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2014年1月20日 (月)

神の宇宙

20140120_abbado 音楽は感情の発露だと考える人がいます。それも間違いではないでしょう。音楽の始まりは、そのようなものだった可能性もあると思いますし。
演奏を自らの情念の表現とする人もいます。そのような演奏がことさら人々を惹きつけることも否定はしません。

しかしクラシック音楽の本質というのは「構造」です。音の構造によって宇宙を作り上げること、それこそが演奏という行為の核心です。(もちろんこれはあくまでもクラシック音楽の演奏という意味でです。JAZZやポピュラー音楽、あるいは現代音楽などについてはまた別の話になります。)
が、たとえば指揮者でただ振るだけで音によるコスモスを生み出せる人は、そう多くはないと思います。しかし――宇宙を創れるのは神だけですから――それが可能な演奏家は、その時神にも等しくなるのだろうと思います。

というような考えが正しいのか、正しくないのか判りませんけれども、そんなことを私は「シモン」を聞きながらだったでしょうか、あるいはヴェルディのレクイエムの時だったか、スカラ座の来日公演の際に突如悟ったのでした。

秋口にちょっと入院したりして体調が悪く、ブログは休んでたのですが、これだけはどうしても書かずにはいられません。

さようなら、アバド。あなたの音楽は私にとって、人生で最も大切なものの一つでした。

※画像はWikipediaイタリア語版より

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コメント

彼が晩年にモーツァルトなどに新たに光を与えようとしていたのは、まさにそうした意識があったのでしょう。その反面、シモン・ボッカネグラに代表されるようなもしくはロッシーニにもとても激しく明確な創作意志がベートヴェン顔負けに表現されていますね。

どうしても小澤と比較してしまうのですが、どうでしょう。

お大事に、ご自愛ください。

投稿: pfaelzerwein | 2014年1月21日 (火) 05:14

好きな人たちが亡くなって行く、こんな事を実感する歳に自分もなったのかと思うと思います。
ありがとうアバド! さようなら。

投稿: KEN | 2014年1月21日 (火) 10:01

pfaelzerweinさん

ご無沙汰しております。来日公演に続いて、ヨーロッパの予定も次々と中止になり、覚悟はしていましたが、いざ現実になるとやはり…

小澤さんは先日、青少年オーケストラの指導をしたニュースが流れていましたが、なんだかとても弱っているような印象を受けました。そのニュースでも「コンサートの翌日で疲れていたようだ」みたいな言い方をしていましたけども…

小澤は基本的に構造の音楽家ではないんだろうと思います。アバドのように生まれながらにそれを備えている人とは、決定的に違う。でも不幸にして物凄い音楽的才能をもって生まれてしまったものだから、クラシック音楽の世界に進まざるを得なかったんでしょうね。彼は今でも「僕の人生は日本人に西洋音楽をできるかどうかの闘いだった」と言ってますけど、ありあまるほどの才能を持ちながら、ただ核心だけを欠いている。それを獲得できるかの闘いだったのだろうと、私は思っています。

これは宗教や文化、言葉の問題があるから、しょうがないことで、例えば日本語は一音一音、一定の間隔で切り刻んでいく言葉で、リズムも拍節も無縁ですから。アクセントもストレスじゃなくてピッチですし。

小澤さんの偉大なところは、日本人であることから逃げずに真正面から向き合ったことだと思います。彼ほどの音楽的能力とカリスマ性の持ち主なら、情熱的な演奏で聴衆を興奮に導き、喝采を受け続けることはたやすいことだったろうと思うのです。でもそれを拒否して、核心を得ることに人生を賭けた。そこに感動します。技術的な高度さと感覚の洗練という武器はあったにしても、並大抵の努力ではなかったのだろうと思います。

