オペラ

2013年6月11日 (火)

巨匠ブルーノ・バルトレッティが死去

20130611_bartoletti イタリアの巨匠ブルーノ・バルトレッティが、9日フィレンツェの病院で亡くなったそうです。1926年6月10日生まれなので、87歳の誕生日を迎える前日のことでした。英語記事の中ではワシントン・ポストが一番詳しそうだったのでリンクしておきます。死因は判りませんが、長く闘病生活を送っていたようです。

バルトレッティはジュリーニ亡き後、イタリア・オペラ界一番の巨匠だったといってよいでしょう。といっても名指揮者扱いされるようになったのはキャリアの後半、最後の20年ぐらいだったのではないかと思います。

彼は1953年のデビューですが(フィレンツェで「リゴレット」)、当時はセラフィンなどの大物が存命だったのに加え、一回り上の世代にはガヴァッツェーニ、モリナーリ=プラデッリ、ジュリーニらがいて、60年代後半になると一つ下の世代のアバドやムーティが台頭してくるという、ちょっと割に合わない世代(?)だったのかなという気もします。

しかし実際には大変な実力者で、私が聞いたのはたった一度、80年代にフィレンツェで「メフィストーフェレ」だけですが、実に素晴らしいものでした。音楽は決して押し付けがましくないのに、音が迫ってくるというか、とにかくフィレンツェのオケが本気になって弾いているのがわかるのです。

バルトレッティはアメリカのシカゴ・リリック・オペラとの関係が深く、なんと35年間(!)に渡って芸術監督をつとめました(うち単独では24年)。シカゴで振ったのはイタリア・オペラにかぎらずベルクの「ヴォツェック」をはじめとする近・現代のオペラも数多く、私達にはあまりピンときませんが、米国ではイタリアものと現代モノを得意とする指揮者という見方がなされていたようです。ワシントン・ポストの記事で初めて知ったのですが、ペンデレツキの「失楽園」の世界初演もバルトレッティだったのですね。

バルトレッティ指揮のオペラ全曲盤では「仮面舞踏会」が一番有名でしょうか。若きパヴァロッティとキャリア末期に近づいたテバルディが共演したという貴重なもの。

それにもうひとつ私が個人的におすすめしたいのは「ラ・ジョコンダ」です。これはカバリエ、パヴァロッティ、バルツァ、ミルンズ、ギャウロフという凄いキャストで、カバリエが今ひとつ調子が出てないような気もするのですが、あとは全員絶好調で素晴らしい歌の競演を聞かせてくれます。
(バルトレッティからちょっと話はずれますが、声の調子についてはともかく、このヒロイン役のカバリエの歌唱、なんにでもヴェリズモ的感情表現を求めたい人にはかなり不評です。しかしポンキエッリの人生1834-1886はヴェルディの生涯にすっぽり入り、「ラ・ジョコンダ」も1870年代の初演です。つまり決してヴェリズモ的に演奏すべき作品ではないので、そういう意味でここでのカバリエの歌唱は断然支持できるんじゃないかと思います。)

他にはフレーニが三役を歌ったプッチーニの「三部作」なども有名でしょうか。ただこの録音、他の2役は素晴らしいのですが、不思議なことにフレーニが一番得意そうな「ジャンニ・スキッキ」があまりよくないのですね。もう娘役が難しくなってきてた時期ということなのかもしれませんが。

日本には60年代にNHKイタリア・オペラで来日、スコット&ベルゴンツィ共演の「ルチア」を振っています。DVDが出ています。

ご冥福をお祈りいたします。

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2012年5月10日 (木)

訃報

どうも風邪をこじらせたみたいで、ずっと体調を崩していて更新を休んでますが、訃報がありました――

オペラ研究家・評論家で数多くの著作でもおなじみの永竹由幸さんが、昨日前立腺ガンのため亡くなられたそうです。73歳でした。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

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2011年11月24日 (木)

訃報 ユリナッチとフィゲラス

コメント欄で助六さんに教えていただいたのですが、たいへん悲しいことに二人のソプラノ歌手の訃報を伝えなければなりません。
戦後のウィーンを代表する偉大なオペラ歌手セーナ・ユリナッチが90歳で、サバール夫人でエスペリオンXXのコンサートや録音でお馴染みのソプラノ歌手モンセラット・フィゲラスが69歳で、それぞれ亡くなりました。

