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2013年7月 3日 (水)

「カルテット!人生のオペラハウス」 ダスティン・ホフマン監督

20130703_quartet イングランドの美しい田園地帯にある引退した音楽家のための養老院「ビーチャム・ハウス」。そこにはさまざまなミュージシャンたちが暮らしています。有名なオーケストラの元団員。かつてはロイヤルオペラで主役をはった元プリマドンナ。いまもハツラツとした音を奏でるトランペッター。G&Sのオペレッタで聴衆を楽しませた歌い手たち。

ところがこの養老院、資金難で閉鎖の危機にあるのです。なんとかホームを存続させるために運営資金集めのコンサートを計画。皆がそれぞれ練習してるのですが、なんだかシッチャカメッチャカの状態。
そこに新たな入居者がやってきます。それはスカラ座やコヴェントガーデンのプリマだったソプラノ歌手のジーン(マギー・スミス)。昔は華やかな舞台で喝采を浴びた彼女。お金もなくなり老人ホームの世話になる自分の姿に、憂鬱な思いを隠せません。

歓迎されるジーンですが、中にただ一人彼女の入居に憤っている男がいます。それはテノール歌手のレジー。実は彼は昔ジーンと(9時間だけ)結婚していたのです。
彼をなだめるのはやたら女性スタッフにちょっかいを出したりエロな発言ばかりしているバリトン歌手のウィルフ。彼はかつてはリゴレット役として有名で、ジーンやレジーとロイヤルオペラで共演した仲。
そしてなんとか皆の間を取り持とうとするのは陽気なメゾ・ソプラノのシシー。彼女もこの3人とはよく共演したスター歌手で、この4人が録音した「リゴレット」の全曲盤は、今だにCDが発売されているほど。

そう、かつてロイヤル・オペラの舞台を彩った伝説のカルテットが揃ったのです。なんとかこのカルテットを復活させ、コンサートの目玉にしようと考える主催者。しかし過去の栄光に縛られたジーンは歌うことなど考えたくもありません。既に高音も失っています。そしてレジーはジーンへの怒りを解こうとはせず・・・ いったい二人の間には何が?そしてホーム存続をかけたコンサートの行方は?

昔「ドレッサー」という大変に面白い映画がありました。1983年の映画でピーター・イェーツ監督。アルバート・フィニー演ずる劇団の座長とトム・コートネイ演ずるその付き人の確執を描いたもの。フィニーとコートネイの押しと引きの演技が絶妙で、アカデミー賞には二人が主演男優賞にダブル・ノミネートされました(ゴールデン・グローヴ賞もダブル・ノミネートでコートネイが受賞)。
この「ドレッサー」は、有名な脚本家のロナルド・ハーウッドが自らの舞台劇を映画用に脚色したものですが、それから30年。ハーウッドが再び自作の戯曲を元に映画の脚本を描き上げたのがこの作品。ハーウッドはダニエル・シュミットの「トスカの接吻」にインスパイアされてこの戯曲を書いたのだそうで、舞台版の方は日本では黒柳徹子さんの主演で上演されています。

そして映画版で監督をしたのは、なんとダスティン・ホフマン。俳優歴50年にして初の監督作で、考えてみると舞台演出もしている彼が、なぜにいままで映画の監督をやらなかったのか不思議です。

この作品には老人ホームの入居者として引退したミュージシャンが多数出演、実際に演奏するシーンも出てくるのですが、それらは全て本物の音楽家たちを起用していて、撮影と同時録音で演奏も収録していったそうです。最後のクレジットで判ったのですが、ヴァイオリンを演奏するのは元LSOコンサート・マスターのジョン・ジョージアディス。そうと知ってたらヴァイオリンに注目して見るんだった…(他にクラリネット奏者とトランペット奏者も名前に聞き覚えがあったのですが、よく思い出せません。)

これに対して主役となるカルテットの4人の元オペラ歌手だけは俳優が演じています。当然彼らは自ら歌うことは出来ないわけですが、驚いたことにダスティンはレコード録音を使用して口パクという、よくある方法に頼りませんでした。4人が歌の練習をする場面は、インストゥルメンタルの音楽が流れ歌は出ません。最後のコンサート・シーンも口パク処理はなされず、このへんにダスティン・ホフマンという人の真面目さ、誠実さを感じます。

