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2014年7月14日 (月)

マゼールも・・・

20140715_maazel よもやマゼールの訃報を書く日が来るとは、思ってもいませんでした。アバドの時は覚悟していましたが、まさかマゼールまで逝ってしまうとは… 欧米でのキャンセルのニュースが伝えられ、さらにボストン響との来日公演も降り、相当に悪いのだろうかとは思っていたのですが。

私が音楽を聞きはじめて間もない頃のクリーヴランド管との仙台公演、ベートーヴェンの4番と幻想交響曲が一番の思い出です。もはやどんな演奏だったかは覚えていませんが。録音で一番よく聞いたのは映画のサウンド・トラックでもある「ドン・ジョヴァンニ」と、スコットとの「蝶々夫人」でしょうか。 ご冥福をお祈りします。

※写真はWikipediaから。

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コメント

追悼のラディオを聞いて、どのような録音が手元にあるか考えてました。放送で流れていたのがラヴェルで、それも良いなと思いましたが、組ものは「ポギーとペス」が印象に強いです。生は復活交響曲のリハーサルが最も鮮烈で、オペラは何だったかまだ思い出せません。

精緻鮮烈な指揮振りがこの人の印象です。残念ながらクリーヴランドとの演奏の生は経験していません。落穂拾いでよい録音はまだ見つかりそうです。アバドが先に逝ったことが、おかしな言い方ですが彼にとっては溜飲がい下がったことかも知れませんね。ラディオでもカラヤンの後任になれなかったことがショックだったと触れてましたが、ああした如何にも挫折知らずの天才には大変なことだったと想像します。

投稿: pfaelzerwein | 2014年7月15日 (火) 04:03

pfaelzerweinさん

ご無沙汰しております。
なんだかマゼールって不死身のような気がしてたので、ちょっとショックです。もちろんそんな人はいない訳ですけども。音楽そのものにも年老いた感じなど一切なくって…

そういえば「ポーギーとベス」も印象深いものでしたね。「サマータイム」を歌うヘンドリックスをはじめ、後に世界的なスター歌手になる人たちがキラ星のように揃っていて。ミッチェルがやがてMETでアイーダを歌うようになるとか、ホワイトが後にベルリン・フィルの音楽監督の下でウォータンを歌うようになるとか、当時は夢にも思いませんでした。

>アバドが先に逝ったことが、

意外とライヴァルの死去で、気力が萎えちゃったのかもしれませんね。バーンスタインもカラヤンが亡くなってから、わずか1年でしたし。

投稿: TARO | 2014年7月15日 (火) 11:29

確かにマズアやハイティンクより前にマゼールの訃報を聞くことになるとは思ってませんでした。

最後に聞いたのは昨年の9月11日、シャンゼリゼ劇場でヴィーン・フィルを振ったブル8でしたが、もちろん登場の足取りも確か、当然立ったままいつもの通りの棒遣いで、特に身体的衰えなどまるで感じさせなかったですから。
最近はキャンセルの連続だったとは言え、キャッスルトンでも練習を付けていたそうですから彼らしく現役真っ只中で亡くなった形なんでしょう。
死ぬことなどなさそうに思えてたデュティウーや吉田さんも亡くなりましたね。

ただマゼールはもう10数年前から昔ほどのアクの強さが影を徐々に潜めてて、最後のブル8はテンポもゆっくり目、ほとんどクラシカルで悠揚たるたたずまいで進み、スケルツォさえマゼール節は破裂せずちょっと心配にさえなりましたが、終楽章のコサック行進やコーダの重層構造では彼流の穿ちも十分満喫させてくれました。
マゼールの解析力を息が長くスケール感のある音楽運びに自然に融溶させることに成功した例で、マゼール遺言のブル8としてよく理解できるスタイルでした。