20111124_jurinac ユリナッチは1921年、ボスニアのトラヴニクに生まれました。ザグレブの音楽院で学んだ後、1942年にデビュー。ベームに招かれウィーン国立歌劇場と契約。第二次大戦がヨーロッパで終了した後に、ウィーンではじめて「フィガロの結婚」が上演された際のケルビーノを歌いました。その後モーツァルト、ベートーヴェン、R・シュトラウスそしてイタリア・オペラなどでウィーンを中心に活躍。ベームとカラヤンの両方に愛された歌い手でした。

私はまだ音楽に興味をもつ前だったのでよく分らないのですが、日本では何よりもカラヤンの「薔薇の騎士」の映画が上映された時に、その美しい男装の麗人ぶりがファンの心を捉えたらしいです。後に「音楽の友」誌の編集長になる堀内美也子さんが編集者時代に、熱烈な賛辞の文章を書いてたのを思い出します。

私はユリナッチの映像は、制作順とは逆に「薔薇の騎士」の前に「ヴォツェック」を見ていたので、オクタヴィアンは「なるほどこれなら宝塚好きの日本人には大受けだろうな」などと冷静に見られましたが、仮に公開当時に見ていたら夢中になっていたかも知れません。

オクタヴィアンは彼女の最大の当たり役と言って良いかと思いますが、後にユリナッチは元帥夫人をレパートリーとするようになります。また「フィガロの結婚」でも後には伯爵夫人を歌い、オルフェオから出ているアリア集(Sena Jurinac: Figaro, Palestrina, and etc. (2 CD) )では「フィガロ」「薔薇の騎士」ともにニ役を聞くことができます。
1983年に舞台から引退しました。
ついでながら彼女の名前は本当はユリナッツと発音するのだそうです。

20111124_figueras 古楽を専門とするソプラノ歌手モンセラット・フィゲラスは、ジョルディ・サバールの夫人です。サバールとエスペリオンXXのコンサートにはかかせない歌い手でした。

彼女は1942年バルセロナの生まれ。古い時代の音楽に興味を持った彼女はカタルーニャの古楽アンサンブルに参加。そこで知り合ったヴィオール奏者のジョルディ・サバールと1968年に結婚します。(ちなみにWikiによればサバールの名前の発音はホルディよりもジョルディが近いのだそうです。)

結婚後二人はスイスのバーゼルにおもむき、バーゼル・スコラ・カントルムとバーゼル音楽院で研鑽を積みます。
74年にサバールとともに古楽アンサンブル「エスペリオンXX」を結成。(XXは20の意味ですが、発音は各国語で良いとのこと。日本では『エスペリオンにじゅう』でOKだそうです。なお現在はXXI『にじゅういち』になっています。)
このサバールとエスペリオンXXがやがてスペイン古楽界の雄となり、後にはバッハなども演奏して絶賛を博すことになるのは、ご存知のとおりです。

フィゲラスは美しく繊細な声を持った歌手で、中世からバロックまでの音楽が専門の歌手でした。
同じバロックの歌手でもバーヨやカークビーとは全く異なる、素朴さを感じさせる歌い方をする人なんですが、歌声にはあたたかみがあって不思議な魅力がありました。それがスペインの中世・ルネサンスの民衆の音楽などにはピッタリとはまっていて、サバールのその種の音楽活動には欠かせないパートナーだったと言えます。オペラではモンテヴェルディは歌いましたが、それより後の時代はおそらく歌ってないんじゃないかと思います。

上に貼ったのは「シビラの歌」という88年録音の彼女の代表作です。ただしこれCDじゃなくてダウンロード販売なのでご注意ください。CDはAmazonでは高価なハイブリッド盤や法外な値段の中古品の出品しか無いので、こちらにしました。HMVのサイトだとまっとうな値段で出ていますので、CDが欲しい方はそちらお勧めです。

フィゲラスは42年生まれということで、計算したらもう69歳になってたんですね。現在は夫妻の子供たちも一緒に音楽活動をやっているそうです。

お二人のご冥福をお祈りいたします。

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2011年10月15日 (土)

バレンボイムがスカラ座の音楽総監督に

20111015_la_scala これは昨日のニュースなので、すでにご存じの方が多いと思いますが、バレンボイムがスカラ座の音楽総監督に就任することになりました。昨日書くつもりだったんですが、柳ジョージの訃報というショッキングなニュースが入ったため、書けませんでした。