実際にジーンの歌として映画の中で流されるのは、たしか「リゴレット」のアリアがコトルバスのDG盤、四重唱がサザーランドとパヴァロッティのDecca盤じゃなかったかと思います。でも、ベルトルッチの「ルナ」のように口パクで声質が違う複数音源を使われるとやたら気になるのですが、ここではほとんど気になりません。

で、この映画、脚本もよく出来てるし、ダスティンの演出も堂に入ったものですが、何と言っても主演の4人の演技が素晴らしいのです。ジーンにはマギー・スミス。ゴールデン・グローヴ賞の主演女優賞候補になっています。レジーは「ドレッサー」以来30年ぶりのトム・コートネイ。ウィルフのビリー・コノリーはよく知りませんが、イギリスではコメディアンとしても有名だそうです。
そしてシシーを演じるのはポーリーン・コリンズ!あのシャーリー・ヴァレンタインがこんな役をやるようになったんですねえ…。このポーリーンが実に良くて、ボケるところなど絶妙の演技をみせています。マギー・スミスの陰に隠れて映画賞では評価されなかったのが残念です。

そしてオペラ好きには凄いサプライズが用意されています。ホームの入居者でジーンのライバルだったソプラノ歌手役として、なんとグィネス・ジョーンズが出演しているのです。彼女は映画のラストで「歌に生き恋に生き」を歌うのですが、驚いたのは声にまだまだ瑞々しさが残っていること。たださすがに歌の形は崩れ気味のように思います。

グィネス(役名はアン)がカラヤン指揮の「オテロ」のビデオを見るシーンがあって、おもわずニヤリとさせられる台詞もあります。ジルダが得意だったジーンがデズデモナをレパートリーにしていたかどうかはわかりませんが、演ずるマギー・スミスが国際的に有名になったのは映画「オセロ」でオリヴィエの相手役をつとめてからでした。(小道具としてジーンの『ヴェルディ・ワーグナー・アリア集』というLPが出てくるので、カラスやステューダーのようななんでも歌える歌手だったのでしょうか。あるいはポップのようにジルダから長い年月をかけてエリーザベトやエルザまで進んできた人なのか)――ま、こんなくすぐりも随所にあって面白いです。老いについて考えさせられることも多々あるし。映像も素晴らしく綺麗。仙台は今週で終わっちゃいますが、まだやってるところがあったらおすすめです。

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コメント

シュミットの「トスカの接吻」は現実と虚構が重層的に浸透して、映画そのものがフィクションのリアリティーに対する考察になってるみたいな面白い作品でしたね。

「カルテット」は仏評も好意的だったように思うんですが、このテのものは我々音楽好きには不自然感が強くてシラけるのではという予見が抜けず、老いの問題を直視させられるのもどうも億劫だったので見ませんでした。

そうですか。ジョーンズも出てたんですね。彼女は96年の最後のバスティーユ出演でのオルトルートで声の衰えを露呈して辛い最後になってしまったので、複雑な気持ちと言うか、私は見に行くのはなおちょっと勇気が要ります。

昔の女優さんは老いを感じさせる以前に引退しちゃってたようなイメージがありますけれど、考えてみると、老いを画面でダイレクトに生きていった人の方が多いですね。
ディートリッヒ、バコール、バーグマン、ダリュー、モロー、ドヌーヴしかり。
引退しちゃったのはガルボ、グレース、バルドーくらいでしょうか。マリリーンはどうしただろう?