アバドは小澤が闘って得ようとした部分を、何の苦もなく先天的に与えられていたので、そういう意味でも恵まれた人生ではあったんだろうなと思いますね。

投稿: TARO | 2014年1月21日 (火) 11:17

KENさん

お久しぶりです。
アバドの追悼でCDを聞こうと思ったんですが、ベートーヴェンやマーラーでは今の気分には重すぎるし、レクイエムもなにか辛すぎると思い、ロンドン響との「アルルの女」組曲を選んでみました。

自分でも驚いたんですが、最初の前奏曲を聞いてたらなぜか涙が出てきました。

>こんな事を実感する歳に

あー、それは私もカラヤンやバーンスタインが相次いでなくなった80年代の終わりから90年代のはじめにかけて、思いましたね。
今回のアバドは覚悟してましたし、自分の方もいつ死ぬかわからないのでそんなにショックはなかったんですが。
ま、ショックの大きさから言えば昨年のパトリス・シェローの逝去のほうが大きかったかもしれません。

投稿: TARO | 2014年1月21日 (火) 11:34

「アバドは小澤が闘って得ようとした部分を、」 - 同じイタリア人でもミラノ出身で出自が違う。なるべくしてなった音楽家ですから、当然と言えば当然なんですが、スワロフスキー門下として技術だけでなく「方法をもの」にした。

どうしても小澤との比較で綺麗に3Dのように浮かび上がる面が多いような気がします。昨年暮れからボストンでの完成した時期のルドルフ・ゼルキンとの共演を流しているのですが、それをアバドのものと比較してもよい。その芸術は全く異なっていても、達成度というかその仕事ぶりは似ているかもしれないです。授かった徹底した教育も斎藤門下として比較できる。音響を手触り感まで手探り寄せた完成度ですね。

それでも片や浮世絵の浪花節、片やのイタリア美術や彫刻の明晰なシルエット。これはどうしようもない。そして最後の最後に、モーツァルトのようなものをやりたかったようですが、2013年5月のベルリンのプログラムは真夏の夜の夢に続き幻想交響曲だったようです。この手のプログラムを最晩年に出してきたのは、またそれとは違う表現意欲に他ならないですね。

投稿: pfaelzerwein | 2014年1月21日 (火) 15:15

三善さんやシェローの時も「訃報ブログ」が動かないので、そういう事情だろうとは想像してましたが、今回ばかりは何か書いて下さるのではと思ってました。

アバドの実演を初めて聞いたのは81年9月の東京のシモン・ボッカネグラでした。クライバーのオテロでいきなり後ろ頭をぶん殴られ、その後に聞いたシモンでは内から押し寄せる感動をどこに持っていったらいいのか分からないような気分に追い詰められ、私の人生を変えてしまったスカラの対照的2公演でした。
最後に聴いたのはもう10年以上前、2001年ヴェルディ年のパルマでの再びシモン・ボッカネグラ。
ここ数年は毎年プレイエルにマーラー室内、ルツェルン、ボローニャ・モーツァルト管を率いて来演してくれてたんですが、チケットもバカ高くなった上、入手至難ですべて指くわえに終わりました。殆どすべて古典派中心の軽めのプログラムだったのも気になりました。体力の故かそういう心境だったのか。
そんな中で10年10月のルツェルンとのマラ9と13年4月のアルゲリッチとのベト協1番を逃がしたのは大変心残りです。
この4月にもマーラー室内とのハイドンなんかが予定されてましたが幻になりました。永遠の幻になった松島のアバドに比べれば痛恨度は薄いですが。
そんなわけでベルリンを辞めてフリーになった後の晩年の器楽演奏に一度も触れる機会がないままになってしまったのが残念ですが、シモンに始まりシモンに終わって円環を完結させてくれたのは何かの因縁だったと自分に言い聞かせて諦めることにします。

