仙台

2012年10月 4日 (木)

宮城野区文化センター

201210042 昨日書くつもりだったんですが、無理だったので今日にまわしました。

新設された「宮城野区文化センター」がJR仙石線の陸前原ノ町駅のそばに、2日オープンしました。
本来は今年4月開館予定だったのですが、震災の影響で半年遅れのオープンになりました。
コンサートホール、シアターなどを備える文化施設で、児童館と図書館、それに会議室・音楽室・実習室・体育館といった市民が利用できる各種施設を持つ市民センターが併設されています。

地図によっては区役所と文化センターの間をJR仙石線の線路が走っているものがありますが、実際にはこの部分は地下化されてるので、雰囲気的には同一の敷地内に区役所・文化センター・JRの駅を持つ複合施設のような感じを受けます。

宮城野図書館はこれまで東仙台4丁目の高層建物の1、2階のフロアを使っていて、古い建物なだけに震災の被害も甚大だったのですが、文化センターの開館と同時にこちらに移りました。(もちろん引越しは震災以前から決まっていたことです。)

201210043 蔵書は21万冊、CDやDVD、ビデオテープなどのAV資料が2万点。CDは借り出すこともできますが、クラシックに関しては仙台市内で一番充実しているのは泉図書館、次がメディアテークで、宮城野は3番目ぐらいでしょうか。
仙台市内の図書館が所蔵するAV資料はそれぞれの図書館ごとに特徴があり、泉はあらゆるジャンルの音楽をまんべんなく。クラシックもルネサンスから現代音楽まで、かなり充実しています。メディアテークはオシャレ系を目指しているらしく、フランス映画のサントラとか揃ってたりします。もちろんドゥミやルルーシュだけでなく、ゴダール、トリュフォーの映画サントラがあったり。
宮城野図書館の場合はよくわからないのですが、歌謡曲・演歌・J-POPが強い感じ。クラシックはちょっとひねった部分があって、例えばベートーヴェンの交響曲全集はカラヤンもベームも無いかわりに、ガーディナーとバレンボイムがあったりしますし、モーツァルト交響曲全集もホグウッドが用意してあります。

図書館の開館時間はウィークデイは夜7時までで、駅のそばなので電車で通勤してる人、あるいは他の区からやってくる人などには、これまでに比べ格段に便利になりました。(ただし我が家からは、これまでよりも凄く遠くなって不便になりました…;;)

201210044_2 意外なのはコンサート・ホールで、384席ですから狭いのですが、かなり本格的なものです。壁や床は木なので2~3年慣らすと相当に音響面が良くなってきそうな感じ。もっともこの狭い空間だと、あまり音響効果が良すぎると、一番利用頻度が多いと思われるコーラスや吹奏楽は、音が飽和してしまうかもしれません。
(そういえば昔、仙台市の隣町の多賀城市の小さなホールで、レナータ・スコットがリサイタル(ピアノ伴奏)を開いたことがあったんですが、スコットの声量に対してホールが狭すぎて、前半はわんわん反響して全然ダメだったことがありました。後半はスコットの方で調整してきたようで、とても良かったですが。プログラムも後半にプッチーニの有名アリア固め打ち、最後は「マノン・レスコー」の終幕のアリアで凄かったです。)

シアターは映画館の方のシアターじゃなくて、演劇用のシアターでこの週末に地元劇団I.Q150がこけら落とし公演を行うことになっています。

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2012年4月25日 (水)

ヨドバシの新店舗が26日オープン

20120425yodobashi1 宮城と近県の人以外にはなんの役にも立たない情報ですが――

前にも建設中の写真を載せた「ヨドバシカメラ仙台第2ビル」が完成。
明日26日(木)に「ヨドバシカメラ・マルチメディア仙台」の新店舗がオープンします。別に私が告知する筋合いもないんですが、朝9時30分の開店で「仙台店限定 大特価商品をご用意いたします」だそう。

