小説&オペラ

2011年11月 8日 (火)

「ミステリ・オペラ―宿命城殺人事件」山田正紀

Photo ラストエンペラー愛新覚羅溥儀を擁して満州に傀儡政権をうちたてた関東軍は、昭和13年(1938年)に建国神殿を建立し、祭神に天照大神を迎えることを決めました。そしてその式典にモーツァルトの歌劇「魔笛」を奉納し、あわせて映画に記録することにしたのです。夜の女王を歌うのはヨーロッパで活躍し、三浦環とともに東洋の歌姫として人気を博した中国人のソプラノ歌手、白香花(バイ・シャンファ)。そしてそのオペラの舞台にして神殿の候補地に選ばれたのが、満州の遥か奥地に佇むあの「宿命城(シュウミンツェアン)」だったのです・・・

単行本で682ページ、厚さ4.5cm、重さ870g。お前は聖書か資本論かとツッコミの一つもいれたくなるような堂々のヴォリュームで――しかも最初の5ページはいったい何が書いてあるのか、さっぱり分からず、もう読み始めて数分で挫けそうになります。。。
しかし6ページ目から俄然面白くなり、しかも類例のないユニークな小説なので、この長さにもかかわらずあっという間に読了します。極限まで手の込んだ読み応えのある小説といえるでしょう。

小説は過去と現在を自在に行き来して綴られ、不可解な謎、密室殺人、ダイイングメッセージ、古代文字、そしてオペラのうんちくなどが華麗に散りばめられます。作者の山田正紀(まさき)さんはミステリ、SF、冒険小説などさまざまなジャンルの作品を発表していますが、2002年に発表したこの「ミステリ・オペラ」で、第2回本格ミステリ大賞と第55回日本推理作家協会賞をダブル受賞しました。
この作品はタイトルに『ミステリ』とつくように、本格ミステリの要素が最重要視されていますが、ファンタジーの要素もあるので、読み手によって向き不向きがあるかも知れません。

ただ作品の大枠は本格ミステリであるにもかかわらず、本格ものの常道である犯人が複雑怪奇な謎をしかけ、探偵が知力をつくしてそれを解明するというパターンではありません。謎の解明は出てくるのですが、犯人役が事実上いなくて、探偵役だけがいるような形で終始するので、(人物の造形が浅いこともあって、)なんとなく不満が残ります。
ラストシーンはとても美しいイメージなのですが、にもかかわらず読後感がそれほど良くないのは、その辺が原因してるのかもしれません。

しかしそんなことはともかく、このブログ的には興味の焦点は勿論「魔笛」を満洲で上演するというその設定です。
現実にこのような事態が発生したとして、奉納される芸能として第一に選ばれるのは能や狂言であり、あるいはいっそ京劇とかで、オペラが選択されるということはなかっただろうと思います。仮にあっても「魔笛」はどうでしょうか?ドイツとの関係を考えても、ワグナーの方がふさわしかったのではと思うのが、まあ普通では無いでしょうか。

ところが作者はここに「絶対に『魔笛』でなければならない」という要素を投入してきます。
このオペラ上演を企画した人物は、「魔笛」のザラストロの世界を男性原理の世界、夜の女王を女性原理の世界とし(ここまではありがちな解釈ですが)、それを日本と中国の関係に当てはめたのです。

眠れる獅子である中国は女性原理の世界であり、最後はザラストロ=日本に屈服させられ、男性原理の帝国が打ち立てられる。タミーノもパミーナも日本=ザラストロの正しさに感化され、最後は「五族協和」の理念のもとに大団円が迎えられるのです。
小説ではこれに反発する中国人の勢力なども登場し、色々と事件が起きたりします。

注目すべきはこの大胆な「読み替え演出」で、単に成立しているのみならず、よく批判される「魔笛」の筋の不統一を逆手に取った、というか筋に整合性を見出したとすらいえる解釈ではないでしょか。この場合当然、衣装も日本と中国の服装ということになると思いますが、タミーノの狩衣をどうするか、少し迷うところです。

読み替え演出が流行りだしたのは、70年代ぐらいからかと思いますが、実にその40年も前に満州ではもうシェロー・リングを先取っていたのでした。小説では触れられていませんが、五族協和で大団円ということはおそらく夜の女王一味も奈落に墜ちるのではなく、ザラストロに取り込まれてしまうんだろうと思います。これも80年代あたりに流行った解釈かと思いますが、こっちがずっと先なのです。もちろん本格的なオペラ映画を作るというのもフルトヴェングラーの「ドン・ジョヴァンニ」を遥かに先取っています。