投稿: 助六 | 2013年7月 6日 (土) 08:35

助六さん

>老いの問題を直視

老人問題をぐいぐい抉ってくる息が詰まる作品等とは違い、全体が柔らかいユーモアに包まれているので、わりと気楽には見れました。齢を重ねれば辛いことや苦しいこと、思うように行かないこと、(周りからみれば)滑稽なことなどなど、若い時には想像だにしなかった様々なことが起きるけれど、でも一瞬でも人生に美しさを見いだせる時間が持てるなら、生き続ける意義はあるんじゃないか――たぶんそんなことをダスティン・ホフマン監督は言ってるんじゃないかと思います。
まあ私も先月で還暦とかいうのになっちゃったので、「老い」の問題を扱った映画はなかなか染みるものが…

ジョーンズは勿論、本格的なオペラの舞台で通用するような声・歌ではありません。彼女も76歳ですからねぇ。人によっては美貌の衰えのほうが気になるかも。

>老いを画面でダイレクトに生きていった人

オペラ歌手だったらヴァルナイやリザネック、シリアとかでしょうか。

>マリリーンはどうしただろう?

私はずっと続けたと思いたいです。彼女は演技者として評価してほしがってたわけだし。キャサリン・ヘップバーンみたいに年取ってからも脇に回らず主演を続けるような女優になったんじゃないかと。
まあバルドーみたいに動物保護とか社会活動にはしりそうな感じも無きにしもあらずですけど。

投稿: TARO | 2013年7月 6日 (土) 23:37

6日付のルモンド紙に、老年をテーマにした映画が増えているという記事が出てました。
仏の映画観客の年齢構成は、93年には25歳未満が43.9%、50歳以上が18.2%だったのが、2011年には25歳未満31.3%、50歳以上33.6%と20年来初めて逆転、そうした事情が背景にあるという説明でした。
今の仏シニアはベビーブーマー世代で、裕福、文化的関心が高く、若いときに60年代ヌヴェル・ヴァーグに由来する映画嗜好の洗礼を受けていて、前世代より映画館に出かける頻度が高いんだそうです。日本の団塊も同じでしょうね。

そう言えば20年前の仏映画は若いカップルの愛情問題を扱ったものがやたら多く、年配批評家には盛んに「今の仏映画は小粒、社会性ゼロ」とか盛んに批判してる人がいて、「今や15~25歳が映画観客の主要層だから」と説明されてましたね。
確かに当時の観客層は若かったし、私もそうした映画は結構好きでした。仏語の勉強にもよかったですしね。

>オペラ歌手だったらヴァルナイやリザネック、シリアとか

そうですね。
ヴァルナイ、特にリザネック、それからルートヴィヒは最後まで音を操る技術にはまったく衰えがなかったから、見事に老年を完遂した形でしたが、シリアはいまだ現役、この4月にガルニエの「ヘンゼル」に出てきたのには驚きました。
さすがに魔女役でも声はまるでなし。敬意の拍手とブラヴォーを存分に受けてましたが。
シリアのキャリア後半の頂点は2000年エクスのラトル指揮「マクロプーロス事件」だったと思います。

投稿: 助六 | 2013年7月 7日 (日) 09:34

助六さん

これはまたクッキリと数字で出てるんですね。これでは老年を扱った映画が増えるのも判ります。
このあと「25年目の弦楽四重奏」という映画も控えてるんですが、これはパーキンソン病になってしまった弦楽四重奏団のヴェテラン・チェリストが…という話で、やはり老年を扱った話に分類してもいいんだろうと思います。(ちなみにこちらの映画にはアンネ・ゾフィー・フォン・オッターが出てるらしいのです。どんな役かはわかりませんが。)

日本では93年段階でも4割も25歳以下がいたかどうかは?ですが、確かに映画館に若者は少なくなってるような気はしますね。この「カルテット!人生のオペラハウス」なんて、客席はジジババばっかり。宮崎アニメとかだとまた違う客層なんでしょうけど。

>シリアはいまだ現役、この4月にガルニエの「ヘンゼル」に出てきたのには驚きました。

へえ~、そうなんですか。凄いですね。シリアは昔、演奏会形式のヘロディアスを聞いた時の、主役を食ってしまう迫力が忘れられません。
そういえばかなり前ですがスコットもシカゴ・リリック(だったか?)でクリテムネストラを歌ったとかで、この方向を深めるのかと思いましたが、そういうことにはならなかったですね。

投稿: TARO | 2013年7月 7日 (日) 22:53

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