« 今日から4月 | トップページ | 4月の雪 »

2013年4月20日 (土)

サー・コリン・デイヴィス追悼

20130420_colin_davis 目の病気になってしまって、極力ネットも新聞も見ないようにしていたので、指揮者のコリン・デイヴィス逝去のニュース、まったく知りませんでした。14日に病気のため死去。85歳ですからことさらに驚く年齢ではないのかもしれませんが、サヴァリッシュやフィッシャー=ディースカウと違って引退していたわけではないので、ちょっと信じられない気持ちです。

デイヴィスは今はベートーヴェンからブルックナーに至るドイツ音楽のメイン・ストリームを振る巨匠という扱いなんだと思いますが、私が音楽を聴き始めた頃(60年代後半から70年代のはじめ)は、モーツァルトとベルリオーズのスペシャリストとして知られていました。

なんとなくモーツァルトとベルリオーズというのは結びつかないので、その頃の私はデイヴィスって変わった人だなあと思っていました。(まあ専属のレコード会社だったフィリップスの方針もあったのでしょうし、何よりも当時はクレンペラー、バルビローリといった大御所が存命でしたから、ベートーヴェンやブラームスで割って入るには少々若すぎたのかもしれません。)とまれデイヴィス自身ベルリオーズには情熱を傾けていたようで、「トロイ人」や「ベンベヌート・チェッリーニ」「ベアトリスとベネディクト」などの全曲録音はレコード録音史上の金字塔と言って良いのではないかと思います。

そうはいってもベルリオーズは日本では幻想以外は人気がないと思いますし、モーツァルトはワルターやベームが正統――ということでコリン・デイヴィスという指揮者は、当時は今ひとつ一般の音楽ファンにアピールするものが少なかったのではないかと思います。

そのデイヴィスが音楽好きに実はとてつもない実力の持ち主なのだと認識させることになったのは、コンセルトヘボウを振った「春の祭典」の録音でした。CD時代になってからは聞き直してないのでディテイルはあまりよく覚えていませんが、細部まで正確無比な演奏にもかかわらず、たぎるエネルギーのほとばしりがあり、しかも艶やかなオーケストラの美感も申し分ないという、ブーレーズでもバーンスタインでもカラヤンでもなしえなかったような演奏。フィリップス録音の優秀さも話題になりました。

「春の祭典」の圧倒的高評価で日本でもデイヴィスの実力はおおかたの認めるところになったわけですが、この頃からレコード録音でもオーソドックスなレパートリーでの注目すべき録音が増えてきたのではないかと思います。

中でも私の好きなマーティナ・アーロヨをアンナに、当時新進のキリ・テ・カナワをエルヴィーラに起用した「ドン・ジョヴァンニ」、カバリエとベイカーの二重唱が聴きてを恍惚とさせる「コジ・ファン・トゥッテ」の2つのモーツァルト・オペラ録音は、いまもってトップ・クラスの名盤といってよいでしょう。
このほかではジョン・ヴィッカースとジェシー・ノーマンをむかえた「大地の歌」、スティーヴン・(ビショップ・)コワセヴィッチやサルバトーレ・アッカルドらとの協奏曲録音なども記憶に残っています。

その頃のデイヴィスのレコード/CD録音は(私が聞いた限りでは)すべて水準を越えるハイレベルのものですが、この時期のデイヴィスの録音の中で、唯一納得いかなかったのがボストン響とのシベリウスの交響曲全集でした。曲の表面だけを整えたシベリウスらしさ皆無のつまらない演奏という感想を当時もちましたが、聞き直してないので今聞いたら違う感想になるかもしれません。

デイヴィスはバイロイトにも登場しましたし(77年)、80年代からはバイエルン放送響の首席指揮者、ドレスデン・シュターツカペレの名誉指揮者などをつとめ、名実ともにドイツ音楽の王道を行く巨匠指揮者になりました。モーツァルトやベートーヴェンなど、私が好きなのは柔らかくしなやかに歌うスウィトナーや、透明感と流麗さが際立つアバドの演奏なので、剛直なデイヴィスは好みとはかなり違うのですが、水準は高いんだと思います。いまアラウと録音したベートーヴェンのピアノ協奏曲を聞きながら書いていますが(ドレスデン・シュターツカペレ)、アラウのピアノがいいのは当然ですが、オケ部分もさすがに素晴らしいものです。

さて、ここからようやく本題に入るんですが、私にとってデイヴィスといえば決してベートーヴェンでもブラームスでもブルックナーでもありません。勿論ヴェルディでもプッチーニでも。モーツァルトですらないのです。

私にとってのコリン・デイヴィスはブリテンの「ピーター・グライムズ」の指揮者です。コヴェントガーデン王立歌劇場の第1回の来日公演。
始まる前から幕は開いていて、客席が暗くなるといつか音楽――と、グライムズの悲劇――は始まっています。モシンスキーの演出が優れているだけでなく、デイヴィスの作る音楽は一瞬も緊張を途切れさすこと無く、最後の感動まで観客を導いていきます。ヴィッカースの絶唱に加え、ヒザー・ハーパーとジェレイント・エヴァンスという最高の歌手を揃えたこの舞台は、私にとってアバドの「シモン」などとともにオペラ体験の最高峰の一つなのです。