小説では白香花が歌う夜の女王のアリアがSPレコードで何度もかけられますし、登場人物はレコードで聞いて「魔笛」を知っていたりもします。大正期の浅草オペラでは「カルメン」や「リゴレット」「椿姫」それにオッフェンバック作品などが人気を博したようですが、モーツァルトという話は聞きませんし、果たして日本人で「魔笛」を聞いたことのある人はどれだけいたことでしょうか?――と思って少し調べてみました。

調べてみると有名なビーチャム指揮ベルリン・フィルの録音は1937年。当時は録音してすぐ発売されるなどということはなかったでしょうし、ましてや日本に即輸入されるなどというのも考えられませんから、小説の登場人物はこれは聞いてないものと思われます。

一方、序曲だけですとメンゲルベルク指揮の「魔笛」序曲は1930年の録音。これはあるいは日本に入ってきていたかも知れません。
アリアではマリア・イヴォーギュンが歌った夜の女王のアリア2曲は、1925年の録音。これも日本に入ってきてたでしょうね。同じく夜の女王のアリアのフリーダ・ヘンペルによるイタリア語歌唱が1911年。エルナ・ベルガーによる、全曲盤とは別のアリアだけの歌唱のSP録音もあるようですが、録音年代は不詳です。
エリーザベト・シューマンによる「愛の喜びは露と消え」が1923年。同じくロッテ・シェーネによる録音が1930年。
リヒャルト・タウバーのタミーノのアリアが1922年。同じくペーター・アンダースのが1935年。
アレクサンドル・キプニスが歌うザラストロのアリアは1930年録音。エツィオ・ピンツァのが1927年。同じくヴィルヘルム・ヘッシュによるものはなんと1906年の録音。

他にもアリアだけというSPは結構あったようで、全曲盤が手に入らなかった時代でも、部分的に「魔笛」の音楽に接していた人は結構多かったのかも知れませんね。

ところでこの小説はかなり緻密に書かれていますが、バグが二つほどあります。一つは甲骨文字に関してで、これは作者がわざと仕掛けたのかどうか判断がつきません。
もう一つは夜の女王のアリアがレコードで流される所で「アルトが」という記述が一箇所あるのです。これも作者がなにか仕掛けてるのか、単純なミスなのかよくわかりません。

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2007年9月19日 (水)

「ラ・トラヴィアータ」 桐生 操

20070919kiryujp「本当は恐ろしいグリム童話」などで知られる桐生操(きりゅう みさお)が2001年に出した小説集。デュマ・フィスの「椿姫」、シェイクスピアの「ハムレット」、ボーモン夫人「美女と野獣」、スティーヴンソン「ジキル博士とハイド氏」の4作を題材に、あるときは原作に寄り添い、あるときは大胆に離れ、愛欲と官能の世界にずぶずぶと入り込んで行く男と女を描いたもの。

基本的には「椿姫」のパートは、オペラとは関係がないんですが、この小説集全体には(デュマ・フィスの原作とは別にヴェルディがオペラのためにオリジナルでつけた)「ラ・トラヴィアータ」というタイトルがつけられています。

オペラ好きなら誰でも知っているように、ヴェルディの歌劇「ラ・トラヴィアータ」は日本語では「椿姫」という題がポピュラーですが、トラヴィアータの本来の意味は『倫落した女』。
これが全体をトータルした題名になっていることからも判るように、主人公は(ハムレットのパートですら)「女」です。

オペラがネタモトではないので、「椿姫」の項目の主人公の名前は(ヴィオレッタとアルフレードではなくて)マルグリットとアルマン。

小説は場末の娼家に売られていく、マルグリットの哀しい少女時代から始まります。
この部分はかなり現実味があり、『そう、確かにヴィオレッタ(マルグリット)の生い立ちはこうだったのかもしれない』と思わせるものがあります。

が、二人が出会った辺りから、何かが狂いだし、話は徐々に徐々に淫靡な方向に進んで行きます。


作者によればいずれのパートも「さまざまな男女の究極の愛とエロスのかたち」を描いたとのことなんですが、私には「愛とエロス」の世界に入り込んだというのとは、少し異なる世界に入り込んでいるのではないかと思えます。
上手く表現できないのですが、「堕することに淫している」とでも言えば良いのでしょうか?