駅東口のペデストリアンデッキを降りてすぐ、駐車場のところから新たに新店舗直通の専用エスカレーターが出来て、道路を横切る必要はなくなります。

20120425yodobashi2 また震災以来ずっと閉鎖されていた、東口から旧・農協会館前に出る地下通路が、再び通れるようになります。駅側から行くと地下通路はいったんヨドバシ新ビルの地下に入って、
▼まっすぐに行くとエレベーターでオフィス・フロアに、
▼右に行くと売り場行きのエレバーターに、
▼左に行くと階段で道路に出るみたいです。
それにともなってこれまで歩道を占領していた地下通路出口の構造物はなくなりましたが、けっこう通行の邪魔になってたのでこれはグッドかも。

旧店舗は引越しのため今日25日は臨時休業でしたが、あれだけの広い売り場からたった一日で全商品を移動しちゃうんですね。驚きです。
前にも書きましたが、現在の売り場は取り壊されて跡地には新たにヨドバシカメラの新ビルが立てられます。2014年予定のそのビルの完成と同時に売り場は再び戻り、明日からの第2ビルの店舗部分は別に利用されるということです。

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2012年3月 4日 (日)

ヨドバシ2号館建設進む

20120304_yodobashi1 たまには景気のいい話でも。

ヨドバシ・カメラが仙台では一人勝ちというのは、前にもお伝えしました。かつて競合していた仙台駅西口の「さくらや」、東口の「ラオックス」はいずれも撤退、現在西口にヤマダ電機が「LABI」という名前で大型店舗を展開していますが、苦戦しているようです(たぶん)。

20120304_yodobashi2 で、その一人勝ちヨド(仙台駅東口で駅ビルに隣接)は現在道路を挟んだ向かい側に2号館を建設中。かなり出来上がって来ました。写真の真ん中付近に赤いのがポチっと見えますが、仙台と書いてある様子。おそらく店舗名の「マルチメディア仙台」の一部だろうと思われます。

この春、開業という話なんですが、いつかはまだ発表されてません。
2号館開店と共に、駅に隣接した現在の店舗は閉めてしまうそうです。
現在の店舗は2階建てのまるでプレハブみたいな、失礼な言い方をすれば安っぽい建物。震災の時も相当に被害があったようで、なかなか営業再開できませんでした。

20120304_yodobashi3 現店舗を取り壊した跡には、またヨドバシが新しいビルを建て、2014年の完成と共に再び2号館から店舗を移すそうです。ヨドとしては秋葉原をしのぐ国内最大の売り場面積になる予定なのだとか。
2号館をその後どうするかは明らかになってませんが、店舗としては使わないそうです。

すごく無駄な気もしますが、やはり駅ビルに隣接したいまの立地条件は最高なんでしょうね。でももし万一、2号館のほうが売り上げ良かったらどうするんでしょう?

これは先月29日のニュースだったようなんですが、気が付きませんでした。

ベルイマン映画で有名なスウェーデンの名優、エルランド・ヨセフソンが亡くなったそうです。88歳でした。

huffingtonpost.comによれば、ヨセフソンさんはパーキンソン病との長い闘いの後、ストックホルム病院で息を引き取ったと王立劇場の広報担当者が伝えている。
 ヨセフソンさんは、1923年ストックホルム生まれ。巨匠イングマール・ベルイマン監督と、映画『われらの恋に雨が降る』や映画『鏡の中の女』などの多くの作品でタッグを組んだ。映画『不実の愛、かくも燃え』ではベルイマン監督役で出演。その後も役者としてのキャリアを積み上げていき、100本近くの映画に出演した。またヨセフソンさんは役者だけでなく、監督、脚本家としても活躍しており、監督を務めた映画『マーマレードゥップロレット(原題) / Marmeladupproret』は第30回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門にも出品された。
 長年タッグを組んできたベルイマン監督も2007年に死去し、2003年に製作された映画『サラバンド』がお互いの最後の作品となってしまった。

(シネマトゥデイ)

ご冥福をお祈りいたします。

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2012年1月14日 (土)

どんと祭

20120114_donto_parapara2 今日の仙台は最高気温が2度2分。でも私が出かけた時間帯は明らかに氷点下。全身が凍えるほど寒かったです。ああ、、、、なんか回復できない。

