風変わりな人々

2012年11月19日 (月)

ザ・シンガー~風変わりな人々・16

20121019kotohdai1 (昨日からの続きです)
私が座って一休みした椅子は左の写真のベンチ。ここに座ってミネラル・ウォーターを飲んで、ほっと一息つきました。最近はどうも体力がなくなって、すぐ疲れるのです。
20メートルほど離れたところには野外ステージがあって、ステージの前は観客用のベンチが円形に取り囲んでいます(右下の写真)。JAZZフェスの時などはもちろん会場になりますし、何かイベントがあるたびにアマチュアのバンドが演奏したりもしています。

そのステージから歌が聞こえました。でも変なのです。ステージには誰もいないのに歌だけ聞こえるのです。もちろん観客もいなくて、ステージ前のベンチにはポツポツと離れて3人ぐらい暇そうにしてるだけ。

20121119kotohdai2 最初、ステージ裏で誰かが歌の練習をしてるのかな?と思いましたが、それにしては音が近いのです。ベンチで暇そうにしてる3人のうち一人はホームレスのおじさんで、眠っていました。もう一人は自転車用のヘルメットをつけてすごく大きなリュックを背負った若者で、荷台の荷物を詰め替えたりしていました。雰囲気的には自転車で日本一周してます的な感じ。もう一人は中年の女声で長い髪に黒いサングラス。でも彼女は微動だにせず座っています。とても歌を歌ってるふうには見えません(でも実は彼女だった)。

そのうち私はもっと変なことに気づきました。聞こえてくる歌はどれも歌謡曲だったのですが、非常にしばしば音程がなくなるのです。つまり全部同じ音で歌っちゃってるようなのです。

♪ 寝乱れて、隠れ宿、つづら折、浄蓮の滝~

「この曲なんだっけ?」
耳に馴染んだ曲でも音程がないと、わからなくなってしまうものなんですね。ちょっと意外。聞いたことがありそうな、知ってる曲なんだけど思い出せないと歯痒い思いをしていたのですが、次の歌詞で判りました。

♪ くらくら燃える火をくぐり~

天城越えだっ!と気がついてスッキリした瞬間、その歌声も「♪あなたと越えたい天城越え」と、回答を発表してくれました。
歌は次にアリスの「冬の稲妻」になり、それから中森明菜の「飾りじゃないのよ涙は」になりました。私はどっちも歌えるので分かるのですが、2曲とも歌詞は正確です。音程は相変わらずなくなるのですが。

石川さゆり、アリス、明菜とくると、どうやら歌ってる人は私と同世代かちょっと下ぐらい?と推測。
次に全く予想外の曲が出てきたのですが、それは同世代という私の推測を裏付けることになりました。

♪ モスラヤ~、モスラ~

それまで正確に歌詞を朗唱していたその人ですが、この曲だけはなぜかずっと「モスラヤ~、モスラ~」の部分だけ繰り返し歌ってるのです。まあ、難しいですもんね、あのモスラの歌の歌詞は。

私はどうしても誰が歌ってるのか知りたくなり、ステージの方に近づきました。すると実は微動だにしてないと思ったサングラスの女性が、上半身はピクともさせずに、口だけ動かして歌っていたのです。それまでは男の声か女の声か判断がつかなかったのですが、女性と判ってみると確かに女の声でした。

私は何気に「ただの散歩ですから」風を装い、自分の椅子に戻りました。
ふ~む・・・いったいこの女性は、なぜに公園で大声で歌ってるんだろうか?しかも身体は微塵も動かさずに。疑問はいろいろと湧いて来ましたが、まあ人それぞれ事情はあるしなどと思っていると、また曲は「天城越え」に戻りました。

もしかしてここから今まで歌った曲をループするんだろうかと思い、私は立ち上がりました。そして公園を後に、家路をたどろうとしたその時です。
彼女はまるで私を歌で見送るかのように、まったく意外なレパートリーを繰り出してきたのです。

♪ 響きわたる鐘の音に、やがて夜の訪れに~

ドヴォルザーク?!!