上に「愛欲と官能の世界にずぶずぶと入り込んで行く」なんて書いてしまいましたが、実は愛もエロスも官能も、すべては単なる通過手段で、本当の目的は「堕すること」。そんな不思議な印象を受けざるを得ないのです。

そしてこの作品集のヒロインたちは堕することに淫していながら、決して捨てないものがあります。それは「自我」。男たちはそれすらも捨て去っているのに。

ヴェルディの「椿姫」の主人公ヴィオレッタは、高級娼婦という身分でも精神の高貴さを失いませんでした。そして自我などというものは失くしても、愛に殉じようとします。

この小説のヒロインたちは、その点ではヴィオレッタとは正反対のかたちで愛の世界に生きています。
堕ちて堕ちて堕ちたあとに残った唯一の愛は、実は自己愛だったように思えます。愛する王子のために命を落としたオフィーリアも、夫のせいで命を落としたラシェルも含めて。――あー、もしかすると作者が究極の愛とエロスと書いたのは、あるいは真実であるのかもしれませんねえ。

なお以上の感想は、完全に的外れである可能性が大きいと付け加えておきます。何しろ「愛欲」だの「エロス」だの「官能」だのを語るのに、私ほど不適格な奴もいないと思うので。

桐生操はそれぞれソルボンヌとリヨン大学に留学した二人の女性の共同のペンネーム。エラリー・クイーンのようなものですか。
表紙が少し恥ずかしいかも。

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2007年1月27日 (土)

「蝶々殺人事件」 横溝正史

20070127 赤川次郎さんが登場する前は、日本のミステリーではこの作品がオペラ界を舞台にした推理小説の代表作でした。

この作品は横溝が終戦後すぐの昭和21年(1946年)に発表したものですが、その時点で昭和12年(1937年)に起きた殺人事件を振り返るという構成になっています。

名前からも想像できるようにオペラはプッチーニの「蝶々夫人」。しかし残念ながら特に舞台のシーンなどはなく、ましてや映画「Wの悲劇」などの構成のように、「蝶々夫人」のストーリーを二重構造で劇中劇的に取り入れたりすることもなく、はっきり言って作品はなんでもよかったものと思われます。

蝶々夫人の大阪公演の前に失踪したプリマドンナ原さくらが、コントラバスのケースの中から死体となって発見されます。

この公演は原さくらが個人で組んでいる団体『原さくら歌劇団』が、東京公演のあと、大阪に場所を移して上演する予定のものでした。
やがて容疑者は歌劇団のメンバーなど数人の関係者に絞られます。そして事件を捜査する探偵由利麟太郎の前でまたもや起こる殺人。

横溝がこの作品の背景として設定した昭和10年代の前半という時代は、かつて一世を風靡した浅草オペラはとうに衰退し、個人の有名歌手などが、団体を組んで公演を行うこうした形のオペラ上演が人気を呼んだ時期だったようです。

藤原義江の藤原歌劇団の実質的な旗揚げが、まさに1937年(東京オペラ・カムパニーの名称で。藤原歌劇団という名称での第1回公演は1939年)ですし、当時はこのほかにもいくつかの団体があったようです。

ついでながら戦前からの大スターだった長門美保は、終戦直後の1945年に、後に二期会・藤原とともに昭和の日本オペラ界を支えることになった長門美保歌劇団を設立しています。

横溝は当然そのあたりをふまえて書いている――というか横溝自身まさにその時代を生きていて、リアルタイムで知っているわけですから、ふまえるも何もないわけですが。

(ちなみに音楽好きの方は当然ご存知だと思いますが、横溝正史のご令息が、音楽評論家の横溝亮一さんです。)

横溝正史の小説は、角川が次々と映画化したりして、ブームになったこともあり、私もかなりの数を読みました。
しかしやたらとおどろおどろしい筋立て。前時代的な大仰な表現。台詞の古臭さなどなど、かなり抵抗があり決して好きな作家ではありませんでした。

ところが久々にこの「蝶々殺人事件」を読み返してみたら、不思議や不思議。そんなに悪くないのです。

まず古臭いとおもっていた表現が、まるで時代小説のように典雅な味わいをもって読めるのです。
「つやつやとした血色いい皮膚は、処女のように綺麗であった。」などという文章は、もしいま小説の新人コンクールに出したら、この1行だけで落選間違いなし。思わず笑っちゃいました。

そしておどろおどろしさもかつてほどの抵抗感はありません。(もっともこの「蝶々殺人事件」は本格ものなので、横溝作品の中では猟奇性は最小なのですが。)
横溝小説を上回る猟奇的な事件が、日常茶飯のていで起きていることも、ありますが。

昔私が読んだ1970年代には、まだ時代が近すぎて、古さだけが目立ったのかもしれません。2007年の今、横溝作品がもはや時代物として読めたことに、ちょっと新鮮な驚きを受けました。