「maniéré」なスタイルを敵視するフランスでは本当に十全の評価を得たことはなく、「技術は素晴らしいが表面的」という評価がコンセンサスを得ていたと思います。
さすがにルモンド紙は3分の2ページ、フィガロ紙も半ページ近くを割いて訃報を掲載してましたが、後者は「目覚ましいブリオと外科手術的正確さだが深さと感動が犠牲」、前者は「中国と日本で愛され」「自ら契約業務をこなしギャラも最高レヴェルの恐るべきビジネスマン」とか紋切りが踊ってました。もちろん間違いではありませんが。

私はマゼールは大好きで、あのちゃっちゃかした快刀はピタリとくる方でしたし、何を聞いても何かしらの発見をいつも与えてくれるので、彼が振るとなると予め予想付いてしまう気はしてもついついいそいそ出掛けてしまうのが常でした、フランスでは切符入手も大方楽でしたし。
パリではいろんなオケをよく振ってくれ、思い返してみるとシンフォニー・コンサートはパリ管で6回、仏国立管で3回、ヴィーン・フィル3回、バイエルン放送2回、フィルハーモニア3回、ピッツバーグ2回、NYフィル1回と最も数多く聞いた指揮者の一人かもしれません。

TAROさんはクリーヴランドとの演奏を聞かれたんですね。羨ましい。
吉田さんが「会場に入るなりチューニング中のオケから色とりどりの叫びが聞こえてきた。あのセルが作り上げた精緻な響きはどこへやらと思ったけれど云々」みたいなことを書かれていた記憶があります。

記憶に強く残るのは92年にパリ管を振った「海」と「春の祭典」の燦然たる演奏。
2000年のパリ管との感動的なブラ1。
83年と90年前後に仏国立管を振ったマラ7。
7番はマゼールの得意曲の一つで鮮烈で毒もあり、特に2回目の90年ごろの演奏はカーテン・コールで彼もフラフラしてマイクに何度もぶつかったりしてました。
それから95年のヴィーン・フィルとの英雄の生涯。絢爛と沸騰の頂点でした。

オペラでは96年ザルツのエレクトラが最高の思い出、次いで83年ヴィーンのトゥーランドット。
前者はマゼール嫌いも黙る圧倒的演奏でしたが、浅利さんの演出がすべてをぶち壊してしまった形。浅利さんを強力に推薦したのは当のマゼールだったそうですから仕方ありませんが(笑)。
91年スカラの西部の娘も楽しめました。
98年ザルツのドンカルロや99年ザルツのドンジョヴァンニとなると異論も出て当然ではあるけれど、絶対に退屈はさせないスケール感も感動もアクも楽しさも思いつきも発見も散りばめられた演奏が楽しかった。
89年のシャトレのフィデリオは、演出のストレーレルが初日前に放り出した上、ベルリンの壁崩壊の翌日11月10日に初日を開け、劇場は異様な昂揚感に包まれたのが忘れられない公演ですが、仏国立管を振ったマゼールももちろん行進曲末尾のティンパニを威勢よく炸裂させ、この歪なオペラを面白く聞かせてくれました。仏紙評は当然散々でしたが。

ディスクではあの歌唱共々恐ろしくオリジナルなトラヴィアータが時々聞きたくなるお気に入りです。

マエストロ、本当にたくさんの喜びと発見を与えて頂きました。

ブーレーズ、ギーレン、ハイティンク、ドホナーニ、ブロムシュテット、サンティ・・・まだまだ聞かせてほしいですね。

投稿: 助六 | 2014年7月16日 (水) 09:11

助六さん

ご無沙汰しております。マゼール、本当にびっくりしました。もし日本公演のキャンセルがなかったら、もっと驚いただろうと思います。

マゼールの音楽って十数年前から、徐々に変化してたのですね。クラシカルで悠然たるマゼール…う~ん、そんなブルックナーを録音で聞かされたら、絶対にマゼールとは当てられないような気がします。
助六さんが最も数多く聞いた指揮者の一人というのは、これまでのお話から推測しても納得がいきます。ぐいぐいと細部をえぐってくるアクの強いマーラー、でもユダヤの粘りじゃない、というのは他にぱっと思いつかないですが、やはりマゼール独自のものなんでしょうね。(関係ないですけど、来週の頭に東京に行くので、インバル都響の10番――もちろんクック版全曲――を聞いてこようかなと思ってます。時間とれればですが。)