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2011年5月18日 (水)

ミルク ~風変りな人々・15(後)

20110518_milk その日は珍しいことに、私が店に入った時、スジャータ君はちょうど帰るところでした。
彼は帰りしなになんと!また新たな行動に出たのです。こんどは砂糖やミルクと同じ台の上に置いてある紙ナプキンをガシッとひとつかみ取って、かばんに入れ帰っていったのです。

もしかすると私は無意識の中で、彼のその行為を予感していたのかも知れません。なぜなら全然驚かなかったからです。紙ナプキンってティッシュペーパーの代わりぐらいにしかならないと思います。何かこぼしたときには拭けますが、雑巾代わりとまではさすがにならないし、水に流せないからトイレット・ペーパー代わりにも無理。もちろんメモ用紙にもなりません。

2回コーヒー飲む金があったら、ネピアの5箱ぐらいは買えてまだお釣りが来ると思うのですが。というかティッシュなんて駅前を歩けば、サラ金やらパチンコ屋やら風俗店やらのティッシュ配りの人が沢山いるんだから、その人達に貰えばいいと思うのです。

でもまあスジャータ君はとにかく貧乏で、凄い節約をしないといけないのかも知れない。きっとそうなんだろうと思いました。そう思って見ると服も全部暗い色だと汚れが目立たないし、コーディネイトの余地すら無いのかも。考えてみれば金持ちになるということは、どこかで搾取してるということにもつながるかもしれません。清く正しく美しく生きれば貧乏にならざるを得ないと言えるようにも思えます。

「あまりスジャータ君をせめるのはやめよう」私はそう決めました。そもそも私自身が金持ちじゃない、というよりただの貧乏ライターなのだし、貧しきものは幸いでもあるのです。どこかから♪貧しさに負けた、いえ世間に負けた~などという歌も聞こえてくるような気がしてきました。

ただ私がどうにも割り切れず、昨日の記事で複雑とか疑問とか書いたのは、彼と哲学の関係でした。

哲学という学問は何をする学問なのかという問いは、難しすぎて私には答えられません。彼がなぜ哲学や宗教学の本を読んでいるのかも不明のままです。純粋に思索が好きなのかも知れませんし、必ずしも生き方を考えるために哲学・宗教学の本を読んでいるとは勿論限りません。

ただカントを読んでいたということは、当然彼は倫理学や美学についても学んでいそうな気がします。もちろん倫理学に関心のあるひとが、常に人が人として正しく生きるにはどうすればいいかを考察してるわけではないでしょう。美学を修めていたとしても、そもそも美学とは哲学の一ジャンルであり、「美」という文字はついてるものの美意識や美的感覚を高めるものではまったくないですから、センスが悪くても不思議はありません。

でもやはりちょっと変じゃないかと思うのです。そんな本を沢山呼んで哲学的考察を重ねている人が、ミルクや紙ナプキンをごっそり持っていく。ご自由にお取りくださいと書いてあるから、もちろん犯罪ではなく軽いモラルの問題であろうと思うのですが…

 * * *

そうこうしてるうちに東日本大震災が起き、不自由な毎日が続きました。電気は数日で通じるようになったものの、都市ガスがまったく復旧の気配がなく、我が家でも料理の手段がなくて困っていました。

そんな時、家電量販店が一部フロアを使って限定営業を始めたというニュースを耳にしました。私はさっそくテーブルに置くポータブル・タイプのIH電磁調理器を買いに行ったのです。

お持ちの方はご存知だと思いますが、IHクッキング・ヒーターでも据え置き型の大きいのは200Vなので、電源工事が必要です。
震災後の混乱の中で電気工事なんか絶対に不可能なので、AC100Vで使えるポータブル型のIHをとりあえずガス復旧までのつなぎとして、買おうと思ったのです。

1万5800円の国内有名メーカーのと、5800円の聞いたことのない中国製のとあって、迷ってしまいました。もちろん国内メーカーのほうが良いに決まってるのですが、単なるツナギだしねえ。「もしかして1週間も使わないかも知れないのに、1万円余分にだすのもなあ」などとケチケチ精神も発揮され、店頭で私はしばしの間たたずんでしまいました。

で、結局迷ったすえ、私は5800円の中国製を買うことに決め、レジで払いを済ませました。その時視界の隅に見慣れた何かがうつったのです。スジャータ君でした。

彼はさっきまで私がいたIH電磁調理器のコーナーに向かって歩いていました。そして、IHコーナーにたどり着くとざっと見渡して、こともなげに私がさんざん迷った末買うのを見送った15800円の国内メーカーのをとりあげ、レジに向かったのです。

スジャータ君って、もしかしてお金持ち!?少なくとも私なんかよりは確実に・・・

そういえば金持ちほどケチだって話は、よく聞くし。ホームレスの人が亡くなったら、預金通帳に数千万円はいってたというエピソードがしばらく前にあったんじゃないでしょうか?
彼もそのくち???