見栄えがいいのでこれを貼りましたが、角川文庫のユーズドが71円から出てます。

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2006年11月26日 (日)

「魔笛」 ミヒャエル・ゾーヴァ(画)

20061126zowajp 私はあまり詳しいジャンルではないんですが、前回に続いて絵本シリーズ第2弾。

ドイツの画家・イラストレイター・絵本作家のミヒャエル・ゾーヴァは、大変に人気のある人で、日本でもしばしば原画展などが開かれています。昨年京都で開かれた原画展の際には来日もしました。
映画ファンにとっては「アメリ」に作品が使われたことでおなじみですし、2005年度のアカデミー賞アニメ部門の受賞作「ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ」にも関係しています。

そのゾーヴァの絵によるモーツァルトの歌劇「魔笛」の絵本です。

1998年に、フランクフルト歌劇場はアルフレート・キルヒナーの新演出で、モーツァルトの「魔笛」の新しいプロダクションを出しました。
その公演で舞台装置と衣裳を委ねられたのが、ゾーヴァでした。
この「魔笛」はその時にゾーヴァが描いた原画をつかって、絵本にしたものです。

文章は作家の那須田淳さんが担当しています。おおむねオペラのストーリー通りですが、演出によって変化を与えられた部分は、モーツァルト=シカネーダーから離れて、演出の方に沿っているようです。

たとえば冒頭のシーン。部屋のベッドで眠っていたタミーノ少年が、大蛇に襲われた夢を見て目を覚ますと、暖炉の中からもくもくと黒い煙が出てきてパパゲーノが現れるということになっています。

ゾーヴァの原画は、特に人物の絵が、なかなか可愛いらしくて、楽しく出来上がっています。

ただ舞台背景となる景色や部屋をメインに描いたものに関しては、他のゾーヴァ作品に比べて、少々ラフに感じられます。

綺麗だし味わいはあるのですが、言ってみればいつものゾーヴァ作品がレンブラントなら、この「魔笛」はフランス・ハルスみたいな。これはあくまでも舞台美術の原画という性格から、やむをえないのでしょう。

もしあまりゾーヴァになじみのない人が、モーツァルトから離れて、ゾーヴァの絵そのものを楽しみたいというのであれば、ファースト・チョイスとしては、この「魔笛」よりもむしろ絵本「ゾーヴァの箱舟」をお薦めします。これはゾーヴァお得意の動物たちを描いた作品を集めたもので(「魔笛」のように一貫したストーリーがあるものではありません)、ディテイルをじっくり眺めていくと、とても面白くかつ新鮮です。

なおゾーヴァの作品は版権処理が必要で、ここには出せませんので、
http://www.hikumano.co.jp/card.html
ちょっと画像が小さいんですが、こちらでご覧ください。
音楽好きには(8)なんか面白いかと。

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2006年11月17日 (金)

「ペンギンの音楽会」 エルケ・ハイデンライヒ

20061117皆さんは、どうして南極に住むペンギン達がいつも燕尾服を着て正装してるのか、ご存知ですか?

実はこれはほんの少数の関係者と、ペンギン達以外は誰も知らないことなんですが、南極には3、4年に一度。ウィーンからオペラ船がやってくるんです。もちろんウィーン国立歌劇場で活躍する素晴らしい歌手たちを連れて。

ペンギンたちはその日に備えて、いつもエンビで正装してるというワケ。
今年もやってきました。演目はヴェルディの名作「椿姫」。アルフレードを歌うのは、なんとあの三大テノールの一人、ホセ・カレーラス!
そしてヴィオレッタとジェルモンは――読んでのお楽しみとしておきましょう。


この「ペンギンの音楽会」は、『大人の絵本』として大評判を呼んだ「黒猫ネロの帰郷」(1995)のハイデンライヒとブーフホルツ(絵)のコンビが放った第2弾。ドイツでは1998年、日本ではその翌年に出版されました。

わずか59ページ、ほとんど全ページに挿絵が入っていて、しかも活字が大きいのであっという間に読み終わります。

絵はすごく素敵ですが、多少疑問なのは、オペラ好きの人じゃないと、あまり面白くないんじゃないかなということ。
「黒猫ネロの帰郷」の方はかなり感動的というか、誰が読んでもちょっとホロっとなると思うんですが。

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2006年8月16日 (水)

「魔笛」 野沢尚(さらに続き)