>ただ振るだけで音によるコスモスを生み出せる人は、そう多くはない

そう、シモンは私にとっては節目に現れる重要作品ですので、再びヴェルディ記念シーズンが巡ってきた12年12月にムーティがローマで初めて取り上げた時は、円環を三度締めくくるべく無理して出掛けてみましたが、もちろん優れた演奏ではあったものの昔のムーティと何ら変わらぬ直線的な音楽作りで、アバドのようなひたひたと押し寄せる感動にいても立ってもいられなくなるような重層的ニュアンスの波は全然ありませんでした。私はアバドもいつもコスミックな次元に達していたとは思いませんが、やはりシモンは彼としてもちょっと特別でしたね。

オペラでは他に83年4月のスカラのローエングリン、89年5月ヴィーンのホヴァンシチナとランスへの旅、97年8月のザルツのヴォツェックが見れた舞台のすべてでした。
2つのシモンに続いては、ホヴァンシチナがそれに勝るとも劣らない、ニュアンスの幾多の波が押し寄せるようなアバドの美質が最大限に発揮された素晴らしい演奏でした。透明感あるローエングリンとヴォツェックも良かったですが、ランスはレパートリー上演の再演のせいかペーザロ録音ほどの目覚しさはありませんでした。

86~91年にヴィーンに居られた方はアバドの主要レパートリーを殆ど聞くことができた形で羨ましいですが、当時の私は費用的にもスケジュール的にもそう簡単にヴィーンには飛んでいけず、特に89年のフレーニを迎えたドンカルロは喉から手が出る思いでしたが叶いませんでした。
ただヴィーン時代のアバドの評判は必ずしもいつも良かったわけではないようで、モーツァルトや当該ドンカルロも失望の評が多かったのを覚えています。

器楽で聴けたのは専らプレイエルでで、88年2月のヴィーンとのベト4、8、9番、ポリーニとのピアノ協1番。93年2月のベルリンを振ったブラ2、ポリーニを迎えたピアノ協1番、ドイツ・レクイエム。95年10月のベルリンとのマラ6、9がすべてです。
残念ながら私にはどれもアバドの最高の思い出とは言えず、ベートーヴェン・シリーズは新聞評も常連評もあんまり、ブラームスやマーラーは私には指揮よりオケのパーフォーマンスの方が耳に残りました。
私にとってはアバドはオペラで、特にシモンやドンカルロやホヴァンシチナのようなドラマ的に屈折した作品でコスモスを垣間見せてくれる人だったような印象を持ってます。

アバドのレパートリーを振り返ってみますと、その中核はモーツァルトから新ヴィーン楽派までの独墺音楽でしょう。イタリア音楽は殆どロッシーニとヴェルディに限られ、ベッリーニ、ドニゼッティは機会的に手を付けただけみたいだし、プッチーニはやらない。続いてノーノなど現代物。ロシア音楽もムソルグスキー、ストラヴィンスキー、プロコフィエフとか重要なレパートリーですね。フランス物もラヴェルの全集録音はあるけれど、演奏会ではドビュッシー共々熱心に取り上げたことはないようです。
要するに典型的に北方志向、知性寄り、禁欲的タイプですよね。今考えると実はジュリーニの直系だったのかもとも思います。
独オペラでもシュトラウスはエレクトラだけでサロメさえ振ったことはないのじゃないでしょうか。
ロッシーニはブッファしかやらなかった理由は今一つ分かりませんが、ベルカントやヴェリズモに興味示さなかったのは分かるし、ヴェルディだって中期三部作さえやらなかったのもまあ理解の範囲内。ヴァーグナーも一部しかやらなかったし、全体として相当ストイックにレパートリーを選んでたタイプですよね。

考えてみるとシノーポリも中欧志向だったし、数日前にはシャーイがパリで初めてヴィーン・フィルを振っていきましたが、今まで私は感心したことは一度もなかったシャーイは今回はシベリウスとブル6でヴィーンを見事に活性化し、珍しくもオケからも拍手で送り出されてました。2人とも独語は堪能だし(ガッティやルイージも)、イタリアというのはほんとに多重的で不思議な国ですね。