この時はカバリエ、カレラスの「トスカ」、エヴァーディング演出の「魔笛」もデイヴィスがひとりで振り、オペラ指揮者としての実力を見せつけました。どれも良かったですが、「トスカ」についてはまあ指揮者がどうこうというより主役二人の舞台ですよね。どうしても。
デイヴィスは二回目の来日公演には同行しませんでしたし、彼の振るイギリスものを他に聞けなかったのは、私にとっては痛恨のきわみです。

大きく報道されましたので知らない人はいないと思いますが、三國連太郎さんが15日亡くなりました。かけがえのない俳優、日本映画史上最高の名優のひとりでした。

お二人のご冥福をお祈りいたします。

※デイヴィスの写真はWikipediaからです。

|

« 今日から4月 | トップページ | 4月の雪 »

コメント

「シベリウスらしさ皆無のつまらない演奏」 - そうなのかもしれませんね。私などはその演奏実践の系譜を知らないというか、殆んど興味がわかなかったので、今回二回目のロンドンでの録音を聞き直してみて驚愕しました。全集を購入して流していますが、初めてシベリウスを理解した思いです。これほど価値のある交響曲だとは思わなかったです。

ピーターグライムズの日本公演を聞きのがしてからトラウマになっていましたが、これで漸く溜飲が下がった思いです。

昨年ドレスデンで指揮中に倒れたのが最後だったのかもしれませんね。倒れたというとジュリーニがバーデンバーデンで蛙のようにうつぶせになったのも目撃しましたが。

投稿: pfaelzerwein | 2013年4月21日 (日) 02:49

>ここからようやく本題に入るんですが

TAROさんなら、いきなり79年のコヴェントガーデン初来日の「グライムズ」だろうと思ったら、「春の祭典」なので一瞬ズッコケましたが、なるほどそういう構成だったんですね(笑)。
私は指くわえてただけでしたが、大変評判になったし、未だにデイヴィスとヴィッカースの「グライムズ」聞けなかったことには心に空ろな穴が空いたような思いを抱き続けてます。
ヴィッカースはキャリア末期の83年にガルニエの「道化師」にやっと間に合っただけでしたし。

>唯一納得いかなかったのがボストン響とのシベリウス

日本でのイメージが地味だったせいか、私はデイヴィスのレコードは殆ど知らず、「春の祭典」も評判高かったのは覚えてますが聞かず仕舞い、覚えてるのはボストンとのシベリウス2番です。これは日本での評価も高かったと思うし、私のようなシベリウス苦手の人間には聞きやすくて納得させられる演奏でした。
フィリップスのモーツァルト・オペラ・シリーズも高崎さんの評価がイマイチだったせいか、図書館も持ってなかったので、私は一つも聞いてません。今見返すと大変食指を動かされるキャスティングですね。

その後彼のコンサートは結構聞けたんですが、オペラ舞台上演には遂に触れることができませんでした。

初めて聴いたのは87年にシャトレでバイエルン放送とで、プログラムは「ベアトリスとベネディクト」序曲、「ドン・ファン」、「エロイカ」でした。
彼の剛毅な指揮とバイエルンの性能と音色がよくかみ合って、驚くような名演奏ではないにしても、オケが豪快かつ精緻に鳴って3曲とも大変楽しめ、「エロイカ」はなかなか圧倒的でした。
私はクーベリックの指揮では聞けませんでしたが、バイエルン放送は、その後のマゼールやヤンソンスよりもこの87年の演奏が一番よかったような印象を私は持ってます。

続いては90年代初めにバスティーユでドレスデンと2回演奏会をやったことがあって、2日目にやった彼の重要レパートリーであるレーガーのヒラー変奏曲が素晴らしい名演でした。やはり変奏曲全体に筋を通す迫力と細部の表情の精妙さが見事でした。
1日目や2日目前半のプログラムは何だったのかは印象に残っておらずトンと思い出せないんですが、モーツァルトやブラームスだったような。
壁崩壊直後のドレスデンは響きが鳴り切らず低調でしたし。

でも最高の思い出は05年にシャンゼリゼでやった仏国立管との「幻想」で、これはとんでもない大演奏でした。
余計な強調はないのに異様な気迫で最終楽章までまっすぐに突き進んでいく叙事的迫力、特に派手さはないのに厚塗りの絵の具が旋律をねじるように押し支えながらアスペクトを次々に変えていくような独特の音色感には、ベルリオーズの旋律法と管弦楽法の秘密を教えられたような気がしました。
さらに仏オケの音色がデイヴィスの骨太のベルリオーズにニュアンスを加えていて。
私には、ベーム/ヴィーン、ムラヴィンスキー/レニングラード、ブーレーズ/ヴィーンと並ぶほどのオーケストラ音楽の頂点の経験です。
前半はミハエル・ウルスレアサ(彼女も昨年若くして急死してしまった)のソロでモーツァルトの「ジューノム」でしたが、何てことなかった。