買ったばかりの安いIHクッキング・ヒーターを抱きながら、私は仙台駅前の通りをよろよろと歩いて例のカフェにたどりつきました。そして170円のブレンド・コーヒーで、なんとか心を落ち着かせたのでした。スジャータ君は買い物の後そのまま家に帰ったらしく、その日はカフェには現れませんでした。

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2011年5月17日 (火)

ミルク ~風変りな人々・15(前)

20110517_milk コーヒーに入れるミルクとかを小さなパックにした、スーパーなんかではポーションといって売ってるやつ。あれって正式名称なんていうんでしょう。やはりポーションでいいんでしょうか?
私はどの製品でもうっかりスジャータと言ってしまいます。電子オルガンをついエレクトーンと呼んでしまうのと一緒で、ほんとはダメなんですけど、なんかつい…

で、自宅でコーヒーを飲むときは普通の牛乳をいれますが、喫茶店ではもちろんポーションのミルクを使います。

一、二年前のある日のことなんですが、私はいつものように仙台市内の170円カフェで原稿の推敲をしていました。
するとある人がミルクをいっぱい――そう、8個ぐらいでしょうか、取っているのが目の端にうつりました。そこはミルクも砂糖も水も全部セルフサービスで、客が台の上から勝手に取っていくシステムなのです。

その人は男性で、背が高く痩せ型、年齢不詳で30代といわれればそう見えなくもないし、50代と言われればそうかなとも思います。まあ40代ぐらいとしておきましょうか、とりあえず。

で、「そんな、ミルクを7個も8個も入れるなんて、少しおかしいんじゃないの?だったら最初からカフェ・オーレ頼めばいいのに」と私は思いました。(それって普通な反応ですよね?)

でも次の瞬間ひらめいたものがありました。そうかカフェ・オーレは210円。こいつはカフェ・オーレを飲みたいにもかかわらず、40円節約したくて代わりにブレンド・コーヒー+スジャータ8個を入れようとしてるんだと。(そこの店で使ってるのは実際はスジャータじゃなくて別の製品)
なんてケチくさいんでしょうか。そこまでして節約したいんだったら、最初から120円の缶コーヒーでも飲んでればいいのに。

――しかし、事態は私の想像を軽く超えていました。その人は持ってきたミルク・ポーションのうち1個だけをコーヒーに入れて、残りの7個をかばんのなかにしまってしまったのです。その人はしばらくしてトイレにたった後、こんどはやはり砂糖を7~8個持ってきて、かばんにしまいました。

ミルクはコーヒーか紅茶に入れるしか使い道がないと思うんですが、もしかして砂糖は料理に使うんでしょうか?これはすごい!私はある種感嘆しました。せこさもここまでくると「凄い」の領域ではないでしょうか。しかし感嘆と同時に私はある複雑な感情というか、疑問というかを彼に持たざるを得ませんでした。

 * * *

実は私はこの人とはそのカフェでよく出会っていたのです。出会うと行っても、たんに見かけるというだけで、顔見知りということではなく、もちろん話をしたこともありません。

ただこの人には非常に注目していたのです。

まず最初に私が彼に目をとめたのは、その色彩感覚でした。その人の服は絶対に私が容認できない色の組み合わせでコーディネイトされていたのです。(いや、コーディネイトされていなかったと言うべきか?)
例えば60年代後半のサイケデリックだったら、私の感性とはいかにかけ離れていても、それはそれで一つの特別な美意識につらぬかれているんだなというのは分かります。

彼の服装はとてつもなく地味で暗い色のものばかりなんですが、たとえば黒に近い紺と、黒に近い茶の組み合わせだったりするのです。
もちろん紺と茶のコーディネイトはありです。日本では昔から茶の袴に紺の羽織りという合わせかたはありましたし、その逆もありました。
私自身も茶と紺のリヴァーシブルのLANVINのブルゾンを持っていたことがあります。

でも両方共黒に近いのでは、組み合わせは不可能と言えるでしょう。なぜちゃんとした黒で全身を統一しないのか。――と、他人ごとながら私は思うのでした。

この人とはその店に行くと必ず出会うのですが、彼はいつも分厚い本を読んでいました。
そもそも「必ず出会うというのが」ちょっとおかしいのです。私は毎日のように仙台市内の170円カフェのVELOCEと200円カフェのDOUTORに行くのですが、顔を覚えられるのが嫌なので、仙台市中心部の数軒をローテーションで順番に回っています。どこかの店に行く曜日は決まってなくばらばらなので、必ず出会うということは、彼は毎日来てるんじゃないかと思います。
しかも私は時間も一定してないのに、午後に行けば必ずいるということは、相当長居してるんじゃないかと推測できます。