20060816matekijp野沢さんの第3期は、第2期の最後の3年と重なり合う97年から始まります。この年、野沢さんは小説「破線のマリス」で江戸川乱歩賞を獲得しました。
乱歩賞への野沢さんの応募はこれが3回目で、文字通りの3度目の正直だったわけです。
すでに野沢さんは自作脚本のノヴェライズなど幾冊もの本を出版していましたから、新人のためのミステリー作品のコンクールである乱歩賞への応募はかなり意外なものでした。野沢さんとしては単にネームヴァリューで出版してもらうのではなく、コンクールという場で賞を得て、正当に評価されてからミステリー作家として立って行きたいという気持ちだったようです。

「破線のマリス」のマリスとは、malice悪意のことです。ここではTVニュースの女性編集者を主人公に、TV界の内幕を描きながら、その女性が次第に外部からの悪意に絡めとられ、後戻りすらできない窮地に追い込まれていく、その様子が緊迫感を持って描き出されています。

しかしこの作品は、ミステリーとしては、十分に完成度が高いものとはいえませんでした。なによりもヒロインの心理の変化があまりに唐突で、ああここから主人公が変になっていくんだなあというのが、はっきりわかってしまうのです。そのほかにも水際立ったヒロインの造形に対して、周囲の人物がステレオタイプにとどまっていることなどの欠点も見受けられました。

3年後の2000年に発表された「深紅」は驚くべき傑作で、「破線のマリス」からわずか3年とは思えないほどの完成度の高さを示しています。
この作品は賛否両論、読者を二分したようですが、2001年の吉川英治賞を受賞しました。しかしこの「深紅」の文庫版の解説で、選考委員だった高橋克彦さんが率直に述べているように、当時は選考委員すらこの作品の本質をつかんでいなかったようです。

この「深紅」は一家惨殺事件の生き残りの少女と、その犯人の娘という二人の女性の話ですが、真価が理解されなくてもなお受賞してしまうほどに魅力溢れる作品だったと言えるのでしょう。
ネットで誰かが書いていた「これは癒しの物語だ」というのがもっとも簡単にこの小説を要約していると思いますが、そう、確かにこれは「癒し」の物語です。なんだか今の日本では「癒し」という言葉は手垢にまみれてしまったの感がありますが、一見何気なさを装われたラストシーンは、作中の登場人物だけでなく、私たち読者の心をも深い感動で満たしてくれます。そして確かに野沢さんは「物語」の書き手であるのです。

M A T E K I

2002年に発表された「魔笛」は、オウムの地下鉄サリン事件をヒントに、大量虐殺事件を犯した新興宗教の教団の、逃亡中の幹部の女性と、それを追う刑事というストーリーです。

作品の冒頭で、その女性は白昼の渋谷スクランブル交差点で、またしても無差別大量殺傷事件を引き起こします。
追う刑事の人物像が出色で、こんな刑事像がありうるなんて想像もつきませんでした。追われる女性の方は生まれながらにして異常な人格の持ち主で、そういう点ではこれまでの野沢作品のヒロイン像とはまるで違っています。

そしてここに、なにげにモーツァルトの「魔笛」がからんでくるというわけです。ただし作中にオペラのシーンが出てくるなどというわけではありません。タミーノの魔法の笛に相当する小道具も、これといってオペラでの役割について懇切丁寧な説明があるわけでもなく、判る人だけ判ればいいということなのでしょうか?

そのほかにも女主人公の境遇や人物像、怪しい教団やその他の団体の存在などなどに、モーツァルトのオペラの影をちらつかせています。前々回の記事に「モーツァルトの歌劇を知らない人には作品の全体の姿は見えない」などと書いてしまったのですが、これは間違いでした。「オペラを知らなくても全体の姿はわかるんだけれども、作者の意図を100%理解は出来ない」と書くべきでした。

「破線のマリス」でヒロインは、外部から与えられた悪意によって、徐々に行動を狂わされていき、自らもTVの525本の走査線にあいだに悪意を染み込ませていきます。
「深紅」のヒロインは想像を絶する体験によって、心の中に押さえ込んできた鬱屈した思いが、次第に悪意として芽生えていきます。
そして「魔笛」は生まれながらにして、心に悪意を抱え込んでいる女性。

このあと野沢さんは遺作となった「ひたひたと」で、何気ない普通の人々、まったく私たちと同じような一般市民のなかにひそむ悪意をとりだしてみせます。ストーリーテリングの名手、野沢さんらしい実に鮮やかなやり方で。
そして悪意は受け継がれ、輪廻し、、、、