世界最高峰のオペラハウスのひとつ、ミラノ・スカラ座は13日、世界的な指揮者でピアニストのダニエル・バレンボイム氏(68)が音楽総監督に就任すると発表した。任期は12月1日から2016年末まで。
スカラ座の音楽総監督は1986年から19年務めてきたリッカルド・ムーティ氏が2005年に内部対立が原因で辞任した後、空席となっていた。バレンボイム氏は現在務めるベルリン州立歌劇場の音楽総監督と兼務する。
バレンボイム氏はアルゼンチン生まれのユダヤ人。イスラエル国籍だが、同国のパレスチナ政策を強く批判。和平推進のためにアラブとイスラエルの若者の混成交響楽団を結成してパレスチナ自治区で演奏するなどし、パレスチナ自治政府から名誉市民権を贈られている。

(朝日新聞)

バレンボイムはこれまでも「スカラ座のマエストロ」でしたっけ、よくわからないタイトルを贈られていたわけですが、これで名実ともにスカラ座に君臨するということになります。

そのまま昇格したと考えれば良いのでしょうけど、さすがにちょっと驚きました。シャイーもガッティもスカラ座の御めがねにかなわなかったということなのでしょうか。
あるいは思った以上に、バレンボイムがイタリア・オペラにも適性を見せたということなのか?私はバレンボイムのイタリア・オペラは先日の来日公演の「アイーダ」を放送で聞いただけなのでよく判らないんですけど。

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2011年9月23日 (金)

理由

20110923 昨日のNHK-FM放送はこの春に開かれたフェリシティ・ロットの東京でのリサイタルのライヴでした。クライバーの最後の元帥夫人からすでに十年以上、少し不安でなくもなかったのですが、相変わらずエレガントで美しいプーランクやR・シュトラウスでした。
先日の記事ではふれるのを忘れてましたが、ロットも震災からわずか1ヶ月後の東京で、心のこもった歌を届けてくれてたのですね。

さてバイエルン国立歌劇場の引っ越し公演が今日から始まりました。二人の女王、マイアーとグルベローヴァが無事来日を果たして、多くのオペラ・ファンはほっとしているものと思われます。というかネットでは早くも今日のグルベローヴァを讃える書き込みが見られます。
本日出演のガナッシ、エルザのエミリー・マギーも来日、10月に上演される「ナクソスのアリアドネ」のキャストもピエチョンカ以下今のところは予定通りのようです。

勿論カウフマンの他にもキャンセルした歌手はいて、
ホセ・ブロスは膝の半月板損傷のため手術が必要とのこと。
パオロ・ガヴァネッリは中耳炎のため飛行機の移動にドクター・ストップ。
ファルク・シュトルックマンは抜歯後の炎症により歌うことが不可能。

みなさんのすみやかな回復を願ってやみませんが、やはり病気以外の理由でキャンセルするのは契約違反になってまずいのでしょうか?しかし原発が爆発することを想定した舞台契約なんて、そもそもあるわけないのですから、今回に限っては免責にしてちゃんとした理由を言わせるべきではなかったかと思います。
これではファルクやガヴァネッリが少しお馬鹿さんに見えるんじゃないでしょうか?

とはいえ実はフローレスの「海水を飲んで」を上回る理由が出てくるんじゃないかと、ひそかに期待してたんですが…。ちょっと残念かも。

なお、もしかすると明日は更新できないかもしれません。

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2011年9月 6日 (火)

リチートラ逝く

20110828 イタリアの世界的テノール歌手サルバトーレ・リチートラ氏が5日、南部シチリア島カターニアの病院で死去した。43歳。同島内で8月27日、スクーターを運転中に事故を起こし、昏睡状態が続いていたが、9月5日に脳死判定により死亡が宣告された。遺族は臓器提供に同意したという。同国メディアやリチートラ氏の公式サイトが伝えた。07年に死去した三大テノールの一人、パバロッティ氏の後継と目されていた。
共同通信

全オペラ・ファンの願いもむなしく、リチートラが亡くなってしまいました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

サルヴァトーレ・リチートラは1968年8月、スイスの生まれ。といっても両親はシチリア出身のイタリア人で、リチートラもイタリアで育ちます。声楽の道に進んだのは遅く、二十歳前後で仕事を辞めて発声の勉強を始めたとされています。
リチートラ自身が語ることによれば、全く音楽とは関係のない生活を送っていたけれども、テレビから歌が流れてくると、すぐにそれをまねして正確に歌えるような子供だったそうです。

