門レーベルだったため録音技師のセンスが活きたのだと思います。日本録音のコダーイも録音が菅野沖彦さんですから、とてもよく録れています。これは間違いなくエルスフォードの音でしょう。同時に録音されたアルペジオーネ・ソナタは音もやさしく、こちらはエルスフォードの音ではないと思います。
復刻されたCDはどれもやせ細った音で、往年のシュタルケルを想像できないように思います。

三浦

投稿: 三浦 | 2013年7月 3日 (水) 15:46

三浦さん

>往年のLPでしか聞くことはできない
>復刻されたCDはどれもやせ細った音

あ、そうなんですね。
時々、昔LPで聞いた音とあまりにも印象の違うガッカリ音質のCDに出会いますけども、シュタルケルの録音のCD化もですか…
私はアナログのプレーヤーが壊れて以来、もう何十年もLPは(自宅では)聞いてないので、比較とかはできないんですが、「こんな筈じゃなかった」と思う時の落胆ときたら…

投稿: TARO | 2013年7月 4日 (木) 09:23

LP比較のCDの音質の貧しさは器楽曲、特に低音が重要な場合如実に現れます。
バイオリンやギター、チェンバロなど高音でカバーできる楽器に比べチエロや
コントラバスなどは非常に損をします。デジタル化プロセスでノイズとして
削除される成分が多いのためではないでしょうか。
比較的録音の新しいシュタルケルのPCM録音、バッハのチェンバロつきソナタでは、
CDもまだ良いほうですが、低音部の伸びはLPにくらべ足りないように聞こえます。
もちろん楽器がエルスフォードではないせいも多分にあるかと思いますが・・・・
フルヴェングラーなど録音の古いものにはCDのプアーさは特に顕著です。新音源
の発見に加え処理技術の進歩でバイロイトの第九などは、極端に音質が向上しましたが、
音楽そのものが変質してしまったように感じました。もしかしたらテイクが異なるのかも
知れませんが・・・・
たいていの場合LPよりCDのほうがコスト・パー・パフォーマンスは高く、チュニングも
楽なのですが、良質のLPオーディオの音は格別です。私は土浦在住ですが、視聴に来られる
方は歓迎です。

三浦

投稿: 三浦 | 2013年7月 9日 (火) 09:52

三浦さん

バイロイトの第九でテイクが違うと感じさせるほどに、音楽が変質してるのですか。でも音質は向上してるのですね?う~ん、これは難しい問題ですね。

オーディオ雑誌などを読んでると、時折LPの素晴らしさを口にする方が登場しますね。そのたびに羨ましいな…とは思うのですが、私は経済的な問題でもはやLPには戻れないですね。これからアナログ用の装置を一式揃えるのは無理だし、コレクションをLPで集め直すのも難しそうです。なによりも残された時間が短くて(数年前に大きな病気をしたので)。

どちらかと言えば余生はナマ重視で生きていくことになるような気がします。

投稿: TARO | 2013年7月 9日 (火) 20:55

新バイロイト盤(1951年)CDというのは、LPに使われたマスター・テープからではなく、新たに見つかった放送局の音源(テープ)を使用したらしいのです。
LPはEMIのプロデューサーだったW.レッグのプライベートテープから作ったそうです。レッグの回想録によれば、レッグ夫人(シュワルツコップ)のステージは欠かさず客席で聞くことにしていたのだそうですが、この日たまたま都合が悪く、後で聞こうと録音だけしてもらったのだそうです。幸運にも我々はその恩恵に浴してあの名演をきくことができるのですが、なんと別の録音ソースがあって、その処理によって明晰な音が再現されたということです。たしかに、明晰な音です。まだ確認できておりませんが、違う演奏のような気もします。
再生手段(媒体)が異なるために、当然音を含む音楽は異なる可能性も大ですが、同じものが違うテークのように聞こえるとすれば、問題は複雑と言わねばなりません。

しかしオーケストラはシュタルケルのバッハやコダーイほどには差は少ないと思います。
それほど、器楽曲の差は大きいのです。 私のところには各地から、色々な方が泊まりで聞きにこられます。機会がありましたら、是非上京のおりにでもお立ち寄り下さい。
テレサテンから中島みゆき、高橋竹山、ソニーロリンズ、コルトレーン、ビルエバンス、美空ひばり、ジョン・バズ、エデット・ピアフ、ビートルズ、レッド・ツェッペリン、アストラッド・ジルベルト、フルトヴェングラー(ほぼなんでもある。)、エーリッヒ・クライバー、シュタルケル、フルニエ、シャフランなどなど、良質の音の良いLPが揃っております。

投稿: 三浦 | 2013年7月10日 (水) 14:06

三浦さん

なんだかとても意外な話です。EMIのあの第九が、もともとはレッグのプライヴェートテープだったなんて知りませんでした。レッグ用のマイクと放送局用のマイクと2種類のマイクが使われていたのか、同じマイクで録音したものを分岐したのかが気になりますね。マイクが違うと音は相当違うと思いますが、同一マイクで同一の卓を経てから分岐したのなら、テイクが違うと感じさせるほどに異なった聞こえ方をするものかどうか(明瞭さという点では放送局使用のテープや録音機と民生用とでは大きく違うとしても)。

>是非上京のおりにでもお立ち寄り下さい。

ありがとうございます。私は街なかを歩いていて突然倒れたり、ちょっと長距離の移動をすると吐き気をもよおしたりするような身体になってしまったので、地元以外で他所様の御宅にお邪魔するというようなことはまずありえないと思いますが、でもお声を掛けていただき感謝します。

投稿: TARO | 2013年7月11日 (木) 22:23

そうですか。大変な思いをされたのですね。お大事になさってください。
 もう廃版になってしまったと思いますが、「レッグ&シュワルツコップ回想録」という本がありまして、元はレコード芸術に連載されたものです。その中に書いてあったと記憶しています。EMIのフルトヴェングラーのベートヴェンのうち、1951年録音の第九だけが初発売がひどく遅かった。おそらく正式な録音ではなかったためでしょう。そのため初版のイギリス盤にもフラットがなく、オランダのフラット盤を求める人が多かったと聞いています。レッグの私家録音テープを使ったためか、それが客席録音だったせいか音は明瞭さを欠いています。フルトヴェングラー登場の足音の入っているレコードもあり、臨場感はありますが、EMIオリジナル盤でも明晰さはもう一つでした。往年の第一家電が東芝の技術陣と製作した45回年盤を除けば、あまり音の良いレコードはありませんでした。
今回のCDは放送録音用のテープが使われたとのことで、最新のデジタル処理技術も効果をあげています。ドイツ盤CDは比較的安価で買うことができます。
アマゾンでオルフェオ盤(1951年 バイロイト)を見つけることができます。尚オルフェオ盤には1954年録音の第九もあります。ジャケットもよく似ていますから、注意が必要です。
私は2枚持っています。聞きに来ていただくことはご無理なようですから、ご希望なら進呈いたしましょう。
miurah@chemicrea.co.jp までご住所をお知らせ下さい。

三浦

投稿: 三浦 | 2013年7月12日 (金) 14:20

三浦さん

>ご希望なら進呈いたしましょう。

重ね重ねありがとうございます。でも私はこの1年ほど鬱までは行かないのですが、落ち込みの酷い日が続いていて、ちょっとフルトヴェングラーの第九を聞く心境にはなれないような気がします。どうぞ別に有効利用なさってください。

あとこのメールアドレスですが捨てアドでしょうか?本アドでしたらこういう形で晒しておくのはまずいと思うので、一部伏字にいたしますが。

投稿: TARO | 2013年7月13日 (土) 08:20

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