なのに今日は恒例の小正月の行事「どんと祭」の日。仙台市の大崎八幡宮には、なんと3000人もの裸参りの行列が。で、写真は撮って来ましたが、昨日から体調不十分で、今もちょっと具合がわるいようなきがするので、文章は毎日の記事をお借りします。

正月飾りや縁起物を燃やして先祖の霊を送る小正月の祭事「どんと祭」が14日、仙台市青葉区の大崎八幡宮であった。燃え上がる御神火の周りを白さらしと白鉢巻き姿で練り歩く伝統の「裸参り」には118団体2868人が参加し、大震災からの復興を願った。
 今年は昨年より約2万人多い4万8535人(午後6時現在)の参拝客が訪れた。しめ縄などを御神火に向かって投げ込むと、手を合わせて無病息災や商売繁盛を祈願した。

(毎日新聞)

画像はクリックすると拡大して、次々変わります。全部で7枚。

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2012年1月 2日 (月)

初売り

20120102_hatsuuri_1 恒例の仙台初売りがきょう行われました。
初売は前日の夜から並ぶ人もいて、遅くとも昼前までが勝負です。
でも勿論そんな元気は無いので、私は3時過ぎに出掛けました。
そしたら驚き、いまだに一番町は人の波。まるで七夕みたいです。

有名店はお茶屋さんからアップル・ストアまで、ほとんどの店が大勢の客で混み合っています。まだデパートや家電量販店なら判りますけども、ヴィトンやブルガリのような高級店まで、客でごった返してる模様。いったいどうしたことでしょうか?

これはやはり「どうせ金なんか貯めてたって、何時死ぬかわからないし…」的な刹那気分の仙台市民が、狂ったように消費活動に走ってるのではないでしょうか。かくいう私も雰囲気に騙され、普段なら絶対買わない高い焼豚なんか買ってしまいました。

20120102_hatsuuri_2 日経新聞によれば、仙台のデパート藤崎では昨年の10%増し。特に宝飾品が40%伸びるなど高額品が引っ張ったとのことです。
「景気の先行きは不透明だが、消費者が家族と過ごす正月に財布のひもをすこし緩めた傾向が伺える」とのことで、そうか…『刹那』だの『狂った』だの使わずに、『財布のひもをすこし緩めた』と上品に表現しないといけなかったんですね。学ばなくちゃ。

(2枚目の写真の「悔い改めなさい」は、フォトショで消すことも可能ではあったのですが、残しておきました。散財する消費者に訴えてるのですね、きっと。)

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2011年12月 8日 (木)

SENDAI光のページェント

201112081 定禅寺通りのケヤキ並木が、わずかな枯葉を残すだけになる頃、杜の都仙台は光の都へと変わります。今年で26回目を迎える「SENDAI光のページェント」が2日から始まりました。

と、情緒的に入りたいところですが、が、が、、、、

毎年12月になると青葉通りと定禅寺通りという仙台市の2つの目抜き通りを会場に行われる、光の祭典「SENDAI光のページェント」。ショックなことに並木に取り付けるLED電球を保管してる倉庫が津波にあい、55万個の電球が全部流されてしまったのです!

201112082 もう今年は無理かと思われましたが、なんと東京・表参道や広島など、全国各地から電球を借りたり、譲り受けたりして開催にこぎつけました。

画像をクリックすると拡大して、写真が自動的に変わっていきます。

電球の数はあわせて46万個。
先週金曜日に行われた点灯式での瀬戸実行委員長の挨拶です。
「震災で多くの命が失われ、多くの思い出も流されました。ケヤキ一本一本に鎮魂の光、復興の光、夢と希望の光をともして被災地に届けます」
(NHK News)

(なお写真のハートと星は加工したものです。ハート型や星型のイルミネーションではありません。)

作曲家の三木稔さんが敗血症のため都内の病院で亡くなられたそうです。81歳でした。
ご冥福をお祈りいたします。

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2011年12月 6日 (火)

この冬初めての白鳥を見て

20111206 与兵衛沼にこの冬初めて、白鳥が渡来しました。
といってもすでにお伝えしているように、この沼は震災で堤が壊れて現在は水が抜かれた状態になっています。ほんの僅かに残った水たまりに白鳥があわせて6羽、かたまって泳いでいるというより餌を探していました。そのうちまだ羽が白くなってない子供の白鳥が2羽。
ここ2、3日雨が降ったので、少し水たまりが広くなっていたからよかったですが、ちょっと白鳥には狭すぎるような気がします。餌になるようなものも今の沼には無いと思いますし、白鳥にとっては困ったことです。でもやはり毎年来てるのに別の場所ともいかないんでしょうか?