18歳の時にグラフィック・デザイナーの仕事を始めますが、母親のすすめで声楽の道を志します。
しかしどうやら先生が良くなかったらしく、全く鳴かず飛ばず。7回オーディションを受けて、全部落ちたと言います。6年後、その先生を離れ、ベルゴンツィのもとでレッスンを受けたことがリチートラの転機になります。
「彼(ベルゴンツィ)が私に言ったのは、『今まで練習したことはすべて忘れ、習い始める前に戻りなさい』ということでした。彼は私に自分の自然な声で自由に歌い、人のマネをせず、本来の自分を取り戻すようにと。誰かのまねをするのではなく、自分の持っている個性、声質で勝負するのが一番だと。その教えは、今も忠実に守っています。」(日経新聞のインタビューより。映像もあります

ベルゴンツィのもとで、リチートラは初めてその才能を十分に開花させることができるようになります。
1998年、ついに「仮面舞踏会」でデビュー。はやくも翌シーズンにはムーティからスカラ座に呼ばれるという、まるで約束されたかのようなスター歌手の道を驀進します。
2002年にはパヴァロッティの最後の舞台になるはずだった、NYのメトロポリタン歌劇場の「トスカ」にパヴァロッティの代役で出演。出演が決まったのは開幕30分前。パヴァロッティの最後のステージに立ち会いに来た観客の前で代役として出演するという、想像を絶するプレッシャーだったろうと思いますが、リチートラはこれに勝利し、センセーショナルな成功をおさめます。

これによってリチートラは世界的な知名度を獲得すると共に、「パヴァロッティの後継者」呼ばわりされることになるのですが、それはちょっと変で、リチートラは声質もレパートリーもパヴァロッティとは全く違っています。どうしても誰かの後継者という言い方をするのであれば、むしろドミンゴの後継者と言うべきでしょう。ただし歌の作り方はドミンゴともパヴァロッティとも全然ちがって個性的です。

その後のリチートラの活躍は御存知の通り、日本にもムーティ/スカラ座の公演を始め、来日を重ねており、今回のボローニャ歌劇場の来日公演でも「エルナーニ」のタイトルロールを歌う予定でした。

「努力し、あきらめない気持ちと少しの運。それを続けていくことで夢はかなうでしょう」(

夢はかなったのに、こんなにも早く断たれてしまうとは…
どうぞ安らかにお眠りください。

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2011年9月 5日 (月)

アローニカ、アルベロ、シラグーザに決定

Collage_bologna ボローニャ歌劇場の来日公演の代役が決まりました。

「エルナーニ」のリチートラに代わってロベルト・アローニカが。一旦イタリア側のHPから消えたのは何だったんでしょう?日本側と合わせて発表してくれとかいうつまらない事でだったのでしょうか。

「清教徒」のフローレスに代わって、セルソ・アルベロが。ただし最終日のみアントニーノ・シラグーザが歌うことになりました。
ボローニャ歌劇場、ずいぶん頑張りましたね。代役としてはベストの顔ぶれを確保できたのではないかと思います。
清教徒のハイFといえばデヴィーアのCDでのマッテウッツィが有名ですが、アルベロもボローニャでFを出してるそうですから、期待できます。

デジレちゃんの近況も知りたいし、久々に東京に行きたくなってきました。でもちょっと無理ですかねぇ。家を留守にしてる間に巨大余震が起きたらと思うと、なかなか遠出はできない…

※ ボローニャの画像はWikipediaからです。

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2011年8月28日 (日)

リチートラ危篤!

20110828 衝撃です。テノールのサルヴァトーレ・リチートラ(43)が、27日シチリアでバイク事故のために危篤状態だそうです。

詳しく調べようと思って検索したら、さすがにkeyakiさんのサイトが早くも情報が載っていました。詳しくはそちらを御参照ください

最初BBSの亡くなったという書き込みを見て、間違って死去と書いてしまったのですが、危篤状態だそうです。大変失礼いたしました。お詫び申し上げます。願わくばなんとか回復してくれることを祈っております。

リチートラはご承知のように、ますます払底するテノーレ・リリコ・スピントの世界における、最大のスター。ドミンゴやマルティヌッチ、ジャコミーニらの世代が第一線を退き、クーラがめったに歌ってくれない現在、かつての三大テノール・レベルでリリコ・スピントの諸役を歌える唯一の人と言ってもいいでしょう。オペラ界にとってはとてつもない損失ですし、一流と目される世界のオペラハウスは、これからどうするのでしょうか?