演奏史上重要なアバドのレパートリーというともうこれは圧倒的にヴェルディ、続いてロッシーニということになるでしょう。感性と知性の絶妙なバランスの内に音楽に重層的な奥行きを与え、人間の真実を突きつける全体的音楽劇として再生させたという意味で。
それに比べると彼のマーラーやヴァーグナーは優れた演奏ではあるにせよ、他の大演奏家に伍して演奏史上忘れ難いものとして残るものかどうかは私には良く分からないところがあります。

アバドは私にとってヴェルディを発見させてくれ、ヴェルディや音楽劇への確信を完結させてくれたという意味でとても大切な存在でした。ベーム、ムラヴィンスキー、バーンスタインにはぎりぎり間にあっただけ、クライバーとは10年足らずでしたが、アバドは間欠的ながら20年間ごく一部の行程を共にしたという意味で別種の感慨があります。ブーレーズやギーレンと時間を共有できるのももう長くないでしょう。
音楽聴き初めの頃からずっと付き合い続けてきたというとマゼール、プラッソン、ムーティ、バレンボイムあたりになりますが、少なくとも最後の2人は上記の人々ほど私に音楽観の形成にまで踏み込んできたわけではないので。

心残りは多いです。
ヴェルディのレクイエムやドンカルロ、彼の守護神的レパートリーだったとされるマーラー復活の実演に接するチャンスに恵まれなかったこと(ヴェルレクと復活はパリでもやったにも拘わらず!)。
2000年ザルツのトリスタンをキャンセルされたこと(代役はマゼールで面白かったからまあ文句はなかったんですが。復活祭音楽祭と夏の音楽祭のプロダクション配分と費用負担でモルチエともめたのが原因とか)。
98年エクスのドン・ジョヴァンニでアバドとダブルだったハーディング指揮の日に当たったこと(演出のブルックが采配を握ってた上演で、「驚き」にこだわる彼の方針に従って2人の指揮者とダブル・キャストの出演日程は客にも歌手にも事前に知らされなかった。初日はハーディング指揮で、彼の方がアバドより演出に沿ってたという評判でしたが)。
モーツァルトや春の祭典の70年代録音でアバドの意図をよく体現してるように思ったロンドン響との演奏会をニアミスで逃したことなど。
まあすべてを得るのは無理で仕方ないと封印するしかなくなってしまいましたね。

>でもそれを拒否して、核心を得ることに人生を賭けた。そこに感動します。

小沢さんは本当に本当にそうですね。
「彼も私も厄介な病気になってからは、お互いに心配しあってきました。」という小沢さんの言葉が沁みます。

つい長くなりすみません。

投稿: 助六 | 2014年1月22日 (水) 11:04

pfaelzerweinさん

ベルリン・フィルとの「真夏の夜の夢」と幻想交響曲というプロには大変に驚かされました。でも驚いただけでそれ以上深く考えてみませんでしたが、たしかにまた別の表現意欲ですね。
表現意欲といえば、この最晩年にシューマンの交響曲をついに取り上げたというのも、大変に示唆的なんじゃないかと思います。アバドが取り上げるなら2番、4番あたりだろうかと思ってたんですが、はたしてまず2番をモーツァルト管でもベルリン・フィルでもとりあげましたね。全曲完成を期待してたんですが、残念です・・・

>片や浮世絵の浪花節、片やのイタリア美術や彫刻の明晰なシルエット

おっしゃるようにこれは「どうしようもない」んでしょうね。
私が小澤さんの音楽から感じるのは、絵巻物です。どのコンサートの時だったかは忘れましたが、アバドの演奏を聞いていてあるとき私は真っ青な空をバックに、白い雲の上に乗って空中に浮遊するアクロポリスのパルテノン神殿を連想したことがあります。
それに対して小澤さんのは同一平面上でするするするすると展開していく絵巻物。しかも平安時代から江戸時代の襖絵に至るまで、日本の絵画は必要な部分しか描かず、余計な部分はすべて雲に覆れているわけで、そこにもなにか共通する美意識を感じるのです。欧米人のすべてを白日のもとにさらけ出そうとする意志(これはむしろアバドよりもマゼールやインバルでしょうか?)とは真逆の。