仏国立管には05年の「幻想」の後定期的に来演し、翌06年にはベルリオーズの「ロメオとジュリエット」、09年には演奏会形式で「ベアトリスとベネディクト」全曲(ディドナート、ウォークマン、マンフリーノ、ラフォン)をやってくれ勇んで出向いたのですが、共に「幻想」での名演とは打って変わった気の抜けた演奏でガックリでした。
昨年6月もアックス独奏の「皇帝」とドヴォルザーク7番を振っていきましたが、すでに忘れてしまってたくらい平凡な出来でした。
アックスのピアノには初めて少し感心したんですが。

昨夏はエクス音楽祭でピットに入ったLSOを振って「ティトゥス」をやり、私は聞いてませんが評判は冴えなかったし、彼も最近はやや指揮力が衰えてたのかも知れません。
この5月末にもパリ郊外サンドニ音楽祭で仏国立管と「キリストの幼児」が予定されてましたが、サンドニ聖堂は風呂屋的音響で何も分からんし、私はパスすることにしてました。

でも私にはあの「幻想」とレーガーだけで大指揮者でした。

投稿: 助六 | 2013年4月21日 (日) 11:39

pfaelzerweinさん

デイヴィスはドレスデンで指揮中に倒れてたんですか…
指揮中にというと古くはカイルベルトやパタネー、近年ではシノポリを思い出しますが、皆さん復帰できずに亡くなりますね。
ジュリーニでそんな事件があったことも知りませんでした。やはり指揮という行為は極度の緊張を強いるものなんでしょうね。

LSOとの2回めのシベリウス全集なんですが、これは私も(1、2曲聞いただけですが)非常に素晴らしいと思いました。ボストン響との1回めの全集は音楽雑誌などでは評判が良いのに対して、シベリウス好きは全然評価しないという傾向だったと思うんですが(ただし私の知る限りですけど――当時はネットの評判なんてなかったので)、LSOとの全集はシベヲタもおおよそ絶賛のようですね。

「ピーター・グライムズ」はロンドンでの上演がDVDになってますけど、どなたかがYouTubeにあげてくれてますね。
http://www.youtube.com/watch?v=yoITrowxbi0
私は輸入盤のLDで持ってるんですが、すでにレーザーディスクはかける機器がないので、本当に久々に見ました。

投稿: TARO | 2013年4月21日 (日) 23:30

助六さん

デイヴィスのベルリオーズを聴いてみたいなと思って、2009年にフランス国立管&ソフィー・コッシュとやった「夏の夜」のエアチェック音源を持ってたので聴いています。

>余計な強調はないのに異様な気迫で最終楽章までまっすぐに突き進んでいく叙事的迫力

これですね、これなんですね。コリン・デイヴィスの音楽って。
彼の振るレーガーは聞いたことがありませんが、

>変奏曲全体に筋を通す迫力と細部の表情の精妙さ

ああ…想像がつきます。絶頂期のデイヴィスなら、たしかに名演になったことでしょう。

それにしても晩年になってからも、毎年のようにベルリオーズの大作を取り上げ続けたというのは、単に好きというだけでは説明がつかないような気もします。なにか使命感のようなものを持ってたのかもしれないですね。
でも「ベアトリスとベネディクト」は、それだけの演奏者を揃えて、ガッカリ演奏というのは、なんとも…やはり年齢なんですかねえ…
しょうがないんだけども、ちょっと悲しいですね。

モーツァルトのオペラ録音は私も、もしカバリエやベイカー、アーロヨが好きでなかったら聞いてなかったと思います。実際両盤とも男性陣は少々弱く、バランスは悪い感じなんですが。(というか他にもツェルリーナがフレーニ、デスピーナがコトルバスと女性陣が強力すぎるんですけども。)
イタリア・オペラも含めてデイヴィスのオペラ録音には、非常に良い歌手が与えられてるので、フィリップスからは優遇されてたんでしょうね、きっと。

投稿: TARO | 2013年4月22日 (月) 00:19

初めまして。私もコリン・デイヴィスといえば『ピーター・グライムズ』です。参照:
http://iizuka.tea-nifty.com/izk_tsh/2013/04/post-b95f.html

投稿: IIZUKA T | 2013年5月 5日 (日) 08:17

IIZUKA Tさん、はじめまして

IIZUKA Tさんもあの時の3演目お聞きになってるんですね。
本当にあの「ピーター・グライムズ」は忘れられませんよね。
事前にレコードで予習はしていったのですが、音楽があんなにも心に深く突き刺さるとは予想だにしませんでした。

投稿: TARO | 2013年5月 6日 (月) 00:51

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71167/57213853

この記事へのトラックバック一覧です: サー・コリン・デイヴィス追悼:

« 今日から4月 | トップページ | 4月の雪 »