170円で毎日来てたら1ヶ月に5100円。――5100円あるんだったら、砂糖とミルクぐらい自分で買えよって最初の話になるんですが、それはともかく、彼はいつも分厚い本を読んでいました。

風変わりな人々に目がない私のセンサーはしきりと反応し、私はどうしてもその人がどんな本を読んでるのか見たくなりました。
彼がトイレにたったすきに、私はなにげに近くを通り過ぎるふりをして本を見ちゃいました。それは、ものすごく難しそうな哲学書でした。その時は日本人が書いた学術書的なものだったと思いますが、英語の本で辞書がテーブルの上においてある時もありました。あと宗教学っぽい本の時もあり、カントとかヘーゲルとか基本的な文献の時もありました。

いったいこの人は何ものなのか?

毎日喫茶店に来て、長時間哲学の本を読んでる人。大学の先生だったらそんな時間的余裕は取れないと思います。どの大学にも近い場所ではないし。在野の哲学者なんて、現代日本で存在しうるんでしょうか?

そんな疑問は頭の中に渦をまいたものの、本人に聞くわけにもいきません。結論がでずそのうち関心も薄れて来たところに、このミルク・ポーション事件です。

彼に対するアンテナがふたたび活動を始めたことはいうまでもありません。私は彼を心ひそかにスジャータ君と名づけ、観察を続けることにしました。
(続く)

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2007年5月29日 (火)

エクソシスト ~風変りな人々・14

20070529jozenjijpこの前の日曜日のことです。図書館に仕事で使う本を借りに行った帰り、家に帰る前に少しその資料に目を通しておこうと思って、仙台市内の160円カフェに入りました。数百人が入れる大きな店舗で、私はノンスモーカーなんですが、いつものように奥の喫煙席に座りました。

隣には20代後半ぐらいの若い男性と、少し年上の30歳前後でしょうか、女性が座っていました。
男性はアイス・ココアにクリームがのったやつ、女性はアイスティーを飲んでいました。男性の方は暗い顔で飲み物に手もつけてません。

すぐそばですから、2人の話は聞くとも無く聞こえてきます。なんだかよくわかりませんが、その男性がトラブルを抱えているようで、2人は真剣に相談してるみたい。
するといきなりその男性は女性に向かって、およそ予想だにつかないことをいいだしたのです。

男「除霊してくれる人を、紹介して欲しいんです」

じょ、除霊!???

もっと驚いたことに、その女性はOKすると平然と携帯電話を取り出したのです。
女「じゃあ、私と一緒に行く?」
男「はい」
女「○○先生ですか?△△です。実は私じゃなくて、私の知り合いなんですけど、除霊をお願いしたいんです。・・・はい。・・・はい。出来るだけ早くがいいんですけど。・・・ありがとうございました」

女性は日時を打ち合わせて携帯を切りました。
うわあ。。。。
この思い切り普通そうな男には、でも悪霊がついてるんだ・・・。すごい・・・。

男「△△さん、除霊してもらった時どうでした」
女「凄く肩とか軽くなって良かったよ。早くやってもらえばよかった」

あーた、それ除霊じゃなくてマッサージにでも行った方が・・・。
男性は女性に対して、ある程度目上の人に対する丁寧な言葉で喋ってるんですが、雰囲気的には親密な感じもあり、私は会社の同僚というか女性が先輩・男性後輩という関係かなと推測。

社員2人も悪霊が取り付くなんて、その会社大丈夫かしらん・・・?

それにしても仙台に除霊なんてする人が居たんですねえ。除霊というとカラス神父とかメリン神父とか緑色の液体を口から吐くとか首が360度回るとか、そんなのしか連想できない私は本当に驚いてしまいました。

しかし真の驚愕は、その後に訪れたのです。


男性はほっとしたのかトイレにたって、少しして戻ってきました。

男「あれ。△△さん上のクリーム食べましたよね」
女「え、なに?」
男「上のクリーム」

男性が指差すグラス。たしかに上にあったはずのクリームが無い!

女「やだ、××君が食べたんでしょ」
男「食べてませんよ。全然手つけてないんですから」
女「知らないわよ。人のもの食べるわけないじゃない」
男「えー?」
女「じゃ、あんたに取り付いてる霊が食べたんじゃないの?」
男「そんなこと、あるわけ無いじゃないですか!」

『霊が食べた』に1票。

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2006年11月23日 (木)

駅前温泉 ~風変りな人々・13

20061123triojp 昔は銭湯が町中にあって、でも自宅に風呂を持ついわゆる内風呂が増えるにつれ、銭湯はどんどん閉店していきました。しかし70年代ぐらいを中心に銭湯の数と反比例して、サウナが増えていきました。

これはいったいどうしたことなのでしょうか?
仙台市ぐらいの規模の町ですら、市中心部に十数軒はサウナがあったように思います。

今考えてみると不思議な気がします。たかが高級風呂屋がなんだって、あんなに沢山あったんでしょう?