いままでアバドと小澤を積極的に比較してみたことがなかったのですが、そうですね、比較して考えてみると色々重要な事が見えてきそうな気がしてきました。

投稿: TARO | 2014年1月22日 (水) 15:10

助六さん

お久しぶりです。
退院後はなんとか仕事も普通にできてるんですが、どうも夜になるとすごい疲労感を感じて…。なかなかブログにまでは、手が回りませんでした。
11月ごろからはわりと回復してきたと思って、2回ほど東京にコンサートを聞きに行ってみましたが(ヒラリー・ハーンのシベリウスが壮絶でした)、2回目には翌日倒れてしまいました。

アバドは今回松島だけでなく、サントリーのチケットも入手して準備万端だったのですが、残念です。私にとっては前回のルツェルン来日のマーラー6番が生では最後ということになりました。

私にとっても勿論アバドは第一にヴェルディ、第二にロッシーニ指揮者ということになります。第三にというならやはり新ウィーン楽派でしょうか。
ただ私は彼のコンサート・レパートリーの中核をなした、ハイドン、モーツァルトからマーラーまでの録音も、長く聴き続けられるように思います。

マーラーは現在ある数多くの全集のうち10年後残っているのは、バーンスタインとアバドだけじゃないかという気がしますし、シューベルト(グレートを除く)とメンデルスゾーンは現状で決定盤。ハイドンもカラヤンやベーム、バーンスタインやショルティ、ラトルましてピリオドの数々は聞かれなくなっても、アバドとヨーロッパ室内の録音は残りそうな気がするのです。ベートーヴェンすら残るかもしれません。勿論さしたる根拠はないので、ただの贔屓のひきだおしかもしれませんけども。

モーツァルト・オペラは残念ながら残らないでしょうね。歌手の問題もありますが、私自身モーツァルトを聞くときは、結局ベームを取り出してしまいます。

アバドには「ドン・カルロ」でDGのアバド編折衷版だけではなく、複数の版で演奏を残して欲しかったという気があります。4幕版はスカラ座のライヴ録音がありますけども、ちょっと録音が悪いですし。
あとは「ルル」と「椿姫」でしょうか。特に前者はたしかザルツブルク復活祭の上演予定にあがったことがあると思うんですが。

ブルックナーの6番は一筋縄ではいかない音楽だと思いますが、シャイーは得意中の得意なんですよね。私が6番の魅力に初めて気付かされたのも、シャイーとどこかの放送オーケストラのライヴ録音でした。なんにせよシャイーとウィーン・フィルとの関係が良くなってるようでよかったです。

投稿: TARO | 2014年1月22日 (水) 17:02

こんばんは。心配していましたが久々のブログに安心しました。こちらは都民でもないのに、来週の都知事選挙のことで頭がいっぱいです。

投稿: shinkunnopapa | 2014年2月 2日 (日) 22:56

shinkunnopapaさん

お久しぶりです。ご心配いただきまして、ありがとうございます。
おかげさまで今は、かなり体調はいいのですが。――というかここ数年、夏になると体調が悪くなり、冬になると調子が良いというのが続いてまして、寒くなると元気。暖かくなると「また具合が悪くなるのかなあ…」と、気分的にもちょっと落ち込むという変なサイクルになっています。

今日はフィリップ・シーモア・ホフマン死去のニュースなどが入って、驚きました。薬物の過剰摂取だそうですが、リヴァー・フェニックス以来の衝撃かも。

投稿: TARO | 2014年2月 3日 (月) 22:11

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