この「ひたひたと」は5編の短編(中篇?)による連作集となる予定でしたが、作者の死によって中断され、最初の2編だけが残されました。

2004年6月28日の未明、野沢尚さんは事務所で首を吊って自殺しました。享年44歳。

事務所には遺書とみなせるメモがあり、そのうちの1通は鶴橋さんにあてられていました。自殺の動機を示すような内容はなく、「夢はいっぱいあるけど失礼します」と書かれていたそうです。

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2006年8月15日 (火)

「魔笛」 野沢尚(続き)

20060815matekijp野沢さんの第2期は、第1期の終わりと重なる92年から始まります。
この年、彼はフジテレビの「親愛なるものへ」で連続ドラマ、それもトレンディ・ドラマと呼ばれていたジャンルに挑戦しました。

当時内館牧子や野島伸司らの脚本で、若い女性の圧倒的な支持を受けていたトレンディ・ドラマへの野沢さんの参戦は、業界内でも軽い驚きをもって受け止められたように思います。主役にはトレンディの女王浅野ゆう子をむかえ、野島ドラマのような驚異的な視聴率を叩き出すという事こそなかったものの、批評の面では期待は十分に達せられたように記憶しています。

もっとも当時トレンディという言葉自体が一種の流行語になっていて、いま振り返ってみると、果たしてトレンディ・ドラマって何だったんだろうという気はします。いったい「親愛なるものへ」はトレンディなのか?――少なくともその典型と見られていた内館ドラマとは(当然ですが)、随分と感触の違うものではありました。

96年のフジテレビ「おいしい関係」では、プロデューサーと意見が合わずに、途中から他のライターとの共同脚本の形をとるというようなアクシデントもありました。

この第2期の連ドラの時代は1999年まで続きます。その最後の2年間に野沢さんはフジテレビから2つのミステリ・ドラマを送り出しました。それが「眠れる森」(98)と「氷の世界」(99)です。

「眠れる森」はキムタクの主演で、視聴率は約束されたようなものでしたから、脚本家はさほど視聴者におもねることなく、ある程度書きたいように書くことは出来たんじゃないかと思います。犯人探しという連ドラにはなりにくい素材で、明らかにチャレンジと呼ぶにふさわしいものでした。

「氷の世界」は松嶋菜々子と竹野内豊でいわゆる『月9』の枠。
しかしこの二つのドラマでは、別種の問題が出てきました。テレビドラマ・データベースの記事から引用させてもらいます。

「1998年にはミステリードラマ『眠れる森』を発表。綿密なコンストラクションによる精巧な脚本づくりをモットーにする野沢氏らしい連続ミステリードラマの傑作で放送当時、『犯人は誰か』が巷の話題をさらいました。作品自体も出色の出来映えと評価する向きも多かったのだが、ネットを中心に犯人捜しという点だけを見て批判を寄せる向きも少なからずあったようだ。こうした声に野沢尚氏は敏感に反応、次作のミステリー『氷の世界』では予想を覆す犯人を用意したものの、逆に全体の作品構造のまとまりに欠ける仕上がりとなってしまった。」

こうしたことも、野沢さんを小説に向かわせた原因のひとつなのでしょうか。

この2つのドラマではもう一つ、野沢さんとインターネットとの係わり合いという意味で、無視できない事件が起きています。

「眠れる森」で局のHPに寄せられる視聴者からの声に触れた野沢さんは、続く「氷の世界」では、自らも番組のHPに設けられたBBSに作者として実名で登場することにしたのです。

しかし本人が出てきたと知った時、匿名の発言者たちは、野沢さんに対する誹謗や中傷、人格攻撃を始めたのです。

「『お前の作品はひどすぎる』
『作家なんかやめちゃえ』
 私はそう書いた人と話したいと思った。『何でそこまで言うのか』『なぜやめなきゃいけないのか』と。しかし実際の本人と話すすべはない。ネットの世界では、結局言われっ放しで会話ができないのかと、もどかしい思いばかりが募る日々だった。
 私は自分の名前を出して発言した。しかし相手はそうではなかった。匿名性というなかでは、どんな人間でも演じられる。自分の発言に責任を持たずに、どんなことを言っても攻撃されはしないという安全地帯にいる。私が『本当のお客さんなんじゃないか』と思っていた人は、実はどんなふうにでも化けられる。この人たちの生の声はいったいどこにあるのか。」
(「野沢尚のミステリードラマは眠らない」より引用)

私はそのBBSを読んでいませんが、2ちゃんねるのいわゆるお祭り状態になったのであろうことは、十分に予想がつきます。
野沢さんにはその種の免疫が無かったのでしょう。上記の引用した部分だけを読んでも、あまりにもナイーヴであった様子が伝わってきます。