でもって私もかつては結構サウナに行ってたのでした。飲んでからサウナでアルコールを抜いて帰宅なんて、決してやっちゃいけないことを、よくもまあ、若さにまかせてというか、愚かにもというか、やっちゃってたもんです。

街中にあるサウナの店舗数がガクンと減ったのは、バブルがはじけてから。

原因は3つぐらい考えられると思います。

1)郊外の安いスーパー銭湯が人気を集めて客をとられた。500円ぐらいですから、2000円はとるサウナでは太刀打ちできません。しかも駐車場完備。

2)長期の不況と価格破壊で、たかが風呂に2000円も払いたくないという気持ちが広がった。

3)環境に対する行政の意識が変わり、排水の水質規準が厳しくなって、営業を続けるには新たな設備投資を必要とした。

といったあたり。3に関しては市町村によって違うと思いますが。
そんなこんなで私自身も、もう5年ぐらいサウナになんか行ったことがありません。
これは以前に、わりとよく行ってた頃の話。

サウナで痩せるというのは迷信で、水分が出るだけで、そのあとビール一杯飲んだら、逆にカロリー摂取して逆効果。というのは良く知られてると思います。

そうは言っても簡単に痩せられそうな気分に誘われるのか、基本的にサウナというのは太目の方々が多いような気がします。

しかしそのサウナには、とても痩せた人が3人来てました。
とてもというのは正しくありません。正しくは「極限的に」痩せた人が。

誤解されると困るので、念のため断っておくと、私は痩せた男性の裸をウォッチする趣味など、これっぽちも持っていないのですが、というかどちらかといえば目を背けたいのですが、その3人はあまりにも(痩せ具合が)凄いので、ついつい観察してしまうのです。
私はこの3人をひそかに「激ヤセ3人組」と名付けました。
(グループで来てるわけじゃなくてバラバラですが。)

そのうちの一人は身長が190cm以上、もしかすると2m近いんじゃないでしょうか。
凄く細くて、当然あばら骨なんかもくっきりと浮き出ています。

彼は手足も長く、骨っぽいので、なんだか四肢を動かすたびにガチャン、ガチャンと音が聞こえてきそうでした。
風呂ということは裸ですから、その骨格標本みたいな巨大なオブジェが、ガチャン、ガチャンと音をたてて(それは嘘ですが)、ザッブ~ンと水風呂から上がったりすると、思わず恐怖に打ち震えるのでした。
ちょっと北方ルネサンスの版画に出てくる死神とか黙示録の騎士とかみたいな感じだったので、私は彼をひそかに「死神くん」と呼ぶことにしました。

もう一人は、3人の中ではまだすこし脂肪がついていたかもしれません。でもとっても細くて、ただ顔が平安時代の絵巻物か(ヘアースタイルが何故か正面から見るとおすべらかしみたいだった)、歌麿の版画にでもでてくるようなだったので、私は心ひそかに彼を「浮世絵くん」と呼んでみました。

しかし3人目の人ほど凄い人を見たことがありません。
その人は筋肉も脂肪もなく、骨の上を皮膚が覆っているだけなのです。いや、そんな人はいませんから筋肉はあるんでしょうけれど、無いとしかみえないのです。内臓も無さそうに見えます。
もうウエストなんて横から見ると厚さは5cmも無いくらい。当時ウエストサイズに若干の問題を抱えていた私は、見るだけでくらくらしてきました。

私は最初この人はきっと、物凄い難病で何ヶ月も入院してたに違いない、そしてすっかりやせ細ったけれど、これからサウナで新陳代謝を良くして太るんだろう。そんな風に考えて自分を納得させました。

そしてちょうど半年後、またその人とサウナで会ったのです。彼は1kgたりとも太っていませんでした。
そもそもが極限的に痩せた人だったのです。
彼はおそらく日本で一番痩せてると思いますが、そんなひとに仙台で出会うとは!

私は彼に「激ヤセくん」という愛称をつけ、観察することにしましたが、残念ながらそのあと、2、3回しか見れませんでした。

ちなみにユニット名に「激ヤセ」とついてるのに、一人だけ「激ヤセくん」は変じゃないかと思う人がいるかもしれませんが、これは激ヤセ中の激ヤセという気持ちを込めてるのですね。キング・オブ・キングスみたいな。

で、その後私もサウナには行かなくなったし(そもそも血圧高いからお酒を飲んだ後、サウナになんか入ったら死んでしまう)、その3人とも出会うことは無くなり何年も経ちました。

この夏です!再会したのです。激ヤセくんと。
それは仙台市内の喫茶店でしたが、そう、たしかに彼に間違いありません。
ヘアスタイルも昔と変わりなく、少し長めのウェーブのかかった髪をなびかせ、ちょうどジークフリート・イェルザレムみたいな感じ。
服を着てたのではっきりとは分かりませんが、まったく太ってはいないようでした。ポロシャツを着てましたが、ソコから出ている腕も昔の細さをしっかりキープしてるようです。

激ヤセくん、元気だったんだねえ・・・

激ヤセ君はやけに太った男性とお茶してました。両極は惹き合うのかもしれません。

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2005年12月 7日 (水)

恋愛小説家 ~風変わりな人々・12

20051207Masue4JPジャック・ニコルソンとヘレン・ハントが主演した映画「恋愛小説家」はご覧になられたでしょうか?この中でジャック・ニコルソンは病的なまでに潔癖症の男を演じます。清潔さに対して潔癖というのならわりといますが、この映画の主人公の男は、それはもう徹底していて、歩道を歩く時もきっちり敷石の通りに歩かないとダメというタイプ。まあ、ここまでくるとタイプ(類型)ではなくて、ユニーク(唯一)のような気もしますが・・・

私の知り合いの女性も凄くて、電車では絶対に座席に座らない。シートが汚れてたらイヤなのかと思ったらそうではなくて、頭上の網棚に誰かが荷物を置いたらホコリが落ちるのが嫌なんだとか・・・う~ん・・・凄い・・・

で、まあその人は女性なんで、なんとなくわからなくもないかなという気はするんですが、先日すごい男性を見ました。
その日も私は、仙台市内の某160円カフェで(つうか Veloce なんですけど)、本を読んでいました。

彼は――年齢は40代、ごく普通の目立たないおじさんという感じ――私の隣の席に座りました。
そして持っていた鞄の中から、おもむろに小さなドーナツが沢山はいった袋を取り出し、食べ始めました。
こういうところでは食品の持込は断るのが普通ですから、私はちょっとあきれ、でもまあ「世の中にはそういう人もいるさ」と思って、無視して読書に戻りました。

でも・・・そうなんです。風変わりな人々をキャッチする私のアンテナが、何かある、何かありそう、と告げるのです。

読書のふりをして、なにげに注目する私。果たして彼はやってくれました。

ドーナツを食べて、コーヒーを飲み終わった後、彼は向かいの椅子に(二人用の席だった)ぽんと足を載せ、満足そうに微笑むと鞄から全く思いがけないものを取り出しました。

それは歯ブラシ。
「え?まさかここで歯、磨くの?」(<私の心の声)
そうなんです。この人、そのまま喫茶店の席で歯を磨き始めたのです。

ど、ど、どうするんでしょうか?口は濯がないの?
しかもとっても丁寧に、まるで歯医者の歯磨き指導みたいに何分もかけて・・・

私はファンタスティックな結末になるんじゃないかと、とっても期待しました。
『コップのお冷で濯いで、コーヒーカップにペッ』とか。

でも残念ながら、お店の人が来て、その人に何か注意したようでした(隣の席でしたが、なんと言ったのかは聞こえませんでした)。

彼は歯ブラシをビニール袋に入れて鞄にしまい、しばらく不満そうにしてましたが、やがて店を出て行きました。
あの人の口の中はいったいどうなってるんでしょうか?

というかそもそも、おやつ程度のドーナツ食べただけで、わざわざ歯を磨かなくても・・・。エナメル質が過度に減ってるんじゃないかと心配です。

写真:近所の林なんですが、なんていうかこう紅葉のエアーズ・ロックみたいな・・・

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2005年10月12日 (水)

奇妙な果実~風変わりな人々・11

20051012MilanoJPミラノのスカラ座の近くにあるマクドナルドに入った時のことです。
そんな、何も食の天国イタリアまで来て、わざわざマックに入らなくてもという感じですが、時間がなかったり疲れたりした時には、やはり便利なのです。
全世界一緒のメニューというのが、海外旅行でつい失われがちな平常心を保つのにも役立つんですよね。

店内はとても混んでいました。
私はようやく空席をみつけて座りました。ちょうど隣は日本人の女性3人組。(なぜ日本人と判ったかというと、日本語で喋っているのが聞こえたからです。)