ウィーンの「トゥーランドット」というのは、レコードやビデオになったマルトン、カレラス、リッチャレッリのあの上演ですね?それはうらやましいですねえ。歌手は全員最盛期だったでしょうし。
オペラ全曲録音は60~70年代はやはりカラヤンとべームが王道のキャストを揃えてたせいでしょうか?ちょっとひねったキャスティングのものを与えられてましたよね。「椿姫」のほかにも「トスカ」とか「カルメン」(モッフォの方)とか。一見バラバラになりそうなキャストを強引にまとめあげられるのもマゼールならではなのかもしれませんが。

昔の仙台は室内楽や器楽奏者はかなりのスター奏者が来てくれたんですが、オケはなかなか来てくれなかったんですよね。それでもヨーロッパのオケはベルリン、ウィーン、レニングラードと超一流が来てますけど、なぜかアメリカのオケは全然。そんな中のクリーヴランドですから、やはり興奮&圧倒されました。でも残念ながらマゼールの音楽がどうこうというのは、当時の私にはまだよくわからなかったんですけど・・・

投稿: TARO | 2014年7月16日 (水) 21:09

>インバル都響の10番

インバルはパリでもクック版の10番全曲を2回やってくれました。
最初は90年代半ばくらいに仏放送フィルを振り、2度目は11年1月にチェコ・フィルでで、会場は共にプレイエルでした。
90年代の演奏は80年代以来の鋭利・精緻なインバルの典型で、1楽章の9音重ね和音など文字通り耳を引き裂かれる感じでした。
15年くらい経った2度目の演奏ではインバルも年のせいか否か昔ほどのピリピりしたところはなくなってて、チェコ・フィルの音色も手伝って懐が深くなった感じの演奏でした。でもボケたわけではなく鋭さも必要十分にあって、どちらを取るかは趣味の問題かなと思いました。
私自身にとってのインバルはまず80年代の精妙さと表現性の強烈な融合ですけど。

晩年に入りつつあるインバルの10番、日本のオケは指揮の意図体現力では優秀だし、聞くお暇が取れるといいですね。

3月に家族の都合で帰国したのですが、後から知人からインバルと都響でマラ9があったことを教えられ、臍をかみました。
チケットも大変だったようですが。
他にも新国で私の大好きな「死の街」やツィトコーワとクリーゲンブルクの「ヴォツェック」もあったのに、抑鬱材料を抱えてて劇場に行くなど考えもしなかったのは迂闊でした。

>ウィーンの「トゥーランドット」

そう、あの公演でした。
3人とも、特にカレーラスとリッチャはその後急下降線を辿る前の最盛期でしたから素敵でした。特にリッチャのリューは私には彼女の最高の思い出の一つです。2人はまだ当時ラヴラヴでカレーラスはカバリエと二股かけてフニャフニャ色男を実行してた時代でしたね。
幕切れのオケは後にも先にもクライバー以外では聞いたことがない凄まじい響きで鳴りました。
当時ヴィーンで敵意にさらされていたマゼールも、総監督としての最初のシーズン末に出たこのトゥーランドットの成功で一挙に挽回なんて言われてましたね。

レスは不要です。

投稿: 助六 | 2014年7月17日 (木) 07:36

「フランスでは本当に十全の評価を得たことはなく」は面白いです。FAZでも「独墺ではしばしばその評価に疑問符」となるようです。可也感覚的な要素も大きいのでしょう。ショルティーとか、ヤンソンスとか、同じ系統かと思います。最後までその精力的な姿は変わらないという感じも同じですね。

投稿: pfaelzerwein | 2014年7月17日 (木) 18:50

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