とりあえずは、まもなく行われるボローニャ歌劇場の来日公演で、リチートラは「エルナーニ」のタイトルロールを歌う予定でしたが、どうなるのでしょうか。
キャンセルしたカウフマンに代わって「カルメン」はアルバレスが出演することになりましたが、エルナーニを歌える歌手となると…

アルバレスはリチートラと二人でデュオ・アルバムも出してるほどで、きっと二人は仲が良いのでしょう。アルバレスにも相当なショックに違いありません。

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2011年8月22日 (月)

演出家の鈴木敬介さん死去

20110822 日本のオペラ演出の草分けの一人、演出家の鈴木敬介(すずき・けいすけ)さんが、22日午後2時半、肝硬変のため東京都内の病院で死去した。77歳。(中略)
 東京都出身。1963年に日生劇場に入社し、芸術監督も務めた。モーツァルトを中心に、古典から現代まで数多くのオペラ演出を手がけた。74年に「オルフェオとエウリディーチェ」の演出で毎日芸術賞、83年にサントリー音楽賞を受賞。01年には芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。今年11月には、同劇場で「夕鶴」の公演を控えていた。

毎日新聞

竹脇無我さんが亡くなられたと聞いて、ネットで記事をさがしていたら、偶然鈴木さんの訃報にいきあたり、驚きました。ご冥福をお祈りいたします。

私は鈴木さんの舞台は見たことがありません。チャンスがあったとすればサヴァリッシュとの「フィデリオ」とか、「沈黙」の初演あたりだったんでしょうが、いずれもパスしてしまいました。

鈴木さんは演出・振り付け・舞台監督などの経験を重ねた後、63年に日生劇場に入社。日生の杮落としとして招かれたベルリン・ドイツ・オペラの来日公演で舞台監督をつとめ、本格的にオペラの世界に入ります。
66年に日生の「ポッペアの戴冠」でオペラ演出家としてデビュー。
69年からはベルリンに渡って、ベルリン・ドイツ・オペラ演出部に所属し、オペラ演出界の名匠として知られるグスタフ・ルドルフ・ゼルナーに師事。
以後、日生劇場だけでなく、二期会や新国立劇場などでの数々の舞台で、日本のオペラ演出界を牽引していった方といえます。

日生劇場の「夕鶴」は下野竜也さんの指揮で、非常に期待されていた舞台かと思うんですがどうなるんでしょう。
鈴木さんは初演50周年記念公演の演出もやられてるし、飯塚励生さんという方が演出補として参加してるので、鈴木さんのコンセプトで上演されるんでしょうか?

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2011年5月31日 (火)

MET来日公演のキャストさらに変更、ビリャソンとアルバレス参加

20110531metropolitan_opera ようやく2号機の循環冷却に手がついたと思ったら、今度は4号機で爆発音と、なかなか思うようにいかない福島原発です。

さてその原発事故の影響で来日取りやめのアーティストが相次ぐ中、引越し公演の実施を決めたNYメトロポリタン歌劇場。

きょうピーター・ゲルブ総裁からさらなるキャスト変更が発表になりました。

先にボロディナ(代わってエカテリーナ・グバノヴァ)とカウフマン(代わってヨンフン・リー。インタビューを読みましたがすごくユニークな人みたい)の来日中止が発表になっていましたが、新たにネトレプコとジョゼフ・カレーヤも来日を取りやめました。

が、あららビックリ。カレーヤに代わって、新たにローランド・ビリャソンとマルセロ・アルバレス、それに新進テノールのアレクセイ・ドルゴフという人が来日するそうです。ビリャソンとアルバレスってどうみても強化された感じですが、特にビリャソンは復帰後の声がどうなってるのか分からないので、興味津々ですね。――って私は行かないんですけども。

ネトレプコに代わって「ドン・カルロ」を歌う予定だったフリットリが「ボエーム」にまわりました。それはいいんですが、フリットリが抜けた「ドン・カルロ」エリザベッタに、代わってマリーナ・ポプラフスカヤとは・・・ まあエリザベッタはヴィオレッタほどのビックリ歌唱にはならないでしょうけれど。――私は行かないから関係ないんですけど。

最も来日が懸念されてたダムラウは、出産したばかりの乳児を連れてやってくるとのこと。これが一番の驚きです。

ピーター・ゲルブのメッセージはこちらをクリック

※ METの写真は Wikipedia からです。再利用される方は、直接Wikiのページから、使用条件を守ってダウンロードしてください。

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