たしかビッグマックとコーラを食べ始めようとしたその時です。隣の席の日本人女性が「ねえねえ、あの人見て・・・」と他の二人に言いました。
それが聞こえて、私もついつられてそちらの方向を見るとそこには、今まさに店に入ってきた一人の男性。年齢は多分50ぐらい(?)。

その人は全身に果物をつけていたのでした。

帽子には沢山のりんごやバナナ。
服にもどんなのを着てるのか分からないくらいに、全身すきまなくパイナップルやらオレンジやら葡萄やら、あとは私の知らない果実やらなにやらかにやらを飾っているのです。

唖然。この人は何?だいたいあんなに果物をくっつけて、重くないの???
とりあえず私はそれが本物の果物なのか、プラスティックや布でできた偽物(?)なのか、とても気になりました。とはいえ、「少しおかしい人」だったら困るので(イタリア語で因縁つけられても判らないし)、その人に注目するのは止め、目をそらして見ないようにしました。
隣の女性たちも、また自分たちの会話に戻ったようでした。

しかし。ほんの1~2分後、なにげにチラッとそちらを見た私は、ヤバい!と気づきました。

その人は品物の乗ったトレイを手にして、座る席を探しているのです。
だけど空いていないのです。私も座る席を探すのにとても手間取ったぐらいですから。

その果物おじさんは、私の席の方を見ると、キラッと眼を輝かせたようでした。
そう、私は二人席に一人で座っていたので、向かいの椅子が空いていたのです。

彼はおもむろに私のテーブルにきて、ニッコリ笑って向かいの席に座りました。

呆然とする私&隣の日本人女性たち。

ご承知のようにマックの二人席用のテーブルはあの狭さです。日本もイタリアも似たようなサイズ。そこに果物おじさんと向かい合って座る私・・・

凍りつく私の前で、全身に果物をぶらさげながら、真剣にハンバーガーに喰らいつくイタリア人の変なおじさん。

あんぐり口をあけたまま見守る、隣の女性3人組み。

やがてその人は食べ終わると、私に向かって「チャオ」と言って、去っていきました。
眼を見合わせる私と女性3人組み。
・・・。でもその後、その3人組みと仲良くなり、話がはずんだことは言うまでもありません。
(なお果物は本物・偽物、取り混ぜてあったように見えましたが、、、)

写真:ミラノのドゥオモ(部分)

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2005年8月 2日 (火)

ピクニック~風変わりな人々・10

20050802SalzburgJP私と後に登場するAさんと、どっちが風変わりなのかということなんですが・・・

その夜、私はウィーン国立歌劇場の1階の立見席でオペラを見ていました。ウィーンの立ち見というのは、行かれた方はご存知だとおもいますが、1階の平土間席の中央すぐ後ろ、つまり劇場内で一番良い席が立見席になっています。(あと天井桟敷にも、もっと安い立ち見席があります。)

こうしてお金はないけど時間と体力のある音楽学生などは、安い金額で最高の席で(ただし立ってですが)、オペラを見ることができるわけです。アバドなどもウィーンのスワロフスキーのもとで学んでいた時代は、しょっちゅう立見席でオペラを見ていたということです。

その時はたしかザンピエリとバルツァの「マリア・ステュアルダ」だったと思います。
たまたま私の隣にいたのが同じ日本人のオペラ好きの方で――仮にAさんとします――、幕間に話をすると、日本で同じ演目を見ていたりして、すっかり意気投合してしまいました。
私達はオペラがはねたあと、平土間席にいたAさんの友人を加え、三人で軽く食事をしました。

三人ともオペラ好きということで、話は弾んだのですが、私はなにげに「明日はザルツブルクに行くんだけど・・・ザルツカンマーグート地帯にも行ってみたいと思ってて」と言ってしまいました。

するとAさんは言いました。「ああ、去年行ったよ」
もちろん私は聞きました。「どう行くんですか?バスとか出てます?」
Aさん「ザルツブルクから歩いて行けるよ」
私「え?歩いて??」
Aさん「すぐ近くだし」
私「ザルツカンマーグート地帯って湖水地帯ですよ。サウンド・オブ・ミュージックのオープニングに出てきた場所ですよ」
Aさん「そうだよ。去年行ったから」
私「歩いて?」
Aさん「歩いて」

地図で見るとインスブルック/チロルに向かう道路を行くと、とにかくありそう。でもどうみても歩いていけそうな範囲内には、ザルツカンマーグート地帯などという文字はないのです。

しかし翌日ザルツブルクに移動した私は、行きました。ええ、行きましたとも。チロル方向への道を南南西に向かって。歩いて。
道路は一本道みたいなもんで、すぐに分かるとAさんは言うし。

いい加減に足が疲れたころ、ザルツの市街地を過ぎ、周囲の景色は田園風景へと変わりました。オーストリア・アルプスを背後に控えたザルツ近郊の田園は美しく、それ自体はなかなかの見ものでしたが、行けども行けども湖水地帯などは現れません。

そのうち湖のほとりに建つお城(上の写真)なんかも見えて、まわりは実に奇麗なのですが、田園風景は変わりません。いかにも豪農といった屋敷なんかも現れます。足は完全に棒です。

ついに、「いやだ。もう帰ろう・・・」と思った、その時です!

普通の展開ならここで、遠くに湖水地帯のきらめく水面が見えたりするんですが、そんなものは全然なくて、代わりに予想だにしないものが現れました。

20050802AnifJPそれはアニフという標識。
ガーン!そもそも私は、旅行中にぜひ時間をとってアニフ(ザルツブルク近郊の村の名前)にある教会に、カラヤンのお墓参りに行きたいと思っていたのでした。

小高い丘の上に、アニフ教会はありました(写真右)。カラヤンはまだ亡くなって間もなく、お墓は質素な木の十字架がたっているだけでした。(今は石のお墓になってると聞いてます。)

帰りはバスで帰ってきました。私はいまだにザルツカンマーグート地帯がどこにあるのか分かりません。

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2005年7月24日 (日)

ホワイトアウト~風変わりな人々・9

20050724natoriJPつい先日の暑い夜のことです。
私は仕事で仙台市の南にある大河原という町に行ってました。
思ったより時間をくってしまって帰りは夜の9時半ごろになってしまいました。仙台行きの東北本線の列車はガラガラで一車両の中に数人しか乗っていませんでした。

私は今年の初めごろに発売されたものの、買い損ねていたピーター・ラヴゼイの新しいミステリを出し、一心不乱に読みふけっていました。
電車が名取駅をすぎて南仙台駅に着こうとするころです。ふっとまわりを見回すと、車両のなかには乗客は私を含めてわずか2人。斜め向かいの席には若い女の人がすわっていましたが、なにか様子が変です。

彼女は深くうつむいていて長い髪を顔全体にかかるようにしています。まるで顔を見られたくないかのように。

私は読書に戻ろうとしましたが、なんとなくもう一度だけチラッと彼女の方を見てしまいました。何かが変だったからです。と、彼女はあたかも私の一瞥を待っていたかのように、ゆっくりと顔を上げました。すると・・・


のっぺらぼうだったのです!!!


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「やだ、もうTAROさんったら、あたし乗ってるのに全然気づかないんだもん」
顔全体を覆っていた白いハカチを外しながら、そう言った彼女はとある飲み屋のヘルプの子。その日はお通夜があって遅くなり、これから国分町に出勤なんだとか。
気づかないから驚かせてやろうと思って、ずっとチャンスを狙ってたって・・・
やめてよね、血圧高いんだから。

写真:南仙台から名取方向を望む

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2005年5月30日 (月)

断崖~風変わりな人々・8

20050531airplaneJP実は私自身のことなんですが。
フンメルさんのブログにコメントを付けさせていただいた時に、なにげに書いたことなんですが、実はこれはかなり風変わりかもしれません。

私、90度に切り立った場所に立つと必ず飛び降りたくなるという、困った性癖を持っているのです。

高いところ自体は大好きで、90度じゃなくてちょっとでも斜めになってたり、でこぼこがあったりすれば大丈夫なのですが。ヘリコプターで床が完全に透明なのとかも大好き。ニューヨークの崩壊した世界貿易センタービルの最上階は、ほんのちょっとだけ下の階よりも突き出ていて、その部分の足元の床がガラス張りになっていました。つまりそこに立つと、下は完全に空間。足元に何もなく空中に立っているような感覚を味わえるのですが、そういうのも大好きなのです。

ああ。それなのに、なぜか90度に、つまりまっすぐ垂直に切り立っているところのてっぺんに立つと、どうしても飛び降りたくなる衝動を抑えることができません。
というか、今生きているということは、衝動を押さえることが今のところ出来てるのですが、必死で衝動を抑えるのに苦労するのです。最近は初めからそういうところには近寄らなくなりました。
いったいこれはなんなんでしょうか?

もしかして幼児期のトラウマ?(親からその種のエピソードは聞いたことなし)
それとも自己破壊願望?(だったらなぜ90度だけ?)

ちなみに普通の意味での高所恐怖症ではありません。

写真:こういうのは大好き

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