「ハンドルネームを持つ人々が自由な意見で意見交換をする匿名社会は、人々の心に悪意を増殖させている。発言に責任を取らなくてもいい。てっとり早く相手を攻撃できて、憂さ晴らしができてしまう。」(同)

今だったら「そこでブログですよ」とお薦めしたいところですが、1999年ですから、まだブログは存在しなかったですよね。
(続く)

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2006年8月14日 (月)

「魔笛」 野沢尚

20060814nozawajp「魔笛」は野沢さんが2002年に発表した小説です。タイトルの通りモーツァルトのオペラ「魔笛」を思わせる幾つかの要素がさりげなく登場する他、作品全体も善と悪、光と影が背中合わせになっていて、ある意味ではモーツァルトの歌劇を知らない人には作品の全体の姿は見えないようになっています。

しかし、かといって野沢さんがオペラ「魔笛」にインスパイアされたとか、オペラのストーリーをある程度なぞっているとか、はたまたオペラそのものの見直しを迫るとか、そういった本質的な部分まで「魔笛」に取り込まれているのかと言えば、そういうわけでもなくて、さりとて歌劇「魔笛」を便利な小道具として使っているというのでもなく、オペラ好きにとってはなんとも不思議な読後感に誘われる作品です。

NOZAWA  HISASHI

野沢尚さん(1960-2004)は多くの方がご存知かと思いますが、まず映画とTVドラマの脚本家としてスタートしました。
後に映画化される「Vマドンナ戦争」(1985)の脚本で、城戸賞(※)に準入選したあと、「マリリンに逢いたい」(1988)などの映画用脚本を書く一方、TVの世界ではかつての読売テレビの名ディレクター鶴橋康夫さんと組んで、優れたドラマを数多く生み出しています。

(※ 松竹の社長だった城戸四郎氏を記念して設けられた新人のための脚本コンクールで、国内ではもっとも権威あるシナリオ関連の賞の一つ。)

一般的には鶴橋さんが野沢さんを育てたなどという言い方をされることが多いように思いますが、もちろん育てるにしても育つにしても才能があるからで、鶴橋さんは野沢さんの才能を的確に引き出したという言い方でも良いのかもしれません。

二人のコンビによる作品は1985年から1992年までの8年間に十数本(たぶん15本)。その後しばらく途絶えて2000年と2004年に、それぞれ野沢さんの小説のドラマ化という形で1本づつあります。この92年までの鶴橋さんとの時代を野沢さんのキャリアの第1期と考えてもいいんじゃないでしょうか。

ここで野沢さんが単に熟練のシナリオライターとなるべく、鶴橋さんに鍛えられたということなのか、それともそれ以上に思索の方向や問題意識の持ち方、人が生きるとは何なのかということ、自らの「業」を探り当てるということ、などなどそういった事柄について鶴橋さんの影響を受けているのか、いないのか、大変に興味のあるところです。
この時期の最後の作品にあたる「雀色時」(すずめいろどき)などは、どこまでが鶴橋ワールドでどこまでが野沢ワールドなのか区別がつきません。いずれにしてもテレビドラマの枠をはるかに超えた驚くべき作品でしたが。

この第1期における映画関連での重要な「仕事のエピソード」としては――という日本語はちょっと変で、普通は『重要な仕事は』でいいわけですが――、北野武の第1回監督作品「その男、凶暴につき」の脚本というのがあります。

小説「破線のマリス」の後書きに自ら書いている通り、この作品の撮影中に野沢さんは、どうやら北野監督が脚本を滅茶苦茶変えてるらしいという噂を聞きつけます。そして完成した作品を試写で見た野沢さんは、それが事実であること、そしてにもかかわらず映画は傑作であったことに大きなショックを受けます。

野沢さんの心は傷つき、北野監督の2本目の作品のための執筆依頼も拒絶してしまいます。野沢さんの生涯を振り返ると、この人は人並みはずれて傷つきやすい人なんだなあと思ってしまうのですが、この件に関してはその気持ちは察するにあまりあります。

一方北野監督の方も、その後自ら台本を書くようになり、「脚本は監督が自分で書くもの」と公言するようにもなりました。いま思ったんですが、書くこと自体は、あくまでも自分の思い通りに書きたいから書いてるんでしょうけれど、わざわざ「監督が書くもの」と発言してるのは、あるいは野沢さんに対する気遣いもあったのかもしれません。
(続く)

画像の一部に、いつもの東京発フリー写真素材集さまからお借りした、渋谷の写真を加工して使わせていただいています。

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2006年2月22日 (水)

