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2014年2月 6日 (木)

運が良いとか悪いとか(続き)

20140206_lucern 松島の島々を見下ろす高台に作られたホール――可動式というのか移動型というのか――ARK NOVA は、弾力のある素材で作られた大きなバルーンで、色がエンジと茶の中間ぐらい。巨大な軟体動物のようにも見えます。

少し早目の時間に行くと、会場の外にはやたら大勢の外国人(というか白人)がウロウロしていました。この日は全員が招待だったわけですが、私達のような中止振替組と、そもそもの招待客とは招待状も受付場所も違っていて、チラッと観察した限りでは相当多くの人数、振替組ではない招待客がいたような感じです。

座席は招待状を渡すと、座るブロックが指定されるという形。センターはスーツを着たエスタブリッシュメントな方々が座り、その左右をカジュアルな格好をした私達が囲むという、ちょっと鹿鳴館気分の配置。ま、タダだからしょうがないか。

この正式名称「ルツェルン・フェスティバル・アーク・ノヴァ 松島2013」は、期間中いくつもの催しが行われたのですが、メインは東北ユース・オーケストラと坂本龍一の共演というもの。クラシック関連はドゥダメルの公開レッスンとアバドのアシスタントだったグスターボ・ヒメノが仙台フィルを振るコンサート(ベートーヴェン)、それにこの日の室内楽演奏会(閉幕の前日)の3つぐらいで、相当に意外な展開です。ミヒャエル・ヘフリガーが最初からそのつもりだったのか、それとも当初はルツェルン・フェスティバルのミニ版を予定してたのが、何らかの理由で変更を余儀なくされたのか、その辺は判りません。

定刻になりコンサートが始まると、演奏に先立ってヘフリガーが挨拶。東北ユース・オーケストラをドゥダメルが指導した公開レッスンの成果を強調。関係する行政や団体、スポンサーをいちいち名前をあげて、感謝の言葉を述べました。通訳付きなので倍の時間がかかるとはいえ、延々20分も喋ってました。

その後スイス領事館だかの方が、やはり5分以上喋って、ようやくコンサート開始。

2曲めのチャイコフスキーが、各演奏者の技量の冴えが際立ち、白熱した名演奏になりました。最初に演奏されたブラームスは私はちょっと不満を持ちました。ベルリン・フィル八重奏団のような恒常的な団体、あるいは弦楽四重奏団をベースにしたアンサンブルとかのほうが、ブラームスには向いてるように思います。やはりこの作曲家には、ヴィルトゥオージティだけではどうにもならないものがあるのかなという気がしました。ただし私の耳はまだ完治してない時期だったので、ちゃんと聴けてなかったかもしれません。

音は少し違った方向から響いていたので、PAを使っていたんだと思います。これは空気膜構造のバルーンという、おそらく相当デッドであろう空間なので当然の処置でしょう。

2曲の弦楽六重奏曲の後、休憩を挟んで神楽が奉納されるという話だったのですが、私は体調が良くなかったので室内楽演奏会だけで帰ることにしました。外にでると大勢の仕出し屋さんが野外にテーブルをセッティングしている所でした。神楽終了後、招待客のレセプションのようなものが行われたんだと思います。

そう、つまりこの日はコンサートというよりはクロージング・セレモニーだったのですね。セレモニーに華を添えるために、音楽が演奏されたということなんだと思います。たったそれだけのためにアバド&ルツェルン祝祭管を予定したとは豪華な話ですが、たしかこのプロジェクト発足の時も、このコンビはマーラーの10番の第一楽章を演奏したのでした。スタートでマーラーの未完成の曲、クロージングでシューベルトの未完成の曲という整合性をとったプログラミングだったんでしょうか?(ならブルックナーの9番でも良かったと思うけど)
まあファンとしては、たかがセレモニーの添え物のために、病気のアバドに負担をかけるんじゃない!と言いたい気もして複雑です。ま、いずれにせよ儚い秋の日の夢に終わったわけですが。

ちなみに東北ユース・オーケストラというのは、岩手・宮城・福島3県の中高生によるオーケストラらしく、東日本大震災を機に結成されたということですが、いつ結成されたのか、今後も継続的に活動していくのかなど、よく判りません。なにしろホームページが保守中になっていて、何も見れないので。神戸の佐渡さんのように、情熱的に引っ張っていってくれる大物がいるといいのですが。

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コメント

確かにセレモニー添え物の「未完成」一曲に8000円はやはりお高いですが、アバド最晩年の「未完成」ただ1曲なら恐ろしさも微笑みもある忘れ難いシューベルトになってたかも知れませんね。とにかく残念でした。
 
10月の松島を見下ろす高台のコンサートというと青空を期待してしまいますが、天気はいかがでした? 写真を拝見すると晴れ間が訪れそうにも見えますが。真昼間のコンサートだったんですか。

スポンサー等への配慮で仕方ないとこはあるにしても、スピーチ、通訳付きでも20分はやりすぎですね。感謝辞令とウィットある数節で3分で済ませることは可能ですものね。
パリでは3分過ぎれば会場はザワつき始め、「いい加減にしろ」「内容ゼロ話などどうでもいい」「音楽のために来てるんだ」とかヤジにかき消されてスピーチが尻切れトンボに終わった現場は複数回目撃してます。

投稿: 助六 | 2014年2月 8日 (土) 10:21

助六さん

公演は午後の早い時間で、つまりこの暗くどんよりした写真は、夕方ではなくまさに真昼間の写真です。ちょっと風も強くいまいちの日でした。

メンバーの名前を書くのを忘れましたので、ここに書かせて下さいね。
ラファエル・クリスト(Vn)
ヘーニャ・ゼンムラー(Vn)
ヴォルフラム・クリスト(Va)
ターニャ・クリスト(Va)
イェンス・ペーター・マインツ(Vc)
ジョヴァンニ・ニョッキ(Vc)

ヴォルフラム・クリストの他にクリスト姓が二人いますけど、ふたりともヴォルフラムと血縁関係があるそうです。
年齢的にもネイム・ヴァリューの点でも、ヴォルフラムが重鎮という感じですが、演奏自体は彼が引っ張っていくというのでもなく、全員が積極的に前に出てきたり、あるいは引っ込んだりと、室内楽的駆け引きを楽しんでるように思えました。それがチャイコフスキーでは非常に効果的で面白かったです。

>パリでは3分過ぎれば

日本で、ましてや東北では30~40分は軽く我慢するかもですね。1時間過ぎてもヤジはとばないかも。

投稿: TARO | 2014年2月 8日 (土) 21:41

弦楽六重奏って室内楽の殆ど限界点ですよね。響きも室内オケへの狭間という感じだし。
私は今でも常設室内楽グループの延長として聴いたらいいのか、ソリストの集合として聴いたらいいのか、ミニ室内オケとして聴いた方がよいのか戸惑ってしまうところがあります。
曲に応じてその辺の選択を弾き分け、聞き分けるのが面白いんでしょうけど。

以上共に返事不要です。

投稿: 助六 | 2014年2月10日 (月) 08:52

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