20111206_2 バックナンバーを見てみたんですが、2005年のブログによれば11月下旬に、2006年は11月10日に飛来したようですので、今年はすごく遅いことになります。暖かいから北から降りて来なかったのか、水が少なかったから別の沼・湖にいたのかは判りません。県北の伊豆沼には11月中旬に、もう来ていたようです。寒くなると今の与兵衛沼の少ない水では簡単に凍ってしまうと思うので、雪になる前にもう1~2回ぐらい雨が降ってくれるといいんですが。

昨シーズンは15~16羽ぐらい来て、この沼で越冬していました。ところが前にも書きましたが、311の地震の前日には確かにいたのに、地震の翌日にはもう北に旅立ってしまい1羽もいませんでした。果たして震災の前に異変を察して逃げたのか、地震に驚いていなくなったのか、気候の変化などからそもそも北に帰る予定の時期だったのか、そこいらはわかりません。

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2011年11月25日 (金)

台原森林公園

20111125_1 をご紹介します。森林公園という名前ですが、山奥にあるわけではなくて、周りは住宅地に囲まれています。仙台市の北部、青葉区と泉区の境界近くにあります。

広さは60ヘクタール(このうち約50haは国有林だそう)。住宅地の公園としては破格の面積で、公園に面した地下鉄の駅が2つもできています(地下鉄台原駅&旭ヶ丘駅)。

でも不思議なことにあまり広々した感じはしません。というのも「住宅地に囲まれて」いるとは言っても、セントラル・パークのようにビルに囲まれた平地というのとは違って、住宅地が小高い丘陵を囲み、その真ん中を突き抜ける谷底に作られた公園なのです。正確に言うと山(丘陵)部分をふくめて森林公園になっていて、谷底部分に庭や池、芝生、広場などができています。山部分はどの季節でも爽やかで気持ちの良い林の中をグルッと遊歩道がめぐっていて、何時行っても誰かしら散歩やジョギングをしている人に出会います。

20111125_2 写真に写っている大池はなかなか良いスポットで、以前にもこのブログに載せたことがあります。

周囲には仙台市科学館、仙台文学館、仙台市青年文化センターなど仙台市の施設がありますし、フリーマーケットなどのイベントが開かれることもあり、そんな時はかなりの人出で賑わいます。
上に地下鉄の駅が二つと書きましたが、どちらか一方の駅の傍でイベントが開かれる時に、間違ったほうで降りると、面積があるだけにすごく歩かなくちゃならないので超タイヘンなのです。

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2011年11月20日 (日)

宮城野八幡神社と乳銀杏

201111201_2 八幡神社という名前の神社は全国いたるところにありますが、もちろん宮城野区にもあります。その名も宮城野八幡神社。宮城野原運動場の近く、仙台医療センター(旧・国立仙台病院)の向かいにあります。

この神社、社殿(クリック>拝殿の写真)そのものは小さくてあまり目立たないですし、凄く有名というわけではないのですが、実は大変に古く由緒ある神社です。なにしろ神社が建てられたのは延暦17年(798年)、坂上田村麻呂が勧請したものなのです。

どこからの分霊かというと男山八幡宮からなんですが、これがよく判りません。男山八幡宮というのは京都の男山にある石清水八幡宮の異称なんですが(明治時代には石清水八幡宮は男山八幡宮と改称され、その後再び石清水八幡宮の名前に戻った)、でもものの本によると石清水八幡宮は859年に建立されたみたいなんですよね。
田村麻呂か男山八幡宮かどっちかが間違い、あるいはどっちも違うのかも知れません。源義家が戦勝祈願をしたという歴史などもあり、いずれにせよ古く由緒あるというのだけは間違いありません。

もともとはこの神社はJRの貨物駅のあたりにあったそうなんですが、昭和27年に貨物駅建設のため、いまの場所に引っ越してきたみたいです。

201111203 この神社の境内とすぐ隣の敷地には、神社そのものよりも遥かに目立つ2本の巨木があります。

そのうちの一つが国の天然記念物に指定されている乳銀杏(ちちいちょう)で、「苦竹のイチョウ」という名称がついています。高さが32メートルもあり、なんと樹齢は1200年という凄いものです。左の写真の黄色いほうです。天平時代に聖武天皇の乳母の遺言で植えられたという伝説が残っています。

201111204_3 「苦竹(にがたけ)」というのは場所の名前で、現在はここよりももう少し東に行った地域をさします。

しかし昔はこの辺まで苦竹だったんでしょうね、きっと。でもあまりにこのイチョウが有名になったためだと思いますが、このあたりの住所は苦竹から銀杏町と変わってしまいました。(ついでながら近くには「乳銀杏保育園」だの「メゾン銀杏」だのと、この天然記念物に由来した名前の建物がありました。)

ところでこの「乳銀杏」というのは、枝から「気根(きこん)」と呼ばれる円錐形の突起が垂れ下がっているものを言います。土の中にある訳じゃないのに、それでもこれは根なんですね。呼吸や水分の吸収(空中から)・排出などの根の機能を担っています。

201111205

「乳」という名前の由来は、女性の乳房を思わせるからというのですが、樹齢1200年の銀杏ともなるとやはり1200歳ぐらいのお婆さんの乳になってしまうようです。
他の乳銀杏の画像を検索して見ましたが、もう少し若い銀杏の場合はこんもりした感じで、ここまで萎びてるのは珍しいようです。(クリック>別アングルの写真

当然のように、母乳がよく出るようになるというご利益もあるみたいで、祈願する若い母親の姿もよく見られるという話です。

もう一つの巨木は境内にあるケヤキの木(クリック>写真の左)。樹齢は200年とイチョウに比べれば若いんですが、仙台市の保存樹木に指定されていて、仙台市が市制施行88周年の時に選定した、仙台の「名木・古木88選」にも選ばれています。

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2011年10月12日 (水)

夜の国分町

20111012_1 仙台の繁華街が復興特需で賑わいという、昨日取り上げた記事の信憑性をさぐるべく、夜の国分町の写真を撮って来ました。

国分町という地名は3通りに使われます。一つは住所で仙台市青葉区国分町○丁目というもの。もう一つは通りの名前で、仙台一の商店街として知られる一番町通りに並行に走る通りです。藩政時代はこの通りは奥州街道で、仙台のメインストリートでした。三つ目は盛り場としての国分町です。飲み屋街の代名詞としての、と言えばよいかもしれません。

201110122 「分町(ぶんちょう)」へ行くと言ったら、すなわち飲みに行くということで、国分町以外の周辺一帯もひっくるめて、日常会話では国分町と言われるのが常です。東北では一番の歓楽街。店の数は検討もつきません。

で、今日は水曜日。週末に比べて人出が少ないのは当然ですし、週末もウィークデイも長引く不況が影を落としてるのは、言うまでもありません。問題は震災前に比べて多いのか少ないのかですが、うーん。ちょっと判断がつきません。以前もこんなもんだったような気がしますが…。当然ですが震災直後の3月下旬や4月初旬に比べれば、もちろん客足は回復しています。

201110123 国分町通りに対して縦に交差する虎屋横丁は客引きさんがうじゃうじゃいるんですが、今日はほとんど見ませんでした。客引き雇わなくてもどんどん客が入るので、とか言うわけではないですよね。どう考えても。

定禅寺通りには客待ちの空車のタクシーがずらり。まあこれはいつものことですが、バブル期には国分町で空車をひろうのが一苦労だったことを考えると、なんとも…

それにしても、いったい札束はどこに乱れ飛んでいるのでしょうか?

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