「シャーベット・アリア」 山崎洋子

20060222SherbertariaJP山崎洋子さんといえば、「花園の迷宮」で江戸川乱歩賞を受賞したミステリー作家ですが、この「シャーベット・アリア」はミステリではありません。
夫・姑・不倫の相手・亡くなった親友の娘、周りをとりまく様々な人間関係の中で揺れる一人の中年女性の心を綴った作品です。

もともとは1992年に「婦人公論」に連載されたものなので、当然ターゲットとなる読者層は完全に決まっています。
ということは私なんかは、かなり苦手分野の作品ということになるのですが、予想したより結構興味深く読むことができました。

興味を持続させてくれた理由の一つには、ちょっとダレそうになったころに上手くオペラの話題なんかがはいってきたこともあって、それがなんとショスタコーヴィチの「ムゼンスクのマクベス夫人」だったりするあたり、おぬしやるな!ではありませんか。(それもケルン歌劇場の来日公演、クプファー演出の。)

タイトルのシャーベット・アリアというのは、ロッシーニのオペラなんかに出てくる脇役のアリア(例えば「セビリャの理髪師」のベルタのアリア)。その頃にはオペラの中でアリアとアリアの間の、レシタティーヴォでつながれる部分になると、観客は退屈してアイスクリームを食べたりしていたんだそうです。どうやら今の球場みたいに、アイスクリーム売りが客席を回ってたみたいですね。そんな時に脇役歌手や新人歌手たちが登場して歌うつぶやきのようなアリア。

この作品にこんなタイトルをつけた作者の意図は、最後に明らかにされます。

それにしてもです。
主人公の不倫相手の男性の描写。

「しかし憂子の知っている拳人は、まさしく永遠の不良だった。生活観などまるで感じさせない。すみずみまで鍛え、磨いた肉体を、計算されつくしたファッションに包んでいる。中年男がそんなことをして、ほんの少しでもバランスを崩すと、そこに無理が見え、ただただ滑稽になる。だが拳人の場合、見事なまでにそれが身についていた。家庭や過去の匂いをまるで感じさせないというのは、相当エゴイスティックな生き方をしているせいではないかと、憂子は時々怖くなる。」

思わず笑っちゃいました。どうして女流作家というのはこの手の男が好きなんでしょう。それとも世の女性は、概してこういうのに惹かれるもんなんでしょうか?
男から見ると「ケッ!」ですが。

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2006年1月20日 (金)

「三文オペラに恋して」 エレーヌ・ファインスタイン

20060120Oomachi2JPタイトル通りブレヒト/ワイルの「三文オペラ」が登場します。
しかも単に小説の中にオペラ上演のシーンが出てくるというのではなく、この小説は「三文オペラ」や「マハゴニー」などの作品が次々と生み出されていく、まさにその時期のブレヒトやワイル、そして彼らをとりまく人間関係を描いています。

登場人物は二人のほかに、もちろんロッテ・レーニャ、ヘレーネ・ヴァイゲル、カローラ・ネーアーなどの実在の人物たち。
ただし小説の主人公で語り手である女性、フリーダ・ブルームだけは作者の創造によるもの。彼女はブレヒトの愛人の一人で、ユダヤ人のキャバレー歌手。「三文オペラ」の初演では小さな脇役を演じる一方、ロッテ・レーニャのアンダーとして控えていたという設定になっています。

ナチス台頭期のベルリン、スターリン体制下のソ連、赤狩りのアメリカ、そして戦後のクレムリン支配下におかれた東ベルリン。
あるときは愛人として尽くし、あるときはあいまいな関係から逃れようともがき、フリーダは付かず離れず、ブレヒトと並行して世界の都市をめぐります。
そしていつしかブレヒトへの精神的な隷属状態から、本当の自分自身を見出していくフリーダ。「フリーダにとって、ブレヒトとの出会いは人生の頂点であり、地獄の始まりでもあった。その二面を二面ながらとっくり受けとめることが、フリーダ自身の最大の課題であり、彼女の人生への最高の表敬だったのだ。」(訳者の池田香代子さんのあとがきより)

当然ブレヒトの戯曲やブレヒトとワイルのオペラに詳しい人なら、より面白く読める作品です。私はこのあたりは、あまり好きじゃないし知識も無いので、ちょっと残念でした。

東ベルリンに戻ったブレヒトを描いた小説としてはジャック=ピエール・アメットの「ブレヒトの愛人」があり、これもなかなか興味深いものです。ゴンクール賞の100周年の時